研究室の荒波にもまれて

AIノートアプリObsidianでアーティストになる方法

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。文章を作成するのに情報が整理されているほうが書きやすいとは分かっていても、なかなか整理できないという人は多いと思います。今回、ミューバーン教授はObsidianというノートアプリの活用法を作業例と共に紹介してくれています。文章作成の効率を向上させるために試してみてはどうでしょう。 私は今、キャサリン・ファース(Katherine Firth)とHow to fix your academic writing troubleの第2版を執筆しています。執筆プロセス、特に生成AIツールを使った思考法についての新しい章を加えようとしているところで、インスピレーションを得るために、アーティストのアトリエという場所がどのようにアーティストの仕事を支えているか考えているところです。 作品を創り出すアーティストのアトリエには、創作のためのツールや素材、作品制作に使う消耗品や完成品を保存するスペースまで、さまざまな物が詰め込まれています。ある程度のアーティストのアトリエであれば、中心に作業台があり、そこで作品が作り出されています。アーティストのアトリエとは自己表現の場で、アーティストの創造性を刺激するもので満たされているのです。ChattieG(訳者注:ミューバーン教授はChatGPTを愛着を込めてChattieG (チャッティーG)と呼んでいます)の生みの親であるOpenAI社が公開したAI駆動型画像生成ツール「DALL-E3」にアーティストのスタジオのイメージを出力させてみた結果が下の画像です。 いい感じですよね。 建築のバックグラウンドを持つ物書きである私は、物理的なアトリエを持っていませんが、今でも自分のことを一介のアーティストだと思っています。今に至る20年の間に、私のノートパソコンのハードディスクには驚くほどの量のテキストファイルが収まっています。学位論文、書籍、学術論文といったきちんと完成されたものだけでなく、中途半端なところで執筆が止まったままの草稿や忘れ去っているアイデアなどもあります。…

研究に役立つ「片付け」

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。多くの研究者が書斎や情報整理に苦労していると思います。ミューバーン教授が、ご自身の仕事に関連する書籍やコンピューター内のファイルの片付けについて話してくれました。 みなさんこんにちは。今回は研究者の生活に役立つ「片付け」について話したいと思いますが、その前にいくつかニュースをお伝えします。 2018年12月に出版した『How to Fix Your Academic Writing Trouble: A Practical Guide(仮訳:アカデミック・ライティングの問題を解決する方法)』は、5 年経った今でも好評ですが、ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM:Large…

ニューロダイバーシティに基づく博士課程学生への支援

2023年5月、Eirini Tzouma(エイリニ・ツォーマ)から、ダラム学術開発センターの大学院研究会議で、ニューロダイバーシティ(Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)を組み合わせた言葉。神経多様性とも言う)に関するパネルに参加するよう依頼されました。残念ながらその日は先約がありましたが、その後、エイリニに当日の話を聞きました。 そこで今回はエイリニに研究会の記事を書いてもらうことにしました。以下、エイリニの文章です。 私のダラム大学でのアカデミック・デベロップメント・アドバイザーとしての役割は、民族学から記録哲学まで、さまざまな学術分野における博士課程学生のサポートに重点を置いています。この仕事で、神経多様性のある博士課程の学生たちと関わり、毎年開催される博士課程の学生たちの研究会議で、学生たちが抱える課題について議論し、新たな前進のためのパネル発表をまとめるお手伝いをしています: パネルディスカッションでは、発達障害のある博士学生にとって重要な課題がいくつか挙げられました: 支援の必要性は、まず正式な診断によって判定されるべきである 神経多様性を持つ博士課程の学生の全員が、正式な診断を受けている/受けられるとは限らない 支援対象者は学生にも指導者にも存在するが、支援体制には乖離がある 博士課程の学生は、学生と指導者の中間の立場に位置することが多く、両方の立場でサポートが必要となる。博士学生としての役割では、口頭試問やその他のサポートが必要である一方、教員としての役割では、指導の計画や実施に関するサポートが必要である 指導教官や研究補助スタッフには特に個別の研修が必要である (ダラム大学の)博士学生は48週制だが、大学全体では別のカレンダーで動いているため授業が休みの時のサポートも必要性 お役所仕事のような業務を減らす必要がある 「正式な診断」という要件が、最初の、そして最大の難しい壁となります。まず理論的な話をしましょう。 ニューロダイバーシティ(神経多様性)の診断は、諸刃の剣のように感じられることが多いです。一方では、理解と支援への道を提供しますが、裏を返せば、診断によって人間の豊かな多様性を単なる「状態」に貶めてしまう危険性をはらんでいます。神経多様性/ダイバージェンスは矯正されるべき問題ではなく、人間という多様なモザイク画の重要な一部なのです。 現実的な問題も存在します。診断へのアクセスはいばらの道であり、階級や経済状況、そして性別さえも、タイムリーな支援を受けられる道を劇的に歪めてしまいます。診断までの道のりはハードルが高く、多くの人は、書類手続きを待つ間、貴重な時間が指の間からすり抜けていくのを眺めることになります。この待ち時間の間に、何をもってニューロダイバーシティやニューロダイバージェンスとするかという議論の網の目にさらに絡めとられています。例えば、強迫性障害(Obsessive-compulsive…

