コラム

査読は匿名かオープン、どちらが質が高い?

「片側盲検(single blind)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「オープン査読(open peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読が行なわれます。「二重盲検(double blind)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。 一般的に、片側査読もしくは二重査読を適用しているジャーナルがほとんどで、オープン査読が採用され始めたのは比較的最近のことです。査読者の数は通常、2~3人です。ジャーナルのなかには、採択された論文といっしょに査読者レポート(reviewer report)や著者の返信を、署名または匿名で公表するところもあります。また多くのジャーナルでは、原稿を投稿した著者が査読者になりうる人を提案することを認めています。なかには著者にそれを要求するジャーナルもあります。 査読の形式が異なることによって、査読の質も異なるのでしょうか? オープンアクセス・ジャーナルの出版社として知られるバイオメド・セントラル(BioMed Central)の「研究公正グループ(Research Integrity Group)」と、ロンドン熱帯衛生医学大学院のフランク・ダドブリッジ教授は、合計800本もの査読者レポートを分析し、2015年9月29日にその結果を『BMJオープン』で発表しました。その結果からは、オープン査読は片側盲検よりも優れた質の査読を実施できるという可能性が示されました。 この研究では、バイオメド・セントラルが発行するなかで、採択率や扱っているテーマが似ているジャーナル2誌が比較されました。オープン査読で運営されている『BMC感染症(BMC Infectious Diseases)』と、片側盲検モデルで運営されている『BMC微生物学(BMC Microbiology)』です。また、『炎症ジャーナル(Journal…

第4回 スマホでLet’s色覚シミュレーション

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 他者の色覚を体験することは本来不可能です。しかし、C型の人がP型、D型、T型の人の色の見分けにくさをシミュレーションする、あるいはP型、D型の人がC型の色覚情報を知るためのツールがあります。 色覚をイメージできる『色のシミュレータ』 色覚をシミュレーションするツールには、メガネ型のものやパソコンソフトなどさまざまなものがあります。なかでも、浅田一憲氏(医学博士、メディアデザイン学博士)が開発したスマートフォン用のアプリケーション『色のシミュレータ』は、一般の人が手軽に試すのに適しています。浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできますので、ぜひ試してみてください。『色のシミュレータ』を起動して対象物にカメラを向けると、各色覚型で見えている色のイメージを同画面上で比べてみることができ、その画像を保存することもできます。あくまでもシミュレーションで正確な再現ではありませんが、身の回りのものにカメラを向けてみると、P型、D型の人がどのような色を見分けにくいのかがイメージとしてわかります(図4)。 図4 『色のシミュレータ』を用いたシミュレーションの例[上からC型、P型、D型]   色覚補助ツール『色のめがね』   『色のめがね』は、同じく浅田氏が開発したスマートフォン用のアプリケーションで、P型、D型、T型など色を見分けにくい人のための補助ツールです。こちらも浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできます。『色のめがね』には、「色を見分ける」、「色をみつける」、「色値・色名表示」などの機能があります。カメラに映る画像内の混同色を変換して見分けやすくしたり、知りたい色名を指定してカメラを向けることでその色がどこにあるか見つけたり、画像内の特定のポイントの色名を表示させたりすることができます。また、『色のシミュレータ』と同様に、色覚型ごとのシミュレーションができますので、P型、D型、T型の人が、一般色覚型(C型)の人に自分の色覚のイメージを見せることができます。   色覚シミュレータを学術発表に生かそう!   シミュレータは色覚の多様性について理解するのに役立つと同時に、すぐに実践に役立てることができます。C型の人が、自分の作ったプレゼンテーションスライドにカメラを向ければ、P型、D型の人にとってどの部分が見分けにくいかがわかります。強調したはずの部分がP型やD型の人から見ればまったく目立っていなかったり、重要な色分けが意味をなしていないことなどに気づくかもしれません。この後の第9回で、どの色覚型の人にも見やすいグラフの作成方法などを紹介しますので、スライド作成後のチェックツールとして活用できます。ここで紹介したスマートフォンのアプリケーションのほかにも、パソコンにインストールして画像そのものを色変換してチェックするツールもありますので(第17回でご紹介します)、さらに興味のある人は試してみましょう。 参考資料:…

