世界のコトバ事情

言語の消滅危機―日本語も他人事じゃない

非営利のキリスト教系の少数言語研究団体である国際SILが公開しているウェブサイト Ethnologue (エスノローグ)の『Ethnologue, 21st edition(第21版)』によると、現在使われていることが確認されているのは世界で7097言語。これほど多くの数の言語が存在していることは驚きですが、グローバル化や少数民族の人口減などのさまざまな理由によって話者がいなくなって、失われつつある言語もあるとの事実にも驚かされます。実際、Ethnologue, 21st editionでは、昨年発行の20th edition(第20版)から2言語が減っていました。世界で話者数が100-999人しかいない言語は1000を超え、10-99人しかいない言語は300を超え、話者数が9人もしくは9人より少ない状況となっている言語が114もあるのです。言語とは人が使うものである以上、話者の途絶えた言語、人に使われなくなった言語が失われていくのは止められません。 ■ 止まらない言語の消滅 世界で20億を超える人が3言語(中国語、スペイン語、英語)のいずれかを使っている一方で、使う人が途絶えた言語が想像を超える勢いで失われていると言われています。言語学に特化した学術団体であるアメリカ言語学会(Linguistic Society of America: LSA)によれば、消滅危機言語とは将来的に話者がいなくなる、その言語を理解できる人がいなくなることと定義しており、消滅する主な理由としては、侵略などによる虐殺で話者が消滅するため、多くの話者が影響力の強い言語を使うことで言語の置き換えが起こるため、文化的抑圧などにより言語の使用が断たれるため、の3つを挙げています。グリーンランドにおけるカラーリット語(Kalaallisut)はひとつの例です。1700年代にデンマークがグリーンランドを植民地化して以降、当初は原住民の言語であるカラーリット語とデンマーク語の両方が使われていましたが、教育と公的職務をデンマーク語で行うとの言語政策に押され、カラーリット語の利用が断念されてしまいました。その結果、言語と共に民族性と文化も失われてしまったのです。また、学校教育の中で政策的に言語の利用が制限されることで、特定の言語が廃れてしまうこともあります。 言語は人が使ってこそ生きるものなので、話者がいなくなってしまえば消滅してしまいます。たとえば、話者が複数名いても、次世代がまったくその言語を使わなくなれば一世代という短い時間枠で失われることになります。逆に、少人数ながらでも細々とその言語を使い続ける話者が存在し続けていれば、言語の消滅は緩やかなものとなります。…

