学術界を知る

大学コンソーシアムVS出版社 オープンアクセス紛争

学術雑誌のオープンアクセス化に向けた利用者(研究者、大学など)と出版社との論争は、既に何度も記事にしている通りです。しかしここ数か月の間に、ヨーロッパの大学やコンソーシアムと出版社の紛争に、いくつかの進展が見られました。出版社と納得のいく契約を結べたコンソーシアムがある一方、交渉が膠着状態に陥っているところもあります。学術界の懸念事項である、オープンアクセスにまつわる紛争の状況について見ていきましょう。 ■ アクセスを確保したフィンランドと韓国 2018年1月17日、フィンランドの大学・研究機関・公共図書館からなるコンソーシアムFinELibが大手出版社エルゼビアと、3年間にわたり1850誌へのアクセスを可能とする契約を締結したと発表しました。FinFLibに登録している13の大学、11の研究機関、11の応用大学が、世界最大の論文データベースScience Directに収録されている1850誌に、3年間アクセスできるとする内容です。さらに、この契約にはフィンランドの研究者が、エルゼビアの学術雑誌に研究成果をオープンアクセスで公表する際のAPC(論文処理加工料)を半額にすることも含まれています。 また、2日違いの1月15日、韓国の大学コンソーシアムも長期交渉の末、エルゼビアと契約を締結するに至ったと報道されました。韓国の大学コンソーシアムは、最終的に契約料金の値上げで合意したと書かれており、Science Directへのアクセスが遮断される直前に、かけこみ合意で難を逃れたようです。 ■ オランダでの契約合意はオープンアクセスを加速させるか 2018年3月には、オランダの14の大学からなるコンソーシアム、オランダ大学協会(VSNU)とシュプリンガー・ネイチャー、オックスフォード大学出版局(Oxford Universities Press,OUP)、ワイリーなどの大手出版社との間で、購読およびオープンアクセス出版に関する契約の延長が合意されました。シュプリンガー・ネイチャーとの契約には、オランダの大学の研究者が研究成果をオープンアクセスで公表する際の出版費用(APC)を3年間(2018-2021年)無料(論文数で年間2080本分)とすることと、250誌以上の学術雑誌の購読を無料とすることが含まれています。年間発表数は、これまでの実績から割り出したとしていますが、この契約によって出版費用の負担が軽減されることから、オランダの研究者はより多くの論文をオープンアクセスで発表できるようになりました。 大手出版社によっては、コンソーシアムが支払う料金次第で、ジャーナルの100%のオープンアクセス化にも同意するとしています。VSUNが出版社と結んだ購読およびオープンアクセス出版に関する契約は、オープンアクセスの流れに一石を投じたとも言えそうです。 実際、シュプリンガー・ネイチャーとの契約は、2014年に結ばれたものの延長であり、2014年から2017年の間に同社の雑誌にオープンアクセスで公開されたオランダの論文の割合は、2014年の34%から2017年の84%に上昇したことも示されています。このことからも、今回の延長期間にも、オープンアクセスでの論文公開が増加することが期待できます。 ■ フランスでは契約打ち切りで紛争継続 他方、フランスでは雲行きが怪しくなっています。3月30日、フランスの250の学術機関からなるコンソーシアムCouperin.orgは、シュプリンガー・ネイチャーとの同社の学術雑誌購読に関する2018年の契約を打ち切りました。Couperinは、オープンアクセス論文の増加にともなうAPCの支払いが増加したことから、購読料とAPCの二重支払の解消、および購読料の減額を13か月にわたって交渉してきましたが、合意に至りませんでした。Couperin.orgが算出したところによると、購読料の値上げを譲らなかったシュプリンガー・ネイチャーは、これによって600万ドルの損失を被るとのことです。 シュプリンガー・ネイチャーは、今回の契約打ち切りは、同社の総2900以上の雑誌のうちの1185雑誌に過ぎないことなどをあげ、交渉を続ける姿勢を表明しています。また、…