「心理学研究の再現性は低い」に心理学者が反論

2015年8月、非営利団体「オープン科学センター」のエクゼクティブ・ディレクターで、ヴァージニア大学の心理学者ブライアン・ノセック教授ら270人の研究者からなるチームは、2008年に有力なジャーナル(学術雑誌)に発表された心理学論文100本で報告された研究の再現を試みたところ、同じ結果が得られた、つまり再現できたのは全体の36%にすぎなかった、と『サイエンス』で報告しました。再現性の指標として使う基準を変えても、再現率は47%にとどまりました。この結果は「OSC(オープン・サイエンス・コラボレーション)」と呼ばれる緩やかなネットワークによる「再現性プロジェクト」の一環だといいます。 「心理学研究は再現性が低い」と理解せざるを得ないこの研究結果は、日本国内のメディアでも報じられましたので、記憶している読者の方も少なくないと思います。ところが、ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバート教授らはこの結果に疑問を持ち、再現率を計算し直してみました。その結果、OSCが行なった再現の試みのなかには、もともとの論文で行なわれた実験を忠実に再現したものではないことなどがわかりました。この結果を受け、ギルバート教授らは下記のように主張しています。 われわれが示すところでは、この論文には3つの統計学的なエラーが含まれ、このような結論への支持を導かない。実際のところデータは反対の結論と一致しており、はっきりいうと、心理学研究の再現性はきわめて高い。 この分析結果は『サイエンス』2016年3月4日号で「コメント」として発表されました。しかしノセック教授らは同じ号の『サイエンス』で、この批判に対してただちに反論しています。 彼らのとても楽観的な評価は、統計学的な誤認と選択的に解釈された因果推論、相関データによって限定されている。 彼らの分析によれば、「再現性については楽観的な結論も悲観的な結論も可能で、どちらもまだ正当化されていない」とのことです。主張がやや後退したような印象もありますが、同じデータからまったく異なる分析が導かれていることがわかります。なお偶然だと思われますが、同じ号の『サイエンス』では、経済学の研究論文18件のうち、少なくとも11件が再現され、7件は再現されなかったという検証結果も報告されました。 科学的な真理というものは、1本の論文だけでつくられるわけではありません。ある論文で示されたある研究結果は、再現実験(追試)を含むさまざまな方法で検証され、その一連の議論ややりとりのなかで、科学的真理は生まれてくるのです。つまり再現実験もまた、さらなる再現実験やデータの再計算など科学的検証の対象になるのです。心理学や経済学もその例外ではないでしょう。

