研究室の荒波にもまれて

研究者がベストセラー作家になるには

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回はミューバーン准教授の知人、研究者であり、同時にベストセラー・ノンフィクション作家でもあるリン・ケリー博士が、どうやって博士課程の研究を元に「売れる本」を書いたのか、の紹介です。 私は、執筆や出版を生業とする人々に囲まれていますが、リン・ケリー博士は、私の知人の中でもとりわけ多くの本を執筆・出版している人です。私と彼女は公私ともに長い付き合いがあり、彼女が博士号取得前からノンフィクションを書いていたのを知っているので驚くべきではないのかもしれませんが、私の知る限り、博士課程の研究から学術書(『Knowledge and Power in Prehistoric Societies』)とベストセラーのノンフィクション(『 』)の両方を書いた唯一の人物です。 学術書は読む気にはなれなかったので『The Memory Code』を読んでみたところ、本当に引き込まれてしまいました。説明は難しいのですが、ストーンヘンジのような場所とオーストラリアのアボリジニに古くから伝わる記憶法を結びつけ、口承文化において知識がどのようにして物に記録されるかを示しています。恥ずかしながら、過去200年間にオーストラリアのアボリジニの知識や文化が計り知れないほど失われたことを私が本当に理解するには、誰かに自分たち(白人)の歴史と結びつけて示してもらう必要があったのです。リンがそれをやってくれました。自分たちの方法を惜しみなくリンに教えてくれたアボリジニの長老たちには頭が上がりませんし、逆境の中、人々が伝統を守り続けていることは本当に感謝すべきことです。 深い敬意を示さずにはいられません。 彼女の著書『The…

博士論文作成に役立つ大学のライティングセンターを利用しよう

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回の題材は多くの大学内に設置されているライティングセンターについて。ネバダ大学ラスベガス校(UNLV)のライティングセンターでコンサルタントとして勤務するデイブ・ビーズリー博士の見解をインガー准教授が紹介してくれています。大学のライティングセンターは博士論文を仕上げるのにどう役立つのでしょうか。 研究活動を支援することは、開業医(General Practitioner, GP)の仕事に似ています。医師が早期に問題を見つけ出せれば対処は簡単ですが、患者に処置を施すまでの時間が長くなるほど助けにくくなってしまうのと同様、問題が長いこと放置されていれば私たちにできるサポートが少なくなってしまうのです。 ライティングの問題点について早期に対処することの大切さについて述べる今回の記事は、デイブ・ビーズリー(Dr. G. David “Dave” Beasley)によるものです。デイブは2017年にネバダ大学ラスベガス校 (UNLV) で、18世紀の英国文学に関する研究で博士号を取得しました。ゴシック小説、啓蒙主義、および非宗教的コミュニティにおける共通点に注目した研究を行い、ゴシック小説が探偵小説の誕生に及ぼした影響にも関心を持っています。現在は同校のライティングセンターでプロフェッショナル・ライティングコンサルタント(Professional Writing…