【日本医科大学】 根岸靖幸講師インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。20回目は、日本医科大学の微生物学免疫学教室で生殖免疫学の研究を進めている 根岸靖幸 先生です。 前編は、ご研究の内容と、英語への取り組み方についてのお話でした。後編は、学会での発表、後進の指導、研究のこれからに関するお話です。 ■ 学会に参加される機会は多いのでしょうか? 海外は年に1回か2回です。毎年行われる米国生殖免疫学会と、3年に1度開催される国際免疫学会に参加しています。国内の学会の方が多いですね。僕の場合、産婦人科と免疫の両方の学会に参加する必要があるので、数が結構多くなります。日本生殖免疫学会、日本免疫学会、日本産婦人科学会、日本胎盤学会、米国生殖免疫学会。今出ているのは4-5つぐらいです。最近は国内の学会でも英語での抄録作成、発表が増えてきましたのでさらに英語のスキルが必要とされます。 ■ 学会での英語発表で印象的な出来事はありますか? 米国生殖免疫学会で、口頭発表できたことでしょうか。口頭採択されない時期が長かったので。10分弱の短い時間ですが、つたない英語でしゃべって、質疑応答もぼろぼろでしたが、発表後、米国生殖免疫学会のご高名な先生に肩をぽーんと叩かれて、”Good presentation”と言ってもらえたのが嬉しかったですね。他に、国際生殖免疫学会でも、発表後に大御所の先生から評価をいただいたことがあって。そういう風に評価してもらえるのは嬉しいです。 ただ質疑応答にはいつも窮します。もう全然。リスニングが苦手なので、何となく単語を拾って、こうかな?と推測しながらにやっと笑う(笑)。学会に参加する外国人は、相手が日本人だと見ると「ああ、こいつは英語ができないな」って分かってくれて、ゆっくりしゃべってくれます。なので、あまり気にしないようにしています。プレッシャーはありますけど、楽しむ(笑)。 ■ 質疑応答にご苦労される研究者の方は少なくありません。 質疑応答に限らず、英語ですべてを賄うのはネイティブでないので難しいです。それでも英語は不可欠になっている。日本で開催する学会でもプレゼンテーションを全部、英語で行うところがでてきました。でも、それが果たしていいのかどうか……。日本人同士が不十分な英語でしゃべらなければならない状況では、みんなが手を挙げなくなっているかもしれないし、理解できていないことがあるかもしれない。英語に慣れるのには役立つとしても、痛し痒しだと思います。 ■ 若手の研究者への英語指導についてもお聞かせください。 研究室全体では、大学院生が4人います。スタッフは助教が3人、私を含め講師が3人。そこに准教授が1人、教授が1人。僕についている大学院生は現在この中にはいないのですが、産婦人科、整形外科で学位を取りたい先生がそれぞれ1名ずついて、一緒に研究をしています。 ただ英語の指導については本当に今、一番悩んでいることです。論文を読め、学会に行けというのは簡単ですが、具体的にはどう指導しようかと。この秋か冬ぐらいから、抄録を書いたり発表したり、論文を書いたりしてもらいながら、指導していこうと思っています。あとは、学会や発表に臨む姿勢は伝えたいなと。僕は学会に行ったら必ず、1日1回は英語でも日本語でも質問しようと自分に課しています。最初は何を聞いたり話したりしていいか分からなかったので、相手のプレゼンテーションをほめることから始めました。絶対質問しなきゃいけないっていうのを課すことで、抄録を読んであらかじめ質問を準備したりもしました。発表を聞いて質問内容をちょっと変えるとか、そうした努力はしてきました。その場で考えるのはハードルが高いので、抄録を読んで、自分の研究に近いものをピックアップして質問を考えておきます。絶対に質問すると追い込むことで、準備をして、じっくり聞いて考える。そうすることで発表の内容が、より入ってくるので、とにかく質問しようとすることは大切です。これについては、後進にぜひ伝えていこうと思っています。…

オープンアクセスはフェイクニュースを打ち破れるか?

