14

今こそ真実を訴える―代替的事実ジャーナルの発信

トランプ米大統領の上級顧問を務めるKellyanne Conway氏がテレビ番組で発した「代替的事実(alternative facts)」という言葉が話題になりました。上級顧問たる立場の人間が事実の誤りを「Fake(虚偽)」ではなく「代替的事実」と述べたことにより、トランプ政権が事実を重視しない姿勢を示したというのがもっぱらの見解です。
象徴的なのが気候変動に対する見解であり、就任前から「中国が米国の製造業を無力化する目的ででっち上げた作り話」と評していました。3月29日にはオバマ前政権の温暖化対策を撤廃する大統領令に署名し、2013年に前政権が策定した温室効果ガス排出削減策「クリーン・パワー・プラン」の再評価を命じました。これを発端として気候変動に関連する研究への包囲網が狭められていますが、科学研究も同様に、厳しい状況に追いやられています。このような政治的な動きに対する反撃が、にわかに始まっています。
■ Journal of Alternative Fact(JAF):代替的事実ジャーナル
「代替的事実」がまかり通るならと、「代替的事実ジャーナル(Journal of Alternative Facts:JAF)」が刊行されました。Casey Fiesler氏は、増え続ける代替的事実を抑制するためには信頼できる学術情報を発信することが重要だと、このジャーナルを立ち上げました。
記念すべき最初の記事は“We Have All the Best Climates, Really, They’re Great” (Scientistonce, I.A., 2017)と題され、米国が牽引する気候変動の研究により地球は最適な気候にあり、温暖化していないことが分かっているとしています。データによれば米国の二酸化炭素(CO2)排出レベルは最適な状態にあり、何の対策も必要ないと述べていますが、実際には米国のCO2排出量は世界の国別ランキングで中国に次ぐ2位(2015年データ)。まさにトランプ政権の気候変動対策への姿勢を揶揄しています。この皮肉たっぷりの投稿へのコメントには「JAFの発表は最高!」「査読に最適」というものまであり、概ね好意的に受け取られているようです。
■ 代替的事実がはびこる可能性
事実と代替的事実は、何が違うのでしょうか。Oxford英語辞書によれば「Alternative」には「別の可能性、選択」との意味が含まれており、簡単に見分けられない場合もありそうです。例えば、食品や自然界に存在する化合物についてさまざまな研究が行われていますが、どれが発がん性物質なのか確実には分からないこともあり、事実だと信じられていたものが実は「事実」ではなかったということも少なくありません。
学術論文は通常、研究者が長年行ってきた調査や分析、実験を論文にまとめて投稿し、専門分野の知識を持つ他の研究者が評価・検証を行う査読を経て公開されます。適正な査読プロセスを経た学術発表であれば、勝手な推測や科学的見解に基づかない憶測が公表されることはないはずですが、今日、多くの人が科学あるいは技術に関する情報をメディアから得ていることを鑑みれば、発信される膨大な情報の中に代替的事実がはびこる可能性は拭い去れず、重大な危険をももたらしかねません。
■ 学術界と代替的事実
JAFの考案者であるFiesler氏は、時として政治家が科学以外の論拠や指示をもとに科学について判断を下すことがあり、その結果が私たちに影響を及ぼす可能性があるとしつつ、「科学とは党派対立問題でも経験的事実でもない」と断言しています。
科学研究とは宇宙の森羅万象を理解するために重要なものであり、研究者が研究資金を政府系のファンドに依存することがあっても、その資金提供の決定者の意見が研究内容と食い違うからといって支援を拒否されるべきではありません。さらに、資金提供を受けるために事実が「代替的事実」になることも避けられるべきでしょう。
政治的な思惑などにより意図的に代替的事実が発せられる場合以外にも、事実がゆがめられることは多々あります。ソーシャルメディア上でセンセーショナルな見出しを目にしたことや、盲目的に投稿内容を信じた読者が過激なまでの反応を示すのを見たことはないでしょうか。政治家や政策決定者が科学的な情報を入手するためにジャーナリストやニュースメディアを頼みとする状況は、今後も続くことでしょう。そのことからも、学術研究者による客観的な研究と、査読者による客観的なチェックが重要なのです。
■ 不安定な世界で
アメリカで「代替的事実」が話題になる前年の2016年、イギリスでも「post-truth(ポスト真実)」という言葉が流行しました。これは「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えおよび個人的な信条が社会的な意見の形成に影響を与える状況」(Oxford英語辞書)とされています。ポピュリズムが台頭し、世界は不安定さを増しています。国家間の対立が深刻になる中で、政治に事実が反映されない傾向も広がりつつあるようです。学術界においても、研究の内容と成果を正しい目で判断する査読の重要性が、益々増えるのではないでしょうか。
参考
Enago academy掲載の英文はこちら:Journal of Alternative Facts: It’s About Time!

X

今すぐメールニュースに登録して無制限のアクセスを

エナゴ学術英語アカデミーのコンテンツに無制限でアクセスできます。

  • ブログ 560記事以上
  • オンラインセミナー 50講座以上
  • インフォグラフィック 50以上
  • Q&Aフォーラム
  • eBook 10タイトル以上
  • 使えて便利なチェックリスト 10以上

* ご入力いただくメールアドレスは個人情報保護方針に則り厳重に取り扱い、お客様の同意がない限り第三者に開示いたしません。

研究者の投票に参加する

研究・論文執筆におけるAIツールの使用について、大学はどのようなスタンスをとるべきだと考えますか?