論文を書くためのお勧め参考図書2冊

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、教授自身が学生の時に助けられたという書籍を2冊紹介してくれています。是非、英語論文を執筆する際の参考にしてみてください。 私は2006年にメルボルン大学の博士課程に入り、2009年に修了しました。この間、学部の最優秀論文に贈られるJohn Grice Award賞を受賞し、大学では2位(残念!)を受賞するなど、上々の成績を収めました。この成功は2冊の「ハウツー本」のおかげだと思っているので、ここで紹介します。その2冊とは、David EvansとPaul Grubaによる『How to Write a Better Thesis』と、Pat KamlerとBarbara Thomsonによる『Helping…

ChatGPTは学術文章作成に使えるか

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回はあっという間に日常に入り込んだAIチャットボット「ChatGPT」についてです。文章の要約や生成もできるChatGPTのアカデミックな文章作成の実力やいかに。ミューバーン教授はかなりお気に召しているようです。 今回は、ChatGPTについて書きたいと思います。私の妹(@anitranot)は面白おかしく「ChattieG(チャッティーG)」と呼んでいるので、私もこのコラムではChattieGとしておきます。 学術界のChattieGへの反応は、学生がズルをするのに使ってモラル・パニックになるという危機感と、どうせロクな文章は書けないだろうという皮肉な過小評価との間で揺れ動いているようです。学術界での『ハンガー・ゲーム』、過酷な生き残りをかけた闘いの中でChattieGについて語る人はほとんどいないようですが、ChattieGは新しい武器となり得るものです。 正直なところ、このテクノロジーに対する学術界の反応に少々困惑しています。どうせ大したものではないとか(これは大きな間違いで、実際ChatGPTは大したものです)、書くことの「喜び」を奪ってしまう(個人的には、アカデミックな文章を書くことにそれほど喜びを感じていませんが、この点は人それぞれでしょう)と主張して、このツールを利用しない人もいます。使っている研究者も、ブログはもう時代遅れとされた昨今、ChattieGを使っていることを公に書き記す場所もないのでしょう。 私は、生成AIツールがアカデミック・ライティングのワークフローにどう取り込めるかについて、もっと一般的な議論が必要だと思っています。マンチェスター教育研究所のデジタル社会学者であるマーク・キャリガンが本を執筆していますが、それを待たずに私の意見を書いておきます。自分自分がChattieGのエキスパート・ユーザーだとは思っていませんが、今年に入ってから教室で使い方のコツを教えています。この授業は好意的に受け止められているようで、私のアイデアのいくつかを記録しておくように勧められました。そこでこのブログでは、私のお気に入りのChatGPTのプロンプトを紹介します。 倫理の話を抜きにして、ChatGPTについて語ることはできません。最初にはっきり言っておきたいのは、これから述べることの一部は、ANU公認のChatGPTの使い方ではないということです。大学のお偉いさん方は、来年発表する予定の関連原則の作成を進めています。私の理解では、この原則は職員と学生の両方に適用されます。現時点でのANU経営陣からの公式なアドバイスは、博士課程の学生は人間の校正者(エディター)に作業を依頼するのと同じことであればChattieGの機能を使うことができるというものです。 このアドバイスはすぐに変更されるかもしれませんが、それまでの間であってもかなり明確な方針であることは間違いありません。人間の校正者が論文に対してできること、できないことには具体的な制約があり、それは「Australian Standards for Editorial Practice(仮訳:オーストラリア校正実務基準)」に定められています。私が作成したプロンプトのうち、どのプロンプトがこのガイドラインに準拠しているかをお伝えします。それぞれの大学にガイダンスがあるでしょうから、不明な点は所属する大学・機関に確認してください。学術ジャーナルが独自のガイドラインを発表し始めていることもお忘れなく。 最初に、ChattieGやその他の広く利用されている言語モデルがどのような機能を備えているかを見ておきましょう。 ChatGPTは、与えられるタスクに関する情報が多ければ多いほど、より良い結果を生成することができます。AIとその応用の第一人者であるイーサン・モリック教授は彼のブログ「One…

