博士課程

博士課程(PhD)のシンボル

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、博士課程の道のりを共に歩む博士号のシンボルについてです。 博士課程に人生が縛られている、悪い意味でそう感じることはないでしょうか。本稿ではフィオナ・ロバーズ(Fiona Robards)博士が、適切に制御しなければ侵食性の雑草にもなりかねない竹の話から、獲得すべきレジリエンスについて語ります。 フィオナ・ロバーズ(Fiona Robards)は、政府と地域の医療部門に戦略、政策、リソース開発を提供する独立系コンサルタントです。彼女のプロフィールについては、こちらをご覧ください。 以下フィオナの文章です。 博士課程をスタートしたとき、私はこの新しい成長の機会に心を躍らせ、熱意に満ちていました。私は、「研究室の荒波にもまれて(Thesis Whisperer)」に掲載されたジョディ・トレンバス(Jodie Trembath)の記事に書かれていた「PhDのシンボル(原文:英語)」を持つことについて読みました(彼女は当初「PhDのシンボル」ではなく「PhDのトーテム」という言葉を使っていましたが、アメリカの先住民研究者たちからの要請で変更しています)。 そして、大学の自分の新しいワークスペースの机の上に、竹を買いました。緑色でみずみずしく、力強く成長する姿が気に入ったため、それを私はPhDのシンボル、または「PhDの竹」としました。竹は、私自身の成長とともに、どんどん大きくなっていきました。PhDの竹を見ると、やる気が湧きました。 1年ほど経つと、竹は高さを増し、小さな植木鉢では支えきれなくなりました。ある時、私は同僚に「PhDの竹」の世話を委ねて学会に出かけました。帰ってくると、同僚が書いた「植え替えて!」という竹の台詞が付箋で鉢に貼ってありました。明確なメッセージです。そこで、私は竹を植え替えました。より正確に言うと土から取り出して水の入った背の高い花瓶に挿したのです。 PhDの竹は、私と同様に新たな成長フェーズを迎えました。データ収集が完了し、分析の段階に入った私も、スキルと知識を成長させていきました。…

PhD(博士課程)の乗り切り方は十人十色

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士号取得の道のりがいかに多種多様かというテーマでお届けします。研究方法や進捗を周りと比べることが難しい中、やっていることに自信が持てない学生必見です。 以前、博士課程の学生に対する悪いアドバイスがいかに多いかについて書きました。アドバイスが的外れだったり不適切だったりする理由の1つは、PhD学生と一括りに言っても、年齢、分野、研究内容など多くの違いがあるからです。進捗を他人と比較することは特に不毛な行為です。エリー・ウッド(Ellie Wood)の投稿が博士課程の学生の多様性について素晴らしく言い当てているので、このメッセージは繰り返し発信すべきと思い、ここでご紹介します。 エリー・ウッドは、エディンバラ大学の博士課程に在籍しています。彼女の研究は、社会科学と自然科学の両方の手法を用いて、タンザニアの農村地域の森林破壊の原因や生態系サービスへの影響について研究しています。エリーは自身の学際的な研究を効果的で公平な保全に役立てたいと考えています。研究の傍ら、科学コミュニケーションにも興味を持ち、スコットランド内と他地域のアウトリーチプロジェクトにも可能な限り参加しています。こちらがエリーのLinkedInとTwitter(@EllieWood24)です。Helena.wood@ed.ac.uk あてにメールで連絡することもできます。博士課程に進むことは悪夢だと思っていますし、口に出しても言っています。頻繁に。多くの学生にとって、博士課程での研究の苦労は、ぼやきネタの定番です(もし、あなたがぼやいてなくても、私がみんなの分までぼやいてます)。 たしかに、博士号はいつもいつも辛いというわけではありません。しかし、間違いなく辛いです。時には悪夢です。悪夢が襲ってくるタイミングや種類は人それぞれなので、周りの人の経験とは全く違う恐怖体験をすることもあるかもしれません。人と違う経験をしていることが孤立感を生み...悪夢の恐ろしさを増幅させるのです。こういう孤独を感じている人や、周りの人と違う博士号の経験をしている人に、声を大にして、大丈夫、正常ですよ、と伝えたいです。こういうウヨウヨとうごめく不気味な考えをお互いの脳から追い出し、楽しいことで頭をいっぱいにする方法があります(昆虫学者さんはどちらにしてもウヨウヨうごめく物で頭がいっぱいかも⁉)。 私たちの背景がそれぞれ異なることを思えば、博士課程の体験が非常に多様であることは驚きではありません。学生の年齢は、大体15歳から95歳までです。異なる文化的背景を持ち、異なる人生経験、訓練、教育、仕事を経ています。私の博士号は分野横断的なものなので、プロジェクト内でも分野ごとに私自身の知識や造詣のレベルは様々です。私は生物学の学士号を取得し、現在は生態学と社会科学を半々で研究しています。つまり、プロジェクトの半分は、ある程度の知識とスキルを持ち、残りの半分は知識やスキルがゼロの状態からスタートしたことになります。これは、楽しいことでもあり、恐ろしいことでもあります。 私のことはこれぐらいにして、話を戻しましょう。学際的な博士課程でなくても、自分が何をしているのか分からないと感じることはありますし、分からないと感じることが、実はとても素晴らしく生産的なこと*であり、実際、斬新な研究の核心となると指摘する人もいます。そもそも私たちは、これまでにない課題を研究することになっていますよね? 私のシェアハウスの同居人2人と私は全員博士学生で、比較的近い分野の研究をしていますが、やり方も研究方法も作業スケジュールも全く異なります。私は博士課程の1年目のほとんどを読書だけに費やしました。これは素晴らしい特権でありますが、2週目から研究室でデータを収集しているクラスメイトを見たときには、震えました。それでも、私の博士号はこのように進める必要がありましたし、あなたの博士号もそうかもしれません。 また、学生によって担っている責任も異なります(研究、講師、課外活動、私生活など)。人それぞれでいいんです。博士課程は非常にストレスの多いものであると同時に、多くの場合は柔軟性があり、子供を保育園に預けたり、勉強と同時に仕事をしたりと、他にもすべきことがある場合にはとても便利です。たとえ、9時から5時で働く同期に対して後ろめたい気持ちがあったとしても、柔軟性をフル活用すればいいのです。全く同じ境遇の学生なんて絶対にいないし、比べるだけ無駄なので、気にしないでください。 博士課程の学生は多様で面白い集団です。でも、自分があまりに人と違って異質な存在であることに悩むときには、何らかのサポートが必要です。また、自分が軌道から外れていないかどうかを見極めることも大事です。経験や知識を共有し合い、自分が経験していること、やっていることがこれでいいのか、大丈夫なのかを語り合う必要があります。 ありがたいことに、私たちに様々な違いがあったとしても、博士号取得者たちの共通体験の蓄積というものがあって、私たち自身も発信し共有できます。最近読んだ「The…

