研究室の荒波にもまれて

PhD(博士課程)の面倒な作業はヴィーガンのジャンクフードのようなもの

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士課程をいたずらに忙しくする作業について、本当に必要なものと、実は無意味かもしれない作業についてご紹介します。 親愛なる読者の皆さん、こんにちは。 この冬は忙しく、私は選挙が終わって抜け殻状態です。先月、12年間で初めてThesis Whispererの投稿ができませんでした。長く続けていた習慣を破ってしまったことを悔みつつも、前の投稿はかなり長文だったし、今でも多くの方に読まれているのだから、と自分を慰めています。 肝心なのは、気を取り直して、また始めることですね。時々、面白いタイトルが頭に浮かんで、アイデアのメモを書き留めても、それ以上進まないということがあります。この記事は、数年前から半分完成しないまま、アーカイブに眠っていました。今週も時間に追われる中、40分の空き時間でそのメモを公開するに値する記事に蘇らせることができたかなと思うので、楽しんでいただければ嬉しいです。 私はヴィーガンのジャンクフードが死ぬほど好きです。ビヨンド・ミートのダブルパティとフェイクチーズにフライドジャックフルーツ。カリカリで、塩っ辛くて、うまみがあって、最後の一口まで最高。 ヴィーガンジャンクフードは、その美味しさゆえに、世界を救うのに役立つでしょう。私はヴィーガンでもベジタリアンでもないですが、肉を使ったジャンクフードの代わりにヴィーガンジャンクフードを毎回注文します。ヴィーガンのジャンクフードは、環境破壊への罪悪感なしで食べられるので、普通のジャンクフードよりも美味しいんです。これ、何の肉?みたいな謎の要素も、一切なし! ヴィーガンジャンクフードは、身体に良いようで良くない食べ物です。 ヴィーガンジャンクフードにだって、動脈を詰まらせるジャンクがたくさん入っているのに、体に悪くないっぽい。ヴィーガンジャンクフードは食べる快楽も味わえて、同時に美徳も感じられる。近所のバーガー・ショップのダブルビヨンドミートフェイクチーズバーガーを想像しただけでも、ドヤ顔になります。客観的に見ればジャンクフードですが、身体にいいことをしてあげた、まぁ少なくとも、もっと悪いものを食べずに済んだと自分に言い聞かせることができるのです。 博士課程の「は、ヴィーガンのジャンクフードのようなものです。やっている間は気分が良く、今日も頑張った、良い選択をしたと自分に言い聞かせることができますが……本当に良かったのでしょうか? 私は、その「を、論文の発想や執筆には直接貢献しないけれども間接的に論文執筆を支える作業と定義しています。博士課程で経験する「には、好ましいものや必要なものもたくさんあり、好ましくないものを見極めるのは難しいですが、以下は、基本的な考え方です。 ヴィーガンジャンクフード的な実りの少ない忙しさを産む作業…

58歳でPhD(博士課程)に挑戦!?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、58歳でPhD(博士課程)の道のりを歩きだした女性のストーリーをシェアします。何歳になっても挑戦することは可能なのです。 オーストラリアでの、博士課程入学の平均年齢は34歳であることをご存知でしょうか。さらに、この平均年齢は年々上がっているのです。ANUには、60代後半から70代前半に博士号を取得した学生も数名います。博士号を目指すのに遅すぎる年齢はないのです。今日は、キャサリン・ラシーヌ(Catherine Racine)という女性の体験談をシェアしたいと思います。 ラシーヌ博士は、英国に7年間在住し、2017年にダラム大学を卒業した独立系カナダ人研究者です。彼女の博士論文は「Beyond Clinical Reduction: Levinas, the Ethics of Wonder and…

