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気になる研究助成金の分配方法

研究助成金は研究を続ける上で不可欠です。なんとか必要な額の助成金を得ようと苦労している研究者が、申請が不採択となった理由を知りたいと思うことは不思議ではありません。助成金の審査方法だけでなく分配方法も気になります。一方、助成金提供者側にとっては、助成金申請の数が増加すると、事務手続きが膨大な量となって負担が重くなる上、すべての申請内容を評価し、合意を集約させるのは一苦労です。では、手続きを簡略化する対策として「公正な抽選により、あなたの申請は不採択になりました。」と言われたとしたら、研究者は納得できるのでしょうか?

実際、資金提供者の手間と審査に要する時間を削減すると同時に、公平性を保つため、申請をランダムに選んでいる(任意抽出している)組織があるようです。ニュージーランドの保健研究会議(Health Research Council)は研究資金提供先を「くじ引き方式」によって抽出している一例ですが、このように部分的なものも含めてランダム抽出を行っている団体・研究機関の数は増えているとnatureの記事が指摘しています。

変わりゆくプロセス

研究資金提供団体の中には従来の選出方法は妥当ではないとして、「くじ引き方式」を実施しつつ、研究助成金の選出プロセスに透明性を持たせるための新しい方法を模索しているところもあります。一方、従来の方法をとっている団体も、研究分野によってはランダム抽出への動きがあることは認識しており、今後の動きを検討しています。2019年11月にスイスのチューリッヒ大学で開催された会議では、科学界におけるより広域な作業にもランダム式選考を採用すべきとの意見も出されました。この主張によれば、助成金申請の抽出に留まらず、どの論文を出版するかの選出や、さらにはどの候補者を研究者として採用するかの選考にも使うことができるとしています。この会議の主催者でもあるチューリッヒ大学の経済学者は、ランダム方式は現在のプロセスよりも高い開放性を得ることができるだろうと示唆しています。現行プロセスは、研究者にとっては申請書類の作成に関するさまざまな作業に手間取る割にはいくら苦労しても不採択となる可能性は捨てきれず、評価委員にとっても大きな差異のない申請書類を大量に仕分け、評価、選出することに多くの時間を要することから、効率的とは言い難いと述べています。さらに、標準的な評価が、政策立案者、出版社、大学の事務局が思うようには行われていない上、審査・選考を行うあらゆる組織・団体が的確な基準をもって機能しているわけではない現状も指摘しています。

今では、ニュージーランドの技術革新科学基金(Science for Technological Innovation National Science Challenge, SfTI)やスイス科学財団(Swiss National Science Foundation, SNSF)、ドイツ最大の私的支援団体であるVolkswagen Foundationのようにランダム方式を導入する団体・組織が出てきており、研究資金の提供先の選出プロセスは変わりつつあるようです。

とはいえ、すべてのプロセスがランダム化している訳ではありません。一般的には、研究支援者は、送られてくる申請が自分たちの基本的な基準に適合したものかどうかの確認を行い、その上で研究ごとの番号を付けてコンピューターによるランダム選出を行い、研究費の分配を行います。例えば、ニュージーランドのSfTIは、20件の研究プロジェクトに助成金を提供していますが、評価委員はどのプロジェクトを20番目(採択)にしてどのプロジェクトを21番目(不採択)にするかで頭を悩ませる必要はありません。どのプロジェクトが支援に値するかのみを評価して、後はシステムに任せればよいのです。

ランダム化のメリット

資金提供者は、申請者に対して選考がどの段階にあるかを伝えます。申請者は、自分の申請が支援に値する内容かどうかを知ることができ、後は運任せとなれば、不採用になったとしても何が悪かったのかと思い悩まずにすみます。ランダム抽出には、いつも同じような研究が助成金を受けるというバイアス(偏見)を削減し、助成金を受けられる研究の多様性を増やすといったメリットもあります。しかも、ランダム抽出の採択基準に、例えば、民族的にマイノリティー(少数派)な研究者や、あるいは潤沢な資金のある組織の後ろ盾を持たない研究者を優先して抽出するといった要素を加味することも可能です。もちろん、発想の斬新さよりも個々の研究者の実績に重きを置く従来の選考方法にもメリットはあるので、新しいシステムに従来の良さも取り込んでいくことが望ましいとされています。

しかし、今のところすべての研究支援組織・団体が、ランダム抽出に移行することありません。ランダム抽出のメリットを良いと考える団体ばかりではないからです。従来のプロセスでうまくいっている場合、自分たちの手間を省くためにプロセスを変更することは望ましくないと考える人もいます。また、申請書にはランダム抽出に必要な基本的な基準さえ書き込めばよいと申請者が考える可能性を鑑みると、書類が簡略化されることをメリットと取るか、高品質な申請書を作成することにも意義があると取るかでも見解は分かれます。

すぐに助成金申請の審査方法が大きく変わるというわけではありませんが、試行錯誤は続きそうです。上述の選出時のメリットに加えて、ランダムに抽出された研究論文が学術雑誌(ジャーナル)に掲載された後にこそ、大きなメリットが得られるとの議論も生まれています。ランダム抽出であれば、自分の論文が「選ばれた」との意識が薄れ、謙虚になれるのがよいというのです。科学には謙虚な姿勢が大切であるとする研究者の意見は、新しいプロセスを考える上でも貴重でしょう。

また、近年は、政府系機関や企業などから資金を得るのではなく、さまざまな財団やインターネットで不特定多数からの資金提供を募るクラウドファンディングや、出版社や学術関連企業などによる奨励金で研究費を集めるといった他の方法も出てきています。どのような選考があるかは資金提供者によって異なりますが、研究費獲得先としても多様性を持たせることを考えてみるのもよいでしょう。


参考情報:エナゴ・グラント(エナゴ研究奨励金)

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