ワールドアカデミックニュース

米NIH、「捕食ジャーナルで論文公表しないで」

前回記事の後半でお伝えした通り、米国の研究費の支出機関である国立衛生研究所(NIH : National Institute of Health)は、2017年11月3日、関係各所に対して同研究所の助成を受けた研究は「明確かつ厳密な査読プロセスを持たないジャーナル(学術雑誌)」での論文発表を控えるように、という通達を発行しました。要するに、本誌で何度も取り上げてきた「捕食ジャーナル(predatory journal)」では論文を発表しないでください、ということです。 通達を出した目的は「発表された論文の信頼性を守るため」であり、NIHが研究費を支出した研究については、「評判のよいジャーナル」で論文発表することを奨励する、と述べています。 NIHは、自分たちが研究費を支出した研究の結果として執筆された論文のなかで、学術機関が推進する「ベストプラクティス(最良の実践)」に従っていないジャーナルで発表されているものが増えていることに気づいている、といいます。学術情報のウェブサイト「リトラクションウォッチ」が、NIHの外部研究助成部門の担当者にインタビューし、「この通達を出すに至る問題が何か起こったのですか?」と尋ねたところ、担当者は「いくつかの最近の記事で、一部のジャーナルや出版社の行動に懸念を持つようになりました」と述べました。具体的な件数については「共有できる数字はありません」と答えています。 担当者のいう「いくつかの最近の記事」がどの記事なのかははっきりとしませんが、NIHの関連ページに書かれた文章には、ウプサラ大学の研究者らが2016年に発表した論文と、『ニューヨークタイムズ』が2017年10月に掲載した記事がリンクされています。 NIHの外部研究助成部門次長マイケル・ローワー博士は公式ブログで、このことは、NIHが研究費を支出している研究については「大きな問題ではないかもしれない」と書いています。というのは、NIHが研究費を支出した研究を報告した論文81万5000件以上のうち、90%以上は生物医学分野の論文データベース「MEDLINE」に収録されているからです。MEDLINEは、米国国立医学図書館(NLM : National Library of…

ResearchGate 170万本の閲覧制限から見える著作権問題

2017年11月、科学者・研究者向けのソーシャル・ネットワーク・サービス「ResearchGate」が、エルゼビアやワイリーといった複数の大手出版社の申立てに応じ、オンラインに掲載していた約170万本の論文へのアクセスを制限するという処置を講じた、と報じました。学術ジャーナルに掲載された論文を誰もが無料で見られるようにしようという、オープンアクセスへの追い風が強まる中で発表された今回の措置。ResearchGateに何があったのか。学術論文の著作権問題について考えます。 何が問題なのか? ResearchGateは2008年にボストンで設立、現在はドイツのベルリンに本部を置く営利団体で、1400万人以上の会員を有する世界最大級の学術ソーシャルネットワークを運営しています。世界有数の金融機関ゴールドマン・サックス、医学研究支援などを目的とする公益信託団体ウェルカム・トラストをはじめとした団体や、ビル・ゲイツ個人による出資を受けていることでも知られています。 ResearchGateのサイトは科学者・研究者向けのFacebookとも呼ばれており、会員は論文や要約等をアップロードして共有したり、他の研究者をフォローして最新の研究成果を確認したりできます。近年、このようにネットワーク上に論文を公開して共有するオープンアクセス化が、急速に拡大しました。研究者らが、時間や費用をかけずに必要な論文を自由に入手できるようになることを切望し、それを可能とする技術が発展することで、オープンアクセス化が進んでいるのです。 しかし一方で、従来であれば学術ジャーナルを買わずには読めなかった論文を無料で入手できてしまうわけですから、発行元である出版社にとっては、経営の危機に立たされると言っても過言ではありません。こうして、出版社は所有する論文の著作権に対する問題(著作権侵害)を指摘。このような状況の中、ResearchGateは著作権侵害や責任ある共有を求める出版社連合(Coalition for Responsible Sharing: CRS)との協定違反を理由に、厳しい監視下に置かれることになったのです。 著作権侵害の申立て 2017年9月、国際STM(Scientific, Technical, Medical)出版社協会がResearchGateで増え続ける論文共有に懸念を示し、論文の公開/非公開を判定するシステムの導入を提案しましたが、ResearchGateはこれを受け入れませんでした。そこで、著作権を有する出版社は、ResearchGateに対して、著作権侵害に該当する論文の削除を求める通知を送付することにしました。大手出版社5社(ACS、Elsevier、Brill、Wiley、Wolters Kluwer)が設立した連合であるCRSは、10月初めからResearchGateに対して著作権侵害にあたる掲載論文の削除通知を送り、この求めに応じた形で、ResearchGateはサイトから該当論文の即時ダウンロードをできないようにしたのです。 CRSによれば、同サイト上では、出版社が著作権を有する論文約700万本が自由に閲覧できる状態で公開されていたということです。2017年10月、CRSに参加している米国化学会(ACS)とエルゼビアはついに、ResearchGateに掲載されている論文の著作権の正当性を明らかにするため、ドイツの地方裁判所に訴訟を起こしました。裁判の結果によって、ResearchGateはオンライン上の掲載論文を削除するか、損害賠償を支払うことになるでしょう。…

