学術界の課題

学術界・教育界のAI導入への姿勢について考える―後編

学術界・教育界におけるAIの導入に関するアビ・シュタイマン(Avi Staiman)の考えや、World Knowledge Forum 2023での現代のAI活用を牽引するサム・アルトマン(Sam Altman)とベン・ネルソン(Ben Nelson)の対談には大いに触発されました(詳しくは、関連記事をご覧ください:学術界・教育界のAI導入への姿勢について考える―前編)。 学術界や教育界におけるAIの活用状況については、ネット上でも大量の投稿を簡単に見つけることができますが、この新しい技術に対する意見は賛否両論です。この記事は、GoogleがGPTに対抗する生成AIサービスとされているGeminiを発表(2023年12月6日発表)してから約1週間後に書きましたが、この時点ですでに2つのサービスの差異に関する情報をまとめることができました。学術界や教育界が泳ぎ方を学ばないまま、AIの流れに飛び込み、懸命にあらがおうとしている理由を考えるには良い機会となると思います。 歴史的に学術界は、既存の価値基準を覆すような技術(インターネットなど)が不可欠になるほど浸透する前は、こうした技術に対して非常に懐疑的でした。もし、AIの統合といった変化が、約束されたような利益をもたらすものでなければ、新しい技術が一般化するのを待つことも容認されたかもしれません。 AIの統合は、学術界における技術のレベルアップを図り、多様性・公正性・包括性(Diversity, Equity and Inclusion : DEI)、効率、そして生産性を向上させることにつながる可能性があります。しかし、一方で、性急かつ、ほぼ間違いなく熟考不足な統合に、一部の人間はいら立っているような様子も見受けられます。…

学術界・教育界のAI導入への姿勢について考える―前編

英語が母国語ではない(ESL)研究者が学術出版によって研究を世界に発信できるように支援しているAcademic Language ExpertsのCEOであり、学術出版に関連する情報を発信するブログ「Scholarly Kitchen」の執筆者でもあるアビ・シュタイマン(Avi Staiman)は、AIと学術出版に関する調査記事の冒頭で、「AI was most definitely used in writing this article(この記事の執筆にAIが使われたのは間違いない。)」と印象的な一言を述べています。 2023年9月に発表されたシュタイマンの記事は、学術界や研究界の大きな懸案事項の一つを取り上げたもので、学術界ひいては教育界はAIの活用を退けるべきか、それとも受け入れるべきか、という問題の本質を捉えています。彼は、学術雑誌(ジャーナル)が、生成AIコンテンツ検出ツールに飛びつくべきではない理由としていくつかの症例を挙げ、その多くのツールの誤検出率が高いことを指摘しています。 シュタイマンの調査記事に、最も説得力のある提言が書かれていることは間違いありません。…

2023年の学術ニュースまとめ:研究と学術出版における重要な動向を振り返る

2023年は、学術出版界における記念碑的な変化に満ちた年でした。改めて、学術研究において注目された出来事、マイルストーン、そして残された課題も含め、研究と学術出版に関する2023年の学術ニュースを総括したいと思います。 2023年が、人工知能(AI)の潜在的脅威と科学的な不正行為に対し、協働で対処する必要に迫られた年であったことは間違いなく、その結果、アカデミック・インテグリティ(学術的な誠実さ)の基盤が強化されることとなりました。2024年の活動を計画するにあたり、学術業界における重要な出来事を振り返り、将来への影響に備えておきましょう。 1. アカデミック・インテグリティの遵守 a. Web of Scienceが50以上の学術雑誌(ジャーナル)を削除 2023年、残念ながら投稿された論文の撤回が急増し、科学的不正行為が増加しましたが、学術コミュニティはこの問題に対する抵抗力を得ることとなりました。撤回の理由としては、データ操作や査読プロセスにおける不正などが挙げられています。3月には、Web of ScienceがJCR(Journal Citation Reports)2023年版に掲載するジャーナルの見直しを発表し、単年度としては異例の多さである50誌以上のジャーナルの掲載を取り消すという大胆な措置を取ることで、質の高い学術記録の維持に取り組む姿勢を示しました。 b. クラリベイト社、高被引用論文著者リスト2023年度を発表…

人間対AI:ChatGPTの英文校正の限界

話題の人工知能チャットボット、ChatGPTは質問に答えることやテキストを生成することに加えて、文章のスペルや文法のミスを検出・修正できます。しかし、ChatGPTを英文校正に利用する限界を知っておくことは重要です。本稿では、ChatGPTでは対応が難しいポイントを洗い出し、人間の校正者との比較を通してChatGPTによる英文校正の限界を探っていきます。 ChatGPTが識別・判断できない点 1- 引用と参考文献の表記方法 論文中に記載する出典の確認、引用や参考文献が適切に表記されているかの確認と統一は時間のかかる面倒な作業ですが、ChatGPTは学術的な記載の適正を判断することはできません。 2- 情報の新旧と重要性 ChatGPTは、インターネット上に公開されている大量のテキストデータを学習し、自然言語処理技術を使用して前処理したデータを出力します。しかし、膨大なデータから情報の新旧を判断し最先端の研究に関連する情報だけを選択的に抽出する機能はなく、その情報の重要性を判断することもできません。 3- 情報の信憑性と使用の権利 上述のようにChatGPTはインターネット上で公開されている情報から学習していますが、その情報が不正に入手された情報でないかやその情報の信憑性は考慮されません。AIが利用しているデータには信頼できない情報も含まれている可能性があるので、その出力情報も見極める必要があります。 4- 専門用語、分野特有の表現 言語処理技術は日々進歩していますが、専門用語や分野特有の用語や表現も増え続けており、全てを掌握することは困難です。それぞれの分野特有のルールや、使用されるスタイルやトーンなどを理解していないと、見落としや誤って書き換えてしまう恐れがあるので、注意が必要です。 この他にも、ChatGPTには著者の文章の根本的な意図を汲むことはできないといった限界があることを忘れてはいけません。ChatGPTは機械的に処理を行うものなので、校正に使用した場合、個性のない平坦な文書に変えてしまいがちです。研究者自身の経験に基づく知見や個性が薄れてしまうことも懸念されます。…

