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日本政府が10兆円規模の大学基金を創設

2020年12月8日、日本政府が10兆円規模の大学基金を創設し、大学の国際競争力の強化および、若手研究者の人材育成、研究施設の整備支援に充てる方針を発表しました。経済対策の一環として日本の大学の研究力の抜本的強化を狙ったものです。国の財源からだけでなく、参加する大学や民間の資金を活用することも検討するとし、文部科学省所管の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が外部機関に資金の運用を委託する予定です。国内外の債権や株式などへの投資を行うことで運用額を段階的に増やし、3年後を目処に10兆円規模を目指すとしています。この支援は、世界的な研究を行う大学を対象としたものですが、具体的な選定方法は今後の検討となっています。 進む法整備 2021年1月18日には、管首相が施政方針演説で「十兆円規模の大学ファンドにより、若手研究人材育成などの基盤整備を行い、世界トップレベルの成果を上げる自律した大学経営を促します。(演説より抜粋)」と述べました。そして1月28日、「国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)法」の改正法が参院本会議で可決、成立しました。この法改正が成立したことによりJSTが大学支援資金を運用することが可能となります。JSTは、運用業務担当理事(CIO)と運用・監視委員会を設け、リスク管理体制の構築を進めることになります。資産運用の考え方は内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に設置されるワーキンググループで検討し、損失リスクの管理にも責任を負うことになりますが、財政融資資金の償還リスクが高まった場合のリスク運用停止などについてなどの指標などに関する論点は残されています。大学等への寄付が根付いている海外では寄付金などを財源とした基金を運用し、その運用益で研究開発を支援している大学があるのに対し、日本では政府指導で基金の創設が進められることとなったわけです。2020年度の第3次補正予算案で約5000億円、さらに2021年度の財源投融資で約4兆円の計4.5兆円を確保したものを資本として2021年度より運用を開始。早期に10兆円規模の運用元本を形成することを目指すと書かれています。ファンドの期限は50年。「国際的に卓越した科学技術に関する研究環境の整備充実並びに優秀な若年の研究者の育成及び活躍の推進に資する活動に関する助成を行う」ことを目的に22年度から運用、23年度から大学への分配を始め、将来的には大学が自ら民間資金を拡大して政府支援から脱し、欧米の大学のように自らの資金でそれぞれの基金を運用することを目指すとしています。 不安要素 研究支援に使える資金が確保されるのは喜ばしいことです。とはいえ、不安要素がないとは言い切れません。今回、基金の運用を行っている欧米の有名大学をモデルケースとしたようですが、欧米の大学の資金は自己資金であり、基金の運用は大学によって行われています。根本的に、中央政府が多くの大学を対象として設ける日本の基金は文科省が参考としている欧米の大学の状況とは異なるものです。日本の大学がどこまで基金への積み増しをするかは不明ですし、大学の研究費は文部科学省の予算(一般会計予算)から交付されてきているので、従来の研究費の出し方とも異なることになります。 さらに具体的な基金の運用方法は明らかになっていません。この大学基金10兆円が株式投資という形をとるということは、東京株式市場への影響が出てくることは否定できません。Bloombergには、渡海紀三朗元文部科学相がこのファンドの運用益で大学の支援を行うために、運用資産が10兆円となった際には年3%程度の収益率が望ましいと考えているとのコメントが掲載されています。これは年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の過去20年と同水準と書かれていますが、この低金利の時代に、金融緩和で株式市場にお金が流れ込んでいた時期の利回りを参考にするのでよいのかは疑問です。もちろん、公的資金を株式に投じて運用益を確保するにはリスクを伴います。運用に失敗すれば国民負担が生じることになるのではないか、特に世界経済の動きが激しい昨今、景気変動のリスクを加味すると不安定な財源になりかねないのではないかといった点を不安視する声も出ています。アメリカの大学ファンドの主な原資は寄付金で、それを大学の自己責任で運用し、リスクを取っています。文科省は分散投資・リスク管理を行い、運用リスク管理の高度化を図るとしていますが、大学の研究費が確保できるように(もしくは減らないように)、株価が暴落しないことを祈るのみです。 心配の種は経済面だけではありません。大学の参画要件や運用益の配分方法については内閣府に専門委員会を設置し、そこで策定する基準に基づき選考するとなっています。しかし渡海議員はBloomberg記事で、支援を受ける大学の条件として将来的に資金面で自立する計画を持っていることを挙げており、大学の資金力も考慮することを示唆しています。研究や教育、ガバナンスなどを踏まえて数校を選定した後に、1校当たり年数百億円の支援を想定していると書かれていますが、大学への配分方法如何によっては大学間格差が生じる、あるいは格差が拡大する可能性もあるでしょう。また、菅政権の日本学術会議への対応から、学問の自由や大学の自治をどれほど認めてくれるのか楽観視はできないとする声もあります。 先行きを不安視する材料は数知れず、これらを否定することはできません。とはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大で政府財政がひっ迫する中にも関わらず、日本の大学の国際競争力の低下を喫緊の問題と捉え、大学の研究環境を抜本的に強化し、学術研究・基礎研究に大規模な投資を実行するという国内初の大胆な試みは、「知の創造拠点」としての重要な役割を担う大学および学術界に大きな変革をもたらすかもしれません。この資金を糧とした研究力の底上げが達成されることに期待します。 参考資料 財政制度等審議会 財政投融資分科会 説明資料(国立研究開発法人科学技術振興機構作成) 文部科学省 令和3年度 予算(案)のポイント

