「最初の論文投稿から受理されるまでの時間」―ジャーナル新指標の提案
研究成果を論文として出版することは、学術研究にとって必要不可欠な要素です。長い間、研究者たちは研究成果を発表・共有することで、人類の知識を蓄積してきました。
論文出版のスピードを阻む障壁
しかし、学術出版プロセスは、ほとんどの研究者にとって、原稿を書き上げたからといって終わりではありません。研究論文をどの学術雑誌(ジャーナル)に投稿するかの選択は大変重要です。そして投稿された論文は、出版に値するかを判断するために査読にかけられるわけですが、この査読は学術出版プロセスにおいて最も重要な要素であるとともに、最も時間を要するものでもあります。
論文を投稿する研究者らは、[blod_text]ジャーナルの査読プロセスの長さを、迅速な出版を阻む大きな障壁として指摘[/blod_text]しています。従来のジャーナルの評価指標でも、原稿が投稿されてから最初の判定が出るまでの平均時間や、受理(アクセプト)から出版までの平均時間などで出版効率が測定されてきましたが、それでも本当のタイムラインは捉えきれていません。
現在の出版システムは、何世紀もの間、かなりうまく機能してきましたが、投稿論文の量が指数関数的に増加するにつれて、著者が論文を投稿してから受理されるまでに要する時間が長期化するようになりました。これは、査読者の都合(査読者手配の難しさや査読を引き受けられる能力の問題も含む)や、査読者からのフィードバックに基づく修正の必要度など、さまざまな要因によるものです。時には、査読需要の増加によるジャーナルの管理上の問題が査読プロセスの開始の遅れにつながることもあります。この10年程度の間に、こうした状況および数々の問題への不満の要因が知られるようになり、重点的に研究が進められてきました。
「ジャーナルの3分の1が、査読に進まず編集者の判断で投稿後すぐにリジェクト(デスクリジェクト)するまでに2週間以上、6分の1が4週間以上を要している。このことは、査読者が査読に要する時間以外に、非効率的な編集プロセスも重大な原因となっていることを示唆している。所要時間が短く、論文がアクセプト(受理)された査読プロセスの方が、著者から高く評価されることは想像に難くない。」
Huisman & Smits (2017). Duration and quality of the peer review process: the author’s perspective. Scientometrics 113:633-650
Huisman & Smits (2017)は Scientometrics に投稿した論文の中で、出版タイムラインの詳細なレビューを行い、編集と査読の両方のタイムラインを管理し、そのプロセスから著者の期待を適切に設定する必要性を強調しています。
出版社が著者の期待に応え、さらに期待以上の対応をするにはどうすべきか
一般的に査読プロセスの所要時間が最も短いのは医学で、次に自然科学、最後に経済学と社会科学が続くと言われています。興味深いことに、医学と自然科学は人文科学と社会科学よりも投稿数とジャーナル数が多いのに時間が短くなっています。大規模なデータセットにアクセスできるにもかかわらず、現在のジャーナル指標は、出版スピードを判断するのに役立つ適切なデータを著者に提示することができていません。大半の出版社が採用しているジャーナル指標は、出版社がコントロールできる2つの側面に焦点を当てています。
1. 最初の判定を出すまでの平均時間:
編集部が最初の判定(リジェクトするか査読に回すかなど)を下すまでにかかる平均時間
2. 受理してから出版するまでの平均時間:
ジャーナルの制作プロセスの平均時間
これらのジャーナル指標は、出版効率に関する貴重な洞察を提供する一方で、限界があることも明らかです
1. 最初の判定を出すまでの平均時間には、原稿がなんらかの訂正のために著者に返送される(書類や情報の不備による追加提出依頼)などによる遅れを考慮していない場合がある。大手出版社はこうした作業に要する時間の統計を公表していない。
2. 近年、査読者を見つけられないジャーナルが増えている。査読者が見つからなければ、予期せぬ所要時間が大幅に増えることは確実であるが、この時間の統計も公表されていない。
3. 最も重要なことに、ジャーナルは、査読に要する時間も、原稿が最初に投稿されてから受理されるまでに実際に要する時間も特定していない。(原稿が最初に投稿したジャーナルに受理されることを前提として考えた場合の所要時間)
エルゼビアは、上述の限界を認識し、より微細に配慮しつつ正確な査読時間の測定を取り入れ始めています。とはいえ、この指標がエルゼビアのすべてのジャーナルに採用されているわけではありません。エルゼビアのJournal Finderサービスでは、上述した2つの指標―最初の判定を出すまでの平均時間(Time to 1st decision)と受理してから出版するまでの平均時間(Time to publication)は表示されますが、査読に要する時間は表示されません。
一方、出版社やデータサイエンスの分野で利用可能なデータの進化にはめざましいものがあります。業界全体で査読に要する時間の指標を公表すれば、著者が投稿先ジャーナルを検討する過程でより良い選択を行うことができるようになります。 また、出版可能となるスケジュールについて正確な時間を見通すことができれば、論文を投稿する著者の体験向上にもつながります。
多くの研究者は、COVID-19のパンデミックの間に、査読と出版スケジュールが大幅に早まったと考えているが、ミシガン大学の2人の研究者によれば、コロナ禍における状態は単なる「早い者勝ち」に過ぎなかった。
