論文を出版する

論文を書籍として出版してみよう-9つのステップ紹介

論文が出来ていればそのまま書籍として出版できると思われがちですが、そんな簡単なものではありません。論文と、書籍として出版するための原稿では、構想から出版に至る過程でさまざまな違いがあります。特定の読者に向けて書かれる論文は、多くの点で書籍とは異なるのです。特定の研究分野に関する自分の論文は、より多くの読者にも興味を持ってもらえるかもしれない―という場合には、論文を書籍として出版することを検討してみるのも良いでしょう。 この記事では、論文を書籍として出版するための手順について解説します。 論文と書籍原稿の違い まず、論文と書籍として出版するのを前提に書かれる原稿の違いを見てみましょう。論文は、研究者が何年もかけて執筆するものです。行った研究について書かれた論文は、学術雑誌(ジャーナル)に掲載・公開されます。しかし、そうした論文の中には、より多くの読者に向けた書籍として出版されるものもあります。論文を書くにも書籍用の原稿を書くにも努力と時間が必要ですし、同じぐらいの文章量を書くことになるとしても、この2つはいくつかの点で異なっています。 論文は常に疑問や仮説から書き出しますが、書籍は冒頭の文章で読者の関心をつかむ必要があります。ざっくりと言えば、論文は問いかけから始め、書籍は答えから始めるということです。 別の大きな違いは読者です。論文の内容はもちろん、形式や言葉遣いは、学術関係者が読むことを前提に書かれています。一方の書籍は、より多くの読者に届けることを意図して、学術界関係者以外の読者にも理解しやすいよう、より分りやすい言葉遣いや形式で書かれます。 役割も異なります。論文は研究活動の成果を報告するものですが、書籍は研究とその研究の社会への影響について読者に関心を持ってもらうための媒体と言えます。 論文は書籍として出版するには 論文と書籍の構成が同じになる必要はありません。そもそも論文と書籍では読者が異なるので、書籍の執筆目的と同様に書き方を変える必要があるからです。書籍を特定のコース(学科)の参考図書にする意図で作成する場合は、そのコースの講義摘要を考慮し、取り上げる題材を決めます。論文は、題材のほとんどを網羅しているかもしれませんが、既存の参考図書や資料とのギャップを埋める必要はあるでしょう。 さらに、ひとつのコースのためだけでなく、焦点が異なる複数のコースの参考図書として書籍を作成したいと考えるならば、読者のさまざまな関心を考慮する必要があります。 ほとんどの論文には、相互参照(クロスリファレンス)、脚注、参考文献一覧が付いています。論文を書籍として出版する際には、専門的すぎる学術用語を使わないようにするとともに、一般的な読者向けに文献一覧を簡略化しておきます。 論文を書籍として出版する際に考慮すべきこと • 書籍を作成する目的と解決を目指す問題 •…

研究の再現性に影響する5つの要素

科学研究がうまくいかない時、何が原因なのか?この疑問に直面する研究者は多いことでしょう。研究室主催者(Principal Investigator: PI)と研究デザインについて話をした際、実験が再現できること、そして同じ結果が示せることがいかに重要かの説明を聞いた方も多いはずです。研究者は、実験計画を管理し、実験自体を成功させ、結果を示します。実験を繰り返して結果を分析した時に、最初の実験結果と同じ結果が再現できないとしたら・・・実験で何か間違えたのか、あるいは研究自体に何らかの問題があったのかと考えるかもしれません。ここでは、研究の再現性(Reproducibility)とは何で、研究に対してどのような影響を与えるものなのか、そして実験を繰り返し再現できるようにすることで、どのように研究の質を向上できるのかを取り上げていきます。 研究の再現性とは? 研究の再現性とは、研究の独自性を決定する大きな要素のひとつであり、ある研究と同じデータと手法を使って実験を行えば、元の研究と一致した結果が得られることを意味します。研究者は、ある結果を生み出した実験を繰り返し、同じ結果を得ることで、新しい発見の妥当性を確認します。さらに、該当分野の他の研究者も、元の結果に似た結果を生む同じ実験を繰り返すことができるのです。 有効な実験と結果を生み出すことは、科学界においてより確実で信頼できる科学的発見を構築し、該当分野の将来の調査研究のためにしっかりした文献に発展させるのに役立ちます。しかし、重要な研究結果を示すものの、結果が再現できない研究も多々あります。このような研究は、研究者たちを失望させ、その研究のリサーチクエスチョン(研究課題)や仮説は妥当なのか、そのリサーチクエスチョンに対しては別の方法を試すべきではないか、という疑問を生じさせることになります。 科学研究の再現性は、挑戦的かつ議論の的とされる課題ですが、研究機関や資金提供者も解決を試みています。米国細胞生物学会(American Society for Cell Biology:ASCB)は、基礎研究の再現性を高める方法とベストプラクティスを特定し、再現性に関するさまざまな用語を以下のように説明しています。 直接的再現 – 以前観察された結果を再現するのに、元の実験設計・条件を用いる。 分析的再現…