博士課程(PhD)の失敗は成功の原動力

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、失敗について。PhD時代、何度失敗してもバッターボックスに立ち続けた筆者。失敗が成功の源となった博士課程のストーリーを紹介します。 失敗。博士課程を経ることで失敗にもうまく対処できるようになる——と思いたいものです。私は平凡な学生でしたが、建築学科に入学するまで自分がどれほど平凡であるかに気づきませんでした。控えめに言って、才能なしでした。周りからも率直にそう言われましたし、よく泣きました。ときには大きな教室の大勢の前で。…一種の暴露療法とも言えるでしょうか。5年ほどかかりましたが、私はアカデミズムでの失敗に対処する術を学びました。多少の精神的な傷は負いましたが、おかげで上手くあしらえるようになりました。 でも、私とは違って、博士課程に入学するまでずっと輝かしい人生を送ってきた学生の場合はどうでしょうか。そういう学生によく出くわしますが、壁にぶち当たるのが遅ければ遅いほど、ダメージが大きいように思います。私の息子は11年生(高校2年生)で壁にぶつかり、兆候に気づいてすぐにセラピストのところに連れて行きました。最初は行きたがりませんでしたが、今では感謝され、「超音速」とまでは行かないけど、「巡航速度」ぐらいで壁にぶつかったな、と冗談で言っています。息子の言うとおり、超音速スピードで壁にぶつかりたくはない……でももしそうなったらどうしたらよいでしょう? この記事では、ジャスティンが超音速で壁にぶつかったときの話をしてくれます。今回の投稿内容について警告ですが、内容には自傷行為の描写が含まれています。この先はご自身の判断で読み進めてください。おすすめのページにメンタルヘルスに関する資料も紹介していますのでご覧ください。 ジャスティン・フェフェール(Justin Pfefferle)は「第二次世界大戦中のイギリスにおけるシュルレアリズムとドキュメンタリー」というテーマで博士論文の公聴会審査を合格し、2015年にマギル大学で博士号を取得しました。現在ドーソン大学英語学科の教授でビショップ大学の英語の非常勤教授でもあります。彼は、大西洋におけるモダニズム文学、批評理論、文化研究、そして映画学など、さまざまな分野、領域をまたいで教鞭をとり研究しています。いまは“Adaptogenic Narrative in the Long Midcentury: 1938-1962”という仮タイトルで本を執筆中です。4つのソフトボールチームに所属する、失敗も多い張り切り屋です。 以下、ジャスティンの文章です。…

PhD(博士課程)学生がみんな疲れている原因は?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士学生の間で蔓延している疲弊感と、教授自身が疲れにどのように向き合っているかの対処法をご紹介します。 この記事では、うつ病や不安感についてお話します。もし今日のあなたのためにならなさそうなら、遠慮せずにページを離れてくださいね、別の記事でお会いしましょう。 今から言うことを、特権的な白人女性っぽくなく伝えるにはどうしたらいいか、ずっと考えていたのですが、無理なので、そのまま言います。 私、すごく疲れてます。 しょっちゅう睡眠不足であることも事実ですが、肉体的にだけでなく、心の奥底にある疲れのことです。仕事帰りに、夜、外出したり、何かをしたりするのをためらうような疲れです。 具体的には、こんな疲弊感です。 創造性を妨げるような疲れで、文章を書いたり、新しいプロジェクトを立ち上げたりするのが難しくなるのです。私はまだ物事に喜びを感じるし、よく笑いますが、ただ......疲労感がぬぐえません。もっと眠れば治るだろうと、たまに午後6時に寝ますが、効果はないようです。 この疲れ方は変だな、うつの疲労感とも違うような気がするけど…と思いつつ、念のため主治医を訪ねました。意外なことに、診察の結果、私の精神状態はここ数年で一番良いそうです。主治医は、抗不安薬の減薬プロセスまで説明してくれたので、試してみることにしました。減薬の結果、疲れは残りましたが、不安は戻らず、問題なく薬をやめることができました。(抗不安薬をやめることが目標だったということではありません。薬を飲むことを恥ずかしいとも一切感じていません。ずっと薬を飲み続けていても幸せでしたし、必要ならすぐにでも薬を再開します)。 この疲れは、うつの疲労感とは違う感覚です。疲れが伝染するような感じとでも言いましょうか。周りのみんなもとても疲れているように見えるのです。私が最初にこの疲れに気づいたのは、博士課程の学生たちの間ででした。学生たちはパンデミックの間、私たちの開催するオンラインワークショップをライフラインのように捉え、2020年には参加者が400%に増加しました。2021年には通常通りに戻り、その後、みんなパタリと姿を見せなくなりました。 イベントには、常に申し込み人数と参加人数の間に差があります。申し込みシートで「参加する」をクリックする人と実際にワークショップに参加した人の差を「コンバージョン率」と呼びます。イベント主催者としては、コンバージョン率が50%あれば上出来です。私たちのコンバージョン率は、パンデミック初期には70%まで上昇しましたが、2021年には50%に戻りました。ここまでは想定通りです。しかし、今年はさらに下がり、30%、時にはそれ以下になることもありました。 心配になった私は、オーストラリア国内外の他の研究支援団体と連絡を取り合いました。すると、どこも同じような状態でした。博士課程の学生が、勉強会に参加しなくなったというのです。私たちは、博士課程の学生が姿を見せなくなった現象について、次のような仮説を立てました。ロックダウン疲れ、やる気の低下、社会との断絶、希望の見えなさ...。パンデミック前も学術研究界の就職市場は厳しかったですが、その向こうに現れた市場はさらに悪いようです。不確実で、低賃金で、不安定です。 このような現実を考えると、アカデミックな職種で成功するための専門的な能力を身に着けたとしても無意味だ、と思えるかもしれませんね。たとえ参加することに価値を見いだしたとしても(そうであってほしいと願います)、時間を見つけることはおそらく難しいでしょう。みんなあまり話したがらないですが、博士課程の学生にとって金欠は常に深刻な問題です。コロナ禍はその状況をさらに悪化させました。博士号取得のための奨学金は、今までも貧困ラインギリギリを行ったり来たりしてきましたが、今年の初めにはインフレで大打撃を受けました。学生は生活費を稼ぐために、もっともっと働かなければならなくなったのです。…

