論文を出版する

オープンアクセス・メガジャーナルの魅力とリスク

インターネットを介してだれもが自由にアクセスすることのできる学術誌(ジャーナル)であるオープンアクセスジャーナルは、伝統的な購読型の学術ジャーナルに比較して、読み手には無料で研究成果にアクセスできるというメリットがあります。また、著者側にも、幅広い読者に研究成果に触れてもらうことができるというメリットがあることから、オープンアクセスジャーナルの果たす役割は大きいと考えられています。 このオープンアクセスジャーナルは、オンラインという特徴から、掲載論文数や刊行頻度に決まりがなく、掲載論文数が増大した結果、大量の論文を掲載する「オープンアクセス・メガジャーナル」の出現につながりました。このメガジャーナルとは、論文掲載においてどのような特徴があるのでしょうか。 ■ オープンアクセス・メガジャーナルの特徴 メガジャーナルの特徴としては、主に以下の4点があげられます。 ・査読の対象範囲が限定的 多くの場合、メガジャーナルでは科学的な妥当性の確認など最低限の査読を行います。研究内容が新しいか、重要か、といった評価は行いません。 ・扱う分野が広範囲 メガジャーナルでは、伝統的な学術ジャーナルと異なり、特定の学問分野や領域に特化せず、広く掲載します。 ・比較的安価なAPC 伝統的な学術雑誌と比べて、大量の論文を扱うため、論文掲載料(Article Processing Charges:APC)を低く抑えることができます。 ・短期間での出版 査読範囲が限定的であることから、掲載までに必要な時間が短いとされています。 メガジャーナルに掲載されることは、著者にとって投稿してから短期間で掲載でき、かつ、多数の幅広い読者に見てもらえる可能性が広がるという点で魅力的といえるでしょう。…

「再現性の危機」に対応するための「チェックリスト」

以前、本誌では、『ネイチャー』誌が2016年に研究者たちをアンケート調査したところ、回答者1576人のうち70%以上が、ほかの研究者の実験を再現しようとしたが失敗した経験がある、と答えたことを紹介しました。このように、論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できないことがしばしばあるという現状は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。 今年4月18日付『ネイチャー』誌の社説は、同誌が論文原稿を投稿する著者たちに、すべての項目を満たすよう求めている「 チェックリスト (Statistical parameters)」が「正しい方向への第一歩」ではあるものの、再現性の危機に対応するためには、まだほかに行なうべきことがある、と主張しました。 また同誌は再現性とチェックリストの効果について調べるために、2016年7月から2017年3月にかけ、『ネイチャー』に投稿したことのある研究者5375人に調査票を送り、その結果のデータをそのまま公開しました。それによると、回答した研究者480人のうち49%は、チェックリストが『ネイチャー』に掲載される研究の質の改善につながっている、と答えたそうです。15%はチェックリストの有効性に同意しませんでした。 回答者の86%は、再現性が低いことを自分たちの研究分野における危機である、と認識していることもわかりました。この割合は2016年の調査と同様です。また2016年の調査では、回答者の約60%が「再現性の危機」の原因として、「選択的報告(selective reporting)」を挙げていたのですが、今回の調査でも、約3分の2が同じように「選択的報告」を指摘していました。 「選択的報告」とは、しっかりとした定義はありませんが、たくさんあるデータのなかで自分の仮説に最も都合のよい結果だけを選んで論文に書くことをいいます。いいとこ取りをするという意味で「チェリーピッキング(cherry picking)」と呼ばれることもあります。研究結果をわかりやすく見せるために多くの研究者が行なっていることであり、これを「悪いこと」とみなすかどうかは微妙なところです。しかし、選択的報告が再現性を低めていると認識している研究者が多いことは確かなようです。『ネイチャー』のチェックリストは、この選択的報告をより透明化するようにも設計されているといいます。 ではこのチェックリストは、再現性の低さという問題に対応できているのでしょうか? 「部分的にはそうであろう」と『ネイチャー』の社説は評価しています。ただしアンケート調査の回答からは、再現性の低さをもたらす要因として、著者へのトレーニングや報告の透明性、そして「研究発表せよというプレッシャー(publishing pressure)」といった微妙な問題があることも浮かび上がる、といいます。 好ましい兆候もあります。2012年、アメリカにある国立衛生研究所(NIH)のストーリー・ランディスらは、医学・生命科学分野における前臨床研究(動物実験)の透明性を高めるために、論文の著者は「無作為化(ランダム化)」、「盲検化(ブラインド化)」、「サンプルサイズの推計」、「データの調整」という4つの基準について報告すべきだと提案しました。これは「ランディス4基準(Landis 4…

論文掲載への報奨金は学術界にプラス?マイナス?

