学術ウォッチャーが斬る!

捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場

学術出版業界では、「捕食出版」や「捕食ジャーナル」と呼ばれるビジネスモデルが問題になっています。正当なジャーナル(学術雑誌)では、当然ながら適切な査読が不可欠ですが、掲載料さえ払えば、きわめて甘い査読のみでどんなひどい論文でも掲載してしまうジャーナルを「捕食ジャーナル(predatory journals)」といいます。「肉食ジャーナル」と訳されることもあります。「捕食ジャーナル」の多くはオープンアクセスジャーナルです。インターネット上には、 捕食ジャーナル と思われるジャーナルのブラックリストがすでに存在します(「ビールズ・リスト (Beall's List)」)。 たとえば、サイエンスライターのジョン・ボハノンは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、行っていない実験の結果を300誌以上のオンラインジャーナルに投稿したところ、約半数のジャーナルがそれを受理してしまったことを2013年に『サイエンス』で報告しました。掲載料さえ払えば、それは論文として出版されてしまうことになります。なお、オープンアクセスジャーナルの老舗として知られる『プロスワン』などは却下したといいます。 そんな捕食ジャーナルの魔の手は、人文・社会科学系研究者たちにもおよび始めています。たとえば最近、経済学分野でも捕食ジャーナルがあることが発覚しました。そして科学研究や医療行為を倫理学的に考察する分野の研究者までもが巻き込まれ始めているようです。 カナダの新聞『オタワサン』のトム・スピアーズ記者は、『臨床研究と生命倫理ジャーナル』が論文を募集していると知り、このジャーナルが、盗用だらけの意味のない文章で書かれた原稿を受理するかどうかを試してみることにしました。 彼はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から1200語を盗み、盗用を発見するソフトウェアに見つからないよう言葉をシャッフルしました。それに「確率的な」とか「ポスト植民地主義的な」、「地質学的な」といった言葉を散りばめました。また、なぜか「超カワイイ」、「スリザリン(『ハリーポッター』に出てくる寮の名前)」、「マイク・ダフィー(カナダのニュースキャスター)」といった言葉も混ぜました。 私はドゥンス・スコトゥス〔中世の神学者・哲学者〕というクールな名前にも言及した。その原稿に「21世紀(もしくはほかの世紀)における倫理的・道徳的行動の自発的な性質:個人的な見解」というもっともらしいタイトルをつけた。 と、スピアーズは同紙9月28日付で書いています。 彼は参考文献リストを、量子コンピュータ科学のジャーナルからコピー・アンド・ペーストで盗用しました。そこに「倫理(ethics)」という言葉を2回ほど加えました。 通常のジャーナルでは、査読者は送られてきた原稿が論文として出版する価値があるかどうかを判断します。価値があると判断したら、なんらかの加筆・修正の指示を著者に細かく伝えてくるはずです。しかし、このジャーナルの査読者コメントは以下のように「短くて甘い」ものだったといいます。 この著者は、彼らの職場環境における学者たちの道徳に関する言い回しとはまったく異なるかたちで、古い問題について独自の見解を示している。私の意見では、これは出版する価値のある興味深い見解である。この原稿は、完全な用法の言語で、簡潔かつ明瞭に書かれている。…

否定的な結果 をもっと公表しよう

科学や医療の世界では「否定的な結果」が公表されない傾向にあることが問題になっています。「否定的な結果(negative results)」とは、研究者たちの仮説をサポートすることに失敗した研究結果のことです。「否定的な知見(negative findings)」ともいいます。 本連載では以前、実施された臨床試験の結果が半分以下しか公表されていないという調査結果を紹介したことがあります。その理由の1つとしては、公表されない結果のなかには「否定的な結果」もあり、研究者やスポンサーがそれらを公表することに積極的になれないことも考えられます。 生物医学のニュースサイト『STAT』は、この問題を次のように評します。 この(「 否定的な結果 」がジャーナルで公表されない傾向にある)ことは 、科学者たちがそのような研究の有効性を見つけることに失敗したということを意味しない。まったく反対である。たとえば、ある医薬品がある感染症に対して効果がないということを発見した研究は、重要であるとともに、すぐに使える情報である。 しかしながら一般的にいえば、「肯定的な知見」のほうが目立つのは事実でしょう。つまり自分たち(またはスポンサー)の仮説をサポートする研究結果のほうが読者にも響くし、メディアにもウケやすいのです。 「しかし、こうした態度は変化しているようだ」と『STAT』は書きます。 たとえば、専門誌『アメリカ消化器病学ジャーナル (AJG: The American…