より効果的な共同研究で気候危機に立ち向かおう

環境と日々の生活を脅かす気候危機は、現在、最も差し迫った問題のひとつです。対策を講じるためには、研究者が集まり、オープンかつアクセスしやすい方法で研究・調査結果を共有することが非常に重要となっています。共同で研究を行い、成果をオープンアクセス(OA)ジャーナルに公開することによって、研究者は自分たちの研究をできるだけ広範に届け、影響力を高めることができるようになります。 気候変動の複雑さと喫緊の行動の必要性を踏まえると、関連する研究においては、革新的かつ効果的、さらに分野横断的なアプローチの開発が欠かせません。しかし、従来型の気候研究コミュニティは、共同研究を進めることや影響力を高めることに対して効果的には動けておらず、研究資金の調達や共同研究の構築に奮闘しているのが現状です。 気候危機:今、世界は何を必要としているのか 気候危機が、現在、最も差し迫った問題のひとつであることに疑いの余地はありません。すでに世界中で気候変動の影響が出ており、状況は悪化の一途をたどっています。早急に気候変動の影響を緩和させ、さらなる被害を防ぐために行動を起こす必要があります。 世界が気候危機に対してできることの最も重要なことは、再生可能エネルギーに移行することです。化石燃料(石油・石炭・ガス)は、温室効果ガス(GHG)の主要な排出源なので、再生可能エネルギーに転換することが化石燃料からのGHG排出量の削減につながります。再生可能エネルギーは化石燃料よりも持続可能で環境にやさしいエネルギー源なので、世界は一刻も早く、再生可能エネルギーへの移行を進める必要があります。 また、サステナブル・プラクティス(持続可能な慣行)を促進することによって、気候変動に対する取り組みを進めることも重要です。それには、共同研究を行うことにより科学の発展を促進し、研究コミュニティ内で研究成果が簡単にアクセスできるようにすることなどを含みます。持続可能性には、廃棄物の削減や、資源の保全、自然生息域の保護といったことだけではなく、グローバルなアクセシビリティ(世界のどこからでもアクセスが可能になること)を備えた研究を徹底的かつ継続的に発展させることも意図されています。持続可能性とは、将来世代に地球環境を残すための鍵なのです。 OA出版の必要性 科学研究は、時間のかかる複雑なものです。気候危機への取り組みを大きく進めるためには、それぞれの研究が相互協力するための効果的な方法が必要です。研究成果をオープンアクセス(OA)で出版することで、誰もが最新の研究成果にアクセスできるようになり、研究者同士が協力することも可能になります。こうして、研究を積み重ね、さらに発展させることができるようになるのです。 OA出版には、研究成果をより広範囲で利用できるようにするというメリットもあります。この点は特に、従来の学術雑誌(ジャーナル)へのアクセスが限られる開発途上国の若手研究者や科学者には大切なことです。物理的なアクセシビリティの改善だけでなく、OAジャーナルは、有料で購読するジャーナルよりも安いのが一般的なため、予算の有無や大きさに関わらず、誰もが手ごろな価格で研究成果にアクセスできるというメリットも存在するのです。 気候危機に立ち向かう共同研究 気候変動に立ち向かうためには、共同研究が不可欠です。データや調査結果を共有することにより、研究者は協力して気候変動のパターンや傾向を特定し、直面する課題に対する解決策を見出すことができるようになります。 共同研究を通して、異なる分野の研究者が専門知識や見解を共有し、知識(リソース)を蓄積することによって重要な気候変動問題に関する研究を発展させることができるのです。研究コミュニティが協力することで、気候変動への緩和・適応策を模索し、将来世代のために地球環境を守る方法を見出すことができるでしょう。 一例としては、イギリスのエクセター大学(University of Exeter)はオックスフォード大学(University…

