わが研究室の英語学習法

大学の研究室に訪問し、各研究室で継承されている学術英語の学習法についてインタビューします。

【千葉愛友会記念病院 整形外科】 倉茂 聡徳 先生インタビュー(後編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ25回目の後編です。 前編のお話で「足の外科」が日本ではまだまだニッチな分野であることが分かってきました。後編では足の専門医として多数の論文を執筆されている倉茂先生の英語との付き合い方についてのお話です。 ■ 英語の論文はいつごろから書き始めたのですか。 書き始めてから、まだ10年もたっていません。私の場合、論文を書くより先に英語で発表をする機会があって、それが8,9年ぐらい前だったでしょうか?英語論文を初めて書いたのは遅かったですが、いろいろな本やネットから情報収集をして、参考にしました。少なくとも、専門分野の話は専門用語さえ覚えてしまえば、その他の単語や文法は割と簡単で、それほど難しくは感じません。 ■ 研究発表が先ですか。年間どのぐらい発表されるのでしょう。また、研究発表以外で英語を使うことはありますか? 以前はだいたい年2回は海外の学会に出ていましたが、今は年1回ぐらいです。英語を使う(スピーキング)と言っても、もう発音矯正とかあまり気にしていません。自分はアメリカよりもヨーロッパの学会に行くことが多いのですが、ヨーロッパの人たちの英語は、(イギリス人以外は)割と聞きやすいです。難しい単語を使わなくてもなんとかなりますし、相手もネイティブでなければお互い様ですし。自分で話す時には、声を大きく出すとか、短い文を重ねたり、復唱して確認しながら話を進めたり、can'tなど省略形を使わずにcan notとするとか――相手が分かってくれやすいように心がけています。まあ懇親会などでの雑談は苦手ですが。それでも、日本人同士で固まらないようにして、なるべく他国の人に自分から話しかけるようにしています。外国人にも顔見知りがいるので、そこで話しているとだんだん仲間が集まってきたり、他の仲間に入れてもらったりしてますね。発表の場以外としては、たまに外国人の患者さんが来ることがあり、その時は可能なら英語を使うようにしています。 ■ 英語に抵抗を感じたりはしないと。 もともと英語に抵抗がなかったわけではありませんが、以前に比べたら敷居が低くなった感はあります。論文を書いて、英文校正をお願いするとしても、その前にいろいろな文献を読むので、使えそうな表現や言い回しを引っ張ってきたりとか、英語の雑誌を検察して同じような論文を見てみると、こっちの表現よりこっちの表現を使っている人が多いなとかがわかるので、それを採用(借用)したり。Googleとか便利ですよね。この言葉とこの言葉で、どっちがヒット数多いかわかるから、こっちにしておこうとか。昔に比べたら簡単に検索できるようになっているので、かなり便利です。 ■ 英語の学習に関して何かされていますか。 やっている方も多いと思いますが、パソコンやスマホなどの環境を英語に変えているのと、数年前から英語で日記を書くようにしています。3行日記くらいですが。…

【千葉愛友会記念病院 整形外科】 倉茂 聡徳 先生インタビュー(前編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ25回目です。 外反母趾の診療に詳しい 千葉愛友会記念病院 整形外科の 倉茂聡徳 部長。「足の外科」と聞くとどんな治療を?と思いますが、今や多くの女性が外反母趾に苦しんでいることを思えば、専門のお医者様がいてくれるのは何よりも心強いことです。前半はご専門の「足の外科」についてのお話です。 ■ 先生のご専門は「足の外科」ということですが、少しご説明くださいますか。 整形外科と一言で言っても、かなり守備範囲が広く、部位としては、首から下、首、背骨、腰の骨、上肢・下肢が含まれますし、組織としては、関節もあれば靱帯や腱、神経や血管もあります。例えば、外科や内科が、体の部位によって消化器外科や呼吸器内科などに分かれているのに、整形外科は「整形外科」でひとくくりにされています。ですが、首の骨、手とか足というように、全く構造が違うものを全部ひっくるめて極めるというのは、正直言って無理な話です。あらゆる学会に出て、いろいろ研修を全部受けて――とはいきません。となれば、大学病院だけではなく当院のような私立の病院でも、ある程度は得意とする専門分野があったほうがいいと思っています。どの病院でも同じことをやろうとすると、必要な人員や機材を全て揃えておかないといけませんし、実際、無理だと思います。患者さんの取り合いにもなってしまいます。逆に、他の病院がやっていないニッチな分野を極めればいいと。実際、近隣の病院からは、足で困った症例を私のところにご紹介いただいています。 ちなみに、日本では「足」はまだニッチな分野ですが、アメリカなどでは割とメジャーだと思います。整形外科医の中で、サブスペシャリティとして足を専門にしている先生だけでなく、足だけ治療する資格の「足病医」という医療者もいて、その中でも手術をされている方がいるくらいです。 ■ 足の疾患はそれほど多いのでしょうか。 多いです。実は、小・中・高、大学でのスポーツ活動中のケガの統計を見ると、ほとんど下肢です。その中でも、足首から先のケガが最も多い。ほとんどが足首の捻挫や足の骨折です。そのわりにあまりメジャーじゃないというのは、おかしな話ではありますよね。 ケガ以外で足の外科への来院が多いのは外反母趾です。外反母趾は基本的に靴を履くことでひどくなる確率が上がります。日本人が毎日靴を履くようになったのは戦後からです。靴の歴史が長い欧米諸国と違って、歩行に向かないハイヒールなどを通勤に使っていたり、 正しい靴文化がまだ根付いていません。今の若い人には、年齢を重ねるにつれて、どんどん外反母趾などの足の疾患が増えてくるはずです。欧米では、女性だけではなく、男性にも多くの外反母趾があります。日本だけでなく、靴文化が始まったばかりのアジアの国々でも、益々足の疾患は増えていくでしょう。…

