アメリカのニュース

バイデン次期政権へ:科学技術政策はどう変わるか

白熱していた2020年の米大統領選ですが、現地時間12月14日に選挙人による投票でバイデン氏が過半数を獲得し、正式に当選が確定しました。これを受けたバイデン氏が「民主主義が勝利した」と強調したことからもこの大統領選挙の混乱ぶりを表していますが、この大統領選では学術コミュニティーが政治に踏み込むという前例のない動きを示したことにも注目されました。 学術雑誌の意思表明 学術雑誌Scientific Americanは9月15日付けの記事で(発刊後にその後の情報を踏まえて10月1日付けで編集されている)、バイデン候補を支持すると発表。同誌が特定の候補を支持したのは175年の歴史上初めてのことでした。トランプ大統領が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対策で医療関係者や科学者の意見を無視したこと、さらには環境問題や医療において研究者や公的研究機関を攻撃したことに対する危機感が、バイデン氏への指示言明につながったと記されています。トランプ大統領が、自分自身が罹患するまでCOVID-19の脅威を軽視した発言を繰り返していたことも、公衆衛生の専門家たちの危機感を募らせることとなりました。 また、Natureも10月6日付け Editorialでより多くの政治的ニュースを掲載していく必要があるとの姿勢を示していましたが、その後、10月14日にはトランプ大統領のCOVID-19対策を酷評するとともに、「(科学機関や米司法省、選挙制度そのものといった極めて重要な機関や制度を)これほど執拗に攻撃し、弱体化させた米大統領はいない」と非難し、バイデン氏支持を表明していました。 米大統領選において明確な姿勢を示したのは、上2誌だけではありません。医学雑誌のLancet、New England Journal of Medicine (NEJM)もトランプ大統領を再選させないように有権者に促していました。 反トランプの3年間 思い返せば、就任から日も浅い2017年4月には世界500以上の都市でトランプ大統領に抗議するための「March for…

新型コロナパンデミック下で誤情報を拡散しないために

世界各地が新型コロナウイルス感染(COVID-19)拡大にともなう外出禁止や非常事態におかれています。このような非常事態下では、情報収集が重要ですが誤情報の拡散にも注意が必要となります。SNS上に出回っている情報の中には、著名な大学や医療機関の名を語って伝達されているものや、不安をあおるような内容も多数あるようです。悪意がなかったとしても、誤情報を拡散することによって特定の機関への問い合わせを殺到させて業務停滞を招いたり、誤った判断を促して感染を拡大させたりする恐れがあることは認識しておくべきです。トイレットペーパー不足に始まり、症状に関わる不正確な情報や、「こうすれば感染を予防できる」といった情報に惑わされないためには、どうしたらよいのでしょうか。 WHOの誤情報対策 誤情報は日本だけでなく世界中でも問題となっており、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2月15日のミュンヘンでの会議で、我々はコロナウイルス感染症(epidemic)だけではなく、彼がインフォデミック(infodemic)と称するウイルスに関する誤った情報と戦っており、誤情報(フェイクニュース)はウイルスよりも早く簡単に蔓延していくため、信頼できる情報を把握することが困難になっていると指摘しました。WHOは、各種ソーシャルメディアの調査を行うとともに、科学的知見や証拠に基づく対策の必要性に言及しています。また、ウェブページにコロナに関する誤情報打開策「Myth busters」を質疑応答形式で掲載しています。「10秒以上咳き込まずに息を止めていられたらコロナには感染していない?」といったものから「コロナウイルスは5G(通信)ネットワークに乗って拡散する?」といった質問まで、適宜更新されているようなので参考にするのもよいでしょう。 ワシントン大学の取り組み 2019年12月、ワシントン大学シアトル校の5人の研究者が、誤情報の伝搬を研究する情報公開センター(Center for an Informed Public)を立ち上げました。このセンターでは、世界の感染者数ではなく、コロナウイルスのパンデミックに伴って誤情報がどのように拡散していくか、そうして広がった情報が人々の認識にどう影響するかを研究しています。3月24日のScienceには、同センターの設立メンバーである社会学者と危機情報学研究者に行ったインタビューが掲載されています。彼らは、オンラインにおけるコミュニケーションでどのようにデータや統計が広まり、どう理解され、その結果がどのように判断および行動につながるのかを調べています。彼らは、過去の危機的状況における誤情報の拡散を踏まえ、危機的状況下で誤情報が多くなることは、不確実性と不安が高まる災害時において何が起こっているのを理解しようと努める人々の自然な反応であると考えています。情報の入手は不安の軽減または解消に役立つことが確かな一方、困惑や混乱を招くこともあり得ます。テレビ、ネット検索、SNSといった情報ネットワークが浸透している現代では、継続的な情報更新が可能な反面、情報の真偽にかかわらず簡単に拡散してしまうという問題が避けられません。過剰な情報が与えられる中で、どの情報を信頼し、どれを信用すべきではないのか考えなければならないのです。また、政府や自治体などの政策指導者の発信が科学に基づく情報と矛盾しているような場合、不信感を招くだけでなく、公的な機関に対する信頼を損なう恐れがあります。このような影響は長期にわたることもあり、把握しきれていません。政策指導者らは、専門家とその時点で最良とされる情報を共有し、一貫性を持って情報を提供していくことが求められます。 危機情報学に基づく誤情報対策~3つのアドバイス 同センターは、情報が従来からのメディア媒体とSNSの間でどのように移行するか、情報の流れに注視しており、IT企業や個人、危機管理者に向け、情報の流れと情報の影響を理解し、正確な情報発信を促進する方法についてのアドバイスの提供にも努めています。ここでは、危機情報学者からの誤情報対策のための3つのアドバイスを記します。  情報を求め、共有しようとする際に、虚偽や誤情報の拡散に加担する可能性があることを自覚しておく。誤情報の拡散は不安や不確実性の解消に役立たないと認識する。 災害情報提供者は、情報が専門家(医療従事者や感染症の研究者など)の知識に基づいた情報の提供に努め、所属する団体・機関内での整合性を保つ。また、事象固有の不確実性について適格な情報を提供するとともに、「事実」も時間経過とともに変化する可能性があることを情報受信者に伝わるように努める。 政府関係者や自治体などの政策指導者は、誤情報や虚報を拡散したり、科学的知見や専門家による勧告に疑問を投げかけたりすることによって及ぼす影響について慎重に検討する。対応を誤ると、個々の状況および危機的状況への対応において短期的・長期的な弊害をもたらす可能性があることを認識しておく。…