捕食出版社: 学術出版界に広がり続ける病

捕食出版社は、一般的にオープンアクセス(OA)の形で学術雑誌(ジャーナル)を公開しており、それらは捕食ジャーナル(あるいはハゲタカジャーナル)と称されています。こうした捕食出版社(ハゲタカ出版社)は、論文の投稿者に論文掲載料(APC)を課しますが、査読は行いません。捕食ジャーナルに論文を投稿する研究者は後を絶ちませんが、時には投稿先の学術ジャーナルが査読付であるかのように見せているだけであることに気づかずに投稿してしまう研究者もいます。研究者としての実績の評価基準に出版数が含まれているため、研究者にとって論文の出版数は重要なのです。 研究者を捕食する出版社 捕食ジャーナル (predatory journal/ハゲタカジャーナル) は、広く批判されてきました。実際には提供していないサービスに課金し、査読なしで論文をアクセプト(受理)するので質の低い論文が公開されることになります。そのことに気づかない読者は、これらの出版物を信頼してしまうかもしれません。つまり、読者の研究に悪影響を及ぼす可能性があると言えます。にもかかわらず、捕食ジャーナル掲載される論文の数は増えています。2014年には約8,000の捕食ジャーナルに42万本の論文が掲載されていたと推測されていましたが、この数が同じペースで増え続けていたとすれば、2021年には、15,000誌、掲載される論文は約78万本にまで増えているとだろうとの分析もあります。 多くの若手科学者が、どのように運営されているかに気づかずに捕食ジャーナルに論文を投稿しています。捕食ジャーナルでは論文が簡単に発表できるので、「Publish or Perish(出版か死か)」と言われるほど論文の出版を重視する学術環境では魅力的な投稿先なのです。投稿した学術論文がリジェクト(却下)されることはよくありますが、捕食出版社ではアクセプト(受理)されやすいので、少なくともその捕食ジャーナルが著者を食いものにしていると分るまでは、投稿先として選択してしまうのです。 一方で、投稿先の学術ジャーナルが補足ジャーナルだと知りつつ投稿する著者もいます。論文を発表する必要に迫られて、簡単にすぐ掲載してくれる捕食出版社を選ぶ可能性もあります。さらに、学術界での地位を上げていくためにも論文を出版する必要があります。投稿先が補足ジャーナルかどうかを所属大学が調べていなければ、捕食ジャーナルへの掲載であっても論文の出版実績という常勤職に就くための必要条件をひとつ満たすことができるのです。 捕食ジャーナルの影響 捕食ジャーナルは、オープンアクセス(OA)・ジャーナルの信頼を損ないかねません。良質なOAジャーナルも、論文著者に掲載料を請求しますが、主な違いは、良質な学術誌は厳格な査読を行っているという点です。しかし、研究者がOAジャーナルの区別をするのは難しい場合があります。当時米コロラド大学デンバー校の図書館員であったジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)はこの問題に取り組み、、研究者を食いものにしている疑いのある1,155以上の捕食ジャーナルをリスト(ビールズ・リスト)にしました。しかし、このリストは2017年に閉鎖され、現在も再開されてはいません。 信頼を損なうこと以外の影響はどうでしょうか。この問題を取り上げた論文(Who is…

研究者を悩ませる論文著者名の順番と平等性(Equal Authorship)

誰の名前を論文著者として記載するか――という問題は、共同研究が広がるにつれ、ますます複雑になっています。論文執筆に貢献したにも関わらず名前が記載されなかったり、まったく貢献していないのに名前が記載されたりという論文の著者資格(オーサーシップ)は以前より注目されていましたが、分野や立場の異なる多くの研究者が1つの研究に参加することが増えてきたため、誰を筆頭著者、最終著者や責任著者とするか、名前の順位や責任の所在が新たな問題として浮上してきました。研究論文の作成に最も尽力した研究者である筆頭著者は明らかでも、それ以外の共著者の記載順も重要です。一般的には、研究への寄与が大きい人から順番に並べていきますが、複数の著者の貢献が同じぐらいであったり、比較が難しかったりする場合もあり、簡単にはいきません。そこで、貢献の質と度合い(量)を明確に示すことが推奨されるようになってきました。著者間の平等 (equal authorship)に向けた動きも出てきています。例えば、学術雑誌(ジャーナル)によってはCo-first authorship(共同第一著者)として、複数の著者が同程度の貢献をしていることを示すことができるようになっているのです。 オーサーシップについて、研究者が直面する問題 研究を実行する際には研究デザインや方法などについて共同研究者間で意見が異なることがあるかもしれません。同様に、論文を出版する段階でオーサーシップについて異なる意見が出るかもしれません。オーサーシップの問題には、研究に貢献していない人、著者に含めるべきでない人を記載してしまう不適切なオーサーシップ(ゲストオーサーシップなど)と、研究に貢献したのに著者として記入されないゴースト オーサーシップ(幽霊著者)が挙げられます。 不適切なオーサーシップ(ゲストオーサーシップ):研究に貢献していないのに著者として記入する オーサーシップの問題は、研究倫理に関わります。そもそも著者として名前を連ねることができるのは、当該研究に関わり、論文の執筆にも関わっている人、つまり著者資格(オーサーシップ)を有している人のみです。名前が記載されることは、当該研究に関する責任を負うことを意味します。地位の高い研究者であっても、その研究に貢献していなければ、研究者としての実績に加えたいからと言って、著者として名前を記載することはできません。しかし、権威ある研究者の名前が入っていると論文が受理されやすくなるとして、実際の研究への関与が薄いにもかかわらず著名な研究者の名前を共著者に入れたり、研究に関する何らかの恩返しや礼儀、敬意の表明といった意味から共著者にしたりするような場合も見受けられます。このような著者はゲストオーサー(名前を借りただけの著者) と呼ばれます。 ゴーストオーサーシップ:研究に貢献したのに著者として記載されない ゲストオーサーとは反対に、研究に貢献したにも関わらず著者として名前が記載されない人はゴーストオーサーと呼ばれます。院生などを研究に関わった場合の関わり方や、貢献度の評価の差によって共著者として記載しない、あるいは利益相反があると見なされる可能性のある特定の研究者を意図的に著者から外すといったことが行われています。企業との共同研究なのに、企業にとって都合のよい結果が出ていると思われるのを避けるためにその企業の研究者の名前を記載しない、または企業名をあえて記載しないということもあります。 オーサーシップに関するガイドライン 多くのジャーナルはオーサーシップを定義するにあたって、医学雑誌編集社国際委員会(International Committee…

