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エルゼビアが浮き彫りにした学術誌出版のコスト問題

2017年に入って、ドイツ、ペルー、台湾の研究者たちが、複数のオンライン学術ジャーナルにアクセスできなくなりました。それらのサイトとオランダの大手学術出版社エルゼビアとの2017年度のライセンス契約交渉が決裂、無契約状態になったため、エルゼビアの管理する何千というジャーナルへのアクセスが遮断されたのです*1。どうしてこのような事態に至ったのでしょうか? 学術ジャーナルの歴史 学術ジャーナルの歴史は、1665年に遡ります。この年、フランスで Journal des sçavans、英国でPhilosophical Transactions of the Royal Socieryが、それぞれ初めて刊行されました。19世紀になると、数々の学会が各々の学術誌を刊行していきました。その支えとなったのは会員からの会費・購読費収入で、この形態は現代でもあまり変わりません。 1926年、生物学の分野ではBiological Abstractsが他に先駆けて公刊され、それまでやみくもに古い文献を探るしかなかった研究者たちは、特定のトピックの記事に容易にたどり着けるようになりました。しかし1970年代までには、学術ジャーナルの数は膨大なものになり、現代ではインターネットでの検索が主流になりました。 時間が経つにつれ、学会などの諸組織は、ジャーナルの公刊作業を出版社に委託するようになりました。関係者有志による査読と編集作業に頼るのではなく、プロのライターや編集者などに多くの仕事を任せるに至ったのです。そうして数多くの学術出版社が生まれ、多様なジャーナルを出版するようになりました。 学術ジャーナルの購読負担が増大…