米国の2020会計年度の予算の行方は

学術界が、資金確保と科学的な知見への不信感から困難な状況に置かれています。とくに顕著なのが、トランプ大統領の率いる米国。米国は、最先端の研究を進め、学術雑誌への掲載論文数も多い「科学大国」でしたが、地球温暖化は「でっちあげ」だとの発言を筆頭に、平然と科学的知見に反論するトランプ大統領の就任後、科学への不信感が広がっています。同大統領は米国環境保護庁(EPA)や米国航空宇宙局(NASA)による温暖化研究を「税金の無駄」と評しただけでなく、主だった研究機関の 研究費 の大幅削減を試みています。特に、米国国立衛生研究所(NIH)と米国国立科学財団(NSF)への予算増加はしないと明言したことから、米国の科学研究の行く先が不安視されています。 大統領の姿勢 研究費の削減は、科学研究全体に多大な影響を与えるのは必至ですが、大統領の科学軽視の姿勢は、科学への不信感の増大に影響を及ぼすこともあります。かつて、トランプ大統領は、麻疹(はしか)のワクチン接種の副作用が自閉症につながるなどと科学的論拠を無視した発言を繰り返しツイートしていました。Anti-vaccinationistを示す「anti-vaxxer」と呼ばれる反ワクチン論者の集団は、米国中間選挙の裏で選挙資金を流して選挙に関与したとも言われていますが、その政治的な動きはともかく、予防接種率が低下したことではしかの感染が拡大してしまいました。このときの感染拡大を受け、ニューヨーク市のブルックリン地区では公衆衛生の非常事態宣言が発令されたほどです。幸いにしてトランプ大統領は、はしかワクチンについては「予防接種は重要だから受けなさい」と意見を覆しましたが、科学への不信感による影響には恐ろしいものがあります。トランプ大統領の科学軽視の傾向に加え、トランプ政権を支持する人の間には科学研究活動に対する不信感が根強いのです。そして、トランプ政権における科学技術への関心の薄さが研究費削減という予算案となって示されていると言えるでしょう。 トランプ政権による研究費削減策とその影響 2019年3月、トランプ大統領は、ほぼすべての政府系研究機関向けの予算を大幅にカットするよう議会に求めました。ここで対象外となったのは、米国エネルギー省(DOE)と米国航空宇宙局(NASA)の2機関のみです。 これに先立ち、2018年12月22日から2019年1月25日にかけて米国政府機関の一部機関が閉鎖されていました。35日間もの閉鎖は、歴史上での最長の長さにおよび、約30億ドルもの経済損失が生じたと試算されています。この影響は学術界にも波及し、NSF単体でも2000もの助成金申請処理が遅れたほか、さまざまな点で支障をきたす原因となりました。 そして今年前半、トランプ大統領はすべての政府系研究機関の研究費を削減するとの予算教書を提出したのです。NIHの研究費については、大統領による前年比5億ドル減の予算案に対して、下院が2億ドル増を提案し、同様に、NSFの研究費についても予算増の提案が出ていましたが、行政予算管理局(OMB)は増額案に反対。研究費などの削減分は軍事費の増額分に充てられるとの噂もあり、予算における攻防が続いています。 下院の民主党らは、トランプ政権は政府系研究機関による科学研究、特に基礎研究の重要性を認識していないと主張し、予算削減に抵抗しています。トランプ大統領の掲げる「国境の壁」建設費をめぐっても妥協点は見えていません。大統領は9月に11月21日までのつなぎ予算に署名しましたが、本来10月1日から始まる2020会計年度の予算は11月21日までにまとまらず、11月21日に大統領が継続予算決議(CR)に署名したことで12月20日まで交渉は継続されることとなりました。これで当面、政府機関の閉鎖は避けられてはいますが、また年末になって騒ぎにならないとも限りません。 トランプ政権による優遇 OMBは大統領府の付属機関であるため、予算については大統領の意向を反映させがちな傾向があり、予算削減の対象外とされた2機関については異を唱えていません。一方で、OMBのディレクターRussell Voughtは、NASAの研究開発プログラムに対し、2024年までに再び有人月面着陸を行う目標を達成するための研究開発費を含め7億ドルの増額が必要だとする書簡を10月23日に議会に提出しました。トランプ大統領は、宇宙開発においても「かつての偉大さを取り戻す」と約束しており、NASAの一部の研究開発については積極的に財政支援するようです。また、DOE科学局とエネルギー高等研究計画局(ARRPA-E)に対しては史上最高額の予算案が可決されています。DOEは、無人・自立システム、人口知能(AI)、極超音速技術、指向性エネルギーに関する技術開発を優先事項に掲げています。これらのことから、トランプ政権下の予算案の特徴としては、経済成長優先と、好む政策と好まない政策の予算案の増減について大きな落差があると言えそうです。 学術界の反応 トランプ政権が、基礎研究を軽視し、偏った予算配分を強行しようとしていることに対し、学術界はどう反応しているのか気になるところですが、多くの研究者、研究グループ、機関は前回の政府機関の閉鎖の影響から回復しきれていないのが現状です。閉鎖期間中は会議開催や研究活動の制限、あるいはキャンセルを余儀なくされました。政府系の博物館などの資料やデータへのアクセスも制限され、データセットへのアクセスができなかっただけでなく、データ自体に穴(抜け)が生じたりしており、それらの損失は計り知れません。しかも、同期間中、無給となってしまった研究者もいたのです。ひどい事態ではありますが、多くの研究者にとって、将来、研究費が大幅に削減された場合には同様の事態が起こり得るのです。…

