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「研究不正」を防ぐための倫理教育に効果はあるか?

2014年に世界的に有名になってしまったSTAP細胞事件など、日本でも海外でも、研究不正(research misconduct)が相次いで発覚しています。そのため大学や研究所、民間企業のなかには、研究不正を予防するための講義やトレーニング、グループ・ディスカッションなど教育的介入 −「研究倫理教育」などと呼ぶこともあります− が行なわれているところもあります。そうした教育的介入には、実際に研究不正を予防する効果はあるのでしょうか?
研究不正には、研究結果をでっち上げる「捏造」や、研究結果を操作する「改ざん」、ほかの研究者のアイディアなどをコピーする「盗用」などがあります。こうした研究不正がない状態を「研究の公正さ(research integrity)」または「研究公正」が保たれている、ということもあります。
しかし、非常に書きにくいことなのですが、教育的介入が研究公正に対する研究者の態度や知識を向上し、研究不正を予防できる、という明確なエビデンス(証拠)は乏しいようです。
医学研究コンサルタントのエリザベス・ウェージャーらは、治療方法などの有効性を体系的に再評価(レビュー)し、その結果を公開する国際プロジェクト「コクラン共同計画 (The Cochrane Collaboration)」の一員として、研究不正を防ぐための教育的介入の有効性を評価した研究31件を集めて再評価しました。臨床試験の効果を再評価するときと同じように、です。その結果は同計画のデータベース「コクラン・ライブラリー (Cochrane Library)」で公表されました。
それらの研究31件は33本の論文で発表され、合計9571人の被験者(研究者や学生)が対象にされていました。31件のうち15件は「ランダム化比較試験」といって、臨床試験では信頼性が高いとされる方法を使っていましたが、それほど信頼性の高くない方法を使っているものも少なくありませんでした。
いくつかの研究は、教育的介入が「盗用」に対する研究者の態度についてポジティブに影響したことを示しました。「盗用についてのトレーニング、とくにそれが実践的なエクササイズをともない、テキスト・マッチングソフトウェアを使うときには、盗用の発生を減らすらしい」ことがわかったのですが、エビデンスのクオリティはそれほど高くないといいます。
一方、「捏造」や「改ざん」については何も見つかりませんでした。
ウェージャーらは、多くの研究では、サンプルサイズが小さいこと、バイアス(偏見)のある結果を生み出すかもしれない方法を使っていること、トレーニング方法が詳しく記述されていないこと、短期間の影響しか検証していないこと、現役の研究者よりも大学の学生たちを対象としていること、などを明らかにしました。彼女らは、

エビデンスのクオリティがたいへん低いため、 研究不正 を減らすための責任ある研究の実施について、トレーニングの効果は不確かである。

とまとめています。
学術情報を辛口で紹介するウェブサイト「リトラクション・ウォッチ」の編集部は、ウェージャーらに「再評価の結論にがっかりしましたか?」と尋ねたところ、次のような返事が返ってきたといいます。

はい、がっかりしたと思います! 簡単な介入方法を見つけて、「これだけを実践すれば、研究不正を減らすことができるでしょう」と研究施設に言うことができたらすごいなぁとは思います。しかしながら、もしそのようなことで簡単に不正が減るのであれば、たぶん、すでに行なわれているでしょう。また私たちは、研究公正は複雑な現象で、研究環境や奨励制度における些細な要素によって影響される傾向があることに気づいています。だから私たちは少しがっかりしましたが、わかったことすべてに驚いたわけではありません。

この再評価でわかったのは、教育的介入の効果を評価する研究の多くはそのクオリティが低いということであり、教育的介入にはまったく効果がない、ということではないようです。
しかしSTAP細胞事件で問われたのは、問題が発覚した後の理化学研究所の対応でした。研究機関には、教育的介入の限界を認め、問題が起きた後に対応すべきことを準備しておく、といったことも必要かもしれません。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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研究不正 を起こした研究者にリハビリを -学術英語アカデミー Recent comment authors
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[…] 一方で、研究不正を防ぐための倫理教育に効果があるというエビデンスは乏しいようです。仮に有効な教育方法が開発されたとしても、不正の発生をゼロにはできないでしょう。そこで「重い罰」と「軽い罰」とのギャップを埋める試みとして、セントルイス大学の倫理学者ジェームズ・デュボアらは、問題を起こした研究者が受けるリバビリテーション・プログラムを開発しました。精神医学者や心理学者も運営にかかわっています。 […]

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