学術界を知る

トップ研究者インタビュー:金田一秀穂氏

待ち合わせ場所に、軽いステップで現れた 金田一秀穂 氏。 金田一京助氏、金田一春彦氏という偉大な日本語研究の大家を祖父、父に持ち、自らもテレビや雑誌などで八面六臂の活躍を見せる日本語学者である。しかし、日本語の専門家でありながら、アメリカ・NYに4年も住み、日本語教師として働いた経験を持つことを知る人は、どれだけいるだろうか。国語学者は、ニューヨーカーを相手に英語とどう闘ったのだろうか? サンドイッチが注文できない! 1983年、30歳のときに日本語の教師になって、最初は中国で教えていました。半年経った頃にイエール大学に勤める友人から、日本語教師の後任にどうかという話があり、当時はブルガリアやモンゴルなど他にも行ってみたい国があったのですが、幼い子どもの安全を考えて、アメリカに行くことにしました。 イエール大学に2年、そのあとコロンビア大学に1年いて帰国し、そのあと1994年に再度渡米してハーバード大学に1年いたので、アメリカにいたのは合計4年間。英会話は苦手です。しかし、日本語教師というのは、外国語は必要ないんですよ。むしろ話さない方がいいぐらいで、外国語を使わない日本語の教授法を習得していますから、教壇に立っているときには、英語力の問題はありませんでした。 また、イエール大学に就任して早々にパーティーがあり、出席してみると、英語がわりと通じる。ぼくの英語がヘタクソなので、先生方が易しい英語で話してくれるとあとから気づきましたが、「なんだ、英語、問題ないじゃん!」と安心していました。 当時の収入は、家族4人で月1,000ドル(当時の価格で月10万円程度)。生活保護レベルだということで、外食せず、毎日家で食事をして暮らしていましたが、たまにはお昼ご飯を外で食べたい!と、出かけた先での出来事です。 具材を自分で選ぶサンドイッチチェーンとして有名なサブウェイ。アメリカのサブウェイは、容赦しない(笑)。「Give me a sandwich, please」と頼むと、「Sure」と言うだけでじーっと黙って動かない。次の指示を待っているのかなと思い、ハムサンドイッチにしようと「ハーム」と言う。でも、ハムの発音が難しい。ネイティブの発音でHamと言わないと、もう作ってくれません。 パンの種類は何にするか、バターはどうするか、マスタードはどうするか、トマトは、キュウリは、チーズは…そういうことをネイティブ発音で言わないと、相手が動かないんですよ。当時サブウェイは日本になかったので、ぼくはどうすればいいかわからないし、後ろにどんどん人が並ぶし、緊張するわ、恥ずかしいわ。10分以上かけてどうにかサンドイッチを作ってもらい、逃げるようにして店を出ました。…

倫理的問題のある研究論文を公表すべきか?

