論文を出版する

即時オープンアクセス義務化への準備はできているか?

即時オープンアクセス(OA)とは、学術雑誌(ジャーナル)に論文が受理・出版されると同時に、誰もが無料でアクセスできるインターネット上で論文を公開し読めるようにすることです。 2018年9月に、欧州の研究助成機関が助成した研究成果を完全かつ論文発表直後からオープンアクセスとするためのイニシアチブcOAlition Sが、すべての研究をオープンアクセスにすることを目指すプランSを発表して以降、研究論文のOA化が進んできました。 発足以降、cOAlition Sに参加する助成機関はヨーロッパ、米国、オーストラリア、南アフリカに広がり、2022年8月には米国バイデン政権が、遅くとも2025年末までに連邦政府から助成を受けた研究の成果は出版と同時に無料で読めるようにするとの方針を打ち出し、翌2023年5月のG7広島サミットおよびG7仙台科学技術大臣会合の共同声明には、公的資金による研究成果の即時オープンアクセスの支援を含むオープンサイエンスの推進が盛り込まれました。 日本でのOA化に関する基本方針 日本では、前述のG7会合を踏まえ、競争的研究費制度における2025年度新規公募分からの学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針「統合イノベーション戦略2023」が2023年5月に閣議決定されました。 これに基づき、日本学術振興会がOA化に関する実施方針を定め、科研費をはじめとする研究資金の助成を受けた研究論文は、原則としてオープンアクセスとすることとしました。その後、2023年10月には、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)有識者議員懇談会が議論のとりまとめとして「公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方」を公表し、この理念を踏まえ、2024年2月には「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が決定されています。 この基本方針には、「2025年度から新たに公募を行う即時オープンアクセスの対象となる競争的研究費を受給する者(法人を含む)に対し、該当する競争的研究費による学術論文及び根拠データの学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等の情報基盤への掲載を義務づける」と記されていますが、2025年度という期限が近づくにつれ、OA化への準備が不十分であるとの調査結果が出てきています。 調査結果から見える準備の遅れと財政的支援の必要性 科学技術や学術振興に関する基礎的な事項を調査・研究する国立の試験研究機関である科学技術・学術政策研究所(National Institute of Science and…

「最初の論文投稿から受理されるまでの時間」―ジャーナル新指標の提案

研究成果を論文として出版することは、学術研究にとって必要不可欠な要素です。長い間、研究者たちは研究成果を発表・共有することで、人類の知識を蓄積してきました。 論文出版のスピードを阻む障壁 しかし、学術出版プロセスは、ほとんどの研究者にとって、原稿を書き上げたからといって終わりではありません。研究論文をどの学術雑誌(ジャーナル)に投稿するかの選択は大変重要です。そして投稿された論文は、出版に値するかを判断するために査読にかけられるわけですが、この査読は学術出版プロセスにおいて最も重要な要素であるとともに、最も時間を要するものでもあります。 論文を投稿する研究者らは、ジャーナルの査読プロセスの長さを、迅速な出版を阻む大きな障壁として指摘しています。従来のジャーナルの評価指標でも、原稿が投稿されてから最初の判定が出るまでの平均時間や、受理(アクセプト)から出版までの平均時間などで出版効率が測定されてきましたが、それでも本当のタイムラインは捉えきれていません。 現在の出版システムは、何世紀もの間、かなりうまく機能してきましたが、投稿論文の量が指数関数的に増加するにつれて、著者が論文を投稿してから受理されるまでに要する時間が長期化するようになりました。 これは、査読者の都合(査読者手配の難しさや査読を引き受けられる能力の問題も含む)や、査読者からのフィードバックに基づく修正の必要度など、さまざまな要因によるものです。時には、査読需要の増加によるジャーナルの管理上の問題が査読プロセスの開始の遅れにつながることもあります。 この10年程度の間に、こうした状況および数々の問題への不満の要因が知られるようになり、重点的に研究が進められてきました。 「ジャーナルの3分の1が、査読に進まず編集者の判断で投稿後すぐにリジェクト(デスクリジェクト)するまでに2週間以上、6分の1が4週間以上を要している。このことは、査読者が査読に要する時間以外に、非効率的な編集プロセスも重大な原因となっていることを示唆している。所要時間が短く、論文がアクセプト(受理)された査読プロセスの方が、著者から高く評価されることは想像に難くない。」 Huisman & Smits (2017). Duration and quality…

