PhD&ポスドク向け基礎知識

あなたにぴったりな職場は海外にもある!?

英会話の能力さえあれば、就職先の選択肢も世界へと広がっていきます。では、あなたに適した国は、どうやって探したらよいのでしょうか? ここでまず、じっくりとよく考えたいのが、「何が自分を幸せにするか?」ということです。そのなかには、給料のよさ、健康保険の充実度、老後の年金の有無、研究者としての自由度など、いろいろな要素が含まれると思います。 2010年に国際ジャーナル『ネイチャー(Nature)』が行った「給与と職歴に関するアンケート調査(Salary and Career Survey)」によると、多くの人が、研究者としての自分にとって最も大切な要素は「上司や他の研究者から指導や助言がもらえる環境にいるか?」だと回答しています。競争の激しい研究の世界では、やはり腹を割って相談できる同業者が側にいるのは心強いものですし、そのような刺激的なサポートがあればこそ、国際的な競争に打ち勝つことができるというものです。 次に大事な要素として挙げられたのが「給与のよさ」でした。3番目は「研究者としての自由度」でした。 では、あなたにとって大事なことは何ですか? 『ネイチャー』のアンケート調査に参加した16カ国の研究者たちの満足度を国別に比較すると、最下位はなんと日本! 「自分が幸せな人生を送っているなんてことをいうのはなんだか恥ずかしい」という国民性も多少は影響していると思いますが、それにしてもひどい結果です。近年急成長を遂げているインドや中国も、日本に僅差で最下位を“取られた”感がありますが、「昨年よりも満足度が向上していますか?」という問いには「はい」と答えた人が多く、将来性が伺えます。 英語力が完璧でなくてもかまいません。最初から諦めて就職先を日本だけに絞らず、世界中を焦点に入れて頑張ってみませんか? このアンケートで最上位を獲得したのはデンマークですが、これにはデンマークが研究者支援の充実している国であることもさることながら、世界一住みやすい場所としても全世界の一位にランキングされている ことも大きく影響しているかもしれません。ただし、この種のランキング調査で第一位として挙げられている国は、スイスであったりフィンランドであったり、調査によってまちまちです。質問内容などアンケートの方法によって大きく左右されるようなので、あまりあてにしないほうがいいでしょう。 一般的にいえば、就職先を選ぶ場合には研究環境や手当てにのみ注目しがちですが、自分のライフスタイルに合った都市や国を選ぶことも大切だということです。 結婚して病気がちの子どもがいるのなら、国の保険や養育支援が充実している国。女性であれば、性差別の少ない国。一研究者として、そして1人の人間として、あなたの幸せ度を上げる大切な要素とは何かをよく考えれば、後はそれに適合した場所を探すのみ。その答えが日本以外で見つかるのなら、現在の英語力不足など考えずに挑戦することをお勧めします。

