研究室の荒波にもまれて

研究者が抱える「見えない仕事」の実態とは

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。現在、博士課程で学んでいる人の中にも研究者になりたいと思っている人は多いことでしょう。でも、本当のところ研究者の仕事って?研究者がどんな仕事をしているのか(どんな仕事に追われているのか)のお話です。 ご存知とは思いますが、学術研究についての研修を行ったりブログを書いたりしている私の本業は、研究教育、特に博士号取得後の雇用について研究をしている現役の研究者です。時々、専門以外でも気になる分野に脚を伸ばしていますが、そのうちの一つが、学術に関わる仕事の特性と範囲、業務全般についてです。学術業務とは世界中で何十万人もの人が従事し、官民に莫大な収益をもたらす巨大なグローバル産業であるということを考えると、学術に費やされる時間についての研究は、驚くほど、そして不可解なほど少ないのが現状です。 古くからの言い方に「測定できないものは、管理できない」というのがありますが、私の知る限り、最近の研究者の時間の使い方や動き方に関する研究は存在しないため、研究者たちが実際何時間働いているか把握する術はありません。研究者は通常、さまざまな期待に応えるために自分の時間をどのように使うかを見積もること、つまり作業計画の作成から始め、それを持って労働組合の助けを借りずに大学や研究機関といった雇用主との交渉を行います。研究者という人種は時間の管理については楽観的すぎるところがあり、それが研究者の愛すべきところではあるのですが、非現実的な約束を守るために長時間労働をしがちなのです。 私が知っている研究者のほとんどは、週末の少なくとも1日は仕事をしており、届いたメールには時間に関わらずいつでも返答しています。私たち研究者は自分の仕事が大好きなのでこうした働き方をしてしまいますが、このことは研究者が労働に関する苦境に陥りやすい要因ともなります。職場での不公平な扱いや労働搾取は深刻な問題です。私はストレスから自殺に至ったイギリスの国立大学カーディフ大学のマルコム・アンダーセン博士(Dr. Malcolm Anderson)の悲しい事件を聞いて以来、この問題を何とかしなければならないと感じてきました。アンダーセン博士の話や彼を失った家族の悲しみに、強く動かされたのです。そして、学術関連の労働のことを、研究が不足したまま見過ごされている問題と捉えるのをやめて、生死に関わる問題として何とかしたいと考えるようになりました。 私はまず、この問題について自分の考えを記事に書くことから始めました。私は、オーストラリアの全国高等教育連合 (NTEU) のニュースレター「The Advocate」に7年ほど前から定期的にコラムを書いています(そこに政治色の強い意見を投稿できているおかげで、「研究室の荒波にもまれて」に極端な意見を書かずにすんでいるのですから、ありがたいことです!)。ここにアンダーセン博士についてのコラムを書いたほか、私自身の時間「管理」との奮闘についても書き、Timingというアプリを使って自分の労働時間を測定し、それを年次業績評価に書き込んであった見込み時間と比較するつもりだと宣言していました。そして、昨年末、「Chewing on the…

調査結果:オープンアクセスに肯定的でも掲載料金負担が

ユレイタスが2021年1月に実施したオープンアクセスジャーナルの現在の課題にまつわるアンケート調査にて、200名を超える研究者の皆様にご回答をお寄せいただきました。オープンアクセスについて日本の研究者がどのように感じているか、有料購読誌に対し、オープンアクセスジャーナルで出版するという選択肢がどの程度普及しているかの指標となるデータとして調査結果を発表させていただきます。 ■調査概要■ 調査対象:学術翻訳ユレイタスを利用してくださっている日本の研究者 調査集計期間:2020年12月1日~2021年1月31日 調査方法:インターネット調査 有効回答数:203名 Q.あなたにとって、日本でオープンアクセスジャーナルの受け入れが遅れている原因は次のうちどれだと思いますか?(該当するものにすべて印をつけてください) [複数回答可] Q. 公的な助成金を受けた研究は、オープンアクセスジャーナルに掲載され、研究コミュニティ間で自由に利用できるようにしなければならないと思いますか? Q. 研究者として、オープンアクセスジャーナルでの出版は、研究の到達度や影響力を高めるのに役立つと思いますか? Q. 研究者にとって、オープンアクセスは研究がしやすくなると思いますか? 調査結果の概観:…

