アジアのニュース

ゲノム編集の女児誕生がもたらした衝撃

2018年11月26日、世界に衝撃が走りました。中国の南方科技大学のJiankui He氏が、 ゲノム編集 技術「CRISPR」を使って改変を施した受精卵から双子の女児を誕生させたとAP通信が報じたのです。本当であれば世界で初めて遺伝子を改変されたヒトが誕生したことになります。He氏は、遺伝子操作をすることにより、エイズウイルス(HIV)がヒトの細胞に侵入する際に利用するタンパク質「CCR5」の働きを押さえ、HIVへの抵抗力を獲得させたとしています。しかし、ゲノム編集で遺伝子を改変した場合の安全性は未知の領域であり、胚の編集は次世代に受け継がれるため、欧米の多くの国ではゲノム編集した受精卵を母胎に戻し妊娠させることは非合法または禁止とされています。中国でも政府ガイドラインで遺伝子工学を用いた胚の妊娠を禁止しているので、今回のHe氏の研究は、ガイドラインに反するものと言えます。 ■ 11月28日 香港での講演 He氏の発表は、世界の遺伝子研究者が集う「第2回ヒトゲノム編集国際サミット(Second International Summit on Human Genome Editing)」の直前というタイミングで行われました。サミットは11月27日から29日に開催されましたが、He氏の発表はサミット主催者にとっても寝耳に水だったようです。28日には、サミットでHe氏が講演。二人の女児が生まれ、さらに他にもゲノム編集した受精卵を移植した女性が妊娠している可能性があると延べました。講演後、参加者からは厳しい質問や痛烈な批判が噴出し、多くの研究者は、このような改変を行うことは医療倫理に反するとして批判の声を上げています。 He氏の発表の翌日にはCRIPRの共同研究者Feng Zhang教授が、CRISPRで遺伝子編集したヒト胚細胞を子宮に戻すことを全世界で停止すべきとの声明を出しています。実験の危険性はもちろん、He氏の研究の不透明さ、秘密裏に実施されたことを疑問視してのことです。He氏がこれまでにゲノム研究の専門家としてはあまり知られていなかったことにも疑念を持たれています。米国のスタンフォード大学で研究を行った後、海外の優秀な研究者を中国に呼び戻す「千人計画」で中国に戻り、2012年に最年少で南方科技大学の准教授に就任したという経歴の持ち主ですが、ゲノム編集の専門家とは書かれていません。では、なぜ遺伝子改変操作が可能だったのか――これは、まさに技術の進歩によるものです。近年、CRISPR-Cas9と呼ばれる手法が開発されたことで、専門家ではない研究者も遺伝子の改変操作が技術的に可能となったのです。CRISPRは、まさに切り貼りするようにDNAの部分的削除や置換を可能にする技術です。この技術により、かつて高度な技術を要していた受精卵への遺伝子注入といった遺伝子操作すら、今や装置があれば技術がなくても可能となりました。そのため、He氏の研究「成果」につき現時点で研究の詳細を精査できる論文もなく、実際に双子が生まれた証明もないことから「嘘」ではないかとの疑いもある一方、「事実」である可能性も捨てきれないのです。そして「事実」であるとすれば倫理的な問題であるとして、世界的な非難が高まる中、He氏はこの成果を誇りに思うと述べています。南方科技大学と医療倫理委員会(Medical Ethics…