研究室内でマイノリティでも孤独は克服できる

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、大学や研究室の中でマイノリティでいることは決して悪いことや困難なことばかりではなく、むしろ、将来を生き抜くスキルになることもあるというお話をご紹介します。 少し前に、私の研究プロジェクトのためにインタビューした採用担当者たちに見られた「アンチ博士号の態度」について記事を書きました。職場に博士号取得者が少ないために、卒業生が他のマイノリティに属する人と同じように、偏見の目にさらされていることについてふれました。投稿後、「マイノリティ」という言葉の使用に反対する人もいましたが、適切な言葉のご提案もありませんでした。(私もまだ思いつきません。皆さん、良い別の表現があれば、ぜひご提案ください!)とある読者から、ご自身のマイノリティだった経験について前向きな意見が寄せられたので、彼女に体験をシェアして欲しいと依頼しました。 この投稿は、ニューカッスル大学の博士課程学生であるミッシェル・シェー(Michele Seah)のものです。彼女は最近、中世後期の女王の、15世紀イギリスの3人の王妃に焦点を当てた論文を提出しました。彼女の論文では、女王たちに経済的・物質的な富をもたらした資源、特に領地について詳しく掘り下げています。また、その資源が王家やネットワークの維持にどのように費やされたかについても調べました。彼女は自分を外向的だとは思っていないようですが、ネットワークの構築と対人スキルを身に付けるために努力していると言います。ミッシェルのTwitterアカウントは@mlcseahですので見てみてください。 以下、記事末尾まで彼女の投稿です。 私は博士課程在学中に、2つのマイノリティに属していました。一つ目は、アジア人女性であること。もう一つは中世学者であることです。断然、中世学者であることの方が大変でした! 私は、大学院の研究室に机を割り当ててもらった数少ない女性大学院生の一人でした。ほとんど自宅で仕事をしていましたが、キャンパス内にも自分のスペースが欲しかったのです。よく顔を合わせる研究室の同僚は全員男性でした。女性はたまにしか研究室には顔を出しませんでした。キャンパスに行けば、周りにいるのは男性ばかりでしたが、それは大した問題ではなく、差別的な扱いを受けたことは一度もありません。男女比のバランスが悪いことから研究室は「Men’s Shed(男性達の小屋)」と多少軽蔑的な呼び名で呼ばれていたのは事実ですが。研究室の人たちは、私のことを博士課程の学生の一人として分け隔てなく接してくれましたし、少なくとも表向きは、私がアジア人で女性であることを気にしていないようでした。私は、自分がのけ者にされたと感じたことは一度もありませんでしたし、「男性小屋」で培ったコミュニティのおかげで大学院時代を楽しく過ごせました。 私にとって、マイノリティとしてもっとも大変だったと感じた経験は、研究テーマによるものでした。私の記憶では、当時、歴史学科で中世史を研究していた博士学生は私一人で、中世を専門とする指導者がいなかったことも、研究をより困難にしました。その分野で研究をするに至った経緯は、長くなるのでやめておきます。特に、私の指導教官たちは前近代の研究者で、私の研究分野は専門外の人だったことが大きなハードルとなりました。指導教官がその分野に精通していない場合、研究テーマに関するアイデアを出し合い、文脈上の問題について議論することが非常に難しいのです。しかし、教授らは専門外の謎のテーマもかかわらず、私のテーマを調査し、問題について議論できるように多大な時間と労力を費やしてくださり、私の博士号取得に付き合ってくれました。 この経験により、すべての指導教官が担う任務の重大さを改めて認識し、先生方に本当に感謝しています。しかし、特に最初のうちは、孤独を感じていました。私の研究に関連する歴史学専攻の学生には、ほとんど出会わなかったからです。 私の大学には、研究に熱中できるような陽気な中世研究の雰囲気はありませんでした。廊下やカフェで一緒に中世史を語る人なんて一人もいませんでした。しかも、私の研究分野の第一人者はほとんどオーストラリアにはおらず、主要な学会は海外で開催されているという事実が気持ちをさらに暗くさせました。まわりの歴史専攻の学生たちは、一緒に勉強するグループを作ったり、オーストラリア国内の学会に参加したり、オーストラリアを拠点とする研究者たちと交流したりしていましたが、それが叶わない私は、別の方法を考えなければなりませんでした。 そこで、はじめにとった行動は、大学内で私の研究テーマの前後1世紀以内のテーマに取り組んでいる英語学科の研究者に連絡を取ってみることでした。しかし、この数少ない人たちも、テーマや地域的に私のテーマからはあまり近いテーマで研究している訳でなく、採用している研究方法も異なり、有意義な意見交換や議論はできませんでした。しかし、同じ志を持つ人たちと一緒に中世後期の世界に浸れたのは嬉しい経験でした。…

