PhDになるべきかならざるべきか-それが問題だ
オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のお題は、「生きるべきか死ぬべきか(To be or not to be)」になぞらえて「PhDになるべきかならざるべきか」という、とても根本的な質問に立ち戻っています。さて、ミューバーン准教授からのメッセージは? ―――――――――― PhD課程がいかに徹底的に学生の人生の意味を見失わせるほどの問題を引き起こせるのか、驚かされることが多々あります。時間とともに気持ちが収まるケースもたくさんありますし、良い結果をもたらすこともあります。ここに書くのはあなたの心の声ですので、ちょっと耳を傾けてみてください。 先週、ANUの学生(仮にリサとしておきます)が勤務時間中に大学の私の部屋を訪れてきました。彼女の訪問の目的は、PhDをやめるべきかの相談でした。 私がこのような相談を受けるときは最初に、なぜPhD取得を目指したのかを聞きます。リサの話によると、彼女は大学の人文学科を卒業後、事務職やコールセンターの仕事しか見つることができませんでした。すぐに仕事が退屈になった彼女は、自分がいつも知的幸福感を感じていられた場所、つまり大学に戻って来ました。リサはPhDとして研究に従事したいとは思っていましたが、PhD取得後に何をするかについては漠然とした考えしか持っていませんでした。PhD課程に入れた彼女は知的生活を楽しんでいます―― とはなりませんでした。 「Music…