論文を出版する

オンライン査読システムが査読を変える?

ドイツのシュツットガルトに本社を置く医学・薬学・化学関連学術出版社のThieme社。彼らは化学誌Synlettの中で、査読のプロセスを早め、公平性を向上させるための「新しい査読システム」の試験運用で、好結果が得られたことを公表しました。Synlettの編集長Benjamin List氏(マックス・プランク石炭研究所)と彼の研究生Denis Höflerは、この新しい方法を「インテリジェント・クラウド」査読システムと名付けています。研究論文の査読をオンライン上で行えるようにするという試みが始まっているのです。 ■ 査読を速く、より信頼できるものに 2016年にSynlettが行った新システムの試験運用では、編集委員会からの推薦と自主的に参加する研究者から100人のレビュアーが選ばれ、全員が数日間で、提出された論文にオンライン上でコメントしたり、他のレビュアーのコメントに返答したりして議論を行いました。すべてのコメントは匿名で記されるため、レビュアーによるバイアスのない率直な意見や必要な批評が提出されることにより、編集者がより速く、より公正な判断を下すことができるようになったとのことです。 List氏は従来の査読システムについて、一つの論文あたりの査読者の数が2・3人に限定され、かつ時間がかかるという問題点を指摘しています。これらへの不満が、今回の新しいシステムのアイデアを生み出すことになりました。多数の査読者がオンライン上で短期間に論文にアクセスし、匿名でコメントすることで、査読をスピーディーかつ、より信頼性の高いものにすることが期待されています。 ■ 今の査読システムは限界? そもそも従来の査読には複数のタイプがあり、学術誌によって採用しているシステムが異なります。まず大きく分けて、主として学術誌の編集者が投稿論文の査読を行うエディトリアルレビューと、選ばれたレビュアーが査読を行うピアレビューがあります。さらにピアレビューには、論文著者に査読者が誰かを知らされないブラインドレビュー(盲査読)、査読者にも著者が誰だか知らされない、つまり著者と査読者の双方がお互い誰だかわからないダブルブラインドレビュー(二重盲査読)、著者と査読者の双方がお互いの名前をわかっているオープンレビューの3つがあります。いずれの場合も、増加し続ける投稿論文数への対応や、査読におけるバイアス問題、査読者の不足、詐称査読、研究不正への対応などの問題を抱え、査読システム自体が限界を迎えているとの意見すら出てきています。 学術論文の出版後に研究仲間がオンライン上で論文の内容を査読する「出版後査読」という方法もありますが、この場合は論文が公開されているので、どんな読者でも匿名でコメントを発せるため、批判的あるいは不適切なコメントを除外することはできません。その点、インテリジェント・クラウド査読システムは公開前に行われるレビューであり、かつ編集者がレビュアーを把握しているため、無意味なコメントをあらかじめ除外できるというメリットがあります。 ■ どうなる査読の未来 今回の試験運用では10本の論文を取り上げ、そのうち9本が実際に出版されました。Synlettの編集チームは試験運用の結果を前向きに捉えており、レビュアーも著者も、その結果に満足しているそうです。今後、Synlettは取り扱うすべての論文に新しいクラウド査読システムを取り入れるだけでなく、助成金申請のように査読が必要な他のプロセスにも取り入れていくことを考えています。 List氏は、クラウド査読システムが機能することは明白になったので、今後も実験を重ねて高機能な オンライン査読システム を維持・管理すると共に、目新しさが薄れた後もどうやって査読者を確保し続けるかといった課題にも対処していく、と述べています。 この査読システムが果たして、実際に査読者の負担を軽減し、査読の質を保証できるのか。学術出版会に一石を投じることとなるでしょう。…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)