2021年 日本の科学技術の発展をかけて声を挙げよう

日本が「科学技術立国」と言われていたのはいつの日か――近年は、論文発表数では中国に遅れをとり、世界大学ランキングでは日本の大学の存在感が薄れていると指摘されるなど、日本の基礎研究力の低下が問題視されています。管総理は、社会のデジタル化(デジタルトランスフォーメーション)を政権の最重要課題としていますが、その基礎となるのは科学技術力です。2021年、日本の科学技術はどうなっていくのでしょうか。 日本の科学技術の現状 日本は世界トップクラスの科学技術力を誇ってきました。2000年以降、17年間で17人のノーベル賞受賞者を輩出してきた実績もあります。しかし、2000年代に入ると国の研究開発力を示す指標の一つとされる論文発表数は減少に転じ、論文数およびトップ10%補正論文数(被引用数が上位10%に入る論文の抽出後、実数で論文数の10分の1となるように補正を加えた論文の数)の世界ランクもほとんどの分野において低下傾向を示すに至っています。文部科学省科学技術・学術政策研究所がまとめた「科学技術指標2020」には、自然科学分野の論文本数(2016~18年の年平均)で中国が米国を抜き、初の首位となったことが記されています。日本は前回(2010年)調査から順位を下げて4位となっています。2018年のworldbank.org調査データに基づく分析よると、科学技術論文誌に掲載された日本の論文数は、98,793本。このときの世界順位は、中国、アメリカ、インド、ドイツに次ぐ5位。日本の論文発表数が横ばいなのに対し、中国、インドといった国の発表数が相対的に増加していることで順位を下げた結果となっています。 2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大で、働き方および医療管理の両面で社会のIT化の必要性が急拡大しました。この傾向は2021年も継続し、loTやAIの発展にともなう大きな変革が進むと考えられます。また、地球規模の温暖化対策として、エネルギーおよび産業構造における新しいイノベーションも不可欠と言われています。社会に役立つ科学、社会のための科学の発展への期待が高まっている裏で、先述の論文数の順位の低下だけでなく、科学技術研究に従事する研究者や学生の数の減少が懸念されています。日本の科学技術研究は、厳しい状況に置かれているのです。 日本が直面している問題 日本の科学界が直面している問題を3つあげてみます。 若手研究者の研究環境整備と人材の育成: 世界的なパンデミックのように一国だけでは解決できない問題が起こる時代、各国が科学技術研究で鎬(しのぎ)を削るのではなく「競争から共生へ」の移行が必要とされています。科学技術やイノベーションを発展させるには新たな価値を生み出す人材の育成が必須です。これは世界的な共通課題でもあり、アメリカをはじめとした海外でも博士課程に進む人口が減少している上、コロナによる渡航禁止処置が取られていることで研究者の国際的流動が制限されています。日本では、急速な高齢化の進行により大学・大学院に進む人口が減少していることに加え、修士から博士課程に進学して博士号を取得する割合が少ないこと、先進国と比べて少ない博士号取得者がその技能を活かせる職に就きにくいことなどが問題視されています。大学でも人件費の圧迫により、雇用機会獲得の競争が激しくなっているだけでなく、安定雇用される常勤の教職員枠が減少し、任期付きで雇用される不安定な若手研究者が増加しています。さらに昨年からのCOVID-19の影響で修学に支障をきたすおそれのある学生も増えているので、経済的理由で修学・進学を断念することのないように支援することも必要です。研究者の雇用を守り、研究に従事できる環境を整えていくことが不可欠です。 研究論文数の低下: 科学技術白書にも、論文数をはじめとしたいくつかの指標において日本の科学技術の力が相対的に低下していることが示されています。論文の数、質の両観点から国際的な地位の低下、国際共著論文数の伸び悩み等において、諸外国に比べ相対的に低下していることが課題となっています。特に、注目度の高い論文の発表数において順位の低さが顕著であること、国際的に注目を集める研究領域への日本の参画状況が低下傾向にあることが指摘されています。実際、世界でパテントファミリー(2か国以上への特許出願)における国際協力関係が強まっている中、日本は国際共同しているパテントファミリーの割合が他の主要国と比較して最も低い状況です。このことは国際共著の数が他国と比べると低いことにも表れています。「科学技術指標2020」によれば、2018年の日本の国際共著論文数は29,047本(国内論文数は53,680本)ですが、アメリカは174,288本(国内209,218本)、中国は106,985本(国内290,580本)と圧倒的な数の差が出ています。国外の研究者あるいは研究機関とも協業できるクリエイティブな人材を増やしていくことが重要という点では先の人材育成の必要性にもつながっています。 また、近年にはヨーロッパを中心に研究成果を広く利用可能にしようとするオープンサイエンスに向けた動きが加速しています。この流れを受け、日本でも内閣府がオープンサイエンスに関する検討を行い、公的研究資金による研究成果のうち、論文と研究データは原則公開とすべきとの方針が示されました。しかし、2020年5月に公開された「研究データ公開と論⽂のオープンアクセスに関する実態調査2018」によると、調査時点では研究者のデータ公開に対する懸念は依然として高く、データを公開するための資源の不足感も強いことが浮き彫りになっています。 研究資金の分配: 総務省の科学技術研究調査によると2019年度の科学技術研究費の総額は、19兆5757億円と過去最高となっていました。しかし、ここでもアメリカと中国の研究費とは圧倒的な差があり、中国の半分にも満たない状況です。しかも、この研究費の内容を見ると競争的資金(プロジェクト型予算)の比重が増えている一方で、運営費交付金という研究環境を支える資金が減少していることが、研究環境に悪影響を及ぼしているとされています。政府が拠出する研究費は増えていても研究者の自由な研究を支える研究費が減少しているという状況となっているのです。 今後の課題と科学技術基本計画 論文発表数は、研究費つまり投資額と比例すると言われるほど、科学技術やイノベーションを発展させるためには安定した研究投資が必要です。高齢化にともなう社会保障費やコロナ対策費などの増加により研究資金の確保が難しくなることは予想されますが、世界に競合できる技術を開発し、社会に役立つ科学を発展させるためには財源の見直しも必要となるでしょう。科学技術白書には「研究成果を効率的に最⼤化する仕組みを検討することが望まれる。また、⽇本の研究者によるオープンサイエンスの実施と認識が今後どのように変化していくのかを継続的に調査する(概要より抜粋)」と書かれています。…