科学者たちの行進-科学を守るために今、起きていること

2017年1月にアメリカでトランプ新政権が発足しました。大統領が変われば国の政策も変わりますが、科学界にここまで大きな影響を及ぼしている大統領も、そういないのではないでしょうか。トランプ大統領は、選挙戦の時点から反科学的な姿勢を見せ、地球温暖化対策として世界が同意した「パリ協定」からの離脱も示唆していました。そして、就任早々に環境保護庁(EPA)への研究資金援助の停止を取り決め、EPAから発表する科学的な成果やデータを、政府が公表前にチェックするという方針も出されたのです。新政権は発足早々、科学コミュニティーの「制圧」に乗り出したと言えるのかもしれません。 科学コミュニティーに広がる不安 2016年9月、宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士をはじめ375名の科学者が、パリ協定からの離脱を示唆したトランプ氏を警告する公式書簡に署名したことが、世界的に報道されました。それでもトランプ氏の意思はまったく揺らぐことなく、就任直後にホワイトハウスのホームページから気候変動に関するページを削除し、関係者を不安にさせています。その思惑は、温暖化対策に反対してきた石油大手エクソンモービルの経営者であったティラーソン氏を国務長官に、そして過去にEPAを相手取って訴訟を起こしたこともある温暖化懐疑論者のプルイット氏をEPA長官に任命したことからも読み取れます。パリ協定からアメリカが離脱するかの是非については、5月中にも判決が下されると噂されていますが、この人事を見る限り、科学コミュニティーの懸念は現実と化しています。 マーチ・フォー・サイエンス―科学のための行進 新政権の動きに対抗しようと科学コミュニティーに広がったのが、「マーチ・フォー・サイエンス」の呼びかけです。「Women’s March」という、女性の権利を守ろうと訴える行進が大統領就任式翌日の2017年1月21日にワシントンD.C.を中心に行われたのに倣い、科学研究や科学的な成果・データを守ろうと訴える「科学者の行進」をやろう、との声があがったのです(参照:https://www.marchforscience.com/)。 そして2017年4月22日、ワシントンD.C.のナショナル・モールをはじめ世界600か所以上で、集会や行進が行われました。TwitterなどのSNSを通じた呼びかけに応じて集まった人々が、「科学に基づく政策を」と声を上げたのです。折しもこの日は「アースデー」-地球環境問題に関心を持ってもらおうと、1970年にアメリカのネルソン上院議員が4月22日を”地球の日”と宣言したことから誕生した日-でした。地球環境を守る国際的な連帯行動の日に合わせて科学者の行進を行い、「健康・安全・経済・社会政策における科学の重要性と役割を守るムーブメントの最初のステップとしよう」と世界で訴えたのです。ワシントンでは、科学者ら1万人が参加。日本(東京)でも、日比谷公園から東京駅まで、150名ほどが集まって行進しました。 科学者の抵抗が始まった 科学者の行進は、アメリカおよび世界の科学者にとって記念すべき出来事となったことでしょう。科学コミュニティーは「科学」、つまり研究の積み重ねによって得られた成果を支持するよう訴えているのです。この行進の企画者の一人であるジョナサン・バーマン氏は、政府による政策決定は事実に基づいた評価を慎重に行ってからなされるべきだと述べています。過去の政策判断において科学が重要な役割を果たしてきたことを省み、現在の政策決定者にも同じように、客観性を重視する科学的根拠に基づいて判断を行うよう求めているのです。 また「マーチ・フォー・サイエンス」と連動する形で、4月29日にはワシントンD.C.をはじめとした全米各地で、トランプ大統領の環境政策に反対する抗議デモが行われました。環境活動家でもある元副大統領のアル・ゴア氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏も参加し、各種報道で取り上げられました。科学者や環境問題に関心を持つ人々が、行動を通じて意思を示すようになってきているのです。 研究者か活動家か・・・ ただ、研究者が政治的な活動に関与しすぎることを懸念する声もあります。アメリカ科学振興協会(AAAS)、アメリカ細胞生物学会(ASCB)、視覚と眼科学研究協会会議(ARVO)など多くの科学コミュニティーがこの行進を支援していますが、通常なら政治関与を避けるこれらの団体が賛同を表明しているのは異例のことです。 この動きに対し、「トランプ政権が打ち出した衝撃的な2018年度の予算案を見て、研究室にこもっていることができなくなると気づいたからだ」と辛口な見方をする人もいるようです。確かに2018年会計年度の予算教書は、EPAだけでなくアメリカ航空宇宙局(NASA)、エネルギー省科学局、国立海洋大気局(NOAA)、国立衛生研究所(NIH)の予算も軒並み大幅に削減するという、科学コミュニティーに大打撃を与える内容です。 国立の研究所だけではありません。NIHの予算の8割が全米の大学・研究所の生物医学研究費として使われていると言われるため、今回の予算案がもたらすアメリカの科学コミュニティーへの影響は計り知れません。このような状況下では、今まで活動家(アクティビスト)の取り組みを遠めに見るに留まっていた研究者が、彼らと意識を共有し、デモに参加すると意思表示するのも、うなずけるのではないでしょうか。 科学コミュニティーの混乱は続く…

捕食ジャーナルのリスト「ビールズ・リスト」閉鎖

いわゆる捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト(Beall's List)」が、予告なしに閉鎖されました。2017年1月15日のことだと推測されます。 本誌「捕食ジャーナル-倫理学分野にすら登場」でもお伝えしたように、学術界では「捕食ジャーナル(predatory journals)」や「捕食出版社(predatory publisher)」が問題になっています。捕食ジャーナルとは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことで、捕食出版社とはそのジャーナルを発行する出版社のことです。そのいい加減さは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、意味のないデタラメな文章を投稿しても、採択されてしまうことがあるほどです。そのため捕食ジャーナルは、疑うことを知らない若い研究者を掲載料目当てに食い物にしている、と批判されてきました。 コロラド大学デンバー校助教授で図書館員のジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)は2010年、趣味で、捕食ジャーナルと捕食出版社のリストを作り始めました。ビールズ・リストは彼のウェブサイト「学術オープンアクセス(Scholarly Open Access)」の目玉コンテンツでした。 捕食ジャーナルの影響は大きく、フィンランドの研究者らが2015年に発表した調査結果によると、2010年から2014年の間に「捕食」出版が急増し、ビールズ・リストに挙げられているジャーナルに掲載された学術論文の数は、ほぼ10倍近くまで増加したといいます。ビールズ・リストは随時更新されており、今年1月の最新の更新では、1000誌以上の捕食ジャーナルと1000社以上の捕食出版社がリストアップされました。 当然ながら、出版社のなかには、このリストに載せられることに抵抗してきたところもあります。ビールに対して高額の損害賠償を求める訴訟をほのめかした出版社もあります。 ビールはいまのところ、リストの閉鎖に関してどのメディアの取材も拒否していますが、コロラド大学デンバー校の広報担当者は、ビールは訴訟やハッキングではなく、「個人的な決断」によりリストを閉鎖したと各メディアに説明しています。また、ビールはコロラド大学デンバー校の教員として継続勤務するとのことです。 『サイエンス』誌のブログ『サイエンス・インサイダー(ScienceInsider)』などによると、研究者と出版社などをつなぐ学術関係のサービス・プロバイダであるCabell’s Internationalという会社がビールをコンサルタントに迎えて 捕食ジャーナル…

