研究倫理

プレプリントの改善でオープンサイエンスの完全性を守る

この記事は、英文校正・研究支援サービスを提供しているエナゴの社員Dr. Krishna Kumar Venkitachalam(クリシュナ・クマール・ヴェンキタチャラム博士)が、Scholarly Kitchenにゲスト投稿した記事の日本語訳をScholarly Kitchenの許可の下で掲載しているものです。原文はこちらをご覧ください。 注:著者は、本記事の技術やテーマに関連するプロジェクトで専門的な役割を担っているため、利益相反の可能性があると公表しています。 オープンアクセスとプレプリント オープンアクセスウィーク2024(2024年10月21日~27日に開催)は、オープンアクセス環境における重要な構成要素であるプレプリントサーバーが直面する課題について考える良い機会でした(訳者補足:本記事で述べるプレプリントとは、査読前の論文を公開するプラットフォームやそこで公開された論文を指します)。 オープンアクセス運動は、インターネットの台頭とともに1990年代初頭から登場してきました。 オンライン学術出版が現実のものとなったのには、経済的あるいは法的な障壁なしに、誰もが学術論文などの著作物にオンライン経由でアクセスできるようにするという構想に基づいています。 興味深いことに、プレプリントはオープンアクセスよりも前から存在していました。少なくとも1960年代にはオフラインのプレプリント(紙媒体で郵送されるもの)があったのです。1991年に公開されたarXiv(訳者補足:物理学、数学、計算機科学、数量生物学、数量ファイナンス、統計学、電子工学・システム科学、経済学などのプレプリント論文が保存・公開されているウェブサイト)は、オンライン・プレプリントサーバーの先駆けとなり、査読前の記録を共有し、見つけ出すための新しく簡便な方法が広まることとなりました。 プレプリントの二面性 プレプリントは、オープンアクセスの本質と見事に整合しています。 プレプリントは、研究者が即座に研究成果を共有する機会を提供し、科学的発見と普及のペースを加速させています。技術的には、プレプリントサーバーに論文を公開することにより、研究者は学術コミュニティから迅速なフィードバックを得て、それを踏まえ正式な査読の前に研究を改善することができます。残念なことに、科学界はこのプレプリントサーバーの有望さをまだ完全には受け入れていないため、投稿されたプレプリントへのコミュニティによるコメントはごく少数にとどまっています。…

査読の変革におけるAIの役割

この記事は、英文校正・研究支援サービスを提供しているエナゴの社員Dr. Krishna Kumar Venkitachalam(クリシュナ・クマール・ヴェンキタチャラム博士)が、Scholarly Kitchenにゲスト投稿した記事の日本語訳をScholarly Kitchenの許可の下で掲載しているものです。原文はこちらをご覧ください。 懐疑主義を克服するための実験的な試み:査読の変革におけるAIの役割 人工知能(AI)はさまざまな分野で大きな進歩を遂げていますが、学術出版における重要な要素のひとつである査読への導入は依然として躊躇されています。知識の進歩に不可欠な基礎的なシステム(査読)を改善するための技術的手段の採用が遅れているのです。AIを査読に取り込むことに躊躇するのもわからなくはないのですが、AIが既存の課題にどのように対処し、プロセスを強化できるかを探るための実験を進めることが不可欠です。 現在の査読の課題 従来の査読プロセスは、いくつかの重大な問題を抱えています。最も差し迫った問題の一つは、投稿論文の数の増加です。研究論文の急激な増加は、査読に対応できる査読者のキャパシティを超え、出版プロセスの遅れにつながっています。既に、教育、研究、管理業務のバランスをやりくりしている研究者は、査読者となることで疲労や時間的制約を感じることになりがちです。このように責務が増えると、フィードバックが遅れたり、評価が甘くなったりすることになりかねません。 別の懸案事項であるバイアスは、査読の客観性と公平性に影響を与えるものです。著者の所属機関、国籍、性別、研究分野に関連する無意識のバイアスは、評価プロセスに影響を与える可能性があります。 さらに、複数の異なる分野にまたがる研究が進むと、分野の垣根を超えて必要な専門知識を持つ査読者を見つけることが難しくなり、査読の質が損なわれる可能性があります。 査読の課題に対処する非AIソリューション 査読の課題を軽減するために、いくつかの非AIソリューションも提案されています。査読を受けることにつきクレジットやインセンティブを与えることで、タイムリーで徹底した査読を行うための動機付けにするというものです。査読者トレーニングプログラムを提供することは、評価の質と一貫性を向上させ、バイアスを減らし、評価スキルを高めることにつながります。さらに、査読者が誰なのかを公開するオープン査読(Open Peer…

