学術ウォッチャーが斬る!

研究倫理問題、最新の学術出版システム、世界の最新ジャーナル記事……。学術界の「今」を、ライター・翻訳者の粥川準二氏が舌鋒鋭く、わかりやすく解説!エナゴアカデミー屈指の人気連載です。

倫理的問題のある研究論文を公表すべきか?

本誌でもお伝えしている通り、2018年11月末、中国の研究者が、ヒトの受精卵に「ゲノム編集」を行って、遺伝子を改変させた赤ちゃんを誕生させたと発表し、世界を騒然とさせました。ゲノム編集とは、まるで文章をワードで書き換えるように、遺伝子が含まれているDNAを切り貼りする技術のことです。ひと昔前の「遺伝子組み換え技術」に比べると、正確さも成功率も格段に高いことが知られています。このゲノム編集を、人間の「体細胞」ではなく「受精卵」などに行えば、編集の結果は生まれてくる子どもだけでなくその子孫にも及びます。そのため、そのような生命への介入を行うことは認められるのか、認められるとすればその条件は何なのか、などが広く議論され始めています。しかし今回の中国人研究者の研究は論文として公開されていないため、専門家たちが精査することができないままなのです。 振り返ってみましょう。 2018年11月25日、ウェブメディア『MITテクノロジー・レビュー』が「スクープ」として、中国の深圳にある南方科技大学の賀建奎(が・けんけい、フー・ジェンクイ)副教授らが「CRISPRベビー」を誕生させようとしている、と報じました(CRISPRとは、代表的なゲノム編集技術「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9)」のことです)。同日、賀自身がユーチューブで、ゲノムを編集した赤ちゃんをすでに誕生させたと語る動画を公開しました。11月26日には、AP通信が、賀副教授へのインタビューを踏まえて、同様のことを報じました。 ところが、南方科技大学など関係各機関はいっせいに、自分たちはこの研究に関与していない、と発表しました。 賀は11月28日、ゲノム編集の科学と倫理について専門家たちが議論する会議「第2回国際ヒトゲノム編集サミット」に登壇し、自分の研究について発表しました。 発表によると、賀らは、HIV(エイズウイルス)に感染している男性の精子と、パートナーの女性の卵子を体外受精させて受精卵をつくり、その「CCR5」という遺伝子を、ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」で切断しました。CCR5は、HIVが細胞に侵入するときに必要になる「受容体」を暗号化している遺伝子です。これが働かなくなると、HIVはその細胞に感染することが難しくなります。賀は、HIVの患者コミュニティで希望者を募り、7組のカップルから受精卵31個を集めた、と説明しています。それらにゲノム編集を行ったところ、双子の女の子、「ルル」と「ナナ」が誕生したとのことでした。 サミットでは、多くの専門家から、治療法が存在するHIVに関連する遺伝子を編集対象とすることの医学的正当性や、こうした研究では必ず受けなければならない倫理審査などについて質問が相次ぎました。しかし賀ははっきりとは答えず、会議の参加者たちは満足しませんでした。 専門家たちがこの研究を知るために参照できるデータは、このサミットで使われたパワーポイントファイル(https://drive.google.com/drive/folders/1T1zLTtHS2z_cgl29fN_7qJg7fLA4qlrd)だけです。賀は、論文をジャーナル(学術雑誌)に投稿中である、とサミットで話しました。この研究が本当に行われていたとして、その結果はどのように公表すればよいのでしょうか? そもそも論文として公表すべきでしょうか? 学術情報サイト『リトラクションウォッチ』の主筆としても知られるジャーナリスト、アダム・マーカスが『STAT』で述べているところによれば、『サイエンス』の編集者は、賀の論文原稿を受け取ったかどうかは答えなかったものの、このように倫理的問題の多い研究を検討する可能性は低い、とのことです。また、『米国医師会ジャーナル(JAMA)』の編集者は、やはり賀の原稿については話さないものの、研究はメディアで語られていることだけで評価されるべきではない、と同誌にコメントしています。 多くのジャーナルは、倫理審査を経ていない研究の論文を掲載することを好まないという現実がある一方で、科学的な議論は査読を通過した論文に書かれていることのみを前提として行われるべき、という一般論もまた説得力を持ちます。 またマーカスは、ジャーナルは倫理的問題がある研究の論文をあえて掲載することもある、と指摘します。2000年、著名な医学誌『ニューイングランド医学雑誌』は、数百人ものウガンダ人を、HIVが感染しているにもかかわらず治療しないまま観察し続け、その結果をまとめた論文を掲載する一方で、同誌の編集長マーシャ・エンジェルが同じ号の社説でその研究の倫理的問題を指摘・批判する、ということがありました。マーカスは、ジャーナルというものは一般メディアからであろうと研究者からであろうと、注目されることを好むのだ、と指摘しています。 また、マーカス自身は、賀の論文を「プレプリント」として公表することを提案しています。プレプリントとは、ジャーナルに論文として掲載されることを目的に書かれた原稿で、完成はしているが査読はされていない段階のもののことをいいます。学術界では、このプレプリントを、「プレプリントサーバー」にアップして公開する習慣が広がっています。プレプリントサーバーは、物理学分野の「arXiv」が老舗ですが、2013年には生物医学分野専門の「bioRxiv」も設立されました。 プレプリントサーバーで原稿を公開すれば、特定のジャーナルが責任を持ってお墨付きを与える必要はありません。匿名の査読者の代わりに、全世界の研究者らが公開の場で、査読することになるでしょう。ただし賀自身は、論文がジャーナルに掲載される前にその内容を公開することはない、とサミットで語ったようです。 テクノロジーなどを取り上げるニュースメディア『ワイアード』によれば、bioRxivは、どんな原稿でも掲載するわけではないといいます。例えばヒトを対象にした臨床試験については、米国の「ClinicalTrials.gov」など、事前登録を義務付けられているデータベースのIDを記さなければならないことになっています。IDは、その研究が倫理審査を経たことを示すものでもあります。賀の研究は、中国の臨床試験データベースに登録されていましたが、それは当局による承認を必要とするものではないうえ、登録された日付はこの研究が始まってからずいぶん経っているはずの2018年11月8日でした。 bioRxivの共同設立者は、賀の原稿が届いているかどうかを明らかにしていません。その一方で、「我々の目的は、非倫理的な研究を推薦したり奨励したりするようなプラットフォームを提供することではありません」と、『ワイアード』で述べています。…