【東京成徳大学 応用心理学部】石村郁夫 准教授インタビュー(後編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ24回目の後編です。 イギリスの大学院のポストグラジュエイト・プログラムで「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」という心理療法を勉強された石村先生。後編は、ご自身の英語との向き合い方のお話と、英語を勉強する人に向けた応援メッセージです。 ■ 「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」という日本ではまだ馴染みのない分野を英語で勉強するのに苦労はありませんでしたか。 臨床心理学の勉強を始めたのは大学からなのですが、実は大学3年までは英語の教員になりたいと思っていました。教育相談・心理支援もできる教師になりたいと思っていたので、心理学を専攻しながら英語の教職課程を取っていました。筑波大学は教育と心理の両方を学べたので、心理を主専攻にしつつ、英語の教職課程を取っていたわけです。小学6年のときにアメリカ、中学3年のときにイギリスにホームステイした経験もあって、英語で交流するのは面白いと思っていましたし、英語自体は好きでした。大学2年と3年の間にニュージーランドに1年間の留学にも行きました。ところが、留学から帰国したときに、仲のよかった同級生が自殺してしまったのがすごいショックで……。何で助けられなかったのかという思いが強く、困っている人に対して助けになることはできないかと思って、さらに学びを深めるために心理学で大学院に進学しました。英語教員の道には進みませんでしたが、心理学の業界は海外の方が圧倒的に進んでいるので、それまでに学んだ英語がすごく役立っています。好きだという感覚が一番役に立ったと思います。 ■ 英語に抵抗がないということであれば、大学院で論文を書くのにもあまり苦労せずに? 英語で書きたいという気持ちはあったので、下手でも書いてみようと、楽な気持ちで取り組んでいました。継続的に勉強して、留学した後に英検準1級も受けています。ただ、僕が大学院の頃の心理学では、日本語で論文を書く院生が多く、トップ研究者になれば英語論文を書くことになるけれど、必ずしも全員が全員、英語で論文を書けという感じにはなっていませんでした。今キャリアを振り返ると、みんなが日本語で論文を書いている中、英語が好きだからと英語で書いていたことがよかったと思います。大学院の最終年度(2009年執筆)、日本の心理学の最高峰とされる日本心理学会に出した最初の英語論文が、当時(2010年)の学会で優秀論文賞をいただけたのはすごく名誉なことでした。なかなか選ばれないものなので、英語をやってきてよかったなと。下手でもいい、出すことに意義があると指導教官に言われたのが後押しになりました。 ■ 最近はどのぐらいのペースで論文を書かれていますか。 あまり書けていません。教育に力を入れると研究に使う時間を取るのがなかなか難しく、本当にストイックな気持ちがないと続かないし、書けません。ダービー大学のプログラムを履修中に英語でケースレポートを2本書いたものがあるので、機会があればそれをさらにいいものにして出したいなと思っています。 ■ 英語で論文を書くことや発表することなど、英語での失敗はありますか? 失敗はたくさんあります。まず、英語の基本的な表現ができてないから、カンファレンスなどでの質問に対してうまく答えられないというのは、日常茶飯事です。ダービー大学の授業でのディスカッションでも、なかなか自分の言いたい表現ができませんでした。論文を書くことについては、関連分野の研究者と「論文を書いたから読んでくれない?」「コメントくれない?」と言える関係を保っておくことで失敗を防いでいるとも言えます。投稿する前に読んでもらって、意見を求められる関係を築いてあるといいですね。研究者と仲良くなって日本に来てもらうこともあります。今度、11月にもイギリスからデボラ・リー博士を招いてワークショップを開催します。 ■ 論文を書くだけではなく、書籍などの翻訳もされていますよね。 英語が好きなので、翻訳するのは好きです。デボラ・リー博士の本も訳しました。英語はコミュニケーションのために役立っています。海外の研究者と仲良くなって会話をして、そこで何か研究の発想が生まれることもあります。翻訳を少しずつやっていること、翻訳することで自分なりの日本語で表現すること、それを継続すること――それが英語の勉強になっています。 ■ 他に英語力を鍛えることは何かされていますか? 筑波大学の名誉教授であり臨床心理学科の元学科長の市村操一先生からの助言もあり、定期的に英語の本や論文を読むようにしています。これは僕が教員になったとき(2010年)からずっと続いていることです。他に、登録している研究グループのメーリングリストから届く半端ない量の英語のメールを読んでいます。読むだけでも結構大変ですが、電車の中などで意識して読むようにしています。最先端の研究グループがディスカッションしているのを読むのは、勉強になります。僕は、典型的な日本人というか、遠くから眺めているほうが性に合っているので、自分から積極的にディスカッションには参加せずに反対意見が出て議論になっているのを横目で見ているだけですが、とても役に立っています。 カウンセリング風景をビデオに撮って英訳して、それを海外のスーパーバイザーに見てもらうこともあります。実際の相談者のやりとりをビデオに撮って、自分の関わり方が、ちゃんとしているか、適切かどうかというのを熟達したスーパーバイザーに見てもらいます。この時の指導やディスカッションは英語になるので、これも勉強になります。…

【東京成徳大学 応用心理学部】石村郁夫 准教授インタビュー(前編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ24回目。 心理学の中でも「ポジティブ心理学」という分野をご専門に研究されている 石村郁夫 先生。大学で心理学実験やポジティブ心理学を教える傍ら、人が幸せになるのを応援していくためにと自ら学生となって革新的な心理療法を学び、さらに会社まで設立されてしまいました。前編は、先生が実践されている心理療法「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」についてのお話です。 ■ 先生のご専門について教えて下さい。 この大学は、心理士やカウンセラーになりたいという夢を持っている人たちを育成する大学で、僕は臨床心理学科で教鞭を取っています。現在、厚生労働省の調査では約390万人がうつ病とか不安障がいとか、精神的な問題で外来に通院しているとされており、その治療には、心理士がカウンセリングや心理療法などの心理支援をすることで症状を軽減するというアプローチが取られています。僕は心理療法を専門として、うつとか不安をどうやったら改善できるかという研究をしていますが、心理療法のいろいろなアプローチの中でも「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのを専門にしています。 ■ 「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのは、あまり聞き慣れないのですが…… 何年も病院に通っているのになかなか治らない、慢性的な病気を患い何年もクリニックに通い続けているのに治らない――そんな患者さんをどうにか助けられないかと、国内外のさまざまな研修会に出たり、いろいろ調べたり、研究したりしていた中で、2010年に衝撃的な出会いをしたのが、コンパッション・フォーカスト・セラピー(Compassion Focused Therapy, CFT)でした。ようやく重い腰を上げてCFTの提唱者のポール・ギルバート博士が2014年にデンマークのコペンハーゲンで開催したワークショップに参加する機会を得たのですが、これを聞いてさらに確信が深まりました。CFTという心理療法は、自己への思いやりを育成・強化するセラピー・プログラムなのですが、これを実際に持ち帰ってきて患者さんに少しずつ試したら、それこそ長期的に患っていた人が急激によくなったといった改善が見られました。それで、もう少し真剣にCFTを学びたいと思って、昨年(2017年)9月にイギリスのダービー大学の大学院に入りました。この大学院にはPostgraduate Certificateという日本語にすると準修士過程のようなプログラムがあって、1年間で修士課程相当の勉強ができます。これに合格できたのでCFTを専門に勉強し、ちょうど先月(2018年9月)終了することができました。少し専門的な話ですが、いろいろな人がいる中で、恥感情や自己批判がすごく強い方は割と症状を慢性化させやすいと言われています。そのような人たちにCFTを行うことで、うつや不安症状を軽減しましょうというアプローチに取り組んでいます。 ■…

【東京工業大学 生命理工学院】小林 雄一 教授(後編)