知らないと痛い目に?アジアと欧米の文化ギャップ

翻訳をする際には、翻訳する元の言語と翻訳する先の言語を理解しているだけでなく、その背景にある双方の文化を理解することも重要だ、と言われます。例えば、慣用句や比喩を単に翻訳しても、翻訳する先の言語ではまったく意味をなさず、理解されないことがあります。また、ある程度婉曲な表現が好まれる文化圏がある一方で、直接的な表現が好まれる文化圏もあります。コミュニケーションスタイルを間違うと、本質的な理解が得られる前に悪い印象を持たれてしまうことがあり得ます。これこそ、翻訳する先の文化を理解することが求められる所以です。 ■ 文化のギャップはビジネスにも影響する この言わば言語ギャップならびに文化ギャップは、当然ビジネスの世界にも存在します。企業がグローバル展開を図る際には、参入予定国の言語だけでなく、文化も十分に理解しておかなければ、事業の成功は得られません。近年、中国を筆頭とした経済的ポテンシャルの高いアジア地域に、欧米諸国の企業が続々と参入していますが、苦労も多いようです。 まず、アジアの多くの国々では、自分の意見をストレートに主張することは好まれません。相手の立場に配慮することが大切とされ、直接的な物言いで相手の面子をつぶすことは非常に嫌がられます。また、信頼関係を築くために時間を費やす傾向があります。例えば、中国人のビジネスマンが取引相手に「今回の取引によって自分たちには儲けがないとしても、あなた方とは特別な価格で取引しますよ」と言ったら、その真意は、中国でのビジネスはお金よりも信頼関係に重きを置く、という点にあります。実際には儲けが出ないような取引はしませんが、こうした含意をつかめない欧米人は、中国人の言葉を鵜呑みにしてしまい、中国人の言動に不信感を抱くかもしれません。そして、彼らとはビジネスできない、と考える可能性もあるのです。 一方、欧米では、本題になかなか入らずその周辺の話をすることは、自信がないからと思われる傾向があります。相手との距離感や面子を考えて婉曲的な表現で時間を費やすより、直接的な表現で単刀直入に話を進めることを好みます。時間とコストをつなげて考え、効率的に物事を進めようとするわけです。欧米人はコストパフォーマンスを重視する、と考えたほうがよいでしょう。 ■ 文化ギャップで撤退した企業も 文化ギャップでビジネスの撤退に追い込まれてしまった企業もあります。インターネットオークションを展開する米国企業eBayは、アジアに進出する際、アジア3か国(日本、韓国、シンガポール)に同じビジネスモデルを適用しようとしました。ところが、この3か国のうち日本では、手痛い教訓を得ることになりました。というのは、オークションサイトでは、通常、落札者のほうが出品者よりも立場が強いのですが、日本では立場が逆で、出品者のほうが落札者よりも立場が強いという特徴があります。実際、日本では、出品者がオークション期間中にいつでも入札を中止することができ、それに対するペナルティは特にありません。eBayは日本にこうした慣習があることを知りながらも、出品者が期間中に入札を中止した場合にペナルティを課そうとしました。慣習と異なるルールは日本で許容されることはなく、先行する他のオークションサイトとの競合もあって、eBayは出品者を増やすことができませんでした。業績低迷の結果、進出から3年の2002年3月末に、撤退を余儀なくされました。 eBayの撤退は、アジアだからといって同じビジネスモデルが同じように受け入れられるとは限らないという事例になりました。国によって顧客は異なるニーズを持っています。複数の国でビジネスをするには、それぞれの国の文化や慣習を学び、理解し、それらに柔軟に適応する努力が必要になります。 ■ コミュニケーションの秘訣 このように、東西では言語だけでなく、言葉の表現の仕方はもちろん、文化がまったく違います。文化ギャップが起こる理由の一つは、言語と非言語に重きを置く割合(コミュニケーションスタイル)が異なるからです(日本は非言語を重視する傾向があり、阿吽の呼吸や暗黙の領域などが、それに当たるでしょう)。歴史や宗教などが育んできたその国固有の文化を理解して初めて、対等なコミュニケーションが成り立つと言っても過言ではありません。 言語は、それを使用する集団の文化に深い関わりを持っているため、誤解のない意思伝達を行うためには言語と文化は切り離せません。よい翻訳をするためには言語能力に加えて、異文化に対する知識と教養を備えていることが必要とされるのです。 こんな記事もどうぞ ユレイタス学術英語アカデミー 日本語と英語のコミュニケーションスタイルの違い

