学術界を知る

幹細胞を使った脊髄損傷治療は急ぎすぎか

さまざまな細胞を作ることができる 幹細胞 という言葉を耳にするようになって数年。あっという間に幹細胞を使った治療が脚光を浴びるようになりました。幹細胞を使うことで、かつては不可能だった治療が可能となるなど、患者にとっては大きな希望をもたらす反面、新しい治療方法・医薬品の効果や未知の影響が物議を醸すこともあります。幹細胞を使った脊髄損傷治療薬の承認もそのひとつです。 世界で初めて承認された脊髄再生治療薬 2018年12月28日、脊髄を損傷した患者自身の幹細胞から脊髄を再生し、損傷を治療するための医薬品を製造販売することを厚労省が7年間の条件付きで承認しました。条件付きとはいえ、世界初です。この細胞製剤を開発したのは、札幌医科大の本望修教授と医療機器大手ニプロ。当面、治療を行う場所は札幌医科大、対象は損傷を受けてから数週間の患者と限定されていますが、今まで脊髄損傷への有効な治療法がなかったため、この薬には大きな期待がかけられています。 ここまでの経緯を見ると、2013年12月に札幌医科大で実施された治験に遡ります。この治験結果を踏まえ、2018年6月にニプロが厚労省に承認申請を行い、同年11月21日に厚生労働省薬事・食品衛生審議会の再生医療部会がこの医薬品の販売を条件付きで認めるとの意見をまとめました。そして、12月28日に札幌医科大学が、厚生労働省から「条件及び期限付承認」を取得したことを発表。治験では13人中12人の症状に改善が見られ、副作用もなかったと報告されていますが、症例数が13人と少ないことから、7年間という期間内に有効性と安全性を確認し、正式に承認されることになりました。また、承認条件として、この治療を行う医療施設および医師について「緊急時に十分対応できる医療施設において、脊髄損傷の診断・治療に対して十分な知識・経験を持つ医師のもと」と指定されていることから、当面の治療実施場所は札幌医科大に限定されます。今後、投与患者の全例調査が行われ、投与群(製品を投与した患者)と対照群(投与しない患者)を比較することで承認条件評価を行うことになります。 2019年2月26日、ニプロはこの細胞製剤「ステミラック注(一般名:ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞)」が薬価基準リストに収載されたことを発表しました。厚生労働省が、最先端の新薬などを少しでも早く実用化することを目的に2015年4月に創設した「先駆け審査指定制度」の再生医療等製品としては初の承認です。これにより4月以降、販売が開始されることになります。医療機関などで保険診療に使われる医療用医薬品として官報に告知されるのに先立ち、安全性を確保するため、厚生労働省は2月25日付で、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を目的としてステミラック注を使用する際の留意事項を「最適使用推進ガイドライン」としてまとめ、各都道府県宛てに発出しています。薬価は1回分で1495万7755円。驚くべき額ですが、保険に加えて高額療養費制度が適用されるので、患者の負担は軽減されます。 国外研究者の懸念 ステミラック注は、脊髄損傷治療用の再生医療等製品です。患者から骨髄液を採取し、神経などに分化する能力のある間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal Stem Cell、神経や血管などいろいろな種類の細胞に分化する能力をもつ細胞)を取り出して培養。細胞製剤に加工したものを希釈して点滴注射すると、神経の再生を促すとされています。患者自身の細胞を利用すること、治験では効果が確認されていること、ガイドラインの作成など、対応に問題はないように見えますが、国外研究者からは懸念する声も聞かれます。 2019年1月24日のネイチャーに投稿された記事は、日本は幹細胞治療薬の販売を急ぐべきではないと警鐘を鳴らしています。大学が治療に関する広報に直接関わることは、一般の人に誤解を生む可能性があると懸念していることのほか、13人に行われた治験で12人に改善効果が見られたと報道されているものの結果が公開されていないこと(このネイチャー記事が書かれた時点で本望教授は論文を準備中と述べている)、この医薬品が先駆け審査指定制度の対象として認可されたものであることなどを指摘しています。先述の通り、先駆け審査指定制度は、最先端の画期的な治療薬を早く市場に提供することを目指すものです。ステミラック注は、2016年2月に本制度の対象と指定され、2018年6月に承認申請、12月に承認(条件付き)というスピードで市場に出ることになりました。再生医療を対象にした先駆け制度では初の承認となりましたが、慢性的な患者への有効性は確認されていません。また、問題視されているのは承認スピードだけではありません。新しい治療方法については、その方法が市場に出る前に数百の患者への厳しい治験が求められるのが一般的なのにも関わらず、今回わずかな改善例に基づき承認されたことも指摘されています。新薬(被験薬)の効果や有効性を確かめるための比較試験であるダブル・ブラインド(二重盲検)試験が行われていないことを懸念する研究者もいます。 カリフォルニア大学サンフランシスコ校の幹細胞研究者Arnold Kriegsteinは、新薬として販売されるようになってしまうと、研究者がその薬の効果を立証することが難しくなると述べています。治療に対してお金を払うことが一種のプラセボ効果(薬の作用によらない暗示的な治癒効果)を起こしてしまうので、その薬の効果を知らずに行われる試験(ブラインド試験)とはならず、本当の効果がわかりにくくなると言うのです。患者の心理としてはやむを得ないと思いますが、本当の治療法の効果が証明されないまま市場に出続けてしまうことを懸念する国外研究者の意見も一理あるように見えます。…