電子ジャーナルか紙媒体か – 学術雑誌の特徴比較

1665年に英国王立協会が英語圏最古の学術雑誌(ジャーナル)『Philosophical Transactions』を刊行して以降、多種多様なジャーナルが刊行されています。研究成果をジャーナルで発表することは、研究者としてのキャリアを進めるうえで大きな役割を果たします。ジャーナルは、信頼に裏付けられた学術的知見を広く伝え、論文を入手しやすくさせるための重要な手段です。現在、多くのジャーナルのオンライン化が進み、電子媒体(またはデジタル版)と紙媒体(冊子体)という2つの形式で提供されるようになっています。 紙媒体のジャーナルを閲覧する際は、統合型図書館システム(ILS)が使われますが、近年、ジャーナルを含む資料の電子化が進んでいるのに伴い、ILS以外の電子情報資源管理システム(ERMS)などのシステムを組み合わせて使うことも増えています。紙媒体のジャーナルを電子化した「電子ジャーナル」はオンラインで公開されているので、ネット環境があれば図書館に行かなくても出版された論文や文献、調査資料などを閲覧することが可能です。紙媒体が主流だったときには、印刷されたものやCD-ROMなどでしか読めなかった海外の論文などもオンラインで読むことが可能となっています。この記事では、電子ジャーナルの特徴とその強みを中心に、紙媒体との違いを挙げていきます。 1.アクセシビリティ(論文の閲覧・入手しやすさ) 紙媒体のジャーナルはそのジャーナルを所蔵している図書館で、あるいは購読して閲覧するのが一般的ですが、いつも図書館を利用できるとも限らず、高額な学術ジャーナルを個人で複数購読することも困難です。しかも図書館の蔵書数が少なければ、多くの人が同時に閲覧することはできません。さらに、紙媒体の場合は出版社から図書館や購読者に郵送されてくるため、読者が閲覧できるまでには時間を要してしまいます。その点、電子ジャーナルはオンラインに公開されれば即時に閲覧が可能です。しかも、いつでもどこからでも、複数の読者が同時にアクセスできる点は大きなメリットです。ただし、電子ジャーナルにもオープンアクセス型と定期購読型があり、それによってアクセシビリティには差が生じます。自分の読みたい、あるいは投稿したいジャーナルがどのタイプなのかは確認しておきましょう。 2.引用数 オープンアクセス(OA)の電子ジャーナルの多くは無料で閲覧できるので、その引用数は紙媒体の引用数よりも多くなります。ここ何年かの間に、OAジャーナルに掲載された論文の引用数が、OAではないジャーナルあるいは紙媒体のジャーナルに掲載された論文に比べて高くなることが分かってきました。そして、論文の引用数が増えればジャーナルのインパクトファクターも上がっていくことになります。 3.検索エンジン最適化(SEO)対策 検索エンジン最適化(SEO)とは、特定のキーワードで検索された際に検索結果ページの上位に表示されるようにする手法です。つまり、適切なキーワードを挿入するなどといったSEO対策が施されていれば、オンラインで発表した論文が上位に表示され、より多くの読者に見つけられやすくすることができるのです。論文を広く読んでもらうためには重要な役割を果たすものなので、著者向けのSEOガイドや論文を見つけやすくするためのヒントなどの情報を参考にすると良いでしょう。 4.ハイパーリンクの挿入による情報提供 紙媒体の場合には、巻末に引用文献の一覧を掲載したり、脚注に補足情報を記載したりしますが、電子ジャーナルの場合には文中にハイパーリンクを貼ることで、資料の出典や記載内容に関連する情報を簡単に提供することができます。しかし文中に埋め込まれたリンクは大変便利な反面、読者を間違った方向へ導き、何を読んでいるのか分からなくさせてしまう恐れがあることには留意すべきです。 ハイパーリンクの挿入以外にも電子ジャーナルには、類似のドメインを持つ論文を他のリンクに付けたり、動画を挿入したりすることはもちろん、デジタル広告やその他のクリック可能なコンテンツを入れ込むことも可能です。このように紙媒体ではまったく考えられなかったことが電子ジャーナルでは可能です。 5.原稿のフォーマット 紙媒体と電子媒体のどちらに論文原稿を投稿するのでも標準的な書式(フォーマット)に準じて準備する必要があります。印刷費用のかかる紙媒体では、、電子ジャーナルよりも厳しい字数制限が設けられていることがあります。これは、投稿論文に割り当てることができるスペースの制約によるものですが、字数制限に従わなければ修正を求められたりすることもあるでしょう。電子ジャーナルの場合、掲載論文はPDFまたはHTML形式で公開されます。PDF形式の場合は、紙面で読むのと変わらないイメージになります。いずれの媒体においても、フォント、デザイン、記載文章、ページレイアウト、外観(ページの体裁の美しさ)、文章のレイアウトなどは書式規定に従って作成します。 6.引用文献リストのスタイル…

