学術界を知る

研究不正は筆頭著者の責任か?

研究不正は、学術界でよく議論される問題です。学術出版の不正がよく取り上げられますが、盗用・剽窃、ゴーストライターによる執筆、査読プロセスにおける問題など、不正の原因は多種多様です。しかし、すべてが研究倫理と研究不正がせめぎあっている状況を照らし出しています。研究不正は研究論文の撤回につながり、ひいては科学研究への信頼を損なうものです。 https://www.youtube.com/watch?v=EnXM-2EUPgg   ある研究には、大規模な臨床試験ではゴーストライターが当たり前になってきていると示唆されていました。ゴーストライターとは、研究に参加していても論文著者として名前が記されないまま研究・論文執筆を行う人です。他に、実際には研究にまったく関与していないにも関わらず名前が記載される偽の共著者(fake co-author)も問題となっています。名前が通った研究機関の研究者や、優れた出版実績を持つ研究者の名前を、共同研究者として加えているのではないでしょうか。 このようにオーサーシップ自体に関する不正問題が指摘される中、論文に不正ありとなった場合、誰が内容に責任を持つのでしょうか?名前が載った全員でしょうか?研究を行った研究チームの研究責任者でしょうか?あるいは、出版者?いろいろ考えられますが、筆頭著者(ファーストオーサー)に論文全体の責任があるとする研究が示されましたので紹介します。 筆頭著者の責任 オープン・アクセス(OA)の学術雑誌(ジャーナル)PLOS ONEに、2019年5月付けで掲載された論文は、筆頭著者に責任があるとの立場を示しています。この研究を行ったのはルクセンブルグ大学のKatrin Hussingerとルーヴァン・カトリック大学のMaikel Pellens。彼らが筆頭著者に論文全体の責任があるとした理由は何でしょうか?それは、US Office of Research Integrity(米国研究校正局)が不正調査を実施した80の事例を調べ、筆頭著者が不正の原因であるケースが最も多い傾向にあるとの結果を踏まえたものです。…

研究室立ち上げを巡るジェンダー格差

学術界における ジェンダー格差 は根深いものがあり、さまざまな場面で顕在化しています。今回は、ある女性研究者が自分の研究室を立ち上げ、研究責任者として研究を進めていく際の苦労を見てみましょう。 まわりの女子学生が減っていく 女性研究者(仮にJさんとします)は疫学が専門で、優秀な成績で大学院を卒業し、博士号を取得しました。彼女は大学、大学院と進むに従い徐々に周囲の女子学生の割合が下がっていくことに気付きました。学部生のときには同級生に女性が何名もいたのですが、大学院で修士課程・博士課程と進むと、次第に女子学生の数が少なくなり、研究室に所属するころには女性は自分一人となっていました。学会に出席すれば登壇して発表するのは男性ばかりであることが多く、読む論文の執筆者もほとんどが男性です。指導教官も男性ばかりです。博士課程に進んだときに、同じ学部にいた若い女性の教授に指導を受けたいと考えていましたが、その教授は出産のために退職してしまいました。代わりに指導を受けた男性の教官は、幸いにして女子学生が学術研究を続けることにも理解があり、女性が自分だけという研究室でも無事に博士課程をやり遂げることができました。 新米PIだから?それとも… 博士号を取得したJさんは、首尾よく研究助成金を獲得して、自分の研究室を立ち上げて研究責任者(PI)となることができました。これで思う存分に自分の研究をすすめることができるのだ、論文をどんどん発表するのだと意気込んだのですが、現実はそれほど甘くはありません。獲得できた助成金は決して少なくはありませんが、十分でもありません。研究助手を8名採用したいと考えていたのですが、予算上許されたのは3名でした。人手不足は自分で埋めざるを得ず、論文執筆も計画通りに進まなければ、学会への出席もままなりません。Jさんは、研究室を立ち上げたばかりの新米PIとしては致し方ないことと、無理やり自分を納得させて奮闘していたのですが、どうやら同じ新米研究責任者でも境遇が異なる人がいることが発覚しました。同じころに研究室を立ち上げた男性のPIが「研究助手が10人いるから助かるよ。今年中に論文を発表できそうだ。」と休憩室で言っているのが、Jさんに聞こえてきたのです。 研究助成金にもジェンダー格差が 研究助成金の金額にジェンダー格差があるということなのでしょうか?米国医師会が発行する学術雑誌(ジャーナル)JAMA (Journal of the American Medical Association)に掲載された研究によると、米国の国立衛生研究所(NIH)が2006年から2017年に付与した約5万4千件の研究助成金を対象にした調査では、初めて助成金を受給した研究者の平均受給額が、男性は16.6万ドルであるのに対し、女性は12.7万ドルと4万ドル近い差があることがわかりました。本人が知らないうちに女性というだけで、助成金の額が男性研究者よりも少なかったのです。同じくJAMAに2015年に掲載された論文にも、男性研究者は研究キャリアの初期段階で女性より潤沢な資金提供をされていたことが示されていました。…

