ワールドアカデミックニュース

新たな国際的研究拠点 欧州に注目

国際的な研究の経験を積みたいと考えている研究者は大勢いるため、研究職のポジション争いは熾烈であり、特に若手研究者が職にありつくことはとても困難です。それでも自国以外の国際的な研究機関で経験を積めば、母国に戻って研究職に就ける可能性は高くなります。それだけではありません。異なる文化的背景を持つ研究者たちとの研究に参加することで経験を重ね、新しいスキルを獲得し、幅広い人脈(ネットワーク)を形成することも可能です。かつて米国は、国際的な研究の場として人気が高かったのですが、近年は欧州の人気が高まっています。 欧州で研究するメリット 欧州は、さまざまな理由から研究者に人気となっています。その理由をいくつか挙げてみましょう。 世界的な大学の存在 欧州には世界でも有数の大学や研究機関があります。2018年には、査読付きの科学およびエンジニアリングの論文の25%が欧州連合(EU)の研究者から出版されたものでした。EUの後には中国(21%)、米国(17%)が続きます。欧州の研究者は、研究成果を出して出版しなければというプレッシャーはあるものの、責任を持って研究を進めていると言えます。 ファンド(研究資金) 研究には資金が必要です。EU諸国は研究およびイノベーション(技術革新)に割り振る予算を増額しており、さらに欧州最高レベルの研究を奨励する欧州研究会議 (European Research Council, ERC)の研究助成金には、どの国の研究者でも申請することができます。ホームページの情報によれば、その助成金の給付規模は過去10年間で総額約120億ユーロに達しています。唯一の申請条件は、研究の大部分がEUの研究機関によって実施されることです。欧州には多数の有名大学や研究機関が点在しており、スイスのチューリッヒのように生活費の高い都市にキャンパスがあって若い学生にとって費用の工面が大変な大学もあれば、一方で、ベルギーのルーヴェンにように比較的済みやすい都市を拠点とする研究機関もあるので、助成金の獲得にEU内の研究機関でと条件が付いていたとしても選択には困らないでしょう。 契約 ドイツのように博士課程(PhD)学生が雇用契約を締結することができる国もあります。雇用契約に加えて、年金の支給といった追加保証や、指導教官と学生を守るために就業規則のある大学もあるそうです。 学問の自由 欧州の研究機関は、他国の研究機関と比べて学問の自由を認める傾向が強いようです。実際に、国レベルで学問の自由を推進すべく議会に働きかけています。…

h指数の提案者が問題提起 !?

学術論文の影響度を測る指標にはインパクトファクター(IF)や h指数 (h-index)などが知られています。h指数は物理学者のJ. E. Hirsch氏が「個々の科学研究成果を定量化する指標」として提案したもので、研究者の研究成果を定量化する指標のひとつとして広く利用されています。しかし、複数分野に及ぶ研究を行っている研究者の影響力を考慮できないなど、評価指標としては不十分であるとの意見も出ています。 h指数の意味 例えば、ある研究者のh指数がh=10と示された場合、この研究者が発表した論文の中で被引用数(引用された数)が10以上ある論文が少なくとも10本以上あることを意味しています。一般的にはh指数が高ければ、被引用数の高い論文を多数発表しているということになります。h指数の算出は被引用数の正確な調査に基づいて行われるべきものであるため、被引用数の数値が正しくない場合にはh指数の正確性も怪しくなってしまいます。また、共著者が多数いる場合の考慮が欠けていたり、分野によっては引用数に差があったりするなど、すべての分野、あらゆる研究者の評価指標としては適切ではないといったいくつかの懸念も指摘されています。そのため、h指数はあくまでも研究成果を定量的に評価する指標のひとつとして利用されています。h指数は学術雑誌(ジャーナル)を評価する指標としても使われていますが、これはGoogle Scholar上で被引用数を算出した「Google Scholar Metrics 」として掲載されているので参考にしてみてください。 h指数ではわからない5つのこと 上述のようにh指数は学術界で広く使われている指標のひとつですが、h指数の問題点については学術界で議論されてきました。査読を迅速化かつ効率化させることで認知度を高める査読登録サービスであるPublons が「h指数ではわからない5つのこと 」と称する記事を掲載しているので紹介します。h指数ではわからないこととは以下の5つです。…