中国のアフリカ諸国への600億ドルの支援 その狙いは

中国が改革開放政策を実行してから丸40年。中国経済は急成長を遂げ、学術分野での存在感も大きく増してきました。研究および教育への集中的な投資も奏功し、今や科学・工学分野の論文発表数は世界首位です。 勢いは国内にとどまりません。中国は、開発途上国同士が2国間、あるいは多国間で自律発展のためにお互いの技術などを活用して開発に役立てようとする「南南協力」を促進しています。近年は「一帯一路」構想のもと、発展途上国に対する技術支援、資金援助を行っていますが、特に南アジアおよび南アフリカの発展に向けた協力に力を入れています。2018年9月に開催された「中国アフリカ協力フォーラム((FOCAC, Forum of China-Africa Cooperation)北京サミット」では、アフリカ諸国に600億ドル(約6兆6千億円)の経済協力を行うと表明し、世界を驚かせました。はたして、中国の思惑はどこにあるのでしょう。 ■ アフリカの次世代研究者の育成に貢献? 600億ドルの資金拠出の内訳には、無償資金協力や無利子融資、中国企業による対アフリカ投資の推進などが含まれており、500億ドルは中国政府、残りの100億ドルは民間企業による投資とされています。習近平国家主席はフォーラムの基調演説で、アフリカ諸国と密接に協力し、今後3年間および一定期間において「8大行動」を重点的に実施すると表明しました。「8大行動」とは、2015年のヨハネスブルグ・サミットで確定した中国・アフリカ「10大協力計画」の推進を踏まえたプログラムで、(1)産業促進、(2)インフラの相互接続、(3)貿易円滑化、(4)グリーン発展、(5)能力開発、(6)健康・衛生、(7)人的・文化的交流、(8)平和・安全保障という8つの項目を実施すべく、中国が政府援助、投融資などを通じてアフリカ諸国との協力を図るものです。 中国は、この一貫としてアフリカ諸国の人材育成、援助、雇用増に力を入れています。アフリカの研究者の科学技術の知識レベルを引き上げるプログラムにおいて、教育は重要な位置に置かれており、アフリカの若者に教育を受ける機会が提供されるだけでなく、Young Scientists Exchange Program(若手研究者交流プログラム)を利用して、最大1年間中国で学ぶこともできるようになっています。 「8大行動」の「社会開発分野」には、アフリカ諸国の1000人の優秀な人材に研究の機会を提供し、5万人に中国政府の奨学金を授与し、さらに5万人にワークショップやセミナーなど短期の教育機会を提供する計画があると記されています。特に、アフリカの農業近代化に向けた協力を拡大したいと考えている中国は、既にアフリカ14カ国に農業技術普及のためのモデルセンターを建設していますが、さらなる農業技術者の育成に向け、博士課程修了者が、中国あるいはケニアのジュジャにある農業技術のジョモ・ケニヤッタ大学などのアフリカの研究機関で学ぶための奨学金に応募することができるようにする予定です。アフリカの農業を積極的に支援するだけでなく、「8大行動」を通して中国・アフリカの関係を強化し、米国との貿易戦争が泥沼と化している中でも大国中国および中国企業の影響力を強めたいとの思惑が見て取れます。 ■ 中国の発表への反応は この中国の発表に、世界中の研究関係者からはさまざまな声が上がっています。大半はこれを好意的に受け止めているようです。例えば、ガーナの研究者は、海外だけでなく、国内での教育への資金援助も含まれていることが喜ばしいことだと言っています。アフリカでの人材流出が深刻な問題だと考えている彼は、この資金援助が、国内での奨学金や教育の機会が人材流出を止めることにつながると期待しているのです。また、南アフリカの大統領であるシリル・ラマフォサ(Cyril…

中国で研究成果を劇的に向上させる新規制が登場!?