天然から抽出するだけでは入手が困難でかつ複雑な構造をもつ生理活性化合物の合成を研究されている小林教授。研究内容が繊細なだけに論文を執筆される際、どのような英語表現を使うかは難しそうです。後編では、論文執筆についてご自身がご苦労されたことと、学生への指導について伺いました。 ■ 先生ご自身が研究論文を書く際にご苦労された点などをお聞かせください。 口頭発表同様、論文の執筆にはいまだに苦労しています。語彙が足りないので、いまでも論文を書く上での表現に使える単語を覚える努力をするのと共に、気に入った表現を見つけたら必ず書き留めるようにしています。いつか使えると思っていっぱい溜めています。 論文を書き始めた頃、特別な指導などはまったくなかったので、ちゃんと指導を受けるチャンスがあったらよかったのにとは思います。僕の場合、指導教官に見てもらったというより、僕が助手(今の助教)の頃、自分で書いたものを時々ボスに直してもらったことはありました。ただ、基本的には自分で書いていました。 ■ 論文を書くとき、何かを参考にされましたか? 他の論文ですね。似たような専門分野で同じような研究をしている人の論文を参考にしました。今では許されないかもしれませんが、当時は論文をコピーしろとか、その論文に書いてある文章を自分のものにしろ――という指導があったんです。こういう表現がしたければ、こういう真似をしろと。よく人の論文の表現を真似て書きました。人の論文を参考にするしかなかったですからね。化学英語などの一般的な教本的ものも何冊かは持っていますが、やはり普通の論文を読んで、気に入った表現を取り入れたほうがいいとなってしまいます(笑)。その方が、伝わりやすい。 ■ では、学生が論文を書く際にはどのように指導されていますか。 この論文いいから、読んでごらんというところから入ります。論文には、論文本体の部分と、実験を説明する部分がありますが、実験部分は英語でも自分で書いてねと。もちろん、添削して直します。例えば、ここにある実験書も添削して学生に返します。それで、もう一回直したのを見せてもらって完成させる。今は、そんなふうにやっています。それから、論文の書式(フォーマット)は雑誌によって異なるので、なるべく各誌が出しているフォーマットに関する手引き(Author Guide)を読ませて、ここはこんなふうに書きなさい、あんなふうに書きなさいと、気がついたことを指導しています。フォーマットに沿って書かれているかをチェックして、直させて――その繰り返しです。 ■ 指導されている学生は何名ですか? 今は5名です。実は来年3月に定年退職するため、大学院生は減りました。一時期はずっと10名以上いましたが。5名でも一人ひとり添削するのは大変ですが、なるべく丁寧にやっています。 ■ 大学のプログラムで論文の書き方や発表の仕方などを学ぶ機会が少ないとよく言われますが、東工大ではいかがですか。 ここ10年くらいの間に英語の授業がかなり増えました。大学院の専門分野は、すべて英語で開講しています。大学院ともなると専門分野に分かれていて、分野が違うと当然ですが専門用語が違う。自分の専門以外の言葉は分からない。それを日本人の教員が英語で話すから、余計聞き取りにくい。何らかの工夫の必要性を感じています。専門分野とは別に、英語での科学論文の書き方を学べる授業があります。一般論ですが、半期で15回。内容ははっきり覚えていませんが、これは学生の間でもよかったという話を聞きます。この授業には、日英どちらもちゃんとできる方を講師に呼んでいるので、ある程度の基礎は学ぶことができます。本当に最近の話で、ここ10年ぐらいというより、この5年でしょうか。他に、コースの詳細はわかりませんが、若手の教職員向けに論文の書き方の講習会というのが年に数回開催されています。ただ、それぞれの学部の単位、あるいは大学院の単位の中でどんなカリキュラムにするかは、かなり独自色が出るので、同じ大学でも他の学部で同様のことをやっているのかは分かりません。 ■ 日本人の研究者が英語力を鍛えていくためには、どうするのが一番効果的だとお考えですか。 やはり一つは英語漬けになることです。留学しても、しなくても英語で話す機会を設けること。機会を見つけること。今は、留学生の数も増えているので、彼らと友達になったりして、その気になれば必ず機会はあると思います。留学生との会話は英語ですから。留学生は日本語を学びたいという気持ちがあるので、最初は英語でも、そのうち片言日本語になったりして、どっちつかずになることもありますけど、お互い学び合いです。…

【東京工業大学 生命理工学院】小林 雄一 教授(前編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ23回目。 生命理工学とは、医学や薬学などのライフサイエンスとテクノロジー(工学)が関係する幅広い題材を研究される分野だそうですが、小林教授の研究室では生理活性化合物の合成を研究されています。前編では、最先端の研究を発表される際のご苦労についてお伺いしました。 ■ 先生のご専門と研究について、わかりやすく教えていただけますか。 大くくりでは化け学(化学)ですが、その中でも有機化学が専門です。僕がやっているのは医薬品を目指した基礎研究ですので、薬になるかならないかといった具体的な話は次世代への課題になります。なかなか手に入らないような化合物を合成するわけですが、生化学の研究者と共同で論文を書ければいいなと考えながらやっています。例えば、先日ノーベル賞を賞与された免疫に働く細胞のようなもののように、分子レベルで細胞の働きをコントロールするものがあります。最近話題のEPA(エイコサペンタエン酸)とかDHA(ドコサヘキサエン酸)といった化合物も、そういった働きをする分子で、それらが体内に取り込まれて代謝されると、免疫あるいはインフラメーション(炎症)をつかさどる細胞を活性化したり抑制したりします。人間の体の中から取れる化合物はわずかですが、僕らは有機合成して作り出すので、生化学者が驚くほどの量を供給できるんです。そのための新しい合成法を開発しようとしているわけです。例を挙げれば、先ほど言ったような、EPAとか、DHAの誘導体などを合成しています。 ■ 先生方の研究された化合物を、企業、例えば製薬会社が使ってさらなる研究や開発を進めるということでしょうか。 はい、そういうことです。ただ、我々がやっているのは基礎研究なので、お付き合いしているのは製薬会社より国内外の大学の先生が多いですね。 ■ 国内外の研究者と共同研究されたり、または学会で発表をされたりする際に、ご苦労された経験はありますか。 やはり語彙の少なさでしょうか。語彙が少ないために微妙な表現ができないのです。日本語なら細かいところも伝えられるのに、英語となると簡単にはいかない。本当は、こんなことを言いたいのに……というのがなかなか伝えられなくて(笑)。研究に頻出する物質の名前や専門用語よりも、それらをつなぎ合わせて文章にするための動詞や名詞など、そういうところでいつも苦労しています。そして、発表終了後に「ああ言えばよかった」「こうすればよかった」と悔いが残るんです(笑)。 ■ 発表の前にはどんな準備をされますか。 準備はたくさんするんですけどね。やはり発表は中身が勝負なので、まず中身を考えます。発表にはプロジェクターを利用するので、スライドを見せれば大体の結果はわかるように示せます。なので、結果については最低限わかりやすいスライドを作る努力をします。それでも足りないところは、口頭の説明で補う。これを英語でやる際に、なかなかとっさに英語が出てこないので、最初は紙に書いておいて、自分でしゃべってみて、何かおかしいなと思ったら、すぐ直してというのをやっておきます。僕は、発表の直前までこの準備をやっています(笑)。 自分で原稿を用意して、読む練習をして、スライドを見ながらの説明をやってみてというのを繰り返しておきます。僕の立場になってしまうと、誰かと発表し合うということはありません。学生が発表するときには、練習やろうと声をかけて練習に付き合うのですが、僕個人の発表練習は、誰も付き合ってくれません(笑)。だから毎回、自分で練習して、本番で足りなかった部分などは次回に生かしていくようにしています。 ■ 発表は年に何回ぐらい? 年に数回のときもあれば、1回行けばいいかというときもあり、意外とバラバラです。 発表の内容が違えば、される質問も違うわけですが、何と言っても自分がこういう研究をやりましたというプレゼンテーションをしなければならないわけです。それが、上手くいかない。本当はこう言いたいのにとか、ここは苦労したところだから強調したいんだけど――というところが何とかしてうまく伝えられないかと思いますね。 ■ 英語での発表は海外の方が多いですか?…