新型コロナパンデミック下で誤情報を拡散しないために

世界各地が新型コロナウイルス感染(COVID-19)拡大にともなう外出禁止や非常事態におかれています。このような非常事態下では、情報収集が重要ですが誤情報の拡散にも注意が必要となります。SNS上に出回っている情報の中には、著名な大学や医療機関の名を語って伝達されているものや、不安をあおるような内容も多数あるようです。悪意がなかったとしても、誤情報を拡散することによって特定の機関への問い合わせを殺到させて業務停滞を招いたり、誤った判断を促して感染を拡大させたりする恐れがあることは認識しておくべきです。トイレットペーパー不足に始まり、症状に関わる不正確な情報や、「こうすれば感染を予防できる」といった情報に惑わされないためには、どうしたらよいのでしょうか。 WHOの誤情報対策 誤情報は日本だけでなく世界中でも問題となっており、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2月15日のミュンヘンでの会議で、我々はコロナウイルス感染症(epidemic)だけではなく、彼がインフォデミック(infodemic)と称するウイルスに関する誤った情報と戦っており、誤情報(フェイクニュース)はウイルスよりも早く簡単に蔓延していくため、信頼できる情報を把握することが困難になっていると指摘しました。WHOは、各種ソーシャルメディアの調査を行うとともに、科学的知見や証拠に基づく対策の必要性に言及しています。また、ウェブページにコロナに関する誤情報打開策「Myth busters」を質疑応答形式で掲載しています。「10秒以上咳き込まずに息を止めていられたらコロナには感染していない?」といったものから「コロナウイルスは5G(通信)ネットワークに乗って拡散する?」といった質問まで、適宜更新されているようなので参考にするのもよいでしょう。 ワシントン大学の取り組み 2019年12月、ワシントン大学シアトル校の5人の研究者が、誤情報の伝搬を研究する情報公開センター(Center for an Informed Public)を立ち上げました。このセンターでは、世界の感染者数ではなく、コロナウイルスのパンデミックに伴って誤情報がどのように拡散していくか、そうして広がった情報が人々の認識にどう影響するかを研究しています。3月24日のScienceには、同センターの設立メンバーである社会学者と危機情報学研究者に行ったインタビューが掲載されています。彼らは、オンラインにおけるコミュニケーションでどのようにデータや統計が広まり、どう理解され、その結果がどのように判断および行動につながるのかを調べています。彼らは、過去の危機的状況における誤情報の拡散を踏まえ、危機的状況下で誤情報が多くなることは、不確実性と不安が高まる災害時において何が起こっているのを理解しようと努める人々の自然な反応であると考えています。情報の入手は不安の軽減または解消に役立つことが確かな一方、困惑や混乱を招くこともあり得ます。テレビ、ネット検索、SNSといった情報ネットワークが浸透している現代では、継続的な情報更新が可能な反面、情報の真偽にかかわらず簡単に拡散してしまうという問題が避けられません。過剰な情報が与えられる中で、どの情報を信頼し、どれを信用すべきではないのか考えなければならないのです。また、政府や自治体などの政策指導者の発信が科学に基づく情報と矛盾しているような場合、不信感を招くだけでなく、公的な機関に対する信頼を損なう恐れがあります。このような影響は長期にわたることもあり、把握しきれていません。政策指導者らは、専門家とその時点で最良とされる情報を共有し、一貫性を持って情報を提供していくことが求められます。 危機情報学に基づく誤情報対策~3つのアドバイス 同センターは、情報が従来からのメディア媒体とSNSの間でどのように移行するか、情報の流れに注視しており、IT企業や個人、危機管理者に向け、情報の流れと情報の影響を理解し、正確な情報発信を促進する方法についてのアドバイスの提供にも努めています。ここでは、危機情報学者からの誤情報対策のための3つのアドバイスを記します。  情報を求め、共有しようとする際に、虚偽や誤情報の拡散に加担する可能性があることを自覚しておく。誤情報の拡散は不安や不確実性の解消に役立たないと認識する。 災害情報提供者は、情報が専門家(医療従事者や感染症の研究者など)の知識に基づいた情報の提供に努め、所属する団体・機関内での整合性を保つ。また、事象固有の不確実性について適格な情報を提供するとともに、「事実」も時間経過とともに変化する可能性があることを情報受信者に伝わるように努める。 政府関係者や自治体などの政策指導者は、誤情報や虚報を拡散したり、科学的知見や専門家による勧告に疑問を投げかけたりすることによって及ぼす影響について慎重に検討する。対応を誤ると、個々の状況および危機的状況への対応において短期的・長期的な弊害をもたらす可能性があることを認識しておく。…

