査読の世界

「最初の論文投稿から受理されるまでの時間」―ジャーナル新指標の提案

研究成果を論文として出版することは、学術研究にとって必要不可欠な要素です。長い間、研究者たちは研究成果を発表・共有することで、人類の知識を蓄積してきました。 論文出版のスピードを阻む障壁 しかし、学術出版プロセスは、ほとんどの研究者にとって、原稿を書き上げたからといって終わりではありません。研究論文をどの学術雑誌(ジャーナル)に投稿するかの選択は大変重要です。そして投稿された論文は、出版に値するかを判断するために査読にかけられるわけですが、この査読は学術出版プロセスにおいて最も重要な要素であるとともに、最も時間を要するものでもあります。 論文を投稿する研究者らは、ジャーナルの査読プロセスの長さを、迅速な出版を阻む大きな障壁として指摘しています。従来のジャーナルの評価指標でも、原稿が投稿されてから最初の判定が出るまでの平均時間や、受理(アクセプト)から出版までの平均時間などで出版効率が測定されてきましたが、それでも本当のタイムラインは捉えきれていません。 現在の出版システムは、何世紀もの間、かなりうまく機能してきましたが、投稿論文の量が指数関数的に増加するにつれて、著者が論文を投稿してから受理されるまでに要する時間が長期化するようになりました。これは、査読者の都合(査読者手配の難しさや査読を引き受けられる能力の問題も含む)や、査読者からのフィードバックに基づく修正の必要度など、さまざまな要因によるものです。時には、査読需要の増加によるジャーナルの管理上の問題が査読プロセスの開始の遅れにつながることもあります。この10年程度の間に、こうした状況および数々の問題への不満の要因が知られるようになり、重点的に研究が進められてきました。 「ジャーナルの3分の1が、査読に進まず編集者の判断で投稿後すぐにリジェクト(デスクリジェクト)するまでに2週間以上、6分の1が4週間以上を要している。このことは、査読者が査読に要する時間以外に、非効率的な編集プロセスも重大な原因となっていることを示唆している。所要時間が短く、論文がアクセプト(受理)された査読プロセスの方が、著者から高く評価されることは想像に難くない。」 Huisman & Smits (2017). Duration and quality of the…

査読者になるために編集者に売り込む8つの方法

査読者になることは、簡単ではありません。学術界でのキャリアアップにつなげようと、査読者の役割を担う機会をつかもうとしている新人研究者や若手研究者もいることでしょう。査読者になるには、モチベーションと意志と戦術が必要です。学術雑誌(ジャーナル)の編集者たちに手当たり次第にメールを送ることは良策とは言えません。もっと効果的な方法を考えてみましょう。 査読を担うことで得られるものとは? 学術論文の査読は、研究者にしかできません。研究者は、査読を引き受けることによって最先端の研究を知ることができ、他者の論文の評価を行うことで自らの執筆スキルの向上にも役立てられます。査読を行うことで、論文に関する批判的思考が育成されます。一般的によく見られる誤りをかなり容易に見つけられるようになるだけでなく、査読の経験を反映させて改善することができるので、自らの論文や発表の価値を高めることができます。これらのことが、自らの論文を出版できる機会を増やすことにもつながるでしょう。査読者一覧を公開しているジャーナルに名前が掲載されたり、査読者表彰/査読者証明書(reviewer certificate)を受賞したりすることによって研究者としての認知度を高めることもできます。査読を研究者としての業績と認める動きも出てきています。さらに、査読委員になることで、自分の研究分野の研究者たちと新しい人間関係を構築でき、今後の共同研究につなげることもできます。 どのようにジャーナル編集者にアプローチするか 定評のあるジャーナルに質の高い論文を掲載する 研究者としての認知度を高める最善の方法は、高評価なジャーナルに論文を掲載することです。学術誌の編集者たちは、よい論文を多数書いている研究者を探しています。同じ分野で仕事をしている研究者たちも、自身の論文の査読者候補としてあなたを推薦してくれるかもしれません。論文には、適切かつ分野に特有のキーワードを盛り込みましょう。ジャーナルの編集者がデータベースから査読を依頼できる研究者を探す際に、あなたの論文を見つけやすくすることは重要です。 ジャーナル編集者に直接連絡する ジャーナルの編集者に向けて、査読者となることに関心があることを直接伝えるメールを送ることもアピールになります。自分の専門分野に言及し、編集者が目を通せるよういくつかの業績を書き出しておくとよいでしょう。より印象づけるために、出版履歴を共有することもできます。 ジャーナル編集者と連絡を取り続ける 編集長(Editor-in-Chief)よりも、編集者 (Associate Editor) に連絡するようにしましょう。査読者を選ぶ一次審査に携わっている可能性が高いのは、編集者のほうだからです。査読経験(査読者として初心者なのか、すでに経験を積んでいるのか)、専門性、共通の関心事について率直に伝えましょう。新人研究者や若手研究者の場合、前述のことに加えて、査読者としての経験を積みたいという熱意を強調しましょう。さらに、ジャーナル編集者は提出期限順守を重要視しているので、期日をきちんと守ることも書き添えておきましょう。あなたの技能が編集者の求めるものと一致しない場合、すぐに返事が来ないかもしれませんが、3~4ヶ月に1度程度はあなたが査読を引き受ける準備があることを編集者に伝えるとよいでしょう。 研究者のネットワークに参加する…