バイデン次期政権へ:科学技術政策はどう変わるか

白熱していた2020年の米大統領選ですが、現地時間12月14日に選挙人による投票でバイデン氏が過半数を獲得し、正式に当選が確定しました。これを受けたバイデン氏が「民主主義が勝利した」と強調したことからもこの大統領選挙の混乱ぶりを表していますが、この大統領選では学術コミュニティーが政治に踏み込むという前例のない動きを示したことにも注目されました。 学術雑誌の意思表明 学術雑誌Scientific Americanは9月15日付けの記事で(発刊後にその後の情報を踏まえて10月1日付けで編集されている)、バイデン候補を支持すると発表。同誌が特定の候補を支持したのは175年の歴史上初めてのことでした。トランプ大統領が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対策で医療関係者や科学者の意見を無視したこと、さらには環境問題や医療において研究者や公的研究機関を攻撃したことに対する危機感が、バイデン氏への指示言明につながったと記されています。トランプ大統領が、自分自身が罹患するまでCOVID-19の脅威を軽視した発言を繰り返していたことも、公衆衛生の専門家たちの危機感を募らせることとなりました。 また、Natureも10月6日付け Editorialでより多くの政治的ニュースを掲載していく必要があるとの姿勢を示していましたが、その後、10月14日にはトランプ大統領のCOVID-19対策を酷評するとともに、「(科学機関や米司法省、選挙制度そのものといった極めて重要な機関や制度を)これほど執拗に攻撃し、弱体化させた米大統領はいない」と非難し、バイデン氏支持を表明していました。 米大統領選において明確な姿勢を示したのは、上2誌だけではありません。医学雑誌のLancet、New England Journal of Medicine (NEJM)もトランプ大統領を再選させないように有権者に促していました。 反トランプの3年間 思い返せば、就任から日も浅い2017年4月には世界500以上の都市でトランプ大統領に抗議するための「March for…

論文出版が先か、特許が先か、それが問題だ?!

ついに長年の研究の成果がまとまった!やっと今までの苦労が報われる日が来た!となれば一刻も早く研究成果を世に広めたいと思うでしょう。最新の研究論文を書き上げて、トップレベルの学術雑誌(ジャーナル)に投稿すべく執筆を急いでいるかもしれません。でも、ちょっと待ってください。論文の公開を急ぐあまり、特許獲得のチャンスを逃していませんか?最新の研究で得られた発見、あるいは研究で生み出された発明を収益化できる可能性を見落としていないか、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。 Publish or Perish(出版か死か)のプレッシャー 「Publish or Perish(出版か死か)」と言われるように、科学分野では出版することが最優先とされがちです。研究者は、出来る限り早く研究成果を公開・出版しようとする傾向が強いものです。その背景には、研究者の信念とも言える学術界の「出版か死か」という価値観があることは否めません。しかし、研究者が特許申請よりも論文出版を優先 させるのには、いくつかの理由があるのです。 研究者、特に大学に所属する研究者は、自分の研究分野での実績を積み上げるためにたくさんの論文を出版しなければとのプレッシャー下に置かれている 特許が取れる可能性や特許の価値に関して認識の薄い若手研究者や経験の浅い研究者は、自身の研究で鍵となる成果・発見を部外秘としておくことの重要性に気付いていない可能性がある(迂闊に「公開」してしまうことで新規性が失われ特許取得のチャンスを逃している可能性も捨てきれない) 特許を獲得することによって得られる恩恵より、特許申請することに要する費用がかかることがあり、特に規模の小さいイノベーション技術で特許申請を行う場合に起こりがちである なぜ特許権保護が重要か 研究者にとって最も貴重な財産は、自分の研究アイデアです。そのアイデアを特許で保護していなければ、誰でも自由にあなたの発見を真似ることができてしまいます。特許を出願するということは、他者が利益を得るためにあなたの発見を利用/悪用することを「防ぐ」ための独占権を獲得することを意味しています。特許を取ることによって、対象となる研究の成果の利用・実施(生産、販売など)を独占できるだけでなく、権利侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できるようになるのです。一方で、この独占権を得るため、特許所有者は特許に関する技術情報を開示しなければなりません。 研究成果で特許を取得すれば、自身の発見を商業的に活用し、金銭を得ることも可能になりますが、研究者は、少なくとも特許出願が受け付けられるまでその成果を出版物として公開するのを待たなければならないのが一般的です。 研究者が成果を公開するタイミングに特許が取得できる国もありますが、特許取得の手続や取得に要する時間はまちまちです。アメリカ、オーストラリア、韓国、日本といった国々でも状況が異なっているのが現状です。これらの国では、原則として特許出願より前に公開された発明(発見)は特許を受けることができません。しかし、論文として発表した後の特許申請を一切受け付けないとしたのでは、研究者にとって厳しい状況となってしまうことを考慮して、一定期間であれば特許出願前に発明内容を公表(論文発表)しても新規性が失われないと見なされる期間「グレースピリオド…

