学術界を知る

世界的なパンデミック下でプレプリントの利用が急拡大

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大にともない、医学研究論文や関連記事の数が急増しています。ウイルス感染の急拡大は人々の命と健康にとって重大な問題ですが、学術出版界は思わぬ恩恵を受けることとなりました。ロックダウンや移動制限により、学術出版、特にバイオサイエンスや医学分野におけるオープンサイエンスの重要性が再認識されたのです。世界中の研究者が、ウイルスの遺伝配列、疫学的情報、投薬による症状の変化などのデータを共有するようになりました。必要性が革新的な変化を後押ししたのです。その結果、お互いの状況を確認し合い、手元にはない知識や情報にアクセスすることができるようになりました。効果的なワクチンや有効な治療法の開発を支援し、パンデミックの影響を理解するための急激な情報ニーズに対し、世界の学術界は驚くべきスピードで対応しました。例えば、新しいコロナウイルスの人への感染が確認されると、2020年1月10日には中国の研究者が、世界的なインフルエンザウイ ルスの共有データベースGISAID(Global initiative on sharing all influenza data)にこのウイルスのゲノム配列情報を公開し、そして1月中旬までには、ドイツと他のヨーロッパ諸国と香港の研究者が、新型コロナウイルスを検出するための診断テストの詳細を公開するに至りました。過去のインフルエンザやSARSの流行時には考えられなかったスピードです。 一気に進んだコロナ関連論文の共有化 このように、論文や情報が共有されるスピードは格段に進歩しました。学術雑誌(ジャーナル)のNatureは、コロナ関連のすべての研究論文を自由に利用できるように取り組むとともに、研究者には関連研究を迅速に公表し、共有することを推奨しています。論文公開に関して論争の的となっている学術出版社エルゼビアも「Novel Coronavirus Information Center」を開設しコロナウイルス関連の論文を無料公開しています。医学雑誌ランセット(Lancet)も「COVID-19 Resource Centre」を開設し、COVID-19でジャーナルに掲載された論文や記事を提供することで、医療従事者や研究者を支援しています。このサイトにはランセットジャーナルに掲載されているCOVID-19関連の論文がまとめられており、無料でアクセスすることができます。…