前編では、カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらが捕食ジャーナルに掲載された論文の「責任著者(corresponding author)」の所属国を調査した結果、最も多かったのがインド、次がアメリカであったことなどをお伝えしました。後編では、論文著者たちの捕食ジャーナルに対する認識と、捕食ジャーナルの特徴について見てみましょう。 モーハーらは、捕食ジャーナルで論文を発表した著者たちが所属する研究機関の責任者16人を選んで問い合わせのメールを送りました。「著者たちに警告した」、「対策を検討している」などと返信してきた研究機関もあれば、返信がなかったところやメールが戻ってきてしまって届かなかったところもありました。 また、彼らは著者87人にも直接メールを送ったところ、18人から回答を得られました。そのうち2人は、投稿するジャーナルが捕食ジャーナルである可能性を認識していたと答えました。4人はビールズ・リストの存在を知っていました。そして、3人が捕食ジャーナルでの採択以前に、ほかのジャーナルに原稿を投稿したことがあると答え、7人が、どのジャーナルに投稿するかについて何らかのガイダンスを受けたことがあると答えています。自分たちの研究が引用されたことがあると答えた著者も7人いました。 モーハーらは、捕食ジャーナルに論文を掲載することは「非倫理的である」と主張し、それらの問題点を「貧弱な査読と貧弱なアクセス」とまとめています。本連載でも伝えたように、適当に言葉を並べただけの無意味な原稿を投稿しても、捕食ジャーナルの編集部はそれを論文として採択してしまうことが広く知られています。また、そうした論文はパブメド(PubMed)などの論文データベースに収載されないことがあるので、見つけにくいことも指摘されています。 彼らは、捕食ジャーナルを通常のジャーナルと区別することは難しい、と指摘します。しかし一方で、彼らは以前に『BMCメディスン(BMC Medicine)』に投稿した論文で捕食ジャーナルの特徴を分析し、以下の13点にまとめたことがあります(彼らの箇条書きに筆者が加筆)。 1. その対象範囲には、生物医学的なトピックと並んで非生物医学的なテーマが含まれる。 2. そのウェブサイトにはスペルや文法のエラーがある。 3. 画像が歪んでいたり、ぼやけていたりする。未許可のものである可能性もある。 4. そのホームページは読者ではなく著者らをターゲットにした言語で書かれている。…

「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(前編)

本連載では、どんなにひどい原稿でも、掲載料さえ払えば査読らしい査読なしで掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」について、何度も取り上げてきました。最近では、「フェイク・ジャーナル(fake journals)」と呼ばれることもあります。 捕食ジャーナルで研究成果を発表する者たちは、主としていわゆる開発途上国の医師や研究者だと思われてきました。実際のところ、そうした捕食ジャーナルに投稿される論文の著者がインドなどのアジアに集中することを明らかにした調査もあります。ただ筆者は「日本人も少なくないのではないか?」と思ってきました。 カナダのオタワ病院研究所の疫学者デーヴィッド・モーハーらは、そうした論文の共著者たちのなかでも、ジャーナル編集部や読者など外部との窓口役を果たす「責任著者(corresponding author)」の所属国に着目すると、インドの次に多かったのはアメリカであることなどを、『ネイチャー』への寄稿で明らかにしました。 この調査の対象となったのは、1907件の論文です。モーハーらは、捕食ジャーナルのリストとして知られ現在は閉鎖されている「ビールズ・リスト(Beall’s List)」などを参考にして、生物医学分野の捕食ジャーナルを発行している出版社の中から、1誌だけを発行している出版社41社と、複数誌を発行している51社を選びました。その上で、これらの出版社が発行するジャーナル計179誌に最近掲載された論文3702件から、純粋な生物医学研究と体系的レビュー(複数の論文のデータを統合して分析する研究)を抜き出したところ、1907件が残ったのです。 彼らの調査で、そうした論文では、主流のジャーナルに載った論文に比べて、ガイドラインが守られていない傾向があることが浮かび上がりました。たとえば、臨床試験を報告する論文では「登録情報」が書かれていないこと、体系的レビューでは「バイアス(偏り)」のある可能性が評価されていないこと、動物実験では「盲検化(ある動物が実験群であるか比較対照群であるかを実験者がわからないようにすること)」に関する情報が書かれていないこと、などが明らかになりました。 また、倫理委員会の承認を得ていることを明記した論文が、主流のジャーナルでは70%を上回る(ヒトを対象とした研究で70%以上、動物を対象とした研究で90%以上)のに対し、モーハーらが調査した捕食ジャーナルでは40%に留まりました。さらに、資金源を書いていない論文は、約4分の3に上りました。責任著者の所属国は、インド(27%)、アメリカ(15%)、ナイジェリア(5%)、イラン(4%)、日本(4%)など世界103カ国に広がることもわかりました。 モーハーの調査とは別に、シンクタンクである民主主義・経済学研究所(IDEA : Institute for Democracy…