PhD(博士課程)を短期間で修了することは可能?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、PhD(博士課程)を短い期間で修了する人たちは、それをどうやって成し遂げたのか、ある学生の体験記を紹介します。 先日、2年で博士号を取得したというカーメン・ブライス(Carmen Blythe)の記事を公開したところ、凄まじい数のコメントをいただきました。中には、Carmenが2年で博士号を取得したのは普通の人よりも状況が有利だったからだと指摘する人もいました。では、「普通の人」が2年で取得することは果たして可能でしょうか? 毎年、多くの学生が博士課程を一定の期間よりも短期間で卒業します。そう、パートタイムで通う社会人学生たちです。社会人学生は最初の数年でドロップアウトする可能性も高い半面、統計的に見ると、フルタイムの学生よりも短期間で修了しているのです。4年以内の場合もあります(フルタイムで2年間在籍するのと同じスピードです)。このことに気づく人が少ないのは8年を4年で卒業したと言っても、まぁまぁ長い期間だからでしょうか。パートタイムの学生は、影の成功者なのです。この現象が脚光を浴びてほしいとずっと思っていたので、アリソンの投稿によって注目が集まり、大変うれしく思います。 アリソン・ベッドフォード博士は、最近、サザンクイーンズランド大学で博士号を取得し、親であり、妻であり、歴史と英語の中学校教師であり、歴史教育者の講師でもある多忙を極める女性です。彼女の専門は、メアリー・シェリー、フランケンシュタイン、フーコーのディスコース概念、サイエンスフィクション、歴史のカリキュラム、教育学、と多岐に渡ります。彼女をLinkedIn、Twitterで@bedforda1を探してみてください。 (以下、アリソンの文章です。) Twitterやその他のSNSで#phdchatの投稿を読むのは、博士課程を始めたばかりの学生たちにとって、恐怖と面白さが半々です。(参考サイト:@legogradstudent、@GameofAcademics)インターネットというものは、こわいもので、見れば見るほど、酷い指導者、論文提出期限地獄、論文執筆の泥沼ばかりが目に入ります。博士号を問題なくスムーズに取得するなんて、ユニコーンと同じくらい非現実的なものに思えます。 しかし、インガー先生(@thesiswhisperer)のHow to Be an Academicという本の後半にあるように、最終的に博士号を取得したり、研究者になっている人が存在するのですから、全てが悪というわけではないはずです。少し前向きな話をご紹介します。人生はいいことばかりではないですが(そんなことはありえないですから)、数々の悲惨な話(オーストラリア含め世界の学術界での不平等や欠陥を晒す意味では重要な話ですが)に対峙する話として役立つことを願います。…

PhD(博士課程)終盤の負のループから抜け出すためのサポート

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、PhD(博士課程)の学生が博士論文執筆の終盤ではまってしまう負のループについてと、負のループから抜けてもらうためのANUの具体的な取り組みを紹介しながら解説します。 私はよく博士号取得の終盤を「頭にバケツを被っている状態」に例えます。研究開発界隈では、この時期を「The Write Up(書き上げ)」と呼んでます。博士論文を完成させ、最終評価にたどり着くまでには膨大な時間を要します。 これまで後回しにしていたものを必死にまとめ、慌てて論文を完成させようと焦りだすと同時に、家族や私生活が犠牲になり、学生自身もどんどん孤立していくのです。 締め切りという圧迫感と同時に執筆作業の孤独感を味わうというのは、まさに、バケツを被って生きているようなものです。 このバケツを被っている期間が短ければ、たとえば6か月程度であれば、なんとか耐えられるでしょう。しかし、何年もバケツを被り続けている人が少なくないのです。そもそも、期限内に論文を提出する人は約20%。多くの学生が提出期限の延長申請をしており、さらに何度も延長を繰り返す人が多いのです。もはや、博士号の取得に5年かかることは、決して珍しいことではありません。 提出が間に合わない理由はさまざまです。指導者に恵まれない、論文執筆の難しさ、手に負えない量のプロジェクト、実験の失敗など。ただ、結局のところ、どんな理由だろうがそれは問題ではなく、提出できない結果生じる問題にどう対処していくかです。 懸念材料のひとつは、私が勝手に「負のフィードバック・ループ」と呼んでいるものです。 学生たちは、奨学金が尽きたり、長い低収入の暮らしが厳しくなってくると、研究の時間を削って仕事に就かざるを得なくなったり、出産のような後回しにできない人生の選択を優先します。健康が悪化する人、論文提出のストレスでさらに悪化してしまうような人もいます。このような負のループが、論文提出をさらに難しいものとしてしまうのです。 そこで、我らANUチームは、学生たちがこの負のループから抜け出し、健全な生活を送れるよう支援しています。 まずは「書く」ことからサポートしていきます。そもそも、研究論文というのは、最終段階になって死に物狂いで「書き上げる」ものではなく、「書きながら進める」ものです。つまり、論文執筆には継続して生産的に文章を書くスキルが必要なのです。とはいえ、これは、言うは易く行うは難しです。多くの学生が、博士課程在学中にほぼ毎日執筆はするものの、残った文章は論文というより膨大な言葉の沼のような有様になるのが現実です。…

PhDが無意味に感じられる理由と対処法

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回はPhD課程(博士課程)の学生が襲われる無力感、そしてそれに対処する具体的な方法について解説します。 内容についての注意事項からお伝えします。この連載では、明るく、役立つことがらについて書くよう心がけていますが、この記事では不安やうつ状態など、精神衛生に関わる話に触れています。 抵抗のある方は閲覧をお控えください。サイトを離れる前に、子猫のGIFをどうぞ。 マット・マイトの‘The Illustrated Guide to the PhD’によると、PhDとは知識の顔に突き出た「おでき」だということです。 ぜひ、ページをご覧いただきたいのですが、マイトは、人類の知の総和を大きな円で、個々の知識を小さな円で図示します。そして、個人のPhD研究を、大きな円の縁の部分から突き出す小さな膨らみとして表示しています。 PhDという「おでき」です。 マット・マイトはいい奴で、彼の図にも説得力があります。彼が言いたいのは研究が積み重なることにより、人類の知識の総和が徐々に大きくなっていくということです。個々のPhDが革新的である必要はありません。個人の貢献が微々たるものでも、多くのPhD取得者の「おでき」が集まることで、大きな意味を持つというのです。…