論文の二重投稿<翻訳版を再掲載しない方がよい4つの理由>

発表済みの論文を別の言語に翻訳して出版することが、論文を執筆する研究者の間で一般的になってきています。これは研究不正にはならないのでしょうか?この記事では、日本語で二次投稿、二重出版もしくは再掲載などと訳されるsecondary publicationの倫理と、発表済みの論文を翻訳したものを再掲載しないほうがよい4つの理由について説明した上で、著者がこうした不正行為を回避しつつ、論文を複数言語で発表する方法について見ていきます。 研究者が発表済みの論文を翻訳する理由 まず、研究者が発表済みの論文を別の言語に翻訳して再掲載する理由を見ておきます。 発表済みの論文が読者層にとって読みにくい言語で書かれている場合、発表者の母国語、または、より多くの人が利用している言語に翻訳した方が、その論文に関心のある読者に読んでもらいやすくなります。 論文の掲載先が研究者が期待するほど有名でない学術雑誌(ジャーナル)だった場合、論文を翻訳して、より有名なジャーナルに再掲載することによって論文の認知度を高め、結果として論文の影響力を高めることができます。 論文の発表から何年も経過して、情報が古くなっている場合、当初の論文発表以降に、解釈や関連性を変更する新しい展開または発見が出てきていることも考えられます。 このような場合、新しい情報を翻訳して再掲載することで、読者が最新の研究情報にアクセスできるようになります。 既に発表された論文を翻訳して再掲載することは不正行為か 既に発表された論文を他の言語に翻訳して再掲載することが不正行為と見なされるかどうかは、どちらの判断もあり得ます。既に発表した論文の翻訳版であると投稿先に伝えて事前に再掲載の承諾を得ていれば二重投稿、研究不正とは見なされませんが、既に発表した論文の翻訳版であることを伝えず、しかも独自研究ではないことを明らかにしていない場合には研究不正と見なされてしまいます。通常、多くのジャーナルは既に発表された論文を他の言語であっても再掲載することを好ましいと思ってはいませんが、既に発表されている論文であっても、それが他の言語であれば再投稿を検討する余地を残しているジャーナルもあります。とはいえ、こうしたジャーナルであっても、論文が以前に発表されているものであることを明確に記載する必要があるので注意が必要です。 研究者は発表済の論文を翻訳して他のジャーナルに投稿すべきか この質問への回答は、「ジャーナルの方針による」となります。一部のジャーナルは、論文を別の言語に翻訳して発表することに寛容ですが、そうでないジャーナルもあります。翻訳した論文の投稿を認めていない投稿先に翻訳論文を再掲載してしまうと、それは研究不正と見なされます。 ジャーナルが、掲載するすべての論文が独自性のある研究であることを保証すること、あるいは翻訳の質に懸念を持っているような場合には、翻訳された論文の投稿を許可しない可能性があります。 研究者が翻訳版を再掲載することを許可するかどうかの最終的な判断は、個々のジャーナル次第です。特定のジャーナルの方針(ポリシー)について不明な点があれば、その編集者または出版社に直接問い合わせてみることをおすすめします。 論文の翻訳版を再掲載しない方がよい4つの理由…