捕食ジャーナル – 倫理学分野にすら登場

学術出版業界では、「捕食出版」や「捕食ジャーナル」と呼ばれるビジネスモデルが問題になっています。正当なジャーナル(学術雑誌)では、当然ながら適切な査読が不可欠ですが、掲載料さえ払えば、きわめて甘い査読のみでどんなひどい論文でも掲載してしまうジャーナルを「捕食ジャーナル(predatory journals)」といいます。「肉食ジャーナル」と訳されることもあります。「捕食ジャーナル」の多くはオープンアクセスジャーナルです。インターネット上には、 捕食ジャーナル と思われるジャーナルのブラックリストがすでに存在します(「ビールズ・リスト (Beall's List)」)。 たとえば、サイエンスライターのジョン・ボハノンは、存在しない研究機関に所属する存在しない研究者の名前で、行っていない実験の結果を300誌以上のオンラインジャーナルに投稿したところ、約半数のジャーナルがそれを受理してしまったことを2013年に『サイエンス』で報告しました。掲載料さえ払えば、それは論文として出版されてしまうことになります。なお、オープンアクセスジャーナルの老舗として知られる『プロスワン』などは却下したといいます。 そんな捕食ジャーナルの魔の手は、人文・社会科学系研究者たちにもおよび始めています。たとえば最近、経済学分野でも捕食ジャーナルがあることが発覚しました。そして科学研究や医療行為を倫理学的に考察する分野の研究者までもが巻き込まれ始めているようです。 カナダの新聞『オタワサン』のトム・スピアーズ記者は、『臨床研究と生命倫理ジャーナル』が論文を募集していると知り、このジャーナルが、盗用だらけの意味のない文章で書かれた原稿を受理するかどうかを試してみることにしました。 彼はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』から1200語を盗み、盗用を発見するソフトウェアに見つからないよう言葉をシャッフルしました。それに「確率的な」とか「ポスト植民地主義的な」、「地質学的な」といった言葉を散りばめました。また、なぜか「超カワイイ」、「スリザリン(『ハリーポッター』に出てくる寮の名前)」、「マイク・ダフィー(カナダのニュースキャスター)」といった言葉も混ぜました。 私はドゥンス・スコトゥス〔中世の神学者・哲学者〕というクールな名前にも言及した。その原稿に「21世紀(もしくはほかの世紀)における倫理的・道徳的行動の自発的な性質:個人的な見解」というもっともらしいタイトルをつけた。 と、スピアーズは同紙9月28日付で書いています。 彼は参考文献リストを、量子コンピュータ科学のジャーナルからコピー・アンド・ペーストで盗用しました。そこに「倫理(ethics)」という言葉を2回ほど加えました。 通常のジャーナルでは、査読者は送られてきた原稿が論文として出版する価値があるかどうかを判断します。価値があると判断したら、なんらかの加筆・修正の指示を著者に細かく伝えてくるはずです。しかし、このジャーナルの査読者コメントは以下のように「短くて甘い」ものだったといいます。 この著者は、彼らの職場環境における学者たちの道徳に関する言い回しとはまったく異なるかたちで、古い問題について独自の見解を示している。私の意見では、これは出版する価値のある興味深い見解である。この原稿は、完全な用法の言語で、簡潔かつ明瞭に書かれている。…