【ニューハート・ワタナベ国際病院】捶井 達也 先生インタビュー

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ22回目。 心臓血管外科・循環器内科の専門治療を行う『ニューハート・ワタナベ国際病院』で、高度な心臓手術などを手がけている捶井先生。手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を使用した心臓手術の訓練にも取り組まれるほか、日本の若手心臓血管外科医の技術と知識の向上を目指している「若手心臓外科医の会」にも世話人として所属され、お忙しい日々をすごされています。心臓外科の道に入られたきっかけから、 英語学習法 まで、お話いただきました。 ■ ここは新しい病院と伺っているので、病院のことと、ご専門の心臓外科について、ご説明くださいますか。 ニューハート・ワタナベ国際病院は、2014年に開院した心臓血管・循環器に関する治療および手術を専門に行う病院です。年間500件以上の手術を行っており、心臓手術の実績としては都内でも多い方だと思います。当院では、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)」を使った新しい治療法も積極的に取り入れており、心臓の僧帽弁の手術に使っています。ダ・ヴィンチによる手術は、傷口が小さいので非常に低侵襲手術だと言われており、患者さんへの負担が少ないのです。ロボットで僧帽弁の治療を行っているという点では日本で一番多く手がけています。 ■ 先生が心臓外科という領域を選ばれたきっかけは何ですか。 金沢大学医学部での病院実習の時、現在はここの総長である渡邊剛先生の手術を見て、深い感銘と感動を受けて、ぜひ学びたいと思ったんです。医者になるのであれば、やっぱり憧れの心臓外科に挑戦してみたいという気持ちになりました。ものすごくインパクトが強くて。僕が学生だった当時、渡邊先生は金沢大学の教授をされていましたが、この心臓外科専門の病院を開設するという時にお声がけいただき、上司や先輩と一緒にこちらに来て四年半です。 ■ 難しい心臓外科の治療や最新の設備を使った手術などをされている中で、何本ぐらい論文を書かれるのでしょうか。 去年は英語だけでも4本か5本は書いたと思います。新しいことに取り組んでいるということもありますし、民間病院ではありますがアカデミックなこともやっていきたいと思っているので。将来的に何かにつながるようなアカデミックなこともやっていきたいという強い思いもあります。 ■ 英語で論文を書くための勉強などされましたか? 英語の勉強は学生の頃から少しずつやっていました。英語ができないと、何を伝えるにしても中途半端になってしまい、せっかく一生懸命やったことをしっかり伝えられないのは、もったいないです。しっかりした研究をしても、伝える英語の部分がしっかりしていないとついてこない。やった仕事の半分しか伝わらないとしたら、残念ですから。逆に、仕事の成果を十分伝えられれば、自分のキャリアにも役立つと思い、学生のうちから意識していました。…

【東京西徳洲会病院】山本龍一先生 インタビュー (後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。21回目は、東京西徳洲会病院の肝胆膵内科部長・内視鏡センター長・消化器病センター長の 山本龍一 先生。インタビュー後編では、若手研究者や学生に向けた熱いメッセージをいただきました。 ■ 若手研究者の方々または研究職を志望する学生向けに、おすすめの英語勉強法があれば教えてください。 うーん、まずは英語の論文を数多く読むことでしょうか。電車の中でも、研究や授業の合間でも、スマートフォン一つあれば論文を読むことはできるので、自分の研究分野でよく使われている単語や表現はもちろん、英語論文の構成を学んでいくことが重要なのではないでしょうか。 医学の分野で言うと、症例の報告をする際にはPubMedを使用して、過去に似たような症例がどの程度書かれているのかを調べて、読み込んだ上でレビューを書いていきます。自分で一からオリジナルのものを作るのはまず不可能なので、やはり過去の論文をたくさん読んで、参考にして書いていくというのが上達の近道だと思います。大変ではありますが、読まないことには始まらないので。「○○ってこう表現するんだ」とか「この表現いいな」とか、そういった発見は自分の中に蓄積していきます。それらを使ってみて初めて自分のものになるというか、発表でも自然に使える表現になると思うので。やっぱり読むしかないですね(笑)。 ■ スピーキングはどうでしょう。 会話はもう、とにかく話すことではないでしょうか。例えば僕の場合、近所に外国人が住んでるんですね。だから、すれ違った時にはなるべく声をかける(笑)。学会でも、海外のスピーカーに質問をしてみるとか、ディスカッションに勇気を出して参加してみるとか、どんどんしゃべるしかないですよね。留学が選択肢にないのであれば、そういったところで伸ばすしかないと思います。 ■ 日本の研究者の中には、話したいのだけれど、自分の発音が気になってなかなか話しかけられない、といった方も少なくないようです。 その気持ちはすごくよくわかります。ただネイティブと話していると、彼らは相手の発音をあまり気にしていないように見受けられます。考えてみれば、アメリカ人と一言でまとめても、人種はまちまちです。人によって発音もまちまち。だから僕らのことも、アジア系の一人と思っているだけで、発音については気にしてないのだと思うんです。これは僕の場合ですが、英語には日本語に比べて丁寧語や謙譲語といった使い分けがそこまでないので、気がつけば外国人のほうが話しかけやすくなっていました(笑)。細かいことは気にせず、聞きたいことを聞き、言いたいこと言う。まだまだ発展途上の英語スピーカーの私が言うのもおこがましいですが、これが大事なのではないかと思います。 ■ これから英語を学ばれる方ですとか、例えば自分たちの後輩に対して何かアドバイスがあれば。 僕が研修医や若い先生方にいつも言うのは、やっぱり留学せよ、ということです。最低2年、アメリカに留学したらいいよ、と。2年の間にみっちり英語力を上げるのと、多用な人や価値観に触れて視野を広くして欲しいという思いです。2年は無理だとしても、とりあえず海外に行って最先端の研究に触れることをお薦めします。あとは学位を取ること。 ■ 博士号ですか。 はい。最近の学生や若手の医師を見ていると、学位に対してあまり興味がないというか、専門医になれればいいという人が増えているかなと思うのですが、僕は医学博士を目指してほしいと思っています。学位って単なる通過点に過ぎないとは思うんですけど、テーマを持って、背景を分析して計画を立てて、また統計学的に解析もして結論を出すという、一つのプロセスを学ぶことができます。これは何にでも応用できるプロセスです。論文を書くにしても同じ。その過程をしっかり体にたたき込む上で、学位というのはよい目標になるのではないかと。研究を論文という形にして発信する、という研究活動の基本とも言える流れを、学位取得のプロセスで学ぶことができるので。大学院に行っていない僕が、最もやっておけばよかったと思っていることです。 ■ 本日は貴重なお話しをいただき、ありがとうございました。…

