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研究者も無視できないFacebookの情報流出

全世界のユーザー数が20億を超えるFacebookをどのような目的で利用していますか?研究を広めるためや、研究者仲間とのコミュニケーションのためというのが一般的でしょうか。今、そのFacebookは個人データの不正流用をめぐる国際的なスキャンダルの渦中にあり、世界中が注目しています。事の発端が研究者によるFacebookを利用した個人データの収集であったことに目を向ければ、Facebookによる個人データの流出と不正利用疑惑問題は、研究者にとっても他人事とは言いきれません。Facebookの問題は、倫理問題をより深刻に捉えるべきであることを再認識させるものだとする記事がnatureに掲載されました。 ■ 個人データの流出と不正疑惑 英ケンブリッジ大学の心理学者・神経科学者であるアレクサンダー・コーガン氏がFacebookの性格診断アプリを開発。この性格診断を受けるためにアプリをダウンロードしたユーザーのデータ、約5000万人分がコーガン氏によって、イギリスのデータ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)」に売却されました。そして、この個人データが2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスのEU脱退を決めた国民投票など、極めて政治的な事象に不正利用されたのでは、と物議をかもしているのです。2016年の米大統領選のコンサルティングに関わっていたケンブリッジ・アナリティカが、このデータをトランプ陣営の心理戦や有権者の絞り込み等に利用したと報じられ、大きな問題となっています。個人データはコーガン氏が開発した性格診断アプリを通して合法的に集められたものでしたが、アプリ開発者が、収集したデータをユーザーに通知することも同意を得ることもなく第三者に譲渡することは規約違反になります。Facebookは、2014年に個人データの不正利用を防ぐための対策を導入していますし、問題発覚後には対策を講じると発表しています。ケンブリッジ・アナリティカとFacebookは両社とも不正を否定していますが、米国議会はFacebookのCEOザッカーバーグ氏に議会での証言を要請しており、欧州議会もケンブリッジ・アナリティカのデータ悪用につき調査を進めています。 ■ 個人データの不正利用 研究者と企業がユーザーの同意を得ずに個人データを利用した――このことによって生じた不信感や疑惑は、学術研究にとっても痛手となります。利用者の多いオンラインプラットフォームをから得られるデータは、研究にとって非常に有用な情報源でもありますが、それはあくまでもデータを正しく扱うことが前提です。取扱い方に関わらず、インターネット調査の利用に制限がかけられることもあります。倫理保護が重要視される医薬や心理学研究といった人の命に関わるような研究では、インターネット調査を対象外にすると明文化されています。 今回の問題で特徴的だったのは、心理学者であるコーガン氏が研究の一環として行った調査の結果得られた個人データを、Facebookの利用規約に反して第三者(データ分析企業)に譲渡したことです。結果、個人データが、当事者であるユーザーがまったく予期しなかった、あるいは意図しなかった使われ方をしました。データがまとめられ、アルゴリズムにかけられたことで、当たり障りのなかったデータが意味を持ち、ユーザーが非公開としておくことが妥当と考える個人情報が不当に使われたり、不本意な使われ方をしたりすることとなりました。 もちろん、研究におけるデータの収集・利用方法に関してはガイドラインが定められているので、ほとんどの研究プロジェクトは、データを倫理的に利用しています。欧米の研究助成団体はデータの倫理的利用を推進しており、「公開」データの定義を再考するよう推奨し、研究が社会および個人に害をおよぼす可能性を検討する必要性について言及しています。今後も研究者の知識をより深めるように、研究助成団体がこの取り組みを強化していくことが期待されます。 ■ Facebookのデータ不正利用疑惑から見えること 今回の個人データの不正利用疑惑から見えてきたのは、多くの学術分野で、革新的な技術の急速な変化に応じた利用への注意を規定に盛り込むことが追い付いていないという現実です。いまやデータ収集方法は多岐にわたり、入手できるデータ数は増大し、データ収集に要する時間と手間も大きく様変わりしてきました。研究倫理やインターネット・プラットフォームなどにおける個人データ利用に関する規約を理解しておくことは必須ですが、全てを理解するのは大変な状況です。また、研究分野によってオンラインデータに対する見解が異なることも、問題を複雑にしている一因です。例えば、心理学や社会学のような人文系の研究では、今回問題の発端になったような診断アプリやテストを通して集めたデータが研究に役立つことがある一方、コンピューター科学のような技術系の研究では、アプリのプログラムやアルゴリズムの開発を進めることが重視されるでしょう。データを利用する側だけでなく、データを作成する側にも、双方の状況に応じた研究倫理トレーニングを実施する必要があるのかもしれません。研究者は、技術革新が規定の枠を超えていることを十分に理解し、法の制限や規定に書かれていることに従っているだけでは研究倫理を順守するためには不十分なこともあると認識しておく必要があるのです。 一方、Facebookが問われているのは、個人情報を流出させた責任と個人情報の扱いに関する倫理です。確かにFacebookには個人データの不正利用を禁ずる規約がありましたが、同時に、アプリ開発者などがこの規約に違反しないように管理監督し、違反があった場合には対策をとるべき責任があったにも関わらず、今回のような社会的問題が生じたことがFacebookへの批判となっています。そのため、一部のスポンサーや広告主によるFacebookからの撤退や、ユーザーからのボイコットの動きが出ており、株価が暴落しています。さらに、当事者である英米だけでなく他国の個人情報保護を管轄する規制当局も、調査に動き出すなど、すっかり世界を巻き込んだ大事件となっています。 とはいえ、Facebookで起きた個人データの取り扱い問題は、ネットにつながっている以上、どのソーシャルネットワーク(SNS)でも起こり得るものです。どのSNSを、どのような立場で使うのであっても、メリットとデメリット、セキュリティなどさまざまな点に注意しつつ利用する必要があります。さらに、個人ユーザーとして利用する場合には、SNS上でそのネットワーク提供企業以外の第三者(企業)に自分のデータが利用されることから自分のデータを守らなければなりません。SNSは便利な反面、面倒なものでもあるのです。 Facebookは3月19日に、コンピューターなどに残る記録を収集・分析して、その法的な証拠性を明らかにすることを専門的に行うデジタルフォレンジック企業のStroz Friedbergにケンブリッジ・アナリティカの包括的監査を依頼したと表明しています。しかし、3月26日には米連邦取引委員会(FTC)がFacebookのプライバシー管理につき調査を行っていると発表され、4月5日には不正に個人データが取得されていたユーザー数は最大で8700万人にのぼると発表されるなど、当分騒動は続きそうです。