臨床試験データ、シェアされていても未活用のまま

デューク大学メディカルセンターのアン・マリー・ネイヴァー医師らのグループは、シェアされている臨床試験データがどのように活用されているかを調査、その結果を『JAMA(アメリカ医学協会ジャーナル)』3月22・29日合併号で「リサーチ・レター」として公表しました。 ネイヴァーらのグループは、臨床試験のデータを共有するためのプラットフォームとして、「ClinicalStudyDataRequest.com」、「Yale University Open Access Project (YODA)」、「Supporting Open Access for Researchers (SOAR) initiative」の3件を調査対象としました。これらのサイトには、計3255件の臨床試験データが、さまざまな製薬企業や医療機器会社から提供されていました。医療分野関連の企業では、データ・シェアリングについて何らかの方針を設けているのが一般的です。 臨床試験には、医薬品や医療機器の安全性を少人数の健康な人で調べる「第Ⅰ相試験」、少人数の患者で実際の有効性や安全性を調べる「第Ⅱ相試験」、大人数の患者で有効性や安全性を調べる「第Ⅲ相試験」があります。さらに市販された後に安全性や有効性を調べる「第Ⅳ相試験」というものもあります。ネイヴァーらが調べた3255件の臨床試験データのうち、最も多かったのは第Ⅲ相試験でした(44%)。次いで第Ⅰ相試験(24%)、第Ⅱ相試験(18%)、第Ⅳ相試験(13%)でした。 こうしたプラットフォームに登録されている臨床試験のデータを研究者が利用する際には、当然ながら申請書を提出することになっています。グループは、2013年から2015年にかけての申請書とデータ利用同意書のすべてを分析しましたが、2年間で提出されていた申請書は234件でした。調査の時点ではそのうちの12件が却下され、4件が撤回され、10件が審査中、154件が承認されていました。しかし実際のデータ・シェアリングの同意手続きを終えていたのは、わずか113件だったのです。申請書は17カ国から寄せられていましたが、半分以上(54%)はアメリカからの申請でした。同意手続きを終えていた申請のうち50件は「治療効果の二次的な分析」を、31件は「病態の二次的な分析」を目的として挙げていました。申請して得たデータを分析して、その結果が発表されたものはわずか1件でした。また、計3255件の臨床試験のうち、データへのアクセスを申請されたことがあるものは、わずか505件、つまり15.5%にとどまっているということが判明しました。…

第3回 色の情報に頼りすぎていませんか?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 日本人男性の20人に1人を占めるP型またはD型の色覚タイプの人は、赤と緑など特定の組み合わせの色を識別しにくい特性を持ちます。赤が目立つとも限りません。そのために日常生活のさまざまな場面で困ることがあります。 色覚タイプによる色の見え方の違い   図3-1 色覚タイプによる色の見え方の違い で紹介した色覚タイプのなかから、代表的なC型、P型、D型の色の見え方の違いを図3-1に示します。このように、P型、D型の人にとって赤は決して目立つ色ではなく、赤と緑、淡い水色とピンクと灰色、黄色と黄緑、紫と青などが区別しにくいことがわかります(シミュレーションソフトで作成しているため実際の色覚を再現したものではありません)。   日常生活で困ること 情報のカラー化の進む昨今、その色使いのほとんどは、C型の人(のみ)にとってわかりやすいものとなっています。色のあふれる日常生活において色弱者が困る場面はたくさんありますが、ほんの一例を紹介します。通勤・通学においては、地図、路線図表示(図3-2)、交通標識、渋滞表示、カーナビなどにおいて必要な情報が受け取れない場合があります。最近ではCUDの取り組みにより改善された表示もあります。職場・学校においてはカレンダー(図3-3)、電話の表示ランプ、ウェブサイト、黒板、名刺、PowerPointによるプレゼンテーションなどで必要な情報が受け取れない場合があります。家庭では、テレビのリモコン、オーディオ機器のスタンバイ状態の表示(図3-4)、テレビにおける気象情報、サッカーのPK戦の結果表示(図3-5)から衣服の色まで、さまざまな例を挙げることができますが、改善された製品やサービスも多くあります。最近の津波警報は色弱者にも色の区別がわかるように配慮されています(https://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/color/tsunami/)。 図3-2 地下鉄の路線図[左:色弱者色覚のシミュレーション、右:C型色覚] 図3-3 カレンダー[左:P型色覚シミュレーション、右:C型色覚] 図3-4…