査読者になるために編集者に売り込む8つの方法

査読者になることは、簡単ではありません。学術界でのキャリアアップにつなげようと、査読者の役割を担う機会をつかもうとしている新人研究者や若手研究者もいることでしょう。査読者になるには、モチベーションと意志と戦術が必要です。学術雑誌(ジャーナル)の編集者たちに手当たり次第にメールを送ることは良策とは言えません。もっと効果的な方法を考えてみましょう。 査読を担うことで得られるものとは? 学術論文の査読は、研究者にしかできません。研究者は、査読を引き受けることによって最先端の研究を知ることができ、他者の論文の評価を行うことで自らの執筆スキルの向上にも役立てられます。査読を行うことで、論文に関する批判的思考が育成されます。一般的によく見られる誤りをかなり容易に見つけられるようになるだけでなく、査読の経験を反映させて改善することができるので、自らの論文や発表の価値を高めることができます。これらのことが、自らの論文を出版できる機会を増やすことにもつながるでしょう。査読者一覧を公開しているジャーナルに名前が掲載されたり、査読者表彰/査読者証明書(reviewer certificate)を受賞したりすることによって研究者としての認知度を高めることもできます。査読を研究者としての業績と認める動きも出てきています。さらに、査読委員になることで、自分の研究分野の研究者たちと新しい人間関係を構築でき、今後の共同研究につなげることもできます。 どのようにジャーナル編集者にアプローチするか 定評のあるジャーナルに質の高い論文を掲載する 研究者としての認知度を高める最善の方法は、高評価なジャーナルに論文を掲載することです。学術誌の編集者たちは、よい論文を多数書いている研究者を探しています。同じ分野で仕事をしている研究者たちも、自身の論文の査読者候補としてあなたを推薦してくれるかもしれません。論文には、適切かつ分野に特有のキーワードを盛り込みましょう。ジャーナルの編集者がデータベースから査読を依頼できる研究者を探す際に、あなたの論文を見つけやすくすることは重要です。 ジャーナル編集者に直接連絡する ジャーナルの編集者に向けて、査読者となることに関心があることを直接伝えるメールを送ることもアピールになります。自分の専門分野に言及し、編集者が目を通せるよういくつかの業績を書き出しておくとよいでしょう。より印象づけるために、出版履歴を共有することもできます。 ジャーナル編集者と連絡を取り続ける 編集長(Editor-in-Chief)よりも、編集者 (Associate Editor) に連絡するようにしましょう。査読者を選ぶ一次審査に携わっている可能性が高いのは、編集者のほうだからです。査読経験(査読者として初心者なのか、すでに経験を積んでいるのか)、専門性、共通の関心事について率直に伝えましょう。新人研究者や若手研究者の場合、前述のことに加えて、査読者としての経験を積みたいという熱意を強調しましょう。さらに、ジャーナル編集者は提出期限順守を重要視しているので、期日をきちんと守ることも書き添えておきましょう。あなたの技能が編集者の求めるものと一致しない場合、すぐに返事が来ないかもしれませんが、3~4ヶ月に1度程度はあなたが査読を引き受ける準備があることを編集者に伝えるとよいでしょう。 研究者のネットワークに参加する…