研究インテグリティの維持における査読の重要性

研究者A:「有名な〇〇学術ジャーナルに論文を投稿したのを覚えてる?あれ、投稿して1年経つんですけど。」 研究者B:「え、ジャーナルから連絡ないの?編集者か編集アシスタントから何の連絡もなし?」 研究者A:「まだ何も。サイト上ではまだ査読者が割り当てられていないと表示されてるだけ。査読者を見つけるの、どんだけ難しいんだろうね?査読者の割り当てに1年もかかるなんて!」 学術論文を書かないなら研究者として失格とも言われる「出版か死か(Publish or Perish)」のプレッシャーにさらされている今日の科学研究の状況下で、研究発表システムに対する失望や落胆、怒りを感じることは最近になって始まったことではありません。実際にはあまり知られてはいませんが、出版システムに対する研究者の不満の矢面に立たされて、最も批判されているのは査読者です。確かに、研究者が自分達の研究プロジェクトに最大限責任を負うわけですが、学術研究は査読者の見識によって大きく改善されることも事実です。 査読は知識創出システムの中の中核として組み込まれており、質の高い学術研究を確立するためのひとつの手段として見なされています。査読の決定的な重要性にもかかわらず、このことはほとんど理解されていない上、研究バイアスと非難されることすらあります。 この記事では、査読プロセスを理解する上でのギャップに焦点を当て、査読の機能と質を強調することで、査読の社会的影響における深い意味を見直してみます。 研究インテグリティ(研究公正)を維持する査読の存在 査読とは、出版された学術的記録(学術論文)の公正さを維持することを約束するものであり、学術研究の質を保証、評価するためには馴染みのある手段です。研究開発において、重要な役割を果たしており、研究出版システムの意味を明確にする上でも中心的な役割を担っていると認識されています。さらに、査読付学術雑誌(ジャーナル)に論文を出版することは、研究者のキャリアにとって不可欠であり、研究者らの学術的な評判を高め、研究の正当性を与えるものでもあります。 そうした特性にもかかわらず、査読プロセスは日常的に批判にさらされ、さまざまな媒体やSNSでは、査読の発展が不十分であるとか、規模や範囲によって矛盾や重複が見られたり、決定的な結論が出ない結果を生み出すことが多々あると糾弾されています。その上、査読は、学術文献に関連するものと同じようなバイアス(偏見)の問題も抱えています。査読プロセスにおいて本当に危険なことは、査読の価値体系と実務に対する理解の不足にあるのです。 不十分な情報に基づく一般化と、さまざまな見解の間の緊張により、査読プロセスは改革の余地がほとんどない絶対的基準と見なされていますが、一方で、査読は非常に多様で多面的なプロセスでもあります。 査読プロセスにおける査読者の役割 査読者は、その分野の専門家ですが、著者とは直接的な関係がありません。こうした専門家が投稿論文を読んで評価し、フィードバックを作成し、それを編集者が著者に提供します。 査読者は以下のような作業を行います。…

科学研究における研究不正の種類トップ10

研究不正と見なされる行動は、研究プロトコルのあらゆる時点で起こり得るものです。おそらく、科学研究の初期の段階から、成果を出版するに至るさまざまな場面で、異なるタイプの研究不正に遭遇したことがあるのではないでしょうか。 よくある研究不正のタイプ 以下は、世界医学雑誌編集者協会(World Association of Medical Editors: WAME)と米国研究校正局(US Office of Research Integrity)の査読者や学術雑誌(ジャーナル)編集者らが警戒しているよくある研究不正トップ10です。 1. 研究アイデアに関する不正 他者の論文や原稿のレビュー、あるいは助成金申請手続を通して知った他者のアイデアを、自分自身のアイデアとして研究を進め、他者の知的財産権を侵害すること。…