第2回 色覚の多様性―あなたは何型?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすいスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 「色」とは、物体に反射または透過した光が眼に入り、網膜、視神経を経て脳で感知されるものです。進化の過程で色覚に関与する遺伝子に多型が生じたため、色の見え方には個人差があり、血液型のように分類することができます。 色覚の仕組み 図2-1 視細胞の種類(CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   光源から物体に当たって反射した光は、ヒトの眼に入ると角膜、瞳孔、水晶体を通り、網膜の一番奥の層にある視細胞に到達します。視細胞には明暗を感じる約1億個の杆体と、色を感じる約700万個の錐体があります。錐体には、ヒトの可視光の波長約400〜700 nmのうち、より短波長側の青を強く感じるS(short)錐体、中波長の緑を強く感じるM(middle)錐体、少し長波長側の赤を強く感じるL(long)錐体の3種類があります(図2-1)。   色覚の多様性―C型、P型、D型、T型、A型 ・C型(Common:一般型)はL、M、Sの3種類の錐体を持つ色覚グループで、緑〜赤の色相差に敏感です。日本人男性の95%、女性の99%以上がこれに含まれます。このグループは多数派であることから、一般型あるいはC型色覚者と呼ぶことが提唱されています(表2-1, 図2-2)。一方、C型以外の色覚タイプを持つ人は、色の配慮が不十分な社会における弱者という意味で「色弱者」と呼ばれることがあり、それらの少数派の色覚特性を以下に紹介します(表2-1, 図2-2)。 ・P型(Protanope:1型)はL錐体がない(P型強度)、またはL錐体の分光感度がずれてM錐体に近くなった(P型弱度)色覚グループで、赤を暗く感じ、赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の1.5%を占めます。 ・D型(Deuteranope:2型)はM錐体がない(D型強度)、またはM錐体の分光感度がずれてL錐体に近くなった(D型弱度)色覚グループで、P型と同様に赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の3.5%を占めます。…

臨床試験の結果、いまだ半分以上が未公開

臨床試験の結果の公開には2つの方法があります。1つはいうまでもなく、ジャーナル(学術雑誌)で論文として出版(publish)することです。もう1つは事前に臨床試験のデータベース「ClinicalTrials.gov」に登録し、その結果を報告(report)することです。 ClinicalTrials.govは、アメリカの国立衛生研究所の国立医学図書館(NLM)が運営する世界最大の臨床試験のデータベースで、臨床試験とその結果を登録することを奨励しています。現在、ClinicalTrials.govには世界170カ国以上から約20万件の臨床試験が登録されています。一方で、これまでの調査により、実施された臨床試験のうち、結果が出版されてたのは全体のわずか25〜50%、ときには終了後何年経っても出版されないままであること、多くの臨床試験の結果がすぐに報告されていないことなどが明らかにされています。 イェール大学医学部のハーラン・クルムホルス教授の研究チームは、2007年10月から2010年9月までにアメリカの主要な研究機関51カ所によって実施され、ClinicalTrials.govに登録されている臨床試験4,347件の結果のうち、過去2年間でどれだけ出版・報告されたかを調査しました。その結果、4,347件の臨床試験のうち、終了から2年以内に出版されたのはわずか29%(1245件)、ClinicalTrials.govに結果を報告されたのはわずか13%(547件)であることが明らかになりました。また、研究機関によって、臨床試験結果の公開の比率には、際立った差があることもわかりました。研究の開始から結果の公開までの平均時間には2倍の差があり、研究機関における公開率には3倍以上の差があることが判明したのです。 研究チームはこの結果を論文にまとめ、『英国医学ジャーナル(BMJ)』で報告しました。 研究終了から24カ月以内に公開された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で16.2%(6/37)から55.3%(57/103)まで及んだ。研究終了から 24カ月以内に出版された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で10.8%(4/37)から40.3%(31/77)に及んだ。一方、ClinicalTrials.govに報告された結果は、1.6%(2/122)から40.7%(72/177)に及んだ。 そのうえでチームはこう結論しています。 このような、タイムリーな出版や報告の欠落を修正するためには、新たなツールやメカニズムが必要とされる。このような欠落は研究活動を阻害し、エビデンス(根拠)に基づく臨床判断を損なうおそれがあるからである。 臨床試験の結果が公表されないことについてはずっと以前から問題になってきました。(日本語で手軽に読める論考としては、ベン・ゴールドエイカー著『悪の製薬』(忠平美幸ほか訳、青土社)の第1章「行方不明のデータ」などがあります。) 臨床試験は被験者を副作用などのリスクにさらして実施するものです。したがってその結果を公開しないことは、被験者や社会に対する責任を果たしていないことになります。何よりも、わかっているはずのことが公開されていないことは、患者や社会の利益を損ない、実害をもたらす可能性もあります。一刻も早い改善が望まれます。