ジャーナル編集者が査読コメントを改変している?!

研究者にとって自分の論文を発表することは、どのような論文であっても一大事です。原稿を準備するにも多くの時間と労力がかかりますし、投稿した後も査読に通るかどうか、結果を待つ間は気が休まらないことでしょう。そして査読者からコメントが来れば、注意深くすべてのコメントを読み込み、それらに応えるべく最善を尽くすことが求められます。 査読コメントは概ね原稿を良くするために有用かつ建設的な指摘であるはずです。中にはあまり役立たないコメントがあるかもしれませんが、前向きなものでしょう。とは言え、著者に対して失礼な、不適切な査読コメントがないとは言い切れず、研究者の自信とモチベーションを削ぎ、キャリアにとって大きなダメージを与えるようなコメントを見かけたこともあります。 不適切な査読コメントとは? 不適切な査読コメントとはどのようなもので、どのぐらいの頻度で見られるものなのでしょうか。生物・ 医学分野の査読付きオープンアクセス誌のPeerJに、非専門的な査読が研究者を過小評価し、本来与えられるべきものとは異なる評価をすることで、否定的な影響を及ぼす可能性があるとの論文が掲載されました。これは、46カ国、1,106名の14のSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の科学者から得られた匿名回答を分析した調査結果です。 この調査では、科学者の半数以上が、少なくとも1回以上、多くは複数回、「非専門的な」査読コメントを受け取ったことがあると示されています。2万5千名が登録しているフェイスブックのグループでも同様の問題が指摘されています。 非専門的な査読コメントとしては、建設的ではない、個人攻撃を含む、あるいは厳しすぎるコメントなどが挙げられます。一例ですが、スペインの研究者は、査読者から「読む気すら起きない」というコメントを受け取ったそうです。英語が良くなかったとしても、かなり辛辣なコメントです。 学術雑誌(ジャーナル)の編集者が査読コメントを改変 オーストラリアのメルボルン大学で研究者の意思決定に関するメタリサーチ(MetaResearch)を研究しているFiona Fidler教授は、査読コメントが著者に送り返される前に、彼女の評価が書き換えられていたこと、しかも大きく変えられていたことすらあったことを発見して、怒りを覚えたそうです。例えば、「(著者の見解に)大きく賛同します(very sympathetic)」が「大抵の部分には賛同します(generally sympathetic)」に、「良い例です」が「この部分は不十分です」というような変更です。もっと悪い例としては、ジャーナル Educational and Psychological Measurementへの彼女の査読報告の結果部分、それは該当の投稿論文を若干の修正後に採用(アクセプト)するようにとの提言でしたが、編集者の判断によって却下(リジェクト)となったと著者に伝えられていたのです。…