研究者のための用途別メモアプリ、データベース活用法

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。論文執筆、文献レビュー、プレゼンなど用途に応じて、研究者は多くの情報を整理・活用しなければなりません。今回は、数々のメモアプリ、データベース、専用ソフトを試してきたインガー准教授が、用途別にメモの方法やメモツールの活用法を語ります。 この20年、私は、完璧な学術的メモの取り方を探ってきました。 紙のノートこそが自分のアイデアが死んでいく場だと気づいた2005年、私は紙を捨てました。当時はノートに取ったメモが役立つと思っていましたが、後からそれを見つけるのは困難だったのです。何百ページもの殴り書きをあてどなくめくるのはもどかしく、もし該当のメモを見つけたしても出典資料がなければ意味をなしません。プリントアウトした資料にメモを書きこむことで、この問題は解決しましたが、別の問題が生じました。ファイリングです。メモの内容は、著者、タイトルのどちらかで覚えている場合もあり、トピックやアイデアだけで覚えている場合もあります。だからと言って、一度に4つのカテゴリの下に1枚の用紙をファイリングすることはできないのです。 正直、この15年間、紙に固執する人たちのことが不思議でした。デジタルのノートにはさまざまな利点があります。検索機能はファイリングに代わるもので、紙から画面にメモを書き写す 「取引コスト」 を実質的になくします。素晴らしいことだらけに聞こえますが、世の中にはデータベースソフトが山のようにありながら、その中に絶対的なスタンダードはありません。その理由は、どれもメモを取るということについての問題を根本的に解決していないからです。 ずっとデジタルでメモを取ってきましたが、告白しなければなりません。デジタルのノートの方が良いとと周囲に言っている間じゅうずっと、私は、どこかこれではダメなんじゃないかと思っていました。執筆しながら、呆然としている自分に気づくこともしばしばでした。必要な情報を集めていたはずなのに、集めた注釈や書き抜きはあまり役に立っていなかったのです。 これは、ツール自体の問題ではありません。使えそうなデジタルツールをほぼ試し尽くした後だから言えることです。 プリントアウトした資料に書き込むのと同じ使い勝手を求めて、EndnoteやZotero、Mendeley、Papers2といった文献管理ソフトでメモを取ってみましたが、紙のノートに書くよりも、そうしたソフトでメモを取った方がまとめづらいように感じられました。バラバラのメモを集めることで、自分の思考もバラバラになってしまうのです。 その後、デジタルデータベースも試してみました。関係性や結びつきを見出しやすいのがデータベースです。検索を実行すれば関連項目が一覧表示され、アイデアがひらめきます。これまで私は、Evernote、DevonThink、OneNote、Readwise、Pocket、Notionなど数多くのデータベースを使ってきました。そのいくつかを周囲に薦めていたこともあるのですが、努力して使うだけの価値があるとは思えなくなってきたのが実際のところです。 Devon Thinkの機械学習を活用した検索など、優れた機能を持つデータベースもありますが、メモのデータベースを適切に管理するには大変な労力が必要です。またデジタルデータベースでは、その一番の強みが、最大の問題ともなります。それは、フリクションがなさすぎる、ということです。データの保存や移動が難なくできるため、膨大なデータを無秩序に蓄積できてしまうのです。…

履歴書に博士課程修了と書くのは不利なのか(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。本記事の前編は学術界の外で就職活動をする際に採用担当者が履歴書・職務経歴書をどのような感覚で読むのか、学術界とビジネス界の常識の違いを認識した上でどう履歴書・職務経歴書を書くべきかのアドバイスでした。後編は、採用担当者が感じている「仕事のスピードへの不安」と「すぐに退職してしまうのではないかという不安」を払拭するための履歴書の書き方アドバイスです。 前編はこちら 仕事のスピードへの不安 ビジネスの世界ではスピードが重要です。最近、4大コンサルティング会社の1つに勤める友人と昼食を共にしたのですが、その際、友人は次のような不満を漏らしていました。研究委託をするための資金は十分にあるが、合理的な期間内に研究を実施できる研究者を見つけることができない。連絡を取った研究者は9ヶ月の研究プロジェクトを提案してきたのだが、委託側としては6週間で結果が欲しかった、ということです。私はこの話の研究者に同情してしまいました。6週間、研究以外に何もしないで良いのであれば、おそらく期限内に結果を提出できたでしょうから。私は友人に、9ヶ月というのは、授業やその他の業務を考えると、実際にはかなり短い納期だと説明しましたが、彼の共感は得られませんでした。学術界とビジネス界では明らかに「スピーディー」の意味するスピードが異なっているのです。 採用担当者とのコミュニケーションでは、スピードに対する考え方の違いを考慮する必要があります。研究畑以外の人は、研究者たちの「普通」を知らないのです。博士課程で他の学生と比べて論文をたくさん書いたというのであれば、同じ分野の平均的な人より「〇〇%生産性が高い」と伝えましょう。博士号を、期間を延長することなく取得できたのであれば、その偉業を成し遂げられるのは20%のみであることを伝えましょう。 フルタイム学生をしていたのに博士号取得に3年以上かかったのであれば、採用担当者は何をしていたのかとあなたの能力に疑問を持つかもしれません。指導教官に問題があったり、実験結果が思わしくなかったりなど、外的要因で博士研究に時間がかかった場合はお気の毒にとしか言えませんが、落ち込んでばかりはいられません。たとえ事実であったとしても、失敗を誰かの所為にするような人とは一緒に働きたくないものです。どうにか博士号取得に時間を要したことを説明しなければなりません。例えば、資金的な問題は予定より長く研究に時間がかかった理由として十分でしょう。生活費を稼ぐための仕事をしていたのであれば、仕事と研究を両立させることで、時間の管理能力が磨かれたということを強調してもよいでしょう。 仕事に飽きたりチャンスがあれば退職して研究に戻ってしまうのではという不安 私たちの研究で採用担当者は、博士課程修了者はチャンスがあれば研究職に戻ってしまうのではないかと不安を感じていることが分かっています。彼らは、研究職以外の仕事を格下と考えている博士課程修了者もいることを知っています。はたして、これは誤った認識でしょうか? 学術界は、もうたくさんと自分を納得させているかもしれません。確かに気に入らないことがたくさんあるかもしれませんが、もし理想的な研究ポストに空きが出て、それに応募し、奇跡的に採用されたとしたら、その職を断ったりするでしょうか?正直に断れるという人は、心の準備ができているのでしょう。しかし、答えるのに迷うのなら、研究職に就くという夢をもう少し追い続けた方が良いかもしれません。多くの採用担当者は、採用選考を専門としている人たちであり、そうした応募者の迷いを敏感に嗅ぎ取るものなのです。 学術界への未練はまったくないと言い切れる人でも、学術以外の業界の採用担当者に納得してもらうのは、簡単ではありません。言うは易く行うは難しです。なぜその仕事に応募したかを正直に伝えるのが一番良い方法だと思います。それを具体的に前向きな言い回しで書くのです。例えば、「博士課程でインタビュー調査を数多く実施してきましたので、このような調査結果がどのように製品やサービスの改善に役立つのか興味があります」、または「チームで働くのが好きな自分にとって、この仕事には学問の世界にはないチャンスがあります」といった応募理由は「学界にチャンスがなかったので」というよりも前向きで良い印象を与えることができます。 知識が専門に偏っていることについての不安 私の博士論文は、建築の授業におけるハンドジェスチャーについてで、今やっていることとは程遠い内容です。同僚の一人は有袋類の繁殖についての論文で博士号を取りましたが、今では本当に素晴らしい事業開発マネージャーとなっています。博士号は運命的なものだという考えは、私たちにとってとても時代遅れだとされますが、それは本当でしょうか?この考え方に目を向けて、博士課程のプロセスが私たちの視野を狭める可能性について考えてみましょう。…