第1回 日本が世界に先駆ける「カラーユニバーサルデザイン」とは

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすいスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 すべての人が快適で安全に暮らせるように配慮する「ユニバーサルデザイン」の考え方は広く定着しています。その一環として新たに注目されているのが「色」のユニバーサルデザインである「カラーユニバーサルデザイン」です。 色覚バリアフリーを目指して 一定年齢以上の日本人なら、小学校で色覚検査(文部科学省により2002年をもって廃止)を受けた経験があり、色の見え方に個人差があることをなんとなく認識しているでしょう。色覚には多様性があり、それは血液型に多様性があることや右利き・左利きの人がいることと何ら変わりがありません。しかし、左利きの人が道具を使う際に困ることがあるように、少数派の色覚を持つ人々は色の情報に関して困ることがあるため、「色弱者」と呼はれることがあります。 そのような色弱者を含め、できるだけ多くの人に正しく情報が伝わるように色の使い方や文字の形などに配慮することを「カラーユニバーサルデザイン(color universal design:CUD)」と言います。CUDは比較的新しい概念を表す用語で聞き慣れないかもしれませんが、色覚バリアフリーを目指す手法と言い換えることができます。 2人の日本人科学者から始まった活動 現在、わが国ではNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)が中心となってCUDを推進しています。この活動のルーツは、自ら色弱者である2人の日本人科学者、伊藤啓氏(東京大学分子生物学研究所)と岡部正隆氏(東京慈恵会医科大学解剖学講座)が、科学者向けに色覚バリアフリーへのデザイン的な配慮を啓発する活動を行っていたことにあります(https://www.nig.ac.jp/color/bio/)。 伊藤氏、岡部氏は2002年にすでに英語による情報発信も行っており(https://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/color/index.html)、国内はもとより世界の科学者から注目を集めていました。この動きが日本国内で学術界の外へと広がり、色彩学者やデザイナーなどが合流して2004年のCUDO設立に至りました。本シリーズ記事作成にあたっては、自ら色弱者で一級カラーコーディネーターであるCUDO副理事長の伊賀公一氏および同じく色弱者で同副理事長の田中陽介氏に貴重なお話を伺いました。 世界に類を見ない社会的取り組み 海外の国々―とくに西洋諸国において色覚は個人の問題と捉えられており、特定の職業選択の場面以外ではフォーカスされることがほとんどないと言われます。したがって、色覚の多様性に対応したデザインへの配慮を社会的に広く推進しているのは日本発の取り組みで、世界をリードしていると言えます。 田中氏によれば、EIZO、パナソニック、オリンパスなど実際にカラーユニバーサルデザインに配慮したCUD認証マーク(図1:左)付きの輸出品が日本発として世界に広まり、その後アメリカンホーム、ファイザー、バイエルなど外資系企業もCUD認証マークを取得しています。世界的に使われているアドビシステムズ社のPhotoshop、Illustrator CS4以降には色弱者向けのCUDソフトプルーフ(疑似変換)機能が搭載されました。CUD認証マークとは、CUDに関する一定の要件を満たした印刷物・製品や施設に表示することができるマークで、これについては第15回で紹介します。 グローバル化が加速する学術界においても、日本発のカラーユニバーサルデザインを取り入れて、ユニバーサル化にも配慮した先進的な学術発表を行おうではありませんか。…

生命科学分野は「プレプリント」を導入すべき?

