学術ジャーナルのオープン化への流れは止まらない

学術出版は今なお伝統と実績を有した学術ジャーナルの独擅場ですが、オープンアクセス化への流れが止まりません。これは決して一過性の動きではなく、デジタル化、ワイヤレス化、オンライン化の流れは勢いを増しており、続々とプレプリントサーバーが新設されています。
今回は、社会学・社会科学分野に特化したオープンアクセスリポジトリ*1の『SocArXiv』を紹介しながら、最近の動きを追います。
■ 学術ジャーナルと研究者
言うまでもありませんが、研究者は、自分の論文が、品格と定評、そしてきちんとした査読システムを擁するジャーナルに掲載されてこそ得られる影響力を認識しています。論文が学術界で正当に評価されなければ、執筆者である自身に対して、ひいては所属する大学や研究機関への評価も得られません。研究内容および執筆者への評価は、そのまま職の確保、資金獲得、研究者としての立場にも大きく影響します。
論文の学術ジャーナルへの掲載は、長年、研究成果の評価の一つとして認識されてきましたが、デジタル化が進む昨今、研究者たちは「より開かれたアクセス」を欲しています。研究成果をよりオープンにするとともに、公開された論文を自由に利用できる場を求めているのです。そこで登場したのが、オープンアクセスな電子ジャーナルのプラットフォームであり、この動きはプレプリントジャーナルにまで広がっています。
■ 新たな参入者『SocArXiv』
プレプリントサーバーは、正式な査読や出版に先立って投稿された論文の閲覧(共有)、探索を可能にします。以下にそのメリットをあげます。
・学術論文を迅速に無料でアップロードし、誰もが閲覧できるオープンアクセスにする
・所属にかかわらず誰でも登録できる
・永続的ID(識別子)を付けることで論文の最新バージョンにリンクさせることができる(著者はどの出
版社であれ正式に発表したバージョンにリンク付けすることができる)
・Google Scholarなどの検索ツールからアクセスが可能になる
・クリエイティブ・コモンズのライセンスを付与することも可能
・登録ユーザ同士が投稿論文にコメントをしたり、論議したりすることができる
・カンフェレンス(学会発表)あるいは研究チーム向けに論文をグループ化することができる
・論文へのアクセス数を分析データとして提供可能
・読者はユーザ登録をせずにソーシャルメディアサイトで簡便に論文をシェアすることができる
先駆けとして知られるのは ”arXiv” です。1991年にスタートした、物理、数学、計算機科学、量的生物学、計量ファイナンス、統計学などのプレプリントを含む論文を保存・公開するウェブサイトで、現在は米国のコーネル大学図書館が運営しています。
そこに最近表れたのが SocArXiv です。学術研究の公開・統合・再生産をめざす非営利団体Center for Open Science (COS)による技術協力のもと構築されることが発表されました。これ以外にも、心理学分野のPsyArXiv、工学分野のengrXivなどが既に公開されています。最も新しいものとしては2017年5月8日に法律分野のLawArXivの公開があげられます。これらのオープンアクセスリポジトリはすべて、オープンソースのプリントサービス・プラットフォーム”Open Science Framework (OSF)”上に構築されたプレプリントサービス “OSF | Preprints” の個別ブランドです。研究者はこのOSFを用いることで研究計画・材料・データ面での協力・文書管理・アーカイブ作業・共有化・登録ができるようになりました。
“OSF | Preprints” はプリプリントサービスプロバイダーとしてPsyArXiv、SocArXiv、engrXivらを提供することにより、より拡大した共有データベースとなることを図っています。2016年7月に SocArXiv の構想が発表されて以降、公開を見越した研究者による原稿の投稿が進み、12月7日にベータ版が公開された時点の論文掲載数は600以上、ダウンロード回数は1万回以上に達しました。今後も大いに活用されることが予想されます。
■ プレプリントサーバーは研究者の理想に近づけるか
SocArXivは、学術論文へのアクセスを簡単かつ迅速にするとともに、責任をより明確にし、透明性を高めることをめざしています。責任者は社会学者のPhilip Cohen氏(米メリーランド大学所属)です。独立系ジャーナリストのRichard Poynder氏は自身のブログで、Cohen氏の「私は現在のジャーナルの仕組みを新しく置き換える必要があると信じている。SocArXivがその助けとなることを願っている」という発言を引用した後に、「SocArXivが現状の仕組みを変革し、ついには乗り越えていくことが望まれている」とコメント。研究者たちは、互いの成果を自由に共有し、コメントし合い、協働することで真にインタラクティブな読者・執筆者・刊行者のコミュニティを作り上げ、旧来の出版の枠を超えて研究活動が広がることを期待しているのです。
■ 新旧の対決
何事においても、新旧が交代する時には対決あるいは軋轢を生むものです。学術ジャーナルの出版社や営利出版社は、学会での影響力および収益力低下を懸念していますが、電子出版の流れに適応しなければならなかった時と同じく、この変化に対応せざるを得ないでしょう。しかし、プレプリントのオープンアクセス化の動きは、既存のジャーナルのオンライン化に留まらない大きな広がりを持つことは必至です。研究者にとっては選択肢が増えることになりますが、学術論文の出版プロセスをすべて考え直す必要が出てきているのも事実です。
■ 技術・影響力評価・資金の比較
オープンアクセス出版は、料金設定などの旧来の学術ジャーナルにおける利用上の制約を取り除き、巨大な学術コミュニティを少数で管理できるようにすることをめざしています。OSFに代表されるような技術躍進は重要な手段であり、基本的に無料でのアクセスを可能にします。
影響力の評価として学術ジャーナルに欠かせないのは、被引用数の指標です。どのような執筆者・機関・ジャーナルによって、何回その論文が引用されたのかを計測する被引用数は論文の評価の目安に使われていますが、オープンフォーマットでも被引用数の分析は可能です。つまり、この点でも旧来のジャーナルはもはやオープンアクセス・ジャーナルに対して優位な立場を守れなくなっているのです。
最後に資金ですが、SocArXivはサーバーの拠点であるメリーランド大学を通じて、オープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations)およびAlfred P. Sloan Foundationから支援を受けています。現在、多くの大学は既存のジャーナルの購読料や会費に予算の多くを割かれています。この資金をオープンアクセスやそれを支える技術に振り向けたほうが有益だと説得することができれば、SocArXivその他のプラットフォームの将来的な成功は約束されることでしょう。
技術革新は、ものすごいスピードで進んでいます。プレプリントサーバー拡大の動きが既存のリポジトリにどのように影響するのか。情報氾濫や版権管理をコントロールできるかなど、プレプリントに関する課題はあるものの、学術出版会にとって大きな転機となるのは間違いなさそうです。


注釈
*1 出典:IT用語辞典
リポジトリとは、容器、貯蔵庫、倉庫、集積所、宝庫などの意味を持つ英単語。日本語の外来語としては、複数(多数)のデータや情報などが体系立てて保管されているデータベース(学術機関の「機関リポジトリ」など)のことを指すことが多い。

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