ワールドアカデミックニュース

AI研究者がSpringer Natureの新雑誌をボイコット

人工知能(AI)や機械学習(マシンラーニング)の研究が盛んです。機械が人間と同じように問題解決や学習などをするプログラムは近年、さまざまな分野において活用されており、今後この分野の研究はますます活発になることが予想されています。人工知能や機械学習の研究者は原則的に、オープンアクセスジャーナル上でその研究成果を発表してきました。そのような中、Springer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)が2017年11月にNature Machine Intelligenceという新雑誌(ジャーナル)を発行すると発表したことが、思わぬ波紋を呼んでいます。 グーグル、インテル、アマゾン、マイクロソフト、IBMなどの大手IT企業をはじめ、人工知能(AI)研究者、コンピュータ科学を専攻する学生までも巻き込んだボイコット運動が起きており、学術界の枠を超えて、世界中の紙面をにぎわせているのです。 ■ 外れたSpringer Natureの思惑 新雑誌Nature Machine Intelligenceは、人工知能やロボット工学、機械学習などの分野における最新の研究成果を掲載することを目指す学術雑誌として考案され、第1巻の刊行が2019年1月に予定されています。版元のSpringer Natureは、人工知能が社会や産業などに与える影響についても議論を進めることを意図して、論文の投稿を呼びかけました。 しかし新雑誌刊行に対するIT業界、研究界、とりわけ機械学習分野の研究者からの反応は、同社の予想を超えたものでした。研究者たちは、Nature Machine Intelligenceへの投稿はもちろん、論文審査や編集への参加も拒んでいるのです。その理由は、同誌が、論文掲載費や論文購読料を請求する従来型のジャーナルであることです。購読料を支払うことのできない学生や研究者が最新の知見にアクセスできなくなることにより、分野全体の発展を妨げることになりかねない――。学術雑誌のオープンアクセス化の流れに逆行するとの意見に加え、この新しい分野ならではの懸念もあるようです。 人工知能や機械学習の分野では、論文やデータを誰でも閲覧することができ、その結果、新たな研究成果がもたらされるという風潮があります。当然、最新の研究内容にも自由にアクセスできるというのが、研究者たちの共通認識です。データやソースコードが公開されることで新たな技術の開発を後押しし、アイデアはもちろんアルゴリズムすら共有される世界。しかも、急速に発展しているIT技術を瞬時に取り入れ、さらにその成果が多方面に影響をおよぼす分野なだけに、開放的な環境を維持する必要があると研究者たちは訴えているのです。…

日本の 論文発表数 減少の実情と研究者にできること

研究者にとって、インパクトの高い学術雑誌(ジャーナル)に研究論文を発表することは、研究者としての実績およびキャリア形成において重要です。ところが、近年、日本の論文発表数が減少していることが指摘されています。 ■ 日本の論文発表数は世界6位に低下 2018年1月、各国の科学技術力の分析にあたる全米科学財団(National Science Foundation, NSF)が発表した報告書Science and Engineering Indicators 2018で、中国の科学技術の 論文発表数 が初めてアメリカを抜いて世界首位となったことが、学術界に衝撃を与えました。この報告書はNSFが2年ごとに発表しているもので、2018年の発表は2016年の論文発表実績をまとめたもの。論文数ランキング10位までは、1.中国 、2.アメリカ、3.インド、4.ドイツ、5.イギリス、6.日本、7.フランス、8.イタリア、9.韓国、10.ロシアの順となっていました。 中国を筆頭に新興国の躍進が著しい中、日本は論文総数が13%減。減少傾向にある国は日本だけという事態です。さらに言えば、前回の報告書Science and…