インターンシップで博士過程のスランプを脱出

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。研究論文執筆の半ばで精神的に追い詰められるMid-thesis crisisというスランプ状態に陥る大学院生は少なくありません。今回はインターンシップを機にスランプを抜け出した博士課程の学生ミア・タープ・ハンセンの経験をインガー准教授が紹介してくれています。 今回は、メルボルンのラ・トローブ大学政治学科の博士課程3年のミア・タープ・ハンセン(Mia Tarp Hansen)の投稿を紹介します。ミアはカザフスタンと中央アジアにおける市民社会の状況と政策を専門に研究をしています。カザフスタンとタジキスタンを中心に1年半のフィールドワークを行い、外交官や現地NGO、独立系メディアなどとも関わりながら、この地域の調査研究をしてきました。彼女が中央アジアに特段の興味を持つようになったのは、12歳の時に見知らぬ土地であったカザフスタンに住むこととなり、その地が彼女にとってかけがえのない故郷となったからです。現在は論文を執筆中で、まもなく提出できる見込みです。ぜひ、ツイッターの@AlmatinkaMiaをフォローしてください。 ここからはミア・タープ・ハンセンによる投稿です。 ある暖かい夏の日のことでした。カザフタンにいた私はかなり追い詰められていました。Mid-thesis crisis、つまり論文執筆のスランプに陥っていたのです。中央アジアでの精神的に厳しいフィールドワークと彼氏との破局に加えて、フィールドワークやPhDの研究が上手くいかないのではという不安に押しつぶされそうになっていました。もともとカザフスタンの政治に関するフィールドワークで一定の成果を上げるつもりでしたが、インタビューや調査について不満を抱えたまま時間が過ぎていってしまうと焦っていたのです。 研究を続ける気力を失っていたのです。研究に疲れ、大学で受けたアドバイスにもうんざりしていました。大学でのセミナーといえば、学術的キャリアを築くための方法についてのものばかり。そんなキャリアを望まず、現場での仕事をしたいと思っている私にとって、全然役に立たない情報です。それでデスクワークに戻ることも、PhDに向き合うことも嫌になってしまったのです。自分はダメ人間で、優秀な研究者ではないと感じていました。 どうにもならなくてパニックになって、作業を放り出しましたが、何の解決にもなりません。そんなとき当時のパートナーが、その年にもらった中でも最高のアドバイスをくれたのです。それは自分の研究や専門分野に関連した無給のインターンシップに応募することでした。彼は、私が燃え尽きて、進むべき方向を見失っていることを分っていたのでしょう。「もうどうにでもなれ」という気分で応募することにしました。大学院生に無給で仕事をさせる(こき使う)中央アジアの外交機関のいくつかに応募書類を送ってみたのです。結局2箇所からオファーをもらうことに成功し、条件の良い方の申し出を受けて実際の外交機関で働くことになりました。 そして1ヶ月後、私はタジキスタンに飛びました。中央アジアのタジキスタンは貧しく、ワイルドでも美しい国です。私が籍を置くオーストラリアの大学が予想外に(ありがたいことに)支援してくれた上、このインターンシップが研究活動に関連することを説得できたことで、奨学金の継続も確定してくれました。こうして、このインターンシップは、私の博士過程において非常に大きな意味を持つものとなりました。 私は、現場で働くことが何とかしたいと思っていたスランプからの脱出につながると、すぐに実感できました。やりたかったことに近づけたのです。一方で興味深かったのは、博士課程で学んだ研究スキルが、どのように現場での作業に適用できるか、そして中央アジアに関する私の知識がそこで実際にどう役立つのかを掴めたことです。…

指導教官を見極めよう

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。博士課程の指導教官は、研究だけでなく、その後の人生にも影響を及ぼしかねません。今回の記事は、クイーンズランド工科大学のイヴォーン・ミラー(Evonne Miller)准教授による、自分に合った指導教官の見極めるのにチェックすべき項目の紹介です。 指導教官が自分に合っているか、別の人に変えてもらった方がよいのか……そもそも、指導教官を見極めるには何を見て判断すればよいのでしょうか。 今回は、イヴォーン・ミラー(Evonne Miller)准教授による指導教官の見極め方についての記事をご紹介します。イヴォーンと私は、修士論文の指導を行う際の課題に注目した「The Supervision Whisperers - Just like the Thesis…

博士課程終盤に「ダメ人間」の症状が出てしまったら

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。人は得てして何らかの理由で追い詰められると、簡単なことがうまくできない「ダメ人間」状態に陥いってしまうことがあります。自らも経験者であるミューバーン准教授が原因を考察し、そんな状態と上手く付き合っていく方法を話してくれました。はたして、その対処法とは? PhDの研究を行う間、研究は上手くこなしているのに、それ以外のことがほとんど何もできなくなってしまうことが起こることを、私は「Loopy la-las」と名付けました。 私自身に「Loopy la-las」が起こり始めた日のことは忘れられません。とにかく、簡単なことができなくなってしまい、自分が「ダメ人間」になったと感じたのです。 2008年のある日、フーコーの本に没頭していたところに、大学のリサーチ・アドミニストレーターから電話がかかってきました。私が提出した学会出席の助成金申請書に不備があり、名前の記入ミスがあったことを知らせてくれたのです(ありがとう、ジェーン!)。メールをチェックして、彼女が申請書を処理できるよう返信すればいい――だけですよね? 私はログインして申請フォームをダウンロードしました。そして、何をしようとしていたのか理解しようと、フォームを凝視しました。 私は、苗字と名前の両方を記入させるフォームの形式について考えはじめました。イギリスが自国の名前の付け方を植民地にも浸透させるため、植民地主義の下でランダムに姓(名字)を与えていたプロセスに思いを巡らせ、さらに家父長制と、母や自分の名前に比べて父や夫の名前がどのように提示されているかを考えました。そこから、そもそも「名前」とは何なのかについて考え始めてしまったのです。 ダメダメ、何やってるの!私は頭を振って自分の名前を書き込みました。それからさらに3分間、自分の名前のスペルが正しく書けているのか疑って自分の名前を凝視してから、不安なままフォームを保存してジェーンに返信しました。 すると今度はジェーンがわざわざ電話をかけてきて、私が添付ファイルを付けずに返信メールを送っていたと教えてくれました。彼女は大笑いをして「まったくあなたらしいわ、インガー。みんなにフォームに記入してもらう作業で私の1日の半分はつぶれるのだけれど、頭が良いはずの博士課程の学生は、どうしてこんな簡単なことができないのかしら?」と言うのです。 ジェーンの言葉は、私の心にずっと響いていました。なぜなら、私はその後半年以上、この「簡単なことができない」状態に陥ったからです。単純なことを行うのに苦労する一方で、信じられないほど複雑で抽象的な概念について考え、それについて書くことは1日中続けていても全く苦にならないのに。物事によってそれを処理する頭の回転が異なる状況は奇妙で、自分が「ダメ人間」になってしまったのではないかと思いました。しかし、博士課程の学生と接してきて、これが珍しい状態でないことが分かりました。そして、このような状態になるのは論文執筆プロセスの副産物なのではないかと思うに至りました。まさに『フラバー うっかり博士の大発明(原題:…