米国の裁判所、“捕食出版社”に差し止め命令

2017年11月18日、米国の連邦取引委員会(FTC : Federal Trade Commission)は、米国の裁判所が9月に、いわゆる捕食ジャーナルの出版社に対して「予備的差し止め命令(preliminary injunction)」を出したことを発表しました。FTCは不正な取引等を取り締まる政府機関です。 本誌でも度々伝えてきたように、捕食ジャーナル(predatory journal)とは、掲載料さえ払えばきわめて甘い査読のみで、どんなひどい論文でも掲載してしまうオープンアクセスジャーナルのことです。「ハゲタカジャーナル」と訳されることもあります。そうしたジャーナル(学術雑誌)に掲載された論文は、たとえば生物医学分野であったら、同分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」に収載されないこともあります。 捕食ジャーナルを発行する出版社は「捕食出版社(predatory publisher)」と呼ばれます。彼らは登録料さえ払えば誰でも講演できる「国際会議」と称するものを開催することもあります。 FTCは2016年8月、インドのオープンアクセスジャーナルの出版社OMICSグループや関連企業に対して訴訟を起こしました。FTCの主張は、同社らが、有名な研究者の名前をその研究者が参加することに同意しなかったにもかかわらず使用して会議の参加者を募集したこと、論文が査読されているかどうかについて読者を誤解させたこと、投稿前に掲載料に関する情報をはっきりと著者に提供していないこと、同社らが発行するジャーナルについて誤解を招く「インパクトファクター」を提示していたこと、です。 この訴訟に対し、2017年9月29日、ネバダ州連邦地方裁判所のグロリア・ナバロ裁判官は、FTCから提出された証拠は「被告がジャーナル出版に関する虚偽記載をしたという予備的な結論を支持するのに十分である」と述べ、「差止命令がなければ、被告人が依然として不正行為に従事する可能性が高い」という判決を下しました。 しかし、学術情報サイト「リトラクション・ウォッチ」などによれば、この命令は、同社がジャーナルを発行したり、国際会議を開催したりすることを止められる内容ではないようです。今回裁判所が認めたことは、あくまでも同社が研究者たちに論文や口頭発表を勧誘する方法において不正行為を行ったことであり、結果として命じたのは、誤解を招く情報をウェブサイトから削除することでした。 FTCの金融慣行課の上席弁護士グレゴリー・アッシュは「これは確かに、私たちは捕食出版社を監視し、目を光らせています、という学術界へのメッセージです」とコメントしています。それに対してOMICS社の法律顧問は「リトラクション・ウォッチ」の取材に対して、「FTCは“フェイク・ニュース”に基づいて主張したのです」と述べています。 OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社で、700誌ものジャーナルを発行し、世界各地で国際会議と称する会議を主催しています。同社の名前は、捕食ジャーナルや捕食出版社のリストとして知られる「ビールズ・リスト」にも挙がっていました(同リストは閉鎖されましたが、アーカイヴが残っています)。…