クラリベイトがJournal Citation Reports 2021を発表

2021年6月30日、Clarivate Analytics社(以下、Clarivate)が、学術誌評価分析データベースJournal Citation Reports(JCR)2021年版を発表しました。JCRは世界で最も影響力のある学術雑誌(ジャーナル)を特定するのに役立つ一方、新しい指標などについては議論も生まれています。 Journal Citation Reports(JCR)2021年版 毎年公開されるJCRの指標やデータは、世界の高品質なジャーナルの評価を行うのに有用です。2021年度版には113ヵ国からの20,000を越えるジャーナル、ならびに、自然科学、社会科学、芸術、人文科学からなる254の研究分野の論文が収録されています。これにより、JCRの収録範囲はWeb of Science Core Collectionがカバーする研究分野の全範囲となりました。また、収録ジャーナルのうち、ゴールドオープンアクセス(ゴールドOA)を含むジャーナルが14,000誌、完全なオープンアクセス(OA)は4,600誌以上と、こちらの収録範囲も拡大しています。収録範囲の拡大も含め、2021年版の特徴を紹介します。 新しい引用評価指標(Journal Citation Indicator)の導入…

論文執筆 人工知能(AI)はここまで進歩している

この10年の間に、人工知能(AI))と機械学習は、いくつもの業界に変化をもたらしてきました。AIという革新的な技術によって、さまざまな作業が自動化され、より簡単かつ迅速に行われるようになっています。その影響は学術出版界にも表れており、論文執筆者と出版社の双方を支援するために、AIベースの技術が開発・導入されつつあります。これらの技術は、査読、出版物の検索、剽窃・盗用の検出、および捏造データの特定など、学術出版に関する諸問題に取り組む助けとなっています。しかも、科学コミュニケーションの促進に役立つだけでなく、人間が関与しない分、バイアス問題の削減にも役立つと期待されています。 研究におけるAIの活用も飛躍的に進んできました。そこで注目されているのは、仮説の形成から実験の遂行までの研究手法を自動化することです。実際、研究者はAIを使って、生物医学、複合製剤、および病気予測に関する複雑な諸問題に取り組んでいます。 論文執筆のためのAIツール AIベースのツールの中には、論文を執筆できるツールがあります。電子研究ノートサービスSciNoteに付加された「Manuscript Writer」というツールは、先進的な機械学習・AI技術を使って、科学論文を準備する過程を大幅に簡素化する能力を備えています。このツールは、世界中の研究者による科学的発見を速やかに公開することの重要性が高まるにつれ、論文草稿を作成するために必要な時間を大幅に短縮することを目指すものです。電子研究ノートSciNoteに 入っているデータと、オープンアクセスの学術雑誌(ジャーナル)データから利用できる資料に依拠して、草稿を作成します。Manuscript Writerのページにもこの草稿はすぐに提出できるものではないとの注意書きがあるように、見直しを前提としたものではありますが、著者はこの草稿を元に編集、加筆することができます。 草稿作成において、AIはどのように剽窃・盗用を回避するのか? Manuscript Writerは、選択された資料からデータを引き出すとともに、関連キーワードに基づいてオープンアクセス文献を自動検索してイントロダクション(序論)部分の草稿を作成します。他の文献から取ってきたテキストはそのままでは文章として問題なので、著者による確認は必要です。当然、他の文献から自動で拾ってきたものなので,作成された文章は他者の資料のコピペ、剽窃・盗用、さらに著作権侵害になる場合があります。では、どのようにこの問題を回避するのでしょうか。 Manuscript Writerで序論を作成すると、各段落の後に該当部分のテキストを抜き出した資料の番号と、元の資料との類似度(パーセント)が示されます。つまり、該当部分がどこから取ってきているのか、元の資料の文章とどの程度同じなのか(類似しているのか)が数字(%)で表示されます。人間が論文を執筆する際にも編集が必要なのと同様、ツールが作成した文章も確認と編集が必要となりますが、類似度の表示は明確な指標となります。作成された文章をどのように修正するか、あるいはそのままにしておくかは、著者次第です。Manuscript Writerはあくまでもツールなので、責任は負いません。 Manuscript Writerを使う主な利点は、その論文のテーマに関する興味深い文章を序論に含め、幸先良く論文執筆を始められるようにすることです。目的は、著者の論文執筆の力となることであり、代わりに論文を書き上げることではありません。ですので、「考察」のようにオリジナリティが必要な部分は、著者自身が書く必要があり、Manuscript…