研究室内でマイノリティでも孤独は克服できる

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、大学や研究室の中でマイノリティでいることは決して悪いことや困難なことばかりではなく、むしろ、将来を生き抜くスキルになることもあるというお話をご紹介します。 少し前に、私の研究プロジェクトのためにインタビューした採用担当者たちに見られた「アンチ博士号の態度」について記事を書きました。職場に博士号取得者が少ないために、卒業生が他のマイノリティに属する人と同じように、偏見の目にさらされていることについてふれました。投稿後、「マイノリティ」という言葉の使用に反対する人もいましたが、適切な言葉のご提案もありませんでした。(私もまだ思いつきません。皆さん、良い別の表現があれば、ぜひご提案ください!)とある読者から、ご自身のマイノリティだった経験について前向きな意見が寄せられたので、彼女に体験をシェアして欲しいと依頼しました。 この投稿は、ニューカッスル大学の博士課程学生であるミッシェル・シェー(Michele Seah)のものです。彼女は最近、中世後期の女王の、15世紀イギリスの3人の王妃に焦点を当てた論文を提出しました。彼女の論文では、女王たちに経済的・物質的な富をもたらした資源、特に領地について詳しく掘り下げています。また、その資源が王家やネットワークの維持にどのように費やされたかについても調べました。彼女は自分を外向的だとは思っていないようですが、ネットワークの構築と対人スキルを身に付けるために努力していると言います。ミッシェルのTwitterアカウントは@mlcseahですので見てみてください。 以下、記事末尾まで彼女の投稿です。 私は博士課程在学中に、2つのマイノリティに属していました。一つ目は、アジア人女性であること。もう一つは中世学者であることです。断然、中世学者であることの方が大変でした! 私は、大学院の研究室に机を割り当ててもらった数少ない女性大学院生の一人でした。ほとんど自宅で仕事をしていましたが、キャンパス内にも自分のスペースが欲しかったのです。よく顔を合わせる研究室の同僚は全員男性でした。女性はたまにしか研究室には顔を出しませんでした。キャンパスに行けば、周りにいるのは男性ばかりでしたが、それは大した問題ではなく、差別的な扱いを受けたことは一度もありません。男女比のバランスが悪いことから研究室は「Men’s Shed(男性達の小屋)」と多少軽蔑的な呼び名で呼ばれていたのは事実ですが。研究室の人たちは、私のことを博士課程の学生の一人として分け隔てなく接してくれましたし、少なくとも表向きは、私がアジア人で女性であることを気にしていないようでした。私は、自分がのけ者にされたと感じたことは一度もありませんでしたし、「男性小屋」で培ったコミュニティのおかげで大学院時代を楽しく過ごせました。 私にとって、マイノリティとしてもっとも大変だったと感じた経験は、研究テーマによるものでした。私の記憶では、当時、歴史学科で中世史を研究していた博士学生は私一人で、中世を専門とする指導者がいなかったことも、研究をより困難にしました。その分野で研究をするに至った経緯は、長くなるのでやめておきます。特に、私の指導教官たちは前近代の研究者で、私の研究分野は専門外の人だったことが大きなハードルとなりました。指導教官がその分野に精通していない場合、研究テーマに関するアイデアを出し合い、文脈上の問題について議論することが非常に難しいのです。しかし、教授らは専門外の謎のテーマもかかわらず、私のテーマを調査し、問題について議論できるように多大な時間と労力を費やしてくださり、私の博士号取得に付き合ってくれました。 この経験により、すべての指導教官が担う任務の重大さを改めて認識し、先生方に本当に感謝しています。しかし、特に最初のうちは、孤独を感じていました。私の研究に関連する歴史学専攻の学生には、ほとんど出会わなかったからです。 私の大学には、研究に熱中できるような陽気な中世研究の雰囲気はありませんでした。廊下やカフェで一緒に中世史を語る人なんて一人もいませんでした。しかも、私の研究分野の第一人者はほとんどオーストラリアにはおらず、主要な学会は海外で開催されているという事実が気持ちをさらに暗くさせました。まわりの歴史専攻の学生たちは、一緒に勉強するグループを作ったり、オーストラリア国内の学会に参加したり、オーストラリアを拠点とする研究者たちと交流したりしていましたが、それが叶わない私は、別の方法を考えなければなりませんでした。 そこで、はじめにとった行動は、大学内で私の研究テーマの前後1世紀以内のテーマに取り組んでいる英語学科の研究者に連絡を取ってみることでした。しかし、この数少ない人たちも、テーマや地域的に私のテーマからはあまり近いテーマで研究している訳でなく、採用している研究方法も異なり、有意義な意見交換や議論はできませんでした。しかし、同じ志を持つ人たちと一緒に中世後期の世界に浸れたのは嬉しい経験でした。…