Paper Mill:学術出版に新たな論文不正

Paper Millという言葉を耳にしたことはありますか?ここで話題にするのは、製紙工場ではなく、もっとタチの悪いものです。学術出版におけるさまざまな不正行為が摘発されていますが、「論文工場」とも揶揄される「論文代筆業者(Paper Mill)」による論文の量産に対する疑惑が浮上しています。 学術研究の出版履歴は、研究者としてのキャリアアップ、テニュア(終身雇用資格)獲得、さらに将来の研究プロジェクトへの資金調達にも多大な影響を及ぼします。少しでも多くの論文を出版しなければとのプレッシャーが、研究者を架空の研究論文を購入して出版するといった不正な行動に追い込んでしまうことがあります。データの改ざん、画像操作、査読のでっち上げなどが学術的な不正行為と見なされていますが、このような不正行為の数は増加する一方で、学術出版における大きな問題となっています。研究コミュニティは研究の公正さを維持するべく対策や警戒を強化していますが、研究不正や学術的な不正行為は止まらず、Nature Publishingグループ、Wiley、Taylor & Francisなどの大手出版社で受理された論文からも不正が発覚している状況です。そして、盗用、研究倫理問題、オーサーシップ(著者)に関する問題などに加わったのが、論文代筆業者による組織的な論文の量産という新たな不正です。学術コミュニティは既に対策に乗り出しています。 論文代筆業者とは? 論文代筆と言っても、問題なのは単なる論文の代筆・ゴーストライティングのレベルではなく、依頼に応じて科学論文を作成・販売する違法組織のことです。キャリアアップのため、あるいは昇進の条件を満たすために論文の出版数を必要とする研究者が、このような業者の作成した論文を購入しているようです。このサービスは純粋な商業目的ですので、研究者はすぐに投稿できる状態に仕上がった論文のオーサーシップを手に入れるのに高額なお金を支払います。他にも、実際に研究を行わず、苦労することなく国際的な学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表したいと考える研究者もこのサービスの利用者となり得ます。これではもはや「研究」論文ではないのでは……と思ったら、中には実在の研究室を持ち、実際に実験を行い、データを取り、画像を撮影することまでやっている論文代筆業者までいるそうです。となると、「論文工場」という呼び方が的を射ていると言えます。しかも、これらの業者が生成したデータを購入して、他の実験に利用している著者もいるということです。まるで、工場から部品を購入するようなものです。 代筆業者が作成した論文の特徴 代筆業者が作成した論文には、仮説、実験戦略、本文および構成における類似、さらに画像の複製・重複利用、あるいは不正利用といった点で特有の特徴があります。ひとつひとつ見てみましょう。 1.代筆業者が作成した論文は、形式に準じて書かれているため、あまり他では見られない文章の類似性があります。また、ほとんど同じ表現が使われていたり、洗練されているとは言い難い使われ方をしていたりすることもあります。これらを念頭に、次の2つの例文を見比べてみてください。 A. This study…

論文の公表は焦らず慎重に

近年、学術論文の公開スピードが以前よりも速まっています。学術出版における電子化や、オープンアクセスの拡大、プレプリントサーバーの利用などに後押しされ、研究者は新しい研究結果を少しでも早く公開しようとしています。重要な成果は、研究者間で共有されたり、一般公開されて共有されたりしていますが、特に新型コロナウイルス感染症に関する研究では、一刻も早く研究結果を発表することがこの感染症の治療・感染防止に役立つと同時に、研究の重複を防いで効率化を図ることにもつながるため、公開が急がれています。 研究論文の出版を急ぎたい理由は人それぞれでしょう。短期間で出版リストを充実させるチャンスと捉える研究者や、現状では感染症関連研究の成果により多くの注目が集まっているからという研究者もいるでしょう。どんな理由であれ、研究者は迅速に論文を公表する方法を模索しています。 少しでも早く論文を公開するためにはどうすればいいのか? 多くの研究者は、査読を経ずに論文を公開することができるプレプリントサーバーを利用しています。BioRxivのようなプレプリントサーバーには、論文の公開および論文へのアクセス(閲覧)が無料で、かつ迅速に公開できるというメリットがありますが、一方でここに掲載される論文は査読を経ていないので、「悪質な科学研究(bad science)」を拡散する可能性が捨てきれないというデメリットもあります。 コロナ禍において、認知度の高い学術雑誌(ジャーナル)のいくつかは、投稿された論文が出版までに要する時間を短縮する取り組みを進めてきました。同時に、査読プロセスがあまり厳しくないために評価が低めのジャーナルが、少しでも早く論文を公開したいと急ぐ研究者を引きつけているのも事実です。 研究論文の公開においてスピードを優先すべきなのでしょうか。あるいは、従来同様、研究者は高品質な研究出版を目指して努力すべきなのでしょうか? もちろん、研究成果を迅速に共有することはよいことです。しかし、研究の質を犠牲にしてまで公開を急ぐことはすべきではありません。 速さか品質か 学術論文の発表を研究の質よりも優先すべきでない理由はたくさんあります。このことは、プレプリントサーバーへの投稿でも、ジャーナルへの投稿でも同じです。 まず、仕上がった論文を見直すために十分な時間をとることが極めて重要です。この点は学術出版における肝心要であり、「良質な科学研究(good science)」のためには不可欠なことです。どんなときでも悪質な科学は良くないのですが、特にパンデミック下のような非常事態ではさらに悪い影響を及ぼすことが懸念されます。誤った結果や紛らわしい結果が、人の健康に直接的な害を及ぼしかねないからです。 研究者は、適切な査読プロセスを有する評価の確定したジャーナルに自分の研究論文を投稿すべきです。プレプリントサーバーに公開する場合でも、研究結果を自分と共同研究者で注意深く確認してから投稿すべきです。 やってはダメなことは 研究成果を少しでも早く公開したいという気持ちは理解できます。しかし、研究成果の質に妥協すべきではありません。特に、コロナ関連の研究は急ぎすぎているのではないかとの指摘にもあるように、慎重な対応が求められています。ここでは、やってはダメなことを確認しておきましょう。 急ぎすぎは禁物 良質な科学研究のアイデアをまとめ、研究を実行し、得られた結果を論文にまとめるには数ヶ月あるいは数年を要することが一般的です。しかし最近では、このプロセスをたった数日で済ませてしまう研究者がいます。このような場合、重視しているのは(論文を公開するという)目的であり、科学研究のプロセスではありません。彼らは、刺激的でニュースになりやすい結果を見つけることに注力し、科学研究におけるプロセスをおざなりにしがちです。また、急ぎすぎると、サンプルサイズが少ない、結果を選択的に報告するといった研究の方法で問題を起こしてしまう可能性も捨てきれません。…