おそらく、誰もが一度は、フェイクニュース(偽りのニュース)の犠牲になったことがあるのではないでしょうか。たとえば、米大統領選挙戦の終盤3ヶ月、フェイスブックは、ニューヨークタイムズ、ハフィントンポスト、ワシントンポストなど他のニュースソースと比べて、かなり多くのフェイクニュース情報源となっていたといいます。この選挙の行方を決する重要な時期に、デマ情報サイトの選挙に関わる話が、8,711,000回もシェアされていたのです。 研究者にとっても、フェイクニュースは無関係ではありません。今、フェイクニュースは収束に向かうどころか、さらに読者の注目を集める方法を探ろうとしています。フェイクニュースは、たとえば新薬の開発や気候変動など、学術的な研究課題をも標的にし始め、すでに、膨大な回数、クリックされ、シェアされているのです。 また、偽りの情報を出版する捕食出版(著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載すること)が、近年増加しており、2016年の時点で学術ジャーナルの25%が捕食出版であったとみなされています。捕食ジャーナルも、一種のフェイクニュースです。 ■ フェイクニュースとの戦い フェイクニュースは単に厄介なだけでなく、科学に対する公共の信頼そのものを低下させます。これは、教育や科学リテラシーがいまだ低い発展途上国で、とくに顕著です。デジタル時代となり、ソーシャルメディアのプラットフォームを経て、ほとんどのニュースにアクセスできる今日、科学教育とメディアリテラシーが強く求められているといえます。 ツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどの主要なソーシャルメディアにとって、フェイクニュースの蔓延に対処することは容易なことではありません。これらのプラットフォームを使ってニュースにアクセスする人は、とくに格別の注意を払い、情報の信憑性を疑ってかかる必要があります。 「Inoculating the Public against Misinformation about Climate Change(仮訳:気候変動に関する誤情報に対する予防対策)」と題された研究では、フェイクニュースや誤情報の広がりが、ウイルスにたとえられました。この研究においては、2つの現象が強調されています。参加者に、フェイクニュースと科学的情報を提示した場合、参加者はフェイクニュースの方を信じる傾向があること。次に、そのフェイクニュースに警告を付した場合、こちらを信じる確率が大きく減少したことです。…