2017年9月、中国政府による論文掲載への報奨金制度が明らかになりました。中国人科学者の発表論文数が急増した背景に、多くの研究者がScienceやNatureなどの著名な国際学術ジャーナルに論文が掲載された際に報奨金を得たことが発覚。金銭目的に投稿される論文の信頼性や中国の科学全般の公正さについて、疑念を持つ声が上がりました。実際、査読過程で不正が見つかった論文が、多数取り下げられたこともありました。 しかし中国の他にも、カタールや台湾、オマーン、そしてアメリカなど多数の国の研究機関が、論文を発表した研究者に報奨金を支払っています。研究者にとっては研究資金を得ることができ、大学や研究機関にとっては、このインセンティブによって論文投稿が増え、ひいては国全体の学術研究における威信が高まることが期待されています。 ■ 気になる金額は? では、報奨金は一体どの程度の金額なのでしょうか。5000ドル以上を支給する国もあるようですが、やはり高額なのは中国で、最高165,000ドル(約1,730万円)も支払われている――との説があります。 中国の大学に所属するWei QuanとBikun Chen、カナダの大学に所属するFei Shuの3名の研究者がプレプリント投稿した、中国の論文掲載への報奨金制度に関する文献(Publish or impoverish: An investigation of the monetary…

今、人気のオープンアクセスジャーナルは

出版界の オープンアクセス 化は、学術研究の知名度と影響力を高めると同時に、学術界でタイムリーに知識を広めることに役立っています。2015年に国際STM出版社協会が発表した報告書『The STM Rreport』によると、2014年には、英語で書かれている査読付き学術ジャーナルは28000誌以上、英語以外の言語で書かれている査読付き学術ジャーナルは6400誌以上ありました。そして、オープンアクセスジャーナルのディレクトリを提供するサイトDOAJ(Directory of Open Access Journals)上のオープンアクセスジャーナルの数も、増加の一途をたどっています。123におよぶ国の論文が掲載されており、英語で書かれているのが7245誌、英語以外の言語で書かれているのが2845誌。学術誌のオープンアクセス化が英語圏以外の国々にも急速に進んでいることは明らかです。 このようにオープンアクセスジャーナルの数が増えてくると、それぞれのジャーナルの性質や影響力を多面的に比較・評価することが重要になってきます。そのための指標として、最も一般的に使用されてきたのはImpact Factorですが、研究者はSJR(SCImago Journal Rank)も参考にして、自身の研究分野に最適なジャーナルを選択しています。ここでは、主な分野ごとによく引用されるオープンアクセスジャーナルを、SJRの指標に基づきリストアップしてみました(下図)。 上の図には、2016年のSJRに掲載された3780誌の中から引用スコアの高かった代表的なオープンアクセスジャーナルの名前と、それぞれの分野におけるオープンアクセス論文の割合「オープンアクセス・アウトプット(OA Output)」を示しています。このOA…