300ドルであなたも論文の共著者に

本連載では、掲載料さえ払えば、どんなにいい加減な原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」やそれを発行する出版社「捕食出版社(predatory publisher)」のことをたびたび取り上げてきました。そうした出版社やジャーナル(学術雑誌)をまとめてリストアップした「ビールズ・リスト(Beall’s List)」もあったのですが、2017年1月に閉鎖されてしまったことも伝えました。 インドのIT企業に勤める研究者で、医療ライターでもあるプラヴィン・ボージートは、この捕食出版という問題に興味深い角度から疑問を投げかけました。研究に何も貢献していない者でもお金を払えば、論文の共著者になれるのか、ということです。 ボージートがビールズ・リストに載っていた出版社を以下の方法で調査したところ、約16%が論文の共著者に名前を加えることに同意したといいます。 ボージートは、2015年11月にビールズ・リストに載っていた出版社906社の中から、分野を生物医学分野に絞って調査を行いました。実際に稼動している706社のうち、2016年12月の時点で400社が生物医学分野のジャーナル4924誌を発行していることを確かめました。そのうち119社がインドの、94社がアメリカの出版社でした。 ボージートは架空の名前を使って、そうした出版社にメールしました。その文面の一部を学術情報ウェブサイト『リトラクション・ウォッチ』が紹介しています。 私は多忙な上、多くの患者を抱えているため論文を書いたり出版したりすることができないのですが、宣伝のために論文が必要です。同僚の1人から、貴社のジャーナルはこの件について手助けしてくれると聞きました。貴社が医学関連の論文の共著者に私を追加したり、あるいは誰かが私の代わりに論文を執筆してくれたり、発表を手助けしてくれたりできるならば、幸いです。 彼は返信を期待していなかったのですが、117 社(44.5%)から回答を得ました。共著者として名前を追加することを断ったのは44社(37.6%)、はっきりと答えなかったのが21社(17.9%)。しかし19社(16.2%)は、共著者として名前を加えることに同意しました。自分たちが論文を書いて出版する、と答えた出版社も10社(8.5%)ありました。 『リトラクション・ウォッチ』はその回答の一部を紹介しています。 以下は著者2名が掲載準備を整えた論文タイトルの一部です。(略)この著者たちは掲載のために支払うお金がないので、論文の掲載費を支払うことができて共著者に加えられる人を探しているのです。   私たちは、研究の共著者としてあなたの名前を追加するように、何人かの著者に依頼することができます。あなたは掲載料(論文2件に300…

オーサーシップが論文撤回を引き起こす?