編集委員を辞任に追い込む剽窃問題

剽窃(ひょうせつ)とは、他人の成果や論文を許可なく部分的に利用し、自分の成果のように発表することです。例としてSTAP細胞論文の疑惑があげられます。まるごと盗んで自分のもののように使用する「盗用」とは区別されますが、剽窃は重大な犯罪です。大学や研究機関では教員や学生、研究者に剽窃をしないよう指導を行っていますが、学術出版社でも問題となっています。自然科学を対象としている著名な科学誌『Scientific Reports』でも剽窃が問題となり、投稿された論文の撤回を求めて19名の編集委員が職を辞するという事件に発展しました。 ■ Scientific Reportsの編集委員19名が辞任 アメリカのボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学の研究者であり、Scientific Reportsの編集委員の1人でもあるマイケル・ビア氏は、2016年に発刊されたScientific Reports 6に掲載された論文内で、自分の過去の研究成果が剽窃されたと訴えました。これに対し、他の編集委員もビア氏の主張を支持。最終的に計19名もの研究者が、編集委員を辞任したのです。 剽窃が問題視された論文は、ハルビン工科大学(中国)の深センキャンパスの研究者達により発表された、DNAの組み換えスポットを特定する技術を説明するものです。この研究は、ビア氏と彼の研究チームが2014年7月の『PLOS Computational Biology』に発表したアルゴリズムを基にしており、論文にはビア氏の論文を引用していることが示されているものの、ビア氏がgkm-SVMと名付けた技術を中国人研究者達はSVM-gkmと呼ぶなど、多くの部分は単にビア氏の論文を書き換えたものであると、同氏は訴えたのです。 ■ 訂正表では納得せず Scientific Reportsの編集者リチャード・ホワイト氏は当初、この論文がビア氏のアルゴリズムをより発展させたものだとする中国人研究者達の主張を認めていました。しかし中国人研究者達は、ビア氏の論文を引用したことは記していたものの、同氏の論文から引用した5つの方程式に、出典を付けるのを怠っていたのです。これによりビア氏と研究仲間は、中国人研究者は剽窃を行っているとして、訂正ではなく撤回という処罰が妥当であり、出版社の対処は不適切だと主張しました。しかしScientific Reportsは、訂正表で対処するという決定を改めはしなかったのです。…

Brexitが招く共同研究の危機

Brexitといえば、Britain(イギリス)とexit(脱退)の合成語で、イギリスがEUから脱退することです。2016年6月23日に行われた離脱の是非を問う国民投票で、僅差でEU離脱が上回って以来、世界中がイギリスの動向を見守っています。このBrexitの影響は、国際政治だけでなく経済など多方面に広がっていますが、学術界も例外ではありません。欧州連合(EU)中の大学が不安に晒されています。 ■  EUの学術支援とイギリスの関わり方 EUは、その発足以来、ヨーロッパ全域での研究者達の自由な共同研究を推進・支援しています。EUが主導する学術プログラムに「Horizon 2020」がありますが、イギリスはこのプログラムを牽引してきました。これは、2014年から2020年までの7年間にわたり全欧州規模で実施される研究およびイノベーションを促進するため、約800億ユーロの公的資金が、優れた研究や革新的開発に助成されるプログラムです。 Brexit以後イギリスはHorizon 2020を始めとしたEUの学術支援体制にどのように関わって行くのでしょうか。この議論は遅々として進まず、曖昧なままになっているのが現状です。 ■ イギリスの大学が直面する将来への不安 英国大学協会の学長であるジャネット・ビア教授は、2019年の研究費の助成や学生向けの交流プログラムの申し込みが迫っているため、Brexit後もイギリスの大学がHorizon 2020に参加し続けることができるのか、早急に明確にする必要があると発言しています。このプログラムからイギリスの大学が外された場合、イギリスの研究者達は、重要な研究ネットワークを失うことになります。Brexit後のことが早々に解決されない限り、欧州での大規模な研究は失速しかねないと、教授は懸念しているのです。 また、教授は、Brexitが大学生達に与える影響についても指摘しています。EUは、2014年から2020年の7年間、教育・訓練向上を目的とするプログラムである「エラスムス・プラス(Erasmus +)」において、総額約147億ユーロを留学奨学金としてのべ200万人以上の学生に提供することにしています。イギリスからも毎年約3万人の学生がこのプログラムに参加しているので、このプログラムがイギリスに適用されなくなった場合、多くの学生達が貴重な学習機会を失うことになるのです。 ■ 政府は科学者の不安を払拭できるのか 大学・科学・研究・イノベーションを担当する国務大臣であるジョー・ジョンソン氏によると、イギリスの科学とイノベーションのさらなる発展を保障すべく、イギリス政府は、EUとの間で自国の研究者達にとって好ましい協定を結ぶよう最大限努力するとしています。 イギリスの経済発展のためには共同研究が欠かせないことを大臣も認識しており、そのためにもEUとの協力関係を将来も継続するつもりであると発言しています。イギリスとEUの協力関係が保たれれば、イギリスの科学者達はEUの科学者達との共同研究を続けられることになりますが、一方でEUは、イギリスがEU本部との協定を締結できない場合はイギリスの研究者達はHorizon2020の助成金を受けられなくなると警告しています。…