プレプリントとは、ジャーナルに論文として掲載されることを目的に書かれた原稿を、完成段階で査読の前にインターネット上のサーバーにアップしたもののことをいいます。物理学分野で始まったといわれていますが、コンピュータ・サイエンスや数学、経済学でも一般的になりつつあります。 2016年2月16日と17日には、メリーランド州にあるハワード・ヒューズ医学研究で、「ASAPbio(生物学における科学出版の加速)」という会議が開催されました。カリフォルニア大学の細胞生物学者ロン・ヴェール教授やロックフェラー大学の神経生物学者レズリー・ボッシャル教授など有力な研究者らが呼びかけたもので、生命科学分野におけるプレプリントの活用について議論されました。『ネイチャー・ニュース』では、生物学者のなかには物理学分野にいる同僚たちの後を追おうとしている者がいる兆しもある、とレポートしています。 物理学分野では、すでに一般化されているプレプリント。物理学分野では、毎月8000本ものプレプリントが「arXiv」という1991年に設立されたプレプリントサーバーに投稿されているといいます。生命科学分野では、2013年に専門のプレプリントサーバー「bioRxiv」が設立されました。設立当初はひと月あたり50本ほどの投稿数でしたが、徐々に増え続け、2016年1月には200本が投稿されるようになりました。2016年2月時点では、合計3100本ものプレプリントが公開されています。 生命科学分野でも普及しつつあるプレプリントですが、研究者たちは下記のようなリスクを指摘しています。 ・ライバルにアイディアを盗まれ、名声を得る機会を逃してしまうのではないか ・査読を経ていない研究結果が公開されることで、科学としての質が低下するのではないか ・査読のあるジャーナルに掲載されるチャンスを失うのではないか ASAPbioの主催者たちによれば、生物学者たちの多くはまだプレプリントについてよくわかっておらず、どのような影響があるのか話し合われてさえいない、という見解を示しています。2点目の疑問については、自分たちの評価が公開されている初期段階の研究に基づくようになれば、研究者たちはより注意深くなるだろう、とプレプリントの支持派たちは考えています。また、bioRxivの設立時、ジャーナルの出版社のなかにはプレプリントサーバーに投稿された研究でも出版を認めるとルールを変更したところもあり、業界全体の流れも変わってきているようです。 なお、ASAPbio主催者の1人であるボッシャルのプレプリントはすべて、「堪え難いほどノロマな査読プロセス」を経て通常のジャーナルに掲載されたといいます。『ネイチャー・ニュース』は、彼女の過激な言葉を次のように紹介しています。 「そのほとんどは何も変わったように見えません。だとしたら、ジャーナルなんてなぜ必要なのでしょうか?」 その一方で、プレプリントを牽引してきたはずの物理学の研究者のなかにも、プレプリントに批判的な者もいます。ストックホルム大学の宇宙物理学者ヤン・コンラッドは2015年、同じ『ネイチャー』に寄せた論説で、いくつのも実例を挙げながら次のように批判しています。 arXivに投稿された不正確な論文は、見当違いの研究結果というノイズをもたらす以上のことをしている。資金提供に関する決定は歪められ、理論家たちは説明を訂正しようとして多大な時間を無駄にし、そして一般市民は報道によってミスリードされる。 ヤンの見解はASAPbioの主催者たちとは異なるようです。はたして生命科学は物理学の後を追うべきなのかどうか、今後の展開に注目が必要です。

論文投稿から掲載までの時間は長くなっている?!