ゲノム編集食品は安全?

猛暑や豪雨などの天候不順の影響で、野菜や穀物の供給が不安定になるなど、食品の安定供給が危ぶまれる中、ゲノム編集食品が静かに市場に入り込んできそうです。これは外国の話ではなく、日本の話です。 ゲノム編集食品が食卓に? 今年3月、Scienceに掲載された記事で、日本政府が安全審査や表示義務もないゲノム編集食品を市場に出すための準備を進めていることが報じられました。そもそもゲノム編集とは、遺伝子を切ったりつないだりして新たな形質を人工的に生み出す技術で、短期間での品種改良を可能にします。該当記事は、日本でゲノム編集食品の流通が容認されることで、食品として消費される植物および動物のゲノムを、ゲノム編集技術CRISPRによって作り替えることに門戸を開くことになると懸念したものでした。 ゲノム編集食品の登場まで 2013年1月、厚生労働省は薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会新開発食品調査部会の下に遺伝子組換え食品等調査会を設置。2018年9月の会合からゲノム編集技術を利用して作られた食品等の取り扱いについて審議を本格化させ、同年12月5日には方針を固めました。その結論は、ゲノム編集技術のうち、目的の遺伝子だけを編集する手法は、安全審査の対象外とするもの。ゲノム食品は、食品衛生法上で遺伝子組み換え食品とは異なる扱いとすることを妥当とし、その情報の届出は法的に義務化されないとしたのです。遺伝子組み換えが、一般的に他の生物から特定の遺伝子を他の生物に入れ込むのに対し、ゲノム編集は、CRISPRのような新しい技術を使って対象とする動植物の遺伝子を機能しなくする、あるいは改変することです。日本だけでなく、世界中で新技術を活用した品種改良が広がっています。そしていよいよ、厚生労働省は10月1日から開発者の届け出に先立つ相談受け付けを開始しました。ゲノム編集食品の解禁です。 ゲノム編集された食品は安全なのか? 食生活に大きな影響を及ぼす可能性を持っているゲノム編集食品。厚生労働省の新開発食品調査部会は、専門家による調査会での審議を踏まえ、2019年3月27日に、外部の(該当する生物以外からの)遺伝子を組み込まない手法でゲノム編集された食品は、食品衛生法に基づく安全性審査がいらないとする報告書を提出しました。これは任意の届けでのみでゲノム編集食品の販売を可能にするものです。表示が義務となっていないので「ゲノム編集食品は不安なので食べたくない」と思っても、消費者にはどれがゲノム編集食品なのかわかりません。厚労省側の主張としては、対象生物のゲノムを編集することは、自然に生じる突然変異や従来の品種改良などと同様であるため、表示を義務化するのは難しい――との見解です。消費者庁は任意での表示方法について考え方を示すとしていますが、ゲノム編集食品が区別できなければ消費者の不安が収まるとは思えません。 しかも、ゲノム編集の中には外部からのゲノム挿入を伴うものもあり、ゲノム編集食品と遺伝子組み換え食品の境は曖昧になり得るのです。