中国系研究者を狙い撃ちか?

がん治療・研究に特化した研究施設であり、がん研究では世界トップを走るテキサス大学MDアンダーソンがんセンターに米連邦捜査局(FBI)の捜査が入り、研究情報の窃盗の疑いでアジア系の教授を解雇したことが報じられました。このニュースについて説明します。 テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの教授解雇 テキサス大学MDアンダーソンがんセンターで、2019年4月に研究者5名が相次いで同センターを去りました。同センターの発表によれば、2018年8月に米国国立衛生研究所(NIH)から数名の研究者に情報漏洩および論文査読における整合性が疑われるとの指摘を受けて調査を進めたところ、疑わしいと指摘された3名の懲戒免職の手続きに動き、そのほかの2名は違反が認められたものの免職には当たらないとしました。免職対象の3名のうち2名は解雇される前に辞職し、残る1名は調査中となりました(4月時点)。NIHもMDアンダーソンがんセンターも個別の嫌疑の詳細や3名の情報を明らかにしていませんが、情報の漏洩先は中国であり、嫌疑ありとされたのは中国系の研究者と報道されています。 内部情報を基にした報道によると、嫌疑の対象になったうちの一人は疫学部教授のXifeng Wuです。彼女は中国生まれですが、テキサス大学で博士号を取得し、米国籍を所有していました。数々の業績をあげ、MDアンダーソンがんセンターの疫学部長として、中国の研究者やがんセンターと密接な関係を築いてきました。中国の研究機関との共著論文も多数発表しており、その数は26研究機関、87本に及びます。しかし、2014年頃からMDアンダーソンがんセンターから中国の研究機関に情報が漏洩しているのではないかとの疑いがもたれるようになり、当センターはセキュリティを強化しましたが、FBIが2017年夏に研究および専門情報の盗難の可能性の調査を始めると、その調査途中の2019年1月にWu博士は辞職してしまいました。3月には中国に戻り浙江大学医学院公衆衛生学部の学部長の職に就いています。Wu博士の嫌疑が正当であったのか、辞任の理由が何であったのかは明らかにされていませんが、情報窃盗として容疑が固まるには至りませんでした。とはいえ、米国内の研究施設からの情報漏洩や知的財産盗難については警戒感が高まっており、同センターも秘密情報の窃盗については処分を強化すると言及しています。 事件の背景 こうしたケースはMD アンダーソンがんセンターに限りません。NIHが2018年8月に疑惑を指摘した研究機関は数十箇所に上り、中国をはじめとする外国が絡んだ情報漏洩の摘発を狙ったようです。米国上院の予算委員会でNIHの高官が2019年6月行った報告では、外国政府と秘密裏に関係している疑いにつき、HIHが研究資金を提供している研究機関のうち61箇所にFBIの協力を得て予備調査を行った結果、うち16機関に法律違反の可能性があると述べています。NIH高官は別の機会に「本来は秘密扱いとはならない基礎研究であっても、将来的には特許申請に結びつくものが含まれている可能性はあるので、そのような情報を外部に流すのは実質的に情報を盗むことと同義である」との趣旨の発言をしています。こうしたことを踏まえてメディアは、今回の事件は中国との貿易戦争を背景に、米国政府が学術関連の情報の取り扱いについて、中国および中国系の研究者に圧力かける意図があったと分析しています。 米国のあせり? トランプ政権による中国との貿易戦争は、上乗せ関税の応酬のニュースが目立ちますが、中国における国家主導の経済体制と並んで、米国が重視している争点のひとつに知的財産の保護があります。中国の知的財産の問題は、ブランド品の贋作の輸出や、国内での外国特許や著作権の侵害ですが、その手口は巧妙化の一途をたどっています。中国政府は11月24日に知的財産権侵害への罰則を強化すると発表していますが、ここにきて米国が特に研究情報の漏洩に強い姿勢を示している背景には、科学技術における中国の躍進への警戒もありそうです。 ここ20年ほどで中国の科学技術における発表論文数は大幅に増加しています。米国国立科学財団(NSF)が発表した報告書『SCIENCE & ENGINEERING INDICATORS 2018』によれば、科学技術分野の中国の論文発表件数は2003年から2016年に5倍に増加しています。一方、米国は同期間に約1.3倍になっただけであり、2010年以降は横ばいで、2015年に前年よりやや減少し、2016年には中国に抜かれています。こうした状況に、米国が焦りを感じていることは否定できないでしょう。…