博士号取得のための歩みを止めていませんか?

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、意識的・無意識的に論文の提出を遅らせてしまう博士課程の学生についてのコラムです。 先日、オフィスの前のバルコニーで、ANUの後期博士課程の学生2人と素敵なランチをしました。ANUのクィディッチ*チームが目の前の楕円のフィールドではしゃいでいる間、私たちは冬の終わりの日差しとブラック・マウンテン・タワーの眺めを楽しみました。アカデミアが楽園のように思える瞬間でした。広大な公園の真ん中で、興味深いことをしている頭のいい人たちに囲まれて、しかも嘲笑されることなく箒を股に挟んで走り回れるような場所で仕事ができるなんて、他にあるでしょうか。 *クィディッチ(Quidditch)はハリーポッター・シリーズで登場する箒に乗って行われる魔法界のスポーツ。 私が、ANUの美しいキャンパスは博士課程の学生であることの特典のひとつに違いないと言うと、食事を共していた学生たちも同意しました。ひとりは、博士課程をできるだけ長く引き延ばしたいと思うのは当然だとしました。終わればすぐに大人の責任が押し寄せてくるから、というのです。 こんな暮らしは、資本主義世界から遥か遠くの離れた世界である一方で、資本主義世界の多くの利点を享受することもできるものです。ですから、博士課程での研究を遅らせる人々の50%ぐらいは、この素敵なライフスタイルを享受するため、そうしているのに違いないと考えたくなります。しかし、現実にはもちろん、このような状況にあるほとんどの人は、博士号という重荷を取り除こうと必死なのです。大人になってから貧困ライン以下で生活するのは楽しくありません。研究は社会生活に食い込んできかねないですし、実際に食い込んできます。たいていの研究プロジェクトは3年ぐらいで少なくともある程度は退屈になってきます。 しかし、博士課程の学生としての生活が成り立たなくなってきていても、論文提出に後ろ向きでいる不可解な人々がいます。お金が底をつき、人間関係がぎくしゃくしているにもかかわらず「身動きが取れず」、提出に必要なステップを踏むことができない(あるいは踏み出そうとしない)のです。 そのような人に会ったことがある方もおられるでしょう。いつも、あと1章書かなければならないとか、さらなる文献レビューが必要だとかするのです。小うるさい指導教官のせいでそうなる場合もありますが、指導教官という人々の中では完璧主義者よりも絶対的な現実主義者の方が圧倒的に多いため、一般に思われるほどそうしたケースは多くはないでしょう。 不幸な一部の学生は、自分の研究が博士号の水準に達する見込みが薄いにもかかわらず、あきらめ時を認めようとしません。私の知人には、すべてが崩壊していく中で、決断を下すことを拒み、宙ぶらりんの状態で生きている人もいます。それを見ているのは辛く、苛立たしいのですが、黙って彼ら自身に解決を任せるのが最善だということを、私は身を持って学びました。彼らを批判したり、彼らが従えない(あるいは従いたくない)アドバイスをしたりしても、何の解決にもならないのです。 さっさと提出するか辞めてしまうのが合理的で理にかなった行動という状況で、しつこく続けようとする人がいるのはなぜでしょう。理由は複雑ですが、厄介なアイデンティティの問題が絡んでいるケースもあると思います。意識的あるいは潜在意識的レベルで、「博士課程の学生」という肩書がなければ自分はどうなってしまうのだろう、と心配するのです。そのアイデンティティを手放すという決断は、特にそれに代わるものがすぐに見つからない場合、深刻なアイデンティティ喪失の危機をもたらす可能性があるのです。惰性で残っている学生を責めるのは早計です。 今は亡き偉大なアリソン・リー教授(Alison Lee)は、この分野において、自身の最高の研究成果を成し遂げ、研究教育についての研究者たちが、博士課程のコミュニティにおけるアイデンティティとアイデンティティ・ワークの役割に目を向けるきっかけを作りました。私の友人であるメアリー=ヘレン・ウォード博士(Dr. Mary-Helen Ward)は、博士課程学生の教育についての論文を書いており、この分野の包括的な文献レビューが含まれているので、興味のある方は参照してください。仕事に取りつかれた私たち西洋社会においては、アイデンティティの意識は仕事と密接に結びついているため、こうしたアイデンティティの問題は私たちの多くにとって非常に現実的で、悩みの種となっているのです。…