追試研究 をより高く評価しよう

この連載でもたびたび伝えているように、科学の世界では、論文に書かれているものと同じ材料を用意し、同じ方法で実験しても同じ結果が出ないことがずっと問題になり続けています。このことは「再現性の危機」と呼ばれることもあります。 問題になり続ける理由の1つとして、研究の追試(再現実験)が重要視されていないということがあります 。たとえ科学者が他人の論文に書かれた研究の追試を行っても、新しい知識がもたらされるわけではなく、彼らにとって何の利益にも実績にもならない、したがって追試をしたりその結果を発表したりする動機がなかなか生じない、と捉えられているようです。 そればかりか、後述する『ネイチャー』の社説は次のように指摘します。 多くのジャーナル(学術雑誌)は、追試研究を 評価することを拒んできた。また科学者の多くは、もし(追試の)結果が(もとの実験結果と)一致しなかったとき、諍いが起こるようなことをしたいとは思わない。そのため内情に通じていない科学者たちは、袋小路を探索することで時間を無駄にするか、もしくは本当に展望のある研究に対して疑い深くなってしまうかである。 このことに対して、科学コミュニティも手をこまねいているわけではありません。 たとえば今年7月19日、オランダで、世界で初めて国が追試に助成金を支出するプログラム「リプリケーション・スタディーズ( 追試研究 ))」が開始されることが発表されました。このプログラムは、社会科学や医学研究、医療イノベーション分野における重要な研究結果を再現できるかどうかを検証する科学者のために、今後3年間に渡って300万ユーロを支出するものです。 この実験的なプログラムは「オランダ科学研究機構(NWO)」が始めました。NWOはオランダ最大の予算支出機関で、大学や研究機関における研究プロジェクト6000件以上に、毎年、7億ユーロを投資しています。 NWOは「このプログラムによって科学におけるイノベーションを促進し、研究者たちが追試を実行することを促したい」とその目的を説明しています。 プレスリリースや『ネイチャー』の別の記事によれば、このNWOの実験的なプログラムは、科学や政策、国民的な論争に大きなインパクトをもたらす「土台的研究(Cornerstone research)」を追試することに焦点を当てる、といいます。土台的研究とは、しばしば引用され、後続の研究に幅広く影響する結果を出しており、政策を決定するのに重要な役割を果たす研究、とNWOによって定義されている研究です。「この意味で、関心を集めている研究結果の再現性の検証は、とりわけ重要なのです」とNWOは述べます。 NWO運営委員会のヨース・エンゲレン議長は、毎年8件から10件のプロジェクトに予算を出すことができると予想している、と、先述した『ネイチャー』にコメントしています。…

再現性確保のため、研究不正に対する取り組みを

ある研究結果について、「再現性があるかないか?」ということと、「研究不正があるかないか?」ということは、まったく別のことです。再現性がなくても、そのことは必ずしもその研究に不正(捏造、改ざん、盗用など)があることを意味しません。単に確認が不十分であったからだとも考えられます。 しかしながら、「再現性のなさ(irreproducibility)」の原因として、研究不正は無視できない一因であるということを、コロンビア大学の名誉教授で精神医学を専門とするドナルド・S・コーンフェルドらは今年8月31日付の『ネイチャー』に寄稿した「研究不正を無視するのをやめよう」という論評で強調します。 再現性のなさは、2つの要因の産物である。1つは不完全な研究行為であり、もう1つは研究不正である。われわれの見解では、科学を向上させるために現在行われている取り組みは、2つめの要因を軽視している。 たとえば、2014年、アメリカ国立衛生研究所(NIH: National Institute of Health)のフランシス・コリンズ所長は、「わずかな例外を除いて、再現性のなさの原因が研究不正であることを示唆するエビデンスはない」と同じ『ネイチャー』誌上で述べました。 アメリカの政府機関で、研究不正を取り締まる役割を持つ「研究公正局(ORI: the Office of Research Integrity)」によって、再現性のなさが問題となったケースで、研究不正を行ったと認定される研究者は年間わずか10〜12人です。しかし、 研究不正の果たしている役割を軽視することは、誤りであり、残念なことだ。最善の場合でも、…

システマティック・レビュー にもレビュー(再評価)を

ある課題についてこれまでに書かれた論文をすべて集めて、そのデータを批判的に読み込んでレビュー(再評価)し、一定の結論を出す研究を「システマティック・レビュー(systematic review)」といいます。日本語では「系統的レビュー」ということもあります。医療分野では、「根拠にもとづく医療(EBM: Evidence based medicine)」という方針において、最も信頼性の高い情報源となりうる研究方法です。 ところが、システマティック・レビュー論文のなかには、捏造や改ざん、盗用といった「不正行為」がある論文や、製薬企業などスポンサーとの関係があること(利益相反)を明記しておらず、バイアス(偏り)がある可能性のある論文を、見逃してしまっているものがあるとわかりました。調査結果は『BMJオープン』で今年3月2日に発表され、学術情報サイト『リトラクション・ウォッチ』が報じました。 スイスのジュネーブ大学病院で公衆衛生と疫学を研究しているナディア・イーリアらは、医学分野のトップジャーナル4誌に掲載されたシステマティック・レビュー論文114本をレビュー(再評価)しました。『内科学紀要(Annals of Internal Medicine)』、『英国医学ジャーナル(BMJ: the British Medical Journal)』、『米国医師会ジャーナル(JAMA: The…

査読の歴史 − 査読を科学的なものにしよう!