追試研究 をより高く評価しよう

この連載でもたびたび伝えているように、科学の世界では、論文に書かれているものと同じ材料を用意し、同じ方法で実験しても同じ結果が出ないことがずっと問題になり続けています。このことは「再現性の危機」と呼ばれることもあります。 問題になり続ける理由の1つとして、研究の追試(再現実験)が重要視されていないということがあります 。たとえ科学者が他人の論文に書かれた研究の追試を行っても、新しい知識がもたらされるわけではなく、彼らにとって何の利益にも実績にもならない、したがって追試をしたりその結果を発表したりする動機がなかなか生じない、と捉えられているようです。 そればかりか、後述する『ネイチャー』の社説は次のように指摘します。 多くのジャーナル(学術雑誌)は、追試研究を 評価することを拒んできた。また科学者の多くは、もし(追試の)結果が(もとの実験結果と)一致しなかったとき、諍いが起こるようなことをしたいとは思わない。そのため内情に通じていない科学者たちは、袋小路を探索することで時間を無駄にするか、もしくは本当に展望のある研究に対して疑い深くなってしまうかである。 このことに対して、科学コミュニティも手をこまねいているわけではありません。 たとえば今年7月19日、オランダで、世界で初めて国が追試に助成金を支出するプログラム「リプリケーション・スタディーズ( 追試研究 ))」が開始されることが発表されました。このプログラムは、社会科学や医学研究、医療イノベーション分野における重要な研究結果を再現できるかどうかを検証する科学者のために、今後3年間に渡って300万ユーロを支出するものです。 この実験的なプログラムは「オランダ科学研究機構(NWO)」が始めました。NWOはオランダ最大の予算支出機関で、大学や研究機関における研究プロジェクト6000件以上に、毎年、7億ユーロを投資しています。 NWOは「このプログラムによって科学におけるイノベーションを促進し、研究者たちが追試を実行することを促したい」とその目的を説明しています。 プレスリリースや『ネイチャー』の別の記事によれば、このNWOの実験的なプログラムは、科学や政策、国民的な論争に大きなインパクトをもたらす「土台的研究(Cornerstone research)」を追試することに焦点を当てる、といいます。土台的研究とは、しばしば引用され、後続の研究に幅広く影響する結果を出しており、政策を決定するのに重要な役割を果たす研究、とNWOによって定義されている研究です。「この意味で、関心を集めている研究結果の再現性の検証は、とりわけ重要なのです」とNWOは述べます。 NWO運営委員会のヨース・エンゲレン議長は、毎年8件から10件のプロジェクトに予算を出すことができると予想している、と、先述した『ネイチャー』にコメントしています。…