『ネイチャー・ニュース』は、ある女性研究者の悪戦苦闘ぶりを伝えています。彼女はカナダの大学院生で、過去3600万年の化石を18カ月かけて調査し、動物の分布の変化を明らかにしようとしていました。結果はその分野では驚くべきもので、指導教官の勧めもあり、2012年10月、彼女は論文の原稿を『サイエンス』に投稿しました。 しかしその原稿はすぐに却下されてしまいました。次に彼女は『PNAS(米国アカデミー紀要)』に投稿したのですが、またもや却下。『エコロジー・レターズ』でも同様でした。2013年5月には『英国王立協会紀要』に投稿したところ、やっと査読されることになりましたが、2カ月後、賛否入りまじった査読結果が返され、結局論文は却下されてしまいました。 彼女は、いわゆるインパクトファクターにこだわるのをやめ、掲載までにかかる時間が早いという評判のあるオープンアクセス・ジャーナル『プロスワン』に、論文原稿を投稿しました。原稿は査読者に送られ、2カ月後、同誌は彼女の論文の掲載を基本的には却下するが、もし大幅な訂正を行なうのではあれば、再査読することを伝えました。2014年3月、彼女は大きく書き直した原稿を再投稿しました。同誌は別の査読者に原稿を送り、2カ月後、彼女にさらなる訂正を求めました。彼女はその結果を受け入れ、2014年6月、同誌に原稿を再々投稿しました。 2014年9月、彼女の論文はようやく『プロスワン』に掲載されました。彼女が最初に原稿を『サイエンス』に投稿してから実に23カ月後のことです。彼女によれば、「投稿と再投稿を繰り返すことで論文の内容はずっとよくなったのだが、結論が変わることはなかった」といいます。評判も上々のようです。 彼女の不満は多くの研究者に共有されているようですが、では本当に、投稿から掲載までにかかる時間は長くなっているのでしょうか? 『ネイチャー・ニュース』は、カリフォルニア大学で計量生物学を研究する大学院生ダニエル・ヒルムスタイン氏と協力して、掲載までにかかる時間(日数)を分析しました。 ヒルムスタイン氏は、1980年から2015年までに、生物医学分野のデータベース「パブメド(Pubmed)」に収載された論文すべての、投稿から採択にかかる日数を調査したところ、ずっと100日前後で、長くなっているという証拠は得られませんでした。(その間、パブメドに収載された論文の数は、4353件から9045件へと倍増しています。) また、採択から掲載(出版)までにかかる日数は、2000年代には50日を超えていたのですが、2010年代には25日を切るようになっています。これはおそらく、出版にかかわるテクノロジーの進歩のためだと推測されています。この結果は、多くの研究者が感じている実感とは異なるようですが、興味深い傾向もわかりました。投稿から採択までにかかった日数と、それぞれのジャーナルのインパクトファクターとの関係を見てみると、インパクトファクターが低いジャーナルと高いジャーナルではその日数が長く、中程度のジャーナルでは短い傾向があるのです。 また、人気のあるオープンアクセス・ジャーナルや人気のあるテーマの論文では、どんどんと長くなっていることもわかりました。『ネイチャー・ニュース』は下記のように書いています(同誌の記事とヒルムスタイン氏のブログ記事の生データはこちらで公開されています)。 ヒルムスタインの分析では、『ネイチャー』では過去10年間で85日から150日以上に増加し、『プロスワン』ではほぼ同じ10年間で37日から120日に増加した。 この記事によれば、『プロスワン』の編集者は、同誌の出版プロセスは長くなっていることを認めています。その要因は、論文の数が、2006年には年間200本だったが、現在では3万本にも激増していることだとしています。プロス社では、2015年には7万6000人の査読者を採用しており、適切な査読者を見つけて仕事を依頼するのに時間がかかっている、とのことです。 物理学分野では、「プレプリント(preprint)」という習慣が一般化したことにより、研究者たちの「もっと早く掲載しろ」というジャーナルへの圧力は減少したともいわれています。プレプリントとは、査読前の初期段階の原稿をインターネット上のサーバーで公開することをいいます。しかし、このプレプリントには、新しい知見やアイディアが漏れ出てしまうという問題も指摘されており、他分野で一般的になるかどうかは未知数です。 論文の掲載(出版)は、学位や就職、昇進などに影響するため、掲載までにかかる時間は死活問題です。解決が望まれ、そのための努力もなされてもいますが、それを阻む壁も少なくなさそうです。