ゲノム編集技術によって該当動植物以外の遺伝子を挿入し、外部の遺伝子がゲノム編集食品に残る場合には、遺伝子組み換え食品と同様の安全性審査や表示義務が課せられるとはいえ、消費者がこの2つの技術を分けて理解できるか、区別できたとしても不安が解消されるか――疑問です。 米国では遺伝子組み換え食品の規制緩和が進む 世界的に食糧難が問題視される時代において、食品の収穫量を増やしたり、気候変動による環境変化に適合できる作物を作り出したりするためには、ゲノム編集は有用な技術でもあります。しかし、その安全性に不安を感じる消費者は多く、ゲノム編集食品の扱いは国によって異なります。米国は、遺伝子組み換え食品の規制を緩和し、市場拡大を後押しする姿勢を打ち出しました。トランプ大統領は6月11日に、ゲノム編集食品を含む遺伝子組み換え食品の開発を推進するために、規制緩和の見直しを関係省庁(農務長官、EPA長官、食品医薬品局)に命令する大統領令に署名しました。ゲノム編集食品を有機食品として認める可能性にも言及しているため、健康な食を求めて有機食品を購入している消費者からの反発が予想されます。このように米国が規制緩和を進める一方、欧州は2018年7月にゲノム編集食品を従来の遺伝子組み換え食品と同等であるとし、規制する方向で安全審査を義務付けています。 米大統領令は、遺伝子組み換え食品の輸出するための戦略を確立するようにも指示しています。まさに9月21日からワシントンで日米貿易交渉が行われ、その中には牛肉などの食品に関する議論も含まれていました。日本が米国の農産物の大口輸入国であることも鑑みれば、トランプ政権による遺伝子組み換え食品の規制緩和方針は日本の食品安全行政にも影響を与えること、さらには日本にも同様の規制緩和を求める可能性も懸念されます。しかも、この米国の規制緩和とほぼ同じ時期に、日本政府はゲノム編集食品の安全性審査や表示義務の見送りを決めているのです。 ゲノム編集を推進する背景 日本国内でも大学や研究機関がゲノム編集食品の研究開発に取り組んできました。既に、栄養価を高めたトマト(筑波大など)、収穫量の多いイネ(農研機構)、筋肉量の多いマダイ(近大など)などが実現しており、今年中に販売開始を予定しているものもあります。その背景には、政府が6月15日に閣議決定した「統合イノベーション戦略」の中で、ゲノム編集技術のような革新的な技術を国策として推進する姿勢を示したことがあります。ゲノム編集技術は従来の遺伝子組み換え技術よりも、速くかつ低コストでゲノムの書き換えが行えることで、世界中で注目され、次々に新しいゲノム編集作物が作られています。日本の消費者が気づかないうちに、ゲノム編集食品が静かに食卓に浸透してきているのです。 厚生労働省では、届出の前に事前相談のシステムを設定しており、企業からの事前相談を受けたところで専門家が、安全性審査は必要ないのか、あるいは品種改良に比べてリスクが上がっていないのかをチェックするとしています。しかし、どのような手続きを経たとしても流通上の表示が曖昧であれば不安はぬぐえません。表示がなければ消費者は「食べない」という選択することすらできないのです。最先端の科学が食卓に上る日は近いのです。実際の販売が開始されるまでにきちんとした議論が行われ、消費者に必要な情報が届くようになることが重要でしょう。…

