一度は出版された論文が「撤回」されてしまうことがあります。その理由はさまざまで、よく話題になるのはやはり「研究不正」でしょう。データの捏造や改ざん、盗用などが発覚した際には通常、ジャーナル(学術雑誌)の編集部はすみやかにその論文を撤回することになります。 そのほか、ほかの研究者が同じ対象を同じ方法で実験しても同じ結果が得られず、その過程で重大なミスが見つかった場合などにも、その論文は撤回される可能性が高くなります。 また、人間つまり被験者を対象とする臨床研究の場合、適切なインフォームドコンセント(説明を受けた上で被験者となることへの同意)がなされていなかったなど「倫理的」問題が発覚した場合にも、論文は撤回されます。 意外にも、論文の撤回についての調査はあまり多くないのですが、日本の生命倫理学者が医学論文が撤回される理由を調査して、2006年4月、専門誌『研究における説明責任 (Accountability in Research)』で発表しました。 東京大学医科学研究所公共政策分野の井上悠輔らは、生物医学分野の論文データベース「パブメド(PubMed)」を使って、1981年から2011年にかけて出版(公表)された研究論文で、最終的に撤回にされたものを同定しました。そのうえで、それらの「撤回通知」を調査し、撤回の理由などの傾向を明らかにしました。 井上らが着目したのは、“被験者を保護するために求められる条件”に違反したことを理由に撤回された医学論文でした。調査対象となった期間に撤回された論文1217件のなかで、被験者保護の必要条件を満たさなかったために撤回された論文は99件見つかりました。そのなかにはインフォームドコンセントにおける 問題があったために撤回されたものも6件ありました。 そうした論文の責任著者の出身国は、(後述するボルトが研究していた)ドイツ(99件中78件)が最も多く、続いて日本(6件)、アメリカ(3件)、オーストリア(3件)でした。 井上らによると、ジャーナルが発行する「撤回通知」の大多数は「倫理的検討そのものがなされていなかったこと」を撤回の理由として強調していたのですが、その記述はいずれも曖昧だったといいます。 それぞれのケースのほとんどの部分において、撤回の理由を理解することは困難であった。編集者たちは、撤回についての決定の根拠を明らかにしなかった。 また、「撤回された論文に含まれているデータはどのように取り扱われるべきであるかを指摘した撤回通知は1件もなかった」といいます。撤回された論文99件中96件は、ほかの論文の中で合計3072回引用されていました。撤回後1年以上経ったものに限っても、83件の論文が485回引用されていました。…
2016-07-27