欧州機関オープンアクセス義務化へ「プランS」発表

今年9月、ヨーロッパで研究費を助成している11の機関が共同で、自分たちが予算を提供している科学者たちは、2020年以降、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「 プランS (Plan S)」を発表しました。この計画は、欧州委員会が推進しており、ヨーロッパ各国の国立の研究費助成機関などが署名していますが、国によっては意見が分かれています。当然、出版社は反発しており、この先の動きには注目です。

「アンペイウォール」でオープンサイエンスが実現!?

本誌で何度も伝えているように、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が値上がりしていることによって、論文を入手しにくくなっていることに多くの研究者らが不満を抱いています。そのため、誰でも論文を無料で簡単に入手できる“海賊版”論文サイト「サイハブ(Sci-Hub)」が歓迎されてきました。その一方、当然ながら激怒した学術出版社がサイハブを訴え、アメリカの裁判所がウェブサイトの閉鎖や賠償金の支払いなどを命令したものの、サイハブはアメリカの司法の力がおよばない国にサーバーを置くなどの対抗処置を講じており、依然として利用可能です。 日本人がサイハブを利用して論文を入手することは違法でも何でもありません。しかしながら、アメリカの司法で著作権侵害だとみなされたサービスを使うことに抵抗がある人もいるでしょう。そんな人のために登場したサービスの1つが「 アンペイウォール (Unpaywall)」です。 アンペイウォールとは、ウェブ上に合法的にアーカイブされた論文PDFを見つけるためのツールで、ウェブブラウザの拡張機能(アドオン)として普及しています。 インストールも使い方もとても簡単です。たとえばファイアフォックス(Firefox)であれば、右上のメニュー(横線3本)から「アドオン」、「アドオンをもっと見る」と進み、「アドオンを見つけよう」と書いてある検索窓に「Unpaywall」と入力すると、アンペイロールのページがすぐに見つかりますので、「Firefoxへ追加」をクリックすれば、インストール終了です。 あとは普通に論文を検索してみてください。右上に、緑色の鍵マークが出ていたら、そのページで全文を入手できなくても、ほかのページで入手できることを意味します。一方、灰色の鍵マークが出ていたら、残念ながら全文を無料で読めるページはないということです。 『ネイチャー・ニュース』は、このアンペイウォールの歴史は2011年に遡り、「オープンサイエンス」についてのワークショップに参加したコンピュータ科学者3人のアイディアによるものだったことを伝えています。 そのうち2人、ヘザー・ピウォワー(Heather Piwowar)、ジェイソン・プリム(Jason Priem)は非営利組織「インパクトストーリー(Impactstory)」を設立して、2017年3月10日にアンペイウォールをプレリリースし、4月4日、正式にスタートさせました。すでに1万人以上がインストールしたことを、『ネイチャー・ニュース』が伝えています。 世界中の研究機関がジャーナル購読費の高騰に直面し、大手学術出版社との契約を中止するケースも伝えられていますが、アンペイウォールの存在を多くの研究者が認識するようになれば、研究機関が購読すべきジャーナルを選ぶ判断に役立つことなども指摘されました。 実をいえば、グーグル・スカラー(Google Scholar)で論文を検索すれば、たとえジャーナルのウェブサイトでペイウォール(閲覧制限)がかかっていても、「PDF」という表示が現れるものであれば、それをクリックすることで全文を読めるPDFファイルを入手することができます。ただし、プリムらによれば、グーグル・スカラーは無料で入手可能な論文すべてを検知できるわけではない、とのこと。アンペイウォールは、各研究機関がその成果を公開する「機関リポジトリ」に入れられている論文だけでなく、まだ査読中のプレプリント(原稿)を公開する「プレプリントサーバー」にある論文原稿の存在も検知するので、その便利さや能力はグーグル・スカラー以上かもしれません。 また、ピウォワーやプリムらがアンペイウォールのデータを分析したところ、現在、人々がアクセスしようと試みた論文のうち、約半数は無料で合法的に読むことができる、ということもわかりました。その結果は2017年8月にプレプリントとして公開され、査読を経て今年2月にオープンアクセスジャーナル『ピアーJ(PeerJ)』に掲載されました。当然のことながら、この論文はどのデータベースからアクセスしても、認証されたサイトであり、安全に閲覧できることを示すアイコン(緑色の鍵マーク)が記されます。 そして最近、ウェブ・オブ・サイエンス(Web…