7月5日、『ネイチャー』は「査読を科学的なものにしよう!」という過激なタイトルの論評を掲載しました。そう主張するということは、査読の現状は科学的なものではない、と著者は考えているのでしょう。著者のドラムンド・レニーは「世界医学編集者連盟」の元会長で、『ニューイングランド医学雑誌』の副編集長などいわゆるトップジャーナルの要職を務めてきた人物です。 『ネイチャー』は科学の雑誌です。『ニューイングランド医学雑誌』も医学という科学の雑誌です。どちらも科学論文が載る雑誌です。その科学論文の査読が科学的ではない、というのはどういうことでしょうか? この論評は冒頭からいささか挑発的です。 査読は、科学の自己批評的な性質の現れであると褒めちぎられている。しかし、これはヒューマン・システムである。査読にかかわる者すべては偏見を持ち、誤解をし、知識のギャップがある。そのため、査読がしばしば偏見にとらわれたり、非効率であったりしても、驚くべきではない。査読はときとして腐敗し、ときには茶番となり、盗用する者を誘惑するものでもある。ベストを尽くす意図があるとしても、査読が質の高い科学をどれくらい識別しているのかどうかはよくわからない。手短かにいえば、査読は非科学的なのだ。 レニーは30年間、査読の向上、つまり科学文献の向上に努めてきた人物です。彼は医師としてキャリアを始めた後、『ニューイングランド医学雑誌』や『アメリカ医師会雑誌(JAMA: The Journal of the American Medical Association)』で働いてきた経験をもとに、査読の30年を振り返ります。 1983年、彼が『JAMA』で働いていたときのこと、編集長が査読についての会議(カンファレンス)を開くことを提案したとき、彼はそのアイディアに飛びつきました。最終的に、初めての「査読会議(Peer Review Congress)」は1989年にシカゴで開催されました。その会議では、たとえば査読者たちについての人口統計学、査読を行う頻度、盲検などについての研究が報告され、レニーは「アクチュアルなデータ」に興奮したといいます。 そのような研究のおかげで、私たちはいま、査読について多くのことを知っているのだ。たとえば論文を評価するためにかかる時間、査読者たちの間における意見不一致の率、信頼できるジャーナルにおけるコスト、さらには査読における不正行為の発生についても。…

「 インパクトファクター 」の問題とその行方

「 インパクトファクター (IF: impact factor)」は、ジャーナル(学術雑誌)のレベルを評価する指標として知られています。「ジャーナル・インパクトファクター(JIF: journal impact factor)」と呼ばれることもあり、「文献引用影響率」と訳されることもあります。研究者たちは論文の投稿先を選ぶときだけでなく、研究者を評価するときにもこれを参考にしてきました。しかしインパクトファクターを批判する研究者も少なくありません。 インパクトファクターの計算方法は一見単純です。簡単にいえば、過去2年間で論文が引用された平均回数です。たとえば、『ネイチャー』のインパクトファクターは現在、「41.456」です。この数字は、過去2年間で同誌に掲載された論文それぞれが平均約41回引用された、ということを意味するのだと一般的には解釈されています。 「しかしこの数字は簡単に誤解される」と、『サイエンス』誌のジョン・ボハノン記者は警告します。 たとえば、もし論文の引用回数が人々の身長のようなものだとしたら、その平均の数字は参考になるだろう。平均すれば、男性は女性よりも背が高い。実際のところ、人々の身長を推測するとき、性別だけわかっていれば、ランダムに推測するときよりは正しく推測できる。しかし、既存のジャーナルで公表されている論文についていえば、引用の分布はきわめていびつなものである。ごく一部の影響力のある論文だけがほとんどの引用(数)を勝ち得ている一方で、大多数の論文はわずかしか引用されていないか、まったく引用されていない。そのため引用の平均数はしばしばきわめて誤解を招くものになる。 また同記事は、インパクトファクターには一般的に2つの問題がある、という専門家の見解を紹介しています。第一に、予測として無意味なこと。インパクトファクターが高いジャーナルで論文が掲載されることは、必ずしも引用されやすいことを意味するわけではない、ということです。第二に、計算方法が不透明であること。計算しているのはトムソン・ロイターです。同社は、科学論文のデータベース「Web of Science」を運営していることでも知られています。そしてその計算方法は公開されていません。 しばしば批判されるインパクトファクターの謎を解明するために、ジャーナルの編集者たちと研究者グループが、そのデータセットを公表し、この指標を計算するために使われる引用数を分析しました。この研究を率いたのは、カナダのモントリオール大学でジャーナルにおける引用を専門的に研究しているヴィンセント・ラリヴィエです。…

撤回論文の データ をどう扱うべきか?

