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「科学の科学=メタサイエンス」は学術界に根づくか?

ワシントン大学の微生物学者フェリック・ファン教授は、『感染症と免疫学』の編集長を務めた経験からメタサイエンスに取り組むことになりました。同誌は彼の努力もあって、ある研究者が論文中の写真の改ざんを行なっていたことを明らかにし、彼の論文3本を撤回しました。それがきっかけとなり、その研究者の論文には次々と研究不正が見つかり、最終的には30本もの論文が撤回されました。ファンは研究成果の発表システムそのものに問題があると考えるようになり、論文の「撤回」や研究不正を研究テーマに加えることになったといいます。
イリノイ大学の人類学者キャスリン・クランシー助教授は、大学院生の女性がフィールドワーク中に性的な被害に遭ったという経験を聞き、それを個人的なブログに書いたところ、インターネットで大きな反響がありました。彼女は、フィールドワーク研究の倫理に関するシンポジウムに登壇するよう依頼を受けたのですが、査読者は彼女のアブストラクト(プレゼンの要約)を却下してしまいました。わずか2人の経験をまとめたものにすぎなかったからです。彼女は定量的なデータが必要であると考えるようになり、ほかの研究者とともにアンケート調査とインタビューを開始し、そのプロジェクトを「学術フィールド調査研究(SAFE)」と名付けました。その結果、調査対象となった女性のうち、64%が何らかのフィールドで嫌がらせや暴力を受けた経験があることが明らかになり、論文にもまとめられました。
ブリティッシュ・コロンビア大学森林保全科学部のポスドク、ジェレミー・ヨーダー氏は男性同性愛者として、科学技術分野における性的少数者(セクシャル・マイノリティ。LGBTともLGBTQAとも呼ばれます)の行動や経験について、定量的なデータが存在しないことに気づいて、教育学の研究者と組んで、その調査を行いました。自分と同じようなマイノリティの労働環境を改善したり、彼らがステップアップしたりすることに貢献できるかもしれないと思ったからです。
科学者がこうした自分自身の本来の研究からは外れた問題を研究することには、メリットとデメリットがあります。クランシーは会議に登壇者として招かれたことがあり、ヨーダーは大学から賞を授かりました。ファンは「合理的なワークライフバランス」や「高い倫理基準」を推奨される環境をつくることは「トレーニングを受ける者にとって好ましい」ことであり、「質の高いサイエンスを世代継承するためのステージをつくることになる」と考えています。フー記者は3人の話を聞いたうえで、下記のように語っています。

こうしたプロジェクトへの取り組みは、強力な職業倫理、優れたタイムマネジメント、科学を推進するための情熱、そして分析スキルの強化を示していている。これらは全て、学者候補としてきわめて望ましいスキルである。

しかしデメリットもあります。まずメタサイエンス研究は、たとえ論文になったとしても、その科学者自身の専門領域での業績としては認められない可能性があります。また科学者は一般的に、とくにキャリアの初期においては、狭い専門分野に集中して取り組むことが好まれます。メタサイエンスに取り組む研究者は、専門分野をおろそかにしているとみなされるかもしれません。さらにこうしたメタサイエンス研究の結果は、善かれ悪しかれ、メディアや一般市民など科学コミュニティ以外からの注目を集めることがあります。科学者のなかには、そうした目立つ行動を取る同業者を好まない者もいます。とくにメディア出演が多い科学者について、「あの人は『タレント科学者』で、ちゃんとした研究をしていない」といった陰口を聞くことは少なくありません。
しかしながらフー記者は「メタサイエンティストたちはみな、ほかの者たちがどう思っているかにかかわらず、自分たちの研究が重要であるという確信を共有している」と、彼らの意義を擁護します。日本ではどうでしょうか? 実は、筆者も偶然、「メタサイエンス(メタ科学)」という言葉を好意的に使ったことがあります。しかしそれは、科学史、科学哲学、科学社会学、そして科学技術社会論(STS)など、自然科学を人文社会科学の観点でメタ的に研究する学問、という意味でした(斉藤勝司ほか著『教えて!科学本』、洋泉社)。フー記者は、科学者自身が科学をめぐるシステムを研究すること、という意味で使っているので、定義が微妙に異なります。実際、日本では、ファンやクランシーやヨーダーが行なっているような研究は、主として、(自然)科学の現場からやや離れた位置にいる研究者によって取り組まれているように思います。
メタサイエンスをどのように定義づけても、メタサイエンスを嫌う科学者がいてもいなくても、メタサイエンスは科学にとって重要な意味を持っているし、これからもっと重要になりそうです。予算やポストなど、メタサイエンスが正当に評価される制度の整備も必要になるでしょう。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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