研究の領域(scope)と限界(limitations)の陰陽関係

図書館やインターネットで、研究論文の書き方を調べてみると、「研究の領域(scope)と限界(limitations)を明確に提示しましょう」というアドバイスが見つかることがあります。いかにも当たり前なことだと簡単に読み流してしまいがちですが、実際に論文を書き始めると、話が「領域」と「限界」の間を行ったり来たりしてしまい、簡潔に書くのは意外と難しいことがわかります。このようなときには、まずはそれぞれの言葉の意味を思い出してください。 研究の「領域」とは、研究対象(研究の目的や被験者の選抜条件など)が何かを意味します。たとえば、「男児、3歳から5歳の脆弱X症候群と精神発達障害の関係」といった記述がそれに当たります。これに対して、研究の「限界」とは、自分が行った研究方法では知ることができないことを意味します。たとえば、「同様に脆弱X症候群を患う女児は研究対象に含まれない」といった記述がそれに当たるでしょう。つまり、「領域」と「限界」は陰陽の関係にあるといえるのです。 この2点が明確に、そして簡潔に書かれていない論文は、読者にとってわかりいくいと思われるだけでなく、読者を騙しているような印象を与えかねません。もちろんジャーナルの編集者や査読者の評価も悪くなります。 それを避けるためには、論文を書くときには以下の2点に注意し、論文は自分の研究の「広告塔」だと思って書いてください。 1. 初心に戻る 論文を書き始めるとき、研究者の頭の中は、分析方法の正確さやその結果の解釈などでいっぱいです。そのため、研究当初から考えつくしてきた領域や限界のこととなると、自明のこととしてササっと簡単に書いてしまいがちです。「本文を読めばわかる」といった安易な考えは捨てて、読者が必要とする情報がすべて含まれているかを何度も確認しましょう。 2. 切り離して書く 領域と限界が陰陽の関係にあると延べましたが、この2つはできるだけ切り離して書くように心がけましょう。基本的な順序としては、まず研究の領域を提示し、その意義を説き、その後で限界を認め、その対策を提言する、ということになります。研究を知り尽くした研究者の視点で考えると、「男児は対象だが女児は対象外。それは…」というように、領域と限界を並列して書いたほうが、問題点を比較しやすいような気もするかもしれません。しかしながら、研究の全体像を知らない読者にとっては、正誤の情報が行き当たりばったり提示されているという印象を抱きかねません。ご注意ください。

はじめて英語論文を書くときにご注意! 学術英語と一般英語の違い

「英会話にも慣れ、アクション映画ぐらいなら英語音声のみで観られるようになったのに、英語の作文能力がまったく向上しない」という話をよく聞きます。ここで考えたいのが、「日本人だからといって、日本語で学術論文を書けるわけではない」という事実です。一般社会で使われる言語と、学術論文を執筆するさいに使われる言語では、大きな違いがあり、そのことは日本語でも英語でも同じです。そこで今回は、学術英語の特徴について2点をあげてみたいと思います。 1. 一人称は回避される 英語の学術論文を読んでいてまず気づくのは、一人称の使用の少なさでしょう。とくに主語としての一人称は回避される傾向にあります。たとえば、ある実験のために被験者を200名集めたとしましょう。その説明として、“We had 200 subjects.”と書くことは十中八九ありません。 代案の1つとしては、“There were 200 subjects.”など、thereやitなどの無生物の仮の主語が用いられることが考えられます。この無生物主語構文は、動詞の選択にも影響します。たえば、“I found a different effect…”を無生物主語構文にし、“This…

誤訳を防ぐために気をつけたいこと4つ

今回は、自分の研究論文の英訳を依頼するとき、どうしたら誤訳を防ぐことができるかを少し考えてみたいと思います。下記に誤訳の予防策として気をつけたいことを4点にまとめました。 (1)専門知識を明確に説明すること 研究論文を他の人に翻訳してもらう場合、まず大切なのは、その論文翻訳に必要な専門ジャンルの知識レベルを、相手に明確に説明するということです。論文の内容によっては、その分野に関し浅く広い知識を持った翻訳者が適した場合もあれば、ある事項に関してより深い知識が要求される場合もあります。現在の学問は細分化がきわめて進んでおり、自身の専門分野について広くて深い知識を持つことは難しくなっています。同様に、ある分野を得意とする翻訳者のなかでも、その領域に関して研究者を越えるような広くて深い見識がある人などそうそういるものではありません。自分の論文に必要な専門知識を自分なりにきちんと把握し、明確に説明して翻訳を依頼しましょう。また、医学論文翻訳であれば医学博士に依頼したい、といった最低限の条件を決めておくことも必要です。 (2)翻訳者との関係性は良好に 翻訳者が決まったら、翻訳者とのコミュニケーションを大いに歓迎する態度を示したいものです。とくに研究論文を書き慣れていない研究者の場合、どんなに頑張っても、複数の意味にとれてしまう文章がいくつか残ってしまうものです。翻訳者がそういった文章を見つけた際には、無理に翻訳を続けるのではなく、その時々に確認できる関係性を作っておけば、 大きな誤訳へと発展することを防ぐことができるはずです。 (3)ダブルチェックで誤訳をなくそう もし時間と人材に恵まれていたら、一度翻訳してもらった論文を、他の人に読んでもらうと、誤訳が激減します。一度日本語を読んでしまうと、どうしてもその表現に引っ張られ、なかなか一度の翻訳では明確で正確な英文には翻訳されません。そこで、翻訳してもらった論文を、まったく新しい第三者の目を通して、英語の論文として読んでもらえれば、新鮮な視点で評価してもらえるはずです。 (4)第三者として自分の論文を再確認 そしてできることなら、ジャーナルに投稿する前に少し時間を空け、自分でも英訳された論文を一気に読み直したいものです。少し時間を空け、第三者として英語の論文を読むことで、わかりにくい表現がないか最終確認することができます。 翻訳には時間がかかるものですが、これも自己表現の大切な一歩。あせらず慌てず、慎重かつ丁寧に取り組むことが質の高い論文へにつながるのです。