研究リスク評価第7弾グローバルアンケート調査にご協力ください アンケート調査「研究を形作る倫理的側面:研究インテグリティの確保と遵守についての状況把握」

主な調査項目 AI研究における倫理的考察 倫理基準の遵守状況 課題の特定と解決策についての提言 研究倫理研修の効果 データ管理および出版プロセスの倫理的側面の意識調査 所要時間2~3分のアンケートです。 研究インテグリティの向上について、貴重なご意見をお聞かせください。 参加特典 優秀回答者10人に選ばれた方にはAmazonギフトカード3,000円分をプレゼントします。 ご参加をお待ちしてます アンケートにご参加いただき、研究倫理を取り巻く現状についての正しい理解にご協力をお願いいたします。

OA出版の論文掲載料の支払いは研究者だけの責任か?

もし、一般市民はおろか、政策決定者すら研究成果にアクセスできなければ、その研究が社会的インパクトをもたらすことを期待できるでしょうか。どのような研究であれ、有意な社会的インパクトを与えるためには、その研究成果を公開する必要があります。研究は、政策決定、技術の進歩、医療、教育、そして私たちを取り巻く世界に対する理解に影響を与えるものであり、世界と切っても切れない関係にあります。しかし、もし経済的な制約のために研究の大部分にアクセスできないままとなっていれば、研究の影響力は縮小されてしまうでしょう。 エナゴが最近実施した世界的な調査によると、研究者の82%が、自分の研究に誰もがアクセスできるようになることを望んでいることが明らかになりました。多くの人が研究成果にアクセスできるようになれば、気候変動や公衆衛生からテクノロジーや教育に至るさまざまな分野で一般市民が十分な情報に基づいた議論に参加できるようになります。しかし、79%の研究者は論文掲載料の高さからオープンアクセス(OA)プラットフォームでの出版に躊躇していることも示されています。学術研究と出版プロセスにおけるさまざまな利害関係者の 協調した取り組みがまだ十分ではないことが懸念されます。そして、OA出版のための資金獲得、つまり論文掲載料を支払う責任は誰が-研究者か研究機関か-負うべきなのかという問題も生じています。 研究者は、日々、実験を行い、データを分析し、飛躍的進歩を追求し続けています。多忙な研究生活の中で成果を出版するための費用を研究助成金の一部として申請していなかった場合、研究者は論文掲載料の支払いについても心配しなければならないのでしょうか。誰の責任となるのでしょう。 研究は、多大な献身と揺るぎない集中力を必要とする厳しい作業です。研究者は、プロジェクトの資金確保から実験計画の作成、データ分析に至るまで、責任を負うべき多数の作業を抱えています。大学など高等教育機関で学生を教育する立場にある場合、教育カリキュラムの組み立てや会議、学生のメンタリングなど研究以外の義務も発生することでしょう。この様に、研究者に課せられている苦難を考えれば、多くの研究者が論文掲載料について、または研究資金の申請方法や予算獲得のためのベストプラクティスについて学ぶために十分な時間を割けないのも無理はありません。しかしその結果として、OA出版の成功例に関する理解と認識にギャップが生じ、研究者と研究機関の双方に弊害をもたらしかねないのです。 知らないということの弊害を理解する 研究者たちは、研究成果の出版が非常に重要であると理解していますが、多くの場合、論文掲載料(それがOAジャーナルであろうとなかろうと)や学会参加費用などといったさまざまな出費を賄うために必要な助成金を確保するのに苦労しています。利用可能な助成金について知らないということは、研究者にとっての経済的なストレスや出版の遅れの原因となったり、さらには誰もが利用できる公有資産における価値ある研究を過小評価したりすることにつながる可能性もあります。 (出典:590 名の研究者を対象に行ったエナゴ学術英語アカデミーによるアンケート調査 2022年) 研究者は厳しい作業スケジュールに追われ、利用可能な助成金について把握する機会が十分ではないのかもしれません。よって、助成金に関する認知度を高めるため、研究機関は研究者を教育し、支援していくべきなのです。 研究機関の責任 研究を行う責任は個々の科学者や研究者にある一方で、研究発表や論文出版が円滑に進められるようにする責任は研究機関と共有されるべきです。この円滑化の支援には、研究者の成功を確実にするために必要なインフラ、各種リソース、ガイダンスの提供などが含まれます。この観点から、研究機関は、研究者に出版のための助成金について教育し、研究内容を世に広めるためのリソースを提供するといった責任を有しています。以下に、論文出版のための助成金に関して研究機関が研究者をサポートできる点をリストアップします。 1.認知向上 研究機関は、研究者が出版や論文投稿に利用できるさまざまな助成金について認識を高められるように尽力すべきです。定期的なワークショップや説明会の開催、明確で簡潔なコミュニケーションなどを通して、教員や学生に出版のための助成金の存在や資格基準について積極的に周知する必要があります。…

