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日本の研究力低下を止められるか

2019年10月9日、テキサス大学のJohn B. Goodenough教授、ニューヨーク州立大学のM. Stanley Whittingham教授とともに、旭化成名誉フェローの吉野彰氏が2019年のノーベル化学賞を受賞され、日本中が喜びに沸きました。スマートフォンから電気自動車など、すっかり日常生活に溶け込んでいる製品にとって不可欠なリチウムイオン電池。この電池の開発で主導的な役割を果たした功績が称えられたわけです。

大変嬉しいニュースですが、喜んでばかりもいられません。日本のノーベル賞受賞数は、米国籍の研究者を含めて28人。化学賞に限っても8人が受賞しており、世界でも有数のノーベル賞受賞国となっていますが、将来この状況が続くとは期待できないと指摘されています。近年の受賞者を見てもわかるように、研究成果を発表してからノーベル賞受賞までにはタイムラグがあります。しかも、学術雑誌「Nature」の記事、または英国教育専門誌「Times Higher Education(THE)」の「世界大学ランキング」でも日本の科学技術力の劣化が示される中、受賞者だけでなく多くの研究者が研究力の強化と若手の育成が急務と指摘しています。

論文数減少

日本の科学技術力の低下が数字となって表れているものの一つが論文数の減少です。平成30年版「科学技術白書」で主要国における論文数の推移を見てみると、世界の論文数は増加しているのに対し、日本の論文数は減少。1990年代後半には横ばいとなり、2013年以降は減少に転じていました。国・地域別論文数では、論文発表数上位10か国・地域における日本の論文数は10年間で2位から4位に、被引用数Top10%補正論文数は4位から9位に転落しています。当然ですが優れた論文ほど引用される回数は多くなるので、論文数ともに被引用数が下がっていることも問題です。

予算削減の影響

これにはさまざまな原因が考えられますが、研究費の削減が科学研究を脆弱化させている一因と考えられています。2004年4月に国立大学の独立行政法人化が開始されて以降、研究活動の基盤となる運営費交付金、特に人件費が削減されたことで、教員や若手教員などの採用を抑制する動きが見られました。研究活動の基盤となる国立大学運営費交付金は13年間で12%(1445億円)減。長期的には、若手研究員の減少は研究力低下につながるとともに、任期付き雇用では落ち着いて研究ができない状況です。運営費交付金の減額をカバーするためとして、使途が決められている「特定運営費交付金」、または研究プロジェクトの費用が部分的に補助される「プロジェクト補助金」といった予算が計上されてはいますが、すべての国公立大学がこれらの競争的資金を獲得できるわけではないので、大学によってはどうにもならない状況に陥ってしまうのです。さらに競争的資金が増えても若手研究者の安定した雇用にはつながりません。このまま大学の予算が縮小すれば、ますます人件費は削減され、研究の継承や発展が困難となるでしょう。これが研究における支障となり、巡り巡って論文数の低下につながり、大学などにおける学術研究の根幹を揺るがす問題となってしまうのです。この状況を打開すべく、研究環境を改善し、科学研究を促進するための施策を見直すことが急務とされています。

大学だけではありません。The Japan TimesのOpinionに掲載された記事には、理化学研究所の研究機関への公的助成金が過去10年間で20%近く削減されたと書かれています。予算が削減された研究機関は、資金を確保するために国内外から資金調達をする努力を余儀なくされます。

国際研究は研究力の増強につながるか

日本の研究力低下を阻止する方法として、国際研究の促進が期待されています。実際、2014年以降、Nature Indexの学術雑誌(ジャーナル)に掲載された国際共同研究(共著者に外国人が含まれている研究論論文)の割合は、46%から56%にまで増加しています。海外の大学または研究機関との研究に関する協定を締結している機関は増えています。文科省の調査(平成28年度)によると、調査に回答した860機関中、551機関が研究協定を結んでおり、地域別ではアジア、北米、ヨーロッパの大学・研究機関が多いことが示されています。その内訳を見ると、国立大学等が87機関、公立大学が55機関、私立大学は326機関。同年度における海外の大学との大学間交流協定件数も、38,264件(前年31,929件)と年々のびています。とはいえ、国際研究はひとつの策であって、研究力低下を食い止めるには不十分です。欧州連合などに比べると日本の研究機関は、科学研究のレベルを上げるには国際的な共同研究が重要だとの意識が低いとの指摘もあります。

企業の投資意欲は増

今年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏は、旭化成名誉フェローです。革命的なリチウムイオン電池の研究を重ね、商品化にこぎつけています。1991年の発売当時はあまり売れなかったようですが、1995年以降、携帯電話の普及、インターネット時代の到来により需要は急激に拡大。いまでは、IT機器だけでなく電気自動車にも使われるようになっており、さらなる技術開発と利用の拡大が見込まれています。日本経済新聞社の調査によると、企業の研究開発への投資は上向きで、2019年度の研究開発費総額は18年度に比べ5.2%増が見込まれると記されています。IT分野を中心とする技術革新に対応するために研究開発投資を継続する姿勢がうかがえます。特に増額が大きかったのは武田薬品工業で、昨年度から1227億円増やし、総額4910億円を研究開発に投資する見込となっています。

政府による若手強化策

このように研究開発への投資が増えることは歓迎できるのですが、任期付きの不安定な役職で働く若手教員の割合が増えていることなどを踏まえると、しっかりとした研究環境を長期的に維持することが急がれます。吉野氏は11月11日に総理大臣官邸で開催された総合科学技術・イノベーション会議に出席し、若手研究者には最低10年以上は研究期間を保障する必要があると訴えました。これに対し安倍総理は「我が国がこれからも未来にわたって世界トップレベルの研究力を持ち続けるためには、若手研究者への支援強化が何よりも重要です。」と強調し、研究レベルの維持・向上に向け、主に若手研究者を対象とした支援策を年内に定めると表明しました。研究環境の抜本的な改善につながることが期待されます。

若手研究者の国際化支援

政府は、若手研究者の国際支援も科学技術政策の重点項目のひとつに位置づけています。国内向けとして実施されてきた研究開発プログラムにおいても、国際共同公募等を行うなどの国際協働研究支援を推進していますが、2019年6月に文科省が策定した「第6期科学技術基本計画に向けた提言」でも、研究力低下の現状の打開策の1つとして国際共同研究の抜本的強化を掲げています。大学や研究機関なども独自の施策を打ち出していることから、若手研究者への支援が強化され、日本の学術研究の国際競争力の向上につながると考えられます。

学術研究においてもグローバル化が進む現在、研究費の確保同様、国境や分野を超えた「協働研究」の重要性は高まる一方です。日本でも若手研究者が研究に集中できる環境を提供するとともに、国際化を支援することによって、日本の研究力が回復することを願います。

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