学会発表用ハンドアウトのつくり方

昨今では、パワーポイントなどの視覚的ツールを使わない発表はないといっても過言ではありません。しかし発表を聞く者にとって、やはりメモを書き込めるハンドアウト(配布資料)ほど便利なものはありません。 今回は、実用的なアドバイスをいくつかあげてみました。英語でハンドアウトをつくるときにご参照ください。 【内容について】 1. ハンドアウトの最初のページには、論文の題、発表者の名前、大学名などの所属、メールアドレスを書きます。論文の題などをヘッダーに書く必要はありません。 2. 各項目の見出しは、その番号が「1.2.2.1」や「1.2.2.2」と複雑に枝分かれしないように、できれば「1.1」、「1.2」というように、2段階程度になるようにしましょう。 3. 図やグラフには番号をふりますが、直接引用文には番号はいりません。そのかわり、出典を書き忘れないように気をつけてください。 4. 参照文献一覧は、短い発表の場合は5から10文献、長い発表の場合は1ページ程度にまとめましょう。 【フォーマットについて】 1. 白い紙で、表裏の両面を使いましょう。 2.…

学術論文翻訳者を選ぶ5つのポイント

周知の通り、日本人だったら誰でも日本語の研究論文が書けるというわけではありません。それと同様に、バイリンガルだからといって、誰でも翻訳ができるというわけではありません。では、よい翻訳者を探すコツというのはあるのでしょうか? 第一に、英語圏での滞在暦があることを理由に翻訳ができるという人は避けましょう。このような人たちは、英語での日常会話には慣れているでしょうから、電話で話したり、メールのやり取りをしたりすると、「英語ができるな」という印象をもつかもしれません。しかし、論文に使われる書き言葉というものは特殊なもので、日常英語に慣れているからといって書けるというものではありません。 同様の理由で、翻訳ができる理由としてTOEICやTOEFLの得点が高いことをあげる人も避けたほうがいいでしょう。また、英語圏の大学の卒業資格がある人でも、翻訳をしてもらう論文と同じ専門分野を専攻していない限り、あまり意味がないと思われます。さらにいえば、英語での原稿執筆や編集の仕事に携わった経験がある人たちも、論文の添削作業は得意かもしれませんが、学術論文の翻訳ができるとは限りません。これらの経験が翻訳作業のマイナスになることはありませんが、それだけを理由に翻訳ができるといっている人たちには十分気をつける必要があるでしょう。 では、プロのレベルに達している翻訳者とは、どのような人たちのことを指すのでしょうか? 以下、5つの必要事項をキーポイントとして挙げてみました。 1. 翻訳スキルをつけるための専門的な訓練を受けている 2. 翻訳の実務経験がある 3. 翻訳に必要な専門知識を身につけている 4. 英語論文の出版経験がある 5. 言語学の知識を身につけている 最も心強いのは、やはり翻訳にかかわる専門的な訓練を受けたことのある翻訳者でしょう。しかしこのような人たちは思いのほか人数が少ないのが現実で、値段が上がるだけではなく、納期も長くなる可能性があります。そこで予算や時間に限りがある場合には、翻訳学校の卒業資格よりも、翻訳の実務経験があるかどうかを中心に翻訳者を選ぶことをお勧めします。また、実務経験が浅くても、翻訳をしてもらう論文の専門分野の知識がある翻訳者に依頼すれば、誤訳が減り、論文全体の質も高くなると考えられます。医学論文翻訳なら医学博士に、金融翻訳なら経済学博士に、といった具合に。このほか、ジャーナル(学術誌)に論文を投稿した経験のある人や、英語と日本語の表面的な違いだけでなく、言語としての根本的な違いを理解している、言語学の学位を取得している人も、翻訳に適した人材といえます。…