Journal Citation Reports 2018年版 発表

研究者なら誰しも、信頼のできる論文を参考文献とし、また、影響力の大きい学術雑誌(ジャーナル)に論文を掲載したいと考えるものでしょう。とはいえ、自身の研究内容に合っていて、かつ、信頼もできる学術雑誌を探すにはどうすればよいのでしょうか。 ■  Journal Citation Reports 2018年版 2018年6月26日に、クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)社が『Journal Citation Reports(JCR)2018年版』をリリースしました。JCRは1973年以来、毎年発行されており、研究者が自然科学と社会科学における査読学術雑誌を評価し、投稿する学術雑誌を決めるための有益な情報を提供しています。 このレポートは、トムソン・ロイターの科学部門「サイエンティフィック(Scientific)」によるオンラインの学術データベース「Web of Science」に基づき提供されるジャーナルのインパクトファクター(Journal Impact Factor:JIF)を含む、学術雑誌の評価指標を提供する体系的かつ客観的なデータベースとして信頼されています。これにより研究者や学術機関は、研究要件に照らして、どの学術雑誌に投稿するのが適切かを判断できるのです。…

米国が 地球環境科学 分野でも中国にリードを奪われるか!?

いまだに反対論はあるものの、昨今の世界的な異常気象や例年にない高温や大量の降雨は地球温暖化が原因と考えられており、 地球環境科学 の研究者は、これらの現象の解析や予測向上、影響の緩和に向けた研究を促進しています。 ■ 地球環境科学研究の特徴 地球環境科学の研究、特に気候変動の研究は、規模が大きく研究のために要する予算が膨大となるため、国レベルでの予算配分がその国の研究活動に影響をおよぼす傾向が見られます。例えば、米国では、米航空宇宙局(NASA)の温暖化ガスを調査する活動予算を削減し、炭素観測システムCMSへの資金提供を打ち切ったことが米国の地球環境科学研究に影響するのではと懸念されています。ちなみに、CMSには毎年1000万ドル(約11億円)の予算が割かれていたと報じられていますが、科学研究への損失は計り知れません。 また、地球環境科学の研究は政治との関わりが強いのも特徴です。地球温暖化対策を国の経済活動と切り離して考えることが難しく、トランプ政権の「パリ協定」脱退のように、国の政策による影響が避けられないのです。 そして、もうひとつの特徴は、国際協力が不可欠であるということです。グローバルな問題にはグローバルな対策が必要――という明快な理由はもちろん、研究に必要なデータや資金を工面するためにも国際共同研究で進めるほうが効率的なのでしょう。 ■ 地球環境科学は国際共同研究の割合が大きい 実際に、地球環境科学研究は国際共同研究の割合が大きいことがNature Indexの分野別比較で明らかになりました。Nature Indexが6月28日に発表した「Nature Index 2018 Earth and…

「医療新時代」がやって来る?

7グローバル化が叫ばれて久しい今日、医療の現場でもそれは進んでいます。医療先進国への医師の派遣や複数の国での合同臨床、遠隔治療……。医療も国境を越える時代にあって、医師同士の情報交換・情報共有の重要性が増しています。高品質の医療をどの国でも提供できる優秀な「医師ネットワーク」の形成が急激に進み、「医療新時代」に突入しているのです。 ■  医師ネットワークがもたらす革新 従来、医療関係者は学術論文を読んだり学会に出席したりすることで、最新の情報を入手していました。それがインターネット全盛の時代になり、医療関係者は他の医師や医療機関とオンラインで関係を構築し、知見を共有するようになりました。症例研究や術式、技術などを開示し、他者にも役立ててもらうことで、これまで医療が行き届かなかった国・地域でも、医療先進国同様の治療を提供することができるようになりつつあります。 医師ネットワークの主な利点 • 登録している医師・医療関係者が、最新情報から自らの分野に関連する情報を選択して取得するのを容易にする。 • オンラインを活用することで、より多くの後進または若手医師などが、エキスパートあるいは識者による指導を受けることができる。 • 医療関係者が専門分野を超えて交流することで、症例に対する思わぬ治療法を見出せる可能性がある。 • ネットワーク内でデータを含めた各種情報にいつでもアクセスできることが、知識の幅広い共有を促進する。 • 新しい研究を含む最新かつ信頼できる情報が入手可能になる。…