Preproducibility:再現性の前提

研究における再現性(reproducibility)は、非常に重要であると同時に懸念すべき問題です。再現性または再現可能性とは、別の研究者が同じ方法、同じ条件で同じ実験を行った場合、同じ結果が得られることを意味します。結果を再現できなければ研究の結果が正しいことが立証されず、そのような状況は「再現性の危機(reproducibility crisis)」と呼ばれています。再現性は、研究の透明性が確保され、研究手法について理解を得るために必要不可欠です。 学術雑誌(ジャーナル)に発表する論文は「再現性がある」ことが前提です。しかし、多くの論文では、情報が不足しているなどの理由から、書かれている通りに実験を行っても同じ結果が再現できないということが起こっています。重要な情報が抜けていると、査読者はその研究に再現性があるかの判断ができず、研究の科学的な価値が大きく損なわれてしまいます。 Preproducibilityとは 2018年5月にカリフォルニア大学バークレー校の統計学のPhilip B. Stark教授が、Nature誌に寄稿した記事の中で「Preproducibility」という新しい用語を提唱しました。 Stark教授は、論文中に実験を再現するのに必要な情報が十分かつ正確に記載されていれば、その実験を「Preproducibilityがある」と表現したのです。Stark教授は、Reproducibility(再現性)の前提(pre-)となる情報が備っていることを、料理になぞらえて説明しています。例えば、パンを焼くためには、材料だけでなく、作り方も記したレシピが必要です。Preproducibilityは、「科学研究レシピ」にあたるもので、詳細に書かれた情報(レシピ)があれば、誰もが同じ結果を得ることができる(料理が作れる)はずだと言うのです。 Preproducibilityがないとどうなるか? Preproducibilityがなければ、当然ですが研究が再現不可能となる可能性は高くなります。再現可能な研究論文が分野全体の25%しかないと指摘されている学術分野もあり、まさに重大な再現性の危機です。論文に必要な情報が十分書かれていないと実験を再現できず、研究者の時間と研究資金を無駄にすることになりますし、医薬研究であれば、再現性のない研究は確かめようがないため、治療への利用が遅れ、患者と医者の双方の大切な時間を奪うことになりかねません。 Preproducibilityのない論文は査読も大変です。研究の再現性の有無を確かめられない場合、査読者はどうやって論文を評価するのでしょうか?Stark教授がNature誌に書いたように、科学とは『信じてください』ではなく『証明します』であるべきなのです。Preproducibilityのない研究は、科学研究における信頼を損ないかねません。 Preproducibilityを確保するために Preproducibilityを確保するためには、系統的にまとめた研究報告を作成する必要があります。きちんとした報告書は、査読者が研究評価を行い、他の研究者が研究を再現させるのに役立ちます。Stark教授は、可能な限り生データとデ-タ処理に使用したソフトウェアを公開していると語っています。データに関する情報を公開することから始めるのは、ひとつの策です。また、文書や論文を執筆する際に入れ込むべきポイントを挙げて確認するよう促しています。 考慮すべきポイント 生デ-タを論文に記したか? デ-タの収集方法は記載したか?…

米国大学が臨床試験の公表で法令違反

研究不正は研究者でなくとも見逃せない問題です。とくに臨床試験に関する不正は、患者の健康に直接的な影響を及ぼすので注目されますが、医薬品や治療法の評価にも大きく影響します。 臨床試験の結果の公表については、多くの国で議論されていますが、米国では臨床試験の結果は1年以内に公開しなければならないと法で定められています。同様に、欧州委員会もヨーロッパで行われる医薬品開発に関する臨床試験は、終了後12ヶ月以内にEU Clinical Trials Register(EUCTR)に結果を報告するよう義務付けています。臨床試験を実施する研究者は倫理的責任を有するにも関らず、臨床試験の結果が否定的な場合などに結果を公表しない傾向があることに対処するためですが、実際には多くの臨床試験の結果が報告されていないことが指摘されています。そして、今年3月に発表された報告書でも、米国の大学が支援した臨床試験の結果が、政府の定める公表期限を守っていないことが明らかになりました。 法令整備―FDAによる臨床試験の登録義務付けとHHSによる臨床試験情報開示規則 米国食品医薬品局(FDA)は、臨床試験の登録、有害事象や副作用情報、試験結果の登録を促すための法改正(FDAAA Section 801)を行い、臨床試験の登録を義務付けました。この法令に基づき、さらに詳細な規則を米国保健福祉省(HHS)が作成し、2016年9月16日には臨床試験結果の公表範囲を拡大する規則(42CFR Part11)を発行。この新規則は、米国国立衛生研究所(NIH)の運営する臨床試験情報のレジストリClinicalTrials.govに公開する臨床試験情報の公開範囲を拡大するもので、原則として臨床試験の完了から1年以内に結果情報を提供しなければならないとしています。これらの新規則は2017年1月18日から施行され、FDAへの事前登録や結果報告義務を順守しない場合には、最大1万USドルの罰金や研究資金の差し止めなどの罰則が課せられることも明記されています。これにより、以前は任意であった臨床試験の情報登録が義務付けられた上、医薬品の販売承認が得られなかったものも含め、あらゆる結果を登録することが求められることとなりました。公表義務を免れるのは、安全性に関するフェーズ1の臨床試験(少人数の健常者ボランティアを対象とする初期の試験)などで、ごく一部に限られています。 法令違反―公表されなかった試験結果 2019年3月、「米国大学における臨床試験の透明性(原題:Clinical trial transparency at…