履歴書に博士課程修了と書くのは不利なのか(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。本記事の前編は学術界の外で就職活動をする際に採用担当者が履歴書・職務経歴書をどのような感覚で読むのか、学術界とビジネス界の常識の違いを認識した上でどう履歴書・職務経歴書を書くべきかのアドバイスでした。後編は、採用担当者が感じている「仕事のスピードへの不安」と「すぐに退職してしまうのではないかという不安」を払拭するための履歴書の書き方アドバイスです。 前編はこちら 仕事のスピードへの不安 ビジネスの世界ではスピードが重要です。最近、4大コンサルティング会社の1つに勤める友人と昼食を共にしたのですが、その際、友人は次のような不満を漏らしていました。研究委託をするための資金は十分にあるが、合理的な期間内に研究を実施できる研究者を見つけることができない。連絡を取った研究者は9ヶ月の研究プロジェクトを提案してきたのだが、委託側としては6週間で結果が欲しかった、ということです。私はこの話の研究者に同情してしまいました。6週間、研究以外に何もしないで良いのであれば、おそらく期限内に結果を提出できたでしょうから。私は友人に、9ヶ月というのは、授業やその他の業務を考えると、実際にはかなり短い納期だと説明しましたが、彼の共感は得られませんでした。学術界とビジネス界では明らかに「スピーディー」の意味するスピードが異なっているのです。 採用担当者とのコミュニケーションでは、スピードに対する考え方の違いを考慮する必要があります。研究畑以外の人は、研究者たちの「普通」を知らないのです。博士課程で他の学生と比べて論文をたくさん書いたというのであれば、同じ分野の平均的な人より「〇〇%生産性が高い」と伝えましょう。博士号を、期間を延長することなく取得できたのであれば、その偉業を成し遂げられるのは20%のみであることを伝えましょう。 フルタイム学生をしていたのに博士号取得に3年以上かかったのであれば、採用担当者は何をしていたのかとあなたの能力に疑問を持つかもしれません。指導教官に問題があったり、実験結果が思わしくなかったりなど、外的要因で博士研究に時間がかかった場合はお気の毒にとしか言えませんが、落ち込んでばかりはいられません。たとえ事実であったとしても、失敗を誰かの所為にするような人とは一緒に働きたくないものです。どうにか博士号取得に時間を要したことを説明しなければなりません。例えば、資金的な問題は予定より長く研究に時間がかかった理由として十分でしょう。生活費を稼ぐための仕事をしていたのであれば、仕事と研究を両立させることで、時間の管理能力が磨かれたということを強調してもよいでしょう。 仕事に飽きたりチャンスがあれば退職して研究に戻ってしまうのではという不安 私たちの研究で採用担当者は、博士課程修了者はチャンスがあれば研究職に戻ってしまうのではないかと不安を感じていることが分かっています。彼らは、研究職以外の仕事を格下と考えている博士課程修了者もいることを知っています。はたして、これは誤った認識でしょうか? 学術界は、もうたくさんと自分を納得させているかもしれません。確かに気に入らないことがたくさんあるかもしれませんが、もし理想的な研究ポストに空きが出て、それに応募し、奇跡的に採用されたとしたら、その職を断ったりするでしょうか?正直に断れるという人は、心の準備ができているのでしょう。しかし、答えるのに迷うのなら、研究職に就くという夢をもう少し追い続けた方が良いかもしれません。多くの採用担当者は、採用選考を専門としている人たちであり、そうした応募者の迷いを敏感に嗅ぎ取るものなのです。 学術界への未練はまったくないと言い切れる人でも、学術以外の業界の採用担当者に納得してもらうのは、簡単ではありません。言うは易く行うは難しです。なぜその仕事に応募したかを正直に伝えるのが一番良い方法だと思います。それを具体的に前向きな言い回しで書くのです。例えば、「博士課程でインタビュー調査を数多く実施してきましたので、このような調査結果がどのように製品やサービスの改善に役立つのか興味があります」、または「チームで働くのが好きな自分にとって、この仕事には学問の世界にはないチャンスがあります」といった応募理由は「学界にチャンスがなかったので」というよりも前向きで良い印象を与えることができます。 知識が専門に偏っていることについての不安 私の博士論文は、建築の授業におけるハンドジェスチャーについてで、今やっていることとは程遠い内容です。同僚の一人は有袋類の繁殖についての論文で博士号を取りましたが、今では本当に素晴らしい事業開発マネージャーとなっています。博士号は運命的なものだという考えは、私たちにとってとても時代遅れだとされますが、それは本当でしょうか?この考え方に目を向けて、博士課程のプロセスが私たちの視野を狭める可能性について考えてみましょう。…