英文校正の役割と効果-論文のレベルアップを図る

学術論文の投稿準備は緊張の連続です。査読者の高い期待、投稿先ジャーナルの細かいガイドライン、教授の厳しい視線などのプレッシャーの下では、たった1つミスが、それまでの懸命な努力と素晴らしいアイデアに影を落とすことになるかもしれないと思うと冷や汗が出てくることでしょう。そんな時は、英文校正という強力な助っ人を是非活用してみてください。 深い洞察に基づく研究内容・成果が、スペルミス・文法などの間違いや書式の乱れもなく、きれいにまとまった論文を投稿するところを想像してみてください。これを実現するためには英文校正が重要な役割を担っています。この記事では、英文校正の重要性や、校正を依頼または自分で行う際に考慮すべき点をまとめました。 英文校正とは何か 英文校正とは、原稿の最終化や投稿に先立ち、書かれた文書に誤りや矛盾がないか、改善点がないかなどを注意深く確認する作業のことです。この重要なプロセスでは、スペル、文法、句読点、書式、誤字脱字、コンテンツの全体的な表現などを精査し、正確さとわかりやすさを最大限に追求します。 英文校正の本来の目的は、論文の質を高め、文章の誤りを訂正し、矛盾の入り込む余地をなくすことにあります。内容を効果的に伝え、すべての文章を文法的・構文的に正しく記すことで、読者との明確なコミュニケーションを目指します。さらに、英文校正を行うことで、一流の学術雑誌(ジャーナル)に投稿・受理されるような原稿に仕上げることができます。 英文校正の種類 学術論文の校正:学術論文、学位論文、卒業論文、研究論文などの校正。このタイプの英文校正には、適切な引用書式で書かれているかのチェック、参照スタイル(APAやMLAなど)の遵守、参照文献や参考文献の正確性の確認、適切なスペル規則(イギリス英語またはアメリカ英語など)、図表の書式要件のチェック、用語や言語の一貫性の確認などが含まれます。研究者は論文の品質と言語的正確性を確保するための支援を必要とすることが多々有り、学術論文の英文校正サービスには高い需要があります。高品質の言語編集および校正ソリューションを提供するサービスでは、高度な専門知識を持つ専門の校正者が、学術論文や科学論文の原稿に磨きをかけ、明瞭性、正確性、効果的なコミュニケーションを確保するお手伝いをします。 翻訳校正・二言語校正:翻訳校正または二言語校正は、翻訳されたテキストの正確性と品質を綿密に確認し、保証することに焦点をおいた校正です。この校正では、翻訳されたコンテンツを原文と一緒に精査し、意図された意味やメッセージが正確に表現されているかを確認します。熟練した校正者は、両言語を深く理解し、一般的な翻訳上の問題や間違いやすい言い回しに関する知識を持っていることが求められます。ソース言語からターゲット言語への文法規則の誤った適用などのエラーを特定し、修正することも含まれます。例えば、韓国語ではタイトルや見出しを括弧ですが、英語ではタイトルは通常、太字または下線付きで表示されます。オンライン翻訳校正サービスは、経験豊富な校正者の専門知識を必要としている利用者(個人または法人)にとって、貴重なリソースとなっています。 印刷媒体の校正:定評のある校正の一種で、完璧で視覚的に魅力的な出版物を保証する上で重要な役割を果たします。新聞、雑誌、ジャーナル、書籍出版社など、印刷メディアの校正者は、品質とプロフェッショナリズムの最高基準を満たす、エラーのない、視覚に訴える出版物の制作に貢献します。印刷メディアは、印刷物とオンラインの両方で完璧な外観を維持する必要があるため、余白、テキストのサイズ、間隔、フォントの選択などの書式の細部に注意を払うことが不可欠です。 プルーフリーディング(校正)の重要性 言葉には絶大な力があります。しかし、小さな間違いが大きく文章の意味を変容させてしまったり、混乱を生み出したり、本来の意味・意図が失われてしまったりすることがあります。そこで校正が必要となるのです。校正は、錯綜した文章、もつれたアイデア、誤用された単語を特定し、メッセージを合理化する手助けをします。校正を行うことで文章を滑らかにまとめ、読者があなたの考えを明確に理解できるようにします。特に学術論文の校正は、不可欠なステップです。学術論文の英文校正がいかに重要か、6つの役割を記します。 1.信頼性を高める:学術論文は、研究者の知識、技能、専門性を示すものです。内容の誤りは、研究者(学生も含む)としての信頼性を損なう可能性があります。校正は、原稿を洗練し、ミスがないことを保証し、そこに記載されているアイデアを輝かせ、その分野での権威を確立することを可能にする助けとなります。 2.明快さと一貫性を保つ:学術論文では複雑な概念やアイデアを扱うことがよくあります。英文校正を行うことで、論文の中に紛らわしい言葉やあいまいな表現、ぎこちない文章構造、論理上の矛盾などを発見し、修正することができます。文章の明快さと一貫性を高めることで、読者が論文著者の主張を理解し、効果的に議論を交わすことができるようになります。 3.流れと構成の改善:アイデアの論理的な進行を確認し、段落の一貫性をチェックし、セクション間のスムーズな流れを確保することで、よりまとまりのある、構造化された論文に仕上げることができます。これは、読者にとってより魅力的な読書体験につながるとともに、より効率的に読み進めるのに役立ちます。 4.正確さの確保:学術論文では、特にデータの提示、実験の実施方法、研究結果の分析を正確に記すことが不可欠です。校正を行うことで、原稿を完成・提出する前に、事実の不正確さ、数値の誤り、誤った解釈を特定・修正することができます。細部にまで注意を払うことで、研究の信頼性と妥当性が高まります。…