履歴書に博士課程修了と書くのは不利なのか(前編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は学術界の外で就職活動をする際の履歴書・職務経歴書に関するお話です。インガー准教授が行っていた、博士課程取得者に対する採用担当者の態度に関する研究で分かったこととは?そして、職務経歴書に博士課程修了を書くべきか、書かないべきか、についても考察しています。(訳者注:日本では学歴・経歴は正直に書くのが大前提です。) 数週間前、同僚のハンナ・スオミネン准教授とウィル・グラント博士と、私が取り組んできた採用担当者の博士号取得者に対する態度についての研究の話をしました。 以前投稿した「WHAT IS THIS ‘ANTI-PHD’ ATTITUDE ABOUT?」にも書きましたが、私たちの研究は、学術界以外の雇用における門番的な役割を担っている採用担当者に関するものです。履歴書・職務経歴書に最初に目を通すのは採用担当者であることが一般的ですが、彼らのほとんどは博士号を持っていません。博士課程についての経験や知識をほとんど持っていない人もいます。学術界以外の就職戦線に踏み込むのであれば、このような事実を頭に入れておく必要があります。 採用担当者は、応募者(あなた)が習得した学位よりも、獲得してきた経験にはるかに強い興味を持っており、博士号の有無で応募者を絞り込むことはありません。博士号取得者を知的でまじめな人である証拠として捉える担当者がいるかもしれませんが、以前採用した博士号取得者が期待外れだったという理由から、積極的に博士号取得者を候補から外す担当者がいることだって考えられます。私は別の記事で、博士号を取得したことで、その人は雇用市場における少数派と位置づけられ、有色人種、高齢者、障害者といった人々が日常的に経験している差別に直面する可能性があると論じました。 あなたがその記事を読んでいたら、自分の履歴書から博士課程の経歴を消してしまおうと思うかもしれません。実際に経歴を書かずに選考に残ったという人もいますし、違いはなかったという人もいます。博士課程についてあえて記載しなかった人々は、履歴書の空白期間(最大5年間)について説明しなければならないので、大抵は大学内で行われた「大規模な研究プロジェクト」に参加していたと記述しているようです。私がその記事に書いたように、どのような種類の活動が「仕事」として見なされ、さまざまな経験がどのように評価されているかを心に留めておくことは大切です。採用担当者にとって、大学は非常に特殊な職場であり、博士課程で仕事に役立つ経験をしているとはなかなか信じてもらえないということも覚えておきましょう。 博士号取得者であることをあまり主張したくないとしても、すべてを隠す必要はありません。学歴の項目を履歴書の下の方に移動させ、採用担当者が最初に目にする記載ではないようにすれば良いのです。研究教育者としては、自分の資格を自らあえて隠さなければならないと思う人がいることには心が痛みますし、正直言ってそれが正しい方法だとは思いません。博士号取得者は就職市場において、研究や論文執筆を行う際の高度なスキルを持っていない人よりも優位な点がたくさんあるのです。必要なのは、博士号取得者であることの強みを最大限に活用することです。まずは、自分の履歴書を読む人がどう思うかを理解することから始めましょう。採用担当者や雇用者が抱く不安にも根拠があることを認識し、それを受け入れた上で、カバーレターの中で彼らの不安を和らげる書き方をするようにしましょう。 ここで、私たちの研究で明らかになった採用担当者の考え方と、彼らの不安を和らげるために何を書くべきか書き出してみます。…