Nature誌の一部論文 全文公開の試行プログラム

研究者向けのSNSであるResearchGateと学術出版社は、論文の著作権をめぐり対決してきましたが、その関係に動きが出始めています。 2019年3月1日、Springer Nature社が、2017年11月以降にNature誌に掲載された論文の中から一部を抜粋し、その全文をResearchGateに公開する試行プログラムを開始しました。研究者個人のプロフィールをResearchGateに公開するとともに、論文の閲覧・ダウンロードを可能にすることで、学術成果を露出させ、論文が読まれる確率を高めようとの試みでした。当初は3月7日までの期間限定でしたが、良好な結果を受け、7月11日にこの試行プログラムの延長を発表しました。延長期間となる第2フェーズでは、公開対象が広がり、ResearchGateで公開される記事の数が第1フェーズと比較して4倍となっています。より多くのResearchGateを利用する研究者がSpringer Natureのコンテンツにアクセスできるようになるだけでなく、著者にとっても自署の論文へのアクセスおよびダウンロードが増えるチャンスとなります。 ResearchGateと出版社の関係 ResearchGateは、原著論文の共有や質問・回答、協力者の募集などを可能にする学術研究者のネットワーク・プラットフォームです。2017年には国際STM出版社協会から著作権侵害の申し立てをされたこともあり、オープンアクセス化が進む中での動向が注視されてきました。通常、論文の著作権は出版社に帰属するため、著者が自分の研究成果であっても出版した論文をResearchGateのような研究者向けプラットフォームで共有することは許されていません。2017年10月には、米国化学会(ACS)とエルゼビアが、ResearchGateの法的責任を問うためにドイツの裁判所への訴訟を起こし、翌年4月18日には裁判が始まったと報じられています。さらに10月2日にはアメリカでも同様の提訴を行っています。このような動きがある中で、Springer NatureがResearchGateと協力して論文公開に取り組んでいることは、異例のアプローチとも言えます。状況に関するデータ収集の結果を踏まえて期間が延長されたことで、この試験的なプログラムが今後どのような影響をもたらすかが注目されています。 ResearchGateでの論文公開 試行プログラムが目指すもの Springer NatureとResearchGateは、学術研究成果を閲覧する際の障害を取り除き、アクセスを向上させることを目標に掲げており、この連携を「研究コミュニティをこれまで以上に支援していくための重要なステップ」と位置付けているようです。研究者にとっては、研究者間のネットワーク上に論文へのスムーズなアクセスが確保されることは大きなメリットであり、自身の論文の認知度が高まり、ダウンロード数が増えることは歓迎されるものでしょう。 第1フェーズの結果調査からは、両者の協力が研究者に好意的に受け入れられたこと、Nature誌の記事全文がResearchGateに追加されたことに満足と答えた利用者が90%を超えたことなど、非常に肯定的な結果が得られました。ResearchGateにとっては、プラットフォームに掲載される論文が増えたことで、学術成果へのアクセスを向上させるとの目標達成への一歩となり、利用者の満足も得られるものでした。Springer Natureにとっては、購読料の収集を逃しているとはいえ、研究者のプラットフォームにおける存在感を高めることには成功しています。発表した研究論文の発見しやすさを向上させ、学術研究を一層発展させる上で役立つ新たな方法を探求する出版社にとっては、研究者のプラットフォームとの論文共有は一つの回答になると考えられます。学術研究にとってよりよい環境を構築したいとする両者の思惑が、試行プログラムにうまく反映されていると言えそうです。 プログラム延長 第2フェーズ 試行プログラムの第2フェーズでは、共有するコンテンツを4倍に増やしつつ、アクセスの改善に向けたソリューションの検討を行うと記されています。また、科学研究や論文へのアクセス提供者としての図書館員が果たす役割を実証することにも焦点を当てるとしています。図書館や研究機関が購読契約していることで、研究者が論文や記事にアクセスできる場合には、そのことをResearchGate上で研究者に対して通知するという、積極的なアプローチの追加も予定されており、研究者にとっての利便性はますます向上しそうです。 オープンアクセスが加速する流れの中、出版社はどう新しビジネスモデルを構築していくのか、一方の研究者はどう対応していくのか、また両者はどのように折り合っていくのか――Springer…