ポータブル査読(査読結果の転送)の試みは進んだか

論文の出版が研究者にとって重要であることは言うまでもありません。研究者が投稿する論文のほとんどは、査読を経て出版されることになります。査読者は、提出された論文を批判的に読み、学術雑誌(ジャーナル)に掲載するか不掲載とするべきかの意見を編集委員に提出します。その過程で、補強すべき点を執筆者に指摘することもあります。査読が行われていない論文は、研究の信頼性や発想に疑念を持たれかねないため、査読の意義は大きいのです。しかし、査読を行うには多大な労力と時間がかかり、平均的に約80日かかるとも言われています。少しでも早く研究成果を発表しようと競いあっている執筆者にとっては長い待ち時間であるとともに、新しい発見・発明が世の中に出るのを遅らせる要因ともなっていると指摘されています。また、増え続ける研究論文数に対して、従来の査読制度では対応が追いつかないということも問題となっています。そのため、査読制度そのものを見直そうとする動きが起こっており、そのひとつが「ポータブル査読」です。 ポータブル査読とは 査読結果を転送する ポータブル査読 という取り組みが、徐々に普及し始めています。ポータブル査読とは、論文を受け付けたジャーナルが、査読後に不掲載と判定した場合、該当論文を他のジャーナルに査読結果を付けて転送し、出版につなげる仕組みです。ポータブル査読と似たものに「カスケード査読」と呼ばれるものがありますが、カスケード査読が同じ出版社が発行するジャーナルまたはインパクト・ファクターの低いジャーナルへの転送が行われるのに対し、ポータブル査読は出版社の枠を超えて他社のジャーナルへの転送も可能にする取り組みです。 査読コンソーシアムの登場 ポータブル査読の実現には、複数の出版社の協力が不可欠です。そこで、2007年に神経科学分野のジャーナルの出版社が集まってNPRC(Neuroscience Peer Review Consortium)というコンソーシアムを立ち上げました。あるジャーナルに提出した論文が、紙面上の制約や、そのジャーナルには向かないなどの理由で不掲載になったとしても、執筆者がコンソーシアムに登録された他のジャーナルでの発表を希望する場合、その論文は査読結果と共に転送されます。論文を受け取ったジャーナルは、改めて査読をし直す時間と手間を短縮することができます。論文が出版される可能性を高めるという点では執筆者にとっても嬉しい仕組みです。このコンソーシアムには、神経科学分野の学術ジャーナル出版社なら無料で参加することができ、現在では60誌以上のジャーナルが登録されています。査読結果の転送は、執筆者がコンソーシアム参加者に直接依頼することで開始されます。コンソーシアムは情報交換のサイトは提供していますが、斡旋や転送の条件などの折衝には関与しません。NPRCが開始されて10年ほどたち、査読制度の効率を改善する試みは広がりつつあります。 分野を超えた査読コンソーシアムの結成とBMC Biologyの方針 2013年、分野を超えた4組織(eLife,BMC,PLOS, EMBO)が査読コンソーシアムを結成しました。PLOSとEMBO、eLifeが出版するジャーナルおよびBMC Biologyで査読結果の転送ができるだけでなく、生物学のオープンアクセスジャーナルBiology…