大型研究計画「マスタープラン2020」

先日、科学技術基本法の改正案の議論についてお伝えしましたが、2020年3月10日に閣議決定されました(追記:6月1日には衆院で可決、参議院での審議に進んでいる )。今国会での成立を目指し、この改正により、これまで自然科学に絞られていた研究支援の対象に、法学などの人文・社会科学も含まれることとなります。1995年に成立した同基本法の改正は今回が初めてで、名称は「科学技術・イノベーション基本法」と改められました。人工知能(AI)やゲノム編集などの新たな技術が急速に発展する中、倫理的議論や法整備の必要性が高まっていることに対応したものです。そして、この基本法とは別に、もうひとつ研究者にとって重要な「第24期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン2020)」が1月末に発表されているので、今回はこちらのプランを紹介します。 マスタープラン2020 2020年1月30日付けで公表された「マスタープラン2020 」は、日本学術会議が日本として重点を置くべき大型研究プロジェクトをまとめたものです。日本学術会議は2010年に大型研究計画マスタープラン2010を策定、2011年の小改訂以降、概ね3年ごとに策定しています。日本学術会議が、学術全般を展望・体系化し、各学術分野が必要とする大型研究計画を網羅して実施すべき計画を選択したマスタープランを策定し、このマスタープランをもとに文部科学省がロードマップを策定。優先度の高い研究計画を選定し、概算要求を作成します。学術大型研究計画とは、予算総額が数十億円規模(超えるものもあり)、実施期間は5~10年、あるいはそれ以上の長期、学術分野のビジョン・体系に立脚した大型施設計画もしくは大規模研究計画に該当するものです。規模が大きいだけに、このような計画に関わる研究機関や研究者にとってマスタープランに策定されるか否かの影響は大きいことでしょう。 選定結果 例えば、過去のマスタープランで選定された計画 には、大型電波望遠鏡「アルマ」による国際共同利用研究の推進(国立天文台)やスーパーカミオカンデによるニュートリノ研究の推進(東京大学宇宙線研究所)のように大型施設の建設を伴うものや、大学・研究機関が活用する新しいステージに向けた学術情報ネットサーク(SINET)整備(国立情報学研究所)などがあります。学術大型研究計画は、新規提案及びマスタープラン2017に掲載され、今回改訂された提案である区分Ⅰと、過去のマスタープラン(マスタープラン2017及びそれ以前)に掲載され現在実施中・進行中の計画である区分Ⅱの2つのグループに分けられます。マスタープラン2020では、区分Ⅰの146件と区分Ⅱの15件、合わせて161件の学術大型研究計画が選定されています。さらに区分Ⅰの中から16件の新規計画と15件の継続計画の計31件が、優先度が高く早急な予算化が必要とされる重点大型研究計画として選ばれました。とはいえ、31件のうちの15件の継続計画とは「マスタープラン2017」から継続して採用されているものです。半数近くをマスタープラン2017に掲載され今回改訂された提案が占めていることから、新しい研究計画が採用される余地が減っているのではとの懸念もあります。 マスタープラン2020策定に関わる利益相反排除の方針 マスタープランは、各学術部分野が必要とする大型研究計画を網羅し、日本における大型研究計画のあり方に指針を与えることを目的としたもので、予算獲得のために作られたものではありません。しかし、科学研究費が抑制され、長期にわたる研究資金の確保が厳しくなっている状況下、文部科学省がマスタープランを参考に計画の優先度を整理し、大規模学術フロンティア促進事業等を選定していることを鑑みれば、マスタープランが日本の科学研究に及ぼす影響は大きいと言えます。大型の学術研究は、長期にわたって多額の経費が必要なため、社会・国民からの理解と支持を得つつ、長期的な展望のもとで戦略的に推進される必要があります。そのためにも、透明性の高い研究評価および、日本における戦略的、計画的な大型研究計画の推進においてマスタープランが活用されることが重要なのです。 このような重要性を持つマスタープランですので、選定の際に公平性を保つことは大切です。日本学術会議の委員がプランの策定に関与する審査支援者と研究者という相反する立場に立たされることを回避すべく、マスタープラン2020策定にあたっては、日本学術会議声明「科学者の行動規範について―改訂版―」 (平成 25年1月25日)の利益相反の条項を踏まえた利益相反排除のための方針が発表されました。この新たな方針に準じ、公平で公正な策定・評価が行われることが求められています。 マスタープラン2020で選定された161件の学術大型研究計画の分野は、生物学、医学、物理学、農学、食料科学、薬学、地球惑星科学、情報学、など多岐にわたります。選定された大型研究、特に重点大型研究計画は優先度が高く、可及的速やかに予算化され、推進されるべきものと位置づけられたものです。マスタープラン2020が、多様な学術の発展、日本の科学力の向上に貢献されることが期待されます。