否定的な結果をジャーナルに投稿する/しない?

「失敗は成功の元」と言われますが、多くの技術研究は、初期段階での失敗を乗り越えて進められてきました。曖昧さのない仮説に基づいてよく考えられた実験であっても、結論がでなかったり、否定的な結果になったりすることがあります。にもかかわらず、研究コミュニティは肯定的な結果、つまり成功事例だけを快く受け入れがちです。Daniele Fanelliという研究者が、さまざまな分野の論文を掲載している学術雑誌(ジャーナル)の4000以上の論文を分析した結果、肯定的な結果が出版されている傾向が強く示されました。これでは、科学的客観性がリスクにさらされているとも言えます。良い結果でなければ出版できないとなれば、科学者にとって論文出版がさらなるプレッシャーとなってしまうでしょう。さらに、肯定的な結果を示した論文を掲載しようとすることが、結果の偽造、情報操作、捏造といった非倫理的な行動を誘発してしまう可能性すら否定できません。 否定的な結果を公表することは、肯定的な結果を出することに比べると、出版費用や原稿を作成するのにかかる労力と時間などで割に合わない気がする――費用対効果が低いと見えるかもしれません。論文として出版すれば引用され、人の目に触れる可能性は高まりますが、一般的には研究に厳密さが欠如していたために否定的な結果になったと見られることが、研究者に結果の公表をためらわせるひとつの要因でもあります。肯定的な結果を発表する研究者の方が有能だというのが誤解とわかっていても、否定的な結果を発表するのを躊躇してしまう気持ちは否定できません。とはいえ、否定的な結果にも価値を見いだすことが、研究者が未開拓の研究に踏み込むことを奨励することにつながるはずです。 否定的な結果を出版することも大切 どのような研究結果においても重要な要素が3つあります。それは、再現性(reproducibility)、頑健性(robustness)、普及可能性(translatability)です。論文が出版されれば、世界中の研究者が、そこから新たな仮説を立てるきっかけとなることもあります。よって、妥協のない、信頼できる科学研究を進めるためには肯定的・否定的な結果ともに公表されることが大切なのです。さらに、否定的な結果を公開することは、状況に応じて研究計画を修正するのにも役立ちます。研究資材、時間、資金そして研究者の労力を無駄に費やすことを防ぐことができるだけでなく、サンプルサイズ、処理配分、あるいは報告ミスといった研究における失敗要因を特定することもできるでしょう。 なぜ否定的な結果になるのか 否定的な結果となるには理由があるはずです。では、なぜ否定的な結果になるのか?ありがちな理由を挙げてみます。 元々の仮説に不確かな部分があった。間違った/不正確な前提に基づいた仮説を立ててしまった。 研究デザインに不具合があった、使用した試薬に間違いがあった、または不適切な統計手法を利用したなど、技術的なミスがあった。 研究者が、出版済の論文に書かれていた発見について確認できなかった。 否定的な結果を公表しないことへの懸念 否定的な結果が上述の理由の1つ目と2つ目に起因する場合には、出版論文としての質が確保できません。通常、研究者は仮説を立てる段階、あるいは誤った資材を使用した段階でミスに気付き、研究/実験を中断します。なので、否定的な結果ながら投稿に辿り着く場合には、残る3つ目の理由、既に出版されていた研究結果とは一致しない結果が得られたものがあります。特に、影響力の高い、高インパクトジャーナルに掲載された論文に記された発見と異なる結果となったときには、その結果を公表することに不安を感じるでしょう。しかし、高インパクトジャーナルに出版された論文であっても、他の研究者が学ぶ機会を提供していることには変わりはありませんし、実験を繰り返した結果、否定的な結果となる可能性がないとも言えません。後から考えれば、否定的な結果を公表することが不必要な資金提供や科学の進歩を遅らせるのを防ぐことにもなるでしょう。出版界に内在する肯定的な結果のみを出版するというバイアスは、科学的偽造データを増やすことにつながりかねないと懸念されます。 否定的な結果を出版するための基準とは 研究者が否定的な結果をジャーナルに出版する場合には。十分な注意が必要です。掲載するデータは、厳しいデータ手法に則って分析し、否定的な結果を統計的に証明するものであるべきです。実験手順は、何度試しても同じ結果が得られること、技術的なミスではないことを示す必要があります。さらに、研究の方法と生データは論文を読んだ誰もが入手できるようにしておかなければなりません。そして最も大切なことは、高インパクトを得られる可能性が高いもののみを公表するようにすることです。可能であれば、同僚研究者、自分と同等のスキルを有する研究者、該当分野の専門家に共同研究者となってもらい、協力して実験を行うとよいでしょう。そうすることによって、間違いやすい点や研究デザインのバイアスを拾い出すのに役立つでしょう。共同研究者の確認を経ても否定的な結果となることが確認された場合には、より結果に確信が持てる上、高インパクトジャーナルで受理されるチャンスも高まります。 否定的な結果をフォローするための新しい取り組みも始まっています。Center…