査読コメントへの効果的な返答レター(Response Letter)の書き方

※この記事は「拝啓 査読者様 ~査読コメントへの返事の書き方~」というタイトルで2015年6月16日に公開した記事ですが、リライトにあたり情報を追記、修正して2021年5月19日に再度公開しました。 ※reviseの正しい英語発音は「リバイズ」ですが、本記事では日本語に浸透している「リバイス」の表記を使用しています。 「よい論文の書き方」を解説する本やウェブサイトは数多くありますが、査読コメントに対するよい返答方法を説明しているものはなかなか見当たりません。しかし、論文がアクセプトされたにせよリジェクトされたにせよ、編集委員または査読者からのコメントを受け取ったときには、研究者としてきちんと返事を書きたいものです。査読者コメントを別のジャーナルに再投稿する際にどの程度反映させるか、つまり、どこまで修正(リバイス)するかは悩ましいところですが、編集者や査読者のコメントに返事を書くのは、自分の論文を見直すチャンスとなります。 査読で、修正すれば採択するとなった場合、論文著者は査読者からのコメントにもとづいて論文を修正し、コメントへの返答を添えて再投稿することになります。査読者への返答はResponse letterあるいはRebuttal letterと呼ばれ、査読者や編集者のコメントそれぞれに明快かつ簡潔な返答を書き記す必要があります。ここでは、査読コメントへの効果的な返答レターの書き方について大切なキーポイントを3つ挙げてみたいと思います。 1. 査読者からのどんなコメントも批判・批評としてとらえず、査読者の懸念・関心事としてとらえる 自分の論文がリジェクトされたときだけでなく、ちょっとしたコメントでも、査読者の書き方次第では、かなり傷つくこともあります。そんなときにはグッと我慢が必要です!どんないわれ方をしても、どんな理不尽と思われる反論でも、出版前だからこそ、こちらのいい分がちゃんと伝わるように論文をリバイスする好機と捉えることが必要です。 査読者のコメントは、批判や批評として身構えて考えるのではなく、査読者の懸念であり、より関心を持っている事柄なのだと受け止め、自分の論文がそれらに応えられるよう、説明を書き加えたり証拠を追加したりしながら論文をリバイスできないかどうか、落ち着いて考えましょう。返答レター(Response letter)を書くときも、相手の「懸念」に感謝し、自分がそれにどのように対応するつもりか、ていねいに説明しましょう。 2. コメントすべてに一括で返事をする 返答レター(Response letter)では、すべてのコメントに対して一括して返答しましょう。とくに大きな変更を求められていない場合には、「いただいたコメントに沿って論文をリバイスし、できるだけ早急に改訂版を送らせていただきます」といった内容の一文でかまいません。また、変更が多い場合は、必要であれば一覧表をつくって、最初の欄に査読者のコメントを、次の欄に自分の返事を書いても構いません。「これだけ先に確認したい!」と思うようなことが出てくるかもしれませんが、査読者の負担を軽減するのも気遣いの1つです。自分の便宜のために、出版社・査読者へ複数のメールを送るようなことは避けましょう。…