偉大なる物理学者ホーキング博士の死を悼む

2018年3月14日、「車椅子の天才科学者」として多大な功績を残したイギリスの偉大な物理学者スティーブン・ウィリアム・ホーキング博士が死去しました。76歳でした。科学界は、今、深い悲しみにくれています。 ■ スティーブン・ホーキング博士について まず、ホーキング博士に関する事実を紹介します。 ● ガリレオの死からちょうど300年後の1942年1月8日生まれ。 ● 彼が死去した2018年3月14日は、アルバート・アインシュタインの誕生日であった。奇しくも、この2人の天才は同じ76歳で亡くなっている。 ● 学生時代から教師やクラスメイトに「アインシュタイン」と呼ばれていた。 ● 21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、余命2.5年と宣告されたが、76歳まで生きた。 ● 最大の功績は、ブラックホールからの放射「ホーキング放射」の導出法である。 ● 最初の著書である『ホーキング、宇宙を語る(原題:A Brief History of Time)』は、宇宙の謎を一般向けに執筆した著書で、1988年に出版されて以来、20年以上にわたり1000万部以上の売り上げを記録し、ロンドンのサンデー・タイムズ紙で、4年以上ベストセラーリストに掲載された。 ● 父親は、息子がオックスフォード大学で医学を学ぶことを望んでいたが、本人はオックスフォード大学で奨学金を得て物理学を学んだ。 スティーブン・ホーキング博士のインタビュー:Last…