不安は強い力を生み出す可能性を秘めている(前編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年を振り返るとコロナの影響で不安を感じたことが多々ありました。2021年は不安な時だからこそ、具体的に博士課程で起こり得る問題を予想して実践的に準備しようというインガー准教授のメッセージを前後半でお届けします。(元記事は2021年1月6日に投稿されたものなので、新年の挨拶から始まっています。) あけましておめでとうございます。 2020年、無能な政治家や、がめつい企業の運転するバスに乗り合わせたばかりに、崖っぷちにさらされた無力な乗客のような感覚になることがよくありました。気候変動に関しては常々「崖っぷち感」を感じていましたが、パンデミックはその感覚を悪化させたのです。私は2020年を通じてとてつもない不安を抱えていたので、仕事を含むすべての作業に悪影響を及ぼしていました。 2021年に状況が改善されるとしても、こうした不安の原因となっている問題の多くが霧消することはないでしょう。今年、どんな準備するのが良いのか考えてはみるものの、たくさんの抱負を掲げたところで役に立つとは限りません。 (こうした不安について、自分も当てはまると思う人は、これからお伝えする注意事項を読んで参考にしてみてください。) 無力感や、それがもたらす不安は嫌なものです。抗不安薬(精神安定剤)もある程度は効きますが、気持ちを落ち着かせるためだけに多くの時間とエネルギーを費やさなければなりません。私の場合、雇用と結婚生活を維持するためには冷静さを保たなければならないので、さまざまな戦略を用いています。優しい夫が買ってくれたデッキチェアに座ってセラピストにすすめられたマインドフルネスを実践することもそのひとつ。この夏、特に今年の前半にコロナがオーストラリアを襲った後は、このデッキチェアは私にとって欠かせない物となりました。   View this post on Instagram…

学者なりに燃え尽き症候群を引き起こす完璧主義を分析してみた

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。なんとメンタルヘルスに悩む学生を支える側のインガー准教授ご自身が、働き過ぎのストレスから健康を損なってしまったようです。問題解決に向けて自己分析をされていますが、その方法とは? 昨年、長年の過労がたたって体調を崩しました。 概ね15年もの間、週50時間から60時間働いてきた私の中の何かが、ある時ふと弾けてしまったのです。仕事中に突然涙があふれたり、不安発作が起きたり、疲労感や気分変動に襲われたり……といった症状が急速に悪化してしまいました。そのまま進んでいたらうつ病になってしまったかもしれませんが、幸いにもそこまで悪化する前に行動を起こすことができました。 メンタルヘルスの問題を抱えている博士課程の学生を10年以上見てきたのに、自分自身の燃え尽き症候群に気付きませんでした。正直、かなり面食らったことに、ベッドにこもって、何にも誰にも関わりたくないという強い誘惑にかられていました。健康とバランスを取り戻す方法を見つけ出すには、いろいろ試したものの1年という時間を要することに。つらい1年でしたが、自分の限界を知り、過労が健康に及ぼす影響について考えるきっかけになったと思えば、良い経験でした。 症状改善に役立ったことの1つはセラピーです。セラピーを受けた結果、自分が心理学的に言うところの「反すう(rumination)」、つまり現在の状況や過去の出来事を自制できないほど何度も繰り返して考えてしまう思考パターンに陥る傾向があり、そのことで、物事に集中することや、その瞬間に居合わせていることが困難になってしまうことが自覚できました。私はいつも頭の中で「……だけど、もしかしたら?」と用心深く自問して、結果的に不安を募らせてしまう――まるで、自分の心と格闘しているような気分をずっと味わってきたのです。 博士課程の学生(そして研究者たち)にとって、メンタルヘルスが大きな問題である理由の一つがようやくわかりました。私たちには長年にわたる論争を経て積み重ねてきた考え方が染みこんでいます。私は、自分自身と向き合い、将来うまくいかなくなるかもしれないことについて入念に考えを組み立てておくことが得意です(言い添えておくと、その時点でのわずかな兆候を元にしてできる範囲です)。習慣付いてしまっている考え方を打ち消すために私がやっているのは、私に試練を与えるためだけにひょっこり出てくる古い考えに凝り固まった学内の重鎮たちでいっぱいの退屈な学術セミナーにあえて出席していると想像してみることです。そんな状況でどうやって反論するかって?「黙ってて」と言うのも大分上手になってきました。 セラピストが私に勧めたことのひとつは、自分の中の完璧主義的な傾向を探ることでした。私は今まで自分を完璧主義者だと思ったことはありませんでしたが、それは完璧主義であることは 「動きが取れない」状態だと考えてきたからだと思います。これまでに、失敗を恐れて動けない―あるいは、何度も何度もやり直しをしてそれまでに行った作業をすべて消してしまう学生たちにたくさん出会ってきました。でも、私はまったく逆で、どうでもいいことをこなすのも得意ですし、プロジェクトを完了させることもできます。 私の考えが及ばなかった点は、仕事上だけでなく、人生における自己基準がとんでもなく高いという点です。私は受けられる量以上に多くの、そして困難なプロジェクトを引き受けて、それらの難しいプロジェクトをやりきろうとするあまり、自分でもバカみたいと思えるほど長い時間を費やすのです。そのあげくに、十分な仕事ができていないのではと毎回心配する……。これはいわゆる自分を過小評価してしまう心理傾向の「インポスター症候群(障害とは診断されないとは言っても)」ではなくて、むしろ学術界という超批判的な世界で生き抜くために身についてしまった反応ではないかと思っています。 セラピストにこの問題について研究してみるように勧められたので、「機能型」完璧主義と「適応型」完璧主義に関する文献を探してみました。それらから見えてきた傾向は以下のようなものです。思い当たる方もいるのでは? 必要でない場面でも、常に高い目標を目指す 健康と幸福を犠牲にしてでも、常にベストを尽くしたいと欲する…