著者は査読者による「バイアス(偏見)」を恐れている

本誌で以前にお伝えしたように、ジャーナル(学術雑誌)で行われる 査読 には次の3種類があります。「片側盲検査読(single blind peer review)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「二重盲検(double blind peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。3種類目は「オープン査読(open peer review)」です。一部で試み始められているこの方法では、前回報告したように、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読を行ないます。 学術出版大手シュプリンガー・ネイチャー社は、2015年2月、最も有名な科学雑誌である『ネイチャー』と“ネイチャー・ブランド”の月刊誌において、論文原稿を投稿する著者たちが、二重盲検による査読をオプションとして選べるよう、査読の方針を一部転換しました。 これは著者たちからの要望に応じたものだといいます。片側盲検による査読は二重盲検よりも、査読者のバイアス(偏見・偏り)の影響を受けやすいといわれているからです。実際、最近の研究でも、査読者は、片側盲検査読では二重盲検査読よりも、知名度のある著者や研究機関が投稿した原稿を採択する傾向があることがわかりました。 2017年2月6日、アラン・チューリング研究所のバーバラ・マギリブレーとシュプリンガー・ネイチャー社のエリサ・デ・ラニエリは、同社に蓄積されたデータを使って、二重盲検査読が査読における「暗黙のバイアス」を取り除き、査読の質を向上させているかどうかを検証し、その結果を、プレプリントサーバー「アーカイヴ(arXiv)」に投稿しました。 彼らは、2015年3月から2017年2月までの間にネイチャー・ブランドのジャーナル25誌が受け取った原稿12万8454件を対象として、ジャーナルの階層(影響力)、査読の方法(片側盲検か二重盲検か)、著者の特性(性別、国、所属研究機関など)、査読の結果(採択か却下か)を分析しました。…

査読結果や査読者名を公開すべきか?

ジャーナル(学術雑誌)における査読は、一般的には匿名で行われます。しかしながら本誌では以前、著者も査読者もお互いが誰であるかを明らかにして行う「オープン査読」でも、査読の質は下がらない、という研究結果を紹介したことがあります。 また現状の査読は不透明であり、バイアス(偏り)を伴いがちで、非効率であることも指摘され続けています。ある科学者が「査読を科学的なものにしよう」と提言したことを、本誌が紹介したこともあります。 査読の改善を図ろうとしばしば提言されることが「査読のオープン化」です。ただ査読のオープン化といっても、さまざまなものがあります。たとえば上述の「オープン査読」です。また、論文の公表と同時に、査読結果(査読レポート)も公表するという試みも始まっています。 ハワード・ヒューズ医療研究所などが主催し、今年2月にメリーランドで開催された「生命科学の査読における透明性・認識・改革」という会議では、100人ほどの出席者が査読のオープン化について活発に議論しました。その様子を『サイエンス』が伝えています。 それによると、出席者の多くは、査読結果を公開することに好意的なようです。しかしながら査読者の名前の公開については、コンセンサスが得られなかった、と伝えられています。 査読結果を公開することのメリットとしては、査読システムの理解につながること、特にキャリアの初期にいる若い研究者にとって役に立つことなどが指摘されています。また、査読結果に書かれている評価のなかには、研究者が自分の分野について新しい方法論で検討することに役立つ情報が含まれていることもある、という意見もあります。 デメリットも指摘されました。たとえば、訴訟や一般社会で起きている論争にかかわる臨床試験の結果をまとめた論文の査読結果に批判的なコメントが書かれていた場合などでは、誰かがそれをチェリー・ピッキング(自分の主張に都合の良い事実だけをつまみ食いすること)して、誤った認識を広めてしまうというリスクがあります。それについては、科学者の側が一般社会に対して査読の意義を説明する努力が必要だ、という意見も出ました。 会議で行われた非公式なアンケートでは、査読結果を公開し、それをオンラインで検索できるようにすることに、圧倒的な支持が集まりました。この結果は、2017年12月に『プロスワン』で公表された研究結果に一致します。この研究では、オーストリアの研究者らが、研究者ら3062人を対象にオープン査読に対する態度についてオンライン・アンケートを行ったところ、回答者の60.3%が「オープン査読は一般的な概念として、学術論文の査読方法の主流となるべき」とみなしていることなどがわかりました。 しかしながら査読結果を公表しているジャーナルはきわめて少ないのが現状です。非営利団体「RAND ヨーロッパ」が3700誌を対象に行った調査では、査読結果を公表することを認めているジャーナルは2.3%に留まりました。なお、査読結果を公開することを認めている『ネイチャー・コミュニケーションズ』では、著者の62%が公開に同意したことが、前述の「生命科学の査読における透明性・認識・改革」会議で明らかにされました。 一方、査読者の名前を公表することについては、根強い懸念があるようです。たとえば、査読者が若い研究者である場合、人事権などを握っている年長の研究者からの報復を恐れて、批判的なコメントを控えるようになってしまうかもしれません。査読への参加を完全にやめてしまう研究者もいるでしょう。 また、国立衛生研究所(NIH)はオープンアクセスになっている論文にコメントできるプラットフォーム「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」を運営してきましたが、今月、閉鎖してしまいました。結局のところ、名前を明らかにした上でコメントする研究者はきわめて少なかったからだといいます(なお論文について匿名でコメントできる掲示板として「パブピア(PubPeer)」があります。悪名高いSTAP細胞論文の不正発覚はここから始まったといわれています)。 査読者の名前を公表することに賛成する意見もあります。査読者の名前を出すことで、たとえば、より慎重な査読を促したり、不当にネガティブなコメントを少なくしたりすることができる可能性があります。また、査読という仕事そのものが研究活動の一環として評価され、テニュア(終身在職権)や昇進などの審査対象になるようになるかもしれません。「えこひいきを排除するのにも役立つだろう」という意見もありました。ジャーナルの編集委員が、学会での有力者や知り合いなどが原稿を投稿してきた場合などに、査読を通りやすくするよう何らかの取り計らいをする、という話は筆者(粥川)も耳にしたことがあります。査読者を明らかにすることで、外部の者がそうしたバイアスを認識できるかもしれない、ということです。 しかしながら現状では、査読者の名前を明らかにすることを認めているジャーナルはごくわずかです。前述のRANDヨーロッパの調査では、3.5%でした。…