オーサーシップが論文撤回を引き起こす?-倫理規定遵守の重要性 論文を執筆し、発表することは研究者のキャリアにとって重要です。研究者としての業績は、学術論文の内容(質)と発表数(量)に左右されると言っても過言ではありません。同時に、著者および編集者が論文執筆や出版における倫理規範を守ることも大切です。 近年、急激なITやインターネットの普及によって、過去にはあり得なかった不正や倫理違反がはびこるようになってきました。論文出版における不正にはいろいろありますが、大きくは①研究捏造(図の不正操作も含む)、②剽窃(他社の論文のアイデアやデータなどの無許可掲載)、③利益相反(経済的な利益享受や客観性が損なわれる懸念)、④オーサーシップ(著者の責任と記載に関する問題)、⑤重複出版、⑥サラミ法(論文の不当な分割投稿、スライス)に分類されます。この中でも④オーサーシップが出版倫理における問題であることは、見過されがちではないでしょうか。 ■ 不正行為と見なされる「オーサーシップ」とは どのような場合に、「オーサーシップ(著者)」が出版倫理上の不正行為と見なされるのか疑問に思われるかもしれません。その理由は、研究論文には著者名と共著者名を明記することで研究の責任の所在を明確にする必要があり、この記載を意図的に偽ったり編集したり(故意の削除や追加)することが不正行為、つまり倫理違反ととられるからです。 論文における著者とは、論文を組み立て、データの取得・分析・解釈など研究に関する一連の作業を実施・監督し、ジャーナルへの投稿を行う研究者のことです。また、共著者とは、知的あるいは技術的な補佐作業、論文の見直しなどに貢献した研究者のことです。研究において役割と責任を課せられた研究者は論文に名前が記載されるべきですが、逆に記載すべき著者を外したり、何らかの「見返り」を期待して研究自体に関与または実質的な貢献をしていない研究者を著者として記載したりすることは不正に該当します。 学術論文の執筆には、発表論文の責任者であるPI(primary investigator)を筆頭に、大学院生・学生、技術担当者など多くの研究者が携わります。研究論文には、すべての著者と貢献した研究者の名前を明記しなければなりません。先に述べたように、個々の研究者の業績を大きく見せようとして著者名を故意に除いたり、反対に実際の研究に関わっていない研究者を著者リストに付け加えたりすることは不正です。 また、原稿に著者名を掲載する順番も重要です。最初に記載する著者は筆頭著者と呼ばれ、実験あるいは重要なデータ取得において中心的な役割を担った研究者になります。そして筆頭著者と共に研究を概念化し、成果の発見に貢献した研究者であるPIが最後に記載されるのが一般的です。最初と最後は比較的すぐに決まるものの、共著者の掲載順は混乱の原因であり、論文提出における倫理的問題に発展することもあるのです。 ■ 著者の責務と著者名の表記方法 論文著者として記載できる研究者の責務(著者資格)および著者リストの表記方法については、医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal…

ジャーナル選択を支援する新たなツール誕生!

