学術界を知る

第6回 学術界における カラーユニバーサルデザイン

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 正確性の求められる学術界において、聴衆100人のうち5〜10人に情報が正しく伝わらなかったら――それは情報の送り手にとっても受け手にとっても、大きな損失ではないでしょうか。まずは問題の存在に目を向けましょう。 PowerPointが変えた色の世界 「次のスライドお願いします」―カシャ、という学会風景は21世紀に入ってからほぼ姿を消しました。スライドはかつて外部の制作会社に依頼して作るのが一般的で、デザインは写真部分を除いて基本的にブルーバックに白文字、あるいは白バックに黒文字といったごくシンプルなものでした。色による表現が少なかった分、色に頼りすぎない表現方法をとっていたため、ある意味ではCUDの考え方に近いものだったと言えます。 それを変えたのはPowerPointの登場で、誰もが簡単に色を多用できるようになりました。背景、文字、グラフなど、色の必要性を考えるまでもなく、用意されたテンプレートを駆使してカラフルなスライドを作るようになりました。大多数を占める一般色覚型のC型の人にとっては、見た目に楽しく、また、わかりやすくなる場合もありますが、色の使い過ぎや組み合わせの悪さによって見づらくなる場合もあります。ましてや、P型、D型などの人にとっては情報が伝わらないものが増えてしまいました。しかし、色弱者がそれを声高に訴えるケースが少ないため、問題はまだ広く認識されていません。 『Nature』誌も注目 そのような学術界で早くから声を挙げ続けているのが、第1回でも触れた2人の日本人科学者、伊藤啓氏(東京大学分子生物学研究所)と岡部正隆氏(東京慈恵会医科大学解剖学講座)です。 近年、各種のアカデミックジャーナルも一気にカラー化が進みました。しかし、世界のトップジャーナルにおいても色覚の多様性への特別な配慮は見受けられません。そのような中、『Nature』誌においては、2007年に同誌ウェブサイトのブログ記事において編集者が、色弱者に配慮した図版の色使いについて取り上げ、素晴らしいウェブサイトとして伊藤氏、岡部氏が2002年に英語で発信した情報ページを紹介しています。 色弱者のレフェリーに査読される可能性は22%! CUDへの配慮は、読者や聴衆のためだけに行うものではありません。研究成果を一人でも多くの人に伝えるのは研究者の使命であり、研究者自身の利益にもつながります。伊藤氏、岡部氏による科学者向けの記事「医学生物学者向き 色盲の人にもわかるバリアフリープレゼンテーション法」に掲載された興味深い試算を紹介します。 海外ジャーナルで白人男性3人がレフェリーだと仮定した場合、1人のレフェリーが色弱者でない確率は92%(1−0.08=0.92)、3人とも色弱者でない確率はその3乗で78%(0.923)となり、「色弱者のレフェリーに審査される可能性は22%である」というわけです。 これは論文投稿に限りません。学会発表においても、聴衆の中のあなたにとってのキーパーソンが色弱者である可能性は看過できないものです。そして、CUDに配慮した情報発信は、このあとに紹介するようなポイントさえつかめば、容易に行うことができます! 参考資料: Nature誌ウェブサイト内ブログ記事…

第5回 ここにも!カラーユニバーサルデザインの実用化例

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 21世紀に入ってから十数年の間に、日本の社会や身の回りにCUDに配慮した「もの」や「方法」が着実に増えてきました。そのような例を見てみましょう。「あっ!あれは」というものがあるのではないでしょうか。 地下鉄の表示が変わりました 例えば東京の地下鉄は13路線あり、その路線図や案内板は一般色覚型のC型の人にとっても見づらいものです。その地下鉄構内の路線や駅名の案内表示は、以前は文字と色記号だけで表示されていましたが、2005年頃から色記号のなかにローマ字や数字が追加されました(図5-1)。これにより、P型、D型などの人にも素早く情報が伝わるようになりました。日常生活に大きな影響を与える交通関係では、その他に信号機や各種公共案内、地図、カーナビゲーションなどにおいてCUDに配慮した、多くの人に見やすいものが増えています。 図5-1 地下鉄の案内表示[左:以前の状態を再現し、色弱者の見え方をシミュレーションしたもの、右:ローマ字が追加された現在の表示](CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   文房具、洋服、リモコン・・   何気なく手にした文房具のラベルや洋服のタグに、「くろ」や「あか」などの色名が書いてあるのを見たことがあるのではないでしょうか。これもCUDへの配慮の一環です。P型、D型などの色覚をもつ子供は、クレヨンや絵の具の色がわからず、困ることがあります。大人になっても、洋服の色選びに困ったり、リモコンのボタンの色がわからないことなどがあります。それらの不便は、製品に色名を表示したり(図5-2)、ボタンの横に色名を表示することで格段に軽減されます。普段何気なく使っている複合機(コピー機)にも、現在ではほとんどCUDに配慮したボタンや機能が搭載されています。 図5-2 サインペンの色名表示[左:色名表示例、右:P型色覚のシミュレーション(Vischeck使用)。色名表示により見分けがつく]   情報発信ツールにも変革のうねりが  …