米国大学が臨床試験の公表で法令違反

研究不正は研究者でなくとも見逃せない問題です。とくに臨床試験に関する不正は、患者の健康に直接的な影響を及ぼすので注目されますが、医薬品や治療法の評価にも大きく影響します。 臨床試験の結果の公表については、多くの国で議論されていますが、米国では臨床試験の結果は1年以内に公開しなければならないと法で定められています。同様に、欧州委員会もヨーロッパで行われる医薬品開発に関する臨床試験は、終了後12ヶ月以内にEU Clinical Trials Register(EUCTR)に結果を報告するよう義務付けています。臨床試験を実施する研究者は倫理的責任を有するにも関らず、臨床試験の結果が否定的な場合などに結果を公表しない傾向があることに対処するためですが、実際には多くの臨床試験の結果が報告されていないことが指摘されています。そして、今年3月に発表された報告書でも、米国の大学が支援した臨床試験の結果が、政府の定める公表期限を守っていないことが明らかになりました。 法令整備―FDAによる臨床試験の登録義務付けとHHSによる臨床試験情報開示規則 米国食品医薬品局(FDA)は、臨床試験の登録、有害事象や副作用情報、試験結果の登録を促すための法改正(FDAAA Section 801)を行い、臨床試験の登録を義務付けました。この法令に基づき、さらに詳細な規則を米国保健福祉省(HHS)が作成し、2016年9月16日には臨床試験結果の公表範囲を拡大する規則(42CFR Part11)を発行。この新規則は、米国国立衛生研究所(NIH)の運営する臨床試験情報のレジストリClinicalTrials.govに公開する臨床試験情報の公開範囲を拡大するもので、原則として臨床試験の完了から1年以内に結果情報を提供しなければならないとしています。これらの新規則は2017年1月18日から施行され、FDAへの事前登録や結果報告義務を順守しない場合には、最大1万USドルの罰金や研究資金の差し止めなどの罰則が課せられることも明記されています。これにより、以前は任意であった臨床試験の情報登録が義務付けられた上、医薬品の販売承認が得られなかったものも含め、あらゆる結果を登録することが求められることとなりました。公表義務を免れるのは、安全性に関するフェーズ1の臨床試験(少人数の健常者ボランティアを対象とする初期の試験)などで、ごく一部に限られています。 法令違反―公表されなかった試験結果 2019年3月、「米国大学における臨床試験の透明性(原題:Clinical trial transparency at…

政府閉鎖のダメージから米国の研究機関は立ち直れるのか

2018年末に始まった米国政府の閉鎖は史上最長となる35日間を記録したのち、翌年1月25日にようやく解除されました。ことの発端はメキシコとの国境に壁を建設する費用をめぐる与野党の対立で、トランプ大統領が期限付きの暫定予算案に署名したことで一部の政府機関は再開されました。その後、予算処置の期限となっていた2月15日を目前に控えた2月11日夜に与野党が予算案に合意したことで、政府機関の再閉鎖は回避されることとなりました。しかし、予算案に不満なトランプ大統領が、2月15日に連邦議会の承認なしに軍事予算を壁建設に充てるための国家非常事態宣言を発令したため、野党民主党は権力の甚だしい乱用だとして激しく反発。19日には民主党の司法長官のいる16の州政府が同宣言に対し集団提訴を起こしたほか、26日には米下院、3月14日には上院で大統領による非常事態宣言を無効とする決議案が可決されるなど、政治の混乱は続いています。 かたや、業務が止まっていた公的研究機関などは、 政府閉鎖 の間に行うはずだった35日間分の業務を取り返す必要があります。国立科学財団(NSF)や航空宇宙局(NASA)、森林局(Forest Service)など多くの重要な科学機関はすべて閉鎖されていたのです。この失われた35日間は、科学機関にとってどのような影響を及ぼしたのでしょうか。 政府閉鎖の経済的影響 2018年12月22日に始まった一部閉鎖により、政府職員の一部は一時解雇され、要職についている職員は無給での勤務を余儀なくされました。35日間の閉鎖による経済的な代償は甚大で、議会予算局(CBO)は、アメリカ経済に30億ドル(約3300億円)もの損失を及ぼしたと試算しています。これには、スミソニアン協会(Smithsonian Institution)の来館者からの減収が500万ドルにも達したことも含まれているでしょう。CBOは、経済的損失はいずれ回復すると指摘していますが、公的研究機関および学術界に及んだ損失も回復できるのでしょうか。 後れを取り戻さざるを得ない研究機関 研究機関は政府閉鎖によって生じた後れを取り戻すほかありません。とはいえ、完全に損失を回復することはできないかもしれません。研究資金が支給されずに収入が途絶えたり、研究の進行に支障をきたしたりした研究者もいます。NSFは、政府閉鎖の間に滞っていた研究助成金の手配や、2000件もの助成金申請書の審査を行わなければなりません。NASAの科学局長であるトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)によれば、政府閉鎖後少なくとも60日は、科学機関の主要な研究助成プログラムへの新規申請の検討が遅れるだろうとのことです。 アメリカ海洋大気庁(NOAA)の気候プログラムオフィスは、政府閉鎖が日常作業、会議、会合の進捗を妨げ、プロジェクトを中断させたと述べています。彼らは一時的にウェブポータルClimate.govによる情報提供を中断しなければなりませんでした。このポータルは、降雨や森林火災、食料生産への影響など気候や天候に関する有益な情報源として活用されています。このウェブポータルや、アメリカ地質調査所 (USGS)が無料提供する地質、土壌、水循環などに関するデータのような科学的情報の提供が中断することは、国民生活の安全にも影響する事態です。 さらに、政府閉鎖の影響はアメリカ国内の研究機関・研究者にとどまりません。アメリカの研究者たちが取り戻さなければならない遅れが国外の研究者たちにも波及し、研究全体に遅れが生じると報告されています。NOAA FisheriesのAdvanced…