オープンアクセス出版の論文掲載料(APC)に関する5つの懸念

学術研究の成果をインターネット上で公開し、誰もが読めるようにするオープンアクセス(OA)出版は、知識を広く知らしめるものです。OA出版は科学研究の世界における革新であり、関係者間のとイノベーションを促進することで、知識へのアクセスに対する障壁を取り除くことを目的としています。しかし、課題も残されています。従来の購読モデルでは、論文へのアクセスが制限され、講読コストは高いため、利用の可能性も限られていました。OA出版は、無制限に研究成果へのアクセスを認めることで、このハードルの高さに対処しており、多様なバックグラウンドを持つ研究者が恩恵を受け、科学的知識の発展に貢献できるようになっています。学術論文をオープンアクセス化することは、科学コミュニティにとっていくつかの利点があります。 OA出版のメリットが認識されている一方で、高額な論文掲載料(Article Processing Charges; APC)を理由に論文のOA出版を控える研究者もいます。エナゴアカデミーが実施したOAに関する調査によると、57%の研究者がAPCを徴収するOAプラットフォームでの出版を控えていることが明らかになりました。 オープンアクセス出版のさまざまなモデル OA出版は、ジャーナルや出版社が論文をオープンアクセス化する際の処理方法から、大きく3つのモデルに分けられます。 ダイヤモンドOA:ダイヤモンドOA、またはプラチナOAと呼ばれるオープンアクセス出版モデル。一般的には、大学や研究機関などが運営資金を提供しているので、読者は購読費・ライセンス費用を支払うことなく、出版後すぐに論文にアクセスすることができる。 ゴールドOA:ゴールドOAとは、論文掲載後、すべての人が論文の最終版にアクセスできるようになるモデル。通常、論文を投稿した著者か所属機関が、論文が受理された段階で学術雑誌(ジャーナル)に論文掲載料を支払う。 グリーンOA/セルフ・アーカイブ:グリーンOAは、一定の制限期間経過後、原稿をリポジトリで公開することで、誰でもアクセスできるようにするモデル。このときの論文の著作権は、出版社あるいは学会などの団体にある。ほとんどのOAジャーナルおよびハイブリッド・ジャーナルはグリーンOAモデルを採用している。 APCとは APCとは、論文を掲載する際の処理費用、論文掲載料です。著者は、自分の研究論文を誰もが利用できるようにするため、ジャーナルや出版社にAPCを支払わなければなりません。ジャーナル制作費の負担を読者から著者に転嫁することで、読者は購読料を支払うことなく論文を読むことが可能になります。 科学出版におけるAPCの役割 OA出版を維持するため、多くのジャーナルや出版社は、出版プロセスにかかる費用を賄うべく著者にAPCの支払いを求めます。この料金は、ジャーナルの評判、論文の長さ、補足資料の有無などの、さまざまな要因によって異なるだけでなく、ジャーナルや書籍といった出版物ごとにも異なることもあります。APCは代替的な収入源としての役割を持つ一方で、OAの本来の目的と相反して障壁となる可能性が捨てきれません。 APCを支払うタイミング…