「捕食ジャーナル」ブラックリストへの強い要望

本誌でも何度も伝えてきたように、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナル「 捕食ジャーナル (predatory journal)」が問題になり続けています。これらは「ハゲタカジャーナル」と訳されることもあります。 そうしたジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文は、たとえば生物医学分野であったら、同分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」に収載されないこともあります。 コロラド大学デンバー校助教授で図書館司書のジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)は2010年、捕食ジャーナルと捕食出版社のリスト、通称「ビールズ・リスト」をつくり始めました。ところが2017年1月、このビールズ・リストが予告なしに閉鎖してしまったことも、本誌で伝えた通りです。その理由は、ビールズは雇用主からの圧力だと述べる一方で、上司や所属機関はそれを否定し、あくまでも個人的な理由であるとしています。 ビールズ・リストが閉鎖されると、すぐにそれをコピーしたウェブサイトが複数登場してきました。今年3月、『ネイチャー・ニュース』はそのうちの1つのサイトの管理人にメールで取材することに成功し、その人物が自然科学分野の研究者であると述べたものの、それ以上の詳細は「ハラスメントの恐れ」を理由に明かさなかったこと、彼または彼女はこのリストを更新・管理するために毎週数時間を費やしていることを明らかにしました。 「ビールズによる捕食ジャーナルと捕食出版社のリスト」と名づけられているこのウェブサイトは、その管理人が個人的に使うために制作したものだといいます。ところが、このウェブサイトを開設してすぐ、管理人は研究者たちから問い合わせのメールを受け取るようになりました。それらのほとんどは、自分が論文原稿を投稿しようと考えているジャーナルの信頼性について尋ねるものですが、中には、自分の研究が捕食出版社に盗まれたこと、自分の名前が捕食出版社に無断で使用されたことを訴えるものもある、といいます。 管理人は、問い合わせを受けたジャーナルが、まだリストに載っていないものである場合には、ジャーナルの価値を評価するための情報データベース「ジャーナル引用レポート(Journal Citation Reports)」をチェックするなどします。管理人が信頼できないものだと判断したジャーナルや出版社は、リストに書き加えられます。 このウェブサイトには、2018年3月までに、もともとビールがリストアップしていたジャーナルおよび出版社に加えて、スタンドアローンジャーナル(オープンアクセルジャーナル1誌だけを運営している出版社のジャーナル)85誌と、出版社27社が追加されています。 また、『ネイチャー・ニュース』によれば、他にも、研究者と思われる人々がビールズ・リストを復活させることも目的に開設したウェブサイト「ストップ捕食ジャーナル」が2017年1月から公開されていますが、残念ながら更新されていないようです。 一方、2017年6月には、「キャベルズインターナショナル」という学術サービス会社が、捕食ジャーナルだと思われ、信頼できないジャーナルのブラックリストを有料で発表しました。同社によれば、匿名の者たちによって管理され、無料で公開されているブラックリストは、それに載せられるものの基準が明確に説明されていないことが問題である、といいます。同社のブラックリストはその基準を明確に説明しており、現在、8000誌のジャーナルをリストアップしており、また、すでに約200の研究機関がこのリストを購読したといいます。…