米国で働くのに必要なグリーンカード取得方法

研究者が母国以外で研究活動を続ける場合、当然ながら、その国の法律に従って居住権あるいは就労許可を得る必要があります。今回は米国(アメリカ)で研究者として働く(=給与を得て研究活動に従事する)ために必要な就労ビザとグリーンカードについて、概要をまとめてみます。 ■ 米国で働くには何が必要? 米国内で合法的に就労するには、就労ビザ、労働許可証(EDA)、または永住権(グリーンカード)のいずれかを取得する必要があります。 ・就労ビザ 就労内容によって種類が複数ありますが、雇用者による保証と、有効年数ごとの更新が必要です。 ・労働許可証(EDA) 米国に滞在している人に発行されるもので、滞在に必要なビザ(例えば就労ビザ保有者の同行家族用ビザ)を有していることが前提です。 ・永住権(グリーンカード) 外国人が米国に滞在する資格を証明するもので、これを取得すると就労する権利や社会保障など、米国市民と同等に近い権利を得ることができます。就労ビザと違って無期限、かつ雇用者に関わらず就労できます。 研究者が米国で研究職に就きたい場合、通常は大学や研究機関に雇用されて就労ビザ(H-1B:特殊技能職)を出してもらい、さらに長期で滞在したい、別の機関で研究を続けたい(転職したい)といった場合にはグリーンカードを申請する、という手順が必要になります。 ■ グリーンカードを取得する方法 米国の移民政策の影響などにより、グリーンカードの取得は年々難しくなっているのが現実です。それでもグリーンカードがあれば、就労ビザに制限されることなく研究に没頭できるため、研究者にとっては大きなメリットと言えるでしょう。 では実際に、研究者が米国市民権・移民局(US Citizenship and…

