研究室の荒波にもまれて

ゾンビ化したやりかけの仕事と研究者としての「永遠に続く宿題」

オーストラリア国立大学(ANU)のミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、放置(ネグレクト)したままにしている仕事を含む自分のプロジェクトの優先順位の付け方について考えます。 多くの研究者がそうであるように、私も多くの仕事を抱えています。「多くの仕事」というのは、例えば、「ニューロダイバーシティ(脳の特性による個性の多様性)と博士号に関する本を書く」といったものから「大学のウェブサイトの論文執筆ブートキャンプのページを修正する」まで、ありとあらゆる形や大きさのプロジェクトです。 具体例A: 私は5月から8月まで英国でサバティカル(研究休暇)を取ります。チームへの混乱を最小限に抑えるため、前期の講義を2カ月間に集中して行いました。愚かなことに、同じ時期に妹と一緒にApple TVのドラマシリーズ『セヴェランス』についてのポッドキャストシリーズを始めました。 (これ、面白くなりそうです!こちらから予告編を聴いて、お気に入りのプラットフォームでフォローしてください)。 この「小さな」サイドプロジェクトを始めるにあたり、同シリーズを(もう一度)観てメモを取るのに約10時間、ポッドキャストを録音するのに約20時間、そして音声を編集するのに少なくとも40時間以上かかりました。ちなみに、この作業は夜と週末に行いました(悲しいかな、テレビ番組についての振り返りポッドキャストは、「ANUの研究開発ディレクター」という私の肩書の仕事にはなりません。私がメディア学者であれば、仕事にできたのですが。残念!)。 このポッドキャストの制作はとても楽しかったのですが、冷静に見ると、ものすごく時間がかかってしまいました。このようなサイドプロジェクトがあると、どんなに迅速に一生懸命働いても、やりたいことをすべてやり遂げるのには時間が十分でないと感じてしまいます。そして、本来は手を付けることを減らすべき時に、逆にいろいろと背負いこんでしまうことで、私はいつも事態を悪化させてしまうのです。 このやってもやっても「し足りない」という感覚は、アカデミックな仕事と切り離せない感覚で、決して「よくなる」ものではないということを認識しなければなりません。 「進行中の事柄が多すぎる」という状況は、研究人生の早い段階で始まる傾向があります。博士号取得は、「永遠に続く宿題」のような人生との契約の始まりです。自分のやるべき事、やりたい事が常に自分のキャパシティを超えてしまうような人生です。知識を作るという仕事が無限なのに対し、私たちは限りある生き物なのです。私たちにできることは、仕事と自分の関係を管理すること、そして仕事に対する自分の気持ちを管理することです。そしてそれは、新しいことを始めるべき時と、何かを手放すべき時を学ぶことを意味します。 もちろん、自分の意識をどこに向けるかは、いつも自分で決められるわけではありません。億万長者や親ガチャを引き当てた人を除いて、私たちのほとんどは、完全に自由に探求し創造することを、雇用主からの賃金と引き換えにあきらめなければなりません。しかし、選択肢の中で、何が価値あるプロジェクトで何がそうでないのか、自分なりの考えを持つことは大切です。 ロリーン・バーダール(Loleen Berdahl)は新しいアイデアを評価するためのマトリックスで、目の前のプロジェクトを「時間の無駄」「甘い蜜」「魂を吸い取る深淵」「戦略的投資」の4つに分類する方法を提案していますが、私はこの分類を気に入っています。(彼女の素晴らしいSubstackをまだ購読していない方は、ぜひ購読してください。)…