論文の盗用・剽窃を避けるコツ-後編

本記事の前編で、盗用・剽窃の定義や、他人の文献を引用する際のコツをご紹介しました。しかし、研究者が注意しなければならない盗用・剽窃は、単なる文字のコピーに限りません。後編では、盗用・剽窃と捉えられかねない、直接引用と間接引用、パッチライティングについて見てみます。 ■ これも盗用・剽窃?-直接引用と間接引用 他人の文章を、それが他人の文章であることを示すことなく書き写すことさえしなければ問題にならないと思いがちですが、盗用・剽窃とは「テキスト」のコピーだけではありません。他人の発想や考え方、データをコピーすることも含まれます。そもそも文章とは発想や考えをまとめたものであるため、その「考え」自体を真似たり、それを記した文章を適切に引用することなく自分の文章に書き写したりすることは、許されません。 では文章や「考え」を引用するにあたって取るべき適切な対応とは、どのようなものでしょうか。引用の仕方である「直接引用」と「間接引用」のそれぞれで見てみましょう。 直接引用 直接引用とは、他人の文章を自分の論文中に、該当文章が引用であることが明確になるように引用符を付けて「原文どおりに」再現することです。引用により定義付けをしたり、明確化させたり、あるいは主張を裏付けたりする場合に有効です。 以下の例文のカッコの中の文章が、他人の文章から引用した部分です。 象は、地上で一番大きな哺乳類で、体重は8トンぐらいあります。象は、「巨大な体と、大きな耳と、長い鼻を持っていて、その鼻で、手のように物を掴んだり、ホルンのように警笛を鳴らしたり、腕のように上げて挨拶をしたり、ホースにして水を飲んだり、シャワーを浴びたりします。」(出典:https://www.worldwildlife.org/species/elephant) この引用部分は、象の外見を言葉で説明したものです。視覚的イメージを維持したまま書き換えるのは困難なので、カッコを付けて示すとともに、出典を書き添えることによって、外部からの引用であることを明確にしています。英文の場合はカッコの代わりに引用符(“”)を使って外部からの引用であることを示します。 間接引用 間接引用(言葉の書き換え)とは、他人が書いた文章を自分の言葉に書き換えて記述することです。言葉を置き換えるのだから盗用・剽窃にはあたらないと考えがちですが、直接引用と同様に、書き換えた場合も出典元を明示しなければなりません。また、元の文章の意味するところ、基本的な考え方を変えないように注意する必要があります。 例えば、以下のような表現です。 象は、地上で一番大きな哺乳類で、体重は8トンぐらいあります。その大きくて、ひらひらした耳は、体を冷やしたり、虫をよけたりするのに役立ちます。頭から地面まで伸びた長い鼻は、道具として使われるほか、水を飲んだり、シャワーを浴びたりするのに使われます。(参照:https://www.worldwildlife.org/species/elephant) ここでは、情報が別の言葉に書き換えられていますが、2つの例文を比較すると直接引用の文のほうが、象の描写がより明確に表現されていることがわかります。 これらの引用方法は一長一短です。直接引用は、考えを説明したり、明確にしたりするのに有効ですが、頻出すると、文章の独自性が薄れてしまいます。一方の間接引用は便利ですが、うまく書き換えなければ明確に内容を伝えることができません。間接引用をする際には、引用文の背景にあるメッセージをしっかりつかみ、引用文を参照せずに書き換え文を作ってみて、元文と書き換えた文の意味が同じ内容となっているか読み比べてみる――という手順を経ることで、よりわかりやすい文章となり、盗用・剽窃を防ぐことができるようになるでしょう。…