近年の出版界における紙から電子媒体への急速な移行は、学術ジャーナルの世界にも、かつてない変化をもたらしています。多くの大学関係者、特に若手研究者は、オンライン化で急拡大したジャーナルの選択肢に圧倒されがちです。「自分の論文をよく読んでもらうにはどのジャーナルに掲載すればいいのか」――。これは研究者にとって死活問題であり、オンライン化の進行が、問題の深刻さに拍車をかけています。 ■ 捕食出版社の跳梁跋扈 研究者を悩ませるのはオンライン化だけではありません。最近では、とんでもない「インチキ出版社」の登場が、学術界で問題視されています。研究者は苦労して仕上げた論文を、できる限り近い専門分野の、かつ研究成果や努力の重要さを理解してくれる学術ジャーナルに掲載したいものです。掲載誌を選択するにあたって重要なのは、投稿すべきジャーナルの質です。しかし、価値ある新しいジャーナルが刊行される一方で、「捕食ジャーナル」と呼ばれる悪質なジャーナルが出現してきているのです。 利益のみを追求し、倫理違反など気にも留めない出版社とそれらが刊行するジャーナルは「捕食出版社」、「捕食ジャーナル」と称されます。捕食出版社は「タイムリーな刊行」などを誘い文句に大量のメールを送りつけ、論文投稿のプレッシャーに追われる無防備な研究者を釣り上げては、捕食ジャーナルへの論文掲載料を巻き上げるのです。この過程に、まともな査読プロセスや編集体制などは存在しません。 ある調査によると、捕食出版社による論文掲載は、抽出した613誌だけでも、2010年から2014年までの期間に6万本から42万本と7倍にも増加しました。「悪貨は良貨を駆逐する」とは、16世紀に英国のトーマス・グレシャムが指摘した経済学の法則です。「名目上の価値が等しく、事実上の価値が異なる貨幣が同時に流通すると、良貨はしまいこまれて市場から姿を消し、悪化だけが流通する」(出典:故事ことわざ辞典)ことから、悪がはびこると善が廃れるとの意味もあるそうです。捕食ジャーナルの出現と勢力拡大を放置しておいては、まともな論文の価値が損なわれ、適切な評価がされなくなってしまいます。学術研究の停滞にまで発展しかねない問題です。 ■ 捕食ジャーナルに対抗する新たな動き とはいえ、すべてのジャーナルをチェックし、その中に潜む捕食ジャーナルを見つけ出すのは困難と言わざるを得ません。ある算定によると、2014年には8000誌もの捕食ジャーナルが展開されていたと推測されており、研究者は自衛手段を講じる必要に迫られています。 このような状況下で生まれたのが、“Think.Check.Submit.”というツールです。主要出版社と業界団体によって2015年に立ち上げられたこのサイトは、研究者たちに論文掲載先に関する具体的な情報を提供して、ガイド役を務めることをめざしています。特に注力しているのが、研究者に簡便なツールを提供してジャーナル選択のプロセスの簡素化を図り、論文に適し、かつ十分に信頼できるジャーナルを選べるようにすることです。 Think.Check.Submitが提供するツールは無料な上、使いやすく設計されています。第1段階では、研究者に投稿先のジャーナルが信頼できるものであるか、自分の研究分野に即したものであるかを「Think(考え)」させます。第2段階では、研究者が確認すべき実質的な「Check(チェック)」リストに誘導します。ここでの設問は「あなた、あるいはあなたの同僚は、このジャーナルを知っていましたか?」あるいは「このジャーナルの編集委員会は正当だと思いますか?」など。有益な判断材料となる個々の設問に回答しながら考えることで、論文掲載候補から捕食ジャーナルを振るい落としていきます。チェックリストの各項目の確認が済んだ段階で、論文の「Submit(提出)」に進める仕組みになっています。 重要なのは、Think.Check.Submitは決して、特定のジャーナルや執筆者を推薦するものではないということです。このサイトは、研究者が成果のさらなる発展とキャリア形成に役立つ論文の掲載先を、自ら選別できるようになることをめざしているのです。 ■ 適切なジャーナル選択がもたらすもの Think.Check.Submitはジャーナル出版コンサルタント会社のTBI Communicationsによって運営されています。研究者は同社が集める膨大な情報を一か所で入手できることで、直接的な恩恵を受けられます。また、このツールがネット上で利用可能なことにより、英語を母語としていない若手研究者や、定評ある研究資料へのフルアクセスができない環境にいる研究者にも、大きな便益をもたらしているのです。しかし、その反面、このような研究者こそ捕食ジャーナルの格好の餌食となりがちなのも事実です。 時と共に学術界全体の意識が向上しており、捕食ジャーナルに対抗する取り組みへの関心が高まっています。こうした取り組みが浸透すれば、出版社やジャーナルを扱う図書館側も恩恵を得ることができるでしょう。捕食ジャーナルへの対抗という意味だけでなく、正当な出版社と研究者をつなぐ役割を果たすことも期待できます。 つまり研究者の意識が高まり、投稿先ジャーナルの選択において注意深くなることは、捕食ジャーナルを排除し、より真っ当なジャーナルおよび出版社を存続させることになり、結果として社会および長期的な政策決定における利益となるのです。…

相対引用率(RCR)は新たな研究評価の指標となり得るか?

