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旧石器発掘捏造事件

2000年に世間を騒がせた「旧石器発掘捏造事件」と言えば、記憶に新しい方も多いかと思います。本コラムでは、事件の背景を改めて追いながら、捏造事件がなぜ起こってしまったのかに迫ります。
当事、民間研究団体「東北旧石器文化研究所」の副理事長を務めていた考古学研究家・藤村新一氏は、周囲の研究者が期待するような石器を期待される年代の地層から次々に掘り出す「神の手」をもつ発掘者として注目を浴びていました。そして彼の発掘成果は、日本列島の前・中期旧石器時代がアジアでも最も古い部類にあたる70万年前にさかのぼることを「証明」し、学校の日本史の教科書にまで「事実」として記載されるに至りました。また、この考古学的新事実に町おこしの夢を託した東北地方などの多くの自治体もまた、観光行事を催したり、特産物を作ったり、関連遺跡を国の史跡に指定するよう後押ししたり、石器を文化庁主催の特別展に展示したりするなどして、その信憑性を高めることを手助けしました。
この「東北旧石器文化研究所」の躍進的発掘成果に対しては、当初から疑問視する声もあげられていました。しかし、そうした声をあげた研究者の多くは、輝かしいニュースに影を落とす存在として、考古学界の圧力により研究の現場から締め出されていきました。
そして、「日本の旧石器時代は70万年前にまでさかのぼる」という藤村氏の学説が確立してから20余年を経た2000年11月5日、『毎日新聞』で報じられたスクープによって、発掘結果が人為的に捏造されていたことが発覚するまで、その傾向は延々と続いたのです。
その後、宮城県教育委員会の調査などによって、藤村氏が自ら事前に別の遺跡で集めた縄文時代の石器を大発見となり得る地層に埋め直し、自分で掘り出して見せたり、言葉巧みに石器を埋めた場所へ他の人を促して掘り出させていたりしたことが判明しました。その結果、多くの遺跡が旧石器時代の史跡としての認定を取り消され、日本史の教科書の改訂が施されるに至りました。
一方、歴史教科書問題で日本と対立している中国、韓国、北朝鮮のマスコミがこの捏造事件を大々的にとりあげ、日本人全般の傲慢で自己中心的な歴史認識観であるとして批判を繰り広げました。さらには、同時期に発掘結果に不明瞭な点が見つかった聖嶽遺跡に対し、マスコミが発掘責任者であった賀川光夫氏に不正の嫌疑をかけたため、同氏がそれに抗議する形で自殺してしまいました。
ここで見落としてはいけないのは、科学というものは何度も検証されてのみ前進していくべき存在ということを忘れ、「科学的発見」を盲目的に信じてしまうマスコミと、その受け手である社会全体の責任です。そして、一度受け入れられてしまった学説を鵜呑みにし、異論を笑殺してしまう傾向にある学会の閉鎖的体質でしょう。
その傾向は残念ながらいまも続いています。たとえば、最近の「STAP細胞」研究論文をめぐる騒動では、インターネット上ではかなり早い時期から問題の指摘があったにもかかわらず、当事者である理化学研究所や関連学会の動きは鈍かったことが思い出されます。
そのうえでいえることは、研究不正はそれを行った当事者やそれを防止できなかったアカデミズム、批判的視点を怠ったマスコミに責任があるのはもちろんなのですが、社会の一員としての一般国民にも冷静で客観的な見地が必要だということです。

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