Withコロナ時代 ニューノーマル の学術研究・教育

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで世界は大きく変わりつつあり、今までとは全く異なる新たな経済システムやライフスタイル、「ニューノーマル(新常態)」に移行すると言われています。ニューノーマルとは2008年以降の世界金融危機のときに使われた経済用語でしたが、コロナで再び脚光を浴びることとなりました。そして、教育および学術研究もニューノーマルへの移行を余儀なくされています。 パンデミックで浮上した多くの問題 パンデミックにより多くの大学を含む教育機関は休校・閉鎖を行い、オンラインでの対応を迫られることとなりました。既にオンライン教育システムに対応できている学校や機関もありますが、システムが整備されていない学校も多い上、オンライン授業の経験を有する教員は限られており、教育の提供と学習に影響が及んでいるのです。オンライン教育への移行には差があり、誰もが通常と同じ授業を受けることは難しく、学生側に教育格差を生じさせることにもなっています。また、教育を提供する側の制度上の弱者(非テニュアトラックの教員、非常勤職員、テニュアトラックの初期段階の教員など)は厳しい状況に追い込まれています。このような立場にいる教員は、所属機関において重要な貢献をしているにも関わらず、平常時でも雇用の不確実性や金銭的な苦境に立たされていますが、非常事態で状況が悪化しているのです。十分な対応を行わないままオンライン教育への移行を進めることによって、これらのさまざまな問題が浮上することとなってしまいました。 研究者への影響も計り知れません。研究に関する知識の交換や普及、研究者間のコミュニケーションに不可欠な会議や学会などが中止され、研究を公開し、フィードバックを得る機会を失いました。フィールドに出られない、調査ができないなどの物理的理由で研究そのものが停滞している人も多いことでしょう。学術的生産性は著しく損なわれており、学術界全体で現在の状況に対応しつつ被害を最小限に抑えるための努力が行われていますが、ニューノーマルに向けて今後どのように変化していくべきなのかの検討も不可欠です。このように問題は山積みですが、今回はオンライン教育システムへの移行における技術的な課題と大学の取り組みを取り上げてみます。 オンライン教育の技術的な課題 国連教育科学文化機関(UNESCO)によれば、COVID-19の発生以来、世界146カ国で約11億8,000万人 の学生が教育機関の閉鎖などの影響を受けています。しかしオンラインへの移行といっても、すべての教育機関がオンライン教育を実装できているわけではありません。ネットワークへのアクセスが均等ではないこと、安定性に問題があることも無視できませんが、オンライン授業では学生の質問をもとに議論を促すことも容易ではありません。質疑応答や議論を行うにはハード面でインタラクティブな環境を整え、ソフト面では教員が新しい授業スタイルに適したシラバス(授業計画)に調整する必要に迫られています。では、インタラクティブなオンライン授業を行うには何をしなければならないのでしょうか。 1) 教員側の環境整備と準備 いわゆる講義型ではなくインタラクティブに授業を行うには、受講者の反応が見られるデジタル環境が必要ですが、大学の講座のように人数が大きくなると、それだけでも大変な作業です。受講者を見ながら、スライドを画面共有で見せるには、ある程度の大きさの画面が2つ必要になりますし、大人数と回線をつなぎつつスムーズにスライドを動かすには、それなりの動作環境も必要となります。しかも、授業ではスライドだけ見せているわけにはいきません。学生から教員が見える状態にしておく、画面の一部しか見えないことを踏まえて動く、ディスカッションするような場合にはホワイトボードなども(画面を通しても)見やすいように整理するなどの工夫が必要です。講義をストリーミングするだけでなくインタラクティブに進めるには周到な準備が必要なのです。 2) オンライン向けのシラバスの準備 オンライン授業には、実際に教室で行うのとは異なる進め方が必要となります。講義中に画面を切り替えたり、追加資料を配ったりするための準備をしておかなければなりませんし、受講者への指示や問いかけを簡潔でわかりやすいものにしておくことも重要です。画面を注視し続けるオンライン授業では、集中力が切れやすくなることへの対処も必要です。教員が意識して全体を見渡し、挙手していない学生に発言を求める、質問を振るなど、受講者に積極的に働きかけることが緊張感を保つには有効です。実際の教室のように学生全体に目を配ることが難しいので、ここでも何らかの工夫が必要です。 3) 学生間(受講者間)のインタラクション…