オープンアクセス推進に欧州も参戦

2017年3月、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission; EC)が、ある発表を行いました。内容は、オープンアクセス出版について。誰でも最新の研究成果を無料で見られるようにする、という世界で話題の出版プラットフォームを、ECも設立しようかというのです。学術出版界に大きな影響を与え得るこのオープンアクセスとは何なのか、その可能性にあらためて迫ります。 ■ 欧州委員会がオープンアクセスへの参入を検討 ECは、EUにおける法案の提出や政策の遂行・運営、法の順守、基本条約の支持など、連合の日常の運営を担っています。その傍ら、巨額の科学研究費を研究機関に提供しており、支援した学術研究の無料公開を促すことで、学術界にも影響を及ぼしてきました。 かねてよりオープンアクセスの方針の策定に関わるプロジェクトを助成してきましたが、2016年5月に開催された会合ではEUの「競争審議会(科学、イノベーション、貿易、産業に関わる欧州の大臣たちの会合)」が公式文書を発行し、欧州のすべての科学記事を2020年までに無料でアクセス可能とし、さらに公的に支援された研究で得られたデータを公開・共有することで再利用を可能とすべき、との合意に達したことが記されています。 そして2017年3月、ECが上述の通り、オープンアクセス出版に関する方針を発表しました。ECは年間100億ユーロ以上を研究費として支援していますが、同様に学術研究を支援する「ウェルカム財団」および「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の出版モデルを採用し、ECが助成した研究者が欧州内でオープンアクセス出版に移行するのを加速させようとしています。 ■ 社会はオープンアクセスを求めている 学術出版界でオープンアクセスの動きが加速する反面、出版業界はこの動きをあまり好意的に受け止めていません。査読を受けていない学術論文でも公開してしまえるオープンアクセスは、最新の科学情報を無料で閲覧できるようにしてしまうため、購読収入を得られなくなる大手出版社にとっては非常にやっかいなのです。権威ある有名なジャーナルでの論文出版にこだわる研究者も一部にいるとはいえ、出版までの手続きに時間と手間をかけずに済むことに意義を感じる研究者や、高額な購読料を払えない研究者が多いのも現実です。 そうした現状もあり、オープンアクセスを推進する動きが拡大しています。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、学術成果をオープンアクセス化するためのプラットフォーム「 Gates Open Research」を、2017年後半に公開するとしています。財団の支援を受けたすべての学術・科学研究がオープン化の対象となり、研究者は、論文評価サイトF1000(Faculty of 1000)が管理するこのプラットフォームを用いて速やかに論文を公表し、相互評価を得ることができます。…