【東京西徳洲会病院】山本龍一先生 インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。21回目は、東京西徳洲会病院の肝胆膵内科部長・内視鏡センター長・消化器病センター長の 山本龍一 先生。インタビュー前編では、ご自身の専門と英語学習についてお話しを伺います。 ■ 診察を終えたばかりでお忙しい中、ありがとうございます。 とんでもないです。今日(火曜日)は週に1回の外来の日なんです。月・水・金は内視鏡を使用した手術で、木曜日は外勤。土曜日も内視鏡の手術をやっています。基本的に毎日、内視鏡に携わっていますね(笑) ■ 先生のご専門は、消化器疾患だそうですね。 私は消化器内科医です。口から飲む内視鏡を使用して、特に胆嚢・胆管・すい臓など、いわゆる胆膵領域の疾患(結石、がんなど)の検査・治療を行っています。日本は内視鏡による処置・検査が非常に進んでいる国です。例えば、内視鏡でも先端から超音波を発する内視鏡なんかもあり、それを口から飲んでもらって胃の壁に当てると、胃の後ろにある膵臓を、1センチくらいの胃壁を通して見られるんです。また胆嚢結石や総胆管結石など命にかかわるような疾患でも、胆管の十二指腸への出口から胆管に内視鏡を通してチューブを入れて、経過を見たり結石を除去したりと、いろいろできるんですよ。 ■ 胆膵疾患治療の最先端を行かれる先生ですが、これまでのキャリアを簡単に教えていただけますか。自衛隊にもいらしたと聞きました。 はい。防衛医大を2001年に卒業しまして、防衛庁(当時)で6年を過ごしました。陸上自衛隊員として小倉駐屯地で勤務していました。その後、上尾中央総合病院、埼玉医科大学総合医療センターを経て、昨年の4月から東京西徳洲会の消化器内科でお世話になっています。 ■ 東京西徳洲会病院に来られたのは何かきっかけがあったんですか。 胆膵疾患の治療をさらに突き詰めたいと思っていた時に、ご縁がありまして。内視鏡って機械はどんどん新しくなるんですが、ここは最先端の機械を持っているんです。恵まれた環境で研究を進められるので、とても感謝しています。 ■ ではここからは、英語に関する話をお聞かせください。本格的に勉強を開始されたのはいつごろからでしょうか。 高校生のころですかね。受験勉強のために。とはいえ得意では決してありませんでした。今でもそうですが(笑)。英語検定だって2級は持っていますけど、準1級は持っていませんし、国連英検もC級は通って、B級は……。面接でいつも落ちちゃいましたね、やっぱりしゃべれないから。駅前留学もしてましたよ(笑)。病院に就職してから、論文を書きながら英語を覚え、話すようになったタイプです。 ■ 毎年どのくらいの論文を書かれているのですか? 今は年に1本です。埼玉医科大に勤務していたころは、他の大学や施設との共同研究が多かったので、共著者として一年に複数本の英語論文を書いていましたね。あとは2010年くらいからでしょうか、アメリカで毎年開かれる、消化器に関する大規模な学会に論文をほぼ毎年出しています。毎年必ず1週間ぐらいはアメリカに行っていますね。…

【日本医科大学】 根岸靖幸講師インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。20回目は、日本医科大学の微生物学免疫学教室で生殖免疫学の研究を進めている 根岸靖幸 先生です。 前編は、ご研究の内容と、英語への取り組み方についてのお話でした。後編は、学会での発表、後進の指導、研究のこれからに関するお話です。 ■ 学会に参加される機会は多いのでしょうか? 海外は年に1回か2回です。毎年行われる米国生殖免疫学会と、3年に1度開催される国際免疫学会に参加しています。国内の学会の方が多いですね。僕の場合、産婦人科と免疫の両方の学会に参加する必要があるので、数が結構多くなります。日本生殖免疫学会、日本免疫学会、日本産婦人科学会、日本胎盤学会、米国生殖免疫学会。今出ているのは4-5つぐらいです。最近は国内の学会でも英語での抄録作成、発表が増えてきましたのでさらに英語のスキルが必要とされます。 ■ 学会での英語発表で印象的な出来事はありますか? 米国生殖免疫学会で、口頭発表できたことでしょうか。口頭採択されない時期が長かったので。10分弱の短い時間ですが、つたない英語でしゃべって、質疑応答もぼろぼろでしたが、発表後、米国生殖免疫学会のご高名な先生に肩をぽーんと叩かれて、”Good presentation”と言ってもらえたのが嬉しかったですね。他に、国際生殖免疫学会でも、発表後に大御所の先生から評価をいただいたことがあって。そういう風に評価してもらえるのは嬉しいです。 ただ質疑応答にはいつも窮します。もう全然。リスニングが苦手なので、何となく単語を拾って、こうかな?と推測しながらにやっと笑う(笑)。学会に参加する外国人は、相手が日本人だと見ると「ああ、こいつは英語ができないな」って分かってくれて、ゆっくりしゃべってくれます。なので、あまり気にしないようにしています。プレッシャーはありますけど、楽しむ(笑)。 ■ 質疑応答にご苦労される研究者の方は少なくありません。 質疑応答に限らず、英語ですべてを賄うのはネイティブでないので難しいです。それでも英語は不可欠になっている。日本で開催する学会でもプレゼンテーションを全部、英語で行うところがでてきました。でも、それが果たしていいのかどうか……。日本人同士が不十分な英語でしゃべらなければならない状況では、みんなが手を挙げなくなっているかもしれないし、理解できていないことがあるかもしれない。英語に慣れるのには役立つとしても、痛し痒しだと思います。 ■ 若手の研究者への英語指導についてもお聞かせください。 研究室全体では、大学院生が4人います。スタッフは助教が3人、私を含め講師が3人。そこに准教授が1人、教授が1人。僕についている大学院生は現在この中にはいないのですが、産婦人科、整形外科で学位を取りたい先生がそれぞれ1名ずついて、一緒に研究をしています。 ただ英語の指導については本当に今、一番悩んでいることです。論文を読め、学会に行けというのは簡単ですが、具体的にはどう指導しようかと。この秋か冬ぐらいから、抄録を書いたり発表したり、論文を書いたりしてもらいながら、指導していこうと思っています。あとは、学会や発表に臨む姿勢は伝えたいなと。僕は学会に行ったら必ず、1日1回は英語でも日本語でも質問しようと自分に課しています。最初は何を聞いたり話したりしていいか分からなかったので、相手のプレゼンテーションをほめることから始めました。絶対質問しなきゃいけないっていうのを課すことで、抄録を読んであらかじめ質問を準備したりもしました。発表を聞いて質問内容をちょっと変えるとか、そうした努力はしてきました。その場で考えるのはハードルが高いので、抄録を読んで、自分の研究に近いものをピックアップして質問を考えておきます。絶対に質問すると追い込むことで、準備をして、じっくり聞いて考える。そうすることで発表の内容が、より入ってくるので、とにかく質問しようとすることは大切です。これについては、後進にぜひ伝えていこうと思っています。…