査読コメントへの効果的な返答レター(Response Letter)の書き方

※この記事は「拝啓 査読者様 ~査読コメントへの返事の書き方~」というタイトルで2015年6月16日に公開した記事ですが、リライトにあたり情報を追記、修正して2021年5月19日に再度公開しました。 ※reviseの正しい英語発音は「リバイズ」ですが、本記事では日本語に浸透している「リバイス」の表記を使用しています。 「よい論文の書き方」を解説する本やウェブサイトは数多くありますが、査読コメントに対するよい返答方法を説明しているものはなかなか見当たりません。しかし、論文がアクセプトされたにせよリジェクトされたにせよ、編集委員または査読者からのコメントを受け取ったときには、研究者としてきちんと返事を書きたいものです。査読者コメントを別のジャーナルに再投稿する際にどの程度反映させるか、つまり、どこまで修正(リバイス)するかは悩ましいところですが、編集者や査読者のコメントに返事を書くのは、自分の論文を見直すチャンスとなります。 査読で、修正すれば採択するとなった場合、論文著者は査読者からのコメントにもとづいて論文を修正し、コメントへの返答を添えて再投稿することになります。査読者への返答はResponse letterあるいはRebuttal letterと呼ばれ、査読者や編集者のコメントそれぞれに明快かつ簡潔な返答を書き記す必要があります。ここでは、査読コメントへの効果的な返答レターの書き方について大切なキーポイントを3つ挙げてみたいと思います。 1. 査読者からのどんなコメントも批判・批評としてとらえず、査読者の懸念・関心事としてとらえる 自分の論文がリジェクトされたときだけでなく、ちょっとしたコメントでも、査読者の書き方次第では、かなり傷つくこともあります。そんなときにはグッと我慢が必要です!どんないわれ方をしても、どんな理不尽と思われる反論でも、出版前だからこそ、こちらのいい分がちゃんと伝わるように論文をリバイスする好機と捉えることが必要です。 査読者のコメントは、批判や批評として身構えて考えるのではなく、査読者の懸念であり、より関心を持っている事柄なのだと受け止め、自分の論文がそれらに応えられるよう、説明を書き加えたり証拠を追加したりしながら論文をリバイスできないかどうか、落ち着いて考えましょう。返答レター(Response letter)を書くときも、相手の「懸念」に感謝し、自分がそれにどのように対応するつもりか、ていねいに説明しましょう。 2. コメントすべてに一括で返事をする 返答レター(Response letter)では、すべてのコメントに対して一括して返答しましょう。とくに大きな変更を求められていない場合には、「いただいたコメントに沿って論文をリバイスし、できるだけ早急に改訂版を送らせていただきます」といった内容の一文でかまいません。また、変更が多い場合は、必要であれば一覧表をつくって、最初の欄に査読者のコメントを、次の欄に自分の返事を書いても構いません。「これだけ先に確認したい!」と思うようなことが出てくるかもしれませんが、査読者の負担を軽減するのも気遣いの1つです。自分の便宜のために、出版社・査読者へ複数のメールを送るようなことは避けましょう。…