オープンアクセス論文の引用率は本当に高いのか

欧州の研究機関をはじめ、オープンアクセス(OA)出版を積極的に後押しする動きが高まる中、OAの普及が加速化していますが、その一方で、定期購読料につき大学などの研究機関と出版社との対立が膠着状態となっています。実際、OAに掲載された論文の方が、購読雑誌に掲載された場合よりも閲覧数・ダウンロード数ともに多くなることが判明しており、その傾向は一層強まると予想されています。 https://www.youtube.com/watch?v=10cfN0EvKh0   確実に読者を掴むOA出版 2014年にNature Communicationに掲載された研究情報ネットワークResearch Information Network (RIN)による調査の結果、OA方式の論文の方が従来の定期購読方式の論文よりも閲覧数、引用数ともに上回っていることが明らかにされました。例えば、2013年上半期にOA方式と定期購読方式の両方で提供するハイブリッド・タイプの学術雑誌であるNature Communicationsに掲載された722本の論文のトラフィックをRINが分析した結果、OA論文と定期購読方式の論文の閲覧数に明らかに有意な差が見られました。この6ヶ月のOA論文の閲覧数は非OA論文の2倍を上回っていました。さらに、2010年4月から2013年6月の間に同誌に掲載された2000本以上の論文の引用数を分析した結果には、購読のみの非OA論文とOA論文の被引用件数の比較において、第一四分位数(データを小さい準に並べたときの25%の位置にある数字)では非OA論文3に対しOA論文4、第三四分位数(同75%の位置にある数字)では15対21、中央値では7対11といずれの点でもOA論文の引用数が上回っていることが示されていました。 OAの影響は学術雑誌の枠を超える OAのプラスの影響は、学術雑誌に留まりません。ドイツのライデン大学の博士課程のRonald Snijderの調査によると、研究成果の書籍をOAで閲覧可能とした場合、OAで読めない(非OA)書籍よりも引用件数が10%程度高くなっていました。ここで注目すべき点は、書籍をOAで無料提供しても、紙媒体の書籍の売り上げにマイナスの影響がほとんど生じなかったことです。インド、中国、インドネシアなどの国々では、OA版のダウンロード数の方が非OA版を上回っていました。この傾向は、スウェーデンのルンド大学が運営するDirectory of Open…

ICMJE 医学論文投稿・査読・出版の世界的ルール

新型コロナウイルス感染拡大が世界に大きな影響を与えている状況下において、医学研究の重要性は改めて痛感されるところです。そこで、医学研究成果の信頼性を確保していく基盤でもある医学論文執筆における世界標準とされるICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)投稿規定について再確認するとともに、改訂に向けた動きを紹介します。 ICMJE(医学雑誌編集社国際委員会)とは ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)は、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)の編集者の集まりです。世界医学雑誌編集者協会(World Association of Medical Editors: WAME)をはじめ、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)および出版社など14の組織・団体で構成されています。ICMJEが策定したRecommendations for the…