【日本医科大学】 根岸靖幸 講師インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。20回目は、日本医科大学の微生物学免疫学教室で生殖免疫学の研究を進めている 根岸靖幸 先生です。 物理学の修士を取得後、大胆な方向転換で医学の道に入られたという異色のご経歴を持つ根岸先生。生殖免疫学研究における第一人者として、日本医科大学で教鞭を執られる傍ら、産婦人科医として診療にもあたられています。多忙な日々を過ごされながらも「研究環境に非常に恵まれている」と笑顔でおっしゃる根岸先生に、研究の概要と英語でのご苦労話を伺いました。 ■ 物理学から医学へ転向されたとのことですが、きっかけは何だったのですか? 子どもの頃から宇宙やアインシュタインなどに興味があり、大学で物理学を専攻したのですが、研究者になるのは天才的なひらめきを持った人たちで、努力だけではなれないなと……。おまけにポストも少ない。そこで医学に移りました。実は、子どもの頃に大病をして、当時ご高名なある小児外科の先生に手術をしていただきました。以来、その先生とプライベートも含めて長年お付き合いさせて頂くようになり、そのなかで様々な影響を受け医学にも興味を持っていました。高校を卒業して大学に進学する際、物理学か医学かで悩んで、ロマンを追い求めて物理学に進んだのですが、結局は医学に転向したという経緯です。 ■ 宇宙というマクロから「微生物学・免疫学」というミクロの世界への大転換ですね。ご専門について教えてください。 生殖免疫学という分野で、産婦人科学を免疫学の視点でとらえる研究をしています。早産や流産、妊娠高血圧症候群や胎児発育遅延など、生殖に関わる問題を免疫というアプローチで解決していこうとの試みで、特に今、注目しているのは早産の発症です。 早産の原因は感染が多いといわれていたのですが、僕が見ているのは感染を伴わないような、自然免疫を中心としたものです。無菌性炎症というもので、菌がない炎症。無菌性炎症に起因する何かが、早産の原因になる可能性を検証しているところです。赤ちゃんにはお父さんの遺伝子が半分入っているので、お母さんにとっては異物です。お母さんは生物学的な異物を妊娠期間中にお腹の中に保っておいて、時期がきたら分娩の形で、体から出さなければならない。この一連の流れの中で、母体への外からの刺激だけでなく、母体自体の免疫が早産や流産を起こすのではないか、という見解を持っています。10年前ぐらいにこの研究を始めましたが、国外でも同じような考えをしているグループが研究を進めていることが分かって、この概念が徐々に議論にあがるようになってきました。それでも、まだ一般的ではないし、確固たる証拠はない状況。道半ばです。 ■ この分野の研究をしている研究者は少ないのですか? 少ないと思います。事実国内では産婦人科医不足が叫ばれていますし、多忙な産婦人科業務の中、なかなか研究の為に自分の手を動かして実験するのは難しいと思います。しかしながら免疫学的アプローチで流早産を研究している国内、国外グループはみな頑張っており、お互い切磋琢磨しているところです。ありがたいことに、私は産婦人科医としてヒトの検体を得やすい環境におり、さらに病棟で患者さんを受け持っている訳ではないので得られたサンプルを研究室ですぐに解析することが出来ます。現在は、ヒトとマウスの両面からアプローチできているので、本当にバランスよく仕事ができる環境にいます。何とかこの分野を引っ張っていける立場になろうと、今頑張っているところです。 ■ それではここからは、英語についてお伺いしたいのですが。 僕は留学経験もないし、英語に関しては全然前向きじゃないんです(笑)。うまくなってやろうという意気込みがないというか……。何とか学会を乗り切ろうとか、何とかこの論文を出そうとか、目前のやらなければならないことで精いっぱいです。 最初の頃は、同じ研究分野の英語論文でも業界用語が分からないので、本当に一字一句辞書を引いていました。最初の1年ぐらいは、1本の論文を読むにもすごい時間がかかりましたが、最近はだんだんポイントが分かってきて、アブストラクトを読んで図を見ると、大体イメージがつかめるようになりました。そして結果を見て、後は必要なところを自分でピックアップする。徐々にそういった要領のいい論文の読み方ができるようになったのかなと思います。 書く時は、本当にエナゴさんにお世話になっています(笑)。最初のうちは、なかなか筆が進みませんでした。なので、読んだ論文で使われていた単語やフレーズなどをノートに書き溜めて、少しずつ自分のボキャブラリーを増やすようにしました。僕は同じ単語ばかり使ってしまいがちなので、他の人が使っている言い方やフレーズとかを書き溜めておくしかないんです。添削してもらって自分が思いもしなかった使い方をしているものなどを見つけると、それも書き留めておきます。「この表現もらった!」と(笑)。ネイティブになれないのは分かっているので、いろんな言い回しを手に入れるしかないかと。…

【聖徳大学】北川 慶子 教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十九回目は、聖徳大学 心理・福祉学部教授の北川慶子先生にお話を伺いました。インタビュー後編では、英語指導法や上達法についてお話しくださいました。 ■ 佐賀大学にご在職中、学生の皆さんを海外に連れて行かれたそうですね。 佐賀大学が約10年前に環黄海地域の国々、つまり韓国と中国と日本で「環黄海教育プログラム」というものを作りました。言語専門の教員に対してプログラムへの参加を募ったのですが、手を挙げる人がいなかったので、私が立候補しました。 内容としては、環黄海の3カ国以上の国から教員を集めて行う授業に、各国の大学院生を参加させるという教育プログラムでした。選出された教員が、各大学院で持っている授業を一週間、オムニバス形式で行います。私の場合は社会学の授業でした。授業はすべて英語で、その後のグループディスカッションも、3カ国の学生が入り混じって全部英語。最後にはどんなことを話し合ったかをプレゼンし、その後に評価もする。それで2単位を取れるというプログラムでした。これは、長期休みの間にお互いを訪問し合うプログラムだったのですが、佐賀大学の院生は全員、韓国と中国と台湾に行きました。 ■ プログラムに参加された学生の成長ぶりはいかがでしたか? 学生たちは飛躍的に成長しましたね。本当に全然しゃべれない学生もいましたが、一緒に夕食を食べて、お酒を飲んでいるうちに話し始めるのです。できる・できないは別にして、コミュニケーションを取ろうとしているのがわかって、すごくよかったですね。メールのやりとりでも、英語ができない中国人相手に漢字だけで書いていたり、韓国人相手に(ハングルは読めないので)英語で書いていたり。その中で国際カップルもできました。このプログラムを経験した学生たちは、私がそうだったように「今度は韓国に行きましょう」などと気軽に言うようになりました。 ■ 先生の英語の指導方法についてお聞かせください。 学生にはできるだけ「機会」を与えるようにしています。カジュアルな国際会議に連れて行ったり、アブストラクトだけでも投稿させたり。私は英語の添削はいまだに苦手ですので最終的には、外国人共同研究者に見てもらいます。災害研究は外国でも進められており、ここ10年ほどで外国の研究者方との共同研究が増えました。そのおかげで、添削をお願いできる人脈も増えました。 おかげさまで、私のところで学んだ院生の多くが教員になっています。韓国で教員やポスドクになった学生もいれば、中国に帰国して教員になった院生もいます。 ■ 卒業された皆さんは、韓国や中国でも英語を使われているのですか? 韓国でも中国でも、英語で学会の運営をすることが多くなっています。このよいところは、(英語)ネイティブではないことです。ESL(English as a second language)状態なので、若い人たちも気後れしないでしゃべるようになっています。英語が母国語でない人たちとの会話のほうが精神的に楽ですよね。若い人たちにとっては英語圏に行くのが一番かもしれませんが、英語を気軽に自分たちのものにするためには、アジアでもよいのではないかと思います。英語が通じない地域もありますが、Ph.Dを持っている台湾の人たちの9割はアメリカで学位を取得しているといいますし、国外でのPh.D.取得が韓国や中国でも多くなっています。私が台湾に2度ほど3か月と半年間、客員教授として迎えられましたが、英語だけで通じるので、まったく中国語ができない状態で行って、できないまま帰ってきました(笑)。…