論文は専門用語の使い方で信頼を得る

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、ミューバーン准教授がジャーナリストの書く文章と論文の違いは読者の知識量と解説し、論文著者として信頼を得るために論文中でどう専門用語を使うべきか語ります。 ほとんどの人は、博士課程に入る時点で文章能力を身に付けていますが、論文の執筆には特殊なスキルが必要です。論文を執筆するには持っている文章スキルを 「論文スタイル」 に修正しなければなりません。これまで私が見てきた中で論文スタイルに最も手を焼いているのは皮肉なことにジャーナリストたちでした。 既にジャーナリストとして活躍してきたとあれば、博士号取得までの試練の中でも執筆についてはことさら既に乗り越えているものだと期待するでしょう。しかしジャーナリストたちが、論文の執筆が難しいと感じる明らかな理由があるのです。ジャーナリストは一般読者向けの文章を書くことに慣れており、その主な役割は、その話題についてよく知らない人々に状況や考えを伝え、説明することです。対照的に、論文とは専門家が他の専門家に情報を提供し、自分の見解について納得してもらうために書かれるものです。 高い専門性を誇る読み手は簡単には納得しないため、博士課程の学生の原稿に、私はよく次のようなコメントを書きます。 「本来は複数形でも、慣例上、単数表記。英語はバカなのです」とコメント欄に記入しています。 私は指導教官としては、文法の 「ルール」 についてはかなり寛容です。文法のルールなど人が作ったものなのですから。むしろ私は、文法的に正しいことより「社会的に正しい」文章を学生が書くお手伝いをします。「社会的に正しい」文章 とは、想定される読者の期待に沿う文章という意味合いです。 学術界の研究者同士のコミュニケーションのためのライティングは、マスターするのが最も難しい作文技術の1つです。専門家である読者は、自分の研究トピックに関連する研究方法に関する知識や、一般的な背景などを理解しているという前提で書かなくてはなりません。ただし、研究者であっても自分のトピックについては自分ほど詳しくないという認識も重要です。自分が採用した研究手法を知っていたけれど使ったことはないという読者もいるでしょうし、30年来ほぼ毎日、その研究手法を使っているという読者がいるかもしれません。また、その分野の研究の歴史について非常に詳しいかもしれませんし、何の知識も持っていないかもしれません。…

成功した研究者に降りかかる問題と対処

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、インガー准教授が、「研究者としての成功に起因する問題=the problems of success」にはどのようなものがあるか、そしてその対処法について語ります。 このブログ「研究室の荒波にもまれて」(The Thesis Whisperer)は年を追うごとに勢いを増しています。そして、人の目に留まる、ということは学術界で価値になります。ことわざで、転がる石は苔を集めるといいますが(追記:正しくは苔を集めない=A rolling stone gathers no moss.でした。むしろ「雪だるま式」でしょうか?)、私の場合は苔=チャンスです。このサイトのおかげで、基調講演やワークショップの開催、書籍への寄稿、研究助成などのオファーが来ます。そして、そんなチャンスを受け入れることは学問的な成功につながります。現在の私は、名のある大学の准教授で、好きなことをするだけの給与もいただいています。私は学問的なサバイバルを生き残ってきていますが、それで私の生活にトラブルがないことになるでしょうか。…