学術ジャーナルに掲載されたみずからの論文が、どのような評価を受けるのか。研究者なら誰もがやきもきすることではないでしょうか。現状の評価システムではそれを正しく測定することはできないと考える向きも少なくありません。そんな中、学術界を変えるかもしれない新たな評価指標が、注目を集めています。 ■ 現状の評価システムが抱える問題 昨今、政府機関の奨学金や連邦補助金の審査においても、査読委員会は研究成果の評価に数理的なアプローチを用いるようになってきました。最もシンプルなアプローチは、論文の筆頭著者および共同著者の被引用数を見ることです。加えて、その論文が掲載されたジャーナルのインパクト・ファクター(掲載論文が特定の期間にどれだけ引用されたかを見る指標)やh指数(h-index:被引用数と論文数のバランスで相対的な貢献度を示す指標)*1も、重要な指標としてあげられます。 学術ジャーナルのインパクト・ファクターとは年度ごとに計測される尺度であり、そのジャーナルの平均被引用数に基づきます。多くの場合、これがジャーナルのその分野での重要性を示します。一般的には、インパクト・ファクターが高ければ高いほどそのジャーナルは重要度が高いと見なされます。一方のh指標とはジャーナルの審査ではなく、執筆者それぞれの生産性と影響力の尺度です。h指標は、対象となる学者の最も引用数の多い論文と他の公刊物への被引用数から算出されます。 これらの指標は広く用いられていますが、学術界ではそれぞれの指標に対し、まだまだ不十分さを感じています。まず第1に、シンプルな被引用数だけでは、数字が個々の論文の価値を十分に反映できないという問題です。第2に、インパクト・ファクターは研究者の資金獲得や雇用の機会を左右するのにもかかわらず、ジャーナルの特殊性に縛られがちで、学際的・脱領域的な成果としてはとても限られた分析しかできません。第3に、h指標は個々の論文に重きを置くことをめざしている反面、論文執筆年数の短い若手研究者に不利に働くことが多いと言われています。 このような問題を抱えるがゆえ、多種多様で膨大な数の対象研究者・論文を適正に評価するためには、もっと効果的な評価基準が必要だ、との叫びが絶えません。情報の大量化と研究分野の特殊化・細分化が進むにつれ、個別の分野内での研究者の貢献度を評価するための新たなパフォーマンス測定指標が必要とされてきました。 ■ 相対引用率(Relative Citation Ratio: RCR)の導入 そこに登場したのが、相対引用率(Relative Citation Ratio: RCR)です。これは、米国の国立衛生研究所(NIH)の科学者グループが開発した新しいアルゴリズムです。RCRは、評価対象の論文を審査する際に、その論文が引用された場において同様に引用された他の論文もチェックします。この作業によって、対象論文の被引用数に対する分野の正規化を行い、論文の影響度を測定するというものです。つまり、ある執筆者が他の執筆者の論文を引用する場合、これによってその論文が関連付けられ、研究審査をする責任者などに対し有用な追加情報を提供することになります。NIHではこのRCRを重要な助成管理ツールとして利用しており、毎年100万本以上もの報告が提出されるバイオメディカル分野の研究を支援する機関でも、これを導入する動きが広がりつつあります。この動きは分野を超えて広がると予想されています。 ■ RCRの算出方法…

研究不正を行った研究者が死刑に!?