【大妻女子大学】生田 茂教授インタビュー (前編)

各大学の研究室に訪問し、研究者たちにおける英語力向上の可能性を探るインタビューシリーズ。一回目は大妻女子大学の生田茂教授にお話を伺いました。インタビュー前編ではご自身の苦い経験を踏まえながら、学生や若手研究者がどのようにして英語での論文執筆力を鍛えるべきかを語ってくださいました。 ■研究室で扱っている専門分野、研究テーマを教えてください。 「発語がなく、自分の思いを相手に伝えることが難しい児童生徒が、自分の思いをクラスメイトや周りの人たちに伝えることができるようになる」。こんな「今まではできなかったことをできるようにする」取り組みを実現しようと頑張っています。もともと計算化学の研究を行っていましたが、東京都立大学工学研究科から筑波大学人間総合科学研究科教育学類(附属学校教育局勤務)への異動を機に、附属学校(主に特別支援学校や総合学科の高校)を回りながら学校の先生のお手伝いをする中で、研究分野を理学から教育へと変えました。今も、児童生徒一人ひとりの“困り感”に寄り添いながら、その困り感を軽減するために、合理的配慮指針の基づいた教材や教具を手作りし、自立活動や学習支援の活動を行っています。 研究室では、学生とともに、通常学校の子どもたちを含めた一人ひとりの児童生徒の困り感に寄り添いながら、その軽減を目指した手作り教材の開発を行っています。最近学生や学校の先生とともに開発した教材には、「障害を持つ児童の語彙の獲得を目指して、絵カードや文字カードにドットコードを被せ、音声ペンで触ることでリンクしてある音声が再生される教材」、「音声ペンやスキャナーペンを用いて、音声や動画で多摩動物公園や高尾山を学ぶ教材」、「小学校の外国語活動用の教科書、”Hi, friends!” のネイティブな発音を音声ペンで学ぶ教材」、「”Hi, friends” の各ページのネイティブな発音を iPad の画面をタッチして学ぶ電子書籍」などがあります。ドットコードを開発した企業と協力して独自のアイコンシールを作成し、音声ペンとともに学校の先生に貸与することで、学校の先生が特別なソフトやハードウエアを購入することなく、一人ひとりの児童生徒の困り感に対応した手作りの教材を作れる環境を提供しています。市販の教材を購入するのではなく、自分のクラスの児童生徒一人ひとりの顔を思い浮かべながら、合理的配慮指針に基づく手作りの教材を作ることにこだわり活動しています。 ■英語論文の執筆や学会発表、共同研究などの場で、英語で苦戦した経験はありますか? いくらでもあります(笑)。「星間分子の理論的な予測」を自分の専門としていた頃は、「精密な計算を行い、実験グループと協力しながら、いち早く海外のジャーナルに論文として出版する」ことに夢中でした。「教育」が自分の専門となり、この研究スタイルは大きく変わりました。発語のない生徒との長期にわたる取り組み、そして、そこで起こる生徒の変容を丁寧に追いかける、まさに地道な研究となったのです。英語の論文を書く上では、使う専門用語もスタイルも大きく変わってしまいました。まさに、右も左も何もわからない初心者としての再出発となりました。 「子どもが変わった」という結論だけでは、研究者や学校の先生にとっては何一つ有用な情報にはなりません。「発語がなく、自分の意思を伝えることができなかった児童生徒がどう変わったのか、変わるきっかけとなった出来事は何だったのか。その出来事はどうやって起こったのか、そして、その後どうなったのか」などを丁寧に記述することが求められます。本当は、児童生徒のこうした一連の変容をビデオで見ていただくのが一番なのですが(笑)。 海外での学会発表においては、「伝えたいことを英語で伝えられないもどかしさ」をいつも感じています。学会発表後のディスカッションで、「お前のやっていることは全部iPadでできるよ」というコメントをもらったことがありました。私たちは、実物のコップにドットコードを被せたアイコンシールを貼り、ペンで触ることで「コップ」と音声が再生される、というような本物にこだわっています。iPadにコップの画像を表示させ、タッチすると「コップ」と発音させることはできますが、私たちは本物にこだわりたいのです。しかし、プレゼンの会場で質問されると、こうした自分たちの本当の思いや願いを英語で、即座に、正確に、伝えることがなかなか難しいのです。 ■学生や若手研究者は、どのようにして英語での論文執筆力を鍛えるべきだと思いますか?…