最も翻訳が難しい研究領域とは?

医学や化学など自然科学、いわゆるサイエンスと呼ばれる分野の論文より、人類学や社会学など、人文・社会科学系学問の論文のほうが、翻訳や校正に時間がかかる傾向があります。これは、文章が端的で論点を1つひとつたどりやすいサイエンスの論文に比べ、人文・社会科学系論文は、文章が饒舌になりがちなことに起因するともいえます。 また、文学作品の翻訳などでは、英語力もさることながら日本語の読解力も求められます。余談ですが、以前、とある日本人有名作家の文学作品の英訳を依頼された訳者が日本人の友人に「どうしてもこの文の主語がわからない」と泣きついたことがありました。その訳者はプロの文学専門の翻訳家とはいえアメリカ人。文学作品が大好きでその作家の作品も多く読んでいた友人は、簡単に彼の “難題” を引き受けたのですが・・・。 わからなかったのです! 同じページに出てきている登場人物はたったの2人。しかし、どちらを主語にしてもなんだかシックリときません。そこで、その周辺で出てくる物が擬人化されているのではないかと、あれこれ2人で頭をひねりましたが、それでも納得できませんでした。 最終的には、彼らは著者に連絡を取り、数十ページ前に1回出てきた “主人公が夢に見た人” が主語になるのだと知らされ、謎を解決することができました。彼らは「そういわれれば、そうだよな」と納得し、また日本人の友人は、そこでその人物が回想されることで作品に深みがでてくるのだ、と素人ながらに感心したといいます。しかし同時に「すみません。この文の主語はなんですか?」と聞かなければならなかった翻訳者に対し本当に申し訳なく、「日本人失格といわれたような気持ちになったのを覚えている」といいます。 文の構造や論理の構造の違いもさることながら、人間の行動や文化を説明するくだりは、翻訳者として相当の技術と労力が求められます。そのため、文学のみならず、歴史学、芸術学、法学なども翻訳が難しい分野に含まれます。 そして「翻訳が最も難しい究極の領域は?」は聞かれれば、「専門分野に関わらず “冗談” が分析に含まれた論文だ」と答える翻訳者もいます。シェークスピアに関する研究論文であるにしろ、笑いに関する心理学の論文であるにしろ、文化と歴史と社会と言語のゴッタ煮である冗談は、最大の翻訳者泣かせなのです。

論文執筆に便利なソフトやウェブサービス

日本の70代の人に聞くと、コンピュータに触ったこともないという人がかなりいます。それに比べると、アメリカでのコンピュータの普及度は目を見張るものがあり、80代の人たちでもメールアドレスを持ち、フェイスブックでコメントするのが趣味という人たちに多く出会います。 そんなアメリカだからこそ、英語で論文を書くためのソフトウェアも、無料のフリーウェアからかなり高額なものまで、数多く出回っています。もうすでにいくつもの種類をお使いの人もいると思いますが、今回はひと通りどのようなものがあるのかを見てみたいと思います。 構成 博士論文や本などの長編を執筆するときは、全体の構成を決めるだけでも大変な作業です。それを手助けするのが「Scrivener」や「StyleEase」など、一般に“Paper Format Software”と呼ばれるソフトウェアです。入力したアイデアを、Microsoft Wordなど、他のフォーマットに変換する機能を持つソフトウェアもあります。 スペルミスや類義語 ご存知の通り、Microsoft社のWordやOpen Officeでは、英語のスペルを間違うとその場で警告してくれる「文章校正」機能があります。これらは通常の書類作成にはたいへん便利ですが、専門用語の多い学術論文では十分だとはいえないのが事実です。そこで、スペルが苦手という研究者のためにつくられたのが、各分野をターゲットにした文章校正ソフトウェアです。たとえば医療分野だったら「Medical Spell Check」などがあります。インターネットで自分の分野をキーワードに探すとよいでしょう。 また英語では、同じ動詞や形容詞を繰り返し使うことを嫌うため、類義語を探してくれる機能もあります。この機能は、Microsoft社のWordやOpen Officeにも掲載されていますが、もう少しパワーアップしたければ、「WhiteSmoke」など“Grammar Checker…