論文の自主撤回は研究者の経歴にマイナスか?

自分の研究の間違いに気づいた時、沈みこむような思いを感じた経験はありますか?例えば、実験を続けてきたサンプルのラベルに付け間違いが起こってしまい、細胞株が想定していたものとは異なっていたとしたら・・・・・・既に論文にして発表した実験の結論は、正しくなかったことになります。まったく想定外のこととは言え、自分の研究成果が学術界を意図せずミスリードしてしまうだけでなく、自分の実験を再現するために他の研究者の時間と労力を無駄にさせてしまうことになることでしょう。さらなる悪影響が生じる前に、論文を自主的に撤回しますか?論文を撤回すると、誤った研究結果を発表したことが学術界の知るところとなるほか、研究者としての経歴にどのような影響を及ぼすのでしょうか。 論文撤回の影響 研究結果を発表・報告することを目的に出版された論文を修正する方法には、訂正と撤回があります。訂正はあくまでも修正のレベルであり、論文に記された実験の結果の信頼性が疑われるような深刻な間違いなどが見つかった場合には、撤回となります。過去における論文の撤回の多くは研究者による不正に伴うものであり、学術雑誌(ジャーナル)の編集者が撤回を行います。一方、研究者が自分の間違いや重大な問題に気づき、自ら編集者に論文撤回を申請することもあります。自分の非を認めて自主的に論文を撤回することが歓迎されたとしても、不名誉な印象はつきまといます。今後、撤回論文の研究者が発表する論文を他の研究者は信頼して引用してくれるでしょうか? 研究資金の獲得に影響する恐れはあるのでしょうか?学術界で職を得ることができるでしょうか?論文撤回が否定的に見られる以上、不安は山積みです。 有難いことに学術界は、意図しない誤りによる撤回には寛容な姿勢を示す傾向があります。撤回を通じて研究者は誤りから学ぶことができ、同時に、ジャーナルは不適切な論文を除外することができるので、関係者にとっては有益です。従って、長期的に見れば、自主撤回を推奨することは学術界のためになるのです。 研究履歴に「論文を自主撤回した」記録が残ることで疑念を持たれるとしても、逆に自分の長所に変えてしまうこともできます。つまり、自主撤回は、その研究論文の執筆者が次のような資質を備えていると言えるのです。 誠実であること 自分を省みることができ(自省的)、自分の研究も批判的にみることができること 自分の考えに対し、批判を聞く耳があること 自分の誤りから学べること 自主撤回は推奨されるべき 発表した論文の間違いを執筆者が認めて撤回しなければ、その誤りは修正されないままとなってしまいます。そう考えれば、論文の撤回は推奨されてしかるべきことでしょう。とはいえ、研究不正を隠すため、あるいは不正行為に基づく研究を発表したとの疑惑を回避するために自主撤回することも考えられます。一、二度程度であれば自主撤回を悪用して不正を切り抜ける不誠実な執筆者がいるかもしれませんが、度重なれば学術界から疑念を持たれることになります。 不適切な研究論文が淘汰されることは望ましいことです。そして、学術誌は確実に自主撤回の悪用を最小限に抑える仕組みを考慮しつつ撤回に関する方針を作成することでしょう。学術界にとって自主撤回は確かな利益となりえるのです。 自主撤回するには ほとんどの著者は論文の撤回を自ら率先して行いたいと思いません。それでも間違いに気づいたら、学術雑誌の定める撤回のガイドラインに従って申請を行いましょう。ガイドラインとは、学術出版に従事する人たちが一定の質を確保し、その分野での一貫性を保持することに資するものです。学術雑誌により多少の違いはありますが、全般的な考え方は同じです。撤回の場合の手順は次の通りとなります。 共著者がいれば、その全員に、間違いと自主撤回の意向を伝える。…