査読プロセスに求められている多様性

論文の出版は学術界で成功するための重要な要素であるにもかかわらず、査読のプロセスには残念ながら偏見(バイアス)が残っているといわざるを得ません。いくつかの研究によって、女性とナショナル・マイノリティ(人種・言語・宗教上の少数者)の研究者は、偏見によって論文出版を阻まれていることが明らかになっています。偏見によって、重要な論文は埋もれ、結果として学術界の進歩が遅れる事態にもなっているかもしれません。こうした状況を改善するためには査読プロセスにおける 多様性 (diversity)を高めていくことが重要です。 査読に多様性が欠如している理由 査読に多様性が欠如している理由はいくつかあります。オープンアクセス出版社であるFrontiersの学術雑誌に掲載された研究は、査読プロセスにおけるジェンダーバイアス(男女間の偏り)の存在を検証しています。検証の結果、男性の編集委員は男性の査読者を、女性の編集者は女性の査読者を選ぶ傾向があることを示しています。これは、女性の編集委員の人数は男性と比較して少ないため、結果として女性の査読者の数も少なくなるという状況を生みます。この研究内容については、エナゴアカデミーの記事『編集者は同性の査読者を選びがち!?』でも詳しく触れています。また、British Ecological Societyが発刊する学術雑誌Functional Ecologyに掲載されている同様の研究も、同じ結論に至っています。ジェンダーバイアスによって、査読者の層に多様性が欠如していることが示されているのです。 この他、査読者に多様性が欠落していることへの説明としては、学術界と研究者が既存の人脈(ネットワーク)に強く依存していることが挙げられます。研究者は自分と同質の人間とネットワークを構築する傾向があります。したがって、少数派である女性はネットワークに入り込めず、キャリアを形成することが難しく、また、低く評価されがちです。実際、医学雑誌であるカナディアン・メディカル・アソシエーション・ジャーナル(CMAJ)に掲載された研究でも、同等の経験を有し、要件を満たしている場合でも女性のほうが研究資金の獲得が難しいという結果が示されています。そしてこれは、ナショナル・マイノリティの研究者にもあてはまります。論文掲載や昇進が難しいため、結果として、査読者として声がかかる人数も増えないままなのです。 多様性を推進する取り組み こうした状況を受け、出版社や学術団体の間では、査読プロセスにおける多様性の推進に注目が集まっています。問題解決に向けた具体例としては、以下のような取り組みが行われています。 アメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union :…

会食の場における英語の会話

一般社団法人 学術英語学会 では、毎年、セミナーを開催しており、その中でもユニークな企画として好評なのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。一般的に、日本人研究者がニガテとしているのが「ソーシャライジング」または「ネットワーキング」、いわゆる 研究者交流 です。親睦会などの場でどのように話しかけたらいいのか―今回はシリーズ第8回目です。 逃げられないformal dinnerの座席 じっと座って食事をいただくformal dinnerの形態は、席が固定されているため、右隣り、左隣、正面のゲストとどのように会話するかが大きな課題です。また、向こう三軒両隣、つまり斜め前方の両者も含めた6名全員が一つの会話に参加して盛り上がるということもあります。発言するかどうかは別として、少なくとも会話の内容についていけるかどうかがかなめになります。(だからこそリスニングの力はおろそかにできません。) 飲食と会話と移動がダイナミックに絡み合う立食 いわゆる立食の形態では、あらたまった着座形式の食事とは異なり、行動も会話も立体的になります。飲食する・会話するという二つの行為に、人の間を動き回る(=mingle, circulate)という行為が加わります。食事の話題という文脈で言えば、ビュッフェ(buffet)のところに行って食べ物をつつく、あるいは飲み物を取ってくる、と言った行為を伴いますので、それに関連する表現が会話の中に入ってきます。次のような表現は参考になるでしょう。 (ビュッフェのところで料理を見渡しながら) Now, what…