米国化学会、海賊版論文サイト「サイハブ」に勝訴

本連載でもお伝えしてきたように、「サイハブ(Sci-hub)」というウェブサイトでは、出版社のサイトでは有料でしか入手できない論文のPDFファイルを、誰でも簡単に無料でダウンロードすることができます。ジャーナル(学術雑誌)の購読料が高騰し、論文を手に入れにくくなったことに業を煮やした研究者アレクサンドラ・エルバキャンが2011年に開設したものです。多くの研究者に重宝されてきた反面、学術出版社などからは訴訟を起こされるなどされてきました。 世界最大の学会で、多くのジャーナルを発行する「米国化学会(ACS: American Chemical Society)」は今年6月、バージニア州の地方裁判所でサイハブを提訴しました。11月3日、バージニア州の地方裁判所はサイハブに対して、著作権侵害と商標違反の損害賠償として480万ドルを同学会に支払うよう命じました。サイバブ側はこの裁判に出廷しませんでした。 最近のある研究では、サイハブには、世界の学術論文約8160万件のうち69%、米国化学会のジャーナルのコンテンツのうち98.8%が含まれている、と推定されました。 サイハブは学術出版大手エルゼビア社に著作権侵害で訴えられて、ニューヨークの裁判所から1500万ドルを損害賠償として払うことを命令されたこともあります。 米国化学会は声明文で「この判決は著作権法と出版産業全体の勝利である」と述べたうえで、サイハブとの「アクティブな提携や参画」をしている人々には、同学会の著作権で保護されたコンテンツや商標の不正使用に対する差し止め命令が出されることをこの判決は意味する、と説明します。つまりサイハブだけでなく、検索エンジンやサービスプロバイダなどにも適用される可能性があるということです。同学会はこれが執行されるよう動き始めているといいます。 この裁判所命令に実効性はあるのでしょうか? サイハブは閉鎖されるか、あるいは誰も検索エンジンでたどり着けなくなるのでしょうか? 『ネイチャー・ニュース』では、知的財産の専門家が「アクティブな提携や参画」には解釈の余地があること、一般論としてはアメリカの裁判所は裁判に参加していない人々や団体に命令を出す権限は持っていないこと、しかし連邦規則(US federal rules)は禁止を命令された側と積極的に関係している者に対しては命令が及びうること、などを指摘しています。 『サイエンス・インサイダー』では、別の専門家が、この判決は政府による検閲に第三者が関与を求められる前例になる可能性を指摘しています。 コンピュータ通信産業協会(CCIA)は「法廷助言書」を裁判所に提出して、プロバイダと検索エンジンへの命令を、エルゼビアによる訴訟でも米国化学会による訴訟でも、その訴えから除外するよう求めていました。この意見は前者では裁判官に取り入れられましたが、後者では却下されました。 なお同学会の広報担当者は、この判決は検索エンジンには適用されず、サイハブに「積極的に参加している団体」にのみ適用される、と『サイエンス・インサイダー』にコメントしています。…

頭脳流出が進むラテンアメリカ-日本は大丈夫?