世界大学ランキングは何を評価しているのか

さまざま教育関連機関から、多種多様な指標を用いた『世界大学ランキング』が定期的に発表されています。これらのランキングおよび前年度との比較から、世界における日本の大学の位置や順位の変化が見えてきます。2018年のランキングは何を評価し、どんな結果が見えてくるでしょうか。 ■ 「THE世界大学ランキング日本版」は国際性への項目追加で順位に変動 まず、日本国内の大学を世界的な指標でランク付けした結果から見てみます。3月28日に、イギリスのTimes Higher Education(THE)が「THE世界大学ランキング日本版2018」を発表しました。グローバル版の「THE世界大学ランキング」が大学院の研究力に比重を置いて評価しているのに対し、日本版は学部の教育力を重視している点が特徴的です。このランキングを決定する指標は4つ――教育リソース(資金力、学生一人あたりの教員数など)、教育充実度(高校教員の評判調査)、教育成果(企業や研究者による評判調査)、国際性(外国人の学生/教員比率、留学比率、外国語による講座の割合)。それぞれの項目がデータや調査等に基づいてスコア付けされ、150の大学がランク付けされています。今回から、国際性の指標に「日本人学生の留学比率」と「外国語で行われている講座の比率」の2項目が加わったことから、大学の評価において国際化の重要度が増していることが見て取れます。多くの大学が国際教育の強化を図る中、前年から大きく順位を上げたのは、総合ランキング20位から12位となった国際教養大学(総合トップ20の中では唯一の公立大学)。全寮制で留学生と共同生活をし、全ての授業は英語で行われ、さらに卒業要件に専門課程1年間の海外留学を必須とする徹底ぶり。世界標準を意識した大学運営で国際性スコア100ポイントと他校を引き離しています(国際性スコアのトップ10となれば83.3以上ですが、90以上が5校、95以上が上位3校。100ポイントは国際教養大学のみ)。他にも、東京外国語大学が昨年27位から今年17位、上智大学が18位から15位と、国際性の項目追加によって外国語大学のスコアが伸びる結果となりました。 ■ 日経「大学革新力創出指数」に見る日本の大学の革新力低下 大学がグローバル化の荒波にもまれているのは確かです。しかし、大学に求められるのは国際性だけではありません。近年、日本の大学の研究力が低下しているとの危機感が募っています。3月に発表されたNature Index 2018 Japanでも日本の科学研究論文の発表数が減少していることへの懸念が示されていましたが、日本経済新聞も「大学革新力創出指数」を算出し、日本の大学の研究力は地盤沈下を起こしていると報じています。6月4日の日本経済新聞によれば、同紙は大手学術出版社エルゼビアと自然科学研究機構の協力のもと、国内97大学、国外112大学の計209大学を対象に、革新(イノベーション)力創出指数を算出しました。学術論文の発表数、研究者層の厚み、引用件数の多い論文の割合(論文の質)、研究者あたりの有力論文数(論文の生産性)を比較したところ、2012-2016年の日本の大学の論文発表数、研究の質は大きく順位を落とす結果となりました。一因と考えられているのは、研究者一人あたりの有力論文数から見る生産性におけるアジアの大学の台頭です。生産性の上位は、1位が南洋理工大学(シンガポール)、2位が香港城市大学(中国)、3位がオールボー大学(デンマーク)。今回トップの南洋理工大学は、2002-2006年の18位からの躍進です。対して、日本を代表する大学である東大の生産性は94位。2012-2016年の生産性で100位以内に入っているのは、94位の東大を筆頭に、98位の京都大学、99位の東北大学、100位の東京工業大学と4校のみです。100位以降には日本の大学がランクインしてくるものの、10年前(2002-2006年)は100位以内に8校が入っていたことを鑑みれば、低迷ぶりは明らかです。アジアの大学が存在感を増しているのに対して、日本の大学の存在感は薄れています。 ■ 大学に求められる資質-日本の大学はどうなる? 世界的にアジアの大学が躍進する中、「THE世界大学ランキング日本版2018」に初ランクインした大学からは、新しい取り組みも見えてきます。総合ランキング上位151校(同位に複数校あるため)に新たにランクインした大学は23校(国立3校、公立7校、私立13校)でした。国公立大学には「教育リソース」のスコアが高い傾向がありますが、私立大学には前述の「国際性」や「教育充実度」のスコアを上げることでランクを上げている傾向が見られます。日本版ランキング2018の総合ランキングに初めて名前があがってきた私立大学13校*…

日本の小中規模大学が奮闘中

Nature Indexに収録されている論文において、日本の論文の発表数の割合が減少し、日本の研究が低下傾向にあると懸念されています。その中で、Nature Index 2018 Japanに記載された日本の大学や研究機関による高品質な科学論文の発表状況の分析から、これまではわからなかった面白い傾向が見えてきました。小規模な大学や研究機関が、科学論文をインパクトの高い学術雑誌に効率よく発表していることが示されたのです。 ■ Nature Index Japanが取り入れた新しい指標 Nature Indexのデータベースは、自然科学系学術ジャーナル68誌に掲載された研究論文の著者の所属機関を記録しています。Natureを出版するシュプリンガー・ネイチャー社によれば、これら68誌からの引用だけで自然科学系学術雑誌からの引用総件数の30%近くを占めると推定できるため、このデータベースに収録されている論文を分析すれば、学術研究の傾向が見えてくるとしています。 今回、特別企画小冊子「Nature Index 2018 Japan」は、新たな指標を導入してデータの正視化を図りました。2012-2017年にNature Indexに収録された大学または研究機関の研究論文数を、同期間にScopus(エルゼビア社の研究論文データベース)に収録された同大学/研究機関が発表した科学論文数で除して算出することによって、大規模な大学や研究機関だけでなく、小規模な大学や研究機関も含めたランキングを作成したのです。単純に論文発表数を機関ごとに比べただけでは、大規模な大学や研究機関が優位になりますが、正視化した指標を設けて規模の異なる大学や研究機関を比較することで、小規模ながら高品質な科学論文をインパクトの高い学術雑誌に発表している大学や研究機関が見えてきました。つまり、規模に左右されずに功績を比較することで、過去の分析では上位に入ってこなかった…