STEM分野の女性差別改善に男性ができること

学会で出会った女性科学者2名が、昼食時に学術界の女性差別の話題になりました。 A博士:科学界で女性が出世するのは難しいわ。2019年に米国でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野でフルタイムの仕事に就いている人のうち、女性はたった24%だって知ってた? B博士:ジェンダー格差がいまだにそんなにひどいなんて信じられないわ。これは世界的な問題だけど、ジェンダー格差に関する認識は世界中に広がってきているのでしょう。最近は、不公平な状況を変えて、女性の活躍を後押しする男性も出てきているようよ。 はたして、STEM分野でのジェンダー格差とは、どのような状況なのでしょう。そして、この状況を改善するために男性研究者ができることはあるのでしょうか。 学術界のジェンダー格差 学術界におけるジェンダー格差は、確かに世界的な問題であり、特にSTEM分野では歴然としています。まず、STEM分野での女性研究者数自体が少ないので、論文執筆および査読における女性研究者の割合も男性より少なくなっています。例えば、オープンアクセスのFrontier Seriesの学術誌を対象にした2017年調査によると、女性執筆者は全体の37%、同様に査読者は28%でした。研究組織のトップの女性比率も低く、研究費の獲得金額にも差があります。プライベートにおいても女性の方が子育てによって大きな影響を受けやすく、理系のフルタイムの研究者や専門家が子供を持った場合、43%の女性が専門分野を変更する、非常勤になる、あるいは退職する、との調査結果があります。男性ではこの比率は23%であり、差は顕著です。 このような格差が存在することは広く認識されてきており、改善の取組みも議論されていますが、「女性がどう対処するか」の議論がほとんどです。ここでは、「男性は改善のため何ができるか」について、実際の取り組み例を紹介してみます。 改善に向けて男性ができること 世界の科学研究における女性の参加割合は30%に満たないとも言われています。特に、STEM分野でジェンダー格差が根強いのには、非常に多くの要因が関係しています。それらの中には、男性の行動で変わりうるものもあるのです。 無意識のジェンダーバイアスを認識する まず、「無意識のバイアス」を認識することです。女性には子供のときからSTEM分野に進む気持ちをそぐような文化的風潮が働きやすく、意欲をくじかれかねません。学校でも職場でもSTEM分野は男性の数が多く、そこに女性が入っていくには勇気と努力が必要です。STEM教育におけるジェンダー格差についてUNESCOが2017年に発表した調査レポートによると、世界の高等教育においてSTEM分野を選択している女性の割合は35%であり、研究者では28%に留まります。教育課程が進むにつれて、女性が理系に興味を抱かなくなる傾向があり、中等教育過程で男女格差が顕著になります。「女性は理系に向かない」という思い込みや、教育現場や家庭環境に内在するさまざまな要因が女性をSTEM分野から遠ざけています。男性が、女子学生や職場の同僚の女性を勇気付け、または自分の娘のSTEM分野への興味を育むなど、わずかに後押しするだけでも違いが出てくるでしょう。 変だと感じたら声を上げる 小さなことでも格差や偏りに気がついたときに声を上げることも大切です。例えば、会議で女性の発言がさえぎられたり、なんらかの役職への候補者が男性だけで占められていたりしたときに、変だと感じて声を上げることが、ジャンダー格差改善の一歩です。そしてさらに進めて、実際に女性差別的な発言や行動を見たら、その場で注意喚起することが望まれます。そうした指摘がスムーズにできるように、同僚同士で注意の仕方を学びあう試みをしている研究者もいます。そうした人たちは、女性に障害を克服するよう励ますのではなく、障害を取り除くように男性も積極的にかかわるべきだと考えているのです。 男女平等(ジェンダーバランス)への配慮を求める…