不安は強い力を生み出す可能性を秘めている(前編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年を振り返るとコロナの影響で不安を感じたことが多々ありました。2021年は不安な時だからこそ、具体的に博士課程で起こり得る問題を予想して実践的に準備しようというインガー准教授のメッセージを前後半でお届けします。(元記事は2021年1月6日に投稿されたものなので、新年の挨拶から始まっています。) あけましておめでとうございます。 2020年、無能な政治家や、がめつい企業の運転するバスに乗り合わせたばかりに、崖っぷちにさらされた無力な乗客のような感覚になることがよくありました。気候変動に関しては常々「崖っぷち感」を感じていましたが、パンデミックはその感覚を悪化させたのです。私は2020年を通じてとてつもない不安を抱えていたので、仕事を含むすべての作業に悪影響を及ぼしていました。 2021年に状況が改善されるとしても、こうした不安の原因となっている問題の多くが霧消することはないでしょう。今年、どんな準備するのが良いのか考えてはみるものの、たくさんの抱負を掲げたところで役に立つとは限りません。 (こうした不安について、自分も当てはまると思う人は、これからお伝えする注意事項を読んで参考にしてみてください。) 無力感や、それがもたらす不安は嫌なものです。抗不安薬(精神安定剤)もある程度は効きますが、気持ちを落ち着かせるためだけに多くの時間とエネルギーを費やさなければなりません。私の場合、雇用と結婚生活を維持するためには冷静さを保たなければならないので、さまざまな戦略を用いています。優しい夫が買ってくれたデッキチェアに座ってセラピストにすすめられたマインドフルネスを実践することもそのひとつ。この夏、特に今年の前半にコロナがオーストラリアを襲った後は、このデッキチェアは私にとって欠かせない物となりました。   View this post on Instagram…

脳に心地よく説得力ある英文を書くには

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、インガー准教授が、説得力のある文章を書くヒントを伝授。脳科学的な見地から分かりやすく明確な英語の文章を書く方法を説明します。さて、読みやすい文章、脳に心地よい文章とはどのような文章なのでしょう。 多くの研究者のように、私も毎朝オフィスに着くとたまった読み物との戦いが始まります。 正直に言うと、途中で戦いを投げ出すことがほとんどです。Publish or Perish(出版か死か)のプレッシャーの下、研究教育のようなマイナーな分野の研究者たちでさえ、毎年大量に物書きをしますが、「最新情報を得るため」だけに同じ分野の新しい論文すべてに目を通す時間はありません。論文を読むのは、どうしても読まなければならない場合(ほとんどは文献レビューを書くとき)だけです。私は今でもプライベートでは熱心な読書家なのですが、読むもののほとんどは、読者を引き込むタイプの人気のノンフィクション(と、ストーリーのある恋愛小説)です。 同じ分野の研究者の書く文献の多くを読んでいないということを認めるのは少し恥ずかしいのですが、弁明させていただくと学術論文というものはたいがい・・・つまらないんです。 退屈な文章を大量生産する同業者たちを責めるつもりはありません。私自身もその一人なのですから。ただ、私にとって幸運だったのは、ライティングについてのワークショップを教えるために、否が応でも自身のライティングスキルを磨く努力をし続けなければならなかったことでした。教えることが最良の学びだからこそ、キャサリン・ファースとショーン・リーマンとの共著で、ライティングについての本を2冊も上梓できたのです。好評だった1冊目の『How to fix your academic writing…

論文の考察をクリエイティブに書くには?(前編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。インガー准教授が論文の考察(Discussion)の部分をクリエイティブに書くためのコツを紹介します。こちらの記事は、前編、後編の2回に分けてお届けします。前半は作家がクリエイティブになるための環境作りをどうしていたかと、インガー准教授が建築業界にいた当時どのように創作性を磨いたかの考察です。 さて、去年私は、How do I write the discussion section? という記事を投稿しました。 この記事を書いたのは、論文執筆に関する検索から「研究室の荒波にもまれて」のサイトを訪れる人の75%が、論文の「考察(Discussion)」の部分について知りたがっていることを示すトラフィック分析があったからです。創造性が必要な「考察」は論文の中でも特にやっかいです。去年の記事では「考察」で何をどのような順序で行うか書きましたが、創造性については触れませんでした。 創造性・クリエイティビティに関する研究はたくさんあり書籍も山ほど出ています。でも、創造性をもたらす万能薬などは今のところ発明されていません。 難しい問題ですね。 では、創造的な研究者になるにはどうすれば良いのでしょう。秘訣は、創造性を何かの出来事やインスピレーションと捉えるのではなく、プロセスとして捉えることなのだと思います。どんな研究者でも、訓練により、必要に応じて創造的になることができると私は考えています。…