【日本医科大学】 根岸靖幸 講師インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。20回目は、日本医科大学の微生物学免疫学教室で生殖免疫学の研究を進めている 根岸靖幸 先生です。 物理学の修士を取得後、大胆な方向転換で医学の道に入られたという異色のご経歴を持つ根岸先生。生殖免疫学研究における第一人者として、日本医科大学で教鞭を執られる傍ら、産婦人科医として診療にもあたられています。多忙な日々を過ごされながらも「研究環境に非常に恵まれている」と笑顔でおっしゃる根岸先生に、研究の概要と英語でのご苦労話を伺いました。 ■ 物理学から医学へ転向されたとのことですが、きっかけは何だったのですか? 子どもの頃から宇宙やアインシュタインなどに興味があり、大学で物理学を専攻したのですが、研究者になるのは天才的なひらめきを持った人たちで、努力だけではなれないなと……。おまけにポストも少ない。そこで医学に移りました。実は、子どもの頃に大病をして、当時ご高名なある小児外科の先生に手術をしていただきました。以来、その先生とプライベートも含めて長年お付き合いさせて頂くようになり、そのなかで様々な影響を受け医学にも興味を持っていました。高校を卒業して大学に進学する際、物理学か医学かで悩んで、ロマンを追い求めて物理学に進んだのですが、結局は医学に転向したという経緯です。 ■ 宇宙というマクロから「微生物学・免疫学」というミクロの世界への大転換ですね。ご専門について教えてください。 生殖免疫学という分野で、産婦人科学を免疫学の視点でとらえる研究をしています。早産や流産、妊娠高血圧症候群や胎児発育遅延など、生殖に関わる問題を免疫というアプローチで解決していこうとの試みで、特に今、注目しているのは早産の発症です。 早産の原因は感染が多いといわれていたのですが、僕が見ているのは感染を伴わないような、自然免疫を中心としたものです。無菌性炎症というもので、菌がない炎症。無菌性炎症に起因する何かが、早産の原因になる可能性を検証しているところです。赤ちゃんにはお父さんの遺伝子が半分入っているので、お母さんにとっては異物です。お母さんは生物学的な異物を妊娠期間中にお腹の中に保っておいて、時期がきたら分娩の形で、体から出さなければならない。この一連の流れの中で、母体への外からの刺激だけでなく、母体自体の免疫が早産や流産を起こすのではないか、という見解を持っています。10年前ぐらいにこの研究を始めましたが、国外でも同じような考えをしているグループが研究を進めていることが分かって、この概念が徐々に議論にあがるようになってきました。それでも、まだ一般的ではないし、確固たる証拠はない状況。道半ばです。 ■ この分野の研究をしている研究者は少ないのですか? 少ないと思います。事実国内では産婦人科医不足が叫ばれていますし、多忙な産婦人科業務の中、なかなか研究の為に自分の手を動かして実験するのは難しいと思います。しかしながら免疫学的アプローチで流早産を研究している国内、国外グループはみな頑張っており、お互い切磋琢磨しているところです。ありがたいことに、私は産婦人科医としてヒトの検体を得やすい環境におり、さらに病棟で患者さんを受け持っている訳ではないので得られたサンプルを研究室ですぐに解析することが出来ます。現在は、ヒトとマウスの両面からアプローチできているので、本当にバランスよく仕事ができる環境にいます。何とかこの分野を引っ張っていける立場になろうと、今頑張っているところです。 ■ それではここからは、英語についてお伺いしたいのですが。 僕は留学経験もないし、英語に関しては全然前向きじゃないんです(笑)。うまくなってやろうという意気込みがないというか……。何とか学会を乗り切ろうとか、何とかこの論文を出そうとか、目前のやらなければならないことで精いっぱいです。 最初の頃は、同じ研究分野の英語論文でも業界用語が分からないので、本当に一字一句辞書を引いていました。最初の1年ぐらいは、1本の論文を読むにもすごい時間がかかりましたが、最近はだんだんポイントが分かってきて、アブストラクトを読んで図を見ると、大体イメージがつかめるようになりました。そして結果を見て、後は必要なところを自分でピックアップする。徐々にそういった要領のいい論文の読み方ができるようになったのかなと思います。 書く時は、本当にエナゴさんにお世話になっています(笑)。最初のうちは、なかなか筆が進みませんでした。なので、読んだ論文で使われていた単語やフレーズなどをノートに書き溜めて、少しずつ自分のボキャブラリーを増やすようにしました。僕は同じ単語ばかり使ってしまいがちなので、他の人が使っている言い方やフレーズとかを書き溜めておくしかないんです。添削してもらって自分が思いもしなかった使い方をしているものなどを見つけると、それも書き留めておきます。「この表現もらった!」と(笑)。ネイティブになれないのは分かっているので、いろんな言い回しを手に入れるしかないかと。…