トランプ政権の予算に研究者がっかり

2月12日、トランプ政権が総額4兆4000億ドル(約478兆円)規模の2019会計年度の予算教書(2018年10月~2019年9月)を議会に提出し、予想どおりとはいえ科学者たちを失望させました。連邦政府の財政赤字が9840億ドルにも達するなか、国防費と移民法執行費用が増加された一方、科学の基礎研究に関しては20%以上削減されています。主要科学研究機関への予算は昨年レベルもしくは更なる削減となっており、研究者たちには厳しい状況が続きます。 ■ 削減される研究開発費 アメリカ国立衛生研究所(NIH)、国立科学財団(NSF)、エネルギー省(DOE)への予算は2017年と同水準。食品医薬品局(FDA)と航空宇宙局(NASA)の少なくとも宇宙探査に関しては増額されていますが、DOEのエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)の月面探査ロケット打ち上げ部門、NASAの5つの地球科学計画、国際宇宙ステーションの予算削減に加えて、環境保護庁(EPA)、海洋大気庁(NOAA)、内務省(DOI)の地質調査所(USGS)の一部の研究計画は見直しを余儀なくされそうです。また、疾病予防管理センター(CDC)の予算も削減されました。 出典:AAAS (American Association for the Advancement of Science): The 2019 Science Budget Backs…

変わる「利益相反」-Natureが新ルール適用へ

学術論文を投稿する際、著者は利益相反(Conflicts of Interest: COI)を開示するように求められます。これは、研究にとってバイアスをもたらす可能性のあるすべての利害関係、つまり研究助成金の出所や謝礼、特許権使用料やライセンス(商標や著作権)などの金銭的関係、および雇用契約などの個人的関係を含む経済的利害関係を開示する必要があるということです。通常、ジャーナルや学会が定めた投稿規定の中にCOIにつき何をどう開示すべきかが記されていますが、国際的には医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors : ICMJE)の規定が受け入れられているようです。 ■ 非経済的利害関係もバイアスになる 経済的利害関係の中で直接的なものとしては、金銭的関係です。研究助成金はもちろん、旅費なども金額にかかわらず、すべて開示しなければなりません。また、個人的関係としては、雇用関係のような人間関係などが含まれます。研究結果が特定の企業の売上に影響を与えるような論文を執筆した著者が、その企業の社員や関係者である場合、経済的利害関係のある利益相反とみなされます。さらに、研究にとってバイアスとなるのは経済的な要素だけではなく、所属機関への忠誠心や個人的な野心など非経済的な要素も影響すると考えられるのです。そこで、ネイチャー・リサーチが出版するジャーナルは、利益相反の開示ルールを強化し、著者に対して、研究の中立性・客観性に疑問を抱かせる可能性のある非経済的利害関係の開示も求めていくと発表しました。 2018年1月31日に発表された記事によると、2月以降、ネイチャーおよびネイチャー・リサーチが出版するジャーナル(Nature Communications,…