「再現性の危機」に対応するための「チェックリスト」

以前、本誌では、『ネイチャー』誌が2016年に研究者たちをアンケート調査したところ、回答者1576人のうち70%以上が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたが失敗した経験がある、と答えたことを紹介しました。このように、論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できないことがしばしばあるという現状は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。 今年4月18日付『ネイチャー』誌の社説は、同誌が論文原稿を投稿する著者たちに、すべての項目を満たすよう求めている「 チェックリスト (Statistical parameters)」が「正しい方向への第一歩」ではあるものの、再現性の危機に対応するためには、まだほかに行なうべきことがある、と主張しました。 また同誌は再現性とチェックリストの効果について調べるために、2016年7月から2017年3月にかけ、『ネイチャー』に投稿したことのある研究者5375人に調査票を送り、その結果のデータをそのまま公開しました。それによると、回答した研究者480人のうち49%は、チェックリストが『ネイチャー』に掲載される研究の質の改善につながっている、と答えたそうです。15%はチェックリストの有効性に同意しませんでした。 回答者の86%は、再現性が低いことを自分たちの研究分野における危機である、と認識していることもわかりました。この割合は2016年の調査と同様です。また2016年の調査では、回答者の約60%が「再現性の危機」の原因として、「選択的報告(selective reporting)」を挙げていたのですが、今回の調査でも、約3分の2が同じように「選択的報告」を指摘していました。 「選択的報告」とは、しっかりとした定義はありませんが、たくさんあるデータのなかで自分の仮説に最も都合のよい結果だけを選んで論文に書くことをいいます。いいとこ取りをするという意味で「チェリーピッキング(cherry picking)」と呼ばれることもあります。研究結果をわかりやすく見せるために多くの研究者が行なっていることであり、これを「悪いこと」とみなすかどうかは微妙なところです。しかし、選択的報告が再現性を低めていると認識している研究者が多いことは確かなようです。『ネイチャー』のチェックリストは、この選択的報告をより透明化するようにも設計されているといいます。 ではこのチェックリストは、再現性の低さという問題に対応できているのでしょうか? 「部分的にはそうであろう」と『ネイチャー』の社説は評価しています。ただしアンケート調査の回答からは、再現性の低さをもたらす要因として、著者へのトレーニングや報告の透明性、そして「研究発表せよというプレッシャー(publishing pressure)」といった微妙な問題があることも浮かび上がる、といいます。 好ましい兆候もあります。2012年、アメリカにある国立衛生研究所(NIH)のストーリー・ランディスらは、医学・生命科学分野における前臨床研究(動物実験)の透明性を高めるために、論文の著者は「無作為化(ランダム化)」、「盲検化(ブラインド化)」、「サンプルサイズの推計」、「データの調整」という4つの基準について報告すべきだと提案しました。これは「ランディス4基準(Landis 4…

著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。 学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。 これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。 2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。 彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。…

査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。 また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。 査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。 ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。 それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。 査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。 デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。 会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。 しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。 一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。 また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。 査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。 しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。…

米NIH、「捕食ジャーナルで論文公表しないで」

前回記事の後半でお伝えした通り、米国の研究費の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同研究所の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル(学術雑誌)」での論文発表を控えるように、という通達を発行しました。要するに、本誌で何度も取り上げてきた「捕食ジャーナル(predatory journal)」では論文を発表しないでください、ということです。 通達を出した目的は「発表された論文の信頼性を守るため」であり、NIHが研究費を支出した研究については、「評判のよいジャーナル」で論文発表することを奨励する、と述べています。 NIHは、自分たちが研究費を支出した研究の結果として執筆された論文のなかで、学術機関が推進する「ベストプラクティス(最良の実践)」に従っていないジャーナルで発表されているものが増えていることに気づいている、といいます。学術情報のウェブサイト「リトラクションウォッチ」が、NIHの外部研究助成部門の担当者にインタビューし、「この通達を出すに至る問題が何か起こったのですか?」と尋ねたところ、担当者は「いくつかの最近の記事で、一部のジャーナルや出版社の行動に懸念を持つようになりました」と述べました。具体的な件数については「共有できる数字はありません」と答えています。 担当者のいう「いくつかの最近の記事」がどの記事なのかははっきりとしませんが、NIHの関連ページに書かれた文章には、ウプサラ大学の研究者らが2016年に発表した論文と、『ニューヨークタイムズ』が2017年10月に掲載した記事がリンクされています。 NIHの外部研究助成部門次長マイケル・ローワー博士は公式ブログで、このことは、NIHが研究費を支出している研究については「大きな問題ではないかもしれない」と書いています。というのは、NIHが研究費を支出した研究を報告した論文81万5000件以上のうち、90%以上は生物医学分野の論文データベース「MEDLINE」に収録されているからです。MEDLINEは、米国国立医学図書館(NLM : National Library of…