日米豪中を比較!研究開発予算から見える各国の思惑

今年2月にアメリカのトランプ政権が、科学研究費を大幅に削減した予算教書を提出し研究者を失望させたことを以前の記事で紹介しました。今回は、その後の米国議会の動きと他の国の科学研究費を見てみました。 ■ 予想に反して潤沢な予算がついたアメリカ 2018年3月23日、米国の2018年度(2017年10月~2018年9月)歳出法が成立し、予想に反して高額な研究開発予算が確保されることとなりました。国防費を大きく増やし、科学関連省庁の予算を大幅に削減するとしたトランプ大統領の予算教書が議会で却下され、ほぼすべての科学関連省庁で予算が増額されたのです。研究予算の削減がアメリカの科学界におよぼす影響を懸念していた研究者にとっては、喜ばしい結果でした。国立衛生研究所(NIH)は2017年レベルから30億米ドル以上アップの370億米ドル、全米科学財団(NSF)は昨年から2億9500万米ドル増の78億ドル、そして米国航空宇宙局(NASA)は11億米ドル増の207億米ドル、米国海洋大気局(NOAA)は2億3400万米ドル増の59億米ドルの予算を獲得しました。また、トランプ政権の温暖化対策軽視により2017年度から31%減の57億米ドルになると見られていた環境保護局(EPA)の予算は、2017年度レベルの81億米ドルを確保できました。ただし、来年も同様に潤沢な予算が確保できる保証はないと警告する動きもあり、研究者にとって一安心と言いつつ、心配な状況は続きそうです。 ■ 科学と医療への予算配分を増やしたオーストラリア その一方で、長期的な研究費が確保できそうなのがオーストラリア。オーストラリア政府は5月17日、2018-2019年の国家予算で科学インフラと医療分野の配分を大きく増やし、科学インフラ(顕微鏡、スーパーコンピュータ、海洋観測システム、天体望遠鏡など多種多様な分野で利用する関連機器などへの投資)に今後12年間で19億豪ドル、医療分野(健康および医薬産業の促進)に今後10年間で13億豪ドルを費やすと発表しました。その他、技術インフラ分野でも、人工衛星の位置補正精度を向上させるため、4年間で1億6100万豪ドルを含む予算を確保。宇宙インフラへの投資は、経済全般における産業生産性を促進することにもつながると期待されています。科学研究費が年度ごとに決められる以上、長期的に安定して研究を行える環境が整いにくいというのは世界共通です。予算案は最終的に議会によって承認される必要がありますが、数年来、研究インフラへの長期的な投資を求めてきたオーストラリアの研究者たちは、このような大きな予算が将来的に確保される動きを歓迎しています。 科学インフラと医療分野ほど長期ではありませんが、環境保護にも大きな予算がつきました。オーストラリアの観光収入を支えるグレートバリアリーフは、現在危機的な状況に陥っており、さまざまな調査研究が急務とされています。オーストラリア政府は、このことを踏まえ、2017-2018年に4億4400万豪ドルをグレートリーフ・ファンデーションへ提供することを含め、5億豪ドルをグレートバリアリーフの研究に費やすと発表しました。政府は、2009-2016年の間にグレートバリアリーフの水質管理に5億豪ドルを費やしてきましたが、2017年、グレートバリアリーフの水質は政府が目指しているレベルに到達できていないと研究チームが結論付けています。これに対し、今回は1年間で同規模の予算を立てたことになります。この新たな予算を喜ぶ研究者もいれば、グレートバリアリーフを脅かす大きな問題-気候変動問題-を解決するには不十分だと述べている研究者もいます。 研究分野が細分化する一方で、研究規模が拡大する中、どの国の研究者にとっても資金確保は頭の痛い課題となっているようです。 ■ 長期ビジョンの下で科学技術研究を進める中国 科学技術研究の躍進目覚ましい中国は、2016年3月に全国人民代表大会で採択された2020年までの第13次5カ年計画で、科学技術を重視する姿勢を鮮明に打ち出しています。この計画の中で中国政府は、科学技術による革新は国の発展の原動力であるとの方針を示し、2020年までに研究費への支出をGDPの2.5%まで増やすことを目標としています。実際、2017年に研究開発費として合計で1.76兆元(約2790億米ドル)、GDPの2.1%が支出されたと推定されています。特に、基礎研究への予算は、2011年の411億元から、2016年の820億元と5年間で倍増しています。 第13次5カ年計画では、海洋学、脳科学、幹細胞研究、環境保護、汚染対策の5分野が、特に成長が見込まれる分野とされており、すでに成果が表れています。2018年1月、中国科学院神経科学研究所が世界を驚かす研究成果を発表しました。体細胞クローンサルの誕生を成功させたと報道したのです。この研究成果は、1月24日付の米科学ジャーナル「Cell」に発表されました。世界で初めて霊長類のクローン誕生に成功したことが倫理的な議論を巻き起こすのは確実ですが、中国は体細胞クローンの研究分野において世界を牽引することになりそうです。 ■ 一見すると増額となった日本 日本の2018年度の科学技術関係予算案は、17年度比較で2504億円(7.0%)増の3となっています。15年以上の間、横ばい状態でしたが、今回、予算の集計方法が変更となり、科学技術イノベーション転換による公共事業予算(1915億円)を科学技術関係予算に含めたことで増額となりました。この付け替え分を差し引いた実質的な増分は589億円です。政府は、第5期科学基本計画と科学技術イノベーション総合戦略2017の一体的な運用を目指しています。第5期科学技術基本計画では、2016-2020年度の5年間の科学技術関係予算を合計で26兆円にすることを目標に掲げていますが、現状のままではこの目標が達成できるかは難しい状況にあります。 基礎研究レベルの低下が懸念される中、応用研究でも厳しい見解が出ています。一例としてあげられるのは、近年各国が官民をあげて取り組んでいる人工知能(AI)研究。このAI研究に対し日本が2018年度予算案に計上したのは総額770億4000万円。アメリカの5000億円、中国の4500億円と比較すると大きく離されています。この分野においては過去最大の予算を投じてはいるものの、生活や産業構造に多大な影響を与えるとされるAIの開発競争で取り残されることが懸念されます。 米中の予算規模の大きさが目立ってはいますが、他の国も科学研究への投資を増やすことも含め、さまざまな推進策を講じているようです。残念ながら、日本の科学研究力の低迷ぶりはNature Index…