ジャーナル査読者になるチャンスは誰にでも平等か

学術雑誌(ジャーナル)の査読(ピアレビュー)は学術出版の要です。査読とは、投稿された論文を同分野の専門家が評価・検証を行うことで、この査読を通過できた論文のみがジャーナルに掲載されることになります。 よって、誰もが査読者になれるわけではなく、ジャーナルの編集者によって選出・依頼されます。一般的には投稿論文のテーマに沿った関連分野で活躍している研究者が選ばれるわけですが、査読を引き受けたら、投稿論文を読んで品質を確認し、必要な場合にはアドバイスを提供しなければなりません。査読者が担う作業としては以下が挙げられますが、査読者の役割や選出の方法を公開している出版社もあるので、それらも参考になります。 投稿論文に書かれた研究が、学術ジャーナルで発表するにふさわしい内容であることを確認する。 既存の研究で参照すべき重要なものがある場合には、論文著者に対して助言を行う。 論文に書かれた方法および統計手法をチェックし、必要に応じて表現の訂正などを求める。 論文の結論が研究の結果に裏付けられたものであることを確認する。 理論的には、これらの実務をこなせる研究者であれば誰でも査読者になれることになります。しかし、現実的に査読を担うには、さらなる能力が求められます。 Publonsによる査読に関する調査報告書 学術ジャーナルで出版されるほとんどの論文が英語で書かれていることから、アメリカにいる研究者が査読者になることが多いのでは、と思われがちです。Publonsが公開している査読に関する調査報告書「2018 Global State of peer review report」によれば、アメリカにいる研究者が査読を担った割合はすべての査読の32.9%でした。驚くのは、この割合はアメリカの研究者による論文出版の割合25.4%を上回っていることです。査読には多くの国の研究者が関わっており、このPublonsの調査報告書には、アメリカ・ドイツ・イタリア・スペイン・フランス・オランダ・スウェーデン・カナダ・英国・日本といった先進国と、中国・ブラジル・トルコ・インド・イラン・韓国・マレーシア・ポーランドといった新興国の研究者の査読関与の比較も示されています。中国の研究者が査読を担った割合を見ると8.8%ですが、論文出版の割合は13.8%でした。割合ではアメリカを下回っていますが、中国の論文発表数はアメリカに引けをとりません。しかし、査読への関与度合の差は大きく、中国の研究者が積極的に査読に関わっていないことが見て取れます。一方、調査では、中国人著者は査読者として招待されればその任務を受ける確率が高いことも示されていました。これらの比較から、先進国の研究者が査読に関与する割合は高く、対して査読への関与が低い新興国では出版の割合が高くなる傾向があることが見えてきます。…

投稿原稿がリジェクトされる一般的な理由

研究者は、自らの研究成果を少しでもインパクトの高い学術雑誌(ジャーナル)に投稿しようと日々研鑽を重ねています。しかし、論文出版には困難が伴い、せっかく投稿した論文が却下(リジェクト)されることも少なくありません。多くの研究者がキャリアの中で一度はリジェクトを経験し、失敗から学んだ経験を次の論文投稿に生かしていることでしょう。今回は、一般的にリジェクトにされる12の理由と注意すべき点について考えてみます。 1. 内容とタイトルのミスマッチ タイトルは論文内容にあったものにします。タイトルで論文の内容を適切に示せていないと読者の興味を引けないだけでなく、論文の検索にも影響します。また、ジャーナルの投稿規程に反したタイトルがついている場合はリジェクトの対象となります。 2. 要約が要約になっていない(アブストラクトの不備) 要約(アブストラクト)はそれだけ読んでも論文の内容を把握できるように書かれているべきであり、論文の内容を正確に反映させるものです。読者の誤解を招く恐れのある記述であってはなりません。 3. 序論が本文とあっていない(イントロダクションの不備) 論文の頭である序論(イントロダクション)が、論文全体の内容がわかるように書かれていないと、本文を読み進む気力を削ぐことになってしまいます。イントロダクションには、研究における論点、仮定、研究の目的が示されていなければなりません。 4. 不適切な方法(メソッド)の記載 適切な引用説明もなく以前書いた他の論文から方法をコピーするのは自己盗用に該当します。実際の実験で利用した方法を正確に記載しましょう。また、データの収集方法や、解析方法が不適切と判断された場合もリジェクトの対象となります。そして、研究が再現できるかどうかを確認しておくことが大切です。 5. 記載もれ…

査読レポートの公表は査読に影響するか?

