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研究の品質管理の重要性

品質管理により、科学研究の良し悪しに違いが生じます。では、研究における品質管理とは何でしょうか?答えは簡単です。研究室における「規準」を監視・維持することです。ここでは研究における品質管理がいかに重要かを見直してみましょう。

品質管理に関わる基準

品質管理とは、研究室内のあらゆる問題を見つけ出し、これによる影響を弱めて許容誤差範囲内に収めるよう、修正や調整、あるいは改善を行うことです。また、研究方法に一貫性があるようにしたり、実験結果の正確性を確保したりすることも含まれます。学術研究の品質には、正確性、信頼性、安全性、有効性など、さまざまな意味が含まれます。品質管理(Quality Control)と似ているものに品質保証(Quality Assurance)がありますが、この2つは品質マネージメント(Quality Management)の一環でありながら、若干意図が異なります。品質管理が、「どのように改善するのか」といった問題への対応として必要な変更を提案するための監視を行うプロセスなのに対し、品質保証は、適切な基準にのっとって研究が行われたか、品質管理における要求事項と結果を確かめるプロセスです。ただし、いずれも研究の「質」の確保に重要な役割を担うものです。

品質管理にあたって目安となる基準のひとつに、Good Laboratory Practice(GLP)があります。日本語では「優良試験所基準(規範)」や「優良研究所基準」などと呼ばれている、医薬品や医療機器、化学物質などの承認申請や登録申請のために行われる非臨床安全性試験実施に関する基準です。GLPは製薬会社の不正に対する査察を経て、米国医薬食品局(FDA)が定めた基準であり、該当する被臨床安全性試験データの信頼性の確保を目的として1979年から米国で適用されました。1981年に経済協力開発機構(OECD)がGLP基準を制定したことで国際基準として認識され、1982年には日本でもGLP基準が文書化、翌年から適用されています。さらに1997年には薬事法に基づいたGLP省令が定められ、その後も適宜改正されています。GLP省令には、「運営管理者は、試験施設の運営管理、計画書等や標準操作手順書(SOP)の作成・記録・保存を行う」といった基本的な事項から、生データの管理まで幅広く記載されています。他にもGood Manufacturing Practice(GMP)と称される医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準などもあり、研究室の品質管理においてこれらの法的な基準(法令・規制要求基準)を満たすことも大変重要です。

品質管理のベスト・プラクティス

基準について把握できたら、次は実際の品質管理です。品質管理のベスト・プラクティス(模範的な活動)として参照になるのがLaboratory Quality Management(LQM)です。LQMは、研究室の活動の一貫性を阻害する要因を管理・制御する仕組みを組織内に実現するのに役立ちます。ほとんどのLQMは、国際標準化機構によって策定された試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項(General requirements for the competence of testing and calibration laboratories)の国際標準規格であるISO/IEC 17025に準じています。世界保健機関(WHO)がLQMシステムのハンドブックを発刊しているほか、米国に拠点を置く非営利化学団体のAssociation of Official Analytical Chemists International (AOACI)がISO/IEC 17025:2017に基づく研究室向けのAOACガイドラインを刊行しているので、参考にするとよいでしょう。

良質なLQMに求められる構成要素は次のとおりです。

  1. 品質マニュアル
    研究室は品質管理を詳細に定めたマニュアルを整備しなければなりません。
  2. 人材とトレーニング
    全ての人に対して一貫して矛盾のないトレーニングをすること。
  3. 方法論・手順
    研究に関する方法は、研究室全体で首尾一貫していなければなりません。あらゆる方法が、求められているレベルで精密かつ正確かを確認するため、慎重な精査を行う必要があります。
  4. 所内(室内/インハウス)または所外(認証)標準物質
    対照サンプル(コントロールサンプル)は各研究室で準備することができます。対照サンプルは、その組成や量などが把握できているもので、対照サンプル(対照群)と比較することで実験サンプル(実験群)の分析を行い、比較分析を可能とすることにより個々の研究が適切な方法で進められているかを確認します。特に、サンプルの特性が確定できているインハウス標準物質(IHRM)を準備しておけば、これを基準に分析を行い、結果を記すことができます。
  5. 記録作成と保管
    実験の準備、実施手順、分析について記録しておきます。
  6. 費用対効果の分析
    LQMに要する費用は、その結果の得られる結果を考えれば相対的に低いはずです。確かにLQMプログラムの実行には初期費用が必要ですが、その効果は、研究結果の信頼性向上、問題の回避・改善、研究効率の向上など多岐にわたります。