Paper Mill:学術出版に新たな論文不正

Paper Millという言葉を耳にしたことはありますか?ここで話題にするのは、製紙工場ではなく、もっとタチの悪いものです。学術出版におけるさまざまな不正行為が摘発されていますが、「論文工場」とも揶揄される「論文代筆業者(Paper Mill)」による論文の量産に対する疑惑が浮上しています。 学術研究の出版履歴は、研究者としてのキャリアアップ、テニュア(終身雇用資格)獲得、さらに将来の研究プロジェクトへの資金調達にも多大な影響を及ぼします。少しでも多くの論文を出版しなければとのプレッシャーが、研究者を架空の研究論文を購入して出版するといった不正な行動に追い込んでしまうことがあります。データの改ざん、画像操作、査読のでっち上げなどが学術的な不正行為と見なされていますが、このような不正行為の数は増加する一方で、学術出版における大きな問題となっています。研究コミュニティは研究の公正さを維持するべく対策や警戒を強化していますが、研究不正や学術的な不正行為は止まらず、Nature Publishingグループ、Wiley、Taylor & Francisなどの大手出版社で受理された論文からも不正が発覚している状況です。そして、盗用、研究倫理問題、オーサーシップ(著者)に関する問題などに加わったのが、論文代筆業者による組織的な論文の量産という新たな不正です。学術コミュニティは既に対策に乗り出しています。 論文代筆業者とは? 論文代筆と言っても、問題なのは単なる論文の代筆・ゴーストライティングのレベルではなく、依頼に応じて科学論文を作成・販売する違法組織のことです。キャリアアップのため、あるいは昇進の条件を満たすために論文の出版数を必要とする研究者が、このような業者の作成した論文を購入しているようです。このサービスは純粋な商業目的ですので、研究者はすぐに投稿できる状態に仕上がった論文のオーサーシップを手に入れるのに高額なお金を支払います。他にも、実際に研究を行わず、苦労することなく国際的な学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表したいと考える研究者もこのサービスの利用者となり得ます。これではもはや「研究」論文ではないのでは……と思ったら、中には実在の研究室を持ち、実際に実験を行い、データを取り、画像を撮影することまでやっている論文代筆業者までいるそうです。となると、「論文工場」という呼び方が的を射ていると言えます。しかも、これらの業者が生成したデータを購入して、他の実験に利用している著者もいるということです。まるで、工場から部品を購入するようなものです。 代筆業者が作成した論文の特徴 代筆業者が作成した論文には、仮説、実験戦略、本文および構成における類似、さらに画像の複製・重複利用、あるいは不正利用といった点で特有の特徴があります。ひとつひとつ見てみましょう。 1.代筆業者が作成した論文は、形式に準じて書かれているため、あまり他では見られない文章の類似性があります。また、ほとんど同じ表現が使われていたり、洗練されているとは言い難い使われ方をしていたりすることもあります。これらを念頭に、次の2つの例文を見比べてみてください。 A. This study…