研究者が実績を積み、経歴を高めていくために、論文の発表は必須です。しかし、論文を発表するには、査読プロセスで採択されなければなりません。査読の結果、学術雑誌(ジャーナル)の編集部がどのように掲載論文を選定しているのか疑問を感じている研究者が多かったことから、一部のジャーナルは査読の結果を「査読レポート」として公表することで応えています。 査読レポートは、査読の依頼を受けた研究者が、専門家の立場から投稿論文に対する意見や所見を示すもので、編集部が該当論文を出版するかどうかの判定を左右します。編集部が査読レポートを著者に送り、必要な修正を求めることもありますが、通常は非公開とされてきた査読レポートをプロセスの透明性向上のために公表することは、査読者の推薦判断に影響を及ぼすのではないかという新たな疑問が生じています。 今回は、査読レポートの公開に関する調査研究の結果を紹介します。 査読レポートの公表に関する調査研究 エルゼビアが発行する5誌を対象に、2010年から2017年にかけて査読レポートの公表が査読者の対応に影響するかを調査した結果がNature Communicationsに掲載されました。この調査にあたったのは、スウェーデンのリンネ大学、スペインのバレンシア大学、イタリアのミラノ大学、オランダのエルゼビア社の研究者のチームです。調査は次の4項目への査読レポートの影響に重点が置かれました。 1. 査読者が査読を引き受けるか否かの傾向 2. 論文を査読した結果の推薦判断 3. 査読に要する期間 4. 査読レポートの論調 この調査では、偏り(バイアス)を極力抑えるため、以下に配慮しています。…

建設的な査読者になるためのポイント5選

査読は論文と学術雑誌(ジャーナル)の質を保証するためのきわめて重要なプロセスです。査読の目的は、著者に対して論文の採択可否とその根拠をコメント・論評の形式で提供することにあります。慎重に考察し、明解で建設的、かつ親しみやすいフィードバックができると、著者の研究の質を高め、独自性を保証する手助けになり、何よりも著者のキャリアアップにもつながります。ここでは、著者にとって有益なフィードバックをするためのポイントを5つご紹介します。 1. 丁寧に伝える まず、査読を行う上での大前提として、著者には論文を意欲的に執筆してもらう必要があります。研究者は、自分の書いた論文に対する有益なフィードバックと適正な評価を望んでいます。よって、査読者からのコメントは、前向きで、研究者が意欲的に論文を修正し、研究を推進させるために役立つものであるべきです。まずその原稿の良い点を見つけ、その後に不十分な点を丁寧に指摘するのがよいでしょう。研究者がフィードバックを読むことで、修正するために必要なステップがわかる書き方が望まれます。 2. 具体的なアドバイスを行う 次に、研究者へのフィードバックは具体的であるべきです。コメントには、根拠や具体例、改善のための提案を含めるようにしてください。査読には、専門家としての明解な分析が求められます。論文をじっくりと読みこみ、研究成果の強み、重要性、論文の簡潔さ、一貫性を検証してください。そして、検証の結果、必要と判断した改善点を一覧化し、具体的なアドバイスに落とし込んでください。 3. 推測で行動しない 査読依頼を受けたら、プロフェッショナルとして、研究者に論文を改善してもらうための建設的な論評を行うことが求められます。初めて査読を行う若手の研究者の場合、自分の指導者や抄読会の仲間、オンラインのガイドラインから査読の審査方法を学ぼうとするケースが見られます。それらが悪いということではありませんが、まずは査読依頼状をしっかり読み、納期と指示を細部まで確認するようにしてください。これから査読を行う研究者に向けたガイドラインも入手可能ですので、それらを参照するのもよいでしょう。 査読のプロセスは、論文を精読することと適切なコメントを書くことに分けられます。両方が終わったら対象の学術雑誌などが提供している査読チェックリスト(PLOS Peer Review Checklistなど)を参照し、求められている一般的な基準を満たしているかを確認します。 4.…