科学研究におけるデジタル革新とデータ駆動型研究

昨今のデジタル革新には目覚ましいものがあり、ウィズコロナの時代においては欠かせないものとなりつつあります。デジタル革新、あるいはデジタルトランスフォーメーション(DX)と一言で言っても、そこには、データベースやネットワークなどの情報基盤、スーパーコンピューター(スパコン)など多様な要素が含まれており、さらにこれらが組み合わって日々進歩し続けています。新型コロナウイルス感染症対策として、スパコン「富岳」を用いたくしゃみなどの飛沫拡散シミュレーションの結果をニュースなどで見かけた方は多いと思いますが、スパコンは治療薬候補の絞り込みなどにも使用されています。このように、新しい技術を活用した科学研究の手法や見せ方が浸透しつつあると言えるでしょう。日本でも、総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会での国家戦略の議論にオープンサイエンスと研究開発DXに関する施策が盛り込まれています。 データ駆動型研究の登場 科学研究におけるデジタル革新が進むにつれ、事前に仮説を立てることをせずにデータを収集し、得られたデータを分析した上で研究を進める手法「データ駆動型(data driven) 」が登場してきました。これは、従来の仮説を立てた上でその仮説を検証するために実験・研究を進める仮説駆動型(hypothesis driven)に対し、事前に仮説を立てずに大量のデータを集め、分析した上で研究を進めるものです。近年の計算機能力の劇的な向上に負うところが大きいと言えますが、スマートフォンやオンラインネットワーク経由で情報を収集し、その大量データ(ビッグデータ)をスパコンで解析させることで研究成果を導くような研究手法です。この新しい科学的手法の促進が社会貢献につながることも増えてきています。 ライフサイエンスにおけるデータ利用とデータ駆動型研究 新型コロナウイルス感染症の拡大により、ライフサイエンスにおけるデータの利用がさらに進みました。ゲノムシーケンシング(ゲノム解析)、生物医学的画像処理、医療用IoTデバイスの技術進歩などにより多くのデータが得られています。しかし、膨大なデータから有意義な結論を導き出すためには、科学的知見に基づき、さまざまなデータを処理しなければなりません。ライフサイエンスでは、よりリスクの少ない製品をより安く、より早く、しかも安全に提供しなければなりません。医薬品の研究開発でデータ駆動型アプローチを取ることは、疾患や患者を理解し、より効果の高い可能性を持つ治療法を特定し、新薬を開発し、市場に投入するまでの時間を短縮するのに役立ちます。研究論文・文献、臨床データなどを俯瞰的に見つつ、リアルタイムで医薬品開発研究プロセスに組み込むことを可能とするのです。 ライフサイエンス研究の成果は、医薬品の開発、医療診断、予防および治療など幅広い分野に利用されています。技術革新によりゲノムシーケンシングの速度は飛躍的に速くなり、そのコストは劇的に下がりました。例えば、20年前には数年を要したようなゲノム情報の収集がゲノムシーケンシング機器によって、たった1日でできるようになっているのです。一方、研究者らには生成あるいは収集される膨大な量のデータを分析、処理するリソースとスキルの両方が求められるようになっています。スウェーデンのKnut and Alice Wallenberg Foundationは2020年10月にライフサイエンスにおけるデータ駆動型研究を支援するために計37億SEK(スウェーデン・クローナ)の基金を創設したと発表しました。 広がるデータ活用 IT技術の発展により入手可能となった大量のデータが、学術界および産業界におけるデータ駆動型研究を促進しています。事実、産業界とくに金融業界では「フィンテック(FinTech)」と称される金融サービスと情報技術を結びつけ、データを活用する動きが進んでいます。コロナをきっかけに一気に進んだデジタル化が業務のIT化に限らずプロセスの変化を促し、さまざまな分野でデータを蓄積・分析することで新しい価値を生み出しているのです。そして学術界でも多くの研究者が、さまざまな手法を用いて科学的あるいは社会的に有意義なデータを引きだそうとするアプローチである「データサイエンス」に取り組んでいます。例えば、環境学者のカーティック・ラム(Karthik…

Wiley:不確実な学術出版の未来を見据えて

今回、紹介するのは世界有数の学術出版社ワイリー(Wiley)の識者によるゲスト投稿です。ワイリーは、科学、医学、技術、物理学、社会科学、さらに人文科学まで広範な分野にわたり出版活動を展開しています。オンライン投稿・査読システムも取り入れながら、学術研究関係者を対象とした各種ソリューション、役立つ情報、教育マテリアル、などさまざまなサービスを提供しています。本記事では、学術出版業界で今まさに起こっていることと、今後の展望についてご紹介いただきました。 創造力の小さなひらめきこそが人生に何かをもたらすのである!常に未来を予想しておくことはできませんが、2つのことは分かっています。1つ目は、未来に到達するためには何かが必要であること。2つ目は、私たち(ワイリー)は研究コミュニティに遅れずに共に未来に向かって歩んでいきたいと思っていることです。この考えを実現するため、ワイリーは引き続き研究者の声に耳を傾け、試行錯誤し、新たな可能性を受け入れていきます。新しいことにチャレンジすることを恐れず、私たちのプラットフォームに積極的に新機能を追加し、研究者が学術出版をやりやすくするための新しいスタイルの関係性を構築しようとしています。実際に新しい試みを始めるのに最善の方法は、研究のプロセス同様に、質問し、仮説を立て、そして実験を行うことです。 未来の学術出版は論文公開の新しい形となっていくのか 現状では、インターネットの機能をフル活用しても、研究論文はPDFの形で公開されています。この点は、1900年代からあまり変わっていません。この公開形式、近い将来変わっていくのか、あるいは変わらざるを得ないのか?これは、私たちが可能性を探るために避けられない問いかけです。研究を行うこと自体は動的で多次元的ですが、その結果を論文として公開することは静的な作業です。論文が出版され、読者に届くことによって活気づくことは、とてもワクワクすることです。 どうやって論文を出版するか?そこは私たちにお任せください。ワイリーはいろいろな試みを行い、それらが受け入れられるかの分析を行っています。化学系の学術雑誌(ジャーナル)で試したことを例に挙げてみましょう。この論文掲載の中は、研究成果(文章)とともに読者が画面上で操作できるグラフィック(動画)を埋め込んであります。これにより、読者はログインしてデータを処理し、自分なりの結論を導き出し、著者に質問することができるようになりました。このような試みは、公開された論文との関わり方を変える可能性を有しています。さらに、研究プロセスの深みと広がりを論文の評価につなげることに一歩近づけることができたかもしれません。 世界と研究を共有するための新しいパートナーはどこで見つかるのか 論文の公開方法をどう変えるのか模索することは、とても刺激的です。しかし、一方で私たちは、できるだけ多くの人が研究成果にアクセスし、利用し続けられる状態になっていることを確認したいと思っています。そのためには、発表された研究論文のインパクトを最大化するための新たな戦略の開発が必要です。学術出版で広がっているオープンアクセスに関連する話題を扱う「オープンアクセスウィーク(Open Access Week)」という学術情報流通イベントが年1回開催されています。このイベントは2020年に10周年を迎えました。 私たちにできることはまだまだあります。公開論文への公平なアクセスを確保し、一層ダイナミックに将来を見据え、オープンデータ化およびその方法などを考えるのは長い道のりです。この10年間に私たちが学んだことは、将来の可能性を信じ、私たち同様に新たな試みに挑戦するパートナーを探し続けることの必要性です。政府、大学、民間資金提供者、そして出版社は、論文開示の可能性の実現に向けて協力していかなければなりません。合わせて、意識を高めること、なぜ拡大し続けている研究コミュニティに開示性が必要なのかをすべての研究者が正しく認識しているのを確認することにも留意しておく必要があります。 研究コミュニティが協力的でありつつ多様性を保つにはどうすべきか すべての人たちが関わることなく学術研究や学術出版の未来について考えることはできません。特に2020年、私たちはCOVID-19の研究において協力することの影響の大きさを目の当たりにしてきました。研究者は強いです。世界中から集まって研究を共有することで問題を解決し、新たな高みに到達してきました。そして、社会の流れから取り残された研究者や忘れられた読者や聴衆のために扉を開いたのです。 研究業界内にどんな人でも受け入れるコミュニティを構築することは、私たち全員に関わることです。一体性を促進し、公平性を支える報償金と奨励金のシステムを変えることは容易ではありません。私たちは、科学コミュニティのポッドキャスト「This Study Shows」でこの話題を取り上げました。さらに、ワイリーは研究論文や書籍のコンテンツ(章)を自由に入手できるように集約したRISE(Research…