中国の研究開発が成長を続けているのは、これまで取り上げてきた通りです。中国政府による科学研究を非常に重視する姿勢が、科学分野の研究の目覚ましい進歩を後押ししています。多数の研究論文が国内外問わずに発表されており、この勢いは今後も続くと見られています。 しかし、急成長の裏で問題も生じています。中国政府は、研究データの公開・出版に関する新たな規制を設けて対策に当たっていますが、果たして、この規制は中国発の研究論文の質を向上させられるのでしょうか。 ■ 出版物が増えたら、問題も増えた 30年前、中国は科学出版物の数で世界第3位でした。しかし2017年、中国はついにアメリカやEUを抜いて、世界第1位に躍り出たのです。中国政府が科学研究開発を奨励していることに加えて、出版に対する報酬システムが、この結果に大きく貢献しています。中国は、権威ある国際的な学術雑誌(ジャーナル)に論文を掲載した研究者に対し、多額の報酬を与えており、これが研究者へのインセンティブとなって出版数の増加につながっているのです。 とはいえ、よいことばかりではありません。報奨金を狙って、質の悪い研究論文や偽のデータを用いた論文を投稿する研究者が出てきました。質より数の戦略で、より多くの論文を出版しようとしているのです。報酬を得たり自身の名声を高めたりすることに目がくらんだ研究者が、後を絶ちません。 2017年11月、大手学術出版社のシュプリンガー・ネイチャーは、適切な査読を経ていない中国人研究者の論文107本を掲載削除にしました。専門分野によっては、著者が査読者を推薦できる査読プロセスを悪用した不正があるとされていますが、何とか出版数を増やそうとした研究者が、出版のプレッシャーや報奨金への欲に負けて不正行為に走ったとも考えられます。また一方で、論文の量が増えれば、それだけ査読を行う数も増えることになり、品質維持において大きく査読に依存している学術出版界にとっては、査読者の負担が増えることになっているのです。 ■ データの質と安全性を向上せよ このような問題に対処するため、中国政府当局は2018年3月、科学データの扱いに関して新規制を設けるとしました。この規制では、研究者は論文発表前に、国家機関に論文を提出して査読を経る必要があるとしています。この通達により、国務院の科学技術部が全国の科学研究データの集約と適切な使用を先導することが明確になったのです。この規制の目的は、研究によって得られたデータの品質の担保と、適切なデータ管理の推進です。つまり、これまで蓄積されてきた中国人研究者による研究成果を国家的に集約し、後に続く研究者にも有益なリソースとして提供できるようにしよう、というわけです。増加するオープンアクセスとデータ共有に対する布石ともとれます。 ■ 中国の科学出版に多大な影響!? この新規制は概ね歓迎されているようです。多くの研究者が、データの品質に問題があることに気づいていたことと、遅かれ早かれ中国における研究データを統括するデータセンターが必要となることが念頭にあったからでしょう。既に、論文出版に対する報酬金政策が中国の研究成果の出版を増大させることにつながっているので、新規制がデータの品質の保証および向上につながれば、鬼に金棒というわけです。 中国科学技術部の基礎研究司の葉玉江司長は、これまで規制が欠如していたことにより、中国の研究者は、自身の研究に有益なデータの数々を使用する機会を逃していたと述べるとともに、データの適切な管理が進んでいなかったことが、世界的な技術大国を目指す中国の進展を妨げていた、と人民日報に語っています。 しかし、研究者は中国政府の承認がなければ、自身の研究成果を発表することができなくなる、ということも忘れてはなりません。ほとんどの研究者は、自身の研究分野は影響を受けないと見ているようですが、この新規制に対して懐疑的な研究者もいます。論文をタイムリーに発表することができなくなるのではと心配する声があがっており、米国国立科学財団(NSF)のNancy Sung北京事務所長は、新規制により、NSFの資金援助を受けたデータや論文の発表が、遅れたりリジェクトされたりといった影響を受けるのではないかとの懸念を表明しています。この規制をめぐり、論争が生じる可能性がないとは決して言い切れません。 論文投稿数が伸び続ける中、大量の査読不正が検挙された中国において、論文出版に対する厳しい品質管理が必要であることは明白です。一部の研究者による不正が、国家単位での目覚ましい成果・進歩に影を落としかねないからです。今回の規制が期待された成果をあげることができるかは、この先数年の動きを見てみないとわかりませんが、少なくともこれが、科学データの品質を向上させつつ、将来のオープンアクセス化にも備えた重要なステップとなることは間違いないと言えそうです。  …

中国の奨学金で博士課程留学はいかが?