政府閉鎖のダメージから米国の研究機関は立ち直れるのか

2018年末に始まった米国政府の閉鎖は史上最長となる35日間を記録したのち、翌年1月25日にようやく解除されました。ことの発端はメキシコとの国境に壁を建設する費用をめぐる与野党の対立で、トランプ大統領が期限付きの暫定予算案に署名したことで一部の政府機関は再開されました。その後、予算処置の期限となっていた2月15日を目前に控えた2月11日夜に与野党が予算案に合意したことで、政府機関の再閉鎖は回避されることとなりました。しかし、予算案に不満なトランプ大統領が、2月15日に連邦議会の承認なしに軍事予算を壁建設に充てるための国家非常事態宣言を発令したため、野党民主党は権力の甚だしい乱用だとして激しく反発。19日には民主党の司法長官のいる16の州政府が同宣言に対し集団提訴を起こしたほか、26日には米下院、3月14日には上院で大統領による非常事態宣言を無効とする決議案が可決されるなど、政治の混乱は続いています。 かたや、業務が止まっていた公的研究機関などは、 政府閉鎖 の間に行うはずだった35日間分の業務を取り返す必要があります。国立科学財団(NSF)や航空宇宙局(NASA)、森林局(Forest Service)など多くの重要な科学機関はすべて閉鎖されていたのです。この失われた35日間は、科学機関にとってどのような影響を及ぼしたのでしょうか。 政府閉鎖の経済的影響 2018年12月22日に始まった一部閉鎖により、政府職員の一部は一時解雇され、要職についている職員は無給での勤務を余儀なくされました。35日間の閉鎖による経済的な代償は甚大で、議会予算局(CBO)は、アメリカ経済に30億ドル(約3300億円)もの損失を及ぼしたと試算しています。これには、スミソニアン協会(Smithsonian Institution)の来館者からの減収が500万ドルにも達したことも含まれているでしょう。CBOは、経済的損失はいずれ回復すると指摘していますが、公的研究機関および学術界に及んだ損失も回復できるのでしょうか。 後れを取り戻さざるを得ない研究機関 研究機関は政府閉鎖によって生じた後れを取り戻すほかありません。とはいえ、完全に損失を回復することはできないかもしれません。研究資金が支給されずに収入が途絶えたり、研究の進行に支障をきたしたりした研究者もいます。NSFは、政府閉鎖の間に滞っていた研究助成金の手配や、2000件もの助成金申請書の審査を行わなければなりません。NASAの科学局長であるトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)によれば、政府閉鎖後少なくとも60日は、科学機関の主要な研究助成プログラムへの新規申請の検討が遅れるだろうとのことです。 アメリカ海洋大気庁(NOAA)の気候プログラムオフィスは、政府閉鎖が日常作業、会議、会合の進捗を妨げ、プロジェクトを中断させたと述べています。彼らは一時的にウェブポータルClimate.govによる情報提供を中断しなければなりませんでした。このポータルは、降雨や森林火災、食料生産への影響など気候や天候に関する有益な情報源として活用されています。このウェブポータルや、アメリカ地質調査所 (USGS)が無料提供する地質、土壌、水循環などに関するデータのような科学的情報の提供が中断することは、国民生活の安全にも影響する事態です。 さらに、政府閉鎖の影響はアメリカ国内の研究機関・研究者にとどまりません。アメリカの研究者たちが取り戻さなければならない遅れが国外の研究者たちにも波及し、研究全体に遅れが生じると報告されています。NOAA FisheriesのAdvanced…

【千葉愛友会記念病院 整形外科】 倉茂 聡徳 先生インタビュー(後編)