米国の裁判所、“捕食出版社”に差し止め命令

2017年11月18日、米国の連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission)は、米国の裁判所が9月に、いわゆる捕食ジャーナルの出版社に対して「予備的差し止め命令(preliminary injunction)」を出したことを発表しました。FTCは不正な取引等を取り締まる政府機関です。 本誌でも度々伝えてきたように、捕食ジャーナル(predatory journal)とは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことです。「ハゲタカジャーナル」と訳されることもあります。そうしたジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文は、たとえば生物医学分野であったら、同分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」に収載されないこともあります。 捕食ジャーナルを発行する出版社は「捕食出版社(predatory publisher)」と呼ばれます。彼らは登録料さえ払えば誰でも講演できる「国際会議」と称するものを開催することもあります。 FTCは2016年8月、インドのオープンアクセスジャーナルの出版社OMICSグループや関連企業に対して訴訟を起こしました。FTCの主張は、同社らが、有名な研究者の名前をその研究者が参加することに同意しなかったにもかかわらず使用して会議の参加者を募集したこと、論文が査読されているかどうかについて読者を誤解させたこと、投稿前に掲載料に関する情報をはっきりと著者に提供していないこと、同社らが発行するジャーナルについて誤解を招く「インパクトファクター」を提示していたこと、です。 この訴訟に対し、2017年9月29日、ネバダ州連邦地方裁判所のグロリア・ナバロ裁判官は、FTCから提出された証拠は「被告がジャーナル出版に関する虚偽記載をしたという予備的な結論を支持するのに十分である」と述べ、「差止命令がなければ、被告人が依然として不正行為に従事する可能性が高い」という判決を下しました。 しかし、学術情報サイト「リトラクション・ウォッチ」などによれば、この命令は、同社がジャーナルを発行したり、国際会議を開催したりすることを止められる内容ではないようです。今回裁判所が認めたことは、あくまでも同社が研究者たちに論文や口頭発表を勧誘する方法において不正行為を行ったことであり、結果として命じたのは、誤解を招く情報をウェブサイトから削除することでした。 FTCの金融慣行課の上席弁護士グレゴリー・アッシュは「これは確かに、私たちは捕食出版社を監視し、目を光らせています、という学術界へのメッセージです」とコメントしています。それに対してOMICS社の法律顧問は「リトラクション・ウォッチ」の取材に対して、「FTCは“フェイク・ニュース”に基づいて主張したのです」と述べています。 OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社で、700誌ものジャーナルを発行し、世界各地で国際会議と称する会議を主催しています。同社の名前は、捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト」にも挙がっていました(同リストは閉鎖されましたが、アーカイヴが残っています)。…

米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。 世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として480万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。 最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。 サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。 米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。 この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか? 『ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。 『サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。 コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。 なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。…

ウィキペディアは科学の「言葉」に影響する

「ウィキペディア」は、誰でも執筆・編集できるオンライン百科事典として知られています。何か気になることを調べるためにはとても便利なウェブサイトです。しかし、誰でも簡単に執筆・編集できることから、その信頼性には限界があり、論文などを書くときには、それを参照・引用することは慎重になったほうがいい、と一般的にいわれています。大学の教員のなかには、学生たちに対して、レポートを書くときにはウィキペディアどころかインターネットを参照すること自体を禁止する方もいるほどです。 しかし現実には、科学者もウィキペディアを参照しています。それどころか最近、科学者の「言葉(言語)」はウィキペディアの影響を受けている、と主張する研究結果が報告されました。 マサチューセッツ工科大学のイノベーション研究者ニール・トンプソンとピッツバーグ大学の経済学者ダグラス・ハンリーは、ウィキペディアが科学者の言葉にどう影響しているかを調べるためにある実験を行い、その結果をまとめた論文の原稿を9月20日、「社会科学研究ネットワーク(SSRN : Social Science Research Network)」が運営するプレプリントサーバー(論文の原稿を投稿するウェブサイト)に公開しました。 トンプソンとハンリーは大学院生らに、ウィキペディアにまだ書かれていない化学分野のトピックについての記事を書かせました。彼らはそうしてできた記事43件を無作為に分け、半分を2015年1月、ウィキペディアで公開しました。残りの半分は「コントロール(比較対照群)」として、公開していません。公開された記事は、2017年2月までに200万を超えるページビューを稼ぐ結果となりました。(彼らは大学院生らに経済学の分野の記事も書かせたようですが、この論文では主に化学分野での影響が分析されています。) ウィキペディアに掲載された記事の内容が科学論文にどのような影響を与えたのかを調べるため、彼らは、最も影響力のある化学分野のジャーナル(学術雑誌)50誌のテキストを分析して、ウィキペディアで記事が公開されてから約2年後の2016年11月までの期間に、論文で使用される言葉がどのように変化したかを調査しました。 彼らは、論文で使われている言葉の頻度や新しい単語が現れた時期などを計算した結果、 平均すればウィキペディアの記事1本の存在は、そうした科学論文内の意味ある単語のうち0.33%(つまり約300分の1)を変化させる ということを発見しました。これは「新しいウィキペディアの記事 → その記事を読む科学者…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)