査読の貢献を研究業績の一部に:ORCID iD入力が可能に

査読付き学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表することは、研究成果の学術論文としての妥当性が当該分野の専門家に認められることであるとともに、論文に書かれた内容の信頼性を読者に担保することにつながります。 一般的には、論文を学術ジャーナルに投稿すると、査読のプロセスが始まります。まず、投稿論文を受け付けた学術ジャーナルの編集者は、その論文の分野の複数の研究者に論文を送り、評価を依頼します。研究者は「査読者」として、論文を読み、ジャーナルの出版基準を満たしているか、論文の内容が掲載に値するかを判断します。査読が完了し、基準を満たしているものがジャーナルに掲載されます。 査読は、研究成果の発表を判断する重要なステップであり、学術研究の信頼性を下支えするものです。ジャーナルの編集者が当該分野の研究に精通しているわけではありません。その分野で実践的な経験を積んだ研究者だけが、論文に記された研究内容について理解し、研究が妥当なものか判断できるのです。査読が論文出版にとって重要なステップであるにも関わらず、従来は研究者としての正式な実績とは認められてきませんでした。研究者にとって査読者となることはどのような利益があるのか?研究者は無償で科学に貢献するべきなのか?査読プロセスにおける研究者の責務については議論となっています。 この問題への改善策として、査読プロセスへの参画を研究業績の一部とする動きが進んでいます。 査読者のORCID iDの入力を可能にして研究者としての信頼性をアップ 査読プロセスは研究者の負担になるという考えは変わりつつあります。2019年6月26日、PLOS(Public Library of Science)がPLOSの全ジャーナルを対象に査読者のORCID iDの入力を可能にしたと発表しました。これによって査読者は、査読履歴を追跡し、査読への貢献を研究業績の一部とすることができるようになります。PLOSは2000年代の初頭からオープンアクセス(OA)ジャーナルの出版を進めている出版社で、現在は医学・生物学分野を中心に7誌を発行しています。ORCID(Open Research and Contributor ID)とは、複数の学術コミュニティ機関によって設立された非営利団体が管理する研究者のID(識別子)で、一度登録すると、研究者が所属組織を変わっても同じ番号で業績が一元的に認識されるようになります。PLOSは2013年にORCIDに加盟して以降、投稿者にORCIDの使用を積極的に求めてきました。…

新たな国際的研究拠点 欧州に注目

国際的な研究の経験を積みたいと考えている研究者は大勢いるため、研究職のポジション争いは熾烈であり、特に若手研究者が職にありつくことはとても困難です。それでも自国以外の国際的な研究機関で経験を積めば、母国に戻って研究職に就ける可能性は高くなります。それだけではありません。異なる文化的背景を持つ研究者たちとの研究に参加することで経験を重ね、新しいスキルを獲得し、幅広い人脈(ネットワーク)を形成することも可能です。かつて米国は、国際的な研究の場として人気が高かったのですが、近年は欧州の人気が高まっています。 欧州で研究するメリット 欧州は、さまざまな理由から研究者に人気となっています。その理由をいくつか挙げてみましょう。 世界的な大学の存在 欧州には世界でも有数の大学や研究機関があります。2018年には、査読付きの科学およびエンジニアリングの論文の25%が欧州連合(EU)の研究者から出版されたものでした。EUの後には中国(21%)、米国(17%)が続きます。欧州の研究者は、研究成果を出して出版しなければというプレッシャーはあるものの、責任を持って研究を進めていると言えます。 ファンド(研究資金) 研究には資金が必要です。EU諸国は研究およびイノベーション(技術革新)に割り振る予算を増額しており、さらに欧州最高レベルの研究を奨励する欧州研究会議 (European Research Council, ERC)の研究助成金には、どの国の研究者でも申請することができます。ホームページの情報によれば、その助成金の給付規模は過去10年間で総額約120億ユーロに達しています。唯一の申請条件は、研究の大部分がEUの研究機関によって実施されることです。欧州には多数の有名大学や研究機関が点在しており、スイスのチューリッヒのように生活費の高い都市にキャンパスがあって若い学生にとって費用の工面が大変な大学もあれば、一方で、ベルギーのルーヴェンにように比較的済みやすい都市を拠点とする研究機関もあるので、助成金の獲得にEU内の研究機関でと条件が付いていたとしても選択には困らないでしょう。 契約 ドイツのように博士課程(PhD)学生が雇用契約を締結することができる国もあります。雇用契約に加えて、年金の支給といった追加保証や、指導教官と学生を守るために就業規則のある大学もあるそうです。 学問の自由 欧州の研究機関は、他国の研究機関と比べて学問の自由を認める傾向が強いようです。実際に、国レベルで学問の自由を推進すべく議会に働きかけています。…

h指数の提案者が問題提起 !?