研究不正の裏に潜む任期付雇用の暗い影

2018年1月、京都大学iPS細胞研究所での論文不正が発覚しました。言わずとも知れた山中伸弥所長が率いるiPS研究のトップ研究機関における不正発覚。この事実だけでも衝撃的ですが、後を絶たない研究不正の裏に研究者の不安定な雇用があるとの報道からは、さらに深刻な問題が見えてきます。はたして、不安定な雇用とはどのようなものなのでしょうか。 ■ 雇用の多くは任期付の非正規 2014年に世界的な話題となったSTAP細胞問題から、学術界を挙げて研究不正への対策を強化してきましたが、実際に不正をゼロにするのは困難と言われています。今回発覚した不正は、2017年2月に京大の山水康平特定拠点助教らが米科学誌に発表した論文に掲載したグラフにねつ造と改ざんがあったと認定されたものです。山水助教以外の共著者(10名)は不正に関与していなかったと報じられました。 山水助教の役職名「特定拠点助教」とは、京大独自の特定有期雇用教員で、iPS細胞研で再生医療に従事する任期付の助教授のことです。将来的な実用性の高いiPS研究を担う職員ですらプロジェクト終了時までと期間を限定しての契約なのに驚かされますが、これが研究者を取り巻く現実です。iPS研究所所長である山中教授自身、2017年9月に同研究所の教職員の9割以上が非正規雇用であることを訴えていました。研究費獲得競争が激化する中、雇用期間に定めのある非正規雇用研究者たちは限られた予算と期間内に成果を出すことを求められています。非正規雇用研究員が増えているのは、研究機関だけの問題ではありません。国の基幹研究を担う大学でも同じ状況です。 ■ しわ寄せは若手に 経済効率性重視のアベノミクスのもと、国立大学法人運営費交付金は減り続け、国立大学は研究費(特に基礎研究)の確保に苦労しています。かつて潤沢な研究費が確保できていたころに雇用された常勤研究者(正規雇用)が高齢となるのに対し、研究費の確保ができない状況で採用される若手は任期付の非正規が多数。まさに、若手研究者が研究費削減のしわ寄せを受けている状況です。 少し古いデータですが、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2015年3月に発表した「大学教員の雇用状況に関する調査」が参考になります。東京大学などの主要11大学(RU11*)の教員総数は2007年度(平成19年度)26,518人、2013年度(平成25年度)29,391人でしたが、そのうちの任期無し教員は、2007年度では 19,304 人だったのが、2013年度では 17,876 人に減少。一方、任期付き教員は7,214人から11,515 人にと大幅に増えていました。年代別で見ると40歳未満の若手教員が任期付教員に占める割合が多く、残念ながら、この傾向は今も改善されていません。多くの研究者が40歳代になっても任期付雇用のまま研究を続けざるを得ない状況に置かれているのです。 任期内に成果を出せなければ次の職を得るのは難しい――不安定な雇用は研究者を不安に陥れます。iPS研究所で不正を指摘された山水助教も2018年3月末に迫った雇用期限を前に、何とか見栄えの良い成果を出そうと焦ったのかもしれません。 *RU11:日本の研究活動を牽引する主要な研究大学として学術研究懇談会(RU11)を構成する 11…

人工知能(AI)は学術研究に益か害か?