前編では、カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらが捕食ジャーナルに掲載された論文の「責任著者(corresponding author)」の所属国を調査した結果、最も多かったのがインド、次がアメリカであったことなどをお伝えしました。後編では、論文著者たちの捕食ジャーナルに対する認識と、捕食ジャーナルの特徴について見てみましょう。 モーハーらは、捕食ジャーナルで論文を発表した著者たちが所属する研究機関の責任者16人を選んで問い合わせのメールを送りました。「著者たちに警告した」、「対策を検討している」などと返信してきた研究機関もあれば、返信がなかったところやメールが戻ってきてしまって届かなかったところもありました。 また、彼らは著者87人にも直接メールを送ったところ、18人から回答を得られました。そのうち2人は、投稿するジャーナルが捕食ジャーナルである可能性を認識していたと答えました。4人はビールズ・リストの存在を知っていました。そして、3人が捕食ジャーナルでの採択以前に、ほかのジャーナルに原稿を投稿したことがあると答え、7人が、どのジャーナルに投稿するかについて何らかのガイダンスを受けたことがあると答えています。自分たちの研究が引用されたことがあると答えた著者も7人いました。 モーハーらは、捕食ジャーナルに論文を掲載することは「非倫理的である」と主張し、それらの問題点を「貧弱な査読と貧弱なアクセス」とまとめています。本連載でも伝えたように、適当に言葉を並べただけの無意味な原稿を投稿しても、捕食ジャーナルの編集部はそれを論文として採択してしまうことが広く知られています。また、そうした論文はパブメド(PubMed)などの論文データベースに収載されないことがあるので、見つけにくいことも指摘されています。 彼らは、捕食ジャーナルを通常のジャーナルと区別することは難しい、と指摘します。しかし一方で、彼らは以前に『BMCメディスン(BMC Medicine)』に投稿した論文で捕食ジャーナルの特徴を分析し、以下の13点にまとめたことがあります(彼らの箇条書きに筆者が加筆)。 1. その対象範囲には、生物医学的なトピックと並んで非生物医学的なテーマが含まれる。 2. そのウェブサイトにはスペルや文法のエラーがある。 3. 画像が歪んでいたり、ぼやけていたりする。未許可のものである可能性もある。 4. そのホームページは読者ではなく著者らをターゲットにした言語で書かれている。…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(前編)

本連載では、どんなにひどい原稿でも、掲載料さえ払えば査読らしい査読なしで掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」について、何度も取り上げてきました。最近では、「フェイク・ジャーナル(fake journals)」と呼ばれることもあります。 捕食ジャーナルで研究成果を発表する者たちは、主としていわゆる開発途上国の医師や研究者だと思われてきました。実際のところ、そうした捕食ジャーナルに投稿される論文の著者がインドなどのアジアに集中することを明らかにした調査もあります。ただ筆者は「日本人も少なくないのではないか?」と思ってきました。 カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらは、そうした論文の共著者たちのなかでも、ジャーナル編集部や読者など外部との窓口役を果たす「責任著者(corresponding author)」の所属国に着目すると、インドの次に多かったのはアメリカであることなどを、『ネイチャー』への寄稿で明らかにしました。 この調査の対象となったのは、1907件の論文です。モーハーらは、捕食ジャーナルのリストとして知られ現在は閉鎖されている「ビールズ・リスト(Beall’s List)」などを参考にして、生物医学分野の捕食ジャーナルを発行している出版社の中から、1誌だけを発行している出版社41社と、複数誌を発行している51社を選びました。その上で、これらの出版社が発行するジャーナル計179誌に最近掲載された論文3702件から、純粋な生物医学研究と体系的レビュー(複数の論文のデータを統合して分析する研究)を抜き出したところ、1907件が残ったのです。 彼らの調査で、そうした論文では、主流のジャーナルに載った論文に比べて、ガイドラインが守られていない傾向があることが浮かび上がりました。たとえば、臨床試験を報告する論文では「登録情報」が書かれていないこと、体系的レビューでは「バイアス(偏り)」のある可能性が評価されていないこと、動物実験では「盲検化(ある動物が実験群であるか比較対照群であるかを実験者がわからないようにすること)」に関する情報が書かれていないこと、などが明らかになりました。 また、倫理委員会の承認を得ていることを明記した論文が、主流のジャーナルでは70%を上回る(ヒトを対象とした研究で70%以上、動物を対象とした研究で90%以上)のに対し、モーハーらが調査した捕食ジャーナルでは40%に留まりました。さらに、資金源を書いていない論文は、約4分の3に上りました。責任著者の所属国は、インド(27%)、アメリカ(15%)、ナイジェリア(5%)、イラン(4%)、日本(4%)など世界103カ国に広がることもわかりました。 モーハーの調査とは別に、シンクタンクである民主主義・経済学研究所(IDEA : Institute for Democracy…