著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。 学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。 これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。 2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。 彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。…

査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。 また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。 査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。 ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。 それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。 査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。 デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。 会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。 しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。 一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。 また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。 査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。 しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。…

学術界にはびこるジェンダーバイアス

残念なことに、学術界には今も性差別(ジェンダーバイアス)が存在し、女性研究者の活躍に影響をおよぼしているというのは周知の事実です。学術ジャーナルで発表する論文数の比較では、女性研究者の論文数は、男性研究者の数よりかなり少ない状況です。研究職に就くにも、女性は男性に比べてハードルが高く、報酬も少なく、職を得た後も研究に従事するより管理業務を任される傾向にあるといわれています。 多様性が求められているはずの学術界でジェンダーバイアスが存在し、女性が過小評価されているとは、どういうことなのでしょうか。 ■ 査読にジェンダーバイアスは存在するか 通常、投稿された研究論文は、学術誌に掲載される前に、その分野の権威ある研究者により評価・検証される「査読」というプロセスを経てから出版に至ります。2017年、この査読におけるジェンダーバイアスの存在を突き止めるため、アメリカ地球物理学連合(AGU: American Geophysical Union)が調査を行いました。AGUは、学術ジャーナル20誌を刊行し、年間6000本の論文を掲載している団体です。この調査では、2012年から2015年にAGUが出版した学術ジャーナルの著者と査読者のデータから、著者と査読者の性別と年齢の分析が行われました。 AGU会員のうち、女性は平均28%(対象期間中)。かつて学術界に足を踏み入れる女性が少なかったことから、年齢層が上がると女性の割合が少なくなっていきます。投稿された論文の筆頭著者のうち女性は26%で、女性筆頭著者一人当たりの発表論文数は男性よりも少ない一方、女性筆頭著者の論文は、男性筆頭著者の論文に比べ、採用(アクセプト)された率が高いことがわかりました(男女比61%:57%)。対象論文をアクセプトするかの判断については、編集者および査読者の性別による影響は見られませんでした。 さらに、AGUは査読者の割合にも言及しています。同対象期間に論文の査読に参加したすべての査読者のうち、女性の割合は20%。これは、女性筆頭著者(27%)および出版共著者(23%)の割合、AGU会員に占める女性の割合(28%)に比べても低い数字です。 査読プロセスにおいて、女性筆頭著者は女性の査読者を推薦することが多く、同様に、女性編集者も女性の査読者を推薦することが多いことがわかっています。しかし、査読者に推薦されても、女性は査読者になりたがらない傾向があると数字に表れています。約22%の女性が査読者への誘いを断っており、男性の17%を超えているのです。多忙な研究者が査読への誘いを断ることはよくありますが、女性の場合、職場で管理業務を担っていることが多いことや、家庭での家事負担が重いことも一因と考えられます。 ■ ジェンダーバイアスは思い込みに起因するのか 女性の過小評価は、男性は論理性、女性は関係性を重視するという文化的価値観に影響されているのかもしれません。男女の大学研究者に研究室長を選ばせてみたところ、男女どちらのグループも男性を選びました。そして、男性候補者が役職についた場合、女性に比べて高い給料とより大人数の管理を任される機会を与えられる可能性が高いのです。 男性研究者のほうが能力に勝るという思い込みは、女性のキャリア構築を困難なものにします。男性と同レベルの資質を有していても、女性が採用されたり昇進したり、そもそも男性研究者と同じ仕事を得るためには、彼らより多くの成果を出さなければならないということなのです。 ■ 女性研究者を苦しめる難題 ジェンダーバイアスは補助金を得るときにも影響します。アメリカ国立衛生研究所(NIH)が提供する R01グラントという研究助成金を見ても、女性研究者がこの助成金を獲得する割合は非常に少ない状況です。査読者の女性研究者に対する評価が、男性研究者に対するそれよりよいにもかかわらず、女性研究者は科学分野で大きな成果を出すことができないという先入観で見られているのか、獲得できる助成金は少ない。一方、男性研究者への評価は厳しいながら、獲得できる助成金は多い。査読者は、無意識のうちに、申込者を男女で区別して判断しているのかもしれません。…