最も「使える言語」を探ってみた

大手商社の伊藤忠商事が、2015年度から中国語人材の育成強化に取り組み、独自基準で認定した「中国語人材」が1000人に到達したことを祝う式典を開催したとニュースになりました。同社CEOは中国語人材を育成することで、中国でのコミュニケーションを円滑にし、中国ビジネスの拡大を狙うと語っています。 2010年に楽天が社内公用語の英語化を宣言したのを皮切りに、多くの企業が英語を社内公用語または半公用語として推進するようになりましたが、ビジネスの世界では英語に加え中国語の需要も増えてきたため、伊藤忠のように中国語の習得を推奨する会社も増えているようです。 面白いのは、このような習得が実益につながる特定の言語、「使える言語」が、古くは中国語、明治維新後はイギリス英語やドイツ語、戦後はアメリカ英語(米語)、と時代とともに変わってきていることです。英語が世界共通語となっている現代では、英語の強さが圧倒的ですが、他の言語はどうでしょう。「使える言語」について考えてみました。 ■ 言語の役割と言語の必要性 本来、言語の役割は人と人とのコミュニケーションであり、文化をつなぐためのものです。グローバル化が進んだことにより、人と人、あるいは多国間、多文化間で情報を共有するためのツールとして言語を習得する必要性が増すこととなりました。多くの日本人にとって外国語を学ぶ理由は、その言葉を話す人とコミュニケーションをとりたい、その言葉を使う国に行ってみたい、など強い動機や好奇心に後押しされてのことだったはずです。しかし今では、学校の外国語教育ですら「グローバルな人材育成のため」と大義名分を掲げるように、必要性に迫られている感が強くなっています。外国語の使い方も、この10年で大きく様変わりしてきました。ウェブサイトは、より多くの人に同じ情報を届けるため、母国語に加えて英語、あるいは英語を含む複数の言語で表示されるようになっています。企業は事業を国外に拡張する際、ウェブサイトを多言語化するだけでなく、円滑かつ効果的に事業を展開するべく、社員に外国語の学習を推奨するようになりました。また、世界中の研究者は国を超えて共同研究を行い、結果の論文を英語で公開しています。それぞれの事情に差異はあるものの、使い方が広がるのに伴い、言語の必要性も高まっているのです。 ■ 最も話されている言語は? やはり一番学習する必要性が高い「使える言語」は英語か――と結論に急ぐ前に、世界でどのぐらい英語を使っている人がいるのかを見てみましょう。実は、「最も話されている言語」を見る時、気をつけなければいけない落とし穴があります。特定の言語を話す人の数だけ見ても、母国語話者数だけ見る場合と、公用語あるいは第二言語としてその言語を使用している人の数を含める場合とで、その数は大きく変わってくるのです。世界最大の統計ポータルである「Statista 」によると、2017年に世界で最も話されている言語は中国語(12.84億)、2位がスペイン語(4.37億)、3位が英語(3.72億)となっています。総人口数の多い中国語が1位、中南米のほとんどの国で使用されているスペイン語が2位なのはわかりますが、英語を母国語とする人数の少なさは意外かもしれません。しかし、これは該当言語を母国語とする人の数なので、実際に使用している人の数(母語話者・第二言語話者・言語習得者を含めた数)を2018年にWorldAtrass.comがまとめた別の統計 で見ると、1位が英語(13.9億)、2位が中国語(11.5億)、3位がスペイン語(6.61億)と納得の順位になります。使われている国の数をみても、英語は106か国、中国語は37か国、スペイン語は31か国となっているので、なるほどと思える数字です。 ■ インターネットで最も使われている言語 次に、世界に普及しているインターネットでどの言語が最も使われているかを見比べてみましょう。前述のStatistaの「ウェブサイトで利用されている言語の割合」 によると、1位は英語(54.4%)、2位がロシア語(5.9%)、3位ドイツ語(5.7%)と英語が突出しています。意外にも日本語が4位(5.0%)に入っています。英語の占める割合が圧倒的な一方、話者数でトップの中国語はわずか2.2%とその差は明らかです。同様に、5億人以上の人が母語として使っているヒンディー語、アラビア語またはベンガル語は、3言語を合わせても11.4%にしかなりません。このようにウェブサイトで利用されている言語の多様性の少なさは、情報へのアクセスの障壁となるだけでなく、言語の衰退に拍車をかけると指摘する活動家や科学者もいます。 ■ 最も「使える言語」は? 世界がグローバル化するのに伴い、多言語化が広がる中、最も「使える言語」はどの言語なのか?この答を探すのに2016年にWorld Economic…