「再現性の危機」に対応するための「チェックリスト」

以前、本誌では、『ネイチャー』誌が2016年に研究者たちをアンケート調査したところ、回答者1576人のうち70%以上が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたが失敗した経験がある、と答えたことを紹介しました。このように、論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できないことがしばしばあるという現状は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。 今年4月18日付『ネイチャー』誌の社説は、同誌が論文原稿を投稿する著者たちに、すべての項目を満たすよう求めている「 チェックリスト (Statistical parameters)」が「正しい方向への第一歩」ではあるものの、再現性の危機に対応するためには、まだほかに行なうべきことがある、と主張しました。 また同誌は再現性とチェックリストの効果について調べるために、2016年7月から2017年3月にかけ、『ネイチャー』に投稿したことのある研究者5375人に調査票を送り、その結果のデータをそのまま公開しました。それによると、回答した研究者480人のうち49%は、チェックリストが『ネイチャー』に掲載される研究の質の改善につながっている、と答えたそうです。15%はチェックリストの有効性に同意しませんでした。 回答者の86%は、再現性が低いことを自分たちの研究分野における危機である、と認識していることもわかりました。この割合は2016年の調査と同様です。また2016年の調査では、回答者の約60%が「再現性の危機」の原因として、「選択的報告(selective reporting)」を挙げていたのですが、今回の調査でも、約3分の2が同じように「選択的報告」を指摘していました。 「選択的報告」とは、しっかりとした定義はありませんが、たくさんあるデータのなかで自分の仮説に最も都合のよい結果だけを選んで論文に書くことをいいます。いいとこ取りをするという意味で「チェリーピッキング(cherry picking)」と呼ばれることもあります。研究結果をわかりやすく見せるために多くの研究者が行なっていることであり、これを「悪いこと」とみなすかどうかは微妙なところです。しかし、選択的報告が再現性を低めていると認識している研究者が多いことは確かなようです。『ネイチャー』のチェックリストは、この選択的報告をより透明化するようにも設計されているといいます。 ではこのチェックリストは、再現性の低さという問題に対応できているのでしょうか? 「部分的にはそうであろう」と『ネイチャー』の社説は評価しています。ただしアンケート調査の回答からは、再現性の低さをもたらす要因として、著者へのトレーニングや報告の透明性、そして「研究発表せよというプレッシャー(publishing pressure)」といった微妙な問題があることも浮かび上がる、といいます。 好ましい兆候もあります。2012年、アメリカにある国立衛生研究所(NIH)のストーリー・ランディスらは、医学・生命科学分野における前臨床研究(動物実験)の透明性を高めるために、論文の著者は「無作為化(ランダム化)」、「盲検化(ブラインド化)」、「サンプルサイズの推計」、「データの調整」という4つの基準について報告すべきだと提案しました。これは「ランディス4基準(Landis 4…