論文出版が先か、特許が先か、それが問題だ?!

ついに長年の研究の成果がまとまった!やっと今までの苦労が報われる日が来た!となれば一刻も早く研究成果を世に広めたいと思うでしょう。最新の研究論文を書き上げて、トップレベルの学術雑誌(ジャーナル)に投稿すべく執筆を急いでいるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。論文の公開を急ぐあまり、特許獲得のチャンスを逃していませんか?最新の研究で得られた発見、あるいは研究で生み出された発明を収益化できる可能性を見落としていないか、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。 Publish or Perish(出版か死か)のプレッシャー 「Publish or Perish(出版か死か)」と言われるように、科学分野では出版することが最優先とされがちです。研究者は、出来る限り早く研究成果を公開・出版しようとする傾向が強いものです。その背景には、研究者の信念とも言える学術界の「出版か死か」という価値観があることは否めません。しかし、研究者が特許申請よりも論文出版を優先 させるのには、いくつかの理由があるのです。 研究者、特に大学に所属する研究者は、自分の研究分野での実績を積み上げるためにたくさんの論文を出版しなければとのプレッシャー下に置かれている 特許が取れる可能性や特許の価値に関して認識の薄い若手研究者や経験の浅い研究者は、自身の研究で鍵となる成果・発見を部外秘としておくことの重要性に気付いていない可能性がある(迂闊に「公開」してしまうことで新規性が失われ特許取得のチャンスを逃している可能性も捨てきれない) 特許を獲得することによって得られる恩恵より、特許申請することに要する費用がかかることがあり、特に規模の小さいイノベーション技術で特許申請を行う場合に起こりがちである なぜ特許権保護が重要か 研究者にとって最も貴重な財産は、自分の研究アイデアです。そのアイデアを特許で保護していなければ、誰でも自由にあなたの発見を真似ることができてしまいます。特許を出願するということは、他者が利益を得るためにあなたの発見を利用/悪用することを「防ぐ」ための独占権を獲得することを意味しています。特許を取ることによって、対象となる研究の成果の利用・実施(生産、販売など)を独占できるだけでなく、権利侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できるようになるのです。一方で、この独占権を得るため、特許所有者は特許に関する技術情報を開示しなければなりません。 研究成果で特許を取得すれば、自身の発見を商業的に活用し、金銭を得ることも可能になりますが、研究者は、少なくとも特許出願が受け付けられるまでその成果を出版物として公開するのを待たなければならないのが一般的です。 研究者が成果を公開するタイミングに特許が取得できる国もありますが、特許取得の手続や取得に要する時間はまちまちです。アメリカ、オーストラリア、韓国、日本といった国々でも状況が異なっているのが現状です。これらの国では、原則として特許出願より前に公開された発明(発見)は特許を受けることができません。しかし、論文として発表した後の特許申請を一切受け付けないとしたのでは、研究者にとって厳しい状況となってしまうことを考慮して、一定期間であれば特許出願前に発明内容を公表(論文発表)しても新規性が失われないと見なされる期間「グレースピリオド…

ジャーナル編集者が査読コメントを改変している?!

