研究不正が発覚した研究者でも、多額の助成金を獲得
一般的には、研究不正(データの捏造、改ざん、盗用など)が発覚した研究者は、研究の世界から追放されると思われているかもしれません。しかし、2017年1月に発表されたある調査では、研究不正が発覚し、何らかの制裁を受けた後であっても、研究を続けているだけでなく助成金を獲得し続けている研究者が少なくないことがわかりました。
米国イリノイ大学の研究公正官−−アメリカでは、研究機関には研究不正に対応する職員「研究公正官」を配置することが義務づけられています*¹−−カイル・ガルブレイス(Kyle L. Galbraith)は、1992年4月から2016年2月までの間、アメリカの政府機関「米国研究公正局(ORI : The Office of Research Integrity)」によって、研究予算の受領の一時停止など制裁措置を受けた研究者284人を特定しました。
彼はオンラインのデータベースなどを活用して、その284人のうち、何人が研究を続けているかを確認しようと試みました。該当する研究者が公表した論文を「PubMed」で検索したり、彼らが国立衛生研究所(NIH)から得た助成金や研究分野における地位を調べたりしたのです。
その結果、半数近くの134名(47.2%)が研究を続けていることがわかりました。113人は研究職に従事していることがオンライン上で確認され、118人はPubMedに論文が公表されていることも判明しました。
また、約8%にあたる23人は、ORIによる制裁を受けた後にもNIHから助成金を得ており、さらにこのうちの17人の研究者は、彼らが関与する61件の新規プロジェクトに対して1億100万ドル以上の助成金を獲得していることが見えてきました。
彼の調査結果は『人間研究倫理に関する実証的研究ジャーナル(Journal of Empirical Research on Human Research Ethics)』で2017年2月に公表されています。
ガルブレイスは職業上、研究不正が発覚した研究者でも研究を続けられる場合があることを知っていましたが、この割合の高さには驚きを隠せませんでした。また、彼の知見は「不正行為を行った科学者は、セカンドチャンスを与えるに値しないと考える研究者に不快感を与えるだろう」と、『サイエンス・インサイダー』は書いています。
彼の調査で気になる点は、不正発覚後でも研究を続けられるかどうかに、その研究者の職位と関係する傾向があると示唆されていることです。彼は論文の中で
……不正行為後にも研究活動を継続していた教職員の率は、大学院生の約2倍である。……言い換えれば、ジュニアの研究者のほとんどは、彼らの指導と訓練を担当するシニアの研究者よりも、不正行為後に(短いながらも築いてきた)研究キャリアを続行する可能性が非常に低い。
と指摘しています。
同じ研究不正が発覚しても、教授など職位や年齢の高い者は研究に復帰できる可能性が高く、大学院生や研究技術者など若手で研究歴が短く職位の低い者は復帰できない傾向がある、ということです。もし「セカンドチャンス」を与えるのだとしたら、一般的には、若い人を優先すべきと考えられそうですが、現実は逆のようです。
とはいっても、ガルブレイスは、 研究不正 が発覚した研究者に対し、厳しい制裁を下したり、学術界から追放したりすれば良い、と考えているわけではありません。本連載では以前に、研究不正などが発覚した研究者たちを「リハビリ」する「PIプログラム」を紹介したことがありますが、今後、こうしたプログラムの有効性がわかってくれば、研究不正を行った研究者に対する措置の選択肢としてあり得ると、彼は指摘しています。
アメリカでの研究不正に関する議論の加熱ぶりは目覚しいようです。日本には研究公正局に該当する組織がなく、ほとんどの研究機関に研究公正官がいないのが実態なのです。
*1 研究公正官
保健福祉省の公衆衛生庁(PHS)に設置された研究公正局(ORI)によって、国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)の研究費を申請・受給する大学・研究所には、最低1人の研究公正官(Research Integrity Officer)の設置(兼任可)が義務づけられている。ORIのウェブサイトには、ORIにおける研究不正に対する活動概要の紹介や、現在措置実施中の不正事案のリストなどが公開されている。