起きなかったツイッターの死についての一考察

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、学術界におけるツイッター/Xの今後について、歴史学を専門とするゼブ・ラーソン(Zeb Larson)が書いた記事を紹介します。 数ヶ月前、私はコーリー・ドクトロウ(Cory Doctorow)が世に送り出したアイデアをもじって、「学術ソーシャルメディアの『クソ化』」という記事を書きました。 この投稿はちょっとしたバイラルヒットとなり、ABCラジオでジェラルディン・ドゥーグ(Geraldine Dougue)のインタビューを受けたり、ザ・オーストラリアン紙に記事が掲載されたりしました。記事の方は有料なので(”メディア王”ルパート・マードックへの支払いなどしない私は)まだ読めていません。 7月にあの投稿をして以来、私はツイッターのアカウントを正式に閉鎖し、Mastodon、BlueSky、Threads(3つともハンドル名は@thesiswhisperer)にソーシャルメディアの時間を割いています。前回の記事の続きを投稿してほしいと言われ続けていますが、「アドバイス」がどのようなものであるべきか、まだ考え中です。 実は、私はしばらく前からゲストによる記事の定期的な掲載を止めていますが、ゼブ・ラーソン(Zeb Larson)がツイッターでブログ記事の投稿を申し出てくれたとき、私は「お願いします」と答えました。私はゼブに直接会ったことはありませんが、彼の投稿をいくつかのプラットフォームで楽しく読んでおり、彼が現在の状況、特に多くの人々がまだツイッターに固執していることについて興味深い見解を持っているとかねてから思っていたのです。 ゼブ・ラーソンはオハイオ州立大学で、米国における反アパルトヘイト運動を研究し、2019年に歴史学の博士号を取得しました。2016年にフリーランスのカリキュラム開発者として(彼の指導教官たちには内緒にしてください)、2020年にフリーランスのライターとして働き始めました。 先行きの読めない学術界や学術界に代わるマーケットのプレッシャーに疲れ、2020年にソフトウェア・エンジニアとなり、フリーランスの副業を続けています。ゼブの仕事についての詳細はこちら、またはLinkedinでフォローしてください。 (以下はゼブ・ラーソンによる記事です) この記事を書くのは簡単ではありませんでした。ツイッターの崩壊は、ここ数週間でスローモーションから早送りになったように感じられます。昨年(2022年)11月や12月の時点で、ツイッターの死は非常に簡単に予想できましたが、もちろんそれは実際には起きませんでした。私は2022年の11月に素早く見切りをつけてアカウントを削除しましたが、はっきり言うと、私がそうできたのは、いくつかのツイッターコミュニティときれいに決別する準備が十分に整っていたからです。…