学術論文の影響度を測る指標にはインパクトファクター(IF)や h指数 (h-index)などが知られています。h指数は物理学者のJ. E. Hirsch氏が「個々の科学研究成果を定量化する指標」として提案したもので、研究者の研究成果を定量化する指標のひとつとして広く利用されています。しかし、複数分野に及ぶ研究を行っている研究者の影響力を考慮できないなど、評価指標としては不十分であるとの意見も出ています。 h指数の意味 例えば、ある研究者のh指数がh=10と示された場合、この研究者が発表した論文の中で被引用数(引用された数)が10以上ある論文が少なくとも10本以上あることを意味しています。一般的にはh指数が高ければ、被引用数の高い論文を多数発表しているということになります。h指数の算出は被引用数の正確な調査に基づいて行われるべきものであるため、被引用数の数値が正しくない場合にはh指数の正確性も怪しくなってしまいます。また、共著者が多数いる場合の考慮が欠けていたり、分野によっては引用数に差があったりするなど、すべての分野、あらゆる研究者の評価指標としては適切ではないといったいくつかの懸念も指摘されています。そのため、h指数はあくまでも研究成果を定量的に評価する指標のひとつとして利用されています。h指数は学術雑誌(ジャーナル)を評価する指標としても使われていますが、これはGoogle Scholar上で被引用数を算出した「Google Scholar Metrics 」として掲載されているので参考にしてみてください。 h指数ではわからない5つのこと 上述のようにh指数は学術界で広く使われている指標のひとつですが、h指数の問題点については学術界で議論されてきました。査読を迅速化かつ効率化させることで認知度を高める査読登録サービスであるPublons が「h指数ではわからない5つのこと 」と称する記事を掲載しているので紹介します。h指数ではわからないこととは以下の5つです。…

新型コロナパンデミック下で誤情報を拡散しないために

世界各地が新型コロナウイルス感染(COVID-19)拡大にともなう外出禁止や非常事態におかれています。このような非常事態下では、情報収集が重要ですが誤情報の拡散にも注意が必要となります。SNS上に出回っている情報の中には、著名な大学や医療機関の名を語って伝達されているものや、不安をあおるような内容も多数あるようです。悪意がなかったとしても、誤情報を拡散することによって特定の機関への問い合わせを殺到させて業務停滞を招いたり、誤った判断を促して感染を拡大させたりする恐れがあることは認識しておくべきです。トイレットペーパー不足に始まり、症状に関わる不正確な情報や、「こうすれば感染を予防できる」といった情報に惑わされないためには、どうしたらよいのでしょうか。 WHOの誤情報対策 誤情報は日本だけでなく世界中でも問題となっており、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2月15日のミュンヘンでの会議で、我々はコロナウイルス感染症(epidemic)だけではなく、彼がインフォデミック(infodemic)と称するウイルスに関する誤った情報と戦っており、誤情報(フェイクニュース)はウイルスよりも早く簡単に蔓延していくため、信頼できる情報を把握することが困難になっていると指摘しました。WHOは、各種ソーシャルメディアの調査を行うとともに、科学的知見や証拠に基づく対策の必要性に言及しています。また、ウェブページにコロナに関する誤情報打開策「Myth busters」を質疑応答形式で掲載しています。「10秒以上咳き込まずに息を止めていられたらコロナには感染していない?」といったものから「コロナウイルスは5G(通信)ネットワークに乗って拡散する?」といった質問まで、適宜更新されているようなので参考にするのもよいでしょう。 ワシントン大学の取り組み 2019年12月、ワシントン大学シアトル校の5人の研究者が、誤情報の伝搬を研究する情報公開センター(Center for an Informed Public)を立ち上げました。このセンターでは、世界の感染者数ではなく、コロナウイルスのパンデミックに伴って誤情報がどのように拡散していくか、そうして広がった情報が人々の認識にどう影響するかを研究しています。3月24日のScienceには、同センターの設立メンバーである社会学者と危機情報学研究者に行ったインタビューが掲載されています。彼らは、オンラインにおけるコミュニケーションでどのようにデータや統計が広まり、どう理解され、その結果がどのように判断および行動につながるのかを調べています。彼らは、過去の危機的状況における誤情報の拡散を踏まえ、危機的状況下で誤情報が多くなることは、不確実性と不安が高まる災害時において何が起こっているのを理解しようと努める人々の自然な反応であると考えています。情報の入手は不安の軽減または解消に役立つことが確かな一方、困惑や混乱を招くこともあり得ます。テレビ、ネット検索、SNSといった情報ネットワークが浸透している現代では、継続的な情報更新が可能な反面、情報の真偽にかかわらず簡単に拡散してしまうという問題が避けられません。過剰な情報が与えられる中で、どの情報を信頼し、どれを信用すべきではないのか考えなければならないのです。また、政府や自治体などの政策指導者の発信が科学に基づく情報と矛盾しているような場合、不信感を招くだけでなく、公的な機関に対する信頼を損なう恐れがあります。このような影響は長期にわたることもあり、把握しきれていません。政策指導者らは、専門家とその時点で最良とされる情報を共有し、一貫性を持って情報を提供していくことが求められます。 危機情報学に基づく誤情報対策~3つのアドバイス 同センターは、情報が従来からのメディア媒体とSNSの間でどのように移行するか、情報の流れに注視しており、IT企業や個人、危機管理者に向け、情報の流れと情報の影響を理解し、正確な情報発信を促進する方法についてのアドバイスの提供にも努めています。ここでは、危機情報学者からの誤情報対策のための3つのアドバイスを記します。  情報を求め、共有しようとする際に、虚偽や誤情報の拡散に加担する可能性があることを自覚しておく。誤情報の拡散は不安や不確実性の解消に役立たないと認識する。 災害情報提供者は、情報が専門家(医療従事者や感染症の研究者など)の知識に基づいた情報の提供に努め、所属する団体・機関内での整合性を保つ。また、事象固有の不確実性について適格な情報を提供するとともに、「事実」も時間経過とともに変化する可能性があることを情報受信者に伝わるように努める。 政府関係者や自治体などの政策指導者は、誤情報や虚報を拡散したり、科学的知見や専門家による勧告に疑問を投げかけたりすることによって及ぼす影響について慎重に検討する。対応を誤ると、個々の状況および危機的状況への対応において短期的・長期的な弊害をもたらす可能性があることを認識しておく。…