一度は出版された論文が「撤回」されてしまうことがあります。その理由はさまざまで、よく話題になるのはやはり「研究不正」でしょう。データの捏造や改ざん、盗用などが発覚した際には通常、ジャーナル(学術雑誌)の編集部はすみやかにその論文を撤回することになります。 そのほか、ほかの研究者が同じ対象を同じ方法で実験しても同じ結果が得られず、その過程で重大なミスが見つかった場合などにも、その論文は撤回される可能性が高くなります。 また、人間つまり被験者を対象とする臨床研究の場合、適切なインフォームドコンセント(説明を受けた上で被験者となることへの同意)がなされていなかったなど「倫理的」問題が発覚した場合にも、論文は撤回されます。 意外にも、論文の撤回についての調査はあまり多くないのですが、日本の生命倫理学者が医学論文が撤回される理由を調査して、2006年4月、専門誌『研究における説明責任 (Accountability in Research)』で発表しました。 東京大学医科学研究所公共政策分野の井上悠輔らは、生物医学分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」を使って、1981年から2011年にかけて出版(公表)された研究論文で、最終的に撤回にされたものを同定しました。そのうえで、それらの「撤回通知」を調査し、撤回の理由などの傾向を明らかにしました。 井上らが着目したのは、“被験者を保護するために求められる条件”に違反したことを理由に撤回された医学論文でした。調査対象となった期間に撤回された論文1217件のなかで、被験者保護の必要条件を満たさなかったために撤回された論文は99件見つかりました。そのなかにはインフォームドコンセントにおける 問題があったために撤回されたものも6件ありました。 そうした論文の責任著者の出身国は、(後述するボルトが研究していた)ドイツ(99件中78件)が最も多く、続いて日本(6件)、アメリカ(3件)、オーストリア(3件)でした。 井上らによると、ジャーナルが発行する「撤回通知」の大多数は「倫理的検討そのものがなされていなかったこと」を撤回の理由として強調していたのですが、その記述はいずれも曖昧だったといいます。 それぞれのケースのほとんどの部分において、撤回の理由を理解することは困難であった。編集者たちは、撤回についての決定の根拠を明らかにしなかった。   また、「撤回された論文に含まれているデータはどのように取り扱われるべきであるかを指摘した撤回通知は1件もなかった」といいます。撤回された論文99件中96件は、ほかの論文の中で合計3072回引用されていました。撤回後1年以上経ったものに限っても、83件の論文が485回引用されていました。…

研究不正を起こした研究者にリハビリを

2013年1月、『ネイチャー・ニュース』は、研究不正を起こした研究者に対するリハビリテーション・プログラムが試行され始めたことを伝えました。 日本でも海外でも、研究不正事件が起こるたびに、研究不正をした研究者やその人物が所属する研究機関が批判されます。しかし、研究不正にかかわってしまった研究者をどう扱うべきかということはあまり注目されていません。 ノースウエスタン大学研究公正局の局長であるローレン・クォーケンブッシュは同記事で、研究不正を起こした者に対する罰として、研究資金の受け取り禁止といった「重い罰」と、オンラインの研修コースの受講や文書による注意(けん責)といった「軽い罰」との間には大きなギャップがある、と指摘しました。すべての当事者が白か黒かのどちらかというわけではなく、研究機関としてはその人物に研究者として復帰してほしい場合もある、ともいいます。 一方で、研究不正を防ぐための倫理教育に効果があるというエビデンスは乏しいようです。仮に有効な教育方法が開発されたとしても、不正の発生をゼロにはできないでしょう。そこで「重い罰」と「軽い罰」とのギャップを埋める試みとして、セントルイス大学の倫理学者ジェームズ・デュボアらは、問題を起こした研究者が受けるリバビリテーション・プログラムを開発しました。精神医学者や心理学者も運営にかかわっています。 このプログラムは当初、「研究における専門家意識と公正さの回復(RePAIR : Restoring Professionalism and Integrity in Research)」と呼ばれていましたが、現在では、「専門家意識・公正プログラム(Professionalism and Integrity Program)」あるいは「PIプログラム」と呼ばれています。プログラムの開発には、国立衛生研究所(NIH:…

