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Withコロナ時代 ニューノーマル の学術研究・教育

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで世界は大きく変わりつつあり、今までとは全く異なる新たな経済システムやライフスタイル、「ニューノーマル(新常態)」に移行すると言われています。ニューノーマルとは2008年以降の世界金融危機のときに使われた経済用語でしたが、コロナで再び脚光を浴びることとなりました。そして、教育および学術研究もニューノーマルへの移行を余儀なくされています。

パンデミックで浮上した多くの問題

パンデミックにより多くの大学を含む教育機関は休校・閉鎖を行い、オンラインでの対応を迫られることとなりました。既にオンライン教育システムに対応できている学校や機関もありますが、システムが整備されていない学校も多い上、オンライン授業の経験を有する教員は限られており、教育の提供と学習に影響が及んでいるのです。オンライン教育への移行には差があり、誰もが通常と同じ授業を受けることは難しく、学生側に教育格差を生じさせることにもなっています。また、教育を提供する側の制度上の弱者(非テニュアトラックの教員、非常勤職員、テニュアトラックの初期段階の教員など)は厳しい状況に追い込まれています。このような立場にいる教員は、所属機関において重要な貢献をしているにも関わらず、平常時でも雇用の不確実性や金銭的な苦境に立たされていますが、非常事態で状況が悪化しているのです。十分な対応を行わないままオンライン教育への移行を進めることによって、これらのさまざまな問題が浮上することとなってしまいました。

研究者への影響も計り知れません。研究に関する知識の交換や普及、研究者間のコミュニケーションに不可欠な会議や学会などが中止され、研究を公開し、フィードバックを得る機会を失いました。フィールドに出られない、調査ができないなどの物理的理由で研究そのものが停滞している人も多いことでしょう。学術的生産性は著しく損なわれており、学術界全体で現在の状況に対応しつつ被害を最小限に抑えるための努力が行われていますが、ニューノーマルに向けて今後どのように変化していくべきなのかの検討も不可欠です。このように問題は山積みですが、今回はオンライン教育システムへの移行における技術的な課題と大学の取り組みを取り上げてみます。

オンライン教育の技術的な課題

国連教育科学文化機関(UNESCO)によれば、COVID-19の発生以来、世界146カ国で約11億8,000万人 の学生が教育機関の閉鎖などの影響を受けています。しかしオンラインへの移行といっても、すべての教育機関がオンライン教育を実装できているわけではありません。ネットワークへのアクセスが均等ではないこと、安定性に問題があることも無視できませんが、オンライン授業では学生の質問をもとに議論を促すことも容易ではありません。質疑応答や議論を行うにはハード面でインタラクティブな環境を整え、ソフト面では教員が新しい授業スタイルに適したシラバス(授業計画)に調整する必要に迫られています。では、インタラクティブなオンライン授業を行うには何をしなければならないのでしょうか。

1) 教員側の環境整備と準備

いわゆる講義型ではなくインタラクティブに授業を行うには、受講者の反応が見られるデジタル環境が必要ですが、大学の講座のように人数が大きくなると、それだけでも大変な作業です。受講者を見ながら、スライドを画面共有で見せるには、ある程度の大きさの画面が2つ必要になりますし、大人数と回線をつなぎつつスムーズにスライドを動かすには、それなりの動作環境も必要となります。しかも、授業ではスライドだけ見せているわけにはいきません。学生から教員が見える状態にしておく、画面の一部しか見えないことを踏まえて動く、ディスカッションするような場合にはホワイトボードなども(画面を通しても)見やすいように整理するなどの工夫が必要です。講義をストリーミングするだけでなくインタラクティブに進めるには周到な準備が必要なのです。

2) オンライン向けのシラバスの準備

オンライン授業には、実際に教室で行うのとは異なる進め方が必要となります。講義中に画面を切り替えたり、追加資料を配ったりするための準備をしておかなければなりませんし、受講者への指示や問いかけを簡潔でわかりやすいものにしておくことも重要です。画面を注視し続けるオンライン授業では、集中力が切れやすくなることへの対処も必要です。教員が意識して全体を見渡し、挙手していない学生に発言を求める、質問を振るなど、受講者に積極的に働きかけることが緊張感を保つには有効です。実際の教室のように学生全体に目を配ることが難しいので、ここでも何らかの工夫が必要です。