アメリカの政府閉鎖が学術界に与える深刻な影響

2016年のアメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生して以来、学術界にはさまざまな変化がありました。政権の主張に沿わない意見を出す環境保護局や農務省などへのかん口令や、予算の削減、業界団体を参加させるための諮問委員会の再編成などです。また、トランプ大統領は、パリ協定からの離脱やアメリカ国立科学財団(National Science Foundation:NSF)の東京をはじめとする海外事務所の閉鎖も表明し、世界に波紋を広げてきました。 そして、3年目を迎えたトランプ政権は学術界にさらなる厳しいニュースをもたらしました。政府機関の閉鎖です。メキシコ国境との壁の建設費をめぐり、2018年12月22日に始まったトランプ政権下での政府機関の一部封鎖は、クリントン政権下で歴代最長を記録した21日間を大きく超え、35日間に及びました。議会と合意に至り、2019年1月25日に一部解除されましたが、予定していた助成金をいまだ全額受け取っていない研究機関もあり、先行きに不安が募ります。 政府閉鎖の影響範囲 トランプ大統領が不法移民対策としての壁建設費約56億ドルを予算案に盛り込む要求をしたことをきっかけとする暫定予算の一部失効により、政府機関が一部閉鎖される事態となったわけですが、この閉鎖により自宅待機や無給での勤務を強いられる政府職員の数は80万人にのぼりました。官公庁や博物館は閉鎖され、首都であるワシントンDCは閑散とし、市民の生活や経済に大きなダメージを与えました。 アメリカ国内の公的研究機関も例外ではありませんでした。国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)、疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)、エネルギー省(the…

学術界に広がるMeToo運動

ハリウッドの女性達が大物映画プロデューサーによるセクハラや性的暴力の被害をSNSで告白する運動として始まったMeToo運動。被害を受けたことがあれば「Me too(私も)」とつぶやいて――との呼びかけに対し、今では世界中、さまざまな業界で多くの女性が声を上げるようになりました。学術界もしかり。米国ではSTEM(科学・技術・工学・数学)分野に進出する女性の数が増加していますが、女性研究者の立場が男性と同等になっているとは言いがたい状況です。そのような中、MeToo運動を科学界に広げた女性がいます。 MeTooSTEM.comを立ち上げた女性 米国ヴァンダービルト大学メディカルセンター(Vanderbilt University Medical Center: VUMC)の神経学者であるBethAnn McLaughlinです。2018年6月にSTEM分野の女性が匿名でハラスメントを告発できるウェブサイトMeTooSTEM.comを立ち上げ、科学界のMeToo運動を牽引してきました。その貢献により、2018年11月、米マサチューセッツ大学が世界を劇的に変えるアイデアを持つ人に贈るMIT Disobedience Award(不服従賞)を受賞しています。 Scienceの記事にはMcLaughlinの似顔絵と「The Twitter Warrior(ツイッター戦士)」というキャッチが書かれています。彼女は、米国科学アカデミー(National Academy…

影響力のある関連団体による編集介入は許容されるのか

2018年もさまざまな研究不正が発覚し、研究界を揺さぶり続けました。データのねつ造、収集データの意図的な虚偽表示、画像の改ざんなどは露呈した研究不正のほんの一例ですが、12月になって、米国環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)の諮問委員会のトップが、資金援助を受けている業界団体に対して、発表前に研究論文の編集介入を許容していたという倫理的に問題視される事態が判明して話題となりました。 背景には、資金提供者と研究者とのつながりは見つけにくいという問題があります。しかし、利害関係のある外部団体が発表前の論文を編集するのを認めるということは、学術的に許されるものなのでしょうか。 ■ 政府機関におよぶ業界団体の影響 この話は学術界に留まりません。米国における大気汚染基準の大幅な見直しを行うEPAの委員会を率いているのは、規制強化に反対する団体から資金提供を受けていた研究者です。しかも、この研究者、トニー・コックス(Tony Cox)が業界団体に自身の研究成果の編集を許容したことを認めたことが論議の的となっているのです。研究成果に何らかの影響をおよぼしかねない研究の資金提供者に、発表前の論文への編集介入を認めることは異例です。まして、該当論文が政策決定に関連するとなれば、なおのことその影響は重大です。 そもそも、なぜ業界団体からの資金援助を受けていたコックスが国の環境政策に助言を行う立場にある大気清浄化科学諮問委員会(Clean Air Scientific Advisory Committee: CASAC)の委員長になったのかと言えば、非常に政治的な裏があります。コックスを任命したのは、元EPA長官スコット・プルーイット(Scott Pruitt)です。プルーイットは、EPAの助成金や資金提供を得ている研究者は、科学諮問委員会の委員として偏見(バイアス)があるという理由で多くの委員を解任し、逆に業界団体から資金援助を受けている研究者を諮問機関に参加させようとの動きの一環でコックスを任命しました。プルーイットは地球温暖化対策に批判的な姿勢を示しており、EPA科学諮問委員会の透明性と委員の独立性を高めることを目指したとされています。しかし、長官就任以来、プルーイット自身に対する職務倫理違反などの疑惑をめぐる調査が進み、2018年7月に辞任しました。 ■ コックスの論文と石油協会のつながり…