トランプ政権、NASAの温暖化対策研究を打ち切る

トランプ政権がまた、学術界に衝撃を与えました。ホワイトハウスは、米航空宇宙局(NASA)の炭素観測システム「CMS(Carbon Monitoring System)」への資金提供を打ち切ることを決定したのです。CMSは世界の二酸化炭素(CO2)やメタンガスの排出量を衛星や航空機を使って観測・監視するシステムです。この決定は、パリ協定の重要な目標である温室効果ガス削減や、各国が進める地球温暖化対策に大きな影響をもたらすとされています。 ■ トランプvs科学界 トランプ大統領は2017年1月の就任以来、学術界に影響をもたらしかねない決定をいくつか行っています。例えば、政府の諮問機関における科学者の数を減らしたり、アメリカ国立科学財団(National Science Foundation, NSF)の海外事務所を閉鎖したりしてきました。 トランプ大統領は地球温暖化に懐疑的であることを公言しており、政権の政策や予算の配分には、この見解が反映されています。その最たる例が、昨年のパリ協定からの離脱表明です。トランプ大統領はその理由について、パリ協定はアメリカ国内の石油やガス、石炭などの化石燃料産業や製造業を衰退させ、雇用を減らすから――と説明しています。そして今回は、NASAのCMSへの資金提供の停止。なぜトランプ大統領は、このような決断に至ったのでしょうか。 NASAのスポークスマンのSteve Cole氏は、その理由として「予算全体の縮小と、優先順位が高い研究に予算が割り当てられるため」と述べています。トランプ政権による研究費の削減には「気候科学研究への最大級の攻撃だ」との声も聞かれています。気候変動の研究を行っているウッズホール研究センター(マサチューセッツ州)のトップであるPhil Duffy氏は、「CMSがトランプ大統領の標的であったことは明白だ」と言います。真偽のほどは定かではありませんが、少なくともCMSが機能しなくなると、世界の温暖化対策に多大な影響がおよぶことは確かです。理由を見ていきましょう。 ■ パリ協定の目標達成度合いの検証が困難に  CMSは前述の通り、地球温暖化の主要な原因とされる温室効果ガスであるCO2とメタンガスの排出量を観測するシステムです。大気中のCO2とメタンガスの量が増加しているのか、減少しているのか、その変動がわかります。また排出量を測定するだけでなく、森林に吸収されているCO2量を測定することで、発展途上国での森林破壊防止の抑制にも一石を投じています。 またCMSはパリ協定の下で、どの国がCO2削減の目標を達成しているかを検証する情報を得る手段としても機能します。今回のトランプ大統領の決定でCMSによるデータが利用できなくなると、全球規模での温室効果ガスの排出量ならびに削減量を測定することが難しくなります。これはつまり、各国がパリ協定を遵守しているかどうかを確認する術がなくなることを意味します。…

中国で研究成果を劇的に向上させる新規制が登場!?