不安は強い力を生み出す可能性を秘めている(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年を振り返るとコロナの影響で不安を感じたことが多々ありました。前編は不安を学者らしく捉えようとする姿勢についてでした。後半は博士課程で起こり得る問題の想定と対処についてです。 前編はこちら 想像力・創造力こそ、人類が多くの危機を生き延びるのを助けてきました。創造性は、「想像できる未知の出来事」に備える大まかな計画を立てる上で役立つのです。博士課程の間に起こりうる問題には次のようなものが考えられるでしょう。 問題のある指導教官 予期せぬ健康上の問題 大学による学校あるいは学部の閉鎖 人間関係の問題 実験の失敗 現地調査の実行不可 リソースの入手・利用不可 「想像できる既知の出来事」、つまり日々の問題は些細なことに見えますが、しっかりと解決に取り組むべきです。問題には、自分が進むべき道に関することもあれば、家族に関することもあるでしょうし、仕事に関することはほぼ全てに影響を及ぼすことでしょう。ここでは、文化的、技術的なありがちな問題の数々、「逆風」を取り上げたいと思います。 役割の曖昧さ:どこまでが自分の責任か明確に分からないことにより博士課程の研究が困難になることがあります。博士課程では、学生自身が独立して研究することを求める一方で、指導教官は研究の質と進捗を監督する責任を有しており、そのために避けて通れない対立が生じることがあります。役割の曖昧さは、同じ研究に従事する博士課程の学生と有給の研究助手の間の基本的な立場の違いにおいても生じます。学生が研究者になることを目指している場合、誰が博士課程における研究の質と進捗の最終的な決定者なのか?良好な関係にある指導教官と学生でも、この問題では苦労するかもしれないし、既に苦労しているかもしれません。役割の曖昧さは、それだけで1つの記事が書けるほどの複雑な問題ですが、ここでは、それによるストレスが、精神衛生上、好ましくない結果をもたらす可能性があるとだけ述べておきましょう。…

学術書や論文のインデックス作成方法

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、インガー准教授が学術書を執筆中にインデックス(索引・見出し)をどうつけるか考えたときのお話です。ここで紹介された本は、インガー准教授が他2名と共著で作成し、2018年12月に出版されています。 読者の皆様。私は今(2018年4月時点)、Shaun Lehmann(ANUの学生向けにさまざまな授業を行ってきた)とKatherine Firth(メルボルン大学で学生向けブログThesis Boot CampのResearch Degree Insidersをとして記事を執筆している)と3人でOpen University Pressより刊行予定の書籍『Writing Trouble(How to…

心で叫んでも、研究続行 – プロジェクト管理と不確実性(前編)