「 インパクトファクター 」の問題とその行方

「 インパクトファクター (IF: impact factor)」は、ジャーナル(学術雑誌)のレベルを評価する指標として知られています。「ジャーナル・インパクトファクター(JIF: journal impact factor)」と呼ばれることもあり、「文献引用影響率」と訳されることもあります。研究者たちは論文の投稿先を選ぶときだけでなく、研究者を評価するときにもこれを参考にしてきました。しかしインパクトファクターを批判する研究者も少なくありません。 インパクトファクターの計算方法は一見単純です。簡単にいえば、過去2年間で論文が引用された平均回数です。たとえば、『ネイチャー』のインパクトファクターは現在、「41.456」です。この数字は、過去2年間で同誌に掲載された論文それぞれが平均約41回引用された、ということを意味するのだと一般的には解釈されています。 「しかしこの数字は簡単に誤解される」と、『サイエンス』誌のジョン・ボハノン記者は警告します。 たとえば、もし論文の引用回数が人々の身長のようなものだとしたら、その平均の数字は参考になるだろう。平均すれば、男性は女性よりも背が高い。実際のところ、人々の身長を推測するとき、性別だけわかっていれば、ランダムに推測するときよりは正しく推測できる。しかし、既存のジャーナルで公表されている論文についていえば、引用の分布はきわめていびつなものである。ごく一部の影響力のある論文だけがほとんどの引用(数)を勝ち得ている一方で、大多数の論文はわずかしか引用されていないか、まったく引用されていない。そのため引用の平均数はしばしばきわめて誤解を招くものになる。 また同記事は、インパクトファクターには一般的に2つの問題がある、という専門家の見解を紹介しています。第一に、予測として無意味なこと。インパクトファクターが高いジャーナルで論文が掲載されることは、必ずしも引用されやすいことを意味するわけではない、ということです。第二に、計算方法が不透明であること。計算しているのはトムソン・ロイターです。同社は、科学論文のデータベース「Web of Science」を運営していることでも知られています。そしてその計算方法は公開されていません。 しばしば批判されるインパクトファクターの謎を解明するために、ジャーナルの編集者たちと研究者グループが、そのデータセットを公表し、この指標を計算するために使われる引用数を分析しました。この研究を率いたのは、カナダのモントリオール大学でジャーナルにおける引用を専門的に研究しているヴィンセント・ラリヴィエです。…

「科学論文すべてをオープンアクセスに」EUが合意

2016年5月27日、欧州連合(EU: European Union)の「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業にかかわる大臣たちの会合)」は、ブリュッセルでの2日間の会議を経て、「ヨーロッパの科学記事すべてを、2020年までに無料でアクセス可能にすべきである」という合意に達しました。 現在、ジャーナル(学術雑誌)の定期購読者でなくても読むことができる論文が少しずつ増えています。そういう状態を「オープンアクセス」といいます。すべての論文が オープンアクセス になっている雑誌のことを「オープンアクセス・ジャーナル」といいます。 EUのプレスリリースは現状を次のように説明しています。 公的に資金を提供された研究の結果は現在、大学や研究機関に属していない人々にはアクセス不可能である。結果として、教師や医師、起業家らは、自分たちの仕事に関係がある最新の科学的洞察にアクセスできず、大学は出版物にアクセスするために高額の購読料を出版社に払わなければならない。 つまりEUは、すべての科学論文をオープンアクセス化しようと決断したのです。 2016年5月に発行された『サイエンス』誌の記事によれば、このEUの動きは「オープンサイエンス」というさらに大きな目標を達成するための過程です。オープンサイエンスとは、論文だけでなく、論文に含まれるグラフなどのもとになった生データも公開し、第三者がそのデータを再利用できるようにすること、つまり「データ・シェアリング」をも含む広い概念です。「EUにおける交代制の議長を現在務めているオランダ政府は、オープンサイエンスのためにヨーロッパ規模のロビー活動を行ってきた」と同記事は書きます。 先述したEUのプレスリリースも、「研究データを適切に再利用できるようにしなければならない」と、明記しています。 このことを達成するために、たとえば知的所有権やセキュリティ、プライバシー問題といった、再利用できないことについて根拠の確かな理由がある場合を除いて、データはアクセス可能にするべきである。 競争審議会の議長を務める、オランダのサンダー・デッカー教育・文化・科学省副大臣は、「研究とイノベーションは、経済成長やより多くの雇用をもたらし、社会的課題にソリューションをもたらすものです」と述べ、そのために「知識が無料でシェアされること」が必要であることを強調しています。 『サイエンス』誌の同記事は、EU加盟のヨーロッパ各国がどのようにして4年以内にオープンアクセスへと完全移行するのか、産業審議会が具体的に述べていないことなどを指摘しています。 競争審議会の広報担当者も、2020年という目標が「簡単な仕事ではないでしょう」と認めているが、審議会の新たな決断の重要性を強調する。「これは法律ではありません。しかし、28カ国の政府の政治的方針なのです。重要なのはコンセンサスがあるということです」…