研究の選択バイアスを軽減する10のヒント

学術研究では、真実を明らかにするための注意深い目と客観性を確保するための揺るぎない意思が不可欠ですが、本人も気づかないバイアスは、どのように注意すればよいのでしょうか。 成功事例だけが注目されて語られ、失敗事例は記録されずに顧みられることもない―これはsurvivorship bias(生存者バイアス、または生存バイアス)と呼ばれる選択バイアスの一種で、学術研究でも生じうるものです。生存者バイアスは、洞察力をにぶらせ、理解をゆがめてしまう恐れがあります。特定の行動において成功することが当然で、その結果が保証されているかのような思い込みを植え付け、失敗事例の有用なデータを隠してしまうのです。こうなってしまうと、誤った結論、誤った決断に至りかねません。本記事では、学術研究における生存者バイアスについて探求し、その広範囲に及ぶ意味を探り、研究に与える7つの影響と、バイアスの落とし穴をうまく切り抜けるための10のヒントを紹介します。 生存者バイアスとは 生存者バイアスとは、あるプロセスや出来事の「生存者」のみを基準に判断し、生存(成功)しなかった人や事象を無視したときに発生する選択バイアスの一種です。このバイアスの名前は、「生き残った」つまり、選択を通過できたデータだけに焦点を当て、「生き残れなかった」データを無視したときに発生するエラーに由来しています。成功事例のみに注目し、失敗事例(生存していないデータ)を顧みないことによって、不完全で歪んだ結果の考察を導き出してしまうのです。このバイアスは、ビジネス、金融、歴史、そしてもちろん学術研究など、さまざまな領域で散見されます。研究者がこの生存者バイアスの影響を軽減するためには、多様な視点やデータを積極的に分析に取り入れる必要があります。 研究における生存者バイアスの影響 生存者バイアスは、事実の認識を歪め、誤った結論を導く可能性があります。失敗例や不成功例を見落とすことで、リスクを過小評価したり、成功の可能性を過大評価したり、さらには誤った仮定や方策を採用したりすることにつながりかねません。生存者バイアスを軽減・回避するためには、生存者と非生存者の両方に目を向け、極端な事例だけでなく、結果の分布全体を分析することが極めて重要なのです。 研究における生存者バイアスの例 ヘルスケアおよび医学研究における生存者バイアスの例を見てみましょう。治療や介入に成功した患者のみに焦点を当ててしまう生存者バイアスは、その医学研究に影響を与える可能性があります。生存者バイアスは、疾病診断、その中でも特に診断後の生存率を調査する際に見られます。例えば、重篤な診断をされてからの患者の生存率を見た時、診断後まもなく患者が死亡した場合、その患者は調査対象者数に含まれないので、見かけ上、生存率は高くなります。一般的に若く、体力もあり、良好な既往歴などといった因子を持つ患者(被験者)は予後が良好で、こうした因子を持たない患者と比較すると高い生存率を示す傾向にあります。しかし、病気の診断後から一定期間のみを切り取った生存率の計算では、死亡した患者が除外されるケースが多く、結果として実際の確率より健康な人の割合が過剰になってしまうのです。 COVID-19のような世界的なパンデミック事象の場合、ウイルスの影響を正確に評価することは困難です。疫学者や医療専門家は、生存率の計算だけに頼っていては包括的な把握ができないことに注意を促しています。例えば、COVID-19の検査を受けずに死亡した人は、ウイルスに関連した公式の死亡者数に含まれません。このことがCOVID-19感染者の生存率を分析する上で偏りをもたらす可能性は捨てきれません。特に、検査能力やインフラが圧倒的に不足している国では、データが不完全になり、生存率の計算に歪みが生じる恐れがあります。 「生存者バイアス」の例として最も有名なのは、第二次世界大戦中の軍用飛行機の話 でしょう。第二次世界大戦中、コロンビア大学の統計学者アブラハム・ウォルドと彼の研究チームは、軍用飛行機の研究で生存者バイアスの興味深い例に遭遇しました。彼らの任務は、敵機に打ち落とされないように飛行機の装甲を補強することでした。その任務達成のために帰還した飛行機の損傷箇所を分析し、そのデータから機体の補強箇所を提案することがミッションでした。最も損傷を受けた箇所を補強することは、一見合理的なように見えますが、ここに生存者バイアスが潜んでいます。 ウォルドは、撃墜され、帰還できなかった飛行機を無視して、無事に帰還した飛行機の損傷部位だけを考慮したのでは生存者バイアスがかかってしまうことに気づきました。この発見は、彼らのアプローチを変えることにつながり、ウォルドは、帰還した飛行機の損傷が激しい部分は、むしろ、その箇所に被弾しても帰還が可能だったのに対し、急所となる部位を損傷した飛行機は撃墜されてしまったと気づきました。ウォルドはこのバイアスを考慮し、データで過小評価されていた部分、具体的にはモーターとコックピットの周辺を補強することを提案しました。これらの急所に被弾した飛行機は撃ち落とされて帰還できなかったので、その機体の損傷箇所のデータは含まれていなかったわけです。よって、生存者バイアスを考慮した上で必要な部位を強化することにより、本当に必要な補強を施した機体ができました。 生存者バイアスは学術研究においてもいくつかの重大な影響を及ぼし、調査結果の妥当性と信頼性を損なう可能性があります。以下は、生存者バイアスが研究に与える主な影響です。 1.結論をゆがめる:生存者バイアスは、相関関係と因果関係についての基本的な誤解から生じるものなので、生存者バイアスがかかると結論がゆがめられ、事実が誤って伝えられることになりかねません。生存者や成功事例のみに注目することで、研究者は不正確な結論を導き出したり、研究対象の集団や現象全体について不当な主張をする恐れがあります。 2.理解不足をまねく:生存者バイアスにより、研究対象に対する理解が不完全になる可能性があります。非生存者や想定範囲外の結果を除外することで、結果に変化をもたらす根本的なメカニズムや要因に関する洞察につながる重要なデータを見逃すことにつながりかねません。…