日本語と英語のコミュニケーションスタイルの違い

ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」という概念をご存じでしょうか。これは、1970年代に文化人類学者であるエドワード・T・ホール氏によって提唱された概念で、国や地域におけるコミュニケーションスタイルの特徴を表すものです。コミュニケーションの中で、言葉に重きを置く(ローコンテクスト)か、言葉以外の意味に重きを置く(ハイコンテクスト)か、というスタイルの違いを意味します。言語の翻訳や通訳は、言葉の置き換えだけでも大変な作業ですが、言葉にならない所作や合図まで配慮するとなると、さらに難易度が上がります。しかしそれぞれの特徴を知ると、翻訳や通訳を行う際に気を付けるべき点がわかるようになります。早速見ていきましょう。 ■ 「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」 まず、ハイコンテクスト文化とは、コミュニケーションが価値観、感覚といったコンテクスト(文脈、背景)に大きく依存する文化を指します。コンテクストには、話されている言葉や書かれている言葉そのものには含まれないボディランゲージや声のトーン、時には話者や著者の地位や立場までも含まれます。日本語は、その代表例と言えるでしょう。ホール氏によれば、中東、アジア、アフリカ、南米がハイコンテクスト文化を持つ地域とされています。これらの国では、直接的でなく持って回った表現が好まれます。 逆に、ローコンテクスト文化とは、コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快かつ曖昧さがない文化を指します。北米、西欧がローコンテクスト文化であり、英語はその筆頭であるとされています。これらの地域では、形式的な言葉や飾り立てた表現は必要なく、問題とその解決策を端的に言語で表現することが好まれます。また、受け手は言語で表現された内容だけを文字通りに理解する傾向があります。 このように、国や言語によってハイコンテクストかローコンテクストか傾向が分かれます。ハイコンテクスト文化圏の日本人がローコンテクスト文化圏のアメリカ人と仕事をすると、「日本人同士なら1を聞いて10を知るのが当たり前なのに、アメリカ人に対しては10言っても1しか理解してくれない」というようなぼやきが聞かれることがありますが、これはコミュニケーションのスタイルそのものが異なることに起因しているのです。 ■ 文書に表れる両者の特徴 では、文章上、両者の違いはどのように表れるのでしょうか。ハイコンテクスト文化圏では、読者はすでに背景や前後関係を理解しているだろうという前提で文書が作成され、詳細には触れません。したがって、まったく初めてその文書を読んだ人は、前提となっている内容を理解するのに苦労する可能性があります。 一方、ローコンテクスト文化圏では、異なる文化の読者は異なる解釈をするのではないか、など余計なことは考えず、読者は文書の中に書かれていることを文字通りに解釈すると考える傾向があります。例えるなら「行間を読め」などとローコンテクスト文化圏で言ったら「どこに書いてあるの?」となってしまうかもしれないということです。2つの文化の差が大きな問題となる恐れがあるのは、ビジネス文書でしょう。特に契約書のような文書の場合、ハイコンテクスト文化の人間によって作成された文書は、これくらいのことは言わなくても当然わかるだろうという考えから記載が省かれていることがあるため、ローコンテクスト文化の人間は、異なる前提条件の上で契約内容を理解することとなってしまい、問題になる可能性があります。逆に、ローコンテクスト文化の人間が作成した文書をハイコンテクスト文化の人間が読むと、過度に端的な言葉やストレートな表現で記載されているため、配慮にかけた失礼な文書だと捉える可能性もあります。 ■ 誤解のない翻訳文書を作成するために このようなコミュニケーションスタイルの違いを踏まえ、双方に誤解なく受け入れられる翻訳文書を作成するためには何が必要なのでしょうか。大切なのは、翻訳する先の言語の文化や読み手の特徴を前もって把握しておくことです。そのためのアプローチの一つとして、過去に書かれた文章から、読み手にとって自然な表現となっている文章を探し、もしあれば、それをテンプレートとして流用することです。そしてもう一つ、対象言語の文化に精通している人に文書を見てもらい、フィードバックをもらうことも有用です。 グローバルな環境でさまざまな言語を扱う以上、ハイコンテクスト/ローコンテクストの違いを認識しておく必要があります。翻訳者であれば、言葉の意味だけでなく、コミュニケーションスタイルと文化的背景について調べることは、翻訳の下準備として欠かせません。翻訳者は、言語および専門分野に精通しているだけでは十分とは言えない時代です。 とはいえ、ハイコンテクスト/ローコンテクストを意識したコミュニケーションが必要なのは、違う国や文化圏の言葉を扱う時だけではありません。母国語の日本語で話していても、世代や地域の差によって、ハイコンテクスト/ローコンテクストな違いを感じることがあるはずです。言葉では表されないコミュニケーションスタイルに、日ごろから気をつけておくべきなのかもしれません。

実務翻訳の特徴とは?