【聖徳大学】北川 慶子 教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十九回目は、聖徳大学 心理・福祉学部教授の北川慶子先生にお話を伺いました。インタビュー前編は、自身の原点であるアメリカ留学や、留学が持つ可能性についてのお話です。 ■ 先生のご専門について教えてください。 高齢者や子供たちが住みやすい社会とはどのようなものなのかを研究しています。近年は、災害時におけるソーシャルワーカーの実務支援機能や被災者生活復帰支援など、被災者に機能する支援のあり方を探求しています。実は社会福祉分野の研究を始めたのは、大学院からです。大学では「あえて不得意なことをやってみたら?」という親の薦めで、工学部機械工学に進学しました。高校時代は完全に文系でした。博士課程を修了してからは大学の教員になりました。 ■ 先生は「英語が得意ではない」と公言されていらっしゃいますね。 はい、今も勉強中です。エナゴさんには本当にお世話になっています(笑)。英語を学ばなければと思い始めたのはアメリカに留学してからですね。これも親の影響で、親が、まだ留学が珍しかった1960年代にアメリカ留学の経験があり、「あなたも留学しなさい」と。語学はダメだと思っていた矢先に、「この先は英語が絶対に必要になるから」と言われて。留学ではなく完全に遊学でした(笑)。 ■ その後、英語の学習は…? 30代になり、教員2年目に、研究留学しました。行き先はカリフォルニア。この時も、勉強する代わりに国内のいろいろな所を旅して回りました。2-3日の旅程であちこちに行き、誘われればそちらに行きと。 遊んでばかりのように聞こえるでしょうが、私にはこれが重要でした。人との出会いで何となく英語に親しみが持てるようになりました。もし真面目に勉強していたら、間違いなく嫌いになっていたと思います。教授や事務職の人たちと「普通に生活できるようになった」という実感が一番うれしかったですね。ある時、毎日私の身を案じ電話をかけてくる母が、「日本語のスピードが落ちたみたい・・・」といったことに何となく自信めいたようなことを感じたことも思い出します。大学のキャンパスで、学生たちが気軽に話しかけてくれるようにもなりました。 その後、行動範囲も格段に広がりました。国際学会に出席するようになったのも研究留学後です。海外に出る機会も増えました。そして研究の対象が、今も関わりを持つアジアの国々の福祉に徐々に広がりました。 ■ 何があったのですか? 韓国の教員の方が「来ませんか」と誘ってくれたのです。帰国してすぐのお誘いだったのですが、アメリカで行動力を身につけた私は「そうですね」と即決し、それからは頻繁に行き来するようになりました。 外国に行くと、日本人のアイデンティティをしっかり持つようになりませんか?いい加減なことを言えないからと歴史の勉強をしたら、いつしか目がアジアに向くようになりました。韓国から中国、台湾とどんどん広がって……。いつしか中国と台湾で客員教授をやっていました(笑)。ご縁が重なったこともありますが、結局はアメリカに行ったことからすべてが始まりました。 ■ 留学が研究生活の原点である、と。 子供時代は海外経験もなく、怖がりで親と一緒じゃないと動けなかったのに、アメリカを独りで旅行をしたり友達を作ったりしているうちに、殻が破れたのだと思います。実を言うと、昔は高所恐怖症で、飛行機に乗るのも怖かったのです。でも、飛行機しか手段のないアメリカ国内を移動しているうちに、気付いたらすっかり治っていました(笑)。 留学中に人種差別も経験しました。1980年代でしたが、アジア人と同じ空間にいるのをあからさまに避けようとする人たちにも出合いました。どこの国の人も同じだと思っていた私にとっては衝撃でした。当時は意識しませんでしたが、帰国後にそれが英語学習のモチベーションになり、英語で論文を書くようになったのだと思います。…

【東京大学】佐藤 泰裕 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十八回目は、東京大学大学院経済学研究科の佐藤泰裕先生にお話を伺いました。インタビュー後編では、英語の習得法や、「まずは中身」との英語学習者への助言をいただいています。 前編では、母語なまりの英語であっても、伝えるべきことを曖昧にせずに伝えることが大切と伺いました。では、長丁場の発表や研究会で質問返しができるくらいになるまでに、若手の研究者や学生はどのように英語を鍛えていけばよいのでしょうか。 ■ 大学院で英語の論文を書かれたと思いますが、その際には指導教官の指導を受けられたのですか。 経済学部では修士2年になってから指導教官が決まります。そのため、英語を読むことに関しては自分(独学)でやった感じです。修士1年目でも読む機会は多いので、今の学生も、自分で頑張って辞書を引いていますよ。 書くことに関しては、最初は他の論文を見ながら使える表現を積み上げて、それをもとに自身で書いた原稿を、指導教員に見てもらう。この繰り返しだと思います。これに関しては、今も昔も一緒かと。 ■ 英語で本格的に書くようになったのは博士課程からですか。 そうですね。修士のころの発表といったら、研究会で、読んだ論文の概要を日本語で説明するという程度でした。博士課程になってから英語で書く練習をして、英語の研究会にも参加するようになりました。それでも博士課程の間は自分の研究費などはありませんので、海外の学会には行かれず、国内の学会に出て日本語で発表していました。海外に行き始めたのは就職した後ですね。名古屋大学在職時に海外の学会に少しずつ自分の研究費で行くようになって、そこから英語で発表をするようになりました。 ■ 初めて英語で発表をされたときの思い出をお聞かせください。 初めて英語でプレゼンをしたのはイギリスでのコンファレンスでした。学会より少し小規模で、持ち時間はやや長めの40分くらいでしたが、何をしゃべったか覚えてないですね。都市経済学に関する著名なジャーナルのエディターなどが揃っているようなコンファレンスだったので、「すごい方々がずらっと並んでいる」と思うと緊張して……。その後の懇親会で、海外の方に「おまえはもっと英語を勉強しなきゃいけない」と言われました。「そうしないと話ができないじゃないか」と。それで、やっぱり海外に一度は行かないといけないと思いました。指導教員の伝手をたどってベルギーの研究所に1年間滞在し、「とりあえずしゃべる」ということを学んできました。 ■ そこでは英語でのコミュニケーションが主だったのですか。 そうです。研究所の中は全部英語。研究者の中に日本人が一人いたので一緒にご飯を食べてはいましたが、普段はフランス人やイタリア人も一緒なので英語で話す。海外の方とコミュニケーションを取らざるを得ない状況に身を置き、日常生活から研究に至るまですべてを英語で1年間続けたことで、基礎というか、話す力がつきました。 私はあまり社交的なタイプではないので、向こうにいる時も、おとなしい人と気が合いました。そういう人を見つけて仲よくなっていましたね(笑)。友達になることで、特に研究以外の世間話をする力が身についたと思います。これで懇親会などでのコミュニケーションが円滑にいくようになりました。ベルギーでの経験を経て、30分、長くて1時間半にわたる発表の途中で質問が来ても慌てなくなりました。 ■ 経済学特有の長時間の発表や研究会に対応できるようになるため、若手の研究者やこれから研究者になろうとする学生は、どうやって英語を鍛えていけばよいと思われますか。 人によって向いている方法は違うと思いますが、一つは実地訓練ですね。研究会に出席して一言でも発信してみる。仲間内で研究会を模した練習をしてみるのも一つの方法だと思います。私自身はといえば、学部生のころに学会に参加することはなかったし、英語で発表する機会もなかったのですけれど……。 現在、東京大学では一年生からALESS・ALESAというアカデミック・ライティングのコースが必修科目になっています。私が学部にいたころに、こういう英語教育プログラムがあったらよかったのにと思います。…