人間対AI:ChatGPTの英文校正の限界

話題の人工知能チャットボット、ChatGPTは質問に答えることやテキストを生成することに加えて、文章のスペルや文法のミスを検出・修正できます。しかし、ChatGPTを英文校正に利用する限界を知っておくことは重要です。本稿では、ChatGPTでは対応が難しいポイントを洗い出し、人間の校正者との比較を通してChatGPTによる英文校正の限界を探っていきます。 ChatGPTが識別・判断できない点 1- 引用と参考文献の表記方法 論文中に記載する出典の確認、引用や参考文献が適切に表記されているかの確認と統一は時間のかかる面倒な作業ですが、ChatGPTは学術的な記載の適正を判断することはできません。 2- 情報の新旧と重要性 ChatGPTは、インターネット上に公開されている大量のテキストデータを学習し、自然言語処理技術を使用して前処理したデータを出力します。しかし、膨大なデータから情報の新旧を判断し最先端の研究に関連する情報だけを選択的に抽出する機能はなく、その情報の重要性を判断することもできません。 3- 情報の信憑性と使用の権利 上述のようにChatGPTはインターネット上で公開されている情報から学習していますが、その情報が不正に入手された情報でないかやその情報の信憑性は考慮されません。AIが利用しているデータには信頼できない情報も含まれている可能性があるので、その出力情報も見極める必要があります。 4- 専門用語、分野特有の表現 言語処理技術は日々進歩していますが、専門用語や分野特有の用語や表現も増え続けており、全てを掌握することは困難です。それぞれの分野特有のルールや、使用されるスタイルやトーンなどを理解していないと、見落としや誤って書き換えてしまう恐れがあるので、注意が必要です。 この他にも、ChatGPTには著者の文章の根本的な意図を汲むことはできないといった限界があることを忘れてはいけません。ChatGPTは機械的に処理を行うものなので、校正に使用した場合、個性のない平坦な文書に変えてしまいがちです。研究者自身の経験に基づく知見や個性が薄れてしまうことも懸念されます。…