論文が審査員に却下されたとき、どうしますか?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、審査員に論文を却下された学生からの助けを求めるメッセージを受信されたようです。さて、ミューバーン教授からこの学生に向けた返信メッセージはどのようなものだったのでしょうか。 『Thesis Whisperer』というブログを書いているので、学生から論文執筆に関連する個人的な助けを求めるメールが来ても驚きませんが、動揺したり、困惑したり、あるいはただ単に腹を立てているといったメールをくれる学生が多いことには驚かされます。 そのほとんどは、指導教官に対する不満です。 こうした不満のメールをもらう頻度ははっきりとは言えませんが、平均すると1週間に4通ぐらいでしょうか。それも、私が所属する組織からだけでなく、世界中から届くのです。男女比で言うと、男性からのメッセージの方が女性からのものより多いと思います。それは、私のフェイスブックやスレッドから察するに、女性の方が人前で自分の弱さを認めやすいからではないかと思います。 そうした不満のメールを読むと、私は学生に共感して、自分の事ではないのに苛立ちを感じてしまいます。私は有能で優秀な指導教官をたくさん知っていますが、経験の浅い指導教官や、人との接し方に問題があることに気づいていない指導教官も知っています。役に立たない指導が習慣化している人の話を聞いたこともあります。そのような指導教官は(めったにいませんよ)、自分の行動を変えることができないか、もしくは変えようという気がないのです。 最近、パット・トムソン(Pat Thomson)が指摘していましたが、人を指導監督することは簡単ではありません。私は、すべての指導教官が大学の提供する能力開発活動に参加すべきだと考えていますが、なかなか浸透するには至っていません。大学内に能力開発のようなサービスがあることを知らない人もいれば、もっと悪いことに、能力開発は役に立たないと思い込んでいる人もいます。一概に否定はできませんが、退屈な「能力開発」ワークショップで、すでに知っているようなことを延々と聞かされ、まるで自分がバカであるかのように扱われた経験がある人もいるでしょう。私の経験では、それほどひどいワークショップはあまり見かけませんが、一度でも経験したら二度と参加したくないと思ってしまうでしょう。 問題のある指導教官の中には、長い間、自分たちのやり方でいいと思っていて、それに従わない学生は足手まといだから辞めればいいと思っている人間がいるのではないかと疑いたくなります。もちろん、そのような指導教官は間違っています。博士課程に入れたのなら、博士課程を卒業できるはずです。 話がそれてしまったので、メールに戻しましょう。   私はメールに書かれてくる内容に腹を立てているのではありません。博士課程での経験に対するユニークで貴重な洞察であり、私の糧となっています。送られてきたメールに対し、配慮のある、思慮深い返事をしようと最善を尽くしているのですが、時間がかかるのです。今回取り上げたような助けを求めるメールに、きちんと返信する時間が取れるまで、受信トレイの底に眠らせてしまうことが多々あり、メールをくれた当事者にとっては返事が遅くなって問題の状況が長引けば長引くほど、その人が時間と労力を費やすこと、そしてどれほど苦しんでいるかということに罪悪感を持つことになります。その挙句に、キャサリン・ファース(Katherine Firth)が言うところの「電子メール内の羞恥的散策(the…