PhD(博士課程)を短期間で修了することは可能?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、PhD(博士課程)を短い期間で修了する人たちは、それをどうやって成し遂げたのか、ある学生の体験記を紹介します。 先日、2年で博士号を取得したというカーメン・ブライス(Carmen Blythe)の記事を公開したところ、凄まじい数のコメントをいただきました。中には、Carmenが2年で博士号を取得したのは普通の人よりも状況が有利だったからだと指摘する人もいました。では、「普通の人」が2年で取得することは果たして可能でしょうか? 毎年、多くの学生が博士課程を一定の期間よりも短期間で卒業します。そう、パートタイムで通う社会人学生たちです。社会人学生は最初の数年でドロップアウトする可能性も高い半面、統計的に見ると、フルタイムの学生よりも短期間で修了しているのです。4年以内の場合もあります(フルタイムで2年間在籍するのと同じスピードです)。このことに気づく人が少ないのは8年を4年で卒業したと言っても、まぁまぁ長い期間だからでしょうか。パートタイムの学生は、影の成功者なのです。この現象が脚光を浴びてほしいとずっと思っていたので、アリソンの投稿によって注目が集まり、大変うれしく思います。 アリソン・ベッドフォード博士は、最近、サザンクイーンズランド大学で博士号を取得し、親であり、妻であり、歴史と英語の中学校教師であり、歴史教育者の講師でもある多忙を極める女性です。彼女の専門は、メアリー・シェリー、フランケンシュタイン、フーコーのディスコース概念、サイエンスフィクション、歴史のカリキュラム、教育学、と多岐に渡ります。彼女をLinkedIn、Twitterで@bedforda1を探してみてください。 (以下、アリソンの文章です。) Twitterやその他のSNSで#phdchatの投稿を読むのは、博士課程を始めたばかりの学生たちにとって、恐怖と面白さが半々です。(参考サイト:@legogradstudent、@GameofAcademics)インターネットというものは、こわいもので、見れば見るほど、酷い指導者、論文提出期限地獄、論文執筆の泥沼ばかりが目に入ります。博士号を問題なくスムーズに取得するなんて、ユニコーンと同じくらい非現実的なものに思えます。 しかし、インガー先生(@thesiswhisperer)のHow to Be an Academicという本の後半にあるように、最終的に博士号を取得したり、研究者になっている人が存在するのですから、全てが悪というわけではないはずです。少し前向きな話をご紹介します。人生はいいことばかりではないですが(そんなことはありえないですから)、数々の悲惨な話(オーストラリア含め世界の学術界での不平等や欠陥を晒す意味では重要な話ですが)に対峙する話として役立つことを願います。…