p値ハッキングとは?有意水準0.05をめぐる落とし穴【p-hacking】

研究の世界では統計的な有意性が求められます。 有意性の判定基準として通常は「P値(有意確率)」が使われており、調査・研究対象によって違いはありますが、一般的には0.05(= 5%)を有意水準として、P値が0.05以下の時に仮説が有意であるとされます。 これはつまり、この事象が起こりえる確率は95%以上であるということを示しているわけで、P値が低ければ低いほど起こりえる確率が上昇することになり、その結果、有意性の度合いが高いと評価されます。 ここで、統計的有意性「P値」について簡単に説明しておきましょう。 得られたデータ標本から計算した統計値を「統計量の実現値」と言います。「P値」は、帰無仮説(設定した仮説は成立しないという仮定)が正しいとした場合、そこで得られる統計量の実現値よりも極端な統計値が観測される確率のことです。 統計量の実現値においてP値が0.05(5%)以下ということは、「帰無仮説が正であれば(つまり仮説が成立しない)、観測されたような事象が生じる確率は5%以下と極めて珍しい。従って帰無仮説は成り立ちにくく、仮説が正である可能性が高い」ということです。少々ややこしいですが、帰無仮説を用いた検定は、逆側からの立論となっているので辛抱してください。 なお、「P値」の「P」は「Probability(蓋然性、確率)」のPです。さらに話をややこしくするのは、統計指標であるはずのP値に、誤用や誤解が付き物であるという実態です。 このため、一部の研究者や学術雑誌(ジャーナル)はP値の使用を控える動きがあることも書き添えておきます。 さて、本題に入りましょう。太郎さんと花子さんという二人の研究員の会話の形で問題を解説します。 統計的有意性の追求 太郎:やり方を間違ったかな。有意な結果が出るはずなのに、P値は約0.08。どこが間違ったのかわからないよ。 花子:手順を再確認してみた? 太郎:やったよ。手順には問題がなさそうなんだ。指導教官は高インパクトなジャーナルにこの研究成果を発表して、次の研究プロジェクトの資金を獲得したいと思っているのに、今のところ得られている実験結果は、統計的に有意とは言えないよ。やり方を変えてみようかな。 花子:どう変えるつもり?…

オープンアクセスの動向と課題

オープンサイエンスが進展し、国際的にも広がるにつれ、研究の専門家に限らずあらゆる人が学術研究の成果や研究に関連する情報にアクセスできるようになってきていますが、同時に研究スタイルやデータ共有などに影響がおよんでいます。今回は、オープンサイエンスとは切っても切れないオープンアクセス(OA)の動向と課題について振り返ってみます。 https://www.youtube.com/watch?v=10cfN0EvKh0 オープンアクセスウィーク 毎年10月に、オープンアクセスに関連するイベント「オープンアクセスウィーク」が世界各地で開催されており、2019年は10月21日から27日に行われました。このイベントは、2008年に学術・研究図書館の国際連合であるSPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)と学生コミュニティが立ち上げたもので、以降、毎年開催されています。2019年のテーマは「Open for Whom? Equity in Open Knowledge(誰のためのオープン化?オープンな知識における平等を考えよう)」で、まさに研究活動を進める上での本質的な問題を突いているものでした。この質問を投げかけることで、既存のシステムがもたらしているとされる不平等性をオープンアクセスが解消できるかを議論しています。オープンアクセスウィークの詳細情報はwww.openaccessweek.orgで公開されているので、掲載されているブログなどを読んでみると興味深い見解を知ることができるでしょう。…