論文執筆の追い込みへの備え

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、ミューバーン教授らが開催する論文ブートキャンプへの参加を希望する学生に向けたハンドアウトをご紹介します。 今月の「研究室の荒波にもまれて」の本部は忙しい月でした。今月は授業内容を少し使い回して、#LazyPostをやっています。 今回の記事は、「論文執筆の追い込み(ビンジ・ライティング*)」に備え、論文の書けていない部分、書き足しが必要な部分を洗い出し、執筆作業がはかどる執筆マップの作成についてです。 (訳者注:*binge(ビンジ)とは暴飲・暴食を表す語としてよく使われる「~しまくる」という意味のスラング) 「スナック・ライティング=Snack Writing(少しずつコンスタントに書いていくこと)」は良い習慣ですが、時として締め切りに追われて椅子に張り付いて作業をしなければならない状況も生じます。そのような、とにかく書き続けなければならない状況には、あらかじめ十分な準備をしておくことで、より大きな成果が得られます。 この原稿を書いている今、私はANUで参加者に2万単語の論文を書いてもらう週末の論文ブートキャンプを開催しています。昔からこのブログをお読みいただいている皆さんなら、ブートキャンプの一般的なコンセプトに関するリーアム・コーネル(Liam Connell)の記事「DROP AND GIVE ME 20,000 (WORDS)!」を覚えていらっしゃるかもしれません。ブートキャンプとは何か、どのように運営すべきかについて詳しく知りたい方は、この記事をお読みください。…

ポスドク問題―非正規労働者の声

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、ポスドクとして働きながら、正規雇用の研究職を探す博士が微妙な立場に置かれた胸の内を語ります。 怒涛の博士過程を修了して、「学問的キャリア」を追求し始めた人には、どのようなことが起きるのでしょうか。この記事は、「ポス・ポスドク」と巷で呼ばれる学術キャリアをスタートしたピッパ・ヨーマン博士(Dr. Pippa Yoeman)によるものです。 ピッパは、学習における社会技術的イノベーションについて研究する民族誌学者で、最初のポスドク職を終えようとしているところです。様々なフォーマル、インフォーマルな学習空間で働く人々を1,000時間以上観察してきた彼女は、学術的、専門的な境界を越えて機能する翻訳ツールの必要性を痛感しています。現在、彼女は空間・カリキュラム・文化の(再)形成を支援するツールを開発しています。将来的には、時間と空間を越えて価値ある学習活動を評価する、スケーラブルで人道的な方法を開発したいと考えています。彼女の研究の動機となっているのは、ツールさえあれば、私たち全員が未来の学習環境の(再)形成に積極的に貢献できるという確信です。@PippaYeomanで彼女をフォローするか、このサイトへ行けば彼女の研究について詳しく知ることができます。 以下、ピッパによる記事です。 私は崖っぷちにいることの多い人間です。ほとんどの場合、自ら選んでそこにいます。私が物事のど真ん中にいる時は、それは必ずと言っていいほど、本当は黙っているべき感情と口に出ている言葉が私の中で葛藤している時です。しかし、私の現在の中間的な状態は、沈黙を糧とします。 私はポスドク研究員です。 私は幸運な人間です。博士号からポスドクへの移行は比較的容易でした。あまりに簡単にポスドクに就けたことで、その先の不安に苛まれている自分に気が付くと、罪悪感を覚えることもありました。定義の仕方で異なりますが、これは私の3つ目か4つ目、もしくは5つ目のキャリアです。私は、企業で上級職を経験し、2人の子供を育てながら再出発しました。 私は移民です。 私は幸運な人間です。私たちは、夫がMigrant-Occupations-in-Demand List(必要とされる移民職種リスト)に載っている技能を持っていたため、オーストラリアでの永住権を取得することができました。しかし、比較的簡単に入国許可を得たことが、再出発に伴う困難を見えにくくしていました。私はこれまで4つの大陸に住み、3つの大陸で勉強し、2つの大陸で仕事をしてきました。 私はもう大人です。…