品質管理における課題への取組

2016年1月にNature誌に掲載された記事に、ミネソタ大学の獣医学部の内分泌学者で研究の品質管理の専門家でもあるRebecca Davies博士の話が紹介されていました。Davies博士は自分が所属する研究室の品質管理を長く担当していました。品質管理の仕事は大変なものでしたが、博士は問題を見つけて修正するこの仕事に夢中になり、品質管理担当になってすぐに幾つかの問題に気付きました。問題は、試料の保管から、データ収集などいろいろな面に及び、設備の問題や管理されていない事柄があることも分かりました。Davies博士はこれらの問題に直面し、研究室に改善余地がたくさんあると奮起したのです。そして、2009年に他の研究室の適切な品質管理体制整備を支援するチーム「Quality Center」を立ち上げました。これは、品質管理は自発的に行うのが良いとのDavies博士や他の科学者数名の考えに基づき、規則で品質管理を押し付けるのではなく、研究者が自分で品質管理を強化するのを助けるものでした。このような取り組みが研究者間で始まり、研究者に広がっていくことで学術研究全体の品質管理向上につながることでしょう。

科学研究における品質管理の難しさは議論の的になっています。ここ数年、さまざまな問題が生じており、研究の信頼性において研究者のみならず一般の人々の間からも疑問の声が上がっています。例えば、科学論文で再現性があるのは三分の一に留まるとの指摘、査読に関する問題、論文の剽窃・盗用などです。研究者の中には、研究そのものより論文発表を重視する傾向も見られ、研究の品質に関する問題は根が深いと言えます。研究者の多くは注意深く研究をすすめています。しかし、一部にはそうでもない人もおり、データの記録を怠る、実験から何か月も経ってから報告を書く、対照比較を行わないなどの不注意などが散見されます。ひとつひとつは小さなことかも知れませんが、このようなことが積もれば研究の再現性が失われかねません。残念なことに、課題は多く残されています。それでも品質管理の改善に取り組むことにより、たくさんの問題を直していくことができるでしょう。

品質管理への抵抗 vs 効果

品質管理に人的資源や経費をかけるのは得策ではないと考える研究室も少なからずあります。研究費はかぎられているので、他のことが優先されているのです。品質管理が不十分なのは人材と支援金が不足しているためとの報告もあります。

先述のDavies博士がQuality Centerを起こしたとき、大学の他の研究者は関心を示しませんでした。品質管理は必須ではなく、時間とお金の無駄と考えていたのです。ところが、ある研究者が別な研究室の機器を使ったところ疑わしい結果が出てしまい、その原因は、機器を貸し出した研究室の研究責任者がお金を節約しようとして機器のメンテナンスをしていなかったことだったとDavies博士の調査で発覚しました。機器のメンテナンスは適正な品質管理でチェックの対象項目ですので、品質管理が機能していれば避けられた問題でした。このようなDavies博士と同僚の働きを通して、研究者が品質管理の効果を認識し始めたのです。

品質管理を複雑なものにする必要はありません。小さなことから始めればよいのです。記録帳のチェックを研究室で毎週行うことにします。公正さを確保するため、研究室のメンバーは紙袋に入れられた名札を引いて、誰が誰の記録帳のチェックをするか決め、記録帳には、対照グループと比較したのか、どこでどのようにデータの記録をおこなったか、どの機器を使ったなど、実験にかかわる要素を記録します。過去に生じていた品質管理上の問題をこの時点で修正します。これは、非常にローテクで簡単に実施できる品質管理です。大きな研究室の研究責任者は、所属する研究者全員の業務をチェックすることは難しいと考えているかもしれません。試料、データ、機器を一つひとつ辿っていくのは大変なので、サンプルやデータ記録のすべてに付番できるトラッキング・システムを導入することも一案です。それにより、研究責任者が研究の実施過程を簡単に追いかけることができるようになります。

 

研究者は、問題が起こって初めて品質管理の効果に気が付くことが多いのです。予期しない結果が出て、原因を見つけるためにデータの山をかき分けなければならないことになってから「きちんと管理しておけば……」と思っても後の祭りです。適切な品質管理を実施していれば、想定外の結果が出ることはほとんどないはずですし、そうした事態になっても容易に原因の究明ができるでしょう。

 

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