「研究 再現性 の危機」 – nature、1500人を調査

研究論文に書いているものと同じ材料(研究対象)を用意し、同じ方法を試したら、同じ結果が出る。このような状態を「再現性がある」といいます。いうまでもなく、「再現性があること」は科学の条件の1つです。 ところが、研究論文に書いてある通りのことを行っても、同じ結果が出ないことがしばしばあることが、学術界では問題になっています。このことはしばしば「再現性の危機」と呼ばれます。英語では「reproducibility crisis」といい、「replication crisis」と呼ばれることもあります。 『ネイチャー』誌はこの再現性という問題について、オンライン・アンケートを実施しました。回答者は1576人。その結果は同誌5月25日付の記事で公表されました。「研究者の70%以上がほかの研究者の実験を再現しようと試みて失敗しており、半分以上が自分自身の実験を再現することに失敗している」という現状が浮かび上がりました。 実際のところ、どれだけの研究結果に再現性があるかということについては、情報が乏しいのが現状です。過去の研究では、心理学では40%、がん生物学では10%という数字が示されたこともあります(ただし心理学については反論もあります)。 「“再現性の危機”はありますか?」という質問には、52%が「はい、深刻な危機があります」と回答し、38%が「はい、若干の危機があります」と回答しています。合わせて90%の研究者が、程度は異なれど「再現性の危機」を自覚している、ということです。それに対して「いいえ、危機なんてありません」や「わかりません」と答えた人は合わせても10%にすぎませんでした。 また、「あなたはこれまでに再現を試みたことを公表(出版)したことがありますか?」という質問には、「再現に成功した」ことについては24%が「公表した」と、12%が「公表しそこなかった」と回答しました。一方、「再現しようとしたが失敗した」ことについては13%が「公表した」と、10%が「公表しそこなかった」と回答しています。「再現成功」は「再現失敗」よりも、やはり公表しやすいようです。 同誌は「研究結果の再現に失敗することは通過儀礼だ」という研究者のコメントを紹介しています。ブリストル大学の生物心理学者マーカス・ムナーフォによれば、 自分が学生だったとき、「文献でシンプルに見えたものを再現しようと試みましたが、できませんでした。そして私は信頼性について危機感を抱きましたが、その後、私の経験は決して珍しいものではないということを知りました」 とのことです。『ネイチャー』の調査に回答した研究者の大部分はある実験を再現することに失敗した経験があるのですが、ほかの研究者から研究結果を再現できなかったという連絡を受けたことがある者は20%以下でした。「そのような話をすることは難しいから」と、同誌は推測しています。 もし実験した者がもとの(研究を報告した)研究者に助けを求めて接触すれば、自分たちの無能さ、あるいは(もとの研究を報告した研究者に対する)非難の意を示すことになってしまったり、あるいは、自分たち自身のプロジェクトについて言わなくてもいいことを言ってしまったりするリスクがある。 再現実験(追試)を行って失敗した場合、その結果が公表されにくいことについても理由がありそうです。まず研究者は、他人の研究結果を再現できなくても、「完全に妥当な(そしてたぶんつまらない)理由がある」と思ってしまいがちです。またそもそも、再現実験の成功を報告する動機自体が弱いこと、そしてジャーナル(学術雑誌)は否定的な知見を公表したがらないこともあります。再現の失敗を公表(出版)したことのある複数の回答者が、出版元の編集者や査読者はもとの研究との比較を控えることを要求してきた、と言います。 ある研究者は、幹細胞にかかわるある技術がうまくいかないことを公表しようとジャーナルに原稿を投稿しました。彼は「冷たくてドライな却下」を予想していたのですが、原稿は採択されました。それはおそらく、その問題についての「次善策」を提案したからだ、と彼は推測しています。 アンケートへの回答者の3分の1が、再現性を高めるために具体的な措置を実施している、と回答しています。またある生化学分野の大学院生は、「研究を再現させる努力のために、時間と物資を倍かけている」と述べています。また、ある数理生物学者は「再現性を確かめる」ために「プロジェクト1つにつき労働時間を30%増やすことがある」と推測しています。…

「科学論文すべてをオープンアクセスに」EUが合意

2016年5月27日、欧州連合(EU: European Union)の「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業にかかわる大臣たちの会合)」は、ブリュッセルでの2日間の会議を経て、「ヨーロッパの科学記事すべてを、2020年までに無料でアクセス可能にすべきである」という合意に達しました。 現在、ジャーナル(学術雑誌)の定期購読者でなくても読むことができる論文が少しずつ増えています。そういう状態を「オープンアクセス」といいます。すべての論文が オープンアクセス になっている雑誌のことを「オープンアクセス・ジャーナル」といいます。 EUのプレスリリースは現状を次のように説明しています。 公的に資金を提供された研究の結果は現在、大学や研究機関に属していない人々にはアクセス不可能である。結果として、教師や医師、起業家らは、自分たちの仕事に関係がある最新の科学的洞察にアクセスできず、大学は出版物にアクセスするために高額の購読料を出版社に払わなければならない。 つまりEUは、すべての科学論文をオープンアクセス化しようと決断したのです。 2016年5月に発行された『サイエンス』誌の記事によれば、このEUの動きは「オープンサイエンス」というさらに大きな目標を達成するための過程です。オープンサイエンスとは、論文だけでなく、論文に含まれるグラフなどのもとになった生データも公開し、第三者がそのデータを再利用できるようにすること、つまり「データ・シェアリング」をも含む広い概念です。「EUにおける交代制の議長を現在務めているオランダ政府は、オープンサイエンスのためにヨーロッパ規模のロビー活動を行ってきた」と同記事は書きます。 先述したEUのプレスリリースも、「研究データを適切に再利用できるようにしなければならない」と、明記しています。 このことを達成するために、たとえば知的所有権やセキュリティ、プライバシー問題といった、再利用できないことについて根拠の確かな理由がある場合を除いて、データはアクセス可能にするべきである。 競争審議会の議長を務める、オランダのサンダー・デッカー教育・文化・科学省副大臣は、「研究とイノベーションは、経済成長やより多くの雇用をもたらし、社会的課題にソリューションをもたらすものです」と述べ、そのために「知識が無料でシェアされること」が必要であることを強調しています。 『サイエンス』誌の同記事は、EU加盟のヨーロッパ各国がどのようにして4年以内にオープンアクセスへと完全移行するのか、産業審議会が具体的に述べていないことなどを指摘しています。 競争審議会の広報担当者も、2020年という目標が「簡単な仕事ではないでしょう」と認めているが、審議会の新たな決断の重要性を強調する。「これは法律ではありません。しかし、28カ国の政府の政治的方針なのです。重要なのはコンセンサスがあるということです」…