論文審査のワイルドカード

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は博士論文の審査の結果をどのように受け止めるか、博士課程在籍の大学院生による手記をご紹介します。 オーストラリアでは、博士論文はブラインド査読によって審査されます。ここで語られるように、そのことが複雑な結果を生むことがあります。ジョアンヌ・ドイル(Joanne Doyle)は、オーストラリアのトゥーンバにある南クイーンズランド大学(USQ)で博士課程に在籍しており、大学院研究のインパクトを学術的な視点で探る研究を行なっています。博士課程に入る前にはUSQのAustralian Digital Futures Instituteで研究提案とプロジェクトマネージャーを務めていました。プロジェクトマネジメントの経験が豊富で、鉱業、小売、サービス、教育など、さまざまな分野で活躍しています。以下、ジョアンヌによる記事です。 誇張や自己憐憫なしで、控えめに言っても、私の博士課程は困難に溢れていました。 途中、2人の指導教官を失い、3度入院し、論文の全原稿を仕上げる直前には仕事をくびになりました。それでも私は必死に書き終え、カルマの力で審査を通過できると心から信じていました。 残念ながら、現実はそうはいきませんでした。私の力ではどうにもならないところで、論文の審査員の選定に問題があり、私の博士号取得の道のりにさらなる逆風が吹いたのです。提出までに3年半もかかったのに、これ以上遅れるのは耐え難いことでした。それでも心配せず、カルマを信じて、私は博士課程の最終段階まで楽観的でした。 やがて私のもとに審査結果が届きましたが、2人の審査官の評価は全く正反対といっても過言ではありませんでした。1人目の審査官は、私の研究を「模範的な論文であり、これまで審査させていただいた博士課程の研究の中で最も優れたものの一つ」と評価し、さらに「この論文は、博士課程での研究に求められる標準的な要件をほとんどの面で満たし、むしろそれを超えている」とも評価しました。 一方、2人目の審査官は、研究のあらゆる側面を批判し、この論文は博士課程で期待されるスキルを示していないと指摘していました。 このようなコメントの相違が、審査報告書全体に続いていました。文献レビューは「特に印象的」(1人目の審査官)と「表面的」(2人目の審査官)という両方の評価を受け、研究デザインは「正当なものである」(審査官1)と評価される一方で「大きな欠陥がある」(審査官2)とも評価されました。論文が示す「強い分析力と概念的能力」(審査官1)を評価される一方で「バランスと厳密さの欠如」(審査官2)を批判されました。同じ論文提出者が「研究を深く掘り下げる能力を発揮し、質の高い知識への独自の貢献をしている」(審査員1)とされながら、「主題の理解に限界を示し、情報を読み誤っている」(審査員2)とされていたのです。…