300ドルであなたも論文の共著者に

本連載では、掲載料さえ払えば、どんなにいい加減な原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」やそれを発行する出版社「捕食出版社(predatory publisher)」のことをたびたび取り上げてきました。そうした出版社やジャーナル(学術雑誌)をまとめてリストアップした「ビールズ・リスト(Beall’s List)」もあったのですが、2017年1月に閉鎖されてしまったことも伝えました。 インドのIT企業に勤める研究者で、医療ライターでもあるプラヴィン・ボージートは、この捕食出版という問題に興味深い角度から疑問を投げかけました。研究に何も貢献していない者でもお金を払えば、論文の共著者になれるのか、ということです。 ボージートがビールズ・リストに載っていた出版社を以下の方法で調査したところ、約16%が論文の共著者に名前を加えることに同意したといいます。 ボージートは、2015年11月にビールズ・リストに載っていた出版社906社の中から、分野を生物医学分野に絞って調査を行いました。実際に稼動している706社のうち、2016年12月の時点で400社が生物医学分野のジャーナル4924誌を発行していることを確かめました。そのうち119社がインドの、94社がアメリカの出版社でした。 ボージートは架空の名前を使って、そうした出版社にメールしました。その文面の一部を学術情報ウェブサイト『リトラクション・ウォッチ』が紹介しています。 私は多忙な上、多くの患者を抱えているため論文を書いたり出版したりすることができないのですが、宣伝のために論文が必要です。同僚の1人から、貴社のジャーナルはこの件について手助けしてくれると聞きました。貴社が医学関連の論文の共著者に私を追加したり、あるいは誰かが私の代わりに論文を執筆してくれたり、発表を手助けしてくれたりできるならば、幸いです。 彼は返信を期待していなかったのですが、117 社(44.5%)から回答を得ました。共著者として名前を追加することを断ったのは44社(37.6%)、はっきりと答えなかったのが21社(17.9%)。しかし19社(16.2%)は、共著者として名前を加えることに同意しました。自分たちが論文を書いて出版する、と答えた出版社も10社(8.5%)ありました。 『リトラクション・ウォッチ』はその回答の一部を紹介しています。 以下は著者2名が掲載準備を整えた論文タイトルの一部です。(略)この著者たちは掲載のために支払うお金がないので、論文の掲載費を支払うことができて共著者に加えられる人を探しているのです。   私たちは、研究の共著者としてあなたの名前を追加するように、何人かの著者に依頼することができます。あなたは掲載料(論文2件に300…