海賊版論文サイト サイハブ / Sci-hub をめぐって

筆者は数年前まではどの研究機関にも属していなかったので、オープンアクセスになっていない科学論文を手に入れることに苦労していました。わざわざ図書館で印刷版をコピーしたり、大学などに属している友人にPDFファイルを送ってくれるよう頼んだりしていました。大学で教えるようになってからも、あえて何の特権もないままでどれだけ論文を入手できるかを試してきました。 幸いにも最近はオープンアクセスの論文も多くなりました。また、大きな声ではいえないものの誰でも知っているように、たとえ出版社のウェブサイトでアクセス制限があっても、「Google Scholar」などのデータベースをうまく使うと、インターネット上のどこかにアップされているPDFファイルが見つかることもあります。 一方、ジャーナルの購読料が高騰しているために、大学のなかにはジャーナルの定期購読をやめてしまい、研究者に必要な論文を個々に購入するよう求めているところもあるようです。また、いわゆる先進国ではない国々の研究者たちにとって、論文の入手にかかるコストは、先進国の研究者よりもずっと重いものでしょう。 2011年、そんな状況に不満を抱いたカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、コンピュータのスキルを駆使して、数万件もの論文のPDFファイルを誰でも簡単に無料で入手できるウェブサイト「Sci-hub(サイハブ)」を創設しました。ネット上では、多くの研究者がSci-hub(サイハブ)を賞賛しました。 これに待ったをかけたのが、いうまでもなく出版社です。学術出版大手のエルゼビア社はSci-hub( サイハブ) を訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はSci-hub(サイハブ)が著作権保有者としての出版社の法的権利を侵害していることを認めて、ウェブサイトの閉鎖を命じました。「sci-hub.org」からは論文をダウンロードすることはできなくなりましたが、すぐに、「sci-hub.io」や「sci-hub.bz」、「sci-hub.cc」というミラーサイトが現れました(6月20日現在、「.io」は使えなくなっているようです。今後の展開次第では「.bz」や「.cc」も使えなくなったり、新たなミラーサイトが立ち上げられる可能性もあります)。そのサーバーは、アメリカの司法の力が及ばないロシアにあるようです。 Sci-hub(サイハブ)は、いまでは50万件もの論文を収録しているといわれています。ただ、Sci-hub(サイハブ)にはどれくらいのユーザーがいるのか、彼らはどこにいるのか、彼らはどんな論文をダウンロードしているか、といったことは明らかではありませんでした。 Sci-Hub(サイハブ)を利用しているのは誰か ジャーナリストのジョン・ボハノンは、エルバキャンからSci-hub(サイハブ)の詳細なログ・データを提供してもらい、その分析結果を『サイエンス』で「海賊版論文をダウンロードしているのは誰だ? みんなだ」という記事にまとめています。 その記事は、2015年9月から2016年2月までの6カ月間で2800万件ものダウンロードがあったこと、最もダウンロードが行なわれた国はテヘラン、インド、中国であり、都市でいえばテヘラン、モスクワ、北京であったこと、その一方で、アメリカやヨーロッパ諸国といったいわゆる先進国でもかなりのダウンロード数があること、などを明らかにしました。 最も打撃を受けた出版社はエルゼビア社のようです。同記事は、最近の1週間だけで、エルゼビア社が発行するジャーナルに掲載された論文のダウンロードが50万件あったと推測しています。 少し気になるのは、前述のように、ジャーナルへのアクセス環境が整っている先進諸国でも多くのダウンロードがなされていることや、2番目に多くダウンロードされている論文がオープンアクセスになっているものであるということです。同記事は次のように書きます。 Sci-hub(サイハブ)を批判する者のなかには、多くのユーザーが同じ論文に図書館経由でアクセスできるのに、サイハブを使っていることに不満を述べている…

生物医学 公表された論文の4%に画像の複製あり

スタンフォード大学の微生物学者エリザベス・ビクらは、1995年から2014年までの間に生物医学分野のジャーナル40誌で公表された論文、合計2万621本を2年間かけて調べました。彼女らの目的は、同じ論文のなかで、別の実験結果を示しているはずなのに同じ画像が使われていないかどうかを探すことでした。 ビクは画像の複製(使い回し)を見つけると、2人の同僚にクロスチェックさせました。2人とも微生物学者です。 その結果、全体のうち3.8%に、そのような画像の複製が含まれることがわかりました。しかし画像の複製があっても、研究不正とは限りません。単なるミスである可能性もあります。ビクらは画像を精査した結果、「少なくとも半分は、意図的な操作を思わせる特徴を示している」と主張しています。 しかしその比率はジャーナルによって異なるようです。たとえば『国際腫瘍学ジャーナル(International Journal of Oncology)』に掲載された論文では12%でしたが、『細胞生物学ジャーナル(Journal of Cell Biology)』では0.3%でした。『細胞生物学ジャーナル』では2002年以来、採択した論文の画像を、出版する前に体系的に検査するようになったといいます。 また問題のある画像を含む論文の比率は、この10年で著しく増えていることもわかりました。さらにインパクトファクターが高いジャーナルは、一般的にいって、画像の複製がある比率が低い傾向があることもわかりました。 ビクらは、 問題のある画像複製の頻度がジャーナルによって著しく違うということは、たとえば公表前に画像を検査するといった、ジャーナルにおける実践行為が科学文献の質に影響していることを示唆する。 とまとめています。彼女らの調査結果は生物医学分野のプレプリントサーバー『bioRxiv』に投稿された段階で『ネイチャー・ニュース』で報じられた後、2016年6月7日、オープンアクセスジャーナル『mBio』に掲載されました。 一方で、この調査には限界もあります。この調査は、同じ画像が同じ論文のなかで使い回されているどうかを調べたのですが、同じ画像が別の論文に使い回されているかどうかを調べてはいないからです。…

「研究不正」を防ぐための倫理教育に効果はあるか?