奨学金は、学位取得のための経済的支援の手段であると同時に、ネットワークを構築しながら重要な研究を行い、キャリアアップをするのにも有用です。その上、卒業後の就職活動につながる実際的な経験を得るのにも役立ちます。日本から申請できる海外の奨学金制度はいろいろありますが、今回は中国への留学を希望する博士課程の学生を対象とした奨学金「CAS-TWAS President’s Fellowship」について紹介します。 ■ 中国の学術振興政策 中国政府は、科学の発展および科学者を支援するための投資を継続する方針を明確に打ち出しています。中国の学術振興の成果は、2017年に科学・工学分野の論文数で初めて米国を抜き世界首位となったことや、2018年にTimes Higher Educationの世界大学ランキングのトップ1000校に中国の大学が63校ランクインしたこととなって表れています。そして、中国行政機関の直属の学術機関である中国科学院(Chinese Academy of Sciences, CAS)と、科学技術振興のための国際的な学術組織である開発途上国科学院(The World Academy of Science,…

中国の論文検閲-脅かされる学問の自由

2017年11月1日、大手出版社シュプリンガー・ネイチャーが中国の法律に従い、同社の運営するサイトに公開されていた論文のうち1000本以上を中国で閲覧できなくした、と発表しました。情報公開および市民社会への統制力の強化を図る中国政府の方針に従った策であると述べていますが、特定の論文へのアクセスが遮断されることで学問の自由が脅かされている、との批判の声があがっています。 ■ 論文へのアクセス遮断-CUPとシュプリンガー・ネイチャーの事例 中国における特定の用語を含む論文への強制的な処置は、今回が初めてではありません。2017年8月には、イギリスのケンブリッジ大学出版局(CUP)が、同出版局の中国学術ジャーナル「チャイナ・クオータリー」に収録された論文のうち「天安門広場での民主化運動」や「1960年代の文化大革命とチベット」といった用語を含む300本以上を、中国内でアクセスできなくしました(その後、学術界からの激しい批判を受けたCUPは数日でアクセス制限を解除)。 一方、シュプリンガー・ネイチャーは、中国政府への批判と捉えられる可能性がある「台湾」「チベット」「文化大革命」などの言葉を含む1000以上の論文への中国内でのアクセスを、現在も制限しています。同社は、中国政府の規制に従ってアクセス制限を行っているだけであること、中国における制限の対象は全体の1%以下であること、編集への検閲ではないため世界の他の地域(中国外)でのアクセスには影響がないことなどを主張しています。当局の規制に従わなければ、オンライン上のあらゆるコンテンツが遮断される可能性があったとも釈明し、改善への努力の姿勢を示しつつも、当面は中国政府に従う方針のようです。 これら2つの事例から、中国政府は自国の巨大市場に進出した国外企業に対し、経済的優位性を盾に強い態度を取っていることを示していると見られています。習近平主席は、2016年2月からメディアプラットフォームが共産党の意向に沿うものとするための政策を固めてきました。CUPによるアクセス制限が発覚した際には、欧米の複数の大学が中国政府の圧力に屈しない姿勢を示して抗議しましたが、出版事業社であるシュプリンガー・ネイチャーが中国当局の規制に準じた処置を実行したことに対し、今のところ他の出版社による大きな抗議活動は起こっていません。 ■ 強まる学問の自由への干渉 中国の学術界は長年、政府による授業のモニタリングやイデオロギー調査など、政治の介入と厳しい監視を受け入れてきました。学問の自由の制限は、市民運動や公開討論を押さえ込もうとする中国の政策を反映しており、中国の研究者が国内で世界の研究成果にアクセスすることをも妨げています。 CUP(大学出版局)から始まった中国当局によるアクセス遮断要請は、シュプリンガー・ネイチャー(出版社)、さらには電子ジャーナルアーカイブ等を提供している JSTOR(非営利団体)にまで広がっており、中国における学問の自由は、着実に狭められてきています。中国政府当局は「Great Firewall」と呼ばれるインターネット検閲システムによって、SNSを含むインターネット通信において、政府が不適切と見なした言葉を検閲しています。これに対し、仮想プライベート・ネットワーク(VPN)を経由してGreat Firewallの抜け道を探る動きもありますが、政府は国内のVPNの取り締まりを強化しており、アップル社は政府の要請に応じて、中国のアップルストアからVPNソフトを削除しました。中国の政策に加担したとの批判されたアップルは、中国で事業を行うには中国の法律に従う必要があるとの見解を示しています。 ■ 中国学術界の将来は?  中国政府が規制を強化する姿勢を示している以上、学術分野においても、すべての情報へのアクセスが可能になることは難しいでしょう。各自が購読料を支払っている学術ジャーナルにおいても、それは同様です。 とはいえ、研究者や学術界からの働きかけにより、中国でのアクセスが一時遮断されたCUPのウェブサイト「チャイナ・クオータリー」は、いまや完全にアクセス可能となりました。大学の基本である、学問の自由の原則に則って論文へのアクセスを再開させたCUPの決断は強く支持され、今後もこれに追随する動きが出てきてもおかしくはありません(国際出版連合(International Publisher’s…

韓国の論文不正:子どもが共著者?!