「イノベーション」につながる科学研究への投資は長期的に見て重要であり、政府負担の研究費が投入される一つの理由でもあります。日本では英語本来のinnovation(革新、一新)の意味に加えて、技術革新や新しいアイデアの活用などの意味も含まれますが、インターネットの普及やスマートフォン、電気自動車(EV)など、ここ10年程度の間に生活に浸透した「イノベーション」の成果には、目を見張るものがあります。このように、イノベーションを生み出す研究プロジェクトへの投資は計り知れない影響を世界に及ぼしますが、それを生み出すには、充実した研究環境も不可欠。研究費の削減、そして人材の流出というシビアな問題に直面する国が増えてきています。 ■ ラテンアメリカの深刻な現状 ラテンアメリカでは、政府の研究費削減が大きな問題に発展しています。低賃金や研究費不足、官僚制度の問題に頭を抱えた研究者たちが国外に出て行く、つまり頭脳の流出が進行しているのです。 最近出版された報告によれば、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、ウルグアイ、メキシコの研究者の給料は、それぞれの国の首都にあるアパート(2LDK程度)の家賃より低いと示されていました。例えば家や新車などを持ちたい、生活水準を向上させたいと思ったら、食費や光熱費などの生活費を節約しなければ到底かないません。 世界銀行のデータによれば、これらのラテンアメリカ諸国が研究開発費に回す予算は概ねGDPの1%以下(1.24%のブラジルを除く)であり、GDPの約2.4%を研究開発費に投じている先進国とは大きな差が出ています。せっかく大学院を出て研究者になっても、研究費がなく生活にも困窮するとなれば、その国に留まるのは難しくなります。実際、アルゼンチンの大学で博士号(PhD)を取得する学生数は急増しているのに、その半数しか国内で科学研究関連の仕事に就けず、約20%の博士号取得者は国を出るか、他の職業に就くことになるようです。 ■ 経済低迷のブラジル、政情不安のベネズエラ…… 研究費のGDP比では1%を超えているブラジルですが、経済低迷の影響から、イノベーションに向けた科学研究資金は削減されるばかりです。ブラジルには州ごとに研究開発を支援する公的なファンドがありますが、そのうちの一つであるリオデジャネイロ州の科学支援団体FAPERJは、過去2年以上にわたり3,670もの研究プロジェクトへの支援を打ち切るなど削減を続けてきましたが、ついに経営破綻となり、1億5,000万ドルの助成金が支払われなくなってしまいました。 FAPERJの破綻は、リオデジャネイロ州政府がFAPERJへの支出を減らした上、2005-2016年に割り当てられた予算の40%しかFAPERJが受け取れていなかったことが原因と考えられています。2016年のオリンピック開幕前にリオデジャネイロ州が財政危機宣言を発したことは五輪関係者に衝撃を与えましたが、州の財政状況が急激に悪化したことの影響は学術界にも及んでいたのです。しかし、研究費削減の問題は同州に限らず、他の州でも深刻な状況となっています。 また、国の政情不安も人材を流出させます。社会主義国のベネズエラは、治安の悪化、経済マイナス成長、インフレにより国家崩壊の危機にあるとまで言われており、既にこの国から脱出した国民も多数。2016年の報道によれば、国外に住むベネズエラ人は150万人。90%が2000年以降に国を出たとされていますが、その中の90%が学士以上、40%が修士以上、12%が博士取得者と、学歴や技術を持つ人材が多いことから、ベネズエラでも頭脳流出が起きていると言えるでしょう。 ■  「頭脳」はどこに? 他のラテンアメリカ諸国もブラジルやベネズエラと同様の状況に置かれており、研究活動を促進し、先進的なイノベーションを促すためには、学術界および政府レベルでの改革が必要不可欠です。しかし残念なことに、この問題はラテンアメリカ諸国だけでなく、全世界で共通の問題となりつつあります。GDP比での研究費はラテンアメリカ諸国より大きいものの、ヨーロッパをはじめ先進国における頭脳流出も問題視されています。 では流出した頭脳はどこに行くのか?流出国と流入国は、先に述べたような経済的・政治的な要因によっても大きく変わってきます。近年は、経済的不安が増すヨーロッパから流出した頭脳(人材)がアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの英語圏に移住しているようです。しかしトランプ政権になって科学研究費が大幅に削減されたアメリカが、今後も研究者の流入を受け入れられるかどうかは不透明で、動向に注意する必要があります。 ■ 日本からの「頭脳流出」は大丈夫か この問題、日本も他人事ではありません。他国に比べて治安がよく、経済力も保持するこの国からも頭脳流出が起こっています。近年話題になっている「日本の」ノーベル賞受賞者にも米国在住あるいは受賞時点で外国籍を取得していた研究者が多数いることからも、それは明らかです。日本で博士号を取得した研究者が、語学力の強化や研究者ネットワークの構築などを目的に留学し、より自由な研究環境を求めてそのまま移住してしまい、結果、現地で研究成果をあげているというのが現実です。アメリカへの頭脳流出の傾向は以前からですが、有能な研究者への国際的需要は高く、海外からの「頭脳獲得」に積極的に動いている国も他にあり、今後も研究者の流出が続く可能性があります。…