今ではすっかり生活に溶け込んだ「人工知能」(Artificial Intelligence: AI)という言葉。この用語が初めて登場したのは、1956年。人工知能の基礎を築き「現代人工知能の父」とも呼ばれるジョン・マッカーシー博士が、ダートマス会議と呼ばれる、自身の主催した研究者のワークショップで初めて使用しました。人間の「知能」を機械に持たせる、つまり人間の脳が行っている知的な諸機能を機械に行わせることを目的に、ダートマス会議以降、研究が進められてきました。そして2016年12月、AppleがAI関連、具体的にはコンピューター生成画像を使い画像認識トレーニングを向上させる技術について記した論文を発表したことにより、AIの発展は転換期を迎えることになりました。それまで秘密主義を貫いていたAppleが同社による研究成果を学術機関で発表・共有したことで、IT業界へのAIの取り込みおよび情報のオープン化が加速したのです。AIが日々急速に進化している半面、本当に有益なのか、害となるか、どこまで信頼すべきなのか懸念も生じています。 ■ 拡大するAIの利用 AIと聞くとSF映画を想像する方もいると思いますが、AIの利用は、IT業界をはじめ産業界で拡大しており、ビッグデータと言われる大量のデータの処理や自然言語処理(人が日常的に使っている言語をコンピューターに処理させる)を活用して顧客向けの広報や顧客サポートを行うようになっています。 AIの基本は、ニューラルネットワークと呼ばれる、人間の脳神経細胞をモデルとした情報処理システムですが、近年のITの発展により、このニューラルネットワークによる学習(機械学習)機能が飛躍的に向上しました。自分で学習し知能を蓄えることができるようになったことで、AI搭載の将棋・囲碁ソフトが人間のプロを打ち負かすといったニュースも聞こえてくるようになりました。 AIには、科学者たちが、AIはイノベーションや新たな発見、科学の発展に貢献すると考えるに足る特徴があります。例えば、人間の脳にとっては複雑すぎる処理を行えたり、高速で情報を処理したり、間違いを減らしたり、データから傾向や真意を検出したりできるのです。AIは、生活をよりシンプルに、簡便に、高度にできる可能性を秘めているのです。 ■ 学術出版におけるAIの影響 AIの登場は、学術出版界にも影響を与えています。2014年、英語に限っても約250万本の学術論文が28の学術誌に掲載されましたが、これだけ多くの論文を掲載するのにAIが一役買っていることは言うまでもありません。一例として、AIを用いることによって不正データや盗用・剽窃を検出することが可能になるため、出版社は、投稿された論文が出版に値するかどうかの判断に役立てることができます。 また、AIは膨大な学術論文の内容を瞬時に処理することもできます。例えば、がん治療の標的とされている特定のp53タンパク質に関する論文だけでも、7万本以上が発表されており、研究者がどんなに努力しても、すべての論文に目を通すのは困難です。ところが、AIを使えば、自分が必要としている記述が含まれる公開論文を代わりに見つけてきてくれるのです。自分で研究活動を行えるとも言われるAI「Iris」は、研究者の代わりに論文を「読み」、論じている内容を判断し、結果を研究者に提示できるという特徴を持っています。他にも、AIが搭載された「Semantic Scholar」という研究者向けの検索エンジンは、論文を読み、キーワードなどを元にした分析を行い、影響力の大きな論文を検出・評価するなどの機能を備えています。このような機能も含め、AIの発展は学術界にも以下に挙げるような大きな利便性をもたらしているのです。 AIが学術界にもたらすであろうメリット ・研究のトレンドや重要な分野の明確化。論文のタイトルではなく、内容に基づいて抽出するので、研究者は各分野の傾向を特定できる。 ・新しい査読者の選定。AIは、編集者が思いもつかない潜在能力を持った査読者をオンラインから探し出し、名簿を提供できる。 ・盗用・剽窃の防止。AIは自然言語処理を用いて、書き換えられた文や段落を特定し、盗用・剽窃を探し出すことができる。…

BREXITでEUの研究開発費削減か

十分な資金なくしては、革新的な研究は生まれない。これは研究に関わる人たちにとって確固たる事実でしょう。EUでは「Horizon 2020」とよばれる研究および技術革新を促進するためのプログラムを通して、巨額の公的資金を研究開発に投入しています。さらに、EUの立法機関である欧州議会は、今後7年間のEU予算における研究支援費の増額を検討していました。ところが、状況は経済大国イギリスのEU脱退、いわゆるBREXITにより一変しました。研究費申請の増加とBREXITによる深刻な財政問題の間で、EUが今、揺れています。 ■ 高まる研究開発費の需要 Horizon 2020とは、2014年から2020年までの7年間にわたるEUでの革新的な研究および開発を促進するためのフレームワークプログラムで、770億ユーロ(約10.5兆円)の公的資金が投入されています。このプログラム内で行われる研究プロジェクトには、EU以外の国からも参加することができ、その応募は多数に上ります。中でもヘルスケアや宇宙に関する研究への助成金申請が今後も増加すると考えられ、現状の予算では十分ではないとの認識が持たれています。 そのため、欧州議会は後継プログラムである「フレームワーク9(2021年~2028年)」において、計1200億ユーロの投入を計画しました。このフレームワーク9では、環境に配慮したエネルギー利用、ナノテクノロジー、食の安全性といった分野にも注力することが支持されています。同時に欧州議会は、科学・技術分野におけるEU加盟国間の人材交流計画の一部であるエラスムス計画(The European Community Action Scheme for the Mobility of University…