3) 学生間(受講者間)のインタラクション

授業でディスカッションを行う場合には、受講者間のやりとりもできるようになっていなければなりません。ソフトやアプリによって使える機能が異なるので、あらかじめ確認しておく必要があるでしょう。

大学の取り組み(一例)

多くの大学がオンラインで教育および研究を継続すべく、取り組んでいます。国や地方自治体による感染対策指示に従うとともに、学内で協議を進め、情報をホームページなどで通達・更新することで情報共有を図っています。例えば、米国のイェール大学 は、新学期のクラスをすべてオンラインで開講するにあたり、教員と教育アシスタントにオンライン指導への移行ガイダンスを提供し、状況を見ながら評価しつつ段階的にステップを進めると公表しています。大学院生などには、研究内容の性質上、学内にいなければならない人を除き、学外(自宅)でオンライン指導に従うよう求めると同時に、研究グループには研究を継続するための危機管理計画 を作成することを求め、教育と研究の継続性を維持するよう努めています。

オンライン教育への移行の中でも人のつながりを保つために

カナダのマウント・ロイヤル大学で高等教育における教育技術とソーシャルメディアに関する研究を行っているErika E. Smith助教授によると、オンライン教育下では特に人と人とのつながりと相互作用を保つことが必要だとしています。Smith助教授は、教員や研究プロジェクトリーダーがオンライン下で人とのつながりを保つ5つのコツを紹介 しています。

1. 簡素化して柔軟に対応する

通常の授業や研究のやり方をそのままオンラインに移行することはできません。必要なことに絞って簡素化し、柔軟に対応することが必要です。ビデオ会議はインタラクティブな議論や社会的つながりを維持するには有用ですが、参加者にとって負担あるいはストレスとなる可能性もあることに留意しておくべきでしょう。

2. すべての人が同等なネットワークアクセスやデジタルリテラシーを持っているとは考えない

誰もが信頼性の高いインターネットアクセスやデジタル技術についての知識を有しているわけではありません。学生(受講者)が、どのようなデジタル環境にいるかを確認し、誰もが利用可能なツールを使用してオンライン授業を提供する必要があります。学生は新しいデジタル技術に精通した「デジタルネイティブ」だと思いこみがちですが、年齢やデジタルリテラシーのレベルに関係なく、効果的に学べるためのシステムを構築することが大切です。

3. オンラインコミュニティを構築する

学生がコミュニケーションできる(ピアツーピア、P2P)スペースを作ることが、学生同士で情報を交換したり、ディスカッションを行ったりするのに有用です。教員とは距離を置きつつ学生同士がつながり、互いに助け合うためのオプションが利用可能であることが大切なのです。

4. クラウドソースを活用する

クラウドソースから学べることは多々あります。ソーシャルプラットフォームを活用することで、研究者や専門的な学術コミュニティーからの知見を得ることが可能だからです。大学教員であれば、ソーシャルメディア上のハッシュタグをたどってさまざまな関連グループのリストを見つけられることでしょうし、オープン教育リソース(OER) などからオンライン教育に役立つ情報を得ることもできるでしょう。

5. 全体を俯瞰することを心に留めておく

パンデミックという困難な時期であることを認識し、メンタルヘルスサポートや利用できる経済援助など、人々の健康と幸福を維持する助けとなる情報を提供することに時間を費やすことも必要です。

オンライン教育によって継続できることもあれば、できないこともあります。移動や人との接触が制限されるコロナ禍ではオンライン教育が研究や教育を継続するひとつの有効な手段ではありますが、課題も多いと言わざるをえません。ニューノーマルでの研究・教育がどのように変わっていくのか、まだ試行錯誤が続くでしょう。

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