【東京大学】佐藤 泰裕 准教授インタビュー(前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十八回目は、東京大学大学院経済学研究科の佐藤泰裕先生にお話を伺いました。インタビュー前編では、学会における英語での発表や、そこで得た大切な教訓について語って下さいました。 ■ 先生の研究分野、研究テーマを教えてください。 経済学の領域で、その中でも都市経済学、地域経済学、空間経済学について研究しています。経済学とは元々、社会のルールや制度などをどのように設計すればより暮らしやすくなるのかを考える学問ですが、その中で都市や地域間の人口移動に関する分析や、地域経済政策の外部性を分析するのが専門です。いろいろな都市にある共通の問題を探ったり、都市に関する仮説を実証したりといった具合です。 例えば最近、大都市の混雑とか通勤などの問題が挙がっていますが、なぜ都市に企業や団体が集まるのか、その理由を理詰めで考えてデータで確認していくということをやっています。また、学歴の高い人ほど大都市に集まりやすいとも言われます。それをちゃんとデータで検証可能な形に整理するのです。そこが、私の研究が「理論分析」と言われる所以です。分析した後にあらためてデータを見て、実際に有意に観察されるかどうか、統計学を使って検証しているのです。 ■ ご自身の研究を発表するのは、学会が主な場所でしょうか。英語で発表される機会はありますか。 そうですね、学会や研究会です。国内と海外、両方ありますが、子供がまだ小さいので海外にはあまり頻繁には行かれず、年に1回か2回ですね。 国内の学会でも、状況によっては英語で発表をしたり、資料を作ったりすることがあります。大学によっては研究会を全部英語でやっているところもありますし、聴衆の中に日本語のわからない外国の方がいる場合には、英語で――となることもあります。外国の方が来るかどうかわかった時点で資料を英語に訳すこともあるし、逆に、英語でプレゼンテーションする準備をしていたのに参加者が全員日本人だったから日本語に切り替わるということもあります。 ■ 国内外問わず、英語で発表したり資料を作ったりしなければならない時のご苦労、大変だったご経験はありますか。 発表や資料作成ではそれほどないのですけれど、やはり質疑応答が・・・・・・。分野によって違うと思いますが、経済学の場合は、学会発表や研究会の発表でも(発表者が)しゃべっている間に質問が来ます。こちらがまだ話している間に手が上がって、「ちょっとこれの意味を教えてくれない?」とか「ここの部分をもっと聞きたいんだけど」っていうのが来る(笑)。国内の学会だと発表が終わるまで待ってくれますが、海外の学会は途中でも容赦なく手が上がります。 ■ 準備していない段階で、予期せぬ質問が来ると。 そういうことです。なまりの強い英語で聞かれたり、ネイティブの方に(文を)省略してしゃべられたりすると質問の意味がわからないことがあって、それをどうやって返したらいいのか、どう切り抜けたらいいのか、最初は苦労しました。 今では、聞き取れなかったら素直に「今、何て言ったんですか?」と聞き返します。すると相手は、違う言い回しで質問し直してくれることが多いです。質問を予測して「こういう質問ですか」と尋ねたりもします。そうすると、やり取りが割とかみ合うようになります。最初に確認をすることで、話が有意義に進むようにしています。 もちろん事前にフレーズをいくつか考えて臨みますが、学会の会場で発表をされているノンネイティブの上手な返し方をストックもしています。学会や会議の場で学んだことを発表に生かすということです。 ■ 発表の合間に質問が入るという以外に、経済学の分野で独特な「ルール」はありますか。 発表時間は長めです。学会だと1人の持ち時間がだいたい30分くらいで、短くて20分くらい。発表8割、質疑応答2割で構成されています。最初のころは原稿を発表時間に合わせて用意していたのですが、合間に入ってくる質問に対応していると網羅しきれず、やりにくさを感じたため、用意しなくなりました。スライドを見ながら説明して、質問が来たらその場で答えるという流れです。…

【工学院大学】藤川 真樹 准教授インタビュー(後編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。十七回目は、工学院大学情報学部コンピュータ科学科の藤川真樹先生にお話を伺いました。インタビュー後編は、英語への取り組み方法や、英語の指導方法、さらに工学院大学のユニークな英語学習についてのお話です。 ■ 英語の学習方法について教えてください。 オンライン英会話のレッスンを毎日続けています。また、単語は使わないと忘れてしまいますので、毎朝必ず勉強しています。普段が日本語の環境ですので、どうにかして英語に触れる機会をつくらなくちゃと思って、Japan Times STなどを1日1ページ読むとか、英語のボキャブラリーを増やすために地道に取り組んでいます。講義で英語を使うことはないですし、海外のスタッフがいるわけでもないので、自分から触れにいくことを常々意識しています。 ■ 論文を英語で書かれる機会は多いのですか? 日本語と合わせて年に2・3本でしょうか。論文を書く際は、まず日本語で書いて、それを英語に翻訳します。その後、御社に校正をお願いをするという段階を踏んでいます。 発表は3回か4回です。授業の合間に国際会議に行きますので、回数は限られます。まずは国内でやって、研究成果の上がったものを海外用の原稿に織り込み、国際会議に投稿する。そして無事に採択されたら、発表しに行くという。 事業化、実用化につながる可能性があるので、国際会議での発表は非常に有意義です。研究者の方々と話をしながらニーズを探ったり、オーディエンスからいろいろなご提案をいただけたりするのはありがたいです。 質疑応答には、答えられる範囲で答えます。発表の後のQ&Aは、たかだか5分くらい。受けられる質問の数も限られているので、そこで受けた質問にはその場で答えますが、どうしても答えられない、時間がないという場合には、セッションの後で個別に「あの時のご質問ですけど……」と内容を確認してから、図やイラストを描きながら説明することもあります。 ■ 論文を書かれる際、専門用語や今までにない言葉などの英訳にご苦労されることはありませんか? この分野には先達のフロンティアがいらっしゃるんです。横浜国立大学の松本勉先生が「人工物メトリクス」という概念を作られました。これは、人によって異なる指紋のような情報を、人工物にも付けてみようというものです。それは、製造過程において自然偶発的かつランダムにできる情報で、それを用いると一つひとつ識別できるようになるという考え方です。私はこのコンセプトに沿ってアプローチしているんです。今は陶磁器ですが、次は合成樹脂でやってみようとか、いろいろな人工物に適用しているだけなので、表現で困ることはないんです。 松本先生が「Artifact-metrics(人工物メトリクス)」という言葉を作られました。ただ世界での認知度はそれほど高くないようなので、「Anti-counterfeiting method」など別の表現を使う時もあります。私は、松本先生に敬意を表して「Artifact-metrics」と最初に使って、後で「This metrics…