海賊版論文サイト サイハブ / Sci-hub をめぐって

筆者は数年前まではどの研究機関にも属していなかったので、オープンアクセスになっていない科学論文を手に入れることに苦労していました。わざわざ図書館で印刷版をコピーしたり、大学などに属している友人にPDFファイルを送ってくれるよう頼んだりしていました。大学で教えるようになってからも、あえて何の特権もないままでどれだけ論文を入手できるかを試してきました。 幸いにも最近はオープンアクセスの論文も多くなりました。また、大きな声ではいえないものの誰でも知っているように、たとえ出版社のウェブサイトでアクセス制限があっても、「Google Scholar」などのデータベースをうまく使うと、インターネット上のどこかにアップされているPDFファイルが見つかることもあります。 一方、ジャーナルの購読料が高騰しているために、大学のなかにはジャーナルの定期購読をやめてしまい、研究者に必要な論文を個々に購入するよう求めているところもあるようです。また、いわゆる先進国ではない国々の研究者たちにとって、論文の入手にかかるコストは、先進国の研究者よりもずっと重いものでしょう。 2011年、そんな状況に不満を抱いたカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、コンピュータのスキルを駆使して、数万件もの論文のPDFファイルを誰でも簡単に無料で入手できるウェブサイト「Sci-hub(サイハブ)」を創設しました。ネット上では、多くの研究者がSci-hub(サイハブ)を賞賛しました。 これに待ったをかけたのが、いうまでもなく出版社です。学術出版大手のエルゼビア社はSci-hub( サイハブ) を訴え、2015年11月、ニューヨーク地方裁判所はSci-hub(サイハブ)が著作権保有者としての出版社の法的権利を侵害していることを認めて、ウェブサイトの閉鎖を命じました。「sci-hub.org」からは論文をダウンロードすることはできなくなりましたが、すぐに、「sci-hub.io」や「sci-hub.bz」、「sci-hub.cc」というミラーサイトが現れました(6月20日現在、「.io」は使えなくなっているようです。今後の展開次第では「.bz」や「.cc」も使えなくなったり、新たなミラーサイトが立ち上げられる可能性もあります)。そのサーバーは、アメリカの司法の力が及ばないロシアにあるようです。 Sci-hub(サイハブ)は、いまでは50万件もの論文を収録しているといわれています。ただ、Sci-hub(サイハブ)にはどれくらいのユーザーがいるのか、彼らはどこにいるのか、彼らはどんな論文をダウンロードしているか、といったことは明らかではありませんでした。 Sci-Hub(サイハブ)を利用しているのは誰か ジャーナリストのジョン・ボハノンは、エルバキャンからSci-hub(サイハブ)の詳細なログ・データを提供してもらい、その分析結果を『サイエンス』で「海賊版論文をダウンロードしているのは誰だ? みんなだ」という記事にまとめています。 その記事は、2015年9月から2016年2月までの6カ月間で2800万件ものダウンロードがあったこと、最もダウンロードが行なわれた国はテヘラン、インド、中国であり、都市でいえばテヘラン、モスクワ、北京であったこと、その一方で、アメリカやヨーロッパ諸国といったいわゆる先進国でもかなりのダウンロード数があること、などを明らかにしました。 最も打撃を受けた出版社はエルゼビア社のようです。同記事は、最近の1週間だけで、エルゼビア社が発行するジャーナルに掲載された論文のダウンロードが50万件あったと推測しています。 少し気になるのは、前述のように、ジャーナルへのアクセス環境が整っている先進諸国でも多くのダウンロードがなされていることや、2番目に多くダウンロードされている論文がオープンアクセスになっているものであるということです。同記事は次のように書きます。 Sci-hub(サイハブ)を批判する者のなかには、多くのユーザーが同じ論文に図書館経由でアクセスできるのに、サイハブを使っていることに不満を述べている…

査読は無償でなくなる時代が来る?