良いリサーチクエスチョンとは?問いの立て方と手順

研究を始めるとき、どこから手を付ければよいのか悩む人も多いことでしょう。研究を行うには、まず、焦点を絞ったリサーチクエスチョン(問い)を考える必要があります。リサーチクエスチョンとは、研究を行うことによって何を求めようとしているのかを問うものです。適切なリサーチクエスチョンを設定しなければ、研究自体が空回りしてしまう恐れがあります。 研究をうまく進めるためには、具体的なリサーチクエスチョンを立てることで、研究の方向性と明確な目標を示します。良いリサーチクエスチョンの特徴を理解することは、新しい研究方法を見つけ出すのに役立ちます。 この記事では、まずリサーチクエスチョンとは何かを振り返り、どのように書けばよいか例題を挙げながら、問いを作成するための手順を概説していきます。 リサーチクエスチョンとは何か 良いリサーチクエスチョンは、研究を定義し、研究を通してどのような答えを探すのか、方向性を定めるものです。リサーチクエスチョンを作成することで、調べたいことが書かれた研究論文を見つけ出し、自身の研究 の目的を明確にすることができます。リサーチクエスチョンの書き方を学ぶことは、卒業論文や学位論文から投稿論文まであらゆる論文を書くための出発点です。また、リサーチクエスチョンは、データの分析と解釈を通じて回答する問題や課題を取り上げるものでもあります。 なぜリサーチクエスチョンが重要なのか 優れたリサーチクエスチョンは、研究の設計だけでなく、研究タイプを決定し、研究目的を特定するのにも役立ちます。リサーチクエスチョンは、あなたが取り組んでいる特定の課題を示し、個々の研究によって得られる研究結果に焦点を当てるものです。研究目的を達成し、最初に掲げた課題に対して回答するために、研究を簡単なステップに分割するのに役立ちます。 リサーチクエスチョンの種類 リサーチクエスチョンは、実施したいと思う研究の性質によって、さまざまな種類に分類することができますが、その研究のタイプによって、最適なリサーチクエスチョンの種類も決まってきます。研究のタイプは、定性的研究と定量的研究に大別されます。 1. 定性的研究におけるリサーチクエスチョン 定性的研究、または質的研究におけるリサーチクエスチョンは、広範な分野の研究にも、より具体的な研究領域にも採用されます。定量的研究の課題とは異なり、定性的研究の課題は調整が可能で、方向性が限定されず、柔軟性があります。定性的研究のリサーチクエスチョンは、発見、説明、解明、探求に焦点を当てるものです。 i.探求的なリサーチクエスチョン この種類のリサーチクエスチョンは、自らの立てた仮説に影響されることなく結果を理解することを目的としています。探求的リサーチクエスチョンの目的は、偏見や先入観を持たずに、あるテーマについてより深く知ることです。 リサーチクエスチョンの例:ある化学物質がどのように使用されているか、あるいは、特定のテーマにおける認識を尋ねるもの。…