被験者に関する倫理問題

研究の遂行には、動物あるいは、ヒトを対象とする実験が欠かせない場合もあります。生体実験を行う際に問題となるのが、「 研究倫理 」です。例えば、ある特定の病気を研究しているような場合、その治療法や治療薬が本当にヒトに有効なのか――動物実験で有効性が確認されたとしても、どこかで必ずヒト(人)での実験を行う必要が出てきます。実験に参加する人は、被験者あるいは研究対象者と呼ばれますが、実験である以上、すべての人によい結果がもたらされるとは限りません。そのため、実験に参加してもらう場合には、正確かつ十分な説明を行い、本人の意思による同意を得ておかなければならないと決められています。しかし、時に、研究者が被験者に関する倫理規定に従わず、問題となることがあります。今回は、被験者に関する倫理問題について学んでみましょう。 ■ HeLa(ヒーラ)細胞が提起した倫理問題 ヒトを対象とする研究は、研究倫理および被験者の自発的な合意に基づいて行われるべきとされています。医学研究における科学的な透明性と被験者の同意の重要性は、ヒト由来の細胞株である「HeLa(ヒーラ)細胞」によって注目されることとなりました。 HeLa細胞とは、1951年に子宮頸がんで亡くなったアフリカ系アメリカ人女性のヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)の腫瘍病変から分離され、細胞株として樹立された(細胞株として培養に成功した)ものです。この細胞の名称は、原患者の名前から2文字ずつ取って命名されました。培養細胞株であるため、無限に分裂を繰り返すことが可能であり、ヘンリエッタの死後も、不死化した彼女の細胞は、継代培養されて生き続けています。HeLa細胞は、世界で初めて樹立されたヒト細胞株として、ポリオワクチンの開発やヒトテロメラーゼの発見などにつながる研究に貢献したことも含め、現在に至るまでさまざまな細胞を用いる試験や研究に幅広く使われているのです。実際、2013年に発表された論文だけ見ても、74,000を超えるPubMedの要約に、HeLa細胞を使用した実験であることが示されています。 しかし、HeLa細胞が問題となったのは、患者であるヘンリエッタ・ラックスに断りなく培養されたものであるためです。1950年代当時は、切除された組織や細胞を研究に利用することにつき、患者や家族に対して説明し、同意を得る必要がなかったのです。ヘンリエッタの遺族は、30年以上もの間、基礎科学におけるHeLa細胞の重要性について説明を求めてきましたが、対応されてきませんでした。2013年になって、ようやくゲノムデータの開示を条件付きで許可することが了承され、研究者が被験者に対する倫理と科学研究の透明性についての考えを変える大きなきっかけとなったのです。 ■ 被験者への科学的成果の開示 米国政府は、政府が助成するヒト試料を扱う研究と臨床試験について「コモン・ルール(Common Rule)」と呼ばれる規則を適用しています。そして、米国科学工学医学アカデミー(NASEM: The National Academy of…