査読は匿名かオープン、どちらが質が高い?

「片側盲検(single blind)」では、査読者の側からは著者が誰かわかりますが、著者の側からは査読者は誰かわかりません。「オープン査読(open peer review)」では、著者も査読者もお互いが誰かをわかったうえで査読が行なわれます。「二重盲検(double blind)」では、著者も査読者もお互いが誰かわからないまま査読します。 一般的に、片側査読もしくは二重査読を適用しているジャーナルがほとんどで、オープン査読が採用され始めたのは比較的最近のことです。査読者の数は通常、2~3人です。ジャーナルのなかには、採択された論文といっしょに査読者レポート(reviewer report)や著者の返信を、署名または匿名で公表するところもあります。また多くのジャーナルでは、原稿を投稿した著者が査読者になりうる人を提案することを認めています。なかには著者にそれを要求するジャーナルもあります。 査読の形式が異なることによって、査読の質も異なるのでしょうか? オープンアクセス・ジャーナルの出版社として知られるバイオメド・セントラル(BioMed Central)の「研究公正グループ(Research Integrity Group)」と、ロンドン熱帯衛生医学大学院のフランク・ダドブリッジ教授は、合計800本もの査読者レポートを分析し、2015年9月29日にその結果を『BMJオープン』で発表しました。その結果からは、オープン査読は片側盲検よりも優れた質の査読を実施できるという可能性が示されました。 この研究では、バイオメド・セントラルが発行するなかで、採択率や扱っているテーマが似ているジャーナル2誌が比較されました。オープン査読で運営されている『BMC感染症(BMC Infectious Diseases)』と、片側盲検モデルで運営されている『BMC微生物学(BMC Microbiology)』です。また、『炎症ジャーナル(Journal…

第4回 スマホでLet’s色覚シミュレーション

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリーなスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 他者の色覚を体験することは本来不可能です。しかし、C型の人がP型、D型、T型の人の色の見分けにくさをシミュレーションする、あるいはP型、D型の人がC型の色覚情報を知るためのツールがあります。 色覚をイメージできる『色のシミュレータ』 色覚をシミュレーションするツールには、メガネ型のものやパソコンソフトなどさまざまなものがあります。なかでも、浅田一憲氏(医学博士、メディアデザイン学博士)が開発したスマートフォン用のアプリケーション『色のシミュレータ』は、一般の人が手軽に試すのに適しています。浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできますので、ぜひ試してみてください。『色のシミュレータ』を起動して対象物にカメラを向けると、各色覚型で見えている色のイメージを同画面上で比べてみることができ、その画像を保存することもできます。あくまでもシミュレーションで正確な再現ではありませんが、身の回りのものにカメラを向けてみると、P型、D型の人がどのような色を見分けにくいのかがイメージとしてわかります(図4)。 図4 『色のシミュレータ』を用いたシミュレーションの例[上からC型、P型、D型]   色覚補助ツール『色のめがね』   『色のめがね』は、同じく浅田氏が開発したスマートフォン用のアプリケーションで、P型、D型、T型など色を見分けにくい人のための補助ツールです。こちらも浅田氏のウェブサイト内または各種配信チャンネルから無償でダウンロードできます。『色のめがね』には、「色を見分ける」、「色をみつける」、「色値・色名表示」などの機能があります。カメラに映る画像内の混同色を変換して見分けやすくしたり、知りたい色名を指定してカメラを向けることでその色がどこにあるか見つけたり、画像内の特定のポイントの色名を表示させたりすることができます。また、『色のシミュレータ』と同様に、色覚型ごとのシミュレーションができますので、P型、D型、T型の人が、一般色覚型(C型)の人に自分の色覚のイメージを見せることができます。   色覚シミュレータを学術発表に生かそう!   シミュレータは色覚の多様性について理解するのに役立つと同時に、すぐに実践に役立てることができます。C型の人が、自分の作ったプレゼンテーションスライドにカメラを向ければ、P型、D型の人にとってどの部分が見分けにくいかがわかります。強調したはずの部分がP型やD型の人から見ればまったく目立っていなかったり、重要な色分けが意味をなしていないことなどに気づくかもしれません。この後の第9回で、どの色覚型の人にも見やすいグラフの作成方法などを紹介しますので、スライド作成後のチェックツールとして活用できます。ここで紹介したスマートフォンのアプリケーションのほかにも、パソコンにインストールして画像そのものを色変換してチェックするツールもありますので(第17回でご紹介します)、さらに興味のある人は試してみましょう。 参考資料:…