論文の盗用・剽窃を避けるコツ-前編

研究論文を書く時、文献を集め、自説を裏付けるエビデンスを揃えるのに苦心される方が多いのではないでしょうか。既存の考えや価値観を参考にしつつ、的確な所見を加えることは大切ですが、その時、盗用や剽窃(ひょうせつ)の間違いを犯さないように注意しなければなりません。 盗用・剽窃とは、他人の文章や考え方を許可なく使用あるいは部分的に使用し、自分のものとして発表することです。意図的かどうかを問わず、適切な手続きを取らずに引用されたことをいい、自分自身の過去の論文等の利用も含みます。盗用・剽窃は、学術的かつ倫理的に重大なルール違反です。発覚すれば、論文の撤回や執筆者の信用失墜を招きかねません。 近年の学術出版界では、この盗用・剽窃が大きな問題となっており、盗用・剽窃が原因で論文が撤回されることが多くなっています。論文の投稿・発表に際して思わぬ問題を起こさないために、研究者は盗用・剽窃について、よく理解しておかなければなりません。 ■ 故意でなくとも……  国によっては、言葉の出所や考えのもとになった事実について、出典を明示することにこだわらないところもあります。しかし、学術界の世界的な倫理規範においては、適切な参考文献の表示は大前提です。すべての研究者は、この規範を順守しなければなりません。にも関わらず、盗用・剽窃が多数発生しているのはなぜなのでしょう。理由は「意図せぬ」盗用・剽窃です。特に、英語を母国語としない研究者が注意しなければいけないことがあります。自身の研究成果を英語で書き記す際、うまく表現できないと、ついつい参照論文の通りに書いてしまいがちではないでしょうか。剽窃の意図がなくとも、他の研究者が書いた文章をそのままコピーすれば剽窃にあたります。論文をチェックする編集者は、文法的に間違いの多い論文の中に、部分的に完璧な文章があると、それは剽窃である可能性が高いと見抜きます。 言語のハンディとは別の落とし穴もあります。IT技術の進歩により、情報入手が手軽になったことがあげられます。デジタル時代の今日、研究者はインターネット上で、他者の資料やデータを簡単に閲覧できるようになりました。オープンアクセスのプラットフォームをのぞけば、多種多様な研究論文にアクセスすることも可能です。これにより、デジタル化された文書から文章やデータをコピーすることが容易になり、検索した結果を「つい」借用することにつながりがちなのです。これも盗用・剽窃に当たります。 執筆した文章が「偶然」同じ表現となるような、偶発的な盗用・剽窃であったとしても、それが意図的でないことを証明することは困難です。研究者は疑いがかからないよう、初めから自衛手段を講じなければなりません。ここでは前後編にまたいで、いくつかの有効な手段と事例を紹介します。 ■ 盗用・剽窃対策5つのポイント  1 間接引用する ・参照文献を逐語的に引用せず、自分の言葉に置き換える。 ・自分の言葉に言い換えるために、参照文献の内容を十分理解することが大切。 ・参照文献の文章を部分的に切り抜き、それをつなぎ合わせるのも剽窃になるので、注意すること。 2 直接引用には引用符を 他者の論文から文章をそのまま使う時は、引用符を付けて引用すること。引用符の中の文章は、一言一句、元の文章そのままにする必要がある。 3 引用のルールを知る…