研究者にとって自分の論文を発表することは、どのような論文であっても一大事です。原稿を準備するにも多くの時間と労力がかかりますし、投稿した後も査読に通るかどうか、結果を待つ間は気が休まらないことでしょう。そして査読者からコメントが来れば、注意深くすべてのコメントを読み込み、それらに応えるべく最善を尽くすことが求められます。 査読コメントは概ね原稿を良くするために有用かつ建設的な指摘であるはずです。中にはあまり役立たないコメントがあるかもしれませんが、前向きなものでしょう。とは言え、著者に対して失礼な、不適切な査読コメントがないとは言い切れず、研究者の自信とモチベーションを削ぎ、キャリアにとって大きなダメージを与えるようなコメントを見かけたこともあります。 不適切な査読コメントとは? 不適切な査読コメントとはどのようなもので、どのぐらいの頻度で見られるものなのでしょうか。生物・ 医学分野の査読付きオープンアクセス誌のPeerJに、非専門的な査読が研究者を過小評価し、本来与えられるべきものとは異なる評価をすることで、否定的な影響を及ぼす可能性があるとの論文が掲載されました。これは、46カ国、1,106名の14のSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の科学者から得られた匿名回答を分析した調査結果です。 この調査では、科学者の半数以上が、少なくとも1回以上、多くは複数回、「非専門的な」査読コメントを受け取ったことがあると示されています。2万5千名が登録しているフェイスブックのグループでも同様の問題が指摘されています。 非専門的な査読コメントとしては、建設的ではない、個人攻撃を含む、あるいは厳しすぎるコメントなどが挙げられます。一例ですが、スペインの研究者は、査読者から「読む気すら起きない」というコメントを受け取ったそうです。英語が良くなかったとしても、かなり辛辣なコメントです。 学術雑誌(ジャーナル)の編集者が査読コメントを改変 オーストラリアのメルボルン大学で研究者の意思決定に関するメタリサーチ(MetaResearch)を研究しているFiona Fidler教授は、査読コメントが著者に送り返される前に、彼女の評価が書き換えられていたこと、しかも大きく変えられていたことすらあったことを発見して、怒りを覚えたそうです。例えば、「(著者の見解に)大きく賛同します(very sympathetic)」が「大抵の部分には賛同します(generally sympathetic)」に、「良い例です」が「この部分は不十分です」というような変更です。もっと悪い例としては、ジャーナル Educational and Psychological Measurementへの彼女の査読報告の結果部分、それは該当の投稿論文を若干の修正後に採用(アクセプト)するようにとの提言でしたが、編集者の判断によって却下(リジェクト)となったと著者に伝えられていたのです。…

若手研究者を科学コミュニティに取り込もう

キャリアの浅い若手研究者(Early Career Researchers:ECR)は、科学コミュニティで重要な役割を担っています。確かにキャリアとしてはまだ浅く、経験も少ないかもしれませんが、彼らは科学コミュニティの将来を担っているのです。新たな発見を世界にもたらし、将来ノーベル賞を受賞する可能性を秘めている人材です。次世代の研究者を育成する研究アドバイザーにもなってくれるでしょう。しかし、現時点では自分たちは学術界に大きく貢献できていないと思い込んでいるかもしれません。英国のオープンアクセス誌eLifeに英米の科学コミュニティにおける若手研究者の影響力について行った調査結果が掲載されているので、ここに記されている若手研究者をうまく取り込む方法を紹介します。 若手研究者は自分たちを過小評価している? 科学研究の多くの部分は、若手研究者(ECR)の構成要員、つまり、研究者としての職に就いていない大学院生、ポスドク研究者、教員によって行われています。彼らは、新しい才能、スキル、アイデアに溢れていますが、査読のような学術研究における重要なプロセスに対してそれほど意見できることはありませんし、大学、資金提供機関、出版社、学会などでの重要な議論は、ベテラン研究者たちによって決められている傾向があります。将来の研究者として活躍する可能性のある若手研究者が、これから先の研究の在り方についてほとんど、あるいはまったく発言する機会を与えられていないとも言えるでしょう。このことが若手研究者たちに、自分たちは蚊帳の外に置かれている、取るに足らない存在だと思わせてしまうのかもしれません。 科学コミュニティが提供する機会と期待 科学コミュニティには、研究者のキャリアレベルに関係なく、研究者のネットワークとつながり、会議やカンファレンスに参加し、専門的な開発研究に関わるチャンスがあるので、若手研究者がもっと積極的に関わることができれば、彼らが得られるものが大きくなる一方で、コミュニティにとっても肯定的な効果が得られると期待できます。 科学コミュニティは、資金提供者や政府機関の政策協議に関わることがあります 科学コミュニティは、研究者のキャリア、所属する研究機関・団体、国を越えて研究者が交流する機会を提供しています 科学コミュニティとしては、該当分野において次世代の指導的立場になり得る人材を採用し、働き続けてもらいたいと考えています 既に若手研究者を指導的地位に登用したコミュニティの中には、そのことが若手研究者のキャリア向上だけでなく、最終的には該当分野における指導的役割を担う人材を確保することにつながっていることが示されています 科学コミュニティが若手研究者を取り込んで指導的地位に付けるメリット 科学コミュニティが若手研究者に指導的立場(リーダー)を任せることによって得られるメリットを挙げてみます。 研究経験の浅いジュニア研究者とベテランのシニア研究者間の交流(相互理解)を促進することができる コミュニティから外部に向けた働きかけを増やせる…