実際、出版までの時間が短くなったのは最初の2ヶ月間だけで、査読に要する時間全体の中央値は、6日(2020年1月から4月までの期間)から57日(2020年10月まで)に増えていた。
Source: Sevryugina & Dicks (2022). Publication practices during the COVID-19 pandemic: Expedited publishing or simply an early bird effect? Learned Publishing, 35: 563-573
出版社は著者が最初に投稿してから受理に至るまでの時間を明確にすべき
この10年間で、学術出版業界自体の査読に対する認識は大きく変わってきました。学術出版界に新たに参入してきたScience Colab、Peer Community In、PREreviewなどは、よりタイムリーな査読が行えるように設計されたサービスを提供しています。プレプリントの増加から、新たな査読モデル(複数が査読を行う共同査読やコミュニティ査読)に至るまで、出版プロセスにおける著者の体験を向上させることへの関心が高まっています。しかし、論文が出版されるまでに実際にかかった時間を明確に示すジャーナル指標を採用しない限り、新しいテクノロジーや共同作業の有効性には疑問が残ります。
「最初の投稿から受理されるまでの時間」という指標は、ジャーナルの査読時間だけでなく、著者の修正、編集者の判断、査読プロセスの過程で発生する可能性のある管理上の遅延も考慮します。これらの重要な要素を組み込むことで、この指標は出版プロセスの複雑さをより正確に反映するものとなるでしょう。著者が原稿を投稿してから、最終的にオンライン出版されるまでのタイムライン全体を考慮することになります。
さらに、この指標は、論文の出版に関わるすべての人にとって明確なメリットがあります。著者は、出版タイムラインをより透明性の高い形で見ることができ、査読者と編集者は、タイムラインの管理における自分たちの役割をより明確に理解することができます。ジャーナルと出版社は、この指標のさまざまな要素を分析することで、業務の合理化、著者の投稿体験の改善、リソース配分の最適化を図ることができます。この指標が公開されれば、共同研究が促進され、科学的発見が加速され、学術的知識の普及方法に前向きな変革がもたらされることになるでしょう。
出版プロセスにおける重要な視点
これまではデータを手動で収集していたことが障害のひとつとなっていましたが、利用可能な技術が大きく進化したことで、データ収集およびデータや分析結果へのアクセスは、もはや大きな障壁とは言えなくなりました。とはいえ、メリットが明らかでも、他の課題がタイムラインを測定するのを妨げる可能性があります。出版プロセスにおいて重要な視点を以下に書き出しておきます。
1.ジャーナル選択の強化
「最初の投稿から受理されるまでの時間」という指標を採用することで、研究者が望む出版スケジュールに合うジャーナルを選択することができ、より戦略的で効率的な論文投稿につながる。
2.透明性のあるデータ共有
ジャーナルと出版社は、匿名化されたデータを積極的に共有すべきである。データを共有することで透明性を高め、出版社間の健全な競争を促し、最終的に著者と研究コミュニティに利益をもたらす。
3.ジャーナル・出版社間の競争と協調
指標の有無がジャーナルの魅力に影響するとしても、業界全体でこの指標の導入に取り組むことは極めて重要である。特にニッチなテーマのジャーナルが存在する医学や自然科学の分野では、出版社が統一的なアプローチを採用することが不可欠である。ジャーナル間に激しい競争が存在する可能性はあるものの、この指標に関する業界標準を確立するために協力的な取り組みを行うことによって、健全な競争と出版プロセスの改善という業界全体の目標との間でバランスをとることができる。
4.プライバシーの確保と倫理
データを収集する際には、著者や査読者のプライバシーに関する問題に対処する必要がある。データの匿名化とインフォームド・コンセントの取得は、倫理的に重要な考慮事項である。
5.ジャーナルメトリクスの標準化
この指標を測定するための標準的な定義と方法を確立することは、ジャーナルや出版社間の一貫性を確保するために不可欠である。
6.オープンサイエンスの原則との整合性
この指標を採用することは、透明性と協調性を高め、データ共有を促進することにより、オープンサイエンスの原則に整合し、最終的には科学的知識の進歩を促進する。
7.読者の信頼の促進
標準化により一貫性が確保されるだけでなく、情報に基づいた意思決定に不可欠な「最初の投稿から受理されるまでの時間」という指標の正確性と信頼性に対する読者の信頼も促進される。
8.ジャーナルの魅力
この指標を採用するかしないかによって、ジャーナルの魅力に差が生じる可能性があるが、指標を採用することは、プロセスの最適化を促すこととなり、最終的には著者と研究コミュニティの双方にとってメリットとなる。
「最初の投稿から受理されるまでの時間」を測定し指標として提示することは、出版効率を評価し、改善する方法における透明性を高めることにつき、劇的な変化を促すものだと考えています。従来の指標にもそれぞれの意味がありますが、この指標は、出版のタイムライン全体をより包括的かつ正確に評価するものです。この評価指標の採用により、出版コミュニティは、協業を促進し、タイムラインを短縮させることができるので、最終的には研究コミュニティがより効果的かつ効率的に機能する後押しとなることが期待されます。
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