本誌でもお伝えしている通り、2018年11月末、中国の研究者が、ヒトの受精卵に「ゲノム編集」を行って、遺伝子を改変させた赤ちゃんを誕生させたと発表し、世界を騒然とさせました。ゲノム編集とは、まるで文章をワードで書き換えるように、遺伝子が含まれているDNAを切り貼りする技術のことです。ひと昔前の「遺伝子組み換え技術」に比べると、正確さも成功率も格段に高いことが知られています。このゲノム編集を、人間の「体細胞」ではなく「受精卵」などに行えば、編集の結果は生まれてくる子どもだけでなくその子孫にも及びます。そのため、そのような生命への介入を行うことは認められるのか、認められるとすればその条件は何なのか、などが広く議論され始めています。しかし今回の中国人研究者の研究は論文として公開されていないため、専門家たちが精査することができないままなのです。 振り返ってみましょう。 2018年11月25日、ウェブメディア『MITテクノロジー・レビュー』が「スクープ」として、中国の深圳にある南方科技大学の賀建奎(が・けんけい、フー・ジェンクイ)副教授らが「CRISPRベビー」を誕生させようとしている、と報じました(CRISPRとは、代表的なゲノム編集技術「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9)」のことです)。同日、賀自身がユーチューブで、ゲノムを編集した赤ちゃんをすでに誕生させたと語る動画を公開しました。11月26日には、AP通信が、賀副教授へのインタビューを踏まえて、同様のことを報じました。 ところが、南方科技大学など関係各機関はいっせいに、自分たちはこの研究に関与していない、と発表しました。 賀は11月28日、ゲノム編集の科学と倫理について専門家たちが議論する会議「第2回国際ヒトゲノム編集サミット」に登壇し、自分の研究について発表しました。 発表によると、賀らは、HIV(エイズウイルス)に感染している男性の精子と、パートナーの女性の卵子を体外受精させて受精卵をつくり、その「CCR5」という遺伝子を、ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」で切断しました。CCR5は、HIVが細胞に侵入するときに必要になる「受容体」を暗号化している遺伝子です。これが働かなくなると、HIVはその細胞に感染することが難しくなります。賀は、HIVの患者コミュニティで希望者を募り、7組のカップルから受精卵31個を集めた、と説明しています。それらにゲノム編集を行ったところ、双子の女の子、「ルル」と「ナナ」が誕生したとのことでした。 サミットでは、多くの専門家から、治療法が存在するHIVに関連する遺伝子を編集対象とすることの医学的正当性や、こうした研究では必ず受けなければならない倫理審査などについて質問が相次ぎました。しかし賀ははっきりとは答えず、会議の参加者たちは満足しませんでした。 専門家たちがこの研究を知るために参照できるデータは、このサミットで使われたパワーポイントファイル(https://drive.google.com/drive/folders/1T1zLTtHS2z_cgl29fN_7qJg7fLA4qlrd)だけです。賀は、論文をジャーナル(学術雑誌)に投稿中である、とサミットで話しました。この研究が本当に行われていたとして、その結果はどのように公表すればよいのでしょうか? そもそも論文として公表すべきでしょうか? 学術情報サイト『リトラクションウォッチ』の主筆としても知られるジャーナリスト、アダム・マーカスが『STAT』で述べているところによれば、『サイエンス』の編集者は、賀の論文原稿を受け取ったかどうかは答えなかったものの、このように倫理的問題の多い研究を検討する可能性は低い、とのことです。また、『米国医師会ジャーナル(JAMA)』の編集者は、やはり賀の原稿については話さないものの、研究はメディアで語られていることだけで評価されるべきではない、と同誌にコメントしています。 多くのジャーナルは、倫理審査を経ていない研究の論文を掲載することを好まないという現実がある一方で、科学的な議論は査読を通過した論文に書かれていることのみを前提として行われるべき、という一般論もまた説得力を持ちます。 またマーカスは、ジャーナルは倫理的問題がある研究の論文をあえて掲載することもある、と指摘します。2000年、著名な医学誌『ニューイングランド医学雑誌』は、数百人ものウガンダ人を、HIVが感染しているにもかかわらず治療しないまま観察し続け、その結果をまとめた論文を掲載する一方で、同誌の編集長マーシャ・エンジェルが同じ号の社説でその研究の倫理的問題を指摘・批判する、ということがありました。マーカスは、ジャーナルというものは一般メディアからであろうと研究者からであろうと、注目されることを好むのだ、と指摘しています。 また、マーカス自身は、賀の論文を「プレプリント」として公表することを提案しています。プレプリントとは、ジャーナルに論文として掲載されることを目的に書かれた原稿で、完成はしているが査読はされていない段階のもののことをいいます。学術界では、このプレプリントを、「プレプリントサーバー」にアップして公開する習慣が広がっています。プレプリントサーバーは、物理学分野の「arXiv」が老舗ですが、2013年には生物医学分野専門の「bioRxiv」も設立されました。 プレプリントサーバーで原稿を公開すれば、特定のジャーナルが責任を持ってお墨付きを与える必要はありません。匿名の査読者の代わりに、全世界の研究者らが公開の場で、査読することになるでしょう。ただし賀自身は、論文がジャーナルに掲載される前にその内容を公開することはない、とサミットで語ったようです。 テクノロジーなどを取り上げるニュースメディア『ワイアード』によれば、bioRxivは、どんな原稿でも掲載するわけではないといいます。例えばヒトを対象にした臨床試験については、米国の「ClinicalTrials.gov」など、事前登録を義務付けられているデータベースのIDを記さなければならないことになっています。IDは、その研究が倫理審査を経たことを示すものでもあります。賀の研究は、中国の臨床試験データベースに登録されていましたが、それは当局による承認を必要とするものではないうえ、登録された日付はこの研究が始まってからずいぶん経っているはずの2018年11月8日でした。 bioRxivの共同設立者は、賀の原稿が届いているかどうかを明らかにしていません。その一方で、「我々の目的は、非倫理的な研究を推薦したり奨励したりするようなプラットフォームを提供することではありません」と、『ワイアード』で述べています。…