研究者の方たちの英語力向上法などについてお伺いするインタビューシリーズ25回目の後編です。 前編のお話で「足の外科」が日本ではまだまだニッチな分野であることが分かってきました。後編では足の専門医として多数の論文を執筆されている倉茂先生の英語との付き合い方についてのお話です。 ■ 英語の論文はいつごろから書き始めたのですか。 書き始めてから、まだ10年もたっていません。私の場合、論文を書くより先に英語で発表をする機会があって、それが8,9年ぐらい前だったでしょうか?英語論文を初めて書いたのは遅かったですが、いろいろな本やネットから情報収集をして、参考にしました。少なくとも、専門分野の話は専門用語さえ覚えてしまえば、その他の単語や文法は割と簡単で、それほど難しくは感じません。 ■ 研究発表が先ですか。年間どのぐらい発表されるのでしょう。また、研究発表以外で英語を使うことはありますか? 以前はだいたい年2回は海外の学会に出ていましたが、今は年1回ぐらいです。英語を使う(スピーキング)と言っても、もう発音矯正とかあまり気にしていません。自分はアメリカよりもヨーロッパの学会に行くことが多いのですが、ヨーロッパの人たちの英語は、(イギリス人以外は)割と聞きやすいです。難しい単語を使わなくてもなんとかなりますし、相手もネイティブでなければお互い様ですし。自分で話す時には、声を大きく出すとか、短い文を重ねたり、復唱して確認しながら話を進めたり、can'tなど省略形を使わずにcan notとするとか――相手が分かってくれやすいように心がけています。まあ懇親会などでの雑談は苦手ですが。それでも、日本人同士で固まらないようにして、なるべく他国の人に自分から話しかけるようにしています。外国人にも顔見知りがいるので、そこで話しているとだんだん仲間が集まってきたり、他の仲間に入れてもらったりしてますね。発表の場以外としては、たまに外国人の患者さんが来ることがあり、その時は可能なら英語を使うようにしています。 ■ 英語に抵抗を感じたりはしないと。 もともと英語に抵抗がなかったわけではありませんが、以前に比べたら敷居が低くなった感はあります。論文を書いて、英文校正をお願いするとしても、その前にいろいろな文献を読むので、使えそうな表現や言い回しを引っ張ってきたりとか、英語の雑誌を検察して同じような論文を見てみると、こっちの表現よりこっちの表現を使っている人が多いなとかがわかるので、それを採用(借用)したり。Googleとか便利ですよね。この言葉とこの言葉で、どっちがヒット数多いかわかるから、こっちにしておこうとか。昔に比べたら簡単に検索できるようになっているので、かなり便利です。 ■ 英語の学習に関して何かされていますか。 やっている方も多いと思いますが、パソコンやスマホなどの環境を英語に変えているのと、数年前から英語で日記を書くようにしています。3行日記くらいですが。…

クラリベイト・アナリティクス高被引用論文著者2018

研究者にとって、論文を発表することが最も肝心ですが、どれだけ多く引用されるかも気になるところです。発表論文の被引用件数が多いことは、研究者としてその分野における貢献度が高いことを示していると評価できるからです。被引用件数を調べる方法は幾つかありますが、その中のひとつが、クラリベイト・アナリティクスが発表するランキングです。 世界的な情報サービス企業であるクラリベイト・アナリティクス は、2018年11月27日に『Highly Cited Researchers 2018』 を発表しました。これは、クラリベイト・アナリティクスが運営する論文検索サービスであるWeb of Scienceに収録された33,000以上の学術誌(ジャーナル)に基づき、2006年から2016年に発表された論文について、発表から1年間の被引用件数を分析したものです。自然科学および社会科学の21分野における論文の被引用件数が世界の上位1%に該当するものを高被引用論文と定義し、それらの論文著者をリストアップしています。今回からの新しい試みとして、一人の研究者が複数分野で論文を発表している場合の合計被引用件数を示す「クロスフィールドカテゴリー」が導入されました。 国別結果-高被引用論文著者が多いのはどこの国か 約6000名の研究者がHighly Cited Researchers in 2018リストに掲載され、そのうち約4000名が分野別の高被引用論文著者、約2000名がクロスフィールドの高被引用論文著者となっています。リストアップされたのは、まさに影響力の大きな研究者および研究機関と言えるでしょう。…

アメリカの政府閉鎖が学術界に与える深刻な影響

2016年のアメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生して以来、学術界にはさまざまな変化がありました。政権の主張に沿わない意見を出す環境保護局や農務省などへのかん口令や、予算の削減、業界団体を参加させるための諮問委員会の再編成などです。また、トランプ大統領は、パリ協定からの離脱やアメリカ国立科学財団(National Science Foundation:NSF)の東京をはじめとする海外事務所の閉鎖も表明し、世界に波紋を広げてきました。 そして、3年目を迎えたトランプ政権は学術界にさらなる厳しいニュースをもたらしました。政府機関の閉鎖です。メキシコ国境との壁の建設費をめぐり、2018年12月22日に始まったトランプ政権下での政府機関の一部封鎖は、クリントン政権下で歴代最長を記録した21日間を大きく超え、35日間に及びました。議会と合意に至り、2019年1月25日に一部解除されましたが、予定していた助成金をいまだ全額受け取っていない研究機関もあり、先行きに不安が募ります。 政府閉鎖の影響範囲 トランプ大統領が不法移民対策としての壁建設費約56億ドルを予算案に盛り込む要求をしたことをきっかけとする暫定予算の一部失効により、政府機関が一部閉鎖される事態となったわけですが、この閉鎖により自宅待機や無給での勤務を強いられる政府職員の数は80万人にのぼりました。官公庁や博物館は閉鎖され、首都であるワシントンDCは閑散とし、市民の生活や経済に大きなダメージを与えました。 アメリカ国内の公的研究機関も例外ではありませんでした。国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)、疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)、エネルギー省(the…