過去最大の論文撤回が発生

投稿された研究論文に不正が発覚した場合など、すでに発表された論文であっても撤回されることがありますが、研究不正の撲滅に向けた取り組みが強化されるのに伴い、撤回される件数も増えてきました。そして、従来の事例を大きく上回る極めて大規模な論文撤回が発生しました。一体何が起きたのでしょう。 JFASにおける大規模撤回 査読付きオープンアクセス学術雑誌(ジャーナル)のJournal of Fundamental and Applied Science (JFAS)で、434本の論文が撤回されたのです。このジャーナルは、アルジェリアのエル・ウェッド大学(El-Oued University)科学技術学部が発行しているものです。 これまでの大規模撤回としては、シュプリンガー社が、2017年にがん研究を扱うオープンアクセスジャーナルTumor Biologyに掲載された107本の論文を、査読プロセスに不正が認められたことを理由に撤回した事例や、2016年に同誌で25本の論文が撤回された事例があります。(シュプリンガー社とTumor Biologyの契約は終了となり、現在はSAGE社が出版している。)2017年当時の107本は、ひとつのジャーナルが撤回した論文の数としては史上最多でしたが、今回の事例の434本は記録を大きく上回り過去最大となっています。 学術論文の撤回・訂正などを報告・分析する学術情報サイト「Retraction Watch」に今回の大規模撤回の経緯が記されています。2018年6月に引用文献データベース…

米の科学工学分野における女性・マイノリティ・障害者

日本にいると、女性・マイノリティ・障害者が、自分たちの能力を活かして活躍できる社会について深く考える機会は少ないかもしれません。最近では職場でのセクハラやパワハラ問題を以前より訴えやすくなっているようですが、安倍政権が成長戦略の柱のひとつに「女性の活躍推進」を掲げる一方で、女性に対する政治家のとんでもない失言がまかり通っています。最近では、6月に根本匠厚生労働大臣による「パンプス強制の容認」、その前は5月末の桜田義孝議員による「子どもを最低3人産むようにお願いしてもらいたい」発言――働く女性は、セクハラや育児・子育て、別姓使用のトラブルなどさまざまな課題に対応していかなければなりません。本当に女性の働きやすい環境が整うまでには、まだ時間がかかりそうです。そして障害者については、7月の参議院選挙で「れいわ新選組」から立候補した重度障害者の2人が当選し、議員となって初登院したことが大きな話題となりました。彼らが日本の障害者雇用に風穴を開けてくれるかもしれません。 では、女性や障害者、マイノリティの職業参画に対する他の国の状況はどのようになっているのでしょうか。今回は、米国における女性・マイノリティ・障害者の科学工学教育機関(大学/大学院)の在籍状況および雇用状況などを分析した報告書を紹介します。 科学工学分野の女性・マイノリティ・障害者報告書 3月28日、米国科学財団(NSF)傘下の米国科学工学統計センター (NCSES)は、女性・マイノリティ・ 障害者による科学工学教育及び職業への参加に関する調査結果をまとめた 報告書「2019年科学工学分野における女性・マイノリティ・障害者(原題:2019 Women, Minorities, and Persons with Disabilities in Science…