「心理学研究の再現性は低い」に心理学者が反論

2015年8月、非営利団体「オープン科学センター」のエクゼクティブ・ディレクターで、ヴァージニア大学の心理学者ブライアン・ノセック教授ら270人の研究者からなるチームは、2008年に有力なジャーナル(学術雑誌)に発表された心理学論文100本で報告された研究の再現を試みたところ、同じ結果が得られた、つまり再現できたのは全体の36%にすぎなかった、と『サイエンス』で報告しました。再現性の指標として使う基準を変えても、再現率は47%にとどまりました。この結果は「OSC(オープン・サイエンス・コラボレーション)」と呼ばれる緩やかなネットワークによる「再現性プロジェクト」の一環だといいます。 「心理学研究は再現性が低い」と理解せざるを得ないこの研究結果は、日本国内のメディアでも報じられましたので、記憶している読者の方も少なくないと思います。ところが、ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバート教授らはこの結果に疑問を持ち、再現率を計算し直してみました。その結果、OSCが行なった再現の試みのなかには、もともとの論文で行なわれた実験を忠実に再現したものではないことなどがわかりました。この結果を受け、ギルバート教授らは下記のように主張しています。 われわれが示すところでは、この論文には3つの統計学的なエラーが含まれ、このような結論への支持を導かない。実際のところデータは反対の結論と一致しており、はっきりいうと、心理学研究の再現性はきわめて高い。 この分析結果は『サイエンス』2016年3月4日号で「コメント」として発表されました。しかしノセック教授らは同じ号の『サイエンス』で、この批判に対してただちに反論しています。 彼らのとても楽観的な評価は、統計学的な誤認と選択的に解釈された因果推論、相関データによって限定されている。 彼らの分析によれば、「再現性については楽観的な結論も悲観的な結論も可能で、どちらもまだ正当化されていない」とのことです。主張がやや後退したような印象もありますが、同じデータからまったく異なる分析が導かれていることがわかります。なお偶然だと思われますが、同じ号の『サイエンス』では、経済学の研究論文18件のうち、少なくとも11件が再現され、7件は再現されなかったという検証結果も報告されました。 科学的な真理というものは、1本の論文だけでつくられるわけではありません。ある論文で示されたある研究結果は、再現実験(追試)を含むさまざまな方法で検証され、その一連の議論ややりとりのなかで、科学的真理は生まれてくるのです。つまり再現実験もまた、さらなる再現実験やデータの再計算など科学的検証の対象になるのです。心理学や経済学もその例外ではないでしょう。