間違いやすい用語や表現 ー based

過去分詞「based」の誤用を度々見かけます。ここではその典型的なものを検討します。 過去分詞およびそれが導入する過去分詞句は、必ず形容詞の機能をもち、名詞とその相当語句のみを修飾しうる語句です。しかし、日本人学者による論文では過去分詞が副詞として用いられているという文法的な誤りをよく目にします。 以下を見てみましょう。 [誤] (1) We performed this experiment based on the method introduced in…

中国の奨学金で博士課程留学はいかが?

奨学金は、学位取得のための経済的支援の手段であると同時に、ネットワークを構築しながら重要な研究を行い、キャリアアップをするのにも有用です。その上、卒業後の就職活動につながる実際的な経験を得るのにも役立ちます。日本から申請できる海外の奨学金制度はいろいろありますが、今回は中国への留学を希望する博士課程の学生を対象とした奨学金「CAS-TWAS President’s Fellowship」について紹介します。 ■ 中国の学術振興政策 中国政府は、科学の発展および科学者を支援するための投資を継続する方針を明確に打ち出しています。中国の学術振興の成果は、2017年に科学・工学分野の論文数で初めて米国を抜き世界首位となったことや、2018年にTimes Higher Educationの世界大学ランキングのトップ1000校に中国の大学が63校ランクインしたこととなって表れています。そして、中国行政機関の直属の学術機関である中国科学院(Chinese Academy of Sciences, CAS)と、科学技術振興のための国際的な学術組織である開発途上国科学院(The World Academy of Science,…