学術界にはびこるジェンダーバイアス

残念なことに、学術界には今も性差別(ジェンダーバイアス)が存在し、女性研究者の活躍に影響をおよぼしているというのは周知の事実です。学術ジャーナルで発表する論文数の比較では、女性研究者の論文数は、男性研究者の数よりかなり少ない状況です。研究職に就くにも、女性は男性に比べてハードルが高く、報酬も少なく、職を得た後も研究に従事するより管理業務を任される傾向にあるといわれています。 多様性が求められているはずの学術界でジェンダーバイアスが存在し、女性が過小評価されているとは、どういうことなのでしょうか。 ■ 査読にジェンダーバイアスは存在するか 通常、投稿された研究論文は、学術誌に掲載される前に、その分野の権威ある研究者により評価・検証される「査読」というプロセスを経てから出版に至ります。2017年、この査読におけるジェンダーバイアスの存在を突き止めるため、アメリカ地球物理学連合(AGU: American Geophysical Union)が調査を行いました。AGUは、学術ジャーナル20誌を刊行し、年間6000本の論文を掲載している団体です。この調査では、2012年から2015年にAGUが出版した学術ジャーナルの著者と査読者のデータから、著者と査読者の性別と年齢の分析が行われました。 AGU会員のうち、女性は平均28%(対象期間中)。かつて学術界に足を踏み入れる女性が少なかったことから、年齢層が上がると女性の割合が少なくなっていきます。投稿された論文の筆頭著者のうち女性は26%で、女性筆頭著者一人当たりの発表論文数は男性よりも少ない一方、女性筆頭著者の論文は、男性筆頭著者の論文に比べ、採用(アクセプト)された率が高いことがわかりました(男女比61%:57%)。対象論文をアクセプトするかの判断については、編集者および査読者の性別による影響は見られませんでした。 さらに、AGUは査読者の割合にも言及しています。同対象期間に論文の査読に参加したすべての査読者のうち、女性の割合は20%。これは、女性筆頭著者(27%)および出版共著者(23%)の割合、AGU会員に占める女性の割合(28%)に比べても低い数字です。 査読プロセスにおいて、女性筆頭著者は女性の査読者を推薦することが多く、同様に、女性編集者も女性の査読者を推薦することが多いことがわかっています。しかし、査読者に推薦されても、女性は査読者になりたがらない傾向があると数字に表れています。約22%の女性が査読者への誘いを断っており、男性の17%を超えているのです。多忙な研究者が査読への誘いを断ることはよくありますが、女性の場合、職場で管理業務を担っていることが多いことや、家庭での家事負担が重いことも一因と考えられます。 ■ ジェンダーバイアスは思い込みに起因するのか 女性の過小評価は、男性は論理性、女性は関係性を重視するという文化的価値観に影響されているのかもしれません。男女の大学研究者に研究室長を選ばせてみたところ、男女どちらのグループも男性を選びました。そして、男性候補者が役職についた場合、女性に比べて高い給料とより大人数の管理を任される機会を与えられる可能性が高いのです。 男性研究者のほうが能力に勝るという思い込みは、女性のキャリア構築を困難なものにします。男性と同レベルの資質を有していても、女性が採用されたり昇進したり、そもそも男性研究者と同じ仕事を得るためには、彼らより多くの成果を出さなければならないということなのです。 ■ 女性研究者を苦しめる難題 ジェンダーバイアスは補助金を得るときにも影響します。アメリカ国立衛生研究所(NIH)が提供する R01グラントという研究助成金を見ても、女性研究者がこの助成金を獲得する割合は非常に少ない状況です。査読者の女性研究者に対する評価が、男性研究者に対するそれよりよいにもかかわらず、女性研究者は科学分野で大きな成果を出すことができないという先入観で見られているのか、獲得できる助成金は少ない。一方、男性研究者への評価は厳しいながら、獲得できる助成金は多い。査読者は、無意識のうちに、申込者を男女で区別して判断しているのかもしれません。…