研究職の面接対策~よく聞かれる21の質問と回答アドバイス~

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。大学院卒業後、学術関連の仕事あるいは研究職に付きたいと思っている人にとって、面接(インタビュー)は難関のひとつですよね。今回は、ミューバーン教授が面接でよく聞かれる21の質問と回答時の注意を解説してくれています。 英国ロンドン大学ゴールドスミス校の社会学教授であるレ・バック(Les Back)(が著書『Academic Diary』で指摘しているように、学術生活にも季節(シーズン)があって、今は就職面接シーズンのようです。私自身、求職や面接の準備を手伝いながらさまざまな業務(困難でもやりがいがあるとはいえ、感情的になってしまう仕事)に関わってきましたが、そのたびにPhD課程の後半がどれほどストレスの多い時期であるか(!)と思わずにはいられません。就職試験もハードルのひとつです。ただでさえ就職活動はそれまでやってきたこととはまったく異なるのに、試験の結果を待ちつつ、同時に他の仕事も探すなんて……誰にとっても精神的に厳しいことです。私は別のブログに、PhDの卒業生が偏見を持たれている中で選考に残ることの難しさや、雇用主となるかもしれない人に印象を残す方法ついて書いていますが、実際の就職面接ではどんなことを聞かれるのでしょうか。 実は、私自身が就職面接で成功した経験がないので、この記事を書くには適任とは言えません。私の場合、すでに採用前提で面接に臨めたのでうまくいったというのが正直なところです。それでも、アカデミックな環境では面接官の立場に長年立ってきたので、この記事を書くのにふさわしいと言ってくれる人もいます。長い経験の中で、面接を行い、採用に関わってきた経験から、学術系の就職面接でやってしまいがちなミスや、質問に対する良い回答と悪い回答を知っているからでしょう。 事前に質問に備えておけば、落ち着いて面接に臨むこともできるはずです。とは言っても、学術系の就職面接で聞かれることって?私が知っている学生は、翌週の面接に備えて、オーストラリア国立大学(ANU)のDECRA(Discovery Early Career Researcher Award)フェローであるラリッサ・シュナイダー(Larissa Schneider)博士が実際のポスドクの就職面接で聞かれた60以上に及ぶ質問をまとめたリストで準備していました。DECRAとは、教職および研究職に就いたキャリアの浅い研究者を支援することに重点をおいたプログラムです。シュナイダー博士は、自分の就職面接についてメモを作成した卒業生から質問を集めてまとめたのです。科学における情報共有の素晴らしい一例ですね!私がブログを書こうとしていることを知った彼女が貴重な情報を共有してくれたので、彼女のリストからいくつかを抜粋して、より一般的な質問を21に絞ってリストアップしました。 この質問リストと回答を考えるのに留意すべき点を以下に記します。ただし、これらは科学分野の卒業生が1年あるいはそれ以上のポスドク研究プロジェクトに挑戦するとき面接を想定したリストです。教職や人文系の研究職に就きたいと考えている人の場合、質問は多少変わってきます。その場合は、質疑応答を考えるきっかけとしてこのリストを活用してください。…

学術ライティング教本3冊の紹介と書評

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、学術ライティング(論文の書き方)を学ぶのための本がありすぎてどれを読もうか悩んでいる人に朗報です。ミューバーン教授とPhD学生が3冊を紹介してくれています。 論文の書き方についての書籍は、私が執筆したものも含め、とんでもない数あります。なかなか書けていなかった書籍の紹介を、やっと投稿することができました。この記事は、私とジャスミン・ジェンソン(Jasmine Jenson)による書評をまとめたものです。いまだに私の部屋には本が山積みですので、この中の1冊でも読んで書評を書きたいという方がいたら、是非メールで連絡してください! 書名:Writing a Watertight Thesis: A Guide to Successful Structure…