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、コロナ禍で研究の不確実性を実感した2020年を振り返っての記事です。インガー准教授の心の叫びや、プロジェクト管理に付きまとう不確実性と対処方法を前後編でお届けします。 2020年。何という一年だったのでしょう。皆さんにとってはどうか分かりませんが、世界が混乱に陥った年、私にとっては仕事に集中することは難しい一年でした。学生や同僚たちの前で平静さを保つために、私は声に出さずに心の中で叫んでいました。まるで、真面目な顔で遊園地のジェットコースターに乗っている日本人が、感染防止のために叫び声を抑えるように。もちろんマスク着用です。 とはいえ、コロナ禍に限らず、いかなる時も研究は大変です。計画通りに進むことはありません。学術研究というものは、綿密な計画を立てたとしても大きく逸脱してしまうものなのです。 私は、周りからは効果的に研究を行っている、生産性の高い研究者だと目されているようですが、想定通りに進行したプロジェクトはいまだかつて一つもありません。大抵、なんとか期日に間に合わせます――とは言っても、提出を約束した日から1、2か月遅れて出している状況で、いつも最後はがむしゃらに仕上げることになります。 こんなハメに陥っているのは、私だけではないはずです。学生の多くは、博士課程を卒業するのに3.5年ではなく(訳者注:日本では博士課程卒業に要する年数は3年と言われているが国や大学院、学部によって差があります)、約5年を費やしています。そしてオーストラリア国立大学(ANU)でも約20%の学生しか予定通りに卒業することができないのです。決して学生たちが怠けているわけではありません。これをお読みの皆さんの中にも、日々苦労しているにもかかわらず、博士課程の進行に遅れが生じているという方もいるでしょう。 計画通りに進まないのはPhD課程だけではありません。複数の著者との共著書籍の出版プロジェクトなども遅れがちです。担当した章を予定通り、つまり期日から1カ月遅れで提出したところ、著者たちの中で私が最初に原稿を出したと編集者に感謝されました。それが1年半前。以降、その書籍の刊行については、なしのつぶてです。おそらく、他の著者の原稿がまだなのでしょう。 研究者は、なぜ提出期日に間に合わせることができないのでしょう? 期日を守るための適切な訓練を受けていない、というのが一つの理由でしょう。大学としては、博士課程まで進んだ学生は、しっかりしていて、頭の中も整理された状態で作業ができて当然だとみなしているのだと思います。これはかなり雑な決めつけです。例えば学生当時の私の専門分野は建築でした。学部生だった5年の間に建物を建てるためのプロジェクト管理について学んできたと思われるでしょうけれど、実際のところは、ほとんど何も教わりませんでした。プロジェクト管理の手法を覚えることができたのは、建築事務所に出入りをしていた10年ほどの間です。例えば、プロジェクト管理や生産管理に用いられるガントチャートの使い方を学ぶことができました。ガントチャートとは、下図のようなプロジェクトの各タスク(工程)のタイムラインを可視化するものです。 これに類するものを作成したことのある人も多いことでしょう。博士課程の学生には、定期的にガントチャートを作るよう勧めています。グラント(助成金)への応募に際しては、助成機関に対しプロジェクト完了の日程を現実的に見積もる能力を示すため、こうしたガントチャートが必要になります。まずこれを見て応募者をふるいにかけるという機関もありますので、ガントチャートの作成能力は大切です。興味のある方は、Research Whispererでシンプルなグラントチャートの作成法が紹介されているので参考にすると良いでしょう。 ガントチャートは有用です。 でも、実際に研究プロジェクトを管理する上で万能とは言えません。…

心で叫んでも、研究続行 – プロジェクト管理と不確実性(後編)

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年の心の叫びの前編は、研究には不確実性が付きものだということでした。後編は、前編の後半で紹介されたMeyerらの論文から無秩序な不確実性への対処戦略の紹介です。 前編はこちら Meyer、Pich、Lochによる論文には、無秩序な不確実性に対処する戦略がいくつか示されています。私が自分でそれらの方法すべてを試した中で、自分なりに有効だと思う方法を見出したので、そのうちの幾つかを紹介しましょう。 自問自答:情報ギャップはどこだ? 研究分野の情報サイト、データ、ツールなどにアクセスできていますか。必要な情報に辿り着くには研ぎ澄まされた直感や経験が重要になります。不確実な状況では指導教官からの情報を頼りがちですが、普段から類似した研究プロジェクトに従事した経験を持つ多くの人々の話を聞いておくようにしましょう。彼らは若手研究者が陥りやすい落とし穴について教えてくれるはずです。 複数の実験や調査、手法を並行して試して、どれが有効を見定める 例えばインタビュー調査を行うのであれば、調査結果を補足できるような分析がないかチェックしておきます。実験を行うのであれば、長時間かかる実験を行う前に、短時間で完結できる実験を複数手がけるようにします。もちろん、こうした実験の記録を取ることも忘れずに。数々の実験が後々になって有用だとわかったのに正確に記録されていなかったがために、もしくは適正な倫理承認を取っていなかったがために、論文に書き込むことができなかったとなっては悔やみきれません。実験を行う時には、着実に準備し、しっかり記録を残しましょう。 研究には、反復とフィードバックから学び続けることが不可欠だと念頭に置いておく 論文原稿に書かれない作業がたくさんあることは肝に銘じておきましょう。徒労に終わる多くの作業をこなすことは、研究には付きものです。決して失敗ではありません。 研究プロジェクトの多くは事前に完璧な計画ができていたわけではない――としても、計画すること自体の重要性は変わらない 実験計画を作成することは、研究プロジェクトがどのような過程をたどるかを確認する指標となります。確認作業を行うことで、何がうまく行かなかったのか把握することもできます。研究者は、コストをかけたとしても収支がプラスに転じることはないと頭では分かっているのに、投入したコストを回収しようとより多くのコストを投入し続けてしまうコンコルド効果(またはサンクコスト効果、sunk cost…

