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幹細胞を使った脊髄損傷治療は急ぎすぎか

さまざまな細胞を作ることができる 幹細胞 という言葉を耳にするようになって数年。あっという間に幹細胞を使った治療が脚光を浴びるようになりました。幹細胞を使うことで、かつては不可能だった治療が可能となるなど、患者にとっては大きな希望をもたらす反面、新しい治療方法・医薬品の効果や未知の影響が物議を醸すこともあります。幹細胞を使った脊髄損傷治療薬の承認もそのひとつです。

世界で初めて承認された脊髄再生治療薬

2018年12月28日、脊髄を損傷した患者自身の幹細胞から脊髄を再生し、損傷を治療するための医薬品を製造販売することを厚労省が7年間の条件付きで承認しました。条件付きとはいえ、世界初です。この細胞製剤を開発したのは、札幌医科大の本望修教授と医療機器大手ニプロ。当面、治療を行う場所は札幌医科大、対象は損傷を受けてから数週間の患者と限定されていますが、今まで脊髄損傷への有効な治療法がなかったため、この薬には大きな期待がかけられています。

ここまでの経緯を見ると、2013年12月に札幌医科大で実施された治験に遡ります。この治験結果を踏まえ、2018年6月にニプロが厚労省に承認申請を行い、同年11月21日に厚生労働省薬事・食品衛生審議会の再生医療部会がこの医薬品の販売を条件付きで認めるとの意見をまとめました。そして、12月28日に札幌医科大学が、厚生労働省から「条件及び期限付承認」を取得したことを発表。治験では13人中12人の症状に改善が見られ、副作用もなかったと報告されていますが、症例数が13人と少ないことから、7年間という期間内に有効性と安全性を確認し、正式に承認されることになりました。また、承認条件として、この治療を行う医療施設および医師について「緊急時に十分対応できる医療施設において、脊髄損傷の診断・治療に対して十分な知識・経験を持つ医師のもと」と指定されていることから、当面の治療実施場所は札幌医科大に限定されます。今後、投与患者の全例調査が行われ、投与群(製品を投与した患者)と対照群(投与しない患者)を比較することで承認条件評価を行うことになります。

2019年2月26日、ニプロはこの細胞製剤「ステミラック注(一般名:ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞)」が薬価基準リストに収載されたことを発表しました。厚生労働省が、最先端の新薬などを少しでも早く実用化することを目的に2015年4月に創設した「先駆け審査指定制度」の再生医療等製品としては初の承認です。これにより4月以降、販売が開始されることになります。医療機関などで保険診療に使われる医療用医薬品として官報に告知されるのに先立ち、安全性を確保するため、厚生労働省は2月25日付で、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を目的としてステミラック注を使用する際の留意事項を「最適使用推進ガイドライン」としてまとめ、各都道府県宛てに発出しています。薬価は1回分で1495万7755円。驚くべき額ですが、保険に加えて高額療養費制度が適用されるので、患者の負担は軽減されます。

国外研究者の懸念

ステミラック注は、脊髄損傷治療用の再生医療等製品です。患者から骨髄液を採取し、神経などに分化する能力のある間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal Stem Cell、神経や血管などいろいろな種類の細胞に分化する能力をもつ細胞)を取り出して培養。細胞製剤に加工したものを希釈して点滴注射すると、神経の再生を促すとされています。患者自身の細胞を利用すること、治験では効果が確認されていること、ガイドラインの作成など、対応に問題はないように見えますが、国外研究者からは懸念する声も聞かれます。

2019年1月24日のネイチャーに投稿された記事は、日本は幹細胞治療薬の販売を急ぐべきではないと警鐘を鳴らしています。大学が治療に関する広報に直接関わることは、一般の人に誤解を生む可能性があると懸念していることのほか、13人に行われた治験で12人に改善効果が見られたと報道されているものの結果が公開されていないこと(このネイチャー記事が書かれた時点で本望教授は論文を準備中と述べている)、この医薬品が先駆け審査指定制度の対象として認可されたものであることなどを指摘しています。先述の通り、先駆け審査指定制度は、最先端の画期的な治療薬を早く市場に提供することを目指すものです。ステミラック注は、2016年2月に本制度の対象と指定され、2018年6月に承認申請、12月に承認(条件付き)というスピードで市場に出ることになりました。再生医療を対象にした先駆け制度では初の承認となりましたが、慢性的な患者への有効性は確認されていません。また、問題視されているのは承認スピードだけではありません。新しい治療方法については、その方法が市場に出る前に数百の患者への厳しい治験が求められるのが一般的なのにも関わらず、今回わずかな改善例に基づき承認されたことも指摘されています。新薬(被験薬)の効果や有効性を確かめるための比較試験であるダブル・ブラインド(二重盲検)試験が行われていないことを懸念する研究者もいます。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の幹細胞研究者Arnold Kriegsteinは、新薬として販売されるようになってしまうと、研究者がその薬の効果を立証することが難しくなると述べています。治療に対してお金を払うことが一種のプラセボ効果(薬の作用によらない暗示的な治癒効果)を起こしてしまうので、その薬の効果を知らずに行われる試験(ブラインド試験)とはならず、本当の効果がわかりにくくなると言うのです。患者の心理としてはやむを得ないと思いますが、本当の治療法の効果が証明されないまま市場に出続けてしまうことを懸念する国外研究者の意見も一理あるように見えます。

新しい薬剤または治療方法を販売すること、つまりその費用を患者に負担させることは慎重に判断されるべきです。日本では画期的な新薬としての側面ばかりが注目されている感がありますが、どれほど患者が待ち望む新薬であるとしても、この幹細胞治療薬の販売を開始するには効果の実証が不十分であるとの指摘や、「急ぐべきではない」と懸念を示す研究者がいるということは認識しておくべきではないでしょうか。

 

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