若手研究者を科学コミュニティに取り込もう

キャリアの浅い若手研究者(Early Career Researchers:ECR)は、科学コミュニティで重要な役割を担っています。確かにキャリアとしてはまだ浅く、経験も少ないかもしれませんが、彼らは科学コミュニティの将来を担っているのです。新たな発見を世界にもたらし、将来ノーベル賞を受賞する可能性を秘めている人材です。次世代の研究者を育成する研究アドバイザーにもなってくれるでしょう。しかし、現時点では自分たちは学術界に大きく貢献できていないと思い込んでいるかもしれません。英国のオープンアクセス誌eLifeに英米の科学コミュニティにおける若手研究者の影響力について行った調査結果が掲載されているので、ここに記されている若手研究者をうまく取り込む方法を紹介します。 若手研究者は自分たちを過小評価している? 科学研究の多くの部分は、若手研究者(ECR)の構成要員、つまり、研究者としての職に就いていない大学院生、ポスドク研究者、教員によって行われています。彼らは、新しい才能、スキル、アイデアに溢れていますが、査読のような学術研究における重要なプロセスに対してそれほど意見できることはありませんし、大学、資金提供機関、出版社、学会などでの重要な議論は、ベテラン研究者たちによって決められている傾向があります。将来の研究者として活躍する可能性のある若手研究者が、これから先の研究の在り方についてほとんど、あるいはまったく発言する機会を与えられていないとも言えるでしょう。このことが若手研究者たちに、自分たちは蚊帳の外に置かれている、取るに足らない存在だと思わせてしまうのかもしれません。 科学コミュニティが提供する機会と期待 科学コミュニティには、研究者のキャリアレベルに関係なく、研究者のネットワークとつながり、会議やカンファレンスに参加し、専門的な開発研究に関わるチャンスがあるので、若手研究者がもっと積極的に関わることができれば、彼らが得られるものが大きくなる一方で、コミュニティにとっても肯定的な効果が得られると期待できます。 科学コミュニティは、資金提供者や政府機関の政策協議に関わることがあります 科学コミュニティは、研究者のキャリア、所属する研究機関・団体、国を越えて研究者が交流する機会を提供しています 科学コミュニティとしては、該当分野において次世代の指導的立場になり得る人材を採用し、働き続けてもらいたいと考えています 既に若手研究者を指導的地位に登用したコミュニティの中には、そのことが若手研究者のキャリア向上だけでなく、最終的には該当分野における指導的役割を担う人材を確保することにつながっていることが示されています 科学コミュニティが若手研究者を取り込んで指導的地位に付けるメリット 科学コミュニティが若手研究者に指導的立場(リーダー)を任せることによって得られるメリットを挙げてみます。 研究経験の浅いジュニア研究者とベテランのシニア研究者間の交流(相互理解)を促進することができる コミュニティから外部に向けた働きかけを増やせる…

新型コロナウイルスワクチン の動向

世界中で新型コロナウイルスワクチンの開発が待たれる中、主要国間の開発競争が激しさを増していると聞こえてはくるものの、分からないことだらけです。ワクチン開発はどこまで進んでいるのか、供給されるようになるのはいつなのか?ヒトへの臨床試験は安全なのか?現在もワクチン試験が進められているが、その効果と安全性は?どのように供給されるのか?供給は公平に行われるのか?多くの人が不安を抱えている状況です。今回は、現時点までにわかっているワクチンの開発情報と公平な供給を確保するための取り組みについてまとめてみました。 新型コロナウイルスワクチンの開発状況 一般的に、ワクチンの開発には4年から10年、状況によっては年十年も要すると言われています。例えば、エボラ出血熱ワクチンの開発には約5年、ポリオワクチンの開発には約40年を要しました。史上最速で承認されたと言われるおたふくかぜのワクチンでさえ、臨床段階から認可されるまでに4年を要しています。ワクチンは、前臨床試験および臨床病期を含めた数々の段階的な試験を経て認証されるのが理想的です。通常、それぞれの段階で約2年もしくはそれ以上の年数が費やされるのですが、新型コロナウイルスワクチンの開発競争に勝つために、製薬会社は幾つかの段階をスキップあるいは複数段階を組み合わせた試験を行うことで開発スピードを上げています。 研究者はこの状況に慎重に対応する必要があります。ワクチン開発競争に参戦したいという誘惑と参戦しろというプレッシャーが、ワクチンの安全性と有効性に支障を来すものであってはなりません。公衆衛生の専門家は、十分な分析と試験が行われることなくワクチンが早々に承認され、市場に投入されることを懸念しています。ワクチンを早期展開することは、ワクチンの有効性を的確に判断するための科学的な厳密さを損なう可能性があるだけでなく、予期しない副作用を確認する時間的・臨床件数的な余裕が少なくなる危険性も捨てきれません。当局は、ワクチンを承認する前に、そのワクチンのリスク・ベネフィット比(副作用対効果の比較)を慎重に検討する必要があります。 ヒト感染試験への参加 ワクチン開発の段階試験として、意図的にそのウイルスに感染させる試験も行われます。金銭的報酬が示された場合、あなたはこのヒト感染試験の被験者になりますか?世界各国で行われている新型コロナウイルスのヒトでのチャレンジ試験(曝露試験)のボランティアになると手を挙げた人の数は、3万8千人を超えています (11月9日時点)。 コロナウイルスワクチンの試験として、ヒト感染試験あるいは曝露試験と呼ばれる試験の実施に向けた準備が進められています。ヒトでの曝露試験とは、臨床試験の手法のひとつで、ワクチンを接種した後、あえて実際の病原体である新型コロナウイルスに被験者をさらすことでワクチンの安全性や有効性を評価する試験です。リスクが高いように見えますが、世界中で感染者が増え続けている状況下での選択肢は限られています。すでに各国でランダム(無作為)にワクチンまたはプラセボ(偽薬)を投与して安全性や有効性を比較する第3相臨床試験が大規模に実施されていますが、これだけでは実際の有効性を評価できるまでに時間がかかります。ヒトでの曝露試験が実現すれば、臨床試験に要する期間を短縮させ、ワクチン開発が促進されることになるので、結果として何百万人もの命を救い、生活を守ることができるとの信念に基づいて計画が進められています。致命的な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への意図的な感染には不安が伴うものの、安全かつ倫理的に行うことは可能だとされており、実行されればこの感染症に関する膨大かつ重要なデータを得るために役に立つことでしょう。 新型コロナワクチン開発情報 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム配列とその他の関連情報がNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター)の運営するGenBankから公開されるやいなや、世界中の研究者が効果的なワクチンを開発すべく猛スピードで研究を進めています。24時間体制で取り組んでいる研究グループもいるほどです。現在、180以上の候補が挙げられており、世界保健機構(WHO)の11月3日時点のまとめによれば、臨床試験に入っている新型コロナウイルスワクチンの候補として47種類がリストされているほか、155種類が前臨床の段階にあります。ワクチン開発で先行している(第3相臨床試験段階、フェーズ3にある)のは、イギリスのアストラゼネカ(オックスフォード大との共同開発)、アメリカのモデルナ、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、シババックス、中国のシノバック、カンシノ、シノファーム、ドイツのビオンテック、ロシアのガマレヤ国立疫学微生物研究所などです。 これらの試験が進む中、重篤な有害事象が起きたことにより試験が中断されるケースも出ているほか、ロシア政府がガマレヤの開発したワクチンのフェーズ3試験の結果を待たずに承認薬として登録した ことなどが話題になっています。ワクチン開発動向や治療薬の開発については、関連情報をまとめたサイトなどもあるので参考にするとよいでしょう。研究者らは、2021年初めにワクチンの提供が開始できるようになることを期待していますが、時期についてはまだまだ予断を許さない状況です。 ワクチンの信頼性を確保するために 熾烈な競争が繰り広げられている新型コロナウイルスワクチンの開発競争。イソップ寓話の「ウサギとカメ」では、ゆっくりでも着実に進むことが勝利につながることが示されています。ワクチン開発も同じで、開発が速い企業が勝者になるとは限りません 。長期的な安全性、総合的な有効性に関する十分かつ信頼できるデータが確認されることなく早々に承認されたワクチンが最適なものではないと判明した場合はどうなるのでしょうか。ワクチン開発における不手際やミスがひとつでもあれば、新型コロナウイルスワクチンの接種に対する不信感を高めてしまう恐れ…