デジタル実験ノートはあなたにピッタリ?

「STAP細胞」をめぐる研究不正事件で問題になったことの1つに「実験ノート」の問題があります。小保方晴子・理化学研究所ユニットリーダーは、実験結果を記録する 実験ノート をきちんと書いていなかったこと、共同研究者がそれをしっかりとチェックしなかったことが厳しく指摘されています。実験ノートは現在、デジタルでは信頼性を保てないなどの理由から手書きのものが主流です。しかし英語圏では、デジタル化への関心も高まりつつあるようです。英語エディターのウィリアム・スティーブンソンが、化学者としての自分の経験も踏まえて、「デジタル実験ノート(digital lab notebook、digital labbooks、eNotebooks)」について考察してみました。 デジタルの実験ノートは、研究を記録するために、ずっと前から利用することができたのですが、いくつかの欠点があるため広く普及してきませんでした。しかしこの現状は変わるかもしれません。新しい改良がなされたことによって、デジタル実験ノートは多くの点で、紙とペンによる実験ノートに匹敵するか、あるいはそれを上回るものになっています。 読みやすさ 何年か前、私は自分自身のすさまじい悪筆を解読しようと悪戦苦闘して以来、自分の実験ノートを手書きで記すことをあきらめ、すべてを印刷するようになりました。この決断によって、私の 実験ノート の読みやすさは著しく変わりましたが、デジタル実験ノートに直接タイプすれば、さらに読みやすくなります。データは成文によるパラグラフとして書くこともできるし、エクセル形式のカラムに入力することもできます。 検索しやすさ 3年間も見ていない実験ノートから1つの実験データを探そうとしたことありますか? そんな経験がもしあるならば、たとえば「n-ブチルリチウム(n-butyllithium)」といった言葉を検索する能力を歓迎するでしょう。何百ページもの手書きノートを手でめくって流し読みするよりもずっと楽です。 データ移行のしやすさ デジタル実験ノートが登場する前には、すべての実験結果は2回書かれる必要がありました。1回目はノートに、2回目はそれを記述する論文に。デジタル実験ノートがあれば、もともとの実験データをそのまま執筆中の論文へとカット・アンド・ペーストでき、労力の90パーセントを節約できます。…

助成金の申請書は「技術文書」ではなく、「セールス文書」のつもりで!