ジャーナル(学術雑誌)の編集部は、論文を発表したい著者から原稿を受け取ると、掲載の可否を判断できそうな研究者、すなわち査読者(reviewer)に送ります。査読者はその原稿を読み、可否を判断したり、必要な修正を指示したりします。この過程を査読(Peer Review)といいます。 著者は「投稿料(subscription fee)」や「論文掲載料(APC: article processing charge)」と呼ばれる費用を負担する必要があります。APCには幅がありますが、たとえば大手ジャーナル出版社であるエルゼビア社は500〜5000ドルを設定しています。それに対して査読は一般的に無償でなされ、査読者はボランティアで取り組むことが求められます。「査読は無償」という原則はこれまで常識でした。ところが最近、査読者に報酬を払うべきではないか、という意見が出てきています。学問が細分化し、ジャーナルも論文も増えるにつれて、査読や査読者の必要性も大きくなってきています。そういった傾向を受け、高等教育についての専門ニュースサイト『タイムス・ハイアー・エデュケーション』の記事では、「無償のシステムという倫理に疑問を持つ者もいれば、査読には支払いをする時代になったと考えるジャーナルも出てきた」と伝えています。 この記事によれば、イギリスの出版社ヴァーリュスクプト(Veruscript)社は今年6月に創刊する、新しい学術雑誌4誌(うち2誌は自然科学分野、2誌は人文科学分野)にて、次のようなシステムを検討しています。査読者は、APCの一部を受け取る権利を得たうえで、(1)報酬を受け取る、(2)将来の自分の掲載費として預ける、(3)APCを負担できない研究者に寄附する、という3つのオプションから1つを選ぶ、というものです。いまのところ同社は査読者に払うつもりの金額を明らかにしていませんが、「査読にかかる時間を考えれば十分なものではない」と同社の編集長は記事の中で述べています。同社はこのアイディアの長所や短所を調べるために、ケンブリッジ大学でフォーカスグループ調査を行ない、アメリカでアンケート調査を行ないました。その結果、アメリカの研究者たちは査読に報酬がつくことを支持する傾向がある一方で、イギリスの研究者たちは「もっと保守的」だとわかりました。とりわけ哲学者は否定的だったそうです。その結果を受けても、『タイムス~』誌は「変化はやってくる。というのは、現行の無償システムは崩壊しかけていると考える者もいるからだ」と言及しています。 また、同誌は オープンアクセス出版を擁護する者たちの間でよくある不満は、巨大な営利出版社は出版のプロセスにおいてわずかしか貢献していないのに、無償労働から莫大なカネを稼いでいる、というものだ。 と、無償でなされる仕事の不当性を理由に、査読者への支払いを主張する者もいると伝えています。 なお、カリフォルニア大学出版が最近創刊したオープンアクセス・ジャーナル『コラブラ(Collabra)』は、ヴァーリュスクプト社と似たような方針での運営をすでに開始しています。ヴァーリュスクプト社は、査読者全員のうち3分の1ぐらいが報酬を受け取るだろう、と推測しています。しかし『コラブラ』では、いまのところ報酬を受け取った査読者は1人もおらず、全員がほかの研究者のために寄附したとのことです。 今年2月16日にロンドンで開催された、ジャーナルの編集者や研究者たちがオープンアクセスやジャーナルの利益幅について議論する「研究者から読者へ」という会議でも、この件が話題になりました。会議にて、ジャーナルの編集業務の補助を業務とする「エディトリアル・オフィス」社ディレクターのアリス・エリンガム氏は、著者から投稿された論文1本の査読手続きにかかる時間は40〜50分であることを明らかにしたと『タイムス誌~』の記事で報じられています。エディトリアル・オフィス社では、85誌ものジャーナルから外注された査読行程を運営しています。エリンガム氏は匿名の3誌のデータを示し、40〜50分という時間は投稿された論文原稿を選り分けたり、メールを送ったり、文章を編集したりするためのものであり、査読そのものにかかる時間は含まれていない、と説明しました。査読には「隠れたコスト」がある、ということです。当然ながら、査読者に金銭を支払うことによって、査読の内容に影響が出るという懸念もあります。しかし、経済学者を対象に2014年に行なわれた研究(The London School…