日本学術会議の問題は国内外でどう見られているのか

菅総理が日本学術会議から推薦された105名の委員候補のうち、6名を任命しなかったことに対して議論が噴出しています。日本学術会議は10月2日付けで、首相宛に新規会員任命を拒否した理由の説明を求める要望書を提出しました。これに続き、大学からは政府は日本学術会議の要請に応じるべきとの意見が出されただけでなく、理工系の学会からは状況を憂慮しているとの声明が発表されました。さらに、任命拒否は法的解釈に関わる問題であるとの指摘も出ています。菅総理は、21日に訪問先のインドネシアでの記者会見で「前例踏襲して良いか考えた結果」と強調したものの、具体的な理由を明らかにしないままとなっています。ここでは、日本の学術界および海外の識者はこの状態をどのように見ているのか、大学や学会の見解、海外誌の報道や学術誌(ジャーナル)の掲載記事などを紹介してお伝えします。 日本学術会議とは それぞれの立場の意見を並べる前に、そもそも日本学術会議について簡単に述べておきます。日本学術会議は、1949年に設立。内閣総理大臣の所轄の下で職務を行っており、年間約10億円と言われている運営費は国の負担でまかなわれています。日本の学術研究者を代表する機関として、政府に対する政策提言、国際活動、科学者間のネットワーク構築から、社会に対する科学の役割の啓発など幅広い活動を行っています。 国内の反応 まず国内の反応ですが、日本物理学会、自然史学会連合、日本数学会、生物科学学会連合、日本地球惑星科学連合他90学協会が10月9日に記者会見を行い、管首相の任命拒否は「政府により理由を付さずに任命が行われなかったことに関して憂慮」しているとして、「従来の運営をベースとして(中略)早期の解決が図られることを希望致します。」との緊急声明を発表しました。多くの研究者は、今回の任命拒否が学問の自由の制限につながることを懸念しているのです。同日、任命拒否された新会員候補6名のうち2名の教授が所属する東京大学の五紙総長は、「これ(任命の見送り)に端を発した混迷は、学術が持つべき本来の力を大きく削ぐもの」であると憂慮するとした上で、「日本学術会議の置かれた状況が早く正常化し、求められている役割を果たすことができるよう、同会議からの要請に対する真摯な対応を、政府には望みます。」とするメッセージを発表しました。他にも、多くの大学学長および学会が声明を発表しています。この動きは広がり続け、13日には日本自然保護協会と日本野鳥の会、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの自然保護3団体が、連名で抗議声明を出しています。 歴史的には学術会議が推薦した者がそのまま任命されると解されてきました。学術会議の選出が尊重され、総理大臣の任命は「形式的」であると考えられてきたわけです。一方、日本学術会議の運営に税金が投入されており、委員が公務員の立場を有する以上、総理大臣が任命に関する裁量権を持つと言われればその点は否定できません。しかし、任命拒否は「総合的、俯瞰的」理由だとの説明が納得できるものではないことから、緊急声明などを発表することで反論しているのです。 では、国外ではどのようにとらえられているのか。 学術ジャーナルScienceとNatureへの投稿 Scienceは10月5日付けで「日本の新しい首相は学術会議と戦うことを選んだ」と題する記事を掲載し、冒頭で新会員の任命プロセスを混乱させたと指摘。研究者は、菅首相の任命拒否の動きが学問の自由に対する脅威だと考えていると述べています。10月1日に任命者のリストが公開された際に任命拒否が明らかとなって以降、菅総理がいまだに拒否の理由を説明していないこと、この任命拒否に対して首相官邸前で抗議活動があったことを紹介しています。 Natureは10月6日付けのEditorialで「Natureがなぜかつてないほど政治の話題を取り上げる必要があるのか」と題して、より多くの政治的ニュースを掲載していく必要があるとの姿勢を示しました。米国は前代未聞の大統領選挙戦の真っ最中。科学界としてはどちらの候補者が大統領になるか、深刻な問題です。政治家の判断が、今後の研究、研究資金、政策の優先事項など学術研究全般に大きく影響するからです。政治が学術、科学の独立性を担保するか、学問の自由は守られるのかーー科学者は、研究行うために公的資金を得ていますが、政治家から干渉されること、あるいは研究成果に対して政治的な制約が加えられることは望んでいません。