オープンアクセス論文の引用率は本当に高いのか

欧州の研究機関をはじめ、オープンアクセス(OA)出版を積極的に後押しする動きが高まる中、OAの普及が加速化していますが、その一方で、定期購読料につき大学などの研究機関と出版社との対立が膠着状態となっています。実際、OAに掲載された論文の方が、購読雑誌に掲載された場合よりも閲覧数・ダウンロード数ともに多くなることが判明しており、その傾向は一層強まると予想されています。 https://www.youtube.com/watch?v=10cfN0EvKh0   確実に読者を掴むOA出版 2014年にNature Communicationに掲載された研究情報ネットワークResearch Information Network (RIN)による調査の結果、OA方式の論文の方が従来の定期購読方式の論文よりも閲覧数、引用数ともに上回っていることが明らかにされました。例えば、2013年上半期にOA方式と定期購読方式の両方で提供するハイブリッド・タイプの学術雑誌であるNature Communicationsに掲載された722本の論文のトラフィックをRINが分析した結果、OA論文と定期購読方式の論文の閲覧数に明らかに有意な差が見られました。この6ヶ月のOA論文の閲覧数は非OA論文の2倍を上回っていました。さらに、2010年4月から2013年6月の間に同誌に掲載された2000本以上の論文の引用数を分析した結果には、購読のみの非OA論文とOA論文の被引用件数の比較において、第一四分位数(データを小さい準に並べたときの25%の位置にある数字)では非OA論文3に対しOA論文4、第三四分位数(同75%の位置にある数字)では15対21、中央値では7対11といずれの点でもOA論文の引用数が上回っていることが示されていました。 OAの影響は学術雑誌の枠を超える OAのプラスの影響は、学術雑誌に留まりません。ドイツのライデン大学の博士課程のRonald Snijderの調査によると、研究成果の書籍をOAで閲覧可能とした場合、OAで読めない(非OA)書籍よりも引用件数が10%程度高くなっていました。ここで注目すべき点は、書籍をOAで無料提供しても、紙媒体の書籍の売り上げにマイナスの影響がほとんど生じなかったことです。インド、中国、インドネシアなどの国々では、OA版のダウンロード数の方が非OA版を上回っていました。この傾向は、スウェーデンのルンド大学が運営するDirectory of Open…