研究不正が世界中で問題となっていますが、今度は韓国で驚くべき事態が発覚しました。2007年2月から2017年10月に韓国人研究者が発表した研究論文のうち、少なくとも82件に、オーサーシップ(著者)に関する出版倫理上の不正がある、と政府が公表。研究論文の著者が、なんと自分の子どもや親戚の名前を共著者として記していたのです。なぜこのようなことが起きたのか――。そこには、受験大国の韓国ならではの理由がありました。 ■ 43本の論文を高校卒業前の息子が…… 研究論文に共著者の名前を載せるのは、研究上の責任を明確にすることが目的です。原則的に、勝手に名前を加えることは許されません。研究に貢献していない人の名前を載せる”guest authorship”や、研究に貢献している人の名前を載せない”ghost authorship”は論文不正に該当します。 前述の通り、韓国政府は大学等の研究者約7万人が出版した論文に対する調査を実施し、2018年1月25日に結果を発表しました。その結果、29大学で82件に、子どもや親戚を共著者として記した論文不正があったことが明らかになりました(82件中80件は科学技術系の論文で、残り2件が人文系の論文)。成均館大学、延世大学、ソウル大学、国民大学など、韓国の著名な研究機関の評判が低下することは避けられません。 子どもの名前を共著者として記載した最初の事例が発覚したのは、約1年前のことです。国立ソウル大学の研究者が、自分が執筆した数十本の研究論文に息子を共著者として記していた、という不正が明らかになりました。韓国ヘラルドによると、この息子は高校を卒業する前に、父親の研究論文43本を共著したことになっていました。 ■ 背景にある学歴問題 今回の不正には、韓国の社会問題が密接に関連しています。不正を行った研究者は、自身の子どもを有名大学に進学させるため、名前を共著者に含めたと見られています。 韓国は言わずと知れた超学歴社会であり、有名な高校や大学に入れなければ就職もままならないことが社会問題化しています。韓国政府は、全ての国民が大学で学べることを目標に掲げてきました。1995年の教育改革法の施行以降、規制緩和を進めたため大学の数が急増し、それに伴い大学進学者数も増加。進学率の高さは、他国と比べて抜きん出ています。 しかし、これが一方で大学教育の質の低下をもたらしたのです。大学教育を受けるだけでは箔を付けることも、優位な就職先に入社することもできなくなりました。韓国社会で成功するためには、国内で最高の大学に行って、将来につながる学位をとらなければならないのです。過熱した受験戦争が、不正入学や、研究者である親が論文の共著者に子どもの名前を記すという事態の原因となっていると言えるでしょう。 ■ 韓国研究者への調査は続く 話はこれで終わりではありません。学術誌Natureは今回の件に関する独自の調査を進めており、今後数週間かけて、主要なデータベース上に掲載されている、論文に関わっているとされる76000人もの韓国人研究者の家族の名前をクロスチェックするとしています。調査の目的は、既に発表された論文中に、子どもの共著者が含まれるものが何本存在するかを調べること。文献引用データベースであるScience Citation Index(SCI)、Web…