中国の研究開発が成長を続けているのは、これまで取り上げてきた通りです。中国政府による科学研究を非常に重視する姿勢が、科学分野の研究の目覚ましい進歩を後押ししています。多数の研究論文が国内外問わずに発表されており、この勢いは今後も続くと見られています。 しかし、急成長の裏で問題も生じています。中国政府は、研究データの公開・出版に関する新たな規制を設けて対策に当たっていますが、果たして、この規制は中国発の研究論文の質を向上させられるのでしょうか。 ■ 出版物が増えたら、問題も増えた 30年前、中国は科学出版物の数で世界第3位でした。しかし2017年、中国はついにアメリカやEUを抜いて、世界第1位に躍り出たのです。中国政府が科学研究開発を奨励していることに加えて、出版に対する報酬システムが、この結果に大きく貢献しています。中国は、権威ある国際的な学術雑誌(ジャーナル)に論文を掲載した研究者に対し、多額の報酬を与えており、これが研究者へのインセンティブとなって出版数の増加につながっているのです。 とはいえ、よいことばかりではありません。報奨金を狙って、質の悪い研究論文や偽のデータを用いた論文を投稿する研究者が出てきました。質より数の戦略で、より多くの論文を出版しようとしているのです。報酬を得たり自身の名声を高めたりすることに目がくらんだ研究者が、後を絶ちません。 2017年11月、大手学術出版社のシュプリンガー・ネイチャーは、適切な査読を経ていない中国人研究者の論文107本を掲載削除にしました。専門分野によっては、著者が査読者を推薦できる査読プロセスを悪用した不正があるとされていますが、何とか出版数を増やそうとした研究者が、出版のプレッシャーや報奨金への欲に負けて不正行為に走ったとも考えられます。また一方で、論文の量が増えれば、それだけ査読を行う数も増えることになり、品質維持において大きく査読に依存している学術出版界にとっては、査読者の負担が増えることになっているのです。 ■ データの質と安全性を向上せよ このような問題に対処するため、中国政府当局は2018年3月、科学データの扱いに関して新規制を設けるとしました。この規制では、研究者は論文発表前に、国家機関に論文を提出して査読を経る必要があるとしています。この通達により、国務院の科学技術部が全国の科学研究データの集約と適切な使用を先導することが明確になったのです。この規制の目的は、研究によって得られたデータの品質の担保と、適切なデータ管理の推進です。つまり、これまで蓄積されてきた中国人研究者による研究成果を国家的に集約し、後に続く研究者にも有益なリソースとして提供できるようにしよう、というわけです。増加するオープンアクセスとデータ共有に対する布石ともとれます。 ■ 中国の科学出版に多大な影響!? この新規制は概ね歓迎されているようです。多くの研究者が、データの品質に問題があることに気づいていたことと、遅かれ早かれ中国における研究データを統括するデータセンターが必要となることが念頭にあったからでしょう。既に、論文出版に対する報酬金政策が中国の研究成果の出版を増大させることにつながっているので、新規制がデータの品質の保証および向上につながれば、鬼に金棒というわけです。 中国科学技術部の基礎研究司の葉玉江司長は、これまで規制が欠如していたことにより、中国の研究者は、自身の研究に有益なデータの数々を使用する機会を逃していたと述べるとともに、データの適切な管理が進んでいなかったことが、世界的な技術大国を目指す中国の進展を妨げていた、と人民日報に語っています。 しかし、研究者は中国政府の承認がなければ、自身の研究成果を発表することができなくなる、ということも忘れてはなりません。ほとんどの研究者は、自身の研究分野は影響を受けないと見ているようですが、この新規制に対して懐疑的な研究者もいます。論文をタイムリーに発表することができなくなるのではと心配する声があがっており、米国国立科学財団(NSF)のNancy Sung北京事務所長は、新規制により、NSFの資金援助を受けたデータや論文の発表が、遅れたりリジェクトされたりといった影響を受けるのではないかとの懸念を表明しています。この規制をめぐり、論争が生じる可能性がないとは決して言い切れません。 論文投稿数が伸び続ける中、大量の査読不正が検挙された中国において、論文出版に対する厳しい品質管理が必要であることは明白です。一部の研究者による不正が、国家単位での目覚ましい成果・進歩に影を落としかねないからです。今回の規制が期待された成果をあげることができるかは、この先数年の動きを見てみないとわかりませんが、少なくともこれが、科学データの品質を向上させつつ、将来のオープンアクセス化にも備えた重要なステップとなることは間違いないと言えそうです。  …