研究者が抱える「見えない仕事」の実態とは

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。現在、博士課程で学んでいる人の中にも研究者になりたいと思っている人は多いことでしょう。でも、本当のところ研究者の仕事って?研究者がどんな仕事をしているのか(どんな仕事に追われているのか)のお話です。 ご存知とは思いますが、学術研究についての研修を行ったりブログを書いたりしている私の本業は、研究教育、特に博士号取得後の雇用について研究をしている現役の研究者です。時々、専門以外でも気になる分野に脚を伸ばしていますが、そのうちの一つが、学術に関わる仕事の特性と範囲、業務全般についてです。学術業務とは世界中で何十万人もの人が従事し、官民に莫大な収益をもたらす巨大なグローバル産業であるということを考えると、学術に費やされる時間についての研究は、驚くほど、そして不可解なほど少ないのが現状です。 古くからの言い方に「測定できないものは、管理できない」というのがありますが、私の知る限り、最近の研究者の時間の使い方や動き方に関する研究は存在しないため、研究者たちが実際何時間働いているか把握する術はありません。研究者は通常、さまざまな期待に応えるために自分の時間をどのように使うかを見積もること、つまり作業計画の作成から始め、それを持って労働組合の助けを借りずに大学や研究機関といった雇用主との交渉を行います。研究者という人種は時間の管理については楽観的すぎるところがあり、それが研究者の愛すべきところではあるのですが、非現実的な約束を守るために長時間労働をしがちなのです。 私が知っている研究者のほとんどは、週末の少なくとも1日は仕事をしており、届いたメールには時間に関わらずいつでも返答しています。私たち研究者は自分の仕事が大好きなのでこうした働き方をしてしまいますが、このことは研究者が労働に関する苦境に陥りやすい要因ともなります。職場での不公平な扱いや労働搾取は深刻な問題です。私はストレスから自殺に至ったイギリスの国立大学カーディフ大学のマルコム・アンダーセン博士(Dr. Malcolm Anderson)の悲しい事件を聞いて以来、この問題を何とかしなければならないと感じてきました。アンダーセン博士の話や彼を失った家族の悲しみに、強く動かされたのです。そして、学術関連の労働のことを、研究が不足したまま見過ごされている問題と捉えるのをやめて、生死に関わる問題として何とかしたいと考えるようになりました。 私はまず、この問題について自分の考えを記事に書くことから始めました。私は、オーストラリアの全国高等教育連合 (NTEU) のニュースレター「The Advocate」に7年ほど前から定期的にコラムを書いています(そこに政治色の強い意見を投稿できているおかげで、「研究室の荒波にもまれて」に極端な意見を書かずにすんでいるのですから、ありがたいことです!)。ここにアンダーセン博士についてのコラムを書いたほか、私自身の時間「管理」との奮闘についても書き、Timingというアプリを使って自分の労働時間を測定し、それを年次業績評価に書き込んであった見込み時間と比較するつもりだと宣言していました。そして、昨年末、「Chewing on the…

履歴書に博士課程修了と書くのは不利なのか(前編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は学術界の外で就職活動をする際の履歴書・職務経歴書に関するお話です。インガー准教授が行っていた、博士課程取得者に対する採用担当者の態度に関する研究で分かったこととは?そして、職務経歴書に博士課程修了を書くべきか、書かないべきか、についても考察しています。(訳者注:日本では学歴・経歴は正直に書くのが大前提です。) 数週間前、同僚のハンナ・スオミネン准教授とウィル・グラント博士と、私が取り組んできた採用担当者の博士号取得者に対する態度についての研究の話をしました。 以前投稿した「WHAT IS THIS ‘ANTI-PHD’ ATTITUDE ABOUT?」にも書きましたが、私たちの研究は、学術界以外の雇用における門番的な役割を担っている採用担当者に関するものです。履歴書・職務経歴書に最初に目を通すのは採用担当者であることが一般的ですが、彼らのほとんどは博士号を持っていません。博士課程についての経験や知識をほとんど持っていない人もいます。学術界以外の就職戦線に踏み込むのであれば、このような事実を頭に入れておく必要があります。 採用担当者は、応募者(あなた)が習得した学位よりも、獲得してきた経験にはるかに強い興味を持っており、博士号の有無で応募者を絞り込むことはありません。博士号取得者を知的でまじめな人である証拠として捉える担当者がいるかもしれませんが、以前採用した博士号取得者が期待外れだったという理由から、積極的に博士号取得者を候補から外す担当者がいることだって考えられます。私は別の記事で、博士号を取得したことで、その人は雇用市場における少数派と位置づけられ、有色人種、高齢者、障害者といった人々が日常的に経験している差別に直面する可能性があると論じました。 あなたがその記事を読んでいたら、自分の履歴書から博士課程の経歴を消してしまおうと思うかもしれません。実際に経歴を書かずに選考に残ったという人もいますし、違いはなかったという人もいます。博士課程についてあえて記載しなかった人々は、履歴書の空白期間(最大5年間)について説明しなければならないので、大抵は大学内で行われた「大規模な研究プロジェクト」に参加していたと記述しているようです。私がその記事に書いたように、どのような種類の活動が「仕事」として見なされ、さまざまな経験がどのように評価されているかを心に留めておくことは大切です。採用担当者にとって、大学は非常に特殊な職場であり、博士課程で仕事に役立つ経験をしているとはなかなか信じてもらえないということも覚えておきましょう。 博士号取得者であることをあまり主張したくないとしても、すべてを隠す必要はありません。学歴の項目を履歴書の下の方に移動させ、採用担当者が最初に目にする記載ではないようにすれば良いのです。研究教育者としては、自分の資格を自らあえて隠さなければならないと思う人がいることには心が痛みますし、正直言ってそれが正しい方法だとは思いません。博士号取得者は就職市場において、研究や論文執筆を行う際の高度なスキルを持っていない人よりも優位な点がたくさんあるのです。必要なのは、博士号取得者であることの強みを最大限に活用することです。まずは、自分の履歴書を読む人がどう思うかを理解することから始めましょう。採用担当者や雇用者が抱く不安にも根拠があることを認識し、それを受け入れた上で、カバーレターの中で彼らの不安を和らげる書き方をするようにしましょう。 ここで、私たちの研究で明らかになった採用担当者の考え方と、彼らの不安を和らげるために何を書くべきか書き出してみます。…