中国の論文検閲-脅かされる学問の自由

2017年11月1日、大手出版社シュプリンガー・ネイチャーが中国の法律に従い、同社の運営するサイトに公開されていた論文のうち1000本以上を中国で閲覧できなくした、と発表しました。情報公開および市民社会への統制力の強化を図る中国政府の方針に従った策であると述べていますが、特定の論文へのアクセスが遮断されることで学問の自由が脅かされている、との批判の声があがっています。 ■ 論文へのアクセス遮断-CUPとシュプリンガー・ネイチャーの事例 中国における特定の用語を含む論文への強制的な処置は、今回が初めてではありません。2017年8月には、イギリスのケンブリッジ大学出版局(CUP)が、同出版局の中国学術ジャーナル「チャイナ・クオータリー」に収録された論文のうち「天安門広場での民主化運動」や「1960年代の文化大革命とチベット」といった用語を含む300本以上を、中国内でアクセスできなくしました(その後、学術界からの激しい批判を受けたCUPは数日でアクセス制限を解除)。 一方、シュプリンガー・ネイチャーは、中国政府への批判と捉えられる可能性がある「台湾」「チベット」「文化大革命」などの言葉を含む1000以上の論文への中国内でのアクセスを、現在も制限しています。同社は、中国政府の規制に従ってアクセス制限を行っているだけであること、中国における制限の対象は全体の1%以下であること、編集への検閲ではないため世界の他の地域(中国外)でのアクセスには影響がないことなどを主張しています。当局の規制に従わなければ、オンライン上のあらゆるコンテンツが遮断される可能性があったとも釈明し、改善への努力の姿勢を示しつつも、当面は中国政府に従う方針のようです。 これら2つの事例から、中国政府は自国の巨大市場に進出した国外企業に対し、経済的優位性を盾に強い態度を取っていることを示していると見られています。習近平主席は、2016年2月からメディアプラットフォームが共産党の意向に沿うものとするための政策を固めてきました。CUPによるアクセス制限が発覚した際には、欧米の複数の大学が中国政府の圧力に屈しない姿勢を示して抗議しましたが、出版事業社であるシュプリンガー・ネイチャーが中国当局の規制に準じた処置を実行したことに対し、今のところ他の出版社による大きな抗議活動は起こっていません。 ■ 強まる学問の自由への干渉 中国の学術界は長年、政府による授業のモニタリングやイデオロギー調査など、政治の介入と厳しい監視を受け入れてきました。学問の自由の制限は、市民運動や公開討論を押さえ込もうとする中国の政策を反映しており、中国の研究者が国内で世界の研究成果にアクセスすることをも妨げています。 CUP(大学出版局)から始まった中国当局によるアクセス遮断要請は、シュプリンガー・ネイチャー(出版社)、さらには電子ジャーナルアーカイブ等を提供している JSTOR(非営利団体)にまで広がっており、中国における学問の自由は、着実に狭められてきています。中国政府当局は「Great Firewall」と呼ばれるインターネット検閲システムによって、SNSを含むインターネット通信において、政府が不適切と見なした言葉を検閲しています。これに対し、仮想プライベート・ネットワーク(VPN)を経由してGreat Firewallの抜け道を探る動きもありますが、政府は国内のVPNの取り締まりを強化しており、アップル社は政府の要請に応じて、中国のアップルストアからVPNソフトを削除しました。中国の政策に加担したとの批判されたアップルは、中国で事業を行うには中国の法律に従う必要があるとの見解を示しています。 ■ 中国学術界の将来は?  中国政府が規制を強化する姿勢を示している以上、学術分野においても、すべての情報へのアクセスが可能になることは難しいでしょう。各自が購読料を支払っている学術ジャーナルにおいても、それは同様です。 とはいえ、研究者や学術界からの働きかけにより、中国でのアクセスが一時遮断されたCUPのウェブサイト「チャイナ・クオータリー」は、いまや完全にアクセス可能となりました。大学の基本である、学問の自由の原則に則って論文へのアクセスを再開させたCUPの決断は強く支持され、今後もこれに追随する動きが出てきてもおかしくはありません(国際出版連合(International Publisher’s…

Nature Index Japan 2018から見る日本の現状

2018年3月21日、Nature Index Japan 2018が発表されました。Nature Index は、シュプリンガー・ネイチャー社が、一年間に研究成果を質の高い科学論文に発表した著者の所属機関/国別にまとめて一覧として提供しているもので、研究成果や共同研究、他国との連携を検索・比較することができるツールです。その中でもNature Index Japanは、日本の研究機関(大学、国立研究所や企業研究所)の研究者が自然科学系学術ジャーナルに掲載した論文数をもとにランキングしています。2017年の同発表では、日本の科学研究発表の水準が低下していると指摘され、波紋を呼びました。2018年の実績は、どのような状況になったのでしょう。 ■ Nature Index: 世界の研究機関による研究成果を示す指標 改めてNature Indexとは、どのような指標かをまとめておきます。これは、直近12カ月間に、研究者によって厳選された自然科学系学術ジャーナル68誌に世界8500以上の大学や研究機関によって掲載された原著論文を収録し、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で無料公開しているインデックスです。シュプリンガー・ネイチャー社によれば、この68誌だけで、自然科学系学術ジャーナルの引用総件数の30%近くになると推定されています。これらのジャーナルにおける国や研究機関ごとの出版状況(出版数)、論文に対する研究機関の貢献度、共同研究の共著率などを分野ごとに相対比較しているので、論文の社会的インパクトや世界的な研究の傾向までみることができます。Nature Indexには、著者の名前が挙げられている数をカウントするArticle count(AC)、論文に対する各共著者の相対的貢献度を考慮したFractional…