small talk:料理の話題と研究者

一般社団法人 学術英語学会 では、毎年、セミナーを開催しており、その中でもユニークな企画として好評なのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。一般的に、日本人研究者がニガテとしているのが「ソーシャライジング」または「ネットワーキング」、いわゆる研究者交流です。親睦会などの場でどのように話しかけたらいいのか―今回はシリーズ第7回目です。 small talk: 料理の話題と研究者 大学でそれなりの地位についているヨーロッパの知識人の中には、料理やお酒について相応の見識(あるいは一家言)を持っている人が多いというのが私の見解です。日本の大学からは想像しにくいかもしれませんが、オックスフォード大学では、美しい庭園を持っているか、という基準とともに、腕の良いシェフがいておいしい料理を提供しているかどうかが、各コレッジの一つの評価基準になってきました。19世紀半ばまでは聖職者の養成機関としての機能が主だったことから、地味な研究生活の中で独身の学究たちが楽しみにしていたのが料理でありワインだったのでしょう。 フランス料理, ワイン、シェリー、etc. 欧米圏での研究者交流の場面を考える時、料理はもちろん、社交の場で出されるお酒(wine, champagne, sherry, punch, vermouth など)の知識は、ある程度必要ではないかと考えます。ただ、私には一つ失敗談があります。何十年も前、イギリスのバースという古風な町で、全くの偶然から、初対面の老夫婦と2時間ほど話しをしたことがあります。私がついうっかり、ワインが好きだ、という意味のことを伝えたところ、老齢のイギリス紳士は、「ワインが好きなのか、それならどこのどのワインがおいしいか、一緒に今から議論しよう」と挑発されました。グウの音も出ませんでした。知ったかぶりをするものではない、と反省しました。あとでわかったことですがその老紳士は、Sir Stanley…

研究結果の信頼性-信頼度指数は適用されるべきか

かねてより学術研究における「再現性の危機(reproducibility crisis)」が問題となっています。Nature誌が2016年に発表した調査結果では、70%を超える研究者が他者の実験結果を再現できなかっただけでなく、半分以上が自分の実験すら再現できなかったことが示されていました。こうなると、研究の信頼性が揺らいでいると言われても反論できません。どのように信頼できる研究を見抜けばよいのでしょうか。 そこで今回は、研究結果の信頼性の目安とされる「信頼度指数」や、実験結果(データ)の妥当性を示す指標とされる「p値(有意確率)」についてみてみます。 信頼度指数とは? 信頼度指数(confidence index)とは、説明内容の妥当性について、事前証拠の影響および調査者の判断を形式的に具体化する指標です。 例えば、ある治療法をテストする実験では、母集団を代表するサンプル(治験の参加者など)は確実に無作為に抽出されていることが必須です。それは、サンプルに対する実験の結果から母集団全体への効果を推定するためであり、この場合の信頼度指数は、その治療法が、母集団全体に対してどの程度、サンプルに見られたのと同様の効果が出るかを示す数値となります。 【信頼度指数】 信頼度指数はベイズ統計に基づくもので、次の要素を考慮したものです。 ランダムな変数―情報がないため未知の要素が存在 事前確率―利用可能な既存の情報 仮説の真らしさ―仮説が真であるか偽であるかの確率 p値(有意確率)とは? もう一方のp値とは、研究者が実験データの統計的有意差の判定に慣習的に用いる指標で、帰無仮説(ある仮説が正しいかどうかの判断のために立てられる仮説)が正しいとするならば、検定統計量(観察された数値)と同程度の結果が得られる確率を示すものです。つまり、特定の仮説に対してデータがどのぐらい整合していないかを示しています。特定の仮定(前提)を想定した数値であること、サンプル数などさまざまな要素(以下)の影響を受けることを念頭に置いておく必要があります。 【p値】…