本ウェブサイトの記事「中国が学術不正防止に本腰」でも指摘されているように、日本やアメリカだけでなく中国でも、研究不正が問題になっています。『科学・工学倫理(Science and Engineering Ethics)』に掲載された最近のある調査では、中国の研究者らによる生物医学分野の論文のうち約40パーセントに、研究不正が含まれると推測されました。また本連載でも紹介したように、最近、中国の研究者たちによる論文107件が撤回されました。「偽装査読(フェイク査読)」がなされていたことがわかったからです。 こうした状況に中国の当局も手をこまねいているわけではありません。例えば、予算を拠出する機関は、研究不正が発覚した研究者からは研究費を返還させるなどの措置を講じてきました。 『フィナンシャル・タイムズ』(2017年6月19日付)の記事によれば、中国の科学技術省は前述の論文大量撤回事件を受けて、研究不正に対する「ゼロ・トレランス(no tolerance=許容度ゼロ)」の方針を宣言したといいます。しかし学術情報のニュースサイト『リトラクション・ウォッチ』を運営していることで知られる2人のジャーナリスト、アイヴァン・オランスキーとアダム・マーカスは、生物医学のニュースサイト『STAT』(2017年6月23日付)において、「中国のゼロ・トランス方針がどのようなものであるかはクリアではない」と指摘しています。 また今年(2017年)4月、中国の裁判所は、医薬品の許認可にかかわる研究において研究不正をした者に対しては厳格な実刑判決を下す方針を固めました。その不正行為により人的被害が生じた場合、その「実刑」には死刑も含まれるとしています。『ネイチャー』(2017年5月16日)は「この法律の下、認可された薬が健康問題を引き起こし、重度または致命的な結果が生じた場合には、10年の懲役または死刑になる可能性がある」と報じています。 これまでオランスキーとマーカスは、刑事罰の可能性も含めて、研究不正に対する厳しい規制を主張してきました。しかし2人は前述の『STAT』の投稿記事で、この中国の方針に対しては批判的な見解を述べています。 その理由としては、研究不正は要するに詐欺であり、資金提供者に対する窃盗ともみなせるものの、一般的には詐欺も窃盗も死刑には該当しないことなどを挙げています。ただ、医薬品の研究で不正を行った研究者は、「少なくとも理論上は」その医薬品を投与される人々の健康を危険にさらし、致命的な結果を招く可能性があります。とはいえ、医薬品の許認可は、1人ではなく多くの研究者からなるグループによって得られたデータによって判断されるので、グループ全員が不正行為に手を染めていない限り、研究者1人の不正行為による影響には限界がある、というのがオランスキーとマーカスの見解です。 2人は、懲役などの刑事罰を含む罰則の強化に対しては前向きなようです。第5回研究公正世界会議(WCRI: World Conference on Research…

2030年の査読はどうなるか?

研究成果を論文にして発表し、成果を示したい研究者にとって、論文の査読は避けられない関門です。しかし、査読システムはスピード(時間がかかる)、公平性(専門分野が同じ競合相手の審査へのバイアス)、信頼性(捏造や剽窃などの不正を見抜けない)などの問題を抱えています。最近ではオープンアクセスの拡大に伴い、査読前の原稿(プレプリント)を公開する研究者が増えているものの、査読の必要性は広く認識されており、査読システムの改善が求められています。実際、近年の学術出版界は大きな変革の波にさらされています。そんな中、査読システムはどのように変わっていくのか?5月にBioMed Central社とDigital Science社が発表した、将来の査読の方向性を論じた報告を紹介します。 ■ 査読システムの問題 「半年近く前に投稿した論文の査読結果がやっと返ってきたと思ったら修正を求められまして、公開には至りませんでした。指摘された修正を加えている間に、競合の研究所の研究者が類似の内容を発表してしまい、よく見たらその著者は、自分の論文の査読者の一人だったのです」 査読者が、自身が執筆した論文を先に出版するために意図的に査読を長引かせた上に修正を求めたのだとしたら、研究倫理にもとる上、査読規定にも反する話です。発表前の研究論文を審査する査読には、内容を判断する専門知識とは別に、厳しい倫理感と公平性が求められるのです。 さらに、査読プロセスにも問題があるようです。人より早くよい成果を発表する必要に迫られている多くの研究者は、査読に時間がかかることを不満に思っています。また、インターネット検索が一般化し、画像も含む論文のデジタル化が進む近年は、未許可のコピー&ペーストによる盗用・剽窃などを査読段階で見つけきれないことも問題視されています。 これらの査読システムの問題は今後どう改善されていくのか、また、研究者はどうすれば確かな公平性のもとで査読を受けることができるのかが注目されています。 ■ 査読の今後を探る BioMed Central社とDigital Science社は2017年5月に、将来の査読の方向性を示した報告書「2030年の査読はどうなるか?(仮題、原題:What might peer review…