2014年に世界的に有名になってしまったSTAP細胞事件など、日本でも海外でも、研究不正(research misconduct)が相次いで発覚しています。そのため大学や研究所、民間企業のなかには、研究不正を予防するための講義やトレーニング、グループ・ディスカッションなど教育的介入 −「研究倫理教育」などと呼ぶこともあります− が行なわれているところもあります。そうした教育的介入には、実際に研究不正を予防する効果はあるのでしょうか? 研究不正には、研究結果をでっち上げる「捏造」や、研究結果を操作する「改ざん」、ほかの研究者のアイディアなどをコピーする「盗用」などがあります。こうした研究不正がない状態を「研究の公正さ(research integrity)」または「研究公正」が保たれている、ということもあります。 しかし、非常に書きにくいことなのですが、教育的介入が研究公正に対する研究者の態度や知識を向上し、研究不正を予防できる、という明確なエビデンス(証拠)は乏しいようです。 医学研究コンサルタントのエリザベス・ウェージャーらは、治療方法などの有効性を体系的に再評価(レビュー)し、その結果を公開する国際プロジェクト「コクラン共同計画 (The Cochrane Collaboration)」の一員として、研究不正を防ぐための教育的介入の有効性を評価した研究31件を集めて再評価しました。臨床試験の効果を再評価するときと同じように、です。その結果は同計画のデータベース「コクラン・ライブラリー (Cochrane Library)」で公表されました。 それらの研究31件は33本の論文で発表され、合計9571人の被験者(研究者や学生)が対象にされていました。31件のうち15件は「ランダム化比較試験」といって、臨床試験では信頼性が高いとされる方法を使っていましたが、それほど信頼性の高くない方法を使っているものも少なくありませんでした。 いくつかの研究は、教育的介入が「盗用」に対する研究者の態度についてポジティブに影響したことを示しました。「盗用についてのトレーニング、とくにそれが実践的なエクササイズをともない、テキスト・マッチングソフトウェアを使うときには、盗用の発生を減らすらしい」ことがわかったのですが、エビデンスのクオリティはそれほど高くないといいます。…

第二の「ソーカル事件」? フランスで起きた論文撤回事件

筆者のように学術情報の動向そのものに興味を持っている者の間では有名な「リトラクションウォッチ (retraction watch)」というウェブサイトがあります。文字通り、学術論文が「撤回」されると、その理由や経緯などを報告する記事が掲載されるメディアです。 いちど掲載された論文が撤回されるということは、もちろんその論文に何らかの問題があることが見つかったということです。こうした 論文撤回 がニュースになるのは、理科系のジャーナル(学術雑誌)でのことがほとんどなのですが、2016年4月7日付の同誌は、哲学のジャーナルである論文が撤回されたことを伝えました。 哲学者アラン・バディウについての研究論文を掲載するジャーナル『バディウ・スタディーズ』は昨年秋、「クィア・バディウ主義フェミニズムに向けて」という特集のための論文を募集しました。アラン・バディウはフランスの有名な哲学者で、日本語に翻訳された著作もあります。存命で、左翼的な政治思想でも知られています。ルーマニアにあるアレクサンドル・イアン・クザ大学のベネディッタ・トリポディという研究者は「存在論、中立性、そして(非)クィアのための闘争」という論文を書いて、その原稿を同誌に投稿しました。原稿は査読され、同誌はそれを一度は採択したようです。 そのアブストラクトの冒頭2センテンスだけを訳してみましょう。 「ジェンダー」はつねに、存在論的な差異と“ジェンダー化(gendering)”の失敗へとつながるジェンダーの制度化継続という弁証法の名称となってきたため、どんなものであれバディウ的存在論というツールを通じたジェンダー中立言説という観点に取り組むことには価値がある。『存在と事象(Being and Event)』でバディウによって確立されたように、数学は−集合論として−究極的な存在論である。集合は、反動的制度によるジェンダー化プロセスが保持しようとしているもので、主体としてのそれぞれの主体に特有な多様性状態に対立するものである。 一読しただけで、きわめて難解なものであることがわかります。しかし、フランスの思想家たちの著作ではこのように難解な文章は珍しくないため、「哲学の世界では、こんなものなのかな」と思う人もいるでしょう。 ところがこの論文は、フランスの哲学者フィリップ・ユヌモン(パリ第一大学)とアンノク・バルベルース(リール第一大学)が、いかにもバディウやバディウ主義者たちが使いそうな言葉を散りばめた文章を並べてでっち上げたインチキ論文でした。そしてアレクサンドル・イアン・クザ大学に「ベネディッタ・トリポディ」という研究者はいません。『バディウ・スタディーズ』編集部は、きっかけは不明なのですが、いずれかの段階でその事実に気づき、この論文を撤回しました。現在、同誌第4巻1号の目次にこの論文の題名はありません。ユヌモンとバルベルースは、このようなことを行なった理由を「ジルセル(Zilsel)」というウェブサイトにおいてフランス語で表明したようですが、それを「テンデンス・コーテジー(Tendance Coatesy」というウェブサイトが英語で要約しています。 彼らは、抽象的な存在論(ontology)という哲学を実質的に正当化しているものに対して異議を唱えているのだ。〔略〕このパロディは、その「マスター〔バディウのこと〕」がもとづく存在論についての基盤を掘り崩すためにデザインされている。…