自己盗用・自己剽窃は許容されるのか

ほとんどの研究者は、盗用・剽窃は決して許されない不正行為であること、盗用・剽窃の内容によっては、研究者としてのキャリアに深刻な影響を及ぼすものであることを認識しているでしょう。誰かが行なった研究プロジェクトや論文を自分のものとして発表することは完全に「盗作」であり、誤って他人の研究成果や論文をコピーしたり、適切な引用や注釈なしに使用したりしてしまう「剽窃」よりも深刻だと考えられています。 自己盗用・自己剽窃とは 盗用・剽窃が問題であることは自分の論文に対しても同じです。自分が過去に書いた文章を再利用することの何が問題なのかと思うかもしれませんが、自分が書いたものであっても、適切な引用や注釈なしに使用することは自己剽窃にあたります。また、自分の過去の研究アイデアや自分が発表した文書(論文や書籍など)、作成した図表などと全く同じ、あるいは微少に変えたものを出典の引用を付けることなく改めて発表する(再利用する)行為は自己盗用となり、いずれも不正行為となります。 他の研究者の論文の文章を断りなく使用するのは研究倫理に反すると認識していても、自分自身のアイデアや執筆した文章を使用することも自己盗用・自己剽窃となることは見落としているかもしれません。自己剽窃の倫理性、つまり自己文書の再使用が許容される内容や度合いに関しては研究者や出版社でも議論が分かれるところです。自分の過去の研究アイデアやコンセプトを再利用することが盗用にあたると考える研究者もいれば、論文中の文章や画像の再利用だけが盗用にあたると考える研究者もいます。しかし、多くの学術雑誌(ジャーナル)は、著者の過去に発表済の研究をどれだけ論文に再利用できるかについて、明確なガイドラインを設けているので、投稿先ジャーナルのガイドラインを確認するようにしてください。 研究者が自己剽窃する理由 意図していなかったとしても、過去の業績を新しい業績のように見せてしまうことは自己剽窃であり、研究倫理的に受け入れられないということをほとんどの研究者は承知しています。しかし、それでも一部の研究者が自己剽窃をする理由のひとつには、研究者が“Publish-or-Perish(出版か死か)”というプレッシャーに直面していることが挙げられます。研究者は、キャリアアップや研究費獲得のために、学術論文をひとつでも多く出版しなければならないという大きなプレッシャーにさらされています。自分の過去の研究を再利用すれば、実際に新しい研究を行わなくても出版実績を増やすことができるのですから、「手抜き」をしたいと思う研究者がいてもおかしくありません。 研究者の中には、自己剽窃を意に介さない人もいます。自分が著者である以上、自分の論文をどうしようが自由だと考えているのかもしれません。もちろん、適切に引用されていれば自分の著作物を参照することは認められています。しかし、過去に出版した研究アイデアや成果を新しいものとして示すことは、読者に誤解を与えることになるので注意が必要です。 自己盗用・自己剽窃は許されるのか 学術界では、自己盗用・自己剽窃は敬遠されています。自己盗用や自己剽窃を行なって出版実績を増やせば他の研究者より優位に立てるかもしれませんし、自分の研究グループや研究機関の実績としても、より大きな効果が期待できるかもしれません。 しかし、根本的にほとんどの場合は不正とみなされます。そればかりか、自分の分野の他の研究者を誤解させかねない行為でもあります。さらに、出版する研究論文とは利用可能な最新の知識であるべきとの考えに基づけば、再掲された論文が以前発表した研究の再利用だった場合、要件を満たしていないことになります。論文は、新規性のあるものでなければいけないという点から見て問題がある上に、過去に発表したものであることをきちんと引用せずに、あたかも新しい論文であるように発表することは許されないのです。 自己盗用・自己剽窃は全く許されないのか ここまでに示したように自己盗用・自己剽窃は通常許されないことですが、認められる場合もあります。そのひとつが、よく似た論文を2つの異なる言語で発表する場合です。複数の言語で発表することによって、より多くの人がその研究論文にアクセスし、利用できるようになるため、問題ないと認められることもあります。しかし、異なる言語で発表したとしても内容としては1つであることを明確にしておく必要があり、出版記録上では、2つの別々の論文としてカウントされるべきではないでしょう。 また、研究者は本の一部(章など)の執筆を依頼されることもあります。ジャーナルなどに掲載した原著論文や資料を再利用することも多いはずです。このような場合、著者は元の掲載を引用すれば、自分が過去に発表した論文や研究成果を再利用することができます。 論文の再利用は 「フェアユース」、つまり一定の条件を満たしていれば著作権者から許可を得なくても著作物を使っても良い、と考える研究者がいるかもしれません。例えば、ある論文にコメントしたり批評したりする目的であれば、出版された論文の一部を著作権者の許可なく利用してもよいと考えるのです。とはいえ、これはごく短いテキストやコンテンツにのみ適用されるのが一般的であり、引用するにあたって出典情報を適切に記載する必要があります。そして、他の研究者の論文であれ、自分の論文であれ、引用したい論文またはコンテンツの著作権を誰が実際に持っているかには注意が必要です。多くの場合、出版された論文の著作権はジャーナルにあり、著者は著作権を持っていないのです。…