完璧主義から自分を解放する

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士課程在学中の大学院生から寄せられた「完璧主義」についての記事を紹介。完璧の呪縛から自分を解放し、楽になるにはどうすればよいのでしょう。 あなたは完璧主義者でしょうか?自分は違う、と私も思ってきましたが、昨年心理セラピストから「機能型」完璧主義(functional perfectionism)という考え方を教えてもらいました。その考察については過去の記事、「学者なりに燃え尽き症候群を引き起こす完璧主義を分析してみた」に書きました。私がいつも陥る完璧主義の落とし穴も、ネガティブなひとり言を言うことなので、ガブリエラが送ってくれた記事が、完璧主義仲間の皆さんにも響くと思います。 ガブリエラ・ウィルソン(Gabriella Wilson)は現在、グリフィス大学クイーンズランド・カレッジ・オブ・アートの博士課程に在籍し、アクティビスト・アート(activist art)の視覚言語と表現について研究しています。アーティストやギャラリー関係者としてビジュアルアートの世界で働いていた「黒歴史」があるそうですが、現在は過去の自分のやり方を改め、グラフィックデザインの世界に没頭しています。また、クイーンズランド・カレッジ・オブ・アートの講師、デザインスタジオInkahootsのアシスタント、Animal Liberation Queenslandのボランティアも行っています。美しい娘のエルキーに加え、イジーとタリーという2匹の毛むくじゃらの赤ちゃんのママでもあり、そして、世界一忍耐強い男性の妻でもあります。彼女が目指すのは、社会の不公正について伝え、物事に揺さぶりをかけることです。ガブリエラについて詳しくは、こちらをご覧ください。 <ここからガブリエラ・ウィルソン(Gabriella Wilson)による投稿> 先日、博士号取得について湧き上がった不安の渦中で気づいたことは、成功すると保障されていない限り、何に対しても完全にコミットできない自分がいること。ミスなんて、ありえない。完璧さ、万歳!期待に応える人、万歳!まっすぐな一本道の人生、万歳! タル・ベン・シャハー(Tal…