科学技術基本法の改正で変わること

国会での審議なんて学術研究には関係ないよ……と言われるかもしれませんが、今国会は要注意です。というのは、今国会に科学技術基本法の改正案が提出されると見越されているからです。はたしてどのような「改定」が検討されているのか、近年の日本の科学研究の危機的状況を解消することにつながるのか。改定で変わることを見てみます。 1995年に議員立法で成立した科学技術基本法は、日本の科学技術・イノベーション(技術革新)創出の振興を目的として設定されたものです。科学技術の振興に関する施策を計画的に推進するため、基本計画(科学技術基本計画)、研究推進のための総合的な方針、研究設備・環境の整備および研究者の育成などに関する定めを示しています。1996年から5年ごとに策定するよう定められていますが、近年は特に時代にそぐわない課題がいろいろ出てきているので、それらを踏まえた改正法案を2020年の通常国会に提出し、2021年度からの第6期科学技術基本計画に反映させるとしています。よって、今回の改正は日本の学術研究に大きな影響を及ぼすと考えられるのです。 2019年11月20日、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の有識者による作業部会は「科学技術基本法」の改正に向けた報告書『科学技術・イノベーション創出の総合的な振興に向けた科学技術基本法等の在り方について』 を公表しました。政府はこれを受けて具体的な法改正作業を進め、今年1月からの通常国会での法改正成立を目指しています。今回の改正が実現すれば、これまで対象としていなかった人文科学の振興が追加され、さらに、イノベーション創出の概念が明確化されることになり、今後の日本における科学・技術政策のあり方などに大きな影響を与える可能性があると言われています。 改正の柱のひとつは、従来の基本法の対象が「人文科学のみに関わるものを除く」とあるものの修正です。科学技術基本法の第一条を見ると、冒頭に「科学技術(人文科学のみに係るものを除く)の振興に関する施策」と規定されています。今回の改正でこの規定をやめようとしています。日本学術会議 は、人文・社会科学を含む科学・技術の全体について長期的かつ総合的な政策を展開することの必要性を指摘しています。これは、近年、地球規模の環境問題や人口知能(AI)、ゲノム編集技術の発展といった現代社会の課題に対応するためには人文・社会科学の研究も不可欠になっているとの意見が増えていることが背景にあります。環境問題の解決には、自然環境と人間活動の結びつきを理解する必要があるため、生物学、地球科学、社会科学、人文科学など多分野からのアプローチが求められます。また、AIによる自動運転を実用化する場合、法律や行政の知識が必要となるため、イノベーションの段階から人文・社会科学も一緒に研究に携わる必要が出てきます。改正法となる「科学技術・イノベーション基本法」(仮称)では、AIの自動運転による事故の扱いなど、人文・社会科学系の知や解釈を重視するとしています。実際、2016年にはグーグルの自動運転車が公道での走行実験中に接触事故を起こし、法的責任に関する問題が指摘されました。このとき、米運輸省道路交通安全局はグーグルの自動運転車が搭載する人工知能(AI)を連邦法上の運転手とみなす方針を明らかにしましたが、運転手の有無や介入の仕方によって運転責任が変わってくることなどを鑑みれば、自動車に関する法令につき抜本的な議論が必要となることでしょう。同様に、ゲノム編集の研究でも、法学あるいは倫理学的な視点が必要になってきます。2019年に中国研究者が遺伝子操作した受精卵から双子が誕生したという衝撃ニュースが世界を駆け巡り、日本の国会でもゲノム編集技術について審議 されましたが、厚生労働省は従来通り研究指針で規制する考えを示しました。つまり、日本では遺伝子を改変した受精卵による妊娠・出産させることを研究指針で禁止しているのみで、ゲノム編集による改変は網羅的には規制対象となっていないというのです。受精卵の操作については倫理的な問題も議論されていますが、他のゲノム編集技術も日々刻々と進歩し、同じく2019年には日本でゲノム編集された食品が解禁になっているなど、既にゲノム編集が身近なところに迫っていることから慎重な議論が必要となっています。このような状況を踏まえ、文理融合の研究とそのような研究を推進する研究者の育成が急務となってきているのです。 もうひとつの改定の柱は、現行の基本法にはないイノベーションの概念を導入するとして、科学技術・イノベーション(STI)を明確に定義付けていることです。近年の科学技術・イノベーション(技術革新)政策の動向を踏まえ、科学技術振興を基本理念とした現行法とのズレを修正するために必要な規定を追加するとしています。「イノベーションの創出」が重要であることを前提とすることで、イノベーションのプロセス全体を通じて自然科学と人文・社会科学が連携することが期待されます。日本の学術研究の将来が不安視される中、科学技術レベルの向上とイノベーションの創出は重要です。政府は、科学技術イノベーションは経済再生の原動力であり、科学技術イノベーション政策を強力に推進していくと表明。一方の学識者は、今回の改訂で「イノベーションの創出」が書き込まれようとしている点は評価しつつ、基本法本来の目的である科学・技術振興、とくに基礎研究振興の視点が後退しないか注視する必要があると指摘 しています。大学や国立研究所がイノベーション創出のため「成果の普及」を義務づけられた場合、産学官連携への国家動員が強まる危険性を懸念する識者もいます。また、従来の自然科学中心の科学技術振興に加えてイノベーションにまで範囲を広げることで、自然科学における最先端技術に大きな予算が配分されている現状の科学技術予算の範囲は大幅に変わると予想されます。政府は、平成28~32年度の第5期基本計画 及び統合イノベーション戦略でも重要な分野や効果の高い施策への重点的な資源配分を図り官民の研究開発投資の拡充を目指してきました。科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律等の見直しでは、産学官連携を活性化するために国立研究開発法人の出資規定の整備 を行うことも検討するとしていますが、予算配分は研究者にとって影響が大きいだけに今後の動きにも注意が必要でしょう。 今回の科学技術基本法改正により、日本の学術界のサイエンス至上主義が見直され、人文社会科学の存在感が増すことを期待します。 参考: 文部科学省 科学技術基本法について(外部リンク) こんな記事もどうぞ…