中国の論文数が米国を抜いて世界一に

科学研究における中国の躍進にはめざましいものがあります。2018年1月18日、米国立科学審議会(National Science Board, NSB)が、2016年に発表された科学・工学分野の論文数で中国が初めて米国を抜き、世界首位となったと発表しました。 ■ 年間で42万本超え 「中国が世界一の研究論文発信国に――」。これは、米国国立科学財団(US National Science Foundation, NSF)がまとめた統計を、NSBがScience and Engineering Indicators 2018として発表したものです。30年前、中国の科学研究論文数は世界第3位でしたが、今やEU諸国や米国を抜き、1位にまで躍進したのです。中国政府が科学分野の発展を重視していることが背景にあります。政府はそのための政策をいくつか打ち出しており、中でも研究者に対して出版報酬が支払われるようになったことが大きかったようです。論文を執筆しジャーナルに掲載されることで、研究者は報酬を得ることができるのです。これは、EU諸国でも米国でも行われたことのないアプローチで、これにより中国における科学論文の出版数は30倍に急増し、さらなる増加が見込まれている状態です。 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ほとんどの分野における研究および論文の出版は、イタリア、英国、ドイツなどに牽引されていました。20世紀に入ってからは米国が主導権を握り、その後90年以上にわたりトップの地位を維持してきました。中国が頭角を現し始めたのは1990年代半ば。そこから急成長し、2016年に発表された論文数は、米国が409,000本なのに対し、中国は426,000本を超え、スコーパス(Scopus:大手出版社エルゼビアによる論文データベース)に収録された論文総数の18.6%に及びました。…

中国の臨床試験 80%に不正か規定違反あり

本シリーズでたびたび取り上げている中国学術界の不正問題。新薬申請の臨床試験に対する取り締まりも強化されています。 国家食品薬品監督管理総局(China Food and Drug Administration,CFDA)が2016年9月に公表した調査結果によると、2015年に調査を行った1622件の新薬申請のうち80%以上(1308件)の臨床試験において、試験自体が終了できていないか、追跡できない、あるいはその両方の理由で結果が出ていない状況にあり、またデータに不正があるため、臨床申請を取り下げるべきであると判断されたのです。実験結果の捏造や不正確なデータの使用など、臨床試験における不正行為には、臨床試験指令の責任者、製薬会社、医療関係者などが複合的に関わっていたものと見られています。 ■ 違反者には極刑も辞さず 80%という数字に驚いた方は少なくないかもしれませんが、中国の創薬業界では「想定内」との声が聞かれます。中国国営新華社系の経済新聞「Economic Information Daily(経済参考報)」は、臨床試験の結果が、実際の医学研究が行われる前に執筆されることや、既に市場に出回っている薬と併用するような試験が行われることすらある、と報じています。 この事態を重く見た中国政府は、臨床検査の実施方法についての新しいルールを作成しました。2017年4月、CFDAは、健康に関わる臨床試験に不正データが使われた場合、不正を行った製薬会社からの新薬の許認可申請を、同様のカテゴリーの場合は3年間、他のカテゴリーからの場合も1年間受け付けないと表明したのです。このルールの対象は、臨床試験用に不正なデータを提供した機関にも及び、新規の臨床試験の実施や進行中の臨床試験への参画も禁止されます。さらに、該当機関が作成したデータを使った他の新薬申請も却下されることになります。 中国政府の対策はこれに留まりません。CFDAの発表の当日、臨床試験に不正データを使用した場合、刑法で裁かれる可能性もあるとの通達が、最高裁判所より出されました。不正データを使って臨床試験を行った製薬会社などに対し、3年以内の懲役と罰金が課せられるのです。それだけでなく、不正データが公衆衛生上、重篤な被害をもたらした場合には、死刑もあり得るとしています。過失により誤ったデータを提出した場合には刑を逃れるとしつつも、中国政府の本気度が垣間見える厳しい政策です。 ■ 問題の根源は…… 臨床試験の不正となると中国がやり玉に挙げられがちですが、日本でも、スイス製薬大手のノバルティスファーマ(日本法人)による高血圧症治療薬の臨床データ操作事件が、ニュースで大きく報道されました。この件では、同社が薬の効果を高く見せるようデータを改ざんしたとして薬事法違反に問われました(他にも、慢性骨髄性白血病治療薬を用いた臨床研究の不正でも世間を騒がせました)。残念ながら、臨床検査の実施を製薬会社に依存する「製薬会社主導」の構造が、この問題に拍車をかけているのが実態です。 製薬会社による臨床試験での不正は、試験自体や医薬品に関する学術論文の信頼性を損なうものです。それを防止するための法律や倫理指針は存在するものの、研究者や製薬会社が意識しなければ、臨床試験における不正を根絶することは難しいと言わざるをえません。規制によってそれの改革を促す中国の取り組みが、果たして功を奏するのか。注意深く見守る必要がありそうです。…

アジアの革新的大学ランキングが発表!