【東京成徳大学 応用心理学部】石村郁夫 准教授インタビュー(前編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ24回目。 心理学の中でも「ポジティブ心理学」という分野をご専門に研究されている 石村郁夫 先生。大学で心理学実験やポジティブ心理学を教える傍ら、人が幸せになるのを応援していくためにと自ら学生となって革新的な心理療法を学び、さらに会社まで設立されてしまいました。前編は、先生が実践されている心理療法「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」についてのお話です。 ■ 先生のご専門について教えて下さい。 この大学は、心理士やカウンセラーになりたいという夢を持っている人たちを育成する大学で、僕は臨床心理学科で教鞭を取っています。現在、厚生労働省の調査では約390万人がうつ病とか不安障がいとか、精神的な問題で外来に通院しているとされており、その治療には、心理士がカウンセリングや心理療法などの心理支援をすることで症状を軽減するというアプローチが取られています。僕は心理療法を専門として、うつとか不安をどうやったら改善できるかという研究をしていますが、心理療法のいろいろなアプローチの中でも「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのを専門にしています。 ■ 「コンパッション・フォーカスト・セラピー」というのは、あまり聞き慣れないのですが…… 何年も病院に通っているのになかなか治らない、慢性的な病気を患い何年もクリニックに通い続けているのに治らない――そんな患者さんをどうにか助けられないかと、国内外のさまざまな研修会に出たり、いろいろ調べたり、研究したりしていた中で、2010年に衝撃的な出会いをしたのが、コンパッション・フォーカスト・セラピー(Compassion Focused Therapy, CFT)でした。ようやく重い腰を上げてCFTの提唱者のポール・ギルバート博士が2014年にデンマークのコペンハーゲンで開催したワークショップに参加する機会を得たのですが、これを聞いてさらに確信が深まりました。CFTという心理療法は、自己への思いやりを育成・強化するセラピー・プログラムなのですが、これを実際に持ち帰ってきて患者さんに少しずつ試したら、それこそ長期的に患っていた人が急激によくなったといった改善が見られました。それで、もう少し真剣にCFTを学びたいと思って、昨年(2017年)9月にイギリスのダービー大学の大学院に入りました。この大学院にはPostgraduate Certificateという日本語にすると準修士過程のようなプログラムがあって、1年間で修士課程相当の勉強ができます。これに合格できたのでCFTを専門に勉強し、ちょうど先月(2018年9月)終了することができました。少し専門的な話ですが、いろいろな人がいる中で、恥感情や自己批判がすごく強い方は割と症状を慢性化させやすいと言われています。そのような人たちにCFTを行うことで、うつや不安症状を軽減しましょうというアプローチに取り組んでいます。 ■…