オルトメトリクスが2017年の論文ランキング100を発表

オルトメトリクス社が、2017年に最も影響力のあった学術論文のランキング「Altmetric Top 100」を発表しました。オルトメトリクス(Altmetrics)とは、学術論文の影響を評価する新たな指標で、被引用回数だけでなく、オンライン上の引用数を考慮して算出される、近年利用が拡大している指標です。ソーシャルメディアの種類によって重みづけをし、計算がなされます。このシステムは発展途上にあり、計測方法と注目度合いの定量化方法に一部で疑問が呈されていることは確かですが、従来とは異なる指標が示す影響力のある論文とは果たしてどのようなものだったのか、チェックしていきましょう。 ■ 影響力のある論文トップ10 まず、このリストで上位に選ばれた論文の内容を見ていきましょう。最も注目された論文は、『ランセット』誌に掲載された栄養学の研究に関するものです。低脂肪食品は脂肪の代わりに大量の糖分を含んでおり、結果として体重増加を招くという、今まで考えられてきた脂肪の考え方を否定する研究内容でした。オンライン注目度スコアは5876で、最も多くのメディアとソーシャルプラットフォームが、この論文を引用したことを示しています。その他のトップ10の論文とジャンルは以下の通りです。 ■ 2017年 注目論文の特徴 2017年のリストには、臨床研究、心理分析、症例研究、後ろ向き調査、古生物学、疫学、バイオエンジニアリングなど、多岐にわたる分野が取り上げられています。その中でもオンラインメディアで取り上げられた回数が高かった分野は、以下の通りでした。 ・ 医学(53) ・ 生物科学(17) ・ 地球環境科学(9) ・…

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(後編)

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件として、前編では海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟と、ドイツの主要学術機関とエルゼビアとの契約交渉が決裂した件を紹介しました。後編では、研究者を食い物にする「捕食出版社」と研究論文の盗用・剽窃に関する話題を取り上げます。 ■ 捕食出版社として訴えられたOMICSへの仮差止め OMICSグループはインドに本社を置く、オープンアクセスジャーナル専門の出版社ですが、「捕食出版社」 (著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載する出版社)として知られています。「ハゲタカ出版社」とも呼ばれ、いわゆるジャンク・サイエンス(論理的根拠に乏しい科学)の流布をはじめ、たびたび問題となっています。米国の連邦取引委員会(FTC)  は2016年8月、OMICSグループのCEOであるSrinubabu Gedela氏を相手取り、詐欺的ビジネスを理由に提訴 しました。 OMICSは700の学術雑誌を出版し、3000の学術会議を運営する出版社です。FTCは、OMICSが研究者らに、論文を掲載する動機付けとなるインパクトファクター(学術雑誌の影響力の評価指標)を偽って伝えていると主張しています。その上、OMICSは論文の掲載料を著者らに公表せず、さらに著者が論文の掲載をやめたり、他社で発表したりすることを妨害していたということです。 OMICSへの疑惑はまだあります。FTCは、OMICSが開催する学術会議でも不正が行われていると指摘しています。例えば、OMICSは学術会議での研究発表に架空の論文「鳥-豚の生理における飛翔特性の進化」を採択し、手数料を払えば発表も可能としたとの報告があります。採択されるはずのないジャンク・サイエンスの論文にも関わらず、発表が許可されたのです。また、査読を行っているという偽りの発言をしていることも疑われています。OMICSの編集委員のリストには著名な科学者の名前が連なっていますが、証明するものはありません。このような申し立てが積もり、OMICSは捕食出版社だとの疑惑が高まっているのです。 2017年11月、ネバダ州の地方裁判所のGloria Navarro裁判官は、Gedela氏とOMICSグループ、関連会社のiMedPub、Conference Seriesの3社に、仮差止め命令を下しました。OMICSが研究者に虚偽の説明をして論文を掲載するように誘導していることや、著名な科学者の名を無断で用いて投稿を依頼するメールを送っていたことが、今回の命令の根拠とされています。 この仮差止め命令はOMICSグループに向けたものであるため、OMICSは、会議に出席する予定のない講演者の名を語って宣伝することや、ジャーナルの編集委員として虚偽の名前を連ねることは、無論できなくなります。裁判所はOMICSに対し、論文の投稿前に、掲載にかかる費用の総額を著者に伝えるよう要求しています。また、FTCは研究者らに、OMICSによる仮差止め命令への違反があればすぐに報告するよう伝えており、新たな不正が発覚した時点で、法廷侮辱罪として訴える考えです。 一方、OMICSのCEOであるGedela氏は、FTCの訴えの内容を否定しています。この告発は、市場シェアを失った従来の出版社が、オープンアクセス出版社に対して腹いせに起こしたものであり、仮差止め命令の後もOMICSの活動は制限されない、と反論しています。米国の裁判所命令ではインドの出版社の活動を効果的に止めることはできない、と主張する研究者もおり、出版投稿や国際会議での発表を行わないようにする以外、捕食出版社の活動を実際に抑制することは難しいと見られているようです。 このような捕食出版社が登場した背景には、一本でも多くの論文を出版し、学術会議で発表しさえすれば、研究者として評価されるという、学術界の悪しき習慣があるのかもしれません。仮差止め命令の影響とOMICSの今後の動きが注目されるところです。 ■ 多数の編集者を辞任に追い込んだScientific Reportsの剽窃問題 2016年に発刊されたScientific…