学術界における母親業を巡るジェンダー格差

学術界におけるジェンダー格差への対策が必要と叫ばれつつ、女性研究者に対する社会的障壁が取り除かれたとは言えない状況が続いています。 女性が博士号を習得するために懸命に勉強し、希望通りの研究員・教育職員としての職に就き、数年間勤務したところで子供を生む決心をしたとします。彼女は、出産・育児という大仕事と共に学術界のジェンダー格差という現実に直面することになるのです。 学術界においても家庭と仕事の両立は困難 一般企業に比べて学術界の職業環境は柔軟で堅苦しくないと思う人もいるでしょう。しかし、必ずしもそうとは言えません。60名ほどの女性科学者へのインタビューをまとめて2015年にオックスフォード大学出版から発刊された“Woman Scientists: Reflections ,Challenges, and Breaking Boundaries”の著者であるMagdolna Hargittaiは、この調査に協力した女性科学者はほぼ例外なく、それまでの人生で最大の問題として家庭と仕事のバランスをとることの難しさを挙げていると語っています。また、カリフォルニア大学デービス校で神経生物学の準教授を務めるRebecca Calisiは、Scientific AmericanのVoicesに寄稿した文章の中で、現在の学術界の制度がいかに育児をしながらキャリアを積もうとする女性研究者に不公平であるかを訴えています。成果が求められる研究者という職で、出産・育児のために研究の中断を余儀なくされるという状況は、予想以上に厳しいのです。 ジェンダー格差と母親業 ジェンダー格差とは男女間の社会的不平等ですが、数ある原因のひとつは、出産・育児といった母親業による負担が女性に偏っていることです。現在でも育児における伝統的な男女の役割分担が厳然として存続しているため、母親は仕事をせずに育児に専念すべきとの意見も根強く、キャリアを断念して子育てすることを期待されるのは、男性ではなく女性なのです。こうした社会的役割分担を受け入れようとすれば、母親業とキャリア追求の両立は難しくなります。…

STEM分野で顕著なジェンダー格差

Science(科学)、 Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとってSTEMと略称される分野での男女の格差(ジェンダー格差)の問題は広く知られているところです。1990年代初頭に比べると格差が縮小しているとの調査報告があるように、確かに以前よりはSTEM分野の学位を取得して同分野の職に就く女性の数は増加していると言われています。しかし、現実には厳しいジェンダー格差が依然として残っているようです。 STEM分野の女性比率 今でもSTEM分野を専攻したり、学位を取得したり、同分野の職業に就く女性の人数は、男性より低い傾向にあります。STEM分野で男性と同等、あるいは男性以上に優秀な女性もいますが、全体的な数で言えば少数派です。特に、物理学、コンピュータ科学、数学、工学の分野で人数比が顕著であり、米国におけるこれらの学科の学生数における女性の割合は20%程度に留まっています。日本でも同様です。文部科学省の平成30年度学校基本調査の公表数字によると、大学における女性学生の割合は、学部で45.1%、修士課程31.3%、博士課程33.6%と、それぞれ過去最高を更新。しかし、このうち理学と工学における女子学部生の割合は、理学27.8%、工学15%と非常に低くなっています。薬学が59.5%と健闘するものの、人文科学(65.3%)や教育(59.2%)との圧倒的な差は明らかです。 ジェンダー差別による影響 そもそもSTEM分野を専攻する女子学生数が少ないので、当然、大学卒業後に同分野で就職する女性の数も少なくなります。その上、米国のシンクタンクの調査によると、この分野で働く女性のうち多くがジェンダー差別を受けていると訴えています。男性が圧倒的優位な職場で、差別を経験した女性は78%に達し、セクシャルハラスメントを受けた女性も36%に及びます。 STEM分野におけるジェンダー差別の影響は広い範囲に及んでいます。スコットランド王立協会(Royal Institute of Scotland)がスコットランド青年アカデミー(Young Academy of Scotland)と共同で2012年から2018年にかけて実施した調査では、教育課程が進むにつれて女性がSTEM分野から離脱していく傾向が明確になり、それが産業界におけるSTEM分野の人材不足の大きな要因になっていること、ひいては経済発展の原動力であるイノベーションの足かせとなっていることなどが指摘されています。 経済的な影響だけではありません。ジェンダー差別による影響としてもう一つ重大なのは、負のループに陥ってしまうことです。STEM分野に女性が少ないため、後続の女子学生にとって自分の将来の模範となる同性のロールモデルが少ないことになります。また、STEM分野に女性が少ないことに人々が慣れっこになり、それが常態化してしまう結果、学術においても男女の役割が違うと考える社会ができ上がってしまいます。これでは不公正で不平等な社会です。 STEMにおける女性差別-ジェンダー格差の原因…