博士課程は万華鏡?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、研究の焦点が変移する様子を万華鏡になぞらえた記事を紹介します。博士課程の中で研究の焦点が移ろうことに、どう対処すればいいのでしょうか。 _________________________________________________________________________________ 今回ご紹介する記事は、ニュージーランドのマッセー大学の防衛・安全保障研究センターでパートタイム学生として博士課程に在籍するミリアム・ウォートン(Miriam Wharton)によるものです。彼女は、ニュージーランド特殊作戦部隊内部における関係アプローチについての学位論文を執筆中で、フルタイムでの仕事もしています。この投稿は、博士課程に入った途端、慎重に練った計画が現実との接触により、確信が急速に崩れていく様子を物語っていると思います!では、ミリアムの記事をどうぞ。 「博士号取得の方法」に関する優れた本は、どれも最初から最後まで一直線に進みます。一見、その過程にあるすべての問題が網羅されているように見えますが、結局のところ、そういった書籍が果たすのは、明確な終着点に読者の視野を集中させる望遠鏡のような役割です。研究課題をしっかりと解決し、ガウンを着ておかしな帽子をかぶり、証書を振りかざすという終着点を見据える望遠鏡です。 私は、博士号取得の良い方法とは、予めきちんと計画を立てておくことだと確信していました。研究計画書をしっかりと固め、研究テーマの核心を簡潔に突く、鋭いリサーチクエスチョンを練り上げ、学問的、方法論的、概念的、理論的、そして内容的な側面のチェックボックスにチェックを入れていきながら最後までやり遂げるのです。 これが私の思い描いていた博士号取得への道のりでした。 私は自分の指導教員になる予定の人と4カ月かけ、プロジェクトを登録するという最初の関門を通過するためにアイデアやリサーチクエスチョンを練り上げ、完成までのロードマップを明確でわかりやすいものにしようと考えました。パートタイム学生として博士課程に在籍して4年が経とうとしている自分が、これまでに学んだことは何であるか。この問いに対する私の見方は、新たな目標点に到達するたびに変化していきます。 まるで、万華鏡のように。 私の研究分野はカラフルで、魅力的なディテールに満ちており、それを興味と実用性を満たす捉え方でまとめていきたいと願っています。両手で持った万華鏡の接眼レンズを覗き込むと、すべてが美しく見える。複雑だけれど、パターン化され、構造化された光景です。そして満足のため息をつきながら、自分の研究のパラメータと方向性をいかに上手く構築できたか悦に入ります。そして、どれだけ上手くデータを集め、分析を行なったかを。しかし、自己満足に浸っているその瞬間、自分の体が少しでも揺れると、万華鏡の中身は崩れ、転がり...そして変化してしまうのです。 それまで見ていたのと同じ要素が作り出すイメージを見ているにもかかわらず、突然、各要素の配置や、パターン、色合いが変わるのです。そして、おそらく突然に、それまで気にも留めなかった、あるいは気づきさえしなかった要素の断片が目に入り、それが本来よりもはるかに重要なものに思えてくるのです。 このように、研究と博士課程のプロセス、そして研究内容の、内側からの脱構築と再構築は、研究というものの素晴らしさであり、予測の付かない挑戦でもあります。私は、定まったプロセスに従うのが好きです。博士号取得に関わる、エンドレスな事務作業でさえも楽しめます。どんなに小さな節目であっても、その節目に印をつけると、ちょっとした満足感に包まれます。また、データを組み合わせてパターンが浮かび上がってくるのを見るのも楽しいと感じます。浮かび上がった色彩の閃きや複雑さを見るのは非常に面白いですが、自分の脳がそれをまとめ、生命を吹き込んだとなればより一層面白く感じられます。 しかし、一歩一歩のステップにおいて、焦点に若干の変化がもたらされるということに、私は気づきました。たいていの場合、視点やアプローチを洗練するという程度の変化ですが、時には見えているイメージが、がらりと変わることもあります。恐ろしさすら感じることがあります。万華鏡の中の他のパターンから逸脱した半端なガラスの破片を追いかけているような、まったく生産性のないことを自分がしているような気がして怖くなるのです。そして私は自問します。研究計画書を書いたときに自分のテーマを理解できていなかったとしたら、自分は自分が思っていたほど洗練された研究者ではないのかも、と。学士か修士レベルに戻って学び直すべきかもしれない、と。…

博士過程(PhD)を生き抜くためのセラピー動物

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、博士論文執筆の相棒となるペットたちとについてです。 皆さんはペットを飼っていますか?辛い時にそばにいてくれるペットの存在は十分に評価されているでしょうか?この投稿は、ジョー・クライン(Jo Clyne)博士によるものです。ジョーは2015年にメルボルン大学で歴史・演劇学の博士課程を修了しました。幾晩にも渡ってストレスの多い論文修正を行っていた間支えてくれた飼い猫のサムに、彼女は感謝しています。ジョーのTwitterアカウントは、@joclyne1です。 以下ジョー・クライン博士による文章です。 学者や作家は、動物がもたらす癒しの効果について昔から知っていました。マーク・トウェインは飼い猫たちに囲まれた写真をよく撮られていましたし、私のお気に入りでは、E.B.ホワイトが愛犬のミニーに見守られながらタイプライターの前に座っている写真などもあります。 現代の研究者や博士課程の学生は、こうした流れを、SNSにペットの写真を#academicswithcats #academicswithdogs #phdcats や #phddogs などのハッシュタグをつけて投稿することで今に引き継いでいます。多くの投稿者は、孤独感やスランプに悩まされていて、ペットとの気晴らしにつかの間の喜びを見出します。よくあるのは、ペットが原稿にいたずらしていたり、研究資料の束の上で寝そべっていたりする写真です。 こうした投稿の動物たちはよく「研究助手」や「指導教官」などとキャプション付けされます。そして邪魔をしている姿は、愛情を込めて「手伝い」と言い換えられます。こうした写真は、孤立や先行きの見えないことの多い論文執筆という作業の間、動物たちがただそばにいてくれることを称えるものです。…