寄稿執筆者によるPhDアドバイス記事もたくさん紹介しています

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。「THE THESIS WHISPERER」では、ミューバーン准教授以外の執筆者によるPhDアドバイス記事も掲載しているのですが、今回は、准教授がどのように執筆依頼や寄稿によって記事掲載をしているのかのお話や、それら記事の紹介です。 この「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」のブログは2010年の6月から書き続けており、この記事を公開する時点でおよそ9年になります。ブログを始めた理由のひとつが、学生に見せられるオンラインのリソースが欲しかったということです。当時、私は研究指導を4年ほど行っていて、博士課程の学生から同様な質問を繰り返し受けていました。「HOW DO I START MY DISCUSSION CHAPTER?(考察はどのように始めれば良いのですか?)」「THEORY…

分かりやすい論文を書くコツ-抽象度を用いた文章構造

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「THE THESIS WHISPERER」。今回は、情報を分かりやすく伝え、魅力的な文章や論文を書くコツを、ペンシルベニア州立大学のエリック・ハイオット教授の提唱する、抽象度を用いた文章構造という視点から解説いたします。 1、2か月前に投稿した‘The Uneven U’という記事で私は、ハイオット教授(Eric Hayot)の著書『The elements of academic style: writing for the…

効率的な研究を行うための、アナログとデジタル作業の使い分け

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「THE THESIS WHISPERER」。今回は、効率的な研究活動においてアナログとデジタルでの作業をどのように使い分けしていくのが良いかについて、実際の例を用いながらご紹介いたします。 告白します。私は“職人的な”ものにめっぽう弱いです。作家ものの陶器が並ぶ雑貨店や地産地消の蜂蜜を取り扱う食糧品店、豆の原産地にこだわったコーヒーを提供するレンガ造りのカフェなどがたまらなく好きなのです。50歳近く(私自身も信じられないのですが)にもなると、流行に気付いた時点でそれは過ぎ去った流行になってしまっています。職人的なものというのは既に流行遅れかもしれませんが、ありがたいことに、50歳ぐらいの人間には、流行に捉われるいわれはありません。そして職人的な雰囲気を好きなだけ味わえるカフェや食品店、雑貨屋さんを私はいくつも知っているのです。 家庭用品や食品、コーヒー等では職人気質のものを堪能できますが、少なくとも私のカウンセリング経験からすると、職人気質のすばらしさを、研究の現場でも語れるかについては確信が持てません。私はANUに在籍する学生に一対一のカウンセリングするため週に1時間の枠を設けています。面会者の多くは、何らかの理由で期限内に研究を終えられないのではないかというストレスを抱えています。指導教官との関係や、研究対象の範囲、非効率な作業方法など、様々な要因があります。 私にとって特にやっかいなのが非効率な作業方法に起因する問題です。この問題の修正は、本来は簡単なことなのですが、皆が抵抗するのです。作業方法を修正する以上のエネルギーを注いで抵抗する人が実際にいるのです。問題は知識不足や意識の低さではありません。彼らは、情報の処理や取扱方法の非効率さをいったんは認めるものの、次の瞬間には、これ以外の方法では作業できないとなどといった主張をするのです。 こうした「職人気質」に私はいらだちを覚えてしまうのですが、自分たちがなぜ抵抗しているのかを気づかせてあげなければ、人の考えは変えられないということも分かってきました。勝手知ったるやり方にこだわるのは習慣によるところありますが、その核心は作業の楽しみです。カル・ニューポート氏(Cal Newport)がその素晴らしい著書 『So Good they can’t ignore you』で述べていますが、楽しみは、スキルが身について初めて得られます。テニスなどのスポーツは、まだ練習を始めたばかりの最初の10週間よりも10年間プレーした後の方がずっと楽しめます。同様に卓球でも、ボールをネットの向こうに打ち返すような基本動作ができたぐらいでは、まだまだしっくりきません。…