学者なりに燃え尽き症候群を引き起こす完璧主義を分析してみた

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。なんとメンタルヘルスに悩む学生を支える側のインガー准教授ご自身が、働き過ぎのストレスから健康を損なってしまったようです。問題解決に向けて自己分析をされていますが、その方法とは? 昨年、長年の過労がたたって体調を崩しました。 概ね15年もの間、週50時間から60時間働いてきた私の中の何かが、ある時ふと弾けてしまったのです。仕事中に突然涙があふれたり、不安発作が起きたり、疲労感や気分変動に襲われたり……といった症状が急速に悪化してしまいました。そのまま進んでいたらうつ病になってしまったかもしれませんが、幸いにもそこまで悪化する前に行動を起こすことができました。 メンタルヘルスの問題を抱えている博士課程の学生を10年以上見てきたのに、自分自身の燃え尽き症候群に気付きませんでした。正直、かなり面食らったことに、ベッドにこもって、何にも誰にも関わりたくないという強い誘惑にかられていました。健康とバランスを取り戻す方法を見つけ出すには、いろいろ試したものの1年という時間を要することに。つらい1年でしたが、自分の限界を知り、過労が健康に及ぼす影響について考えるきっかけになったと思えば、良い経験でした。 症状改善に役立ったことの1つはセラピーです。セラピーを受けた結果、自分が心理学的に言うところの「反すう(rumination)」、つまり現在の状況や過去の出来事を自制できないほど何度も繰り返して考えてしまう思考パターンに陥る傾向があり、そのことで、物事に集中することや、その瞬間に居合わせていることが困難になってしまうことが自覚できました。私はいつも頭の中で「……だけど、もしかしたら?」と用心深く自問して、結果的に不安を募らせてしまう――まるで、自分の心と格闘しているような気分をずっと味わってきたのです。 博士課程の学生(そして研究者たち)にとって、メンタルヘルスが大きな問題である理由の一つがようやくわかりました。私たちには長年にわたる論争を経て積み重ねてきた考え方が染みこんでいます。私は、自分自身と向き合い、将来うまくいかなくなるかもしれないことについて入念に考えを組み立てておくことが得意です(言い添えておくと、その時点でのわずかな兆候を元にしてできる範囲です)。習慣付いてしまっている考え方を打ち消すために私がやっているのは、私に試練を与えるためだけにひょっこり出てくる古い考えに凝り固まった学内の重鎮たちでいっぱいの退屈な学術セミナーにあえて出席していると想像してみることです。そんな状況でどうやって反論するかって?「黙ってて」と言うのも大分上手になってきました。 セラピストが私に勧めたことのひとつは、自分の中の完璧主義的な傾向を探ることでした。私は今まで自分を完璧主義者だと思ったことはありませんでしたが、それは完璧主義であることは 「動きが取れない」状態だと考えてきたからだと思います。これまでに、失敗を恐れて動けない―あるいは、何度も何度もやり直しをしてそれまでに行った作業をすべて消してしまう学生たちにたくさん出会ってきました。でも、私はまったく逆で、どうでもいいことをこなすのも得意ですし、プロジェクトを完了させることもできます。 私の考えが及ばなかった点は、仕事上だけでなく、人生における自己基準がとんでもなく高いという点です。私は受けられる量以上に多くの、そして困難なプロジェクトを引き受けて、それらの難しいプロジェクトをやりきろうとするあまり、自分でもバカみたいと思えるほど長い時間を費やすのです。そのあげくに、十分な仕事ができていないのではと毎回心配する……。これはいわゆる自分を過小評価してしまう心理傾向の「インポスター症候群(障害とは診断されないとは言っても)」ではなくて、むしろ学術界という超批判的な世界で生き抜くために身についてしまった反応ではないかと思っています。 セラピストにこの問題について研究してみるように勧められたので、「機能型」完璧主義と「適応型」完璧主義に関する文献を探してみました。それらから見えてきた傾向は以下のようなものです。思い当たる方もいるのでは? 必要でない場面でも、常に高い目標を目指す 健康と幸福を犠牲にしてでも、常にベストを尽くしたいと欲する…