ICMJE 医学論文投稿・査読・出版の世界的ルール

新型コロナウイルス感染拡大が世界に大きな影響を与えている状況下において、医学研究の重要性は改めて痛感されるところです。そこで、医学研究成果の信頼性を確保していく基盤でもある医学論文執筆における世界標準とされるICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)投稿規定について再確認するとともに、改訂に向けた動きを紹介します。 ICMJE(医学雑誌編集社国際委員会)とは ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)は、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)の編集者の集まりです。世界医学雑誌編集者協会(World Association of Medical Editors: WAME)をはじめ、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)および出版社など14の組織・団体で構成されています。ICMJEが策定したRecommendations for the…

STEM分野の女性差別改善に男性ができること

学会で出会った女性科学者2名が、昼食時に学術界の女性差別の話題になりました。 A博士:科学界で女性が出世するのは難しいわ。2019年に米国でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野でフルタイムの仕事に就いている人のうち、女性はたった24%だって知ってた? B博士:ジェンダー格差がいまだにそんなにひどいなんて信じられないわ。これは世界的な問題だけど、ジェンダー格差に関する認識は世界中に広がってきているのでしょう。最近は、不公平な状況を変えて、女性の活躍を後押しする男性も出てきているようよ。 はたして、STEM分野でのジェンダー格差とは、どのような状況なのでしょう。そして、この状況を改善するために男性研究者ができることはあるのでしょうか。 学術界のジェンダー格差 学術界におけるジェンダー格差は、確かに世界的な問題であり、特にSTEM分野では歴然としています。まず、STEM分野での女性研究者数自体が少ないので、論文執筆および査読における女性研究者の割合も男性より少なくなっています。例えば、オープンアクセスのFrontier Seriesの学術誌を対象にした2017年調査によると、女性執筆者は全体の37%、同様に査読者は28%でした。研究組織のトップの女性比率も低く、研究費の獲得金額にも差があります。プライベートにおいても女性の方が子育てによって大きな影響を受けやすく、理系のフルタイムの研究者や専門家が子供を持った場合、43%の女性が専門分野を変更する、非常勤になる、あるいは退職する、との調査結果があります。男性ではこの比率は23%であり、差は顕著です。 このような格差が存在することは広く認識されてきており、改善の取組みも議論されていますが、「女性がどう対処するか」の議論がほとんどです。ここでは、「男性は改善のため何ができるか」について、実際の取り組み例を紹介してみます。 改善に向けて男性ができること 世界の科学研究における女性の参加割合は30%に満たないとも言われています。特に、STEM分野でジェンダー格差が根強いのには、非常に多くの要因が関係しています。それらの中には、男性の行動で変わりうるものもあるのです。 無意識のジェンダーバイアスを認識する まず、「無意識のバイアス」を認識することです。女性には子供のときからSTEM分野に進む気持ちをそぐような文化的風潮が働きやすく、意欲をくじかれかねません。学校でも職場でもSTEM分野は男性の数が多く、そこに女性が入っていくには勇気と努力が必要です。STEM教育におけるジェンダー格差についてUNESCOが2017年に発表した調査レポートによると、世界の高等教育においてSTEM分野を選択している女性の割合は35%であり、研究者では28%に留まります。教育課程が進むにつれて、女性が理系に興味を抱かなくなる傾向があり、中等教育過程で男女格差が顕著になります。「女性は理系に向かない」という思い込みや、教育現場や家庭環境に内在するさまざまな要因が女性をSTEM分野から遠ざけています。男性が、女子学生や職場の同僚の女性を勇気付け、または自分の娘のSTEM分野への興味を育むなど、わずかに後押しするだけでも違いが出てくるでしょう。 変だと感じたら声を上げる 小さなことでも格差や偏りに気がついたときに声を上げることも大切です。例えば、会議で女性の発言がさえぎられたり、なんらかの役職への候補者が男性だけで占められていたりしたときに、変だと感じて声を上げることが、ジャンダー格差改善の一歩です。そしてさらに進めて、実際に女性差別的な発言や行動を見たら、その場で注意喚起することが望まれます。そうした指摘がスムーズにできるように、同僚同士で注意の仕方を学びあう試みをしている研究者もいます。そうした人たちは、女性に障害を克服するよう励ますのではなく、障害を取り除くように男性も積極的にかかわるべきだと考えているのです。 男女平等(ジェンダーバランス)への配慮を求める…