アカデミックなゴシップは学術界を生き抜く処世術?<後編>

オーストラリア国立大学(のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。ミューバーン教授が、学術界でのゴシップについて考察した記事を2回に分けてお届け。ゴシップの社会的・集団的意義や学術界におけるゴシップについて解説した前編に続き、後編では、非定型発達の人々にとってのゴシップや様々なタイプの語りとゴシップについて考察します。 自閉症の人は、ゴシップを聞くのもゴシップに加わるのも苦手だと言われます。そうした見解に道徳的に反対する人もいれば、そんな見解は誤解を招く、あるいは時間の無駄だと思う人もいます。ニューロダイバーシティ(脳機能の多様な特性、いわゆる「発達障害」といわれる特性)とゴシップに関する具体的な研究は見当たりません(redditのスレッドには興味深いグループディスカッションがありますが)。これは研究の余地のある文献ギャップと言えそうですが、職場における自閉症についての議論では、(自閉スペクトラム症の人の)ゴシップへの関心の欠如がしばしば言及されます。 ゴシップを通じて密かに行われる権力闘争は無意味でエネルギーの無駄に思える、という話を自閉スペクトラム症の人たちから耳にします。彼らは間違ってはいませんし、一方で、定型脳タイプの人たちのゴシップ体質も変わるいことはないと思います。少なくともロビン・ダンバー(Robin Dunbar)は『Grooming, Gossip and the Evolution of Language(グルーミング、ゴシップ、言語の進化)』の中でそのように論じています。多様な神経特性を持つ人々は、ゴシップの負の効果に対処する方法を見つけ続けなければならないでしょう。(自閉症者の視点から見た定型発達脳のゴシップ行動については、「Re-presenting Autism: The Construction…

アカデミックなゴシップは学術界を生き抜く処世術?<前編>

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。ミューバーン教授が、学術界におけるゴシップについて考察した記事を、2回に分けてお届けします。前編は、ゴシップの社会的・集団的意義や学術界におけるゴシップについてです。 大学コミュニティーが絶対的に、完全に、悲劇的にゴシップ中毒であるということは、ほとんど知られていない真実です。 先週、ANUの新しい副学長が発表されたとき、私はこの真実を思い知らされました。多くの称賛と尊敬を集めるブライアン・シュミット氏に別れを告げ、多くの称賛と尊敬を集めるジュヌヴィエーヴ・ベル氏を迎えるのです。私が話をした誰もが、このリーダーシップの交代を喜んでいるようでした。「私が話をした誰もが」と書きましたが、その話題で持ち切りだった先週、私が話をしたのは、学内のほぼ全員だったように思います。 ゴシップがこれほど熱くなったのは......前回副学長が後退したとき以来です。 重要なリーダーシップの交代は、ゴシップの恰好のネタです。通常時は背景音のようなゴシップが突然爆発し、激しく動き始めるのです。私の電話やTeamsのメッセージ・チャンネルは、一大ニュースについて話したがる人々で溢れかえりました。皆が皆の考えを知りたがっていました。おそらく、自分がどう考えるべきかを知るためでしょう。 ゴシップが大好きな私にとっては、とても楽しい一週間でした。 ほとんどの人と同じように、私はゴシップを聞くのは好きなのですが、私自身が噂話をすることは認めたくありません。ゴシップを聞くことのスリルのひとつは、それが規範から逸脱した行動のように思えるからです。私は博士課程で2週間、噂に関する本を読みあさり(よくある楽しい横道に逸れて深みにはまる時期)、それによって私の見方は変わりました。社会による噂の使われ方について学んで以来、私はゴシップが大学内でどう機能しているかに夢中になっています。 というわけで、この副学長の異動を口実に、アカデミックなゴシップについての記事を書きたいと思います。ずっと書きたいと思っていた話題ですが、ゴシップというのは少し下品な感じがするため、躊躇していたのです。ゴシップが好きで自分もゴシップに加担していることを大声で認めるのって、エレベーターでオナラをするようなものです。長く気まずい沈黙をもたらします。 ゴシップは常に悪だという考え方は、偶然の産物ではありません。西洋文化において、女性とゴシップが結び付けられてきたからです。中世のイギリスでは、ゴシップ(Gossip)とは出産の際に助産婦を手伝う人のことを指していました。そのゴシップ役の人は、新生児の誕生を村に伝える役割を担っていて、出産がどのように行われたかも話していたようです......そのため、他人のあれこれについて話すという意味の語源となり、定着したのです。ゴシップの否定は、文化的背景に根差した女性に対する深い不信を物語っています。特に女性が男性の目に触れないところでしていることへの不信感を現しているのです(これについての素晴らしい議論は、サム・ジョージ=アレンSam George-Allenによる『Witches: what women do…