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日本の小中規模大学が奮闘中

Nature Indexに収録されている論文において、日本の論文の発表数の割合が減少し、日本の研究が低下傾向にあると懸念されています。その中で、Nature Index 2018 Japanに記載された日本の大学や研究機関による高品質な科学論文の発表状況の分析から、これまではわからなかった面白い傾向が見えてきました。小規模な大学や研究機関が、科学論文をインパクトの高い学術雑誌に効率よく発表していることが示されたのです。

■ Nature Index Japanが取り入れた新しい指標

Nature Indexのデータベースは、自然科学系学術ジャーナル68誌に掲載された研究論文の著者の所属機関を記録しています。Natureを出版するシュプリンガー・ネイチャー社によれば、これら68誌からの引用だけで自然科学系学術雑誌からの引用総件数の30%近くを占めると推定できるため、このデータベースに収録されている論文を分析すれば、学術研究の傾向が見えてくるとしています。

今回、特別企画小冊子「Nature Index 2018 Japan」は、新たな指標を導入してデータの正視化を図りました。2012-2017年にNature Indexに収録された大学または研究機関の研究論文数を、同期間にScopus(エルゼビア社の研究論文データベース)に収録された同大学/研究機関が発表した科学論文数で除して算出することによって、大規模な大学や研究機関だけでなく、小規模な大学や研究機関も含めたランキングを作成したのです。単純に論文発表数を機関ごとに比べただけでは、大規模な大学や研究機関が優位になりますが、正視化した指標を設けて規模の異なる大学や研究機関を比較することで、小規模ながら高品質な科学論文をインパクトの高い学術雑誌に発表している大学や研究機関が見えてきました。つまり、規模に左右されずに功績を比較することで、過去の分析では上位に入ってこなかった 中小規模大学 にも光が当たるようになったのです。大学の過去6年間の平均値のランキングは以下のようになっています。

(1)学習院大学(2)東京大学(3)甲南大学(4)京都大学(5)青山学院大学(6)大阪大学(7)奈良先端科学技術大学院大学(8)沖縄科学技術大学院大学(9)東京工業大学(10)名古屋工業大学

研究発表数で見れば世界トップクラスに君臨する東京大学が2位となり、従来の分析ではトップ10に入ってこなかった大学が、新たな指標による評価を取り入れたことでランクインしてきたというのは興味深い結果です。

■ 中小規模大学の奮闘

1位に輝いた学習院大学は、総論文数に対するインパクトの高いジャーナルの論文数の割合が最も高い大学と評価されました。特に化学、物理およびライフサイエンスの分野で数々の研究者がそれぞれの分野の研究に貢献する論文を発表。2012-2017年の間にScopusに収録された自然科学の452本の論文における同校の研究者が執筆した論文のWFC(Weighted Fractional Count)*指数で42.42を獲得しました(大学と研究機関を合わせた総合トップはInstitute of Microbial Chemistryで46.39を獲得、学習院は総合2位)。同校の理論物理学者である田崎晴明氏は、学習院大学が1位になった理由のひとつに、研究者が好奇心を持ち続けることのできる環境があると述べています。さらに、30年におよぶ同校での研究生活において論文発表へのプレッシャーを感じたことはなく、逆に、先輩研究者からは重要な研究は時間をかけて行わなければならないと教えられてきたと語っており、他の大規模な大学では得られない研究環境を保持することが、研究活動を促進したようです。

* Weighted Fractional Count(WFC) – 天文学および宇宙物理学の比重を調整するため、宇宙物理科学にのみ重み付けを行うことで標準化するもの。

6位の大阪大学は、政府が基礎研究への研究費や人件費を削減する状況下で長期的な研究を持続すべく、新たな官民の協業を重視してきました。大学と企業の共同研究は以前から行われてきましたが、社会の急速な変化に直面している企業は、より広い領域で、より早い段階から大学の研究者が研究テーマの議論に加わり、市場のチャンス獲得につなげることを望んでいます。大学の研究者がエンジニアの実地訓練や新薬の開発などに関わることでビジネスの拡大を図りたい考えです。大阪大学はここに注目しました。同校の学長は、同校が進める大学と企業の共同モデルは大学の革新能力を強化するための解決策となると述べています。実際、同校は2006年から企業との共同研究に力を入れており、学内には約70の共同研究の事務所や実験室が置かれています。このような新しい取り組みが、研究論文の発表数を増やすのに一役買っているようです。

7位の奈良先端科学技術大学院大学は、学部を置かない大学院大学というユニークな大学で、常に柔軟かつ多様性に富んだ大学院大学として、最先端科学技術の研究を推進しています。「情報科学」、「バイオサイエンス」および「物質創成科学」の3つの領域で進められる研究は独創的かつ先端的で、クラリベイト・アナリティクスによる高被引用論文数の分析による日本の研究機関ランキング(2018年4月19日発表)でも、「植物・動物学」分野で9位という成果を挙げています。

8位の沖縄科学技術大学院大学は、沖縄に国際的な大学院大学を設置するとの構想を柱に、2011年に設立された大学院大学です。沖縄科学技術大学院大学学園法に基づく特殊な学校法人により運営されているため、予算のほぼ全額を国からの財政支援でまかなっています。研究者にとって安定的な研究資金を提供され、最先端の研究に従事できる環境は、なかなか他では得られないものです。入学定員50名という小規模制で、卒業までに5年を要しますが、学生の適性と希望に応じたプログラムをカスタマイズし、独自の研究を発展させることができるようになっています。ノーベル賞(生理学・医学賞)受賞者のシドニー・ブレナー博士をはじめとして、国内外から著名な科学者を集めていることも特徴的です。教員と学生の半数以上が外国人という状況下で、英語を科学の共通言語と位置づけ、教育・研究はすべて校内公用語である英語で行っています。英語を母国語としない学生に対しては、語学集中講座も提供しているなど、日本の大学としては、異色の存在とも言えます。

このように、中小規模の大学は各校の特徴を生かして差別化を図り、大規模大学とは異なるやり方で健闘しているようです。

■ 中小規模大学は日本の研究力低下を止められるか?

Nature Index 2018 Japanの分析評価だけでなく、多くの研究者や関係者が日本の研究力の衰退に危機感を抱いているのは事実です。5月5日、日本経済新聞が連載企画「ニッポンの革新力」の一環で行ったアンケートでは、8 割が「日本の科学技術の競争力が低下した」と回答したと報道されました。このアンケートの対象となったのは20-40代の研究者141名。8割もの研究者が、世界における日本の科学技術の競争力低下を実感しているというのは深刻です。論文発表数においては他国、主に中国の躍進が目覚ましいとはいえ、Nature Indexに収録されている高品質な科学論文に占める日本からの論文の割合は、2012年の9.2%から2017年の8.6%に減少しているのです。この失速に歯止めをかけるべく、今回上位に入った大学の活躍が期待されます。

研究の競争力低下が懸念される中、Nature Index 2018 Japanの新しい分析で、個性的な小規模大学の奮闘が目立つ結果が示されたことは一条の光明です。Nature Indexを算出する根拠となっている著名な学術雑誌68誌とは別にオープンアクセスへの論文投稿や、オープンジャーナルの活用が増加するなど、学術研究の状況も刻々と変化しています。次回のNature Index Japanが発表される頃には、どのような状況となっているのか、期待と不安が混じります。


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