大掃除、そして次のステージへ

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、心と物の整理についてです。 あなたの机の上は、今、大変なことになっていませんか?リンダ・デヴリュー博士なら共感してくれるはずです。この記事では、博士号取得後にオフィスを掃除したときのエピソードと、片付け作業の予想外の難しさを紹介しています。 リンダ・デヴリュー(Linda Devereux)は、ライティングコンサルタント兼独立系研究者です。長年にわたり高等教育機関で働き、教員教育プログラムの研究や指導、学術的な言語・学習ユニットの運営に携わってきました。学部生や大学院生のライティングや研究のサポートをすることにやりがいを感じています。リンダの博士論文は、クリエイティブなノンフィクションのテキストと釈義で、異なる文化で幼少期を過ごした記憶について考察したものです。現在は、地方や遠隔地から来たオーストラリアの学生の大学への移行について研究しており、クリエイティブな自伝執筆のプロジェクトを多数計画中です。リンダへの連絡はLinkedinからどうぞ。 以下、リンダの文章です。 博士課程を修了してから、ようやく自宅のオフィスの荷物をすべて片付けることができましたが、この最終段階に至るまで1年半もかかってしまいました。修了後1年半、机は使える状態になく、月日が経つにつれてどんどん散らかっていきました。 最終稿の印刷が完了した後、私の人生をかけた労作である紫色のかわいい博論も、その荷物の山に埋もれていきました。まわりの方々は博論に対し、ご意見や現在進行中の執筆プロジェクトについての素敵で寛大で有益なコメント付きの感想を送ってくれました。その手紙やカードも、その山に積んでいきました。長い間、一生懸命、生産的に働いてきた故の山です。 いったい何がいけなかったのでしょう? 私は研究と執筆を心から楽しんでいました。もちろん、つらい時期もありました。書き手なら誰でも経験することですが、絶望的な気分になったり、書いたものよりも削除したものの方が多かったり、私自身と家族が博士号とそれにまつわるものすべてを嫌った日もありました。しかし、総合的に見ると、数年にわたり自分の研究に没頭する機会を得られ、とても満足しています。ゆっくり時間をかけて、パートタイムで博士号を取得することは、私にとって良いことでした。 私は博士課程の期間中、ほぼフルタイムで大学の研究者として厳しい環境で働き(近年の高等教育機関での仕事はどれも厳しい環境です)、自分の学位論文とはまったく異なる分野で研究と出版を続けました。そのため、それまでとは全く異なるスタイルで、しかも自分にとって新しい学際的な分野で論文を執筆しました。しかし、博論は、自分の仕事で扱う分野の研究を掘り下げるのではなく、自分にとって意味のある、個人的に情熱を傾けられるテーマで書くことに決め、クリエイティブなノンフィクションの文章と釈義を執筆しました。 でも、書斎の混乱はそのような決断が原因で起こったのではありません。書類や本の箱に道をふさがれ、部屋を横切って自分の机に向かうことさえできない状態にまで悪化させた原因は、また別にあったのです。生産的な博士課程の学生であり、学者であった私が、なぜ、掃き溜めとなった魔窟のような書斎を持つようになったのか。 一番の問題は、深い悲しみでした。…