論文の公表は焦らず慎重に

近年、学術論文の公開スピードが以前よりも速まっています。学術出版における電子化や、オープンアクセスの拡大、プレプリントサーバーの利用などに後押しされ、研究者は新しい研究結果を少しでも早く公開しようとしています。重要な成果は、研究者間で共有されたり、一般公開されて共有されたりしていますが、特に新型コロナウイルス感染症に関する研究では、一刻も早く研究結果を発表することがこの感染症の治療・感染防止に役立つと同時に、研究の重複を防いで効率化を図ることにもつながるため、公開が急がれています。 研究論文の出版を急ぎたい理由は人それぞれでしょう。短期間で出版リストを充実させるチャンスと捉える研究者や、現状では感染症関連研究の成果により多くの注目が集まっているからという研究者もいるでしょう。どんな理由であれ、研究者は迅速に論文を公表する方法を模索しています。 少しでも早く論文を公開するためにはどうすればいいのか? 多くの研究者は、査読を経ずに論文を公開することができるプレプリントサーバーを利用しています。BioRxivのようなプレプリントサーバーには、論文の公開および論文へのアクセス(閲覧)が無料で、かつ迅速に公開できるというメリットがありますが、一方でここに掲載される論文は査読を経ていないので、「悪質な科学研究(bad science)」を拡散する可能性が捨てきれないというデメリットもあります。 コロナ禍において、認知度の高い学術雑誌(ジャーナル)のいくつかは、投稿された論文が出版までに要する時間を短縮する取り組みを進めてきました。同時に、査読プロセスがあまり厳しくないために評価が低めのジャーナルが、少しでも早く論文を公開したいと急ぐ研究者を引きつけているのも事実です。 研究論文の公開においてスピードを優先すべきなのでしょうか。あるいは、従来同様、研究者は高品質な研究出版を目指して努力すべきなのでしょうか? もちろん、研究成果を迅速に共有することはよいことです。しかし、研究の質を犠牲にしてまで公開を急ぐことはすべきではありません。 速さか品質か 学術論文の発表を研究の質よりも優先すべきでない理由はたくさんあります。このことは、プレプリントサーバーへの投稿でも、ジャーナルへの投稿でも同じです。 まず、仕上がった論文を見直すために十分な時間をとることが極めて重要です。この点は学術出版における肝心要であり、「良質な科学研究(good science)」のためには不可欠なことです。どんなときでも悪質な科学は良くないのですが、特にパンデミック下のような非常事態ではさらに悪い影響を及ぼすことが懸念されます。誤った結果や紛らわしい結果が、人の健康に直接的な害を及ぼしかねないからです。 研究者は、適切な査読プロセスを有する評価の確定したジャーナルに自分の研究論文を投稿すべきです。プレプリントサーバーに公開する場合でも、研究結果を自分と共同研究者で注意深く確認してから投稿すべきです。 やってはダメなことは 研究成果を少しでも早く公開したいという気持ちは理解できます。しかし、研究成果の質に妥協すべきではありません。特に、コロナ関連の研究は急ぎすぎているのではないかとの指摘にもあるように、慎重な対応が求められています。ここでは、やってはダメなことを確認しておきましょう。 急ぎすぎは禁物 良質な科学研究のアイデアをまとめ、研究を実行し、得られた結果を論文にまとめるには数ヶ月あるいは数年を要することが一般的です。しかし最近では、このプロセスをたった数日で済ませてしまう研究者がいます。このような場合、重視しているのは(論文を公開するという)目的であり、科学研究のプロセスではありません。彼らは、刺激的でニュースになりやすい結果を見つけることに注力し、科学研究におけるプロセスをおざなりにしがちです。また、急ぎすぎると、サンプルサイズが少ない、結果を選択的に報告するといった研究の方法で問題を起こしてしまう可能性も捨てきれません。…

否定的な結果をジャーナルに投稿する/しない?