査読は無償でなくなる時代が来る?

ジャーナル(学術雑誌)の編集部は、論文を発表したい著者から原稿を受け取ると、掲載の可否を判断できそうな研究者、すなわち査読者(reviewer)に送ります。査読者はその原稿を読み、可否を判断したり、必要な修正を指示したりします。この過程を査読(Peer Review)といいます。 著者は「投稿料(subscription fee)」や「論文掲載料(APC: article processing charge)」と呼ばれる費用を負担する必要があります。APCには幅がありますが、たとえば大手ジャーナル出版社であるエルゼビア社は500〜5000ドルを設定しています。それに対して査読は一般的に無償でなされ、査読者はボランティアで取り組むことが求められます。「査読は無償」という原則はこれまで常識でした。ところが最近、査読者に報酬を払うべきではないか、という意見が出てきています。学問が細分化し、ジャーナルも論文も増えるにつれて、査読や査読者の必要性も大きくなってきています。そういった傾向を受け、高等教育についての専門ニュースサイト『タイムス・ハイアー・エデュケーション』の記事では、「無償のシステムという倫理に疑問を持つ者もいれば、査読には支払いをする時代になったと考えるジャーナルも出てきた」と伝えています。 この記事によれば、イギリスの出版社ヴァーリュスクプト(Veruscript)社は今年6月に創刊する、新しい学術雑誌4誌(うち2誌は自然科学分野、2誌は人文科学分野)にて、次のようなシステムを検討しています。査読者は、APCの一部を受け取る権利を得たうえで、(1)報酬を受け取る、(2)将来の自分の掲載費として預ける、(3)APCを負担できない研究者に寄附する、という3つのオプションから1つを選ぶ、というものです。いまのところ同社は査読者に払うつもりの金額を明らかにしていませんが、「査読にかかる時間を考えれば十分なものではない」と同社の編集長は記事の中で述べています。同社はこのアイディアの長所や短所を調べるために、ケンブリッジ大学でフォーカスグループ調査を行ない、アメリカでアンケート調査を行ないました。その結果、アメリカの研究者たちは査読に報酬がつくことを支持する傾向がある一方で、イギリスの研究者たちは「もっと保守的」だとわかりました。とりわけ哲学者は否定的だったそうです。その結果を受けても、『タイムス~』誌は「変化はやってくる。というのは、現行の無償システムは崩壊しかけていると考える者もいるからだ」と言及しています。 また、同誌は オープンアクセス出版を擁護する者たちの間でよくある不満は、巨大な営利出版社は出版のプロセスにおいてわずかしか貢献していないのに、無償労働から莫大なカネを稼いでいる、というものだ。 と、無償でなされる仕事の不当性を理由に、査読者への支払いを主張する者もいると伝えています。 なお、カリフォルニア大学出版が最近創刊したオープンアクセス・ジャーナル『コラブラ(Collabra)』は、ヴァーリュスクプト社と似たような方針での運営をすでに開始しています。ヴァーリュスクプト社は、査読者全員のうち3分の1ぐらいが報酬を受け取るだろう、と推測しています。しかし『コラブラ』では、いまのところ報酬を受け取った査読者は1人もおらず、全員がほかの研究者のために寄附したとのことです。 今年2月16日にロンドンで開催された、ジャーナルの編集者や研究者たちがオープンアクセスやジャーナルの利益幅について議論する「研究者から読者へ」という会議でも、この件が話題になりました。会議にて、ジャーナルの編集業務の補助を業務とする「エディトリアル・オフィス」社ディレクターのアリス・エリンガム氏は、著者から投稿された論文1本の査読手続きにかかる時間は40〜50分であることを明らかにしたと『タイムス誌~』の記事で報じられています。エディトリアル・オフィス社では、85誌ものジャーナルから外注された査読行程を運営しています。エリンガム氏は匿名の3誌のデータを示し、40〜50分という時間は投稿された論文原稿を選り分けたり、メールを送ったり、文章を編集したりするためのものであり、査読そのものにかかる時間は含まれていない、と説明しました。査読には「隠れたコスト」がある、ということです。当然ながら、査読者に金銭を支払うことによって、査読の内容に影響が出るという懸念もあります。しかし、経済学者を対象に2014年に行なわれた研究(The London School…