初対面の挨拶は「はじめまして」だけではない

私が代表理事を務める一般社団法人 学術英語学会 では、毎年、セミナーを開催しておりますが、出し物の中でユニークな企画となっているのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。一般的に、日本人研究者がニガテとしているのが「ソーシャライジング」または「ネットワーキング」、いわゆる研究者交流です。懇親会(welcome reception等)で人の輪に入っていけず、日本人同士でかたまってボソボソ日本語で話している風景、国際学会ではよく見られますよね。国際色豊かな研究者たちと、どのように堂々と交流し、自分の研究活動にプラスにつなげていくか。今回はシリーズ第3回目です。 初対面の挨拶は「はじめまして」だけではない いかにして会話に入るか、という課題のもとにこれから少し述べていきます。“How do you do?” / “It’s nice to meet you.”…

米国NSFは海外での研究に対する支援を撤廃か?

アメリカ国立科学財団(NSF)は、科学研究の促進を図る米国政府機関であり、2017年度予算は75億ドルに達し、大学に対する連邦レベルの研究支援の約24%を占める、米国の科学政策の大きな担い手です。NSFは、2013年から米国の大学院生が海外で研究する場合の資金援助をGraduate Research Opportunities Worldwide ( GROW ) プログラムにより実施してきました。しかし、NSFが毎年秋に行うGROWプログラムの申込み受付の2018-19年分については、2018年12月11現在も行われていません。GROWプログラムは、廃止の可能性も含めて、先行きが不透明です。 ■ 科学研究への圧力 今回、GROWの受付が行われていないことは、トランプ政権発足以来の米国政府の内向きの姿勢を反映している可能性があります。トランプ政権は、科学研究の資金援助に関して、種々の変更を加えようとしています。例えば2018年初めに、政府の科学政策に対してアドバイスを行う連邦レベルのさまざまな科学諮問委員会のメンバーから内務省、エネルギー省、食品医薬品局などを外して、これらの委員会の弱体化を進めています。科学関係の政府スタッフの採用を凍結し、気候変動に関する研究への圧力も多く見られます。また、トランプ政権はNSFの2018年度予算の大幅削減を提案しましたが、これは議会の反対により実現しませんでした。しかし、依然としてトランプ政権は削減を狙っているようです。NSFは2018年2月に、日本を含む3カ国の海外事務所の閉鎖をすると発表しましたが、これもトランプの「米国第一主義」の反映と解する向きもあります。 ■ GROWが無くなった場合の影響 GROWは、既に米国内で年間3万4000ドルの奨学金(Graduate Research Fellowship Program:…

【東京工業大学 生命理工学院】小林 雄一 教授(後編)

