土田亮氏へのインタビューー個々人が意思をもって災害復興できる社会の実現を目指して
日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」を運営するアカデミスト株式会社が実施する、若手研究者を対象とした研究費支援プログラム「academist Prize」。エナゴが協賛する同プログラム第4期の採択者である、東京大学大学院総合文化研究科 超域文化科学専攻 日本学術振興会 特別研究員 土田 亮博士に、書面インタビューでお話を伺いました。 1. 被災者の声に耳を傾けて、個人の意思に基づいた行動や、国・自治体のより良い選択を促す研究を行っていらっしゃいます。いつごろ、どのようなきっかけで今の研究テーマに興味を持たれましたか? 博士課程の研究で、コロナ禍を経ながらもスリランカで災害復興と日常を調査してきて、無事に博士号をとりました。今後スリランカに加えて日本でも地道にフィールドワークをしたいなと考えていた時に、能登半島地震が起きました。その時は実家の宮崎に帰っていて、夕方以降にニュースを見て深く動揺してしまいました。学位を取ったり、論文を書いたりしてきたからって、結局こういうときに何ができるんだろうか、と冷笑的になりながらも、真剣に向き合うなかで自分の心に深く鋼鉄の杭が刺さったような時間を悶々と過ごしていました。 今のテーマに関して明確に意識し出したのは、2024年の2月ごろだったかなと思います。先の年始から、何かしら関わりをもつことができないか、どのような形が望ましいのか、ということをSNSやニュースを中心に探索していたら、諸々の反響を目の当たりにして、結局自分自身が燃え尽きてしまいました。「被災した地域や人たちの方がもっと苦しんでいるのに、どうして私がこんなに……自分ってこんなに弱かったのかな」と考え詰めてしまうことが、さらに苦しみを重くしました。あまりこの時の記憶もおぼろげで、必要最低限の移動や仕事以外は、ほとんど自室で塞ぎ込んで、何をしたかもよくわからないような気がします。それくらい傷ついてしまったんですね。 鬱屈になって、情報や人から離れて一人で考え込んでいる時に、ふと「私は誰の声を聞いていたんだろう、どういう立場でいたい、関わりたいのだろう」と考えたんですね。「行かなきゃ、誰がどんな声で話しているのか、わからない」と。そして、自らとらわれてしまった声を一旦振り切って、まずはそこで暮らしてきた人々や現場で活動を行う人々の声を聞こう。その声をたよりに、不器用ながらも手を差し伸べられるようになるためには、自分が何者かを身体の経験から知らないと、何も答えは出ないと気づいたんです。 そういった混沌や苦しみのなかで、災害がもたらす苦しみを他者と共有・理解できない中で、いかに私たちは互いに傷や悲しみ、苦しみに関わり合えるのかという問いや、ボランティアやケア、語ること、聴くことによって互いにどんな生活があったのか、どうやって支援することができるのかといった、自己犠牲や解釈を施しながらも、いかにカタストロフィのさなかや新しい日常に向かう復興の時間のなかで、自ら生きていることや過ごす日々、選択、葛藤、決定を肯定できるのか、という問いが、普段は意識しないけれども、災害を通してふつふつと湧き上がってきました。 これらの問いを現場にコミットしながら探求していきたいという想いから、少しずつ心を取り戻し、身体も元気になり、フィールドワークとボランティア、聞くこと、記録することを始めました。 …