2017年6月7日にロイターが「2017年 アジアの革新的大学ランキング」を発表しました。ランキングの評価は、研究論文の評価や特許数も含む、多面的な判断によって決定されます。今回は、韓国の大学が1位と2位を独占しただけでなく、上位20校に8校がランクインするという結果になりました。 ■ 韓国勢が躍進 1位は韓国科学技術院(KAIST)。2年連続の首位獲得です。影響力の高い発明を数多く生み出したと評価されました。続く2位がソウル大学。3位に東京大学が入りましたが、昨年の2位の座をソウル大学に譲った形です。そして、4位と5位も韓国の大学に占められる結果となっています。 TOP5位中、4校が韓国の大学となったわけですが、TOP75まで広げても同じ傾向が見られ、75校のうち22校が韓国勢でした。経済発展が目覚ましい中国勢は、75校中21校です(ただし、香港の大学を含めると25校と最多)。日本は、東京大学が3位に入ったものの、トップ20まで見ると昨年の9校から7校に減少しています。東大以外の6校は、東北大学(7位)、京都大学(8位)、大阪大学(9位)、東京工業大学(12位)、慶應義塾大学(16位)、九州大学(17位)と、名だたる大学が並びますが、75校中では19校と韓国、中国より少なくなっています。 このランク付けにあたり、ロイターは世界的な情報サービス企業であるClarivate Analyticsのデータを利用しています。Clarivate Analyticsには学術誌を出版する600を超える企業や団体が登録されており、特許のデータベースも存在します。この学術論文と特許出願などの情報に基づいた分析を活用することで、どの大学が最も画期的な研究を行っているか、どのような特許を所持しているかなどの調査を行い、各大学の革新度を評価し、その結果から科学の進歩および新技術の発明に貢献している大学のランクを付けているのです。 ■ 世界のランキング、そして日本は―― ロイターによるアジアの大学ランキングは今回が2度目の発表でしたが、昨年9月には、対象を世界の大学に広げた「世界の革新的な大学ランキング2016(Reuters Top 100: World's Most Innovative Universities…

中国、学術研究のリーダーに?

1970年代後半に始まった「改革開放政策」以降、中国の経済成長には目を見張るものがあります。世界銀行によれば、中国は経済史の中でも記録的な速さで成長を遂げ、8億人以上が貧困から脱出し、今や名目GDPでは世界2位の経済大国となりました。13億の人民を抱える中国は、一人当たりの国民所得から見ればいまだに開発途上国に分類されるものの、経済的には高中所得国となっています。近年は経済成長率が鈍化しているとはいえ、その勢いは経済以外の分野にも波及しています。 ■ 広がる各国とのコラボレーション 中国学術界も勢いを増すものの一つです。大手学術出版社のSpringer Natureが発行した”Nature Index 2017”には、2012年以降、中国の研究論文の総数が増え続けていることが示されました。国際的な共同研究の比率も年々、増え続けています。2016年には、Nature Indexに掲載された中国人研究者による論文の50%以上が、国際的な共同研究によるものでした。国内のみならず、国外在住の中国系の研究者も活躍の場を世界中に広げており、自国や他国の研究者とネットワークを広げていることがわかります。実際、米国の研究者の25%以上が外国から来ており、その多くが中国系となっています。 国の政策も一役買っています。中国政府は、さまざまなプログラムを通して、自国の研究者が国境を越えて研究をするための金銭的支援を行いつつ、外国に出ている中国生まれの研究者に、研究成果と共に戻ってくるよう強く働きかけています。政府間のぎくしゃくとは関係なく、米中間では多くの共同研究が進められているのです。 中国は「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年発表)」を掲げ、国を挙げて研究人材資源強化に乗り出し、Thousand Talents ProgramやWorld Class 2.0などの学術教育プログラムを実施しています。積極的に海外に優秀な人材を派遣する反面、海外の優秀な研究者を招聘する「海外人材呼び戻し政策」を設けて、研究者の囲い込みを図っています。 各国との研究協力を見ていきましょう。 米国:…