天然から抽出するだけでは入手が困難でかつ複雑な構造をもつ生理活性化合物の合成を研究されている小林教授。研究内容が繊細なだけに論文を執筆される際、どのような英語表現を使うかは難しそうです。後編では、論文執筆についてご自身がご苦労されたことと、学生への指導について伺いました。 ■ 先生ご自身が研究論文を書く際にご苦労された点などをお聞かせください。 口頭発表同様、論文の執筆にはいまだに苦労しています。語彙が足りないので、いまでも論文を書く上での表現に使える単語を覚える努力をするのと共に、気に入った表現を見つけたら必ず書き留めるようにしています。いつか使えると思っていっぱい溜めています。 論文を書き始めた頃、特別な指導などはまったくなかったので、ちゃんと指導を受けるチャンスがあったらよかったのにとは思います。僕の場合、指導教官に見てもらったというより、僕が助手(今の助教)の頃、自分で書いたものを時々ボスに直してもらったことはありました。ただ、基本的には自分で書いていました。 ■ 論文を書くとき、何かを参考にされましたか? 他の論文ですね。似たような専門分野で同じような研究をしている人の論文を参考にしました。今では許されないかもしれませんが、当時は論文をコピーしろとか、その論文に書いてある文章を自分のものにしろ――という指導があったんです。こういう表現がしたければ、こういう真似をしろと。よく人の論文の表現を真似て書きました。人の論文を参考にするしかなかったですからね。化学英語などの一般的な教本的ものも何冊かは持っていますが、やはり普通の論文を読んで、気に入った表現を取り入れたほうがいいとなってしまいます(笑)。その方が、伝わりやすい。 ■ では、学生が論文を書く際にはどのように指導されていますか。 この論文いいから、読んでごらんというところから入ります。論文には、論文本体の部分と、実験を説明する部分がありますが、実験部分は英語でも自分で書いてねと。もちろん、添削して直します。例えば、ここにある実験書も添削して学生に返します。それで、もう一回直したのを見せてもらって完成させる。今は、そんなふうにやっています。それから、論文の書式(フォーマット)は雑誌によって異なるので、なるべく各誌が出しているフォーマットに関する手引き(Author Guide)を読ませて、ここはこんなふうに書きなさい、あんなふうに書きなさいと、気がついたことを指導しています。フォーマットに沿って書かれているかをチェックして、直させて――その繰り返しです。 ■ 指導されている学生は何名ですか? 今は5名です。実は来年3月に定年退職するため、大学院生は減りました。一時期はずっと10名以上いましたが。5名でも一人ひとり添削するのは大変ですが、なるべく丁寧にやっています。 ■ 大学のプログラムで論文の書き方や発表の仕方などを学ぶ機会が少ないとよく言われますが、東工大ではいかがですか。 ここ10年くらいの間に英語の授業がかなり増えました。大学院の専門分野は、すべて英語で開講しています。大学院ともなると専門分野に分かれていて、分野が違うと当然ですが専門用語が違う。自分の専門以外の言葉は分からない。それを日本人の教員が英語で話すから、余計聞き取りにくい。何らかの工夫の必要性を感じています。専門分野とは別に、英語での科学論文の書き方を学べる授業があります。一般論ですが、半期で15回。内容ははっきり覚えていませんが、これは学生の間でもよかったという話を聞きます。この授業には、日英どちらもちゃんとできる方を講師に呼んでいるので、ある程度の基礎は学ぶことができます。本当に最近の話で、ここ10年ぐらいというより、この5年でしょうか。他に、コースの詳細はわかりませんが、若手の教職員向けに論文の書き方の講習会というのが年に数回開催されています。ただ、それぞれの学部の単位、あるいは大学院の単位の中でどんなカリキュラムにするかは、かなり独自色が出るので、同じ大学でも他の学部で同様のことをやっているのかは分かりません。 ■ 日本人の研究者が英語力を鍛えていくためには、どうするのが一番効果的だとお考えですか。 やはり一つは英語漬けになることです。留学しても、しなくても英語で話す機会を設けること。機会を見つけること。今は、留学生の数も増えているので、彼らと友達になったりして、その気になれば必ず機会はあると思います。留学生との会話は英語ですから。留学生は日本語を学びたいという気持ちがあるので、最初は英語でも、そのうち片言日本語になったりして、どっちつかずになることもありますけど、お互い学び合いです。…

著名な栄養学者が論文撤回で辞職―その背景は

論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できない「再現性の危機(reproducibility crisis)」。これは学術界にとって深刻な問題です。また、まったく別の問題であるにも関わらず「研究不正の有無(scientific misconduct)」と混同され、問題が深刻化することも多々あります。再現性の危機は、研究室で行われた多くの研究の再現実験あるいは追試で同じ結果が再現できないことに端を発していますが、再現実験で同じ結果が得られなければ、科学研究としての価値が薄れるだけでなく、その原因が研究不正にある可能性が高いため、結果として複数の名だたる学術雑誌(ジャーナル)が論文を撤回することになってしまうのです。撤回される論文の数が増えていること含め、学術界は危機感をつのらせています。 ■ 栄養学第一人者の辞職 2018年9月20日、コーネル大学の教授であり、栄養学の研究者であるブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)博士が、米国医師会雑誌(the Journal of American Medical Association (JAMA))に6論文を撤回されたことを受けて辞職したことが、ワシントンポストに報じられました。アメリカのアイビーリーグに属する名門コーネル大学の研究者の辞職が有力新聞紙に取り上げられたことが、再現性の危機の深刻さを物語っています。 ワンシンク博士は、食品消費の行動心理学の第一人者で、広告やパッケージが食生活におよぼす影響などに着目した食生活改善のための研究を推進していました。1992年にイリノイ大学で食品商標研究所(Food and Brand…

