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論文でのバクテリアの学名の記載方法

※これは、別記事「論文での動植物の学名の記載方法」に続いてバクテリア(細菌)の学名の記載方法を記したものです。国際的な命名規則などについては、別記事をご参照ください。

研究は本当に大変な作業ですが、バクテリアをはじめとする微生物の学名の扱いも、なかなか骨の折れる仕事です。ラテン語の表記は紛らわしいですし、学名が変更されたり、新種が発見された際などに命名規約自体が改定されたりするので、学名を論文に記載する際には細心の注意が必要です。前回の記事では動植物の学名の記載方法について取り上げましたが、今回はバクテリア(細菌)の学名を使用する際の注意点についてご紹介します。

バクテリアの学名はどのように決まるのか?

バクテリアの学名は、国際原核生物命名委員会(ICSP: International Committee on Systematics of Prokaryotes)による細菌命名規約(Bacteriological Code)に従って命名されています。この規約は、別記事でも紹介したように、国際藻類・菌類・植物命名規約、国際動物命名規約とあわせて生物の学名の基準となっています。バクテリアの学名も「二名法」に従い、「属名」と、さらに下位の分類を表す「種名」から構成されます。属名、種名など分類学的な学名はラテン語あるいはラテン語化した語で、種名にはその種固有の性状または由来を表すような語を付けます。発見場所や発見者、発見に貢献した研究者の名前に由来することも多々あります。

バクテリアの名前(菌名)は、ICSPで分類されているように、門 (Division) →綱 (Class) →目 (Order) →科 (Family) →属 (Genus) →種 (Species) と設定されます。

論文にバクテリアの学名を記載するときは、下線を引くかイタリック体(斜体文字)で表します。また、初出の際には略さずに記しますが、2回目以降は属名を頭文字の大文字で略してよいことになっています。

例:Moraxella bovis → M. bovis

なお、ICSPは論文の要旨においてはバクテリアの学名を略さないよう推奨しています。

まだ命名されていない種を記載する場合は、属名に続く種名の部分をsp.(1種の場合)またはspp.(複数種の場合)と表記します。

例:Moraxella sp. は、まだ命名されていないMoraxella属の1種を意味します。

やっかいなのがICSPのルールに支配されない亜種より下の細分で、これは生物型 (Biovar)、化学型 (Chemovar)、形態型 (Morphovar)、病原型 (Pathovar)、ファージ型 (Phagovar)、血清型 (Serovar) などに分けられます。さらに、自然界に存在しなかったものが人工的に育成されることもあり、栽培種は分類上の変種(variety)と 区別するためにcultivar(略記cv.)と表記されるなど、細かい注意が必要です。亜種の表記は、学名部分をイタリック体にするか下線を付けた上で、通常の字体の分類用語を挟みます。

例えばリゾビウム族の菌の正式な書き方はRhizobium leguminosarum biovar viciaeのようになります。前半が名称でviciaeが生物型を示しています。

バクテリアの学名表記で気をつけるべきこと

バクテリアの学名を記載する際に注意しなければならない点がいくつかあります。

略称で表記した場合、異なるバクテリアの学名が同じ表記になってしまうことがあります。例えばMoraxella bovisMycoplasma bovisMycobacterium bovisも略語はいずれもM. bovisとなります。このような場合は略語表記を避け、どのバクテリアについて言及しているのかを明確にするのがよいでしょう。

さらに厄介なのは、一つのバクテリアに対して2つの学名が存在しているケースです。同じ種なのに何故異なる学名が?と思われるでしょうけれど、複数の学名が付いてしまったり(同種異名)、学名が変更されたり、という事態が発生するのです。例えば、ある研究グループがあるバクテリアをA属に分類し、一方で、別の研究グループがそのバクテリアをB属に分類したとします。すると、先ほどのbovisを例にとれば、ある論文にはA. bovisと記載され、別の論文にはB. bovisと記載されることになるのです。また、該当生物の分類が代わってしまうこともあります。学名の一部に属が含まれていることから、A属に属していると考えられていた種が、実はB属に属していた――と判明したような場合、あるいは研究者によって分類学上の意見が異なる場合には学名が変更となります。そして本やウェブサイトによっては記載された学名が残ってしまうので、複数の学名があるように見えてしまうのです。

自分が使っている学名が正しいかどうかを確かめる方法

最も新しく発表された学名が正しい、と思っている方が多いのですが、それは誤解です。「どのようにバクテリアの学名を定めるべきか」を示したガイドラインである細菌命名規約に準じて作成された名前は、承認・登録されなければ正式なものになりません。バクテリアの命名は「国際原核生物命名規約」に従って、「国際微生物連合」の「国際原核生物命名委員会」によって公式な出版物と定められたInternational Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(IJSEM)に掲載されるか承認されなければなりません。もし他のジャーナルに発表した場合は、その論文をInternational Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology誌に送れば、新しい学名が同誌上のValidation Listに掲載され正式名となります。学名の提案は誰でもできますが、承認されるかどうかは研究者の科学的な判断とコンセンサスに委ねられており、IJSEMのValidation List 掲載が認定条件となっているのです。そして、登録された名前がどの程度迅速に普及するかは、まったく分かりません。例えば、Campylobacter pyloriは新しい学名Helicobacter pyloriへと変更され、研究者の間に瞬く間に浸透していきましたが、Legionella micdadeiの新しい学名Tatlockia micdadeiは未だに広まっていません。といったことから、正しい学名を論文に記載するには細心の注意が必要なのです。

なおバクテリアの最小単位は「菌株」で、これには保存番号や由来番号を表示しなければなりません。一般的には、属・種で示される菌名の後に個別の番号や文字を組み合わせる菌株表示が続きます。例えば、ピロリ菌Helicobacter pylori K164:K7と記載されていれば、ピロリ菌のK164:K7という特定の株が研究に用いられたことが分かります。Helicobacter pyloriが菌名で、後に続くK164:K7が菌株表示です。菌株表示は、イタリックになりません。

もし論文に学名を記載する際に自信が持てないようであれば、国際細菌命名規約(International Code of Nomenclature of Bacteria、1990年改訂)を参照するといいでしょう。関連する最新の論文にも目を通し、自分が論文に記載しようとしているバクテリアの分類に関連する新しい発見がないか、また複数の学名が存在しないかどうかもチェックしましょう。学名の有効性は科学的な判断とコンセンサスによって決まることも覚えておいてください。


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