2017年に学術界を揺るがした衝撃的事件(前編)

どんな年にも事件は発生しますが、中でも2017年は、学術界を揺るがす衝撃的な事件がいくつも起きた年でした。訴訟、ボイコット、辞任……。1年を通して、研究者と学術出版界の関係に大きな影響を与える事件が多数発生しました。2017年に学術界を騒がせた注目すべき事件を、前編・後編に分けて振り返ってみます。 ■ 海賊版論文サイト「サイハブ」訴訟 「サイハブ(Sci-Hub)」は、公式出版社のサイト以外から学術論文を無料で閲覧できる、いわゆる「海賊版論文公開サイト」です。2017年6月、サイハブは、大手学術出版社エルゼビアが起こした訴訟に敗訴し、やはり論文を違法に無料で入手できるサイト「ライブラリー・ジェネシス(Library Genesis/LibGen)」などとともに、著作権侵害の損害賠償として1500万ドルの支払いとウェブサイトの閉鎖を、ニューヨーク州地方裁判所に命じられました。 同年11月3日には、米国化学会(ACS : American Chemical Society)がバージニア州の地方裁判所に起こした訴訟にも敗訴し、480万ドルの損害賠償の支払いを命じられました。また、この判決には、サイハブに協力する運営会社、ドメイン登録・検索エンジンやプロバイダーなどのインターネットサービスに対し、サイハブへのリンクやアクセスをブロックすることが可能となる差止め命令も含まれました。 もともと、ACSは、積極的にリンクを貼るなどユーザーをサイハブに結びつけることの禁止を求めていましたが、検索エンジンやプロバイダーへの措置までは求めていませんでした。実際、ISPが積極的にサイハブに協力していたわけではないことから、検索エンジンやプロバイダーにサイハブへのアクセスを禁止することまでは必要ないと考えられていたのです。しかし、バージニア州地方裁判所は、多くのインターネットサービスに影響を与える全面的差止めを命じました。 結果として、2017年11月、少なくともサイハブの4つのドメイン(sci-hub.cc, sci-hub.io, sci-hub.ac, aci-hub.bz)は恒久的に閉鎖されました。もっとも、ツイッター上では、サイハブのドメインがまだ使用されているようですし、サイハブ自体は、アメリカの司法の力が及ばないロシアのサーバーで今もサービスを提供し続けています。 この差止め命令に納得していないプロバイダーやユーザーもいます。日米欧の大手コンピューター企業/通信会社で組織する業界団体(CCIA:…