交流の場では親しくなることが先決

私が代表理事を務める一般社団法人学術英語学会(J-SER)では、毎年、セミナーを開催しておりますが、出し物の中でユニークな企画となっているのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。一般的に、日本人研究者がニガテとしているのが「ソーシャライジング」または「ネットワーキング」、いわゆる 研究者交流 です。懇親会(welcome reception等)で人の輪に入っていけず、日本人同士でかたまってボソボソ日本語で話している風景、国際学会ではよく見られますよね。国際色豊かな研究者たちと、どのように堂々と交流し、自分の研究活動にプラスにつなげていくか。今回はシリーズ第2回目です。 交流の場では親しくなることが先決 まずは人に話しかけることです。しかし、初対面の人に英語で話しかける時、“How do you do? Let me introduce myself.” のように型にはまった英話表現に頼ってしまう人がいます。「この場面ではこの表現」といったパタ―ン化に沿って会話を進めるあまり言葉も雰囲気も固くなってしまいます。研究者交流の場面で話しかける時は、初対面の人であってもとりあえず “Hello.”でよいのです。また、後で述べるように上記の定番表現を使わなくても、「はじめまして」に相当する様々な表現を使うことができます。…

ゲノム編集の女児誕生がもたらした衝撃

2018年11月26日、世界に衝撃が走りました。中国の南方科技大学のJiankui He氏が、 ゲノム編集 技術「CRISPR」を使って改変を施した受精卵から双子の女児を誕生させたとAP通信が報じたのです。本当であれば世界で初めて遺伝子を改変されたヒトが誕生したことになります。He氏は、遺伝子操作をすることにより、エイズウイルス(HIV)がヒトの細胞に侵入する際に利用するタンパク質「CCR5」の働きを押さえ、HIVへの抵抗力を獲得させたとしています。しかし、ゲノム編集で遺伝子を改変した場合の安全性は未知の領域であり、胚の編集は次世代に受け継がれるため、欧米の多くの国ではゲノム編集した受精卵を母胎に戻し妊娠させることは非合法または禁止とされています。中国でも政府ガイドラインで遺伝子工学を用いた胚の妊娠を禁止しているので、今回のHe氏の研究は、ガイドラインに反するものと言えます。 ■ 11月28日 香港での講演 He氏の発表は、世界の遺伝子研究者が集う「第2回ヒトゲノム編集国際サミット(Second International Summit on Human Genome Editing)」の直前というタイミングで行われました。サミットは11月27日から29日に開催されましたが、He氏の発表はサミット主催者にとっても寝耳に水だったようです。28日には、サミットでHe氏が講演。二人の女児が生まれ、さらに他にもゲノム編集した受精卵を移植した女性が妊娠している可能性があると延べました。講演後、参加者からは厳しい質問や痛烈な批判が噴出し、多くの研究者は、このような改変を行うことは医療倫理に反するとして批判の声を上げています。 He氏の発表の翌日にはCRIPRの共同研究者Feng Zhang教授が、CRISPRで遺伝子編集したヒト胚細胞を子宮に戻すことを全世界で停止すべきとの声明を出しています。実験の危険性はもちろん、He氏の研究の不透明さ、秘密裏に実施されたことを疑問視してのことです。He氏がこれまでにゲノム研究の専門家としてはあまり知られていなかったことにも疑念を持たれています。米国のスタンフォード大学で研究を行った後、海外の優秀な研究者を中国に呼び戻す「千人計画」で中国に戻り、2012年に最年少で南方科技大学の准教授に就任したという経歴の持ち主ですが、ゲノム編集の専門家とは書かれていません。では、なぜ遺伝子改変操作が可能だったのか――これは、まさに技術の進歩によるものです。近年、CRISPR-Cas9と呼ばれる手法が開発されたことで、専門家ではない研究者も遺伝子の改変操作が技術的に可能となったのです。CRISPRは、まさに切り貼りするようにDNAの部分的削除や置換を可能にする技術です。この技術により、かつて高度な技術を要していた受精卵への遺伝子注入といった遺伝子操作すら、今や装置があれば技術がなくても可能となりました。そのため、He氏の研究「成果」につき現時点で研究の詳細を精査できる論文もなく、実際に双子が生まれた証明もないことから「嘘」ではないかとの疑いもある一方、「事実」である可能性も捨てきれないのです。そして「事実」であるとすれば倫理的な問題であるとして、世界的な非難が高まる中、He氏はこの成果を誇りに思うと述べています。南方科技大学と医療倫理委員会(Medical Ethics…