研究の独立性を保つには、政治家や政策立案者との信頼関係が必要ですが、今、世界で科学と政治の信頼が危ぶまれています。米国のトランプ大統領が気候変動を否定し、ブラジルのボルソナロ大統領がアマゾンの熱帯雨林破壊が進んでいること示すデータを認めないように、科学的データを無視あるいは見解を否定するといった亀裂が生まれているのです。そして、日本の首相による学術会議会員の任命拒否。本記事に「政府の科学政策に批判的だった6名の学者を日本学術会議の新会員として任命することを拒んだ」と明記されていることは注目です。さらに、学術会議が日本の科学者の声を代表するための独立した組織であること、日本の首相が2004年に会員の任命を始めて以降、初めて任命が拒否されたことも紹介しています。記事の著者は、政府が学術的独立性を尊重することは現在の学術研究を支える基盤のひとつであり、学術研究の独立性が損なわれれば、環境・社会・国民の健康に重大なリスクをもたらすと警告しています。 日本学術会議のあり方の議論 このように、政治が科学に干渉することを懸念し、科学と政治の関係が脅威にさらされているとの指摘がある一方、日本学術会議側にも委員の選考基準やプロセスの明確化・透明化など見直すべき点があるとの意見もあります。首相が管轄する組織でありながら、学問の自由、独立性を確保することは可能なのかといった点も議論となるでしょう。2003年と少し古くなりますが、日本学術会議が各国のアカデミー機関との比較をまとめた「各国アカデミー等調査報告書」によれば、欧米諸国の学術機関の多くが運用資金の大半を民間組織から得ているか、政府からの援助があったとしても全額ではなく、非営利団体あるいは非営利法人などの非政府組織に位置づけられていると書かれています。これに対し、日本を含むアジア諸国では政府機関の中に置かれている国も多いようです。 今回の任命拒否に端を発する問題を受け、河野太郎行政・規制改革担当相は9日の記者会見で、日本学術会議を行政改革の対象とし、学術会議を所管する井上信治万博担当相と協議を進める考えを示しました。自民党は学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム(座長・塩谷立元文部科学相)を設置し、早くも14日に初会合を開催。21日には学術会議元会長3人へのヒアリングを実施しました。今後も学識経験者や経済界などから意見を聞き、年内に提言をまとめる方針を発表するとしています。 学術界と政界の対立にも発展しかねない今回の騒動。弁護士会までもが任命拒否は違憲であるとする声明を発表するなど、議論は混迷を深めています。日本学術会議の在り方、政府との関係、さらに任命拒否が関連法に照らし合わせて適正かといった法解釈論議まで、議論は当分続くと思われます。

ピアレビュー・ウィーク2020(Peer Review Week 2020)組織委員の研究支援エナゴが 査読プロセスをテーマに各種イベントを開催

世界で学術論文の校正・出版支援をリードする研究支援エナゴは、学術出版の査読(ピアレビュー)に焦点を当てたイベント「ピアレビュー・ウィーク2020(Peer Review Week 2020)」に組織委員会の構成メンバーとして参加いたします。 ピアレビュー・ウィーク2020(Peer Review Week 2020)エナゴ特設ページ: https://www.enago.com/academy/peer-review-week-2020/ 6回目となる今年のピアレビュー・ウィークは9月21日から25日に開催されます。ORCID、Sense About Science、Science Open、Wileyという4つの団体・学術出版社のイニシアティブで2015年に始まったピアレビュー・ウィーク。毎年、研究者や編集者などの個人、出版社、図書館、大学、学術団体・科学団体などの組織や団体、出資者、さらに、「良質な査読が学術コミュニケーションにとって最も重要である」という基本的な概念に賛同するすべての人々に対し、特色ある学習体験を提供するためのプラットフォームを提供しています。 6年目となる今年のピアレビュー・ウィークの構成団体は40以上。イベント期間中には、ウェビナーやインタビューなどさまざまなオンラインイベントやソーシャルメディアでの交流を通して、学術研究における査読の重要性に光を当てていきます。 2020年は誰にとっても不安定で厳しい年となっていますが、学術界も同様に、数々の課題に直面しています。イベントの今年のテーマは、現在の世界を覆う不確実な状況にふさわしい「Trust…