中国の臨床試験 80%に不正か規定違反あり

本シリーズでたびたび取り上げている中国学術界の不正問題。新薬申請の臨床試験に対する取り締まりも強化されています。 国家食品薬品監督管理総局(China Food and Drug Administration,CFDA)が2016年9月に公表した調査結果によると、2015年に調査を行った1622件の新薬申請のうち80%以上(1308件)の臨床試験において、試験自体が終了できていないか、追跡できない、あるいはその両方の理由で結果が出ていない状況にあり、またデータに不正があるため、臨床申請を取り下げるべきであると判断されたのです。実験結果の捏造や不正確なデータの使用など、臨床試験における不正行為には、臨床試験指令の責任者、製薬会社、医療関係者などが複合的に関わっていたものと見られています。 ■ 違反者には極刑も辞さず 80%という数字に驚いた方は少なくないかもしれませんが、中国の創薬業界では「想定内」との声が聞かれます。中国国営新華社系の経済新聞「Economic Information Daily(経済参考報)」は、臨床試験の結果が、実際の医学研究が行われる前に執筆されることや、既に市場に出回っている薬と併用するような試験が行われることすらある、と報じています。 この事態を重く見た中国政府は、臨床検査の実施方法についての新しいルールを作成しました。2017年4月、CFDAは、健康に関わる臨床試験に不正データが使われた場合、不正を行った製薬会社からの新薬の許認可申請を、同様のカテゴリーの場合は3年間、他のカテゴリーからの場合も1年間受け付けないと表明したのです。このルールの対象は、臨床試験用に不正なデータを提供した機関にも及び、新規の臨床試験の実施や進行中の臨床試験への参画も禁止されます。さらに、該当機関が作成したデータを使った他の新薬申請も却下されることになります。 中国政府の対策はこれに留まりません。CFDAの発表の当日、臨床試験に不正データを使用した場合、刑法で裁かれる可能性もあるとの通達が、最高裁判所より出されました。不正データを使って臨床試験を行った製薬会社などに対し、3年以内の懲役と罰金が課せられるのです。それだけでなく、不正データが公衆衛生上、重篤な被害をもたらした場合には、死刑もあり得るとしています。過失により誤ったデータを提出した場合には刑を逃れるとしつつも、中国政府の本気度が垣間見える厳しい政策です。 ■ 問題の根源は…… 臨床試験の不正となると中国がやり玉に挙げられがちですが、日本でも、スイス製薬大手のノバルティスファーマ(日本法人)による高血圧症治療薬の臨床データ操作事件が、ニュースで大きく報道されました。この件では、同社が薬の効果を高く見せるようデータを改ざんしたとして薬事法違反に問われました(他にも、慢性骨髄性白血病治療薬を用いた臨床研究の不正でも世間を騒がせました)。残念ながら、臨床検査の実施を製薬会社に依存する「製薬会社主導」の構造が、この問題に拍車をかけているのが実態です。 製薬会社による臨床試験での不正は、試験自体や医薬品に関する学術論文の信頼性を損なうものです。それを防止するための法律や倫理指針は存在するものの、研究者や製薬会社が意識しなければ、臨床試験における不正を根絶することは難しいと言わざるをえません。規制によってそれの改革を促す中国の取り組みが、果たして功を奏するのか。注意深く見守る必要がありそうです。…

アジアの革新的大学ランキングが発表!

2017年6月7日にロイターが「2017年 アジアの革新的大学ランキング」を発表しました。ランキングの評価は、研究論文の評価や特許数も含む、多面的な判断によって決定されます。今回は、韓国の大学が1位と2位を独占しただけでなく、上位20校に8校がランクインするという結果になりました。 ■ 韓国勢が躍進 1位は韓国科学技術院(KAIST)。2年連続の首位獲得です。影響力の高い発明を数多く生み出したと評価されました。続く2位がソウル大学。3位に東京大学が入りましたが、昨年の2位の座をソウル大学に譲った形です。そして、4位と5位も韓国の大学に占められる結果となっています。 TOP5位中、4校が韓国の大学となったわけですが、TOP75まで広げても同じ傾向が見られ、75校のうち22校が韓国勢でした。経済発展が目覚ましい中国勢は、75校中21校です(ただし、香港の大学を含めると25校と最多)。日本は、東京大学が3位に入ったものの、トップ20まで見ると昨年の9校から7校に減少しています。東大以外の6校は、東北大学(7位)、京都大学(8位)、大阪大学(9位)、東京工業大学(12位)、慶應義塾大学(16位)、九州大学(17位)と、名だたる大学が並びますが、75校中では19校と韓国、中国より少なくなっています。 このランク付けにあたり、ロイターは世界的な情報サービス企業であるClarivate Analyticsのデータを利用しています。Clarivate Analyticsには学術誌を出版する600を超える企業や団体が登録されており、特許のデータベースも存在します。この学術論文と特許出願などの情報に基づいた分析を活用することで、どの大学が最も画期的な研究を行っているか、どのような特許を所持しているかなどの調査を行い、各大学の革新度を評価し、その結果から科学の進歩および新技術の発明に貢献している大学のランクを付けているのです。 ■ 世界のランキング、そして日本は―― ロイターによるアジアの大学ランキングは今回が2度目の発表でしたが、昨年9月には、対象を世界の大学に広げた「世界の革新的な大学ランキング2016(Reuters Top 100: World's Most Innovative Universities…