生物医学分野における研究開発費がアジアで増加

生物 医学分野における研究開発費において、おもしろいニュースが報じられました。2014年、米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された研究報告書により、欧州や北米では研究開発費が減少しているのに対し、アジアでは増加傾向にあることが伝えられたのです。 欧州と北米における研究開発費の減少 2007年~2012年までの間、生物医学分野の研究開発に対する欧州での投資額に大きな増減はなかった一方、米国とカナダでは、投資額が年に約2%減少しました。中でも生物医学分野における世界の研究開発費の約半分を占める世界最大の研究国、米国の研究開発費が減少したことは注目に値します。理由のひとつとして、研究計画と研究費に関する活動を停滞させるに至った、米国議会内での政争が挙げられます。ただし、米国政府からの投資額の中で研究費が占める割合は減少しておらず、むしろ年0.8% というわずかな伸び率ではありますが、増加しています。減少したのは民間の研究費です。米国での生物医学関連産業の民間研究費はほぼ同額を推移していますが、米国のほかにも、アジアでますます多くの研究費を使うようになってきています。アジアの人件費は安く、新薬開発への規制はより緩やかなためです。 アジアにおける研究開発費の増加 豪州を含むアジア・オセアニア地域全体で、生物医学分野の研究開発費は増加しています。この地域でもっとも有力な研究国である日本では、2007~2012年の間の研究開発費の年間成長率は約6%でした。オーストラリアとインドも同程度の成長率でしたが、韓国の成長率はこれを上回ります。もっとも伸びているのは中国で、額としては他国より少ないものの、年間成長率はなんと33%を記録しました。もしこの劇的な成長率を中国が9年間維持し続けるとすれば、2012年にはわずか60億ドルだった研究開発費が、2021年には1090億ドルになり、米国を抜いて生物医学分野における世界一の研究開発国になります。もちろん、未来の推定は確実なものではありません。中国が年33%の成長率を無限に維持することはあり得ず、成長は緩やかにはなるでしょう。 研究者にとっての意味 もし現在の流れが続くとすれば、アジアに注目すべきです。最先端の研究はますますアジアで行われ、共同研究の機会がもっとも豊かな地域もアジアになるでしょう。そこまでの道のりは平坦なものではなく、それぞれの地域の政治と世界経済の状況によっては山あり谷ありで、断続的なものとなるかもしれません。しかし、世界の人口の5%を占めるだけの米国が、生物医学分野における研究費の50%を永遠に捻出し続けることも難しいでしょう。その他の地域が、研究の質においても研究費においても、追いつきつつあることは事実です。これは朗報と言えるものです。 ではこの事態について、校正者たちの意見を聞いてみましょう。 研究の質や正確さを維持することが不可欠 米国以外の地域で研究費がさらに成長しているのは、基本的な資本の原理が働いているというだけです。同額以下の費用で、官僚制にそこまで頭を痛めずに、より大規模な研究を行うことができるのに、規制の厳しいところで高い人件費を払うことに意味があるでしょうか?もし同額以下の費用で同じような効果を上げることができれば、経理担当者も株主も喜びます。ではそこに問題点はあるのでしょうか?「目的は手段を正当化する」という合理化が有効なのは、適切な管理と監督が行われている場合のみです。しかし、もしそれらの地域で費用削減のために研究で手が抜かれるようなことがあれば、集められたデータの正確さはすぐに疑われてしまいます。それらの地域で公的な認可を得る前にデータの正確性を問い直し、研究の質や正確さを維持することはできるのでしょうか? 残念ながら、研究開発を短期の費用削減目標と見なす傾向は徐々に広まりつつあるようです。さらに、大規模な研究や基礎研究よりも短期間の応用研究へシフトすればするほど、研究費に関するこのような姿勢が世界的に広まる可能性も高くなります。 博士(経営学) アメリカにて30年以上の研究・学術論文執筆経験…