米国議会へ科学者が多数進出

科学研究者は伝統的に「非科学的」なことには興味をもたず、主として学術分野、あるいは学研から離れてもせいぜい産業の分野で活躍してきたと言われます。科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)の頭文字をとってSTEMと言われる分野に従事する研究者だけでなく、医学・ヘルスケア分野の研究者にも同じ傾向があると言えるでしょう。しかし、時代は変わり、科学者は政治に無関心ではいられなくなってきました。米国では「象牙の塔」から出して政界に進出する人たちが増えてきています。 ■ 2018年中間選挙でSTEM/医学・ヘルスケア系候補者が連邦議会に進出 2018年11月に行われた米国の中間選挙は、上院で共和党、下院で民主党が過半数を制し、「ねじれ」を生んだこととともに、マイノリティや女性が多数当選したことがニュースになりましたが、学術界ではSTEM/医学・ヘルスケア分野の経歴を持つ候補者( 科学系候補者 )が多数当選したことも話題になりました。Business Insiderの記事には、上院で1名、下院で9名が新たに連邦議会に当選したとして、当選者とそれぞれの専攻分野が次の通り紹介されていまし。 Jacky Rosen(ネバダ州、上院、民主党):コンピューター・プログラム。ネバダ州選出の下院議員として議席を持っていたが、今回の中間選挙で上院に立候補。 Chrissy Houlahan(ペンシルバニア州、下院、民主党):インダストリアル・エンジニアリング(経営工学)。米国空軍勤務、化学教師、NPO代表などの職歴を有する。 Joe Cunningham(サウス・カロライナ州、下院、民主党):海洋科学。弁護士の資格も有し、環境専門弁護の実績を持つ。 Sean Casten(イリノイ州、下院、民主党):生化学エンジニアリング。廃エネルギー回収会社を設立。 Elaine…

米国NSFは海外での研究に対する支援を撤廃か?

アメリカ国立科学財団(NSF)は、科学研究の促進を図る米国政府機関であり、2017年度予算は75億ドルに達し、大学に対する連邦レベルの研究支援の約24%を占める、米国の科学政策の大きな担い手です。NSFは、2013年から米国の大学院生が海外で研究する場合の資金援助をGraduate Research Opportunities Worldwide ( GROW ) プログラムにより実施してきました。しかし、NSFが毎年秋に行うGROWプログラムの申込み受付の2018-19年分については、2018年12月11現在も行われていません。GROWプログラムは、廃止の可能性も含めて、先行きが不透明です。 ■ 科学研究への圧力 今回、GROWの受付が行われていないことは、トランプ政権発足以来の米国政府の内向きの姿勢を反映している可能性があります。トランプ政権は、科学研究の資金援助に関して、種々の変更を加えようとしています。例えば2018年初めに、政府の科学政策に対してアドバイスを行う連邦レベルのさまざまな科学諮問委員会のメンバーから内務省、エネルギー省、食品医薬品局などを外して、これらの委員会の弱体化を進めています。科学関係の政府スタッフの採用を凍結し、気候変動に関する研究への圧力も多く見られます。また、トランプ政権はNSFの2018年度予算の大幅削減を提案しましたが、これは議会の反対により実現しませんでした。しかし、依然としてトランプ政権は削減を狙っているようです。NSFは2018年2月に、日本を含む3カ国の海外事務所の閉鎖をすると発表しましたが、これもトランプの「米国第一主義」の反映と解する向きもあります。 ■ GROWが無くなった場合の影響 GROWは、既に米国内で年間3万4000ドルの奨学金(Graduate Research Fellowship Program:…

著名な栄養学者が論文撤回で辞職―その背景は

論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できない「再現性の危機(reproducibility crisis)」。これは学術界にとって深刻な問題です。また、まったく別の問題であるにも関わらず「研究不正の有無(scientific misconduct)」と混同され、問題が深刻化することも多々あります。再現性の危機は、研究室で行われた多くの研究の再現実験あるいは追試で同じ結果が再現できないことに端を発していますが、再現実験で同じ結果が得られなければ、科学研究としての価値が薄れるだけでなく、その原因が研究不正にある可能性が高いため、結果として複数の名だたる学術雑誌(ジャーナル)が論文を撤回することになってしまうのです。撤回される論文の数が増えていること含め、学術界は危機感をつのらせています。 ■ 栄養学第一人者の辞職 2018年9月20日、コーネル大学の教授であり、栄養学の研究者であるブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)博士が、米国医師会雑誌(the Journal of American Medical Association (JAMA))に6論文を撤回されたことを受けて辞職したことが、ワシントンポストに報じられました。アメリカのアイビーリーグに属する名門コーネル大学の研究者の辞職が有力新聞紙に取り上げられたことが、再現性の危機の深刻さを物語っています。 ワンシンク博士は、食品消費の行動心理学の第一人者で、広告やパッケージが食生活におよぼす影響などに着目した食生活改善のための研究を推進していました。1992年にイリノイ大学で食品商標研究所(Food and Brand…

FDAが大麻由来の治療薬を初めて承認

技術の進歩は医学研究における新たな発見も加速させます。新たな成分や効能の発見は新薬の開発につながりますが、既知の成分の薬効が正式に承認されることで新薬が誕生することもあります。イギリスの製薬会社GWファーマシューティカルズによる大麻由来のてんかん薬「エピディオレックス(Epidiolex)」がアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Association : FDA)によって承認され、現代医療における画期的なニュースとして注目されています。 ■ 画期的な新薬の効果 エピディオレックスは2018年6月25日に、アメリカ初の大麻由来の治療薬としてFDAによって承認されました。同薬は、2歳以上であれば服用が可能で、難治性の2種類のてんかん症候群(レノックス・ガストー症候群(Lennox-Gastaut syndrome : LGS)とドラベ症候群(Dravet syndrome : DS))に対する治療薬として開発されたものです。幼年期でのてんかんの発症は重症化し、死に至ることもある上に、既存の治療薬では複数の種類の投薬が必要で、それをもってしても治療が非常に困難であるとされてきました。 臨床試験によって、麻に含まれている、カンナビジオール(cannabidiol…

米国が 地球環境科学 分野でも中国にリードを奪われるか!?