博士課程(PhD)のシンボル

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、博士課程の道のりを共に歩む博士号のシンボルについてです。 博士課程に人生が縛られている、悪い意味でそう感じることはないでしょうか。本稿ではフィオナ・ロバーズ(Fiona Robards)博士が、適切に制御しなければ侵食性の雑草にもなりかねない竹の話から、獲得すべきレジリエンスについて語ります。 フィオナ・ロバーズ(Fiona Robards)は、政府と地域の医療部門に戦略、政策、リソース開発を提供する独立系コンサルタントです。彼女のプロフィールについては、こちらをご覧ください。 以下フィオナの文章です。 博士課程をスタートしたとき、私はこの新しい成長の機会に心を躍らせ、熱意に満ちていました。私は、「研究室の荒波にもまれて(Thesis Whisperer)」に掲載されたジョディ・トレンバス(Jodie Trembath)の記事に書かれていた「PhDのシンボル(原文:英語)」を持つことについて読みました(彼女は当初「PhDのシンボル」ではなく「PhDのトーテム」という言葉を使っていましたが、アメリカの先住民研究者たちからの要請で変更しています)。 そして、大学の自分の新しいワークスペースの机の上に、竹を買いました。緑色でみずみずしく、力強く成長する姿が気に入ったため、それを私はPhDのシンボル、または「PhDの竹」としました。竹は、私自身の成長とともに、どんどん大きくなっていきました。PhDの竹を見ると、やる気が湧きました。 1年ほど経つと、竹は高さを増し、小さな植木鉢では支えきれなくなりました。ある時、私は同僚に「PhDの竹」の世話を委ねて学会に出かけました。帰ってくると、同僚が書いた「植え替えて!」という竹の台詞が付箋で鉢に貼ってありました。明確なメッセージです。そこで、私は竹を植え替えました。より正確に言うと土から取り出して水の入った背の高い花瓶に挿したのです。 PhDの竹は、私と同様に新たな成長フェーズを迎えました。データ収集が完了し、分析の段階に入った私も、スキルと知識を成長させていきました。…

パンデミックの次の局面で予測されることとは?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、いまだコロナ禍にある2023年の学術研究業界の変化について、インガー教授が予想します。 年末までたどり着きましたね! コロナによる最初の死亡例の報告(2020年1月11日)から3年が経とうとしているのです。個人的には、今年のコロナ禍は、他の年よりも疲弊しているように感じます。おそらく、「元の生活に戻る」ことへのプレッシャーがあったからでしょう。私は11月中旬に初めてコロナに感染しました。いわゆる「軽症」と呼ばれる状態でしたが、ぶっ倒れて1カ月まるまる仕事を休むことになりました。 この3年間で、多くのことが変わりました。そこで、未来予知の占いのように、将来に目を向けてみようと思います。その前に、前回の記事で紹介した読者アンケートに答えてくださった皆さんに心から感謝します。2分間のアンケートに952人が回答、800以上のコメントを残してくださいました。皆さんの回答は、私のサイト再構築にとても役立つもので、たくさんの優しくて肯定的なコメントを読んで、ちょっと涙ぐんでしまいました。私のブログの読者さんは最高ですね。もし、まだアンケートに回答されていない方がいらっしゃいましたら、こちらからご意見をお聞かせいただければと思います。1月末日まで受け付けています。 正直なところ、このアンケートの結果を見るまでは、そろそろブログを止めようかと考えていました。でも、皆さんのご意見を聞いて、まだまだ「研究室の荒波にもまれて(Thesis Whisperer)」の新しい記事を求めている人がいることを確信しました。というわけで、これからも月1回のペースで更新していくつもりです。来年は、より持続可能で、ユーザーフレンドリーで検索可能な形式を構築するために、ゆっくりと取り組んでいくので、サイトの変化をお楽しみいただければ幸いです。 変化といえば、このパンデミックの次の段階において、学術界はどこに向かっているのか、いくつか考えてみました。 学術界の求人数は回復し続けるが、仕事内容はもっとひどいものになる 6月にPostAcアルゴリズムを使って、研究職市場の健全性を測定する年次レポートを発表しました。これは、オーストラリアにおける学術系と非学術系の研究職のトレンドグラフです。 両市場とも、需要がパンデミック以前の基準線を上回って推移していることがわかります。しかし、求人広告をよく見てみると、多くの学術職の求人は期間限定契約で、レベルも低く、大学が労働力を暫定的にリフレッシュさせていることがわかります。ニュージーランドとイギリスのデータもありますが、3つの市場すべてで似たような傾向が見られます。 明るいニュースとしては、学術研究以外の分野での需要が引き続き高く、リモートワークの傾向も依然として高いということです。博士号取得者は2023年も優位な立場にあると予想され、経済状況がより不安定になったとしても、市場が持ちこたえてくれることを願います。もし2023年にポスドクの求人を探しているのなら、分野によって需要は大きく異なり、特定の分野で他の分野よりずっと需要があることを念頭に置いておいてください。より詳細な分析をご覧になりたい方は、こちらのスライドをどうぞ。 次世代の研究ツールは、仕事のやり方、そして学生の勉強の仕方を変え続ける…