新政権のもと日本の科学界の行く末は・・・

2020年9月8日のNatureのEditorialに、首相交代を期に日本の科学界は新たな道に踏み出す必要があるとの意見が寄せられていました。この記事に書かれた安倍政権下において日本の科学界が向き合わなければならなかった問題について深堀してみます。 公的研究費の削減 経済成長に重きをおいてきた第2次安倍政権下の8年間、日本の研究者による国際的論文出版数は減少してしまいました。「Nature Index 2019 Japan」にも、日本の研究業績が減少し続けていることが指摘されています。研究成果の発表数の減少、研究力の低下は、公的研究費の削減が最大の問題であると言われています。日本の研究開発費(2018年)は、GDP割合で3.26%(1,767億USドル)を占めています。2018年の研究開発費の世界の国別ランキングで1位の米国が2.84%(5,815億USドル)、2位の中国が2.19%(5,543億USドル)であるのに比べても、日本の拠出割合は決して低いものではありません。しかし、金額では上位2国に大きく差を開けられている上、この支出の80%は民間産業からのものであり、政府からの支出しとしては依然として低い状況です。 再生医療の商業化 安倍政権は、科学、特に生物医学研究の再生医療への商業化を推進してきました。2013年には、幹細胞の製造許可や再生医療における処置などに関する制度を定めた「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)」を成立させています(2014年施行)。さらに改正薬事法「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)」を同年施行し、これによって再生医療等製品について有効性が推定され安全性が認められれば、早期に条件および期限つきで製造販売承認が得られるようになったのです。これは、臨床試験において厳格かつ明確な安全性が確認されるまで、幹細胞治療を商品化すべきではないという国際的な研究者の見解に反しており、国内外では批判が出ましたが、日本政府は方針を変えていません。 軍学共同-軍事研究への抗議 もうひとつ、別の政府の試みに対して研究者が反対しているものが、軍事利用の可能性のある科学研究に研究者を参加させようとするものです。安倍政権は「軍学共同」と呼ばれる政策を進め、防衛装備の開発に役立つと考えられる研究に対して防衛省からの資金援助を可能としました。「共同」とはいえ、実態としては資金力によって大学や研究機関の研究者を軍事研究に取り込むものです。防衛省は、2014年6月に「防衛生産・技術基盤戦略」を策定し、大学や研究機関との連携強化および、民生技術であっても防衛(軍事)に応用・転用できる二面性のあるデュアル・ユース技術を含む研究開発プログラムとの連携・活用が明示されました。これを具体化するために大学や研究機関との連携を強めることを目的に発足されたのが、「安全保障技術研究推進制度」(2015年4月)です。デュアル・ユースという言葉で、民生と軍事のどちらでも利用可能な技術であると印象づけようとしていますが、対象の研究が防衛的なものか攻撃的なものか、どのように使われるのか外からではわからないのです。これに対し、日本学術会議は2017年、「軍事的安全保障研究に関する声明」において、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって政府による研究者の活動への介入が強まる懸念があるとして、「軍事目的のための科学研究を行わない」姿勢を明らかにしています。その上で、「大学等の各研究機関は、施設・情報・知的財産等の管理責任を有し、国内外に開かれた自由な研究・教育環境を維持する責任を負うことから、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである。」と求めています。 国際研究協力における制限の検討 他にも懸案事項はあります。日本政府は、量子技術、人工知能(AI)、半導体設計などの分野における国際協力に制限を設けることを検討しています。日本の最先端技術の輸出規制を強化する考えです。日本は「中国」と明示してはいませんが、既に中国に対して輸出規制を採用している米国に続く方針なのは明白で、日本が米国などと共同研究を行う場合を含め、社会や経済に多大な影響を及ぼす可能性が高い特定の研究成果が他国、特に中国の研究者に流出するのを防ぐ狙いです。 前述のような技術研究は、幅広い分野への応用が期待される一方、研究段階から実用化までに時間がかかること、実用化を見越して特許を囲い込む動きが早くも始まっていることを鑑み、「オープン・クローズド戦略」を進める方向で調整が進められてきました。特に量子技術については、2020年1月に政府指針として「量子技術イノベーション戦略」が策定され、産学官で取り組むさまざまな施策が盛り込まれています。しかし、この戦略には科学技術を使って経済活性化をめざす官邸の意向が色濃く出ていることもあり、多くの課題を抱えています。 ジェンダー格差 安倍政権は女性の活躍を推進してきました。確かに出産後も働き続ける女性の割合は増加しましたが、科学界の女性の数は微増に留まっています。2016年からの第5期科学技術基本計画では、2020年までに自然科学系における女性研究者の割合を30%、理学系で20%、工学系で15%まで増やすという目標を掲げています。女性研究者の数は右肩上がりに推移しているものの、諸外国に比べるとまだまだ低い状況です。…