エルゼビア社、海賊版論文サイトに裁判で勝利したが…

2017年6月21日、アメリカのニューヨーク地方裁判所は、「サイハブ(Sci-Hub)」や「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」といった、有料の学術論文を無料で入手できるウェブサイトに対して、著作権侵害による損害賠償として1500万ドルを支払うべきだと裁定しました。 本連載でも伝えた通り、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が高騰していることにより、論文を入手しにくくなっていることに対して、多くの研究者が不満を抱いています。その1人であるカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、2011年、購読費もパスワードも使うことなく学術論文のPDFファイルを簡単に入手できるウェブサイト「サイハブ」を開設しました。 サイハブは多くの研究者に重宝されていますが、当然のことながら学術出版社はこれに激怒しています。なかでも学術出版最大手のエルゼビア社はサイハブを訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はサイハブに対しウェブサイトの閉鎖を命じました。しかしエルバキャンはサーバーを、アメリカの司法の力がおよばないロシアに移し、現在に至るまでサイハブを運営しています。 今年5月、エルゼビア社はサイハブや、やはり有料の論文を無料で入手できるサイト、ライブラリー・ジェネシスで不正に入手できる論文100件のリストを裁判所に提出し、恒久的な差し止め命令と総額1500万ドルの損害賠償を求めました。 『ネイチャー』(6月22日付)によれば、サイハブで入手可能な論文の版権のうち、最も多くのシェアを占めていたのは、エルゼビア社でした。それにネイチャー・シュプリンガー社やワイリー・ブラックウェル社が続きます。 エルゼビア社の訴えに対して、ニューヨーク地方裁判所のロバート・スウィート判事は、海賊版論文サイトの運営者も代理人もいない法廷で、エルゼビア社寄りの判決を下したのです。しかし、多くの学術ウォッチャーたちは、この判決がサイハブやライブラリー・ジェネシスの運営を止められるとは考えていないようです。実際のところ、7月現在、どちらも利用可能です。エルゼビア社の代理人や出版業界団体は、当然ながらこの判決を歓迎するコメントを各媒体で述べています。 興味深いのは、識者たちの見解です。たとえば2人の識者が別の媒体で、ほとんど同じことを話しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの生物学者スティーブン・カリーは『ネイチャー』で、セント・アンドリュース大学の歴史学者アイリーン・フィフェーは『タイムズ・ハイアー・エデュケーシション』で、それぞれこう述べています。サイハブが人気だということは、学術出版の現状に不満を抱えている研究者がそれだけたくさんいるのだ、と。 また、サイハブについて最初に書かれた学術論文の著者の1人、ゲーテ大学の生物情報学者バスティアン・グレシュアケは、この判決によって、サイハブやライブラリー・ジェネシスを使う人たちはむしろ増え、さらに彼らは同様の「法的に問題のある」サービスを開発するよう刺激されるだろう、と推測しています。実際、「オープンアクセスボタン(Open Access Button)」や「アンペイウォール(Unpaywall)」といった研究論文を入手するためのウェブサービスやアドオン(これらは合法)は、多かれ少なかれサイハブに触発されてできたものだ、と。 さらにスタンフォード大学の教育学者ジョン・ウィリンスキーは、今回の判決はエルゼビア社が公的な資金で行われた研究を「企業資産と私有財産」に変えてしまっていることを意味する、と厳しい評価を下しています。 学術出版社に対する批判は別の形でも現れています。「数学界のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者を含む著名な科学者たちは、2012年、エルゼビア社が発行するジャーナルの購読料の高さなどに抗議して、同社への論文の寄稿・査読・編集をボイコットするという「学界の春(Academic Spring)」運動を始めました。この運動はオープンアクセスの推進にも広がり、同社を支持しないと表明する宣言への署名運動「知識の代償(The Cost…

研究不正を行った研究者が死刑に!?

本ウェブサイトの記事「中国が学術不正防止に本腰」でも指摘されているように、日本やアメリカだけでなく中国でも、研究不正が問題になっています。『科学・工学倫理(Science and Engineering Ethics)』に掲載された最近のある調査では、中国の研究者らによる生物医学分野の論文のうち約40パーセントに、研究不正が含まれると推測されました。また本連載でも紹介したように、最近、中国の研究者たちによる論文107件が撤回されました。「偽装査読(フェイク査読)」がなされていたことがわかったからです。 こうした状況に中国の当局も手をこまねいているわけではありません。例えば、予算を拠出する機関は、研究不正が発覚した研究者からは研究費を返還させるなどの措置を講じてきました。 『フィナンシャル・タイムズ』(2017年6月19日付)の記事によれば、中国の科学技術省は前述の論文大量撤回事件を受けて、研究不正に対する「ゼロ・トレランス(no tolerance=許容度ゼロ)」の方針を宣言したといいます。しかし学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』を運営していることで知られる2人のジャーナリスト、アイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスは、生物医学のニュースサイト『STAT』(2017年6月23日付)において、「中国のゼロ・トランス方針がどのようなものであるかはクリアではない」と指摘しています。 また今年(2017年)4月、中国の裁判所は、医薬品の許認可にかかわる研究において研究不正をした者に対しては厳格な実刑判決を下す方針を固めました。その不正行為により人的被害が生じた場合、その「実刑」には死刑も含まれるとしています。『ネイチャー』(2017年5月16日)は「この法律の下、認可された薬が健康問題を引き起こし、重度または致命的な結果が生じた場合には、10年の懲役または死刑になる可能性がある」と報じています。 これまでオランスキーとマーカスは、刑事罰の可能性も含めて、研究不正に対する厳しい規制を主張してきました。しかし2人は前述の『STAT』の投稿記事で、この中国の方針に対しては批判的な見解を述べています。 その理由としては、研究不正は要するに詐欺であり、資金提供者に対する窃盗ともみなせるものの、一般的には詐欺も窃盗も死刑には該当しないことなどを挙げています。ただ、医薬品の研究で不正を行った研究者は、「少なくとも理論上は」その医薬品を投与される人々の健康を危険にさらし、致命的な結果を招く可能性があります。とはいえ、医薬品の許認可は、1人ではなく多くの研究者からなるグループによって得られたデータによって判断されるので、グループ全員が不正行為に手を染めていない限り、研究者1人の不正行為による影響には限界がある、というのがオランスキーとマーカスの見解です。 2人は、懲役などの刑事罰を含む罰則の強化に対しては前向きなようです。第5回研究公正世界会議(WCRI: World Conference on Research…