出版物による博士号 取得のメリット

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、ジャーナルに投稿した論文を博士過程の学位論文の一部として使用するスタイルの博士号取得についてです。 この数十年の間に、さまざまな形の博士号取得の方法が試されてきました。特に理系では、出版物を博士論文の一部とする形の博士号取得が人気となっていますが、学位を授与する審査官は、そのスタイルをどのように見ているのでしょうか?学術界は非常に保守的で、このような審査方法で博士課程を経た学生の中には審査で困難にぶつかった人もいます。 本稿では、クリス・キーワース(Chris Keyworth)博士が自身の審査経験を語ってくれました。クリスは、英国マンチェスター大学のマンチェスター健康心理学センターに所属するポスドク研究員です。(訳者注:彼の主な関心は、健康意識についての研究と、医療制度の改善方法を模索することです。研究範囲は、肥満予防に焦点を当てた2つの領域、すなわち、患者や一般市民の適切なライフスタイルへの意識の向上による行動変化を通じた肥満予防、および肥満予防における医療従事者の役割についてです。 クリスのResearchGateプロフィールはこちらです。また、メールやTwitter(@DrChrisKeyworth)から連絡することも可能です。 クリスは英国出身なので、この記事は彼の「Viva」(口頭試験)での審査官との問答について書かれていますが、オーストラリアで好まれているブラインド査読を含め、他のタイプの審査にも通じるものがあると思います。クリスの審査官が呈した質問は非常に有益で、出版物による博士論文を書く際に役立つ情報ですので、共有してくれたクリスに感謝したいと思います。 以下、クリスの文章です。 論文博士号(またはペーパーに基づく博士論文)は、現代の博士課程の学生にとって、ますますトレンドとなっています。この博士号取得の方法では、学生は査読付き出版物の執筆と並行して博士論文を執筆し、卒業後にも不可欠な研究スキルを磨くことができます。優れた「ハウツー」記事はたくさんありますが、審査官は出版物による博士号取得についてどのように考えているのでしょうか? 本稿では、私自身の口頭試問の経験から得た、論文執筆と口頭試問の準備に役立つヒントをお伝えします。 はじめに まず、準備しておくことは、なぜ出版物による博士号取得という形式を選んだかだけでなく、この形式が新進研究者としての成長にどのように役立ったかについて説明する準備をしておきましょう(編集者注:Vivaなしで論文提出のみの審査の場合、この情報は序文に含めるとよいでしょう)。 この出版物を含んだ形の論文には多くの利点があり、私の口頭試問では、投稿論文を書いた経験が研究スキル向上に役立ったことについて、深く掘り下げてディスカッションしました。これは、学位論文を書くと同時に投稿論文を効率的に書けるだけでなく、キャリアの浅い研究者にとっては重要なスキルであるライティング能力を、博士課程を通じて磨くことができる方法です。研究者としてのスキルを高め、博士号取得後の研究発表内容の重複を避けることもできます。…