「失敗は成功の元」と言われますが、多くの技術研究は、初期段階での失敗を乗り越えて進められてきました。曖昧さのない仮説に基づいてよく考えられた実験であっても、結論がでなかったり、否定的な結果になったりすることがあります。にもかかわらず、研究コミュニティは肯定的な結果、つまり成功事例だけを快く受け入れがちです。Daniele Fanelliという研究者が、さまざまな分野の論文を掲載している学術雑誌(ジャーナル)の4000以上の論文を分析した結果、肯定的な結果が出版されている傾向が強く示されました。これでは、科学的客観性がリスクにさらされているとも言えます。良い結果でなければ出版できないとなれば、科学者にとって論文出版がさらなるプレッシャーとなってしまうでしょう。さらに、肯定的な結果を示した論文を掲載しようとすることが、結果の偽造、情報操作、捏造といった非倫理的な行動を誘発してしまう可能性すら否定できません。 否定的な結果を公表することは、肯定的な結果を出することに比べると、出版費用や原稿を作成するのにかかる労力と時間などで割に合わない気がする――費用対効果が低いと見えるかもしれません。論文として出版すれば引用され、人の目に触れる可能性は高まりますが、一般的には研究に厳密さが欠如していたために否定的な結果になったと見られることが、研究者に結果の公表をためらわせるひとつの要因でもあります。肯定的な結果を発表する研究者の方が有能だというのが誤解とわかっていても、否定的な結果を発表するのを躊躇してしまう気持ちは否定できません。とはいえ、否定的な結果にも価値を見いだすことが、研究者が未開拓の研究に踏み込むことを奨励することにつながるはずです。 否定的な結果を出版することも大切 どのような研究結果においても重要な要素が3つあります。それは、再現性(reproducibility)、頑健性(robustness)、普及可能性(translatability)です。論文が出版されれば、世界中の研究者が、そこから新たな仮説を立てるきっかけとなることもあります。よって、妥協のない、信頼できる科学研究を進めるためには肯定的・否定的な結果ともに公表されることが大切なのです。さらに、否定的な結果を公開することは、状況に応じて研究計画を修正するのにも役立ちます。研究資材、時間、資金そして研究者の労力を無駄に費やすことを防ぐことができるだけでなく、サンプルサイズ、処理配分、あるいは報告ミスといった研究における失敗要因を特定することもできるでしょう。 なぜ否定的な結果になるのか 否定的な結果となるには理由があるはずです。では、なぜ否定的な結果になるのか?ありがちな理由を挙げてみます。 元々の仮説に不確かな部分があった。間違った/不正確な前提に基づいた仮説を立ててしまった。 研究デザインに不具合があった、使用した試薬に間違いがあった、または不適切な統計手法を利用したなど、技術的なミスがあった。 研究者が、出版済の論文に書かれていた発見について確認できなかった。 否定的な結果を公表しないことへの懸念 否定的な結果が上述の理由の1つ目と2つ目に起因する場合には、出版論文としての質が確保できません。通常、研究者は仮説を立てる段階、あるいは誤った資材を使用した段階でミスに気付き、研究/実験を中断します。なので、否定的な結果ながら投稿に辿り着く場合には、残る3つ目の理由、既に出版されていた研究結果とは一致しない結果が得られたものがあります。特に、影響力の高い、高インパクトジャーナルに掲載された論文に記された発見と異なる結果となったときには、その結果を公表することに不安を感じるでしょう。しかし、高インパクトジャーナルに出版された論文であっても、他の研究者が学ぶ機会を提供していることには変わりはありませんし、実験を繰り返した結果、否定的な結果となる可能性がないとも言えません。後から考えれば、否定的な結果を公表することが不必要な資金提供や科学の進歩を遅らせるのを防ぐことにもなるでしょう。出版界に内在する肯定的な結果のみを出版するというバイアスは、科学的偽造データを増やすことにつながりかねないと懸念されます。 否定的な結果を出版するための基準とは 研究者が否定的な結果をジャーナルに出版する場合には。十分な注意が必要です。掲載するデータは、厳しいデータ手法に則って分析し、否定的な結果を統計的に証明するものであるべきです。実験手順は、何度試しても同じ結果が得られること、技術的なミスではないことを示す必要があります。さらに、研究の方法と生データは論文を読んだ誰もが入手できるようにしておかなければなりません。そして最も大切なことは、高インパクトを得られる可能性が高いもののみを公表するようにすることです。可能であれば、同僚研究者、自分と同等のスキルを有する研究者、該当分野の専門家に共同研究者となってもらい、協力して実験を行うとよいでしょう。そうすることによって、間違いやすい点や研究デザインのバイアスを拾い出すのに役立つでしょう。共同研究者の確認を経ても否定的な結果となることが確認された場合には、より結果に確信が持てる上、高インパクトジャーナルで受理されるチャンスも高まります。 否定的な結果をフォローするための新しい取り組みも始まっています。Center…