臨床試験データ、シェアされていても未活用のまま

デューク大学メディカルセンターのアン・マリー・ネイヴァー医師らのグループは、シェアされている臨床試験データがどのように活用されているかを調査、その結果を『JAMA(アメリカ医学協会ジャーナル)』3月22・29日合併号で「リサーチ・レター」として公表しました。 ネイヴァーらのグループは、臨床試験のデータを共有するためのプラットフォームとして、「ClinicalStudyDataRequest.com」、「Yale University Open Access Project (YODA)」、「Supporting Open Access for Researchers (SOAR) initiative」の3件を調査対象としました。これらのサイトには、計3255件の臨床試験データが、さまざまな製薬企業や医療機器会社から提供されていました。医療分野関連の企業では、データ・シェアリングについて何らかの方針を設けているのが一般的です。 臨床試験には、医薬品や医療機器の安全性を少人数の健康な人で調べる「第Ⅰ相試験」、少人数の患者で実際の有効性や安全性を調べる「第Ⅱ相試験」、大人数の患者で有効性や安全性を調べる「第Ⅲ相試験」があります。さらに市販された後に安全性や有効性を調べる「第Ⅳ相試験」というものもあります。ネイヴァーらが調べた3255件の臨床試験データのうち、最も多かったのは第Ⅲ相試験でした(44%)。次いで第Ⅰ相試験(24%)、第Ⅱ相試験(18%)、第Ⅳ相試験(13%)でした。 こうしたプラットフォームに登録されている臨床試験のデータを研究者が利用する際には、当然ながら申請書を提出することになっています。グループは、2013年から2015年にかけての申請書とデータ利用同意書のすべてを分析しましたが、2年間で提出されていた申請書は234件でした。調査の時点ではそのうちの12件が却下され、4件が撤回され、10件が審査中、154件が承認されていました。しかし実際のデータ・シェアリングの同意手続きを終えていたのは、わずか113件だったのです。申請書は17カ国から寄せられていましたが、半分以上(54%)はアメリカからの申請でした。同意手続きを終えていた申請のうち50件は「治療効果の二次的な分析」を、31件は「病態の二次的な分析」を目的として挙げていました。申請して得たデータを分析して、その結果が発表されたものはわずか1件でした。また、計3255件の臨床試験のうち、データへのアクセスを申請されたことがあるものは、わずか505件、つまり15.5%にとどまっているということが判明しました。…

第3回 色の情報に頼りすぎていませんか?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすい色覚バリアフリー なスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 日本人男性の20人に1人を占めるP型またはD型の色覚タイプの人は、赤と緑など特定の組み合わせの色を識別しにくい特性を持ちます。赤が目立つとも限りません。そのために日常生活のさまざまな場面で困ることがあります。 色覚タイプによる色の見え方の違い   図3-1 色覚タイプによる色の見え方の違い で紹介した色覚タイプのなかから、代表的なC型、P型、D型の色の見え方の違いを図3-1に示します。このように、P型、D型の人にとって赤は決して目立つ色ではなく、赤と緑、淡い水色とピンクと灰色、黄色と黄緑、紫と青などが区別しにくいことがわかります(シミュレーションソフトで作成しているため実際の色覚を再現したものではありません)。   日常生活で困ること 情報のカラー化の進む昨今、その色使いのほとんどは、C型の人(のみ)にとってわかりやすいものとなっています。色のあふれる日常生活において色弱者が困る場面はたくさんありますが、ほんの一例を紹介します。通勤・通学においては、地図、路線図表示(図3-2)、交通標識、渋滞表示、カーナビなどにおいて必要な情報が受け取れない場合があります。最近ではCUDの取り組みにより改善された表示もあります。職場・学校においてはカレンダー(図3-3)、電話の表示ランプ、ウェブサイト、黒板、名刺、PowerPointによるプレゼンテーションなどで必要な情報が受け取れない場合があります。家庭では、テレビのリモコン、オーディオ機器のスタンバイ状態の表示(図3-4)、テレビにおける気象情報、サッカーのPK戦の結果表示(図3-5)から衣服の色まで、さまざまな例を挙げることができますが、改善された製品やサービスも多くあります。最近の津波警報は色弱者にも色の区別がわかるように配慮されています(https://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/color/tsunami/)。 図3-2 地下鉄の路線図[左:色弱者色覚のシミュレーション、右:C型色覚] 図3-3 カレンダー[左:P型色覚シミュレーション、右:C型色覚] 図3-4…

第2回 色覚の多様性―あなたは何型?