気になる研究助成金の分配方法

研究助成金は研究を続ける上で不可欠です。なんとか必要な額の助成金を得ようと苦労している研究者が、申請が不採択となった理由を知りたいと思うことは不思議ではありません。助成金の審査方法だけでなく分配方法も気になります。一方、助成金提供者側にとっては、助成金申請の数が増加すると、事務手続きが膨大な量となって負担が重くなる上、すべての申請内容を評価し、合意を集約させるのは一苦労です。では、手続きを簡略化する対策として「公正な抽選により、あなたの申請は不採択になりました。」と言われたとしたら、研究者は納得できるのでしょうか? 実際、資金提供者の手間と審査に要する時間を削減すると同時に、公平性を保つため、申請をランダムに選んでいる(任意抽出している)組織があるようです。ニュージーランドの保健研究会議(Health Research Council)は研究資金提供先を「くじ引き方式」によって抽出している一例ですが、このように部分的なものも含めてランダム抽出を行っている団体・研究機関の数は増えているとnatureの記事が指摘しています。 変わりゆくプロセス 研究資金提供団体の中には従来の選出方法は妥当ではないとして、「くじ引き方式」を実施しつつ、研究助成金の選出プロセスに透明性を持たせるための新しい方法を模索しているところもあります。一方、従来の方法をとっている団体も、研究分野によってはランダム抽出への動きがあることは認識しており、今後の動きを検討しています。2019年11月にスイスのチューリッヒ大学で開催された会議では、科学界におけるより広域な作業にもランダム式選考を採用すべきとの意見も出されました。この主張によれば、助成金申請の抽出に留まらず、どの論文を出版するかの選出や、さらにはどの候補者を研究者として採用するかの選考にも使うことができるとしています。この会議の主催者でもあるチューリッヒ大学の経済学者は、ランダム方式は現在のプロセスよりも高い開放性を得ることができるだろうと示唆しています。現行プロセスは、研究者にとっては申請書類の作成に関するさまざまな作業に手間取る割にはいくら苦労しても不採択となる可能性は捨てきれず、評価委員にとっても大きな差異のない申請書類を大量に仕分け、評価、選出することに多くの時間を要することから、効率的とは言い難いと述べています。さらに、標準的な評価が、政策立案者、出版社、大学の事務局が思うようには行われていない上、審査・選考を行うあらゆる組織・団体が的確な基準をもって機能しているわけではない現状も指摘しています。 今では、ニュージーランドの技術革新科学基金(Science for Technological Innovation National Science Challenge, SfTI)やスイス科学財団(Swiss National…