海賊版論文公開サイトは学術出版モデルを変えるのか

大手学術出版社のエルゼビアが2017年6月、ある裁判に勝訴しました。相手は、Sci-Hub(サイハブ)およびLibGen(ライブラリー・ジェネシス)という、出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」。彼らが著作権を侵害しているとして、学術出版会の大手が統制に動き始めたのでした。学術出版の仕組みをも揺るがしかねないこの問題に密着します。 ■ 学術出版はオイシイ商売か 学術出版業界を俯瞰すると、特殊なビジネスモデルであることがわかります。学術論文は研究者によって執筆・投稿され、ボランティア研究者による厳しい査読を通り抜けた後に、学術ジャーナルに掲載されます。出版社は論文を掲載したジャーナルを大学や図書館、団体などに販売することで利益を得ていますが、このプロセスで出版社から執筆者および査読者に対価が支払われることはありません。国や公的機関、大学が助成金などの形で研究費を拠出し、査読を行う研究者や編集者の給与を負担し、最後に研究論文が掲載された出版物を購入することで成り立っているのです。国や公的機関にとってはお金を払ってばかりなのです。 一方、出版社にとっては出版物を作成・販売するだけで収入を得られる利益率の高いビジネスのように見えます。確かに一昔前まではよかったのかもしれませんが、現在は投稿論文数の急増、出版コストの増加、購読数の減少、オンライン化およびオープンアクセスへの対応など、深刻な問題に直面しています。そして新たな問題として、海賊版公開サイトが登場してきたのです。 ■ Sci-Hubが突きつけた驚愕の数字 そもそも、既存の出版社に対抗するSci-Hubのような海賊版論文公開サイトとは、どのようなものなのでしょうか。Sci-Hubは、カザフスタンの大学院生であったAlexandra Elbakyanが、「研究論文はオープンアクセスであるべき」との考え方に基づいて構築したサイトで、現在はロシアから運営されているという以外、ホストやサーバーについては公にされていません。通常、出版社が有料で公開している論文を無料で読めるようにしているサイトですが、当然、出版社からは非難されており、2017年6月にエルゼビアが起こした上述の裁判で、米国出版社協会から賠償金の支払いとウェブサイトの閉鎖を命じられました。それにも関わらず、公開されている論文数は増加し続けています。 ペンシルバニア大学の研究者であるHimmelsteinらが2017年3月に調査した結果(2017年10月12日PeerJPreprintsに掲載)によれば、Sci-Hubのデータベースには56,246,220本の論文が登録されており、有料購読となっているジャーナル(クローズドアクセスジャーナル)に掲載されている論文のうち85.2%が無料公開されていることが判明しました。掲載の内訳は、学術誌に掲載されている論文の77.8%、講演要旨集(プロシーディング)79.7%、書籍14.2%でしたが、これには大手出版社のジャーナルに掲載されている論文も多く含まれており、出版社ではエルゼビアの論文が13,185,971本(97.3%)と最多でした。 Himmelsteinらは、クローズドアクセスジャーナルに掲載されているもの(85.2%)がオープンアクセスジャーナル(49.1%)と比べて圧倒的に多いということも発表しています。これは、Sci-Hubが自由なアクセスを制限されている閲覧数の高い有料ジャーナルの論文をより多くカバーしていることを示しています。研究者が論文を閲覧するにはSci-Hubに申請しなければなりませんが、拒否されることはほとんどありません。Sci-HubはBitcoinを通じて寄付を受け付けており、その額はこれまでに68.48ビットコイン、約268,000USドル相当に上ったと推測されていますが、Sci-Hubはツイッターで、この額は正確ではないと反論しています。実態は不明ですが、いずれにせよ、かなりの寄付金を受領しているようです。 Himmelsteinらの調査によって浮かび上がってきたこれらの数字は、学術出版社にとって驚愕の事実だったのです。 ■ 始まった闘争 科学論文へのアクセシビリティを高めると賞賛され、利用者数も拡大するSci-Hub。一方、エルゼビアを筆頭に、複数の出版社や学会が異を唱えています。前述の裁判の判決が出た2017年6月、アメリカ化学会(ACS)もSci-Hubをバージニア州東部地区連邦地方裁判所に提訴し、ACSが著作権を所有するコンテンツの違法配布とACSの商標の違法利用の即刻中止を求めました。同年11月3日に出た判決では、Sci-Hubに4,800,000USドルの損害賠償金支払いと、インターネットサービス業者にもSci-Hubに対して何らかの処置を講じるよう命じられました。Sci-Hubがウェブプロバイダーや検索エンジン、ドメイン登録でブロックされる可能性を含めた判決が出たのは、初めてのことです。…