豪州森林火災で感じた「自分のしていることは意味がある」と信じることの大切さ

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、2019年から2020年にかけてオーストラリアで猛威を振るった森林火災のさなかにあって教授が考えた、行動を起こすことの大切さについてお伝えします。 みなさん、ごきげんよう。夏休み、あるいは世界のどこかでは冬休み中でしょうか。今年は、私の住むオーストラリアが、悪いことばかりで世界のメディアを賑わせているため、早めにブログに戻ってきました。 サウス・コーストの恐ろしい映像をご覧になった方もいるでしょう。現地で休暇を過ごしていた古い友人が送ってくれたこの写真は私が目にした何百枚もの写真の1枚ですが、彼女の夫が撮影したものだと思うと、余計に恐ろしさが増します。(訳者注:原文は2020年1月に公開されたブログです。) 友人は、オーストラリア史上最多の陸上避難者の一人となる前夜、ビーチで過ごしていました。何日も連絡が取れず、彼女の身に恐ろしいことが降りかかったのではないかと心配でした。この夏、多くの人が同じような不安を経験したことでしょう。私のチームメイトで友人のビクトリア・ファース・スミスは著名なアーティストの父親のことが心配で眠れない夜を過ごしたといいます。避難勧告をされても、一生分の創作や思い出が詰まった家から離れようとしなかったという気持ちは理解できます。しかし、実際に避難することになった頃には、安全な場所への移動が困難となり、ビクトリアは心配でたまらなかったといいます。大切な人が危険にさらされている時の無力感は本当にひどいものです。ソーシャルメディアに目を通したり、テレビを見たりしながら、励ましのメールを送ることしか、私にはできませんでした。 そう、テレビです。普段の休暇のように読書や執筆には集中できないため、私はテレビをたくさん見ました。友人のケイティが言うところの「ゆっくりと動き続ける大災害」の中で生活するのはシュールな体験でした。世界の終わりのようでありながら、Netflixや宅配ピザなどの享楽にふけることもできたのです。まあ、いつもの楽しみがすべてそのままではありません。郵便の寸断もまだ数週間は続くかもしれませんし、キャンベラでは避難者受け入れのためペットボトルの水のような生活必需品も不足しています。博物館、ギャラリー、プール、商店など、普段は暑さをしのぎ、気晴らしになるような施設も閉鎖されています。煙に飲み込まれた建物の検知器が作動し続け、普段の生活や睡眠を困難にしています。 私が住んでいるオーストラリア首都特別地域(ACT)は、火災の起きている地域から数百キロメートルは離れています。この原稿を書いている時点では域内で火災は発生していませんが、たった今3キロ離れた地点で火災が発生しているという噂も耳にしました。南部に住む友人宅は、先ほど停電したそうです。次に何が起こるか予想もつきません。混迷の中、オーストラリア国民がこの事態について分かったことがあるとすれば、何一つ状況が「普通」じゃない、ということです。私は、南にある国立公園の被害が絶対に拡大すると予測しています。16年間火災の起きていないこの地域は、私たちの水源を囲んでいます。電力はすでに影響を受けています。皆さんがこれを読むころには、さきほど話した享楽のいくつかは、すでに失われているかもしれません。 キャンベラ市内では火災はまだ発生していませんが、ここ1ヶ月間は、ひどい大気汚染の影響を受けています。輝く宝石のような首都から、地球上で最も汚染された首都になってしまったのです。景色もひどいものです。これは昨年5月、国会議事堂前の芝生で行われた気候変動への抗議デモに参加した私の家族です(手前が私と夫、奥が看板を持った息子)。見てください、この美しい青空を。 大好きなあの空を、もう1ヶ月も見ていません。 (私はこのブログで政治的なコメントをしないようにしていますが、長く読んでくださっている方なら、おそらく私の立場はおわかりでしょう。お願いですから、コメント欄で緑の党についての荒らしはしないでください。見つけ次第すぐに削除します。一部の人が主張するようにこの混乱を緑の党のせいにするのは全く馬鹿げています)。 数週間前、国会議事堂の前の芝生はこんな感じでした。 空気質指数が200を超える環境での生活は悲惨なもので、かなり恐ろしい未来が垣間見えます(そして、ニューデリーなどに住む人たちの日々の苦労が分かります)。煙を避けるために、私は多くの時間を室内で過ごし、クリスマスらしいことも普段通りに行いました。料理をし、食べ、飲み、来客をもてなし、気候変動に対する首相の恥ずべき無策についてSNSで非難しました。先月は、首相に手紙を書いたのですが、ハワイにいる彼はさぞ忙しくて読む暇がなかったでしょう。 2003年に壊滅的な森林火災のあったキャンベラは、その経験から教訓を得て、オーストラリアの他の地域と比較すると、この地域の災害管理は非常に優れています。気候変動への対策と準備の必要性についての認識を共有する緑の党と労働党がオーストラリア首都特別地域(ACT)自治政府の政権を連立で担っていることが大きいでしょう。例えば、12月初旬に消防団のボランティアがスーパーマーケットで広報活動を行ったのもその取り組みの一つでした。私たちは、ボランティアの一人と長い時間話して説明を受け、防災計画の資料をもらいました。もらった資料は私が急にオロオロし始めた元日まで台所のベンチに放置してありましたが。電気がないのは不便だけど、断水なんてどう対処すればいいのだろう、と。急いでホームセンターに行くと、他のキャンベラ市民たちは、私たちよりずっと先にポリタンクを入手していました(幸い、私たちも、最悪の事態になっても数日間は持ちこたえられるだけの量を手に入れることができました)。…

読者を想定しながら論文を書いてみよう

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、アカデミック・ライティング月間に参加したことにからめて、論文を書くときには読者を想定して書こうというお話です。 #acwrimo(Academic Writing Month)も終盤です! (訳者注:原文は2021年12月に公開されたブログです。) 今年のアカデミック・ライティング月間(Academic Writing Month)に参加しましたか?もちろん、私は参加しました。今年はロックダウン期間中だったので、オーストラリア国立大学(ANU)構内で盛り上がりました。ここで詳細を語ることはしませんが、結構頑張ってワークショップを開催したので、別ページに掲載のワークショップ情報も見てもらえると嬉しいです。 この記事では、私が開催したワークショップの中から「どうやって説得力のある文章を書くか(How to write a…