いまだに反対論はあるものの、昨今の世界的な異常気象や例年にない高温や大量の降雨は地球温暖化が原因と考えられており、 地球環境科学 の研究者は、これらの現象の解析や予測向上、影響の緩和に向けた研究を促進しています。 ■ 地球環境科学研究の特徴 地球環境科学の研究、特に気候変動の研究は、規模が大きく研究のために要する予算が膨大となるため、国レベルでの予算配分がその国の研究活動に影響をおよぼす傾向が見られます。例えば、米国では、米航空宇宙局(NASA)の温暖化ガスを調査する活動予算を削減し、炭素観測システムCMSへの資金提供を打ち切ったことが米国の地球環境科学研究に影響するのではと懸念されています。ちなみに、CMSには毎年1000万ドル(約11億円)の予算が割かれていたと報じられていますが、科学研究への損失は計り知れません。 また、地球環境科学の研究は政治との関わりが強いのも特徴です。地球温暖化対策を国の経済活動と切り離して考えることが難しく、トランプ政権の「パリ協定」脱退のように、国の政策による影響が避けられないのです。 そして、もうひとつの特徴は、国際協力が不可欠であるということです。グローバルな問題にはグローバルな対策が必要――という明快な理由はもちろん、研究に必要なデータや資金を工面するためにも国際共同研究で進めるほうが効率的なのでしょう。 ■ 地球環境科学は国際共同研究の割合が大きい 実際に、地球環境科学研究は国際共同研究の割合が大きいことがNature Indexの分野別比較で明らかになりました。Nature Indexが6月28日に発表した「Nature Index 2018 Earth and…

トランプ政権、NASAの温暖化対策研究を打ち切る

トランプ政権がまた、学術界に衝撃を与えました。ホワイトハウスは、米航空宇宙局(NASA)の炭素観測システム「CMS(Carbon Monitoring System)」への資金提供を打ち切ることを決定したのです。CMSは世界の二酸化炭素(CO2)やメタンガスの排出量を衛星や航空機を使って観測・監視するシステムです。この決定は、パリ協定の重要な目標である温室効果ガス削減や、各国が進める地球温暖化対策に大きな影響をもたらすとされています。 ■ トランプvs科学界 トランプ大統領は2017年1月の就任以来、学術界に影響をもたらしかねない決定をいくつか行っています。例えば、政府の諮問機関における科学者の数を減らしたり、アメリカ国立科学財団(National Science Foundation, NSF)の海外事務所を閉鎖したりしてきました。 トランプ大統領は地球温暖化に懐疑的であることを公言しており、政権の政策や予算の配分には、この見解が反映されています。その最たる例が、昨年のパリ協定からの離脱表明です。トランプ大統領はその理由について、パリ協定はアメリカ国内の石油やガス、石炭などの化石燃料産業や製造業を衰退させ、雇用を減らすから――と説明しています。そして今回は、NASAのCMSへの資金提供の停止。なぜトランプ大統領は、このような決断に至ったのでしょうか。 NASAのスポークスマンのSteve Cole氏は、その理由として「予算全体の縮小と、優先順位が高い研究に予算が割り当てられるため」と述べています。トランプ政権による研究費の削減には「気候科学研究への最大級の攻撃だ」との声も聞かれています。気候変動の研究を行っているウッズホール研究センター(マサチューセッツ州)のトップであるPhil Duffy氏は、「CMSがトランプ大統領の標的であったことは明白だ」と言います。真偽のほどは定かではありませんが、少なくともCMSが機能しなくなると、世界の温暖化対策に多大な影響がおよぶことは確かです。理由を見ていきましょう。 ■ パリ協定の目標達成度合いの検証が困難に  CMSは前述の通り、地球温暖化の主要な原因とされる温室効果ガスであるCO2とメタンガスの排出量を観測するシステムです。大気中のCO2とメタンガスの量が増加しているのか、減少しているのか、その変動がわかります。また排出量を測定するだけでなく、森林に吸収されているCO2量を測定することで、発展途上国での森林破壊防止の抑制にも一石を投じています。 またCMSはパリ協定の下で、どの国がCO2削減の目標を達成しているかを検証する情報を得る手段としても機能します。今回のトランプ大統領の決定でCMSによるデータが利用できなくなると、全球規模での温室効果ガスの排出量ならびに削減量を測定することが難しくなります。これはつまり、各国がパリ協定を遵守しているかどうかを確認する術がなくなることを意味します。…