研究者交流のための英語とは?

これから、標記のテーマのもとに、続き物の記事を書かせていただきます。私が代表理事を務める一般社団法人学術英語学会(J-SER)では、毎年、セミナーを開催しておりますが、出し物の中でユニークな企画となっているのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。はっきりとしたイメージがわかない、という方のために、記念すべきシリーズ第1回目では、簡単にその趣旨を説明します。 英語論文執筆では困らない---しかし国際学会の発表後、質疑応答で立ち往生する日本人研究者 日常的に自然科学系の研究者は、研究成果を英語論文にまとめ、海外のジャーナルへ投稿しています。また、国際学会の口頭発表では、スライドをめくりながら手元のスクリプトを読み上げるにあたって特に英語に大きな困難を感じることは無いようです。ところが、問題は質疑応答の場面です。フロアから投げかけられた質問が聞き取れない、あるいは質問内容が込み入っていてよくわからない、聞き取れても、とっさに頭の中で答えを組み立ててそれを適切な英語で発話することができない---この困難は実際にそのような経験をしなければ想像し難いでしょう。私が以前、京都大学で行ったアンケート調査で、衝撃的な証言が得られました。口頭発表は無事行っても、質疑応答で質問にどう答えて良いかわからず「立ち往生」している日本の研究者を何人も見かけた、というものでした。 国際的な場面で人の輪の中に入って行けない また、懇親会(welcome reception等)で人の輪に入っていけず日本人同士でかたまってボソボソ日本語で話している風景もよく見られます。国際色豊かな研究者たちの会話に入っていけないのは、英語の発話力や聞き取り能力の問題もあるでしょう。しかし、人の輪にはイタリア人やブラジル人、中国人の研究者などが入っており、必ずしも英語のネイティブスピーカーではない場合もあります。皆、英語が流暢だとは限りませんので、自分の英語力に引け目を感じることはないのです。そのような場面に出て行く人はまだましで、そもそもそのような social gathering には参加せず宿泊ホテルに帰ってしまう人も多く、これでは何も始まりません。 このような方面に着目したのが標記の「研究者交流のための英語」です。第2回目の記事以降、国際的な交流の場面を切り抜けるための会話術を解説していきます。主に解説するのは懇親会での会話の始め方、会話の続け方、会話の締めくくり方をはじめとして、相手の発言にどう反応するか、質問にどのように答えるか、逆に質問をどのように投げかけるか、等々、さらには、研究者同士を引き合わせたりコネクションを作るための技法です。その他、フォーマルな食事会(dinner, luncheon, banquet)の場面や、研究者の自宅に招かれたり逆に招いたりという場面も視野にいれます。研究者の交流とはいえ、国際的な場面では、個人間だけでなく異文化間の諸問題も絡んできますので、言語だけでなく文化的な内容にも触れたいと思います。 --------- 質問に対してひと言も声を発することができず、“Hello? Are…