アイデアが「盗用」されるのを防ぐには

研究アイデアが「盗用」されるのを防ぐには オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、共同研究や学会、ふだんの会話で自分の研究アイデアが他人に「盗用」されるのをどうやって防ぐかというお話です。 学術研究者は常に自分の研究アイデアが「盗まれる」ことを心配しています。この不安は、学術コミュニティの多くの人たちの中でも、特に博士課程(PhD)の学生に大きな影響を与えているようです。 博士課程の学生が自分のアイデアを守ることに神経を尖らせるのには、理由があります。それは審査があるからです。博士号(PhD)の取得は、プロの学術研究者として自分の研究プロジェクトを遂行できる人物であることの証しです。そのために合格しなければならない審査の中に、「独自の知識」を「独立」して形成することが含まれているのです。 学生にとって、この独創性(originality)に関する要件が、論文執筆と同等の作業量と複雑さをはらんだタスクとして重くのしかかります。 科学系博士課程の学生が、論文を提出する直前にその研究テーマを他者に「スクープ」された(出し抜かれた)とか、人文科学系の学生が理論的なアイデアを、時には指導教官に、「盗まれた」という話を聞いたことがあるかもしれません。問題の核心は、あまり触れられることはないですが、博士課程で他者と共同作業をすることの難しさにあるのだと思います。どのように他者の研究を認めつつも、「独自性のある知識」を生み出していると主張すればよいのでしょうか。 もちろん、学術界でも協働研究をするので、PhD学生自身が創出したアイデアの権利を守る精巧な慣習と規則は存在します。論文における共著者名の記載順は、このような慣例の最も重要なものの一つです。慣習に従って、研究において最も重役割を果たした研究者を筆頭に、貢献度に応じて順番に名前を記載する必要があります。ただし、厳密に守られているとは言い切れません。 科学系研究論文の共著者リストは、重要な貢献をした(であろう)研究者の皆々様が名を連ねることが一般的で、著者名の順番も複雑になり、時には、もめごとの火種になります。論文の中には、200名にもおよぶ著者名が記載されたものもありますが、200名の貢献度の順番なんて付けることができるのか!?この手のもめごとを何とか収める手伝いに駆り出される時は、いつも頭痛がします。個人的な経験から言わせてもらうと、どの位置に自分の名前が書かれたかごときで腹を立てる人は、よっぽど社会的な重圧の中にいて〇%&#▲…(以下、自主規制)。 人文科学の分野では、数百という単位ではなく、2-3名の研究者との共著が一般的ですが、それでも複雑です。人文科学系論文の慣習として、最も高い立場にいる研究者の名前がメンター役として共著者の最後に書かれることが多いです。「メンター(熟練者が未熟練者や若手を育成すること)」には、相談に乗ることから、実際の論文の執筆や校正まで、さまざまな立場が含まれます。人文科学系論文の最後の著者名は、しばしば行われた研究の「由来」(その出どころと特色)を示す情報となっています。なので、人文科学においては、著者リストの最後に名前が掲載されるのは名誉なことであるとともに、最後の「ビッグネーム(著名人の名前)」は、編集者の目に止まりやすく、非常に重要です。 ここで、博士課程の研究以外の場面でも、指導教員が、あなたの研究の共著者であると主張するだろうという点を指摘しておかなければなりません。そうです。たとえ彼らが相談にのってくれただけでも、発展的な編集に携わったのであれば、間違いなく共著者となるのです。博士課程の学生が単独で論文を執筆することを許されるなんて、よくできたフィクションのような話しだと割り切りましょう。 正しいか正しくないかに関わらず、博士号というものは、知識とは「所有」できるものであり、利益をもたらすものだという考えに基づいて成り立っています。学術界における「利益」とは、表彰、名声、そしてもちろん、昇進という形で得られる現金を指します。所有権と利益の概念があるということは、一方で盗難にあう危険性もあるということです。すべての研究者は、自分達の知的財産(IP)を守ることに注意を払うべきですが、審査を受けなければいけない博士課程の学生は、特に気をつける必要があります。 知的財産について疑心暗鬼になるのも良くないですが、FUD(fear,…