国際学会でのプレゼンを成功させるには、聞き手を引きこむ英語スピーチに加え、見やすいスライド作りも重要な鍵となります。より多くの人に伝わりやすく・わかりやすいスライドを作るために覚えておきたい「カラーユニバーサルデザイン」について迫る連載シリーズです。 「色」とは、物体に反射または透過した光が眼に入り、網膜、視神経を経て脳で感知されるものです。進化の過程で色覚に関与する遺伝子に多型が生じたため、色の見え方には個人差があり、血液型のように分類することができます。 色覚の仕組み 図2-1 視細胞の種類(CUDOおよびハート出版より許可を得て転載)   光源から物体に当たって反射した光は、ヒトの眼に入ると角膜、瞳孔、水晶体を通り、網膜の一番奥の層にある視細胞に到達します。視細胞には明暗を感じる約1億個の杆体と、色を感じる約700万個の錐体があります。錐体には、ヒトの可視光の波長約400〜700 nmのうち、より短波長側の青を強く感じるS(short)錐体、中波長の緑を強く感じるM(middle)錐体、少し長波長側の赤を強く感じるL(long)錐体の3種類があります(図2-1)。   色覚の多様性―C型、P型、D型、T型、A型 ・C型(Common:一般型)はL、M、Sの3種類の錐体を持つ色覚グループで、緑〜赤の色相差に敏感です。日本人男性の95%、女性の99%以上がこれに含まれます。このグループは多数派であることから、一般型あるいはC型色覚者と呼ぶことが提唱されています(表2-1, 図2-2)。一方、C型以外の色覚タイプを持つ人は、色の配慮が不十分な社会における弱者という意味で「色弱者」と呼ばれることがあり、それらの少数派の色覚特性を以下に紹介します(表2-1, 図2-2)。 ・P型(Protanope:1型)はL錐体がない(P型強度)、またはL錐体の分光感度がずれてM錐体に近くなった(P型弱度)色覚グループで、赤を暗く感じ、赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の1.5%を占めます。 ・D型(Deuteranope:2型)はM錐体がない(D型強度)、またはM錐体の分光感度がずれてL錐体に近くなった(D型弱度)色覚グループで、P型と同様に赤〜緑の区別がつきにくい特性があります。男性の3.5%を占めます。…

臨床試験の結果、いまだ半分以上が未公開

臨床試験の結果の公開には2つの方法があります。1つはいうまでもなく、ジャーナル(学術雑誌)で論文として出版(publish)することです。もう1つは事前に臨床試験のデータベース「ClinicalTrials.gov」に登録し、その結果を報告(report)することです。 ClinicalTrials.govは、アメリカの国立衛生研究所の国立医学図書館(NLM)が運営する世界最大の臨床試験のデータベースで、臨床試験とその結果を登録することを奨励しています。現在、ClinicalTrials.govには世界170カ国以上から約20万件の臨床試験が登録されています。一方で、これまでの調査により、実施された臨床試験のうち、結果が出版されてたのは全体のわずか25〜50%、ときには終了後何年経っても出版されないままであること、多くの臨床試験の結果がすぐに報告されていないことなどが明らかにされています。 イェール大学医学部のハーラン・クルムホルス教授の研究チームは、2007年10月から2010年9月までにアメリカの主要な研究機関51カ所によって実施され、ClinicalTrials.govに登録されている臨床試験4,347件の結果のうち、過去2年間でどれだけ出版・報告されたかを調査しました。その結果、4,347件の臨床試験のうち、終了から2年以内に出版されたのはわずか29%(1245件)、ClinicalTrials.govに結果を報告されたのはわずか13%(547件)であることが明らかになりました。また、研究機関によって、臨床試験結果の公開の比率には、際立った差があることもわかりました。研究の開始から結果の公開までの平均時間には2倍の差があり、研究機関における公開率には3倍以上の差があることが判明したのです。 研究チームはこの結果を論文にまとめ、『英国医学ジャーナル(BMJ)』で報告しました。 研究終了から24カ月以内に公開された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で16.2%(6/37)から55.3%(57/103)まで及んだ。研究終了から 24カ月以内に出版された臨床試験の割合は、医学研究機関の間で10.8%(4/37)から40.3%(31/77)に及んだ。一方、ClinicalTrials.govに報告された結果は、1.6%(2/122)から40.7%(72/177)に及んだ。 そのうえでチームはこう結論しています。 このような、タイムリーな出版や報告の欠落を修正するためには、新たなツールやメカニズムが必要とされる。このような欠落は研究活動を阻害し、エビデンス(根拠)に基づく臨床判断を損なうおそれがあるからである。 臨床試験の結果が公表されないことについてはずっと以前から問題になってきました。(日本語で手軽に読める論考としては、ベン・ゴールドエイカー著『悪の製薬』(忠平美幸ほか訳、青土社)の第1章「行方不明のデータ」などがあります。) 臨床試験は被験者を副作用などのリスクにさらして実施するものです。したがってその結果を公開しないことは、被験者や社会に対する責任を果たしていないことになります。何よりも、わかっているはずのことが公開されていないことは、患者や社会の利益を損ない、実害をもたらす可能性もあります。一刻も早い改善が望まれます。