少子化が台湾の大学を脅かす

少子化が問題になっているのは日本だけではありません。驚くことに、アジアの近隣国では日本より深刻な状況に陥っています。2015年の合計特殊出生率ランキングでは、日本は189位(合計特殊出生率1.43、204カ国中)、韓国は196位(同1.29)、台湾は最下位の204位(同1.12)でした。この影響は当然、各国の大学および学術機関にも押し寄せています。その中でも今日は台湾の状況を取り上げます。 ■ 2023年までに52校が閉鎖? 台湾は長い年月をかけて高等教育機関を拡充し、総合大学126校、単科大学19校、短期大学13校がひしめき合うまでになりました(2016年報道より)。しかし今となっては、学生の獲得に頭を悩ませている学校も少なくありません。台湾教育省(MOE)は、大学生の人数が2016年から減少傾向にあり、国内の公立・私立大学の入学者数は2013年から2023年の10年間に31万人も減少するだろうと推定しています。2015-2016年の新入生の数は、前年の27万人から25万人に減少(対前年比で7.4%減)しましたが、この傾向は大きくなり、2019年の新入生の数は前年比で3万人減少すると推測されています。その結果、公立・私立に関わらず国内の大学の52校が閉鎖もしくは合併されるとの見方もあり、少子化が高等教育機関に大きな影響を及ぼすようになっているのです。台湾の人口を維持するには合計特殊出生率2.1が必要とされる中、増加が見通せず、学校運営の見直しを迫られる大学が出てきています。 この状態に危機感を覚えた政府当局は、大学での研究活動を盛り立てるべく5年間でNT$500億(ニュー台湾ドル、US$160億相当)の支援を行いましたが、この支出に見合う効果が得られるかは疑問視されています。学生が集まらないだけでなく、台湾の大学の国際的評価が下がるなど、学術環境を維持するための方針も危ぶまれるという事態に陥ってしまっているのです。 ■ 研究マネジメント支援ツールは大学を救えるか 一部の私立大学はU9リーグ(台北市と新北市の9つの私立大学が加盟するコンソーシアム)を形成し、カリキュラムの共有化を図るといった対策を進めています。また、学生を確保して評価を高めるためにSciVal(サイバル)やScopus(スコーパス)のような新たなツールを採用し、研究成果の発表の機会増や、強みを生かした研究の強化を推進する大学も出てきています。 SciValは、エルゼビアが提供する研究マネジメント支援ツールで、世界中の研究機関の研究パフォーマンスに関するデータを取得し、分析することができます。このSciValがデータソースとしているのが、同じくエルゼビアが提供する世界最大級の抄録・引用文献データベースのScopusです。科学・技術・医学・社会科学・人文科学分野の学術ジャーナルを幅広く収録しており、文献検索から評価分析、教育ツールとして、さまざまな用途で活用されています。 台湾の大学がこれらのツールを活用すれば、学術出版データの分析を行い、研究における自校の強みや弱みを把握することで戦略を立てることができると共に、自校のランク(位置づけ)を把握することで競争力を養うことができるようにもなります。少子化の中、学術環境の維持に苦しむ大学がSciValやScopusを使って研究パフォーマンスの分析を行い、結果に応じて学部を統合したり強化分野を絞ったりすることは、大学の評価を向上させるのに役立つと考えられます。 ■ 大学の評価低迷は日本にも・・・ Scopusは、2015年から英国のタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(The Times Higher Education; THE)が発表する世界大学ランキングでも採用されているため、ランクを上げたい大学にとっては、Scopusに掲載される論文を増やすことは重要です。世界大学ランキングは、各国の大学を教育・論文引用・研究・国際・産学連携などの指標に基づいて評価し、順位を決めるものですが、2017年の世界ランキングトップ50を見ると欧米の大学が大半を占める傾向にあり、アジア圏からはシンガポール(24位)、中国(29, 35位)、日本(39位)、香港(43,…