捕食出版社、生涯教育にも進出

本連載では、掲載料さえ払えばどんなにひどい原稿でも論文として掲載してしまう「捕食ジャーナル(predatory journals)」や、登録料さえ払えば誰でも「講演者」として発表させてしまう「フェイク・カンファレンス(fake conference)」について書いたことがあります。とりわけカナダの『オタワサン』や『オタワシチズン』に寄稿する記者トム・スピアーズによる調査活動を紹介してきました。 スピアーズは、捕食ジャーナルの出版社として知られるインドのA社が倫理学分野のジャーナル(学術雑誌)を発行していることを知り、昨年秋、アリストテレスの文章を盗用したうえで、それに手を加えてつくったデタラメな原稿を投稿しました。その原稿はあっけなく論文として採択されてしまい、ジャーナルに掲載されることになりました−−掲載料さえ払えば。スピアーズはその経緯を暴露しました。 『オタワシチズン』(2017年6月1日付)にスピアーズが寄稿した記事によれば、その暴露によって、A社はその原稿の採択(受理)を撤回することを余儀なくされたといいます。スピアーズは、A社の弁護士からは「謝罪文を公表することを要求する」と警告され、そのジャーナルの編集委員からは「あなたの論文は執筆の基準に満たしてさえいないと我々は結論づけている」と忠告されたといいます。スピアーズの原稿は、査読を通ったはずなのですが…。 ある日、スピアーズは同僚から「同じ論文を繰り返し採択すると思う?」と尋ねられました。そこで彼は、同じ研究をA社が開催する免疫学の国際カンファレンスで発表するために投稿することにしました。ただし題名は医学っぽく変更しました。「免疫学における新しい倫理的な問題:感染症研究のボランタリティとケタランスの程度」と。「ボランタリティ(Voluntarity)」や「ケタランス(Ketterance)」という言葉は、スピアーズらがでっち上げたもののようです。確かに、辞書を引いても出てきません。 そして結果は……またもや採択だったようです。1499米ドルを払えば、テキサスで開催される国際カンファレンスで、ポスター発表できることになりました。本連載でもお伝えしたように、A社はスピアーズがでっち上げた「空飛ぶブタ」などについての研究を、国際カンファレンスでの講演として採択したこともあります。 スピアーズらは同じデタラメな研究内容を、老人病学の国際会議にも投稿していました。2日後の同じ『オタワシチズン』によると、やはりこれも採択されたそうです。しかもそのカンファレンスは、老人病学や看護学分野における生涯教育(continuing education)に関するものでした。 捕食ジャーナルを出版したり、フェイク・カンファレンスを開催したりする「捕食出版社(predatory publishers)」はこれまで、業績を求める若手研究者を主なターゲットにしてきたはずですが、「生涯教育」にも手を付け始めたということは、そのターゲットが拡大していることを意味する、とスピアーズは『オタワシチズン』で指摘します。 スピアーズはA社に説明を求めるメールを送ったのですが、これまでのところ返事はないようです。 A社はインドのハイデラバードに拠点を置き、700誌ものオンライン・ジャーナルを発行する企業です。最近、カナダの正当な学術出版社B社とC社を買収しました。同社のビジネスモデルをB社やC社も採用するのかが気になります。またA社は世界各地で年間1000件もの「国際カンファレンス」を開催しています。もちろん、日本でも。今年は主に大阪で、37もの国際カンファレンス(2017年6月時点)がA社によって開催される予定となっています。 見知らぬ外国企業から「発表募集(Call for…