新型コロナウイルスワクチン の動向

世界中で新型コロナウイルスワクチンの開発が待たれる中、主要国間の開発競争が激しさを増していると聞こえてはくるものの、分からないことだらけです。ワクチン開発はどこまで進んでいるのか、供給されるようになるのはいつなのか?ヒトへの臨床試験は安全なのか?現在もワクチン試験が進められているが、その効果と安全性は?どのように供給されるのか?供給は公平に行われるのか?多くの人が不安を抱えている状況です。今回は、現時点までにわかっているワクチンの開発情報と公平な供給を確保するための取り組みについてまとめてみました。 新型コロナウイルスワクチンの開発状況 一般的に、ワクチンの開発には4年から10年、状況によっては年十年も要すると言われています。例えば、エボラ出血熱ワクチンの開発には約5年、ポリオワクチンの開発には約40年を要しました。史上最速で承認されたと言われるおたふくかぜのワクチンでさえ、臨床段階から認可されるまでに4年を要しています。ワクチンは、前臨床試験および臨床病期を含めた数々の段階的な試験を経て認証されるのが理想的です。通常、それぞれの段階で約2年もしくはそれ以上の年数が費やされるのですが、新型コロナウイルスワクチンの開発競争に勝つために、製薬会社は幾つかの段階をスキップあるいは複数段階を組み合わせた試験を行うことで開発スピードを上げています。 研究者はこの状況に慎重に対応する必要があります。ワクチン開発競争に参戦したいという誘惑と参戦しろというプレッシャーが、ワクチンの安全性と有効性に支障を来すものであってはなりません。公衆衛生の専門家は、十分な分析と試験が行われることなくワクチンが早々に承認され、市場に投入されることを懸念しています。ワクチンを早期展開することは、ワクチンの有効性を的確に判断するための科学的な厳密さを損なう可能性があるだけでなく、予期しない副作用を確認する時間的・臨床件数的な余裕が少なくなる危険性も捨てきれません。当局は、ワクチンを承認する前に、そのワクチンのリスク・ベネフィット比(副作用対効果の比較)を慎重に検討する必要があります。 ヒト感染試験への参加 ワクチン開発の段階試験として、意図的にそのウイルスに感染させる試験も行われます。金銭的報酬が示された場合、あなたはこのヒト感染試験の被験者になりますか?世界各国で行われている新型コロナウイルスのヒトでのチャレンジ試験(曝露試験)のボランティアになると手を挙げた人の数は、3万8千人を超えています (11月9日時点)。 コロナウイルスワクチンの試験として、ヒト感染試験あるいは曝露試験と呼ばれる試験の実施に向けた準備が進められています。ヒトでの曝露試験とは、臨床試験の手法のひとつで、ワクチンを接種した後、あえて実際の病原体である新型コロナウイルスに被験者をさらすことでワクチンの安全性や有効性を評価する試験です。リスクが高いように見えますが、世界中で感染者が増え続けている状況下での選択肢は限られています。すでに各国でランダム(無作為)にワクチンまたはプラセボ(偽薬)を投与して安全性や有効性を比較する第3相臨床試験が大規模に実施されていますが、これだけでは実際の有効性を評価できるまでに時間がかかります。ヒトでの曝露試験が実現すれば、臨床試験に要する期間を短縮させ、ワクチン開発が促進されることになるので、結果として何百万人もの命を救い、生活を守ることができるとの信念に基づいて計画が進められています。致命的な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への意図的な感染には不安が伴うものの、安全かつ倫理的に行うことは可能だとされており、実行されればこの感染症に関する膨大かつ重要なデータを得るために役に立つことでしょう。 新型コロナワクチン開発情報 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム配列とその他の関連情報がNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)の運営するGenBankから公開されるやいなや、世界中の研究者が効果的なワクチンを開発すべく猛スピードで研究を進めています。24時間体制で取り組んでいる研究グループもいるほどです。現在、180以上の候補が挙げられており、世界保健機構(WHO)の11月3日時点のまとめによれば、臨床試験に入っている新型コロナウイルスワクチンの候補として47種類がリストされているほか、155種類が前臨床の段階にあります。ワクチン開発で先行している(第3相臨床試験段階、フェーズ3にある)のは、イギリスのアストラゼネカ(オックスフォード大との共同開発)、アメリカのモデルナ、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、シババックス、中国のシノバック、カンシノ、シノファーム、ドイツのビオンテック、ロシアのガマレヤ国立疫学微生物研究所などです。 これらの試験が進む中、重篤な有害事象が起きたことにより試験が中断されるケースも出ているほか、ロシア政府がガマレヤの開発したワクチンのフェーズ3試験の結果を待たずに承認薬として登録した ことなどが話題になっています。ワクチン開発動向や治療薬の開発については、関連情報をまとめたサイトなどもあるので参考にするとよいでしょう。研究者らは、2021年初めにワクチンの提供が開始できるようになることを期待していますが、時期についてはまだまだ予断を許さない状況です。 ワクチンの信頼性を確保するために 熾烈な競争が繰り広げられている新型コロナウイルスワクチンの開発競争。イソップ寓話の「ウサギとカメ」では、ゆっくりでも着実に進むことが勝利につながることが示されています。ワクチン開発も同じで、開発が速い企業が勝者になるとは限りません 。長期的な安全性、総合的な有効性に関する十分かつ信頼できるデータが確認されることなく早々に承認されたワクチンが最適なものではないと判明した場合はどうなるのでしょうか。ワクチン開発における不手際やミスがひとつでもあれば、新型コロナウイルスワクチンの接種に対する不信感を高めてしまう恐れ…