研究者も無視できないFacebookの情報流出

全世界のユーザー数が20億を超えるFacebookをどのような目的で利用していますか?研究を広めるためや、研究者仲間とのコミュニケーションのためというのが一般的でしょうか。今、そのFacebookは個人データの不正流用をめぐる国際的なスキャンダルの渦中にあり、世界中が注目しています。事の発端が研究者によるFacebookを利用した個人データの収集であったことに目を向ければ、Facebookによる個人データの流出と不正利用疑惑問題は、研究者にとっても他人事とは言いきれません。Facebookの問題は、倫理問題をより深刻に捉えるべきであることを再認識させるものだとする記事がnatureに掲載されました。 ■ 個人データの流出と不正疑惑 英ケンブリッジ大学の心理学者・神経科学者であるアレクサンダー・コーガン氏がFacebookの性格診断アプリを開発。この性格診断を受けるためにアプリをダウンロードしたユーザーのデータ、約5000万人分がコーガン氏によって、イギリスのデータ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)」に売却されました。そして、この個人データが2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU脱退を決めた国民投票など、極めて政治的な事象に不正利用されたのでは、と物議をかもしているのです。2016年の米大統領選のコンサルティングに関わっていたケンブリッジ・アナリティカが、このデータをトランプ陣営の心理戦や有権者の絞り込み等に利用したと報じられ、大きな問題となっています。個人データはコーガン氏が開発した性格診断アプリを通して合法的に集められたものでしたが、アプリ開発者が、収集したデータをユーザーに通知することも同意を得ることもなく第三者に譲渡することは規約違反になります。Facebookは、2014年に個人データの不正利用を防ぐための対策を導入していますし、問題発覚後には対策を講じると発表しています。ケンブリッジ・アナリティカとFacebookは両社とも不正を否定していますが、米国議会はFacebookのCEOザッカーバーグ氏に議会での証言を要請しており、欧州議会もケンブリッジ・アナリティカのデータ悪用につき調査を進めています。 ■ 個人データの不正利用 研究者と企業がユーザーの同意を得ずに個人データを利用した――このことによって生じた不信感や疑惑は、学術研究にとっても痛手となります。利用者の多いオンラインプラットフォームをから得られるデータは、研究にとって非常に有用な情報源でもありますが、それはあくまでもデータを正しく扱うことが前提です。取扱い方に関わらず、インターネット調査の利用に制限がかけられることもあります。倫理保護が重要視される医薬や心理学研究といった人の命に関わるような研究では、インターネット調査を対象外にすると明文化されています。 今回の問題で特徴的だったのは、心理学者であるコーガン氏が研究の一環として行った調査の結果得られた個人データを、Facebookの利用規約に反して第三者(データ分析企業)に譲渡したことです。結果、個人データが、当事者であるユーザーがまったく予期しなかった、あるいは意図しなかった使われ方をしました。データがまとめられ、アルゴリズムにかけられたことで、当たり障りのなかったデータが意味を持ち、ユーザーが非公開としておくことが妥当と考える個人情報が不当に使われたり、不本意な使われ方をしたりすることとなりました。 もちろん、研究におけるデータの収集・利用方法に関してはガイドラインが定められているので、ほとんどの研究プロジェクトは、データを倫理的に利用しています。欧米の研究助成団体はデータの倫理的利用を推進しており、「公開」データの定義を再考するよう推奨し、研究が社会および個人に害をおよぼす可能性を検討する必要性について言及しています。今後も研究者の知識をより深めるように、研究助成団体がこの取り組みを強化していくことが期待されます。 ■ Facebookのデータ不正利用疑惑から見えること 今回の個人データの不正利用疑惑から見えてきたのは、多くの学術分野で、革新的な技術の急速な変化に応じた利用への注意を規定に盛り込むことが追い付いていないという現実です。いまやデータ収集方法は多岐にわたり、入手できるデータ数は増大し、データ収集に要する時間と手間も大きく様変わりしてきました。研究倫理やインターネット・プラットフォームなどにおける個人データ利用に関する規約を理解しておくことは必須ですが、全てを理解するのは大変な状況です。また、研究分野によってオンラインデータに対する見解が異なることも、問題を複雑にしている一因です。例えば、心理学や社会学のような人文系の研究では、今回問題の発端になったような診断アプリやテストを通して集めたデータが研究に役立つことがある一方、コンピューター科学のような技術系の研究では、アプリのプログラムやアルゴリズムの開発を進めることが重視されるでしょう。データを利用する側だけでなく、データを作成する側にも、双方の状況に応じた研究倫理トレーニングを実施する必要があるのかもしれません。研究者は、技術革新が規定の枠を超えていることを十分に理解し、法の制限や規定に書かれていることに従っているだけでは研究倫理を順守するためには不十分なこともあると認識しておく必要があるのです。 一方、Facebookが問われているのは、個人情報を流出させた責任と個人情報の扱いに関する倫理です。確かにFacebookには個人データの不正利用を禁ずる規約がありましたが、同時に、アプリ開発者などがこの規約に違反しないように管理監督し、違反があった場合には対策をとるべき責任があったにも関わらず、今回のような社会的問題が生じたことがFacebookへの批判となっています。そのため、一部のスポンサーや広告主によるFacebookからの撤退や、ユーザーからのボイコットの動きが出ており、株価が暴落しています。さらに、当事者である英米だけでなく他国の個人情報保護を管轄する規制当局も、調査に動き出すなど、すっかり世界を巻き込んだ大事件となっています。 とはいえ、Facebookで起きた個人データの取り扱い問題は、ネットにつながっている以上、どのソーシャルネットワーク(SNS)でも起こり得るものです。どのSNSを、どのような立場で使うのであっても、メリットとデメリット、セキュリティなどさまざまな点に注意しつつ利用する必要があります。さらに、個人ユーザーとして利用する場合には、SNS上でそのネットワーク提供企業以外の第三者(企業)に自分のデータが利用されることから自分のデータを守らなければなりません。SNSは便利な反面、面倒なものでもあるのです。 Facebookは3月19日に、コンピューターなどに残る記録を収集・分析して、その法的な証拠性を明らかにすることを専門的に行うデジタルフォレンジック企業のStroz Friedbergにケンブリッジ・アナリティカの包括的監査を依頼したと表明しています。しかし、3月26日には米連邦取引委員会(FTC)がFacebookのプライバシー管理につき調査を行っていると発表され、4月5日には不正に個人データが取得されていたユーザー数は最大で8700万人にのぼると発表されるなど、当分騒動は続きそうです。