どんな研究を行うにせよ、そのためには予算が必要です。昨今ではどの分野でも、所属する研究機関に頼ることなく、自分で研究費を獲得することが求められています。いや、研究費を獲得する能力もまた、研究者としての能力の一部だという認識も広がっています。読者のなかにも、各種助成金を求めて申請書を書いたことがある人もいるでしょう。英語エディターのウィリアム・スティーブンソンとリサーチクライマーズ通信編集部が申請書を書くさいのヒントを提案します。 *     *     * 研究への助成金をめぐる競争は熾烈です。出資者を説得し、助成金を勝ち取るためには、研究者はありとあらゆる手を尽くす必要があります。このことについて、私が今までに聞いたアドバイスのなかでベストだったのは、助成金申請書の作成で大きく成功を収めてきた、ある研究ディレクターによるものでした。 「助成金の申請書を技術文書(technical document)だと考えている人が多いようですが、そうではありません。セールス文書(sales document)なのです」 助成金をもらえる申請書を書くためには、単に学術的に健全なアイデアを提示するだけではダメなのです。助成金を出した見返りに出資者は何を得るか? その研究が成功すれば、出資者のどのような問題を解決できるか?――といった観点から、自身の研究に資金を出してくれれば、出資者にとってどのような利益があるのかを明記しなくてはなりません。助成金申請書には、その研究を実用的な目標に結びつける「セールス」の側面が必要なのです。 そのため多くの場合、基礎研究は応用研究に組み立て直されています。一例を挙げましょう。化合物にフッ素を選択的に添加する新しい手法を開発することは、理論的、メカニズム的には研究者にとって興味深いものでしょう。しかし、出資機関にとってはあまり関心のない目標かもしれません。ところが、選択的にフッ素を添加した「医薬品(pharmaceuticals)」をつくる新しい方法を開発する、ということであれば、出資者にとって大きな魅力になり得ます。とくに、その研究によって開発できる新薬が抗がん剤のようなものであれば、強い関心を引くでしょう。 アインシュタインといえども、抽象的なコンセプトだけで一般相対性理論の研究に助成を求めていたなら、資金が得られず苦労したことでしょう。しかし、金星の「歳差運動〔訳注:自転する物体の回転軸が変化する運動〕」など天文学における未解明な現実問題を相対性理論が説明できる、と主張していれば、注目を集めたはずです。 また、資金拠出をする諸機関には、その時点で話題になっている研究分野との関連を訴える申請書が多く集まる点も覚えておきたいところです。たとえば日本政府は内閣府に設置した総合科学技術会議の決定により、「ライフサイエンス」、「情報通信」、「環境」、「ナノテクノロジー・材料」を「重点推進4分野」として、予算などを優先的に配分する分野であることを明言しています。その前提に加えて、東日本大震災・原発事故といった社会的な出来事やiPS細胞など世間の注目を集め続けている研究成果を踏まえれば、助成金の出資においても、再生可能エネルギー分野や再生医療分野に注目が集まるのは必然です。たとえば2014年には、横浜市がヒトiPS細胞由来の心筋細胞の大量製造システム開発を手がけるバイオベンチャーのリプロセル(同市港北区)と東京女子医科大学のグループへの助成金交付を決めています。こういった時流を掴むことも大切な要素のひとつです。 したがって助成金の申請書を書く人は、実際に資金を獲得している研究がどのようなものなのか、申請書のどのような面が選考委員の関心を引き付けているのかを、自覚しておく必要があります。 一方で、セールス面を意識しすぎた申請書のなかには、助成金欲しさに人気トピックと自身の研究を無理やりこじつけたようなものもあります。以前、ある選考委員が「申請書のなかには、まったくわけのわからないものもありますよ」と苦笑いしながら私に語ってくれたことがあります。自身の研究課題が出資者にとってどように有益なのかを訴求するには、当然ながらその理由を科学的な根拠を持って示すことが求められます。 最後に、私が申請書作成時に経験した苦い失敗談をひとつ。私の研究は、ある種の化合物を合成して高エネルギー燃料として役立たせることを目的としたもので、申請書では主に実在する化合物の合成に言及しました。私は信頼性の高さを観点に置き、自身の方法論から導き出した燃料のエネルギーや密度などの推定値を記載したのですが、当事の出資者は“いかにコンピューターを駆使するか”を重要視しており、私の研究には助成金が降りませんでした。このとき私は、コンピューターを使ってアピールすることの必要性をあらかじめ認識しておくべきだったのです。 もし、コンピューターでのモデル作成の専門家と組み、有望な候補合成化合物だけでなくコンピューターによるモデルも用いた申請書を作成しておけば、実際の合成とコンピューターのモデルという2つの世界のベストを融合させた申請書ができ、助成金を得られたかもしれません。 研究をより高みに仕上げるために必要な助成金。その申請書は「セールス文書」のつもりで書くことをおすすめします。出資者たちの興味をひきつけるためのリサーチや見せ方が必要のです。