ジャーナル査読者になるチャンスは誰にでも平等か

学術雑誌(ジャーナル)の査読(ピアレビュー)は学術出版の要です。査読とは、投稿された論文を同分野の専門家が評価・検証を行うことで、この査読を通過できた論文のみがジャーナルに掲載されることになります。 よって、誰もが査読者になれるわけではなく、ジャーナルの編集者によって選出・依頼されます。一般的には投稿論文のテーマに沿った関連分野で活躍している研究者が選ばれるわけですが、査読を引き受けたら、投稿論文を読んで品質を確認し、必要な場合にはアドバイスを提供しなければなりません。査読者が担う作業としては以下が挙げられますが、査読者の役割や選出の方法を公開している出版社もあるので、それらも参考になります。 投稿論文に書かれた研究が、学術ジャーナルで発表するにふさわしい内容であることを確認する。 既存の研究で参照すべき重要なものがある場合には、論文著者に対して助言を行う。 論文に書かれた方法および統計手法をチェックし、必要に応じて表現の訂正などを求める。 論文の結論が研究の結果に裏付けられたものであることを確認する。 理論的には、これらの実務をこなせる研究者であれば誰でも査読者になれることになります。しかし、現実的に査読を担うには、さらなる能力が求められます。 Publonsによる査読に関する調査報告書 学術ジャーナルで出版されるほとんどの論文が英語で書かれていることから、アメリカにいる研究者が査読者になることが多いのでは、と思われがちです。Publonsが公開している査読に関する調査報告書「2018 Global State of peer review report」によれば、アメリカにいる研究者が査読を担った割合はすべての査読の32.9%でした。驚くのは、この割合はアメリカの研究者による論文出版の割合25.4%を上回っていることです。査読には多くの国の研究者が関わっており、このPublonsの調査報告書には、アメリカ・ドイツ・イタリア・スペイン・フランス・オランダ・スウェーデン・カナダ・英国・日本といった先進国と、中国・ブラジル・トルコ・インド・イラン・韓国・マレーシア・ポーランドといった新興国の研究者の査読関与の比較も示されています。中国の研究者が査読を担った割合を見ると8.8%ですが、論文出版の割合は13.8%でした。割合ではアメリカを下回っていますが、中国の論文発表数はアメリカに引けをとりません。しかし、査読への関与度合の差は大きく、中国の研究者が積極的に査読に関わっていないことが見て取れます。一方、調査では、中国人著者は査読者として招待されればその任務を受ける確率が高いことも示されていました。これらの比較から、先進国の研究者が査読に関与する割合は高く、対して査読への関与が低い新興国では出版の割合が高くなる傾向があることが見えてきます。…

医学研究報告の透明性確保ガイドライン6選

2020年6月、医学雑誌に掲載された新型コロナウイルス感染症に関する論文の撤回が注目されました。その主たる理由は、データの信憑性に疑問が持たれたこと。この論文は、査読を経て発表されましたが、公開後に研究者から公開質問状が提出されて撤回に至り、世界中が新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンを一刻も早く市場に出そうと研究を進める中で衝撃的なニュースとなりました。しかし、論文が撤回されても、一度公開されてしまった論文の内容がメディアなどを通じて拡散され、予期せぬ影響を及ぼす危険性は残ります。データの透明性確保は国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)のデータ共有ポリシーにも明記されていますし、人の命に影響することであるため、データを含む研究の透明性を確保し、関連情報の公開を徹底することが必要不可欠です。 EQUATOR Networkが主導する取り組み 医学研究の報告における説明やデータが不十分であると、研究自体への信頼性に疑問が持たれるだけでなく、再現性においても問題となります。そこで、EQUATOR Network(Enhancing the Quality and Transparency Of Health Research:健康研究の品質と透明性を強化するネットワーク)が主導して、診断、疫学研究、ランダム化比較試験、観察研究などにおける研究デザインや報告に関する多様なガイドラインの作成が推進されてきました。研究報告の透明性と正確性を高めることを目的としたそれらのガイドラインはネットワークを通して研究者に提供されています。 医学研究論文で広く使われているガイドライン 医学研究の報告に役立つガイドラインの中から、広く受け入れられている6つ(PRISMA, CONSORT,…