グローバルビジネスが拡大しています。海外でビジネスを展開または成功させるために欠かせないものの一つが、契約書の翻訳です。関係者の利害を定義する契約書は、その解釈によって後々まで甚大な影響を及ぼす可能性があります。このきわめて重要な文書を翻訳するために求められる正確性は、他では見られないほど厳しいものがあります。 歴史上では、公文書の誤訳が争いにまで発展したこともあります。有名な話として、ニュージーランドの先住民マオリ族とイギリス政府の間で1840年に締結されたワイタンギ条約があります。この条約は、経験の浅い翻訳者が翻訳したことから、マオリ語で記された条約文(翻訳文)には、英語のそれと大きな違いが生じていました。イギリスは、マオリ族が英国君主に対して主権を放棄すると理解した一方、マオリ族は、双方で権力を共有すると理解したのです。この解釈の違いによって引き起こされた係争は長きにわたり続き、最近ようやく和解に向かいつつあります。 このように、契約関連の翻訳が国レベルでの争いにつながることはまれですが、現代においても、関係者間(国間)で締結される条約や公文書を正確に翻訳することは必須です。 ■ 実務翻訳のエッセンス グローバル化が進み、ビジネスが一国内にとどまることのほうがむしろ少なくなった現代では、契約書をはじめとしたビジネス文書を関係各国の言語に翻訳するニーズが増しています。かつ、その対象となる文書には、特許関連文書、証言録取書、契約書、申込書、出生証明書、戦略ガイド、マーケティング文書、広告、財務諸表など複雑かつ専門的な文書が多く含まれます。 こうしたビジネス文書の翻訳は一般的に実務翻訳と呼ばれますが、ではこの実務翻訳に求められるスキルや要素とは、どのようなものでしょうか。詳しく見ていきましょう。 ・専門用語 例えば法的な文書なら、日ごろ使い慣れている言葉とはまったく異なる法律用語であふれています。そして、それぞれの用語は各国の法律解釈にもとづき固有の意味を持っているため、それらをよく理解しておく必要があります。似たような言葉だからといって安易に置き換えれば、重大な誤解を招く文書になってしまいます。例を挙げてみましょう。中国語の“bixu”は、英語でいうmust(強調された義務)、shall(義務)、may(権利)、should(法的拘束力のない提案)といった複数の意味を持っています。このことを知らずに訳してしまうと、まったく意味の異なる文章になってしまう恐れがあるのです。これは法律用語に限りません。分野ごとにさまざまな専門用語や表現があるので、注意する必要があります。 ・メタファー(隠喩、暗喩) 文化的背景が違う相手に話を伝える場合、比喩表現を使うと伝わらないことがあります。例えば“a snowball’s chance in hell”は、実現可能性がほぼゼロであることを指します。これは、炎が燃え上がる灼熱の地獄(hell)に雪玉(snowball)が存在する可能性(chance)はない、という発想にもとづいた慣用句ですが、もしも相手が雪の存在を知らない、または地獄に対するイメージがまったく違う場合、意図は伝わりません。「実現の可能性がない」というメッセージを伝えるには、各国の文化に合わせた表現に置き換える必要があります。 ・納期…

日英・英日翻訳はどうして大変なのか

英語で苦労している方は必見です。私たち日本人が英語を習得するのに苦労しているのと同様に、英語圏の人たちも日本語の習得に苦労しています。彼らは日本語を、世界でも有数の難解な言語として捉えているようです。それは双方の言語の文法の構造も違えば、文字も違うからです。 翻訳者の立場からすれば、原文の意図をきっちり反映すべく、一語一語もしくはフレーズごとに正確に置き換えたくなるものですが、日本語と英語の場合、このやり方でうまくいくことはまずなく、無理にしようとすれば、あまりにもぎこちない文章ができあがってしまいます。私たちが当たり前に使う日本語は、なぜ難しいのか。その理由に迫ります。 ■ 日本語が難しい理由は日本語の特徴にあり 英語話者が「日本語は難しい」と口々に言う理由として、根本的な文法の違いに加え、以下があげられます。 ・冠詞、不定冠詞がない(a, theなど) ・複数形がない ・未来形がない ・必ずしも主語は必要ない ・動詞が文章の最後にくる ・対象によって数え方だけでなく、形容詞や代名詞までも変化する ・英語では人称・数・性・格などにより語形変化しない品詞(副詞、接置詞、接続詞、間投詞、前置詞に相当する品詞)である不変化詞は意味を持たずニュアンスを伝えるが、日本語で不変化詞にあたる助詞は大きな意味を持ち、前置詞の代わりに動詞の意味を修飾する ・敬語が存在する ・文字(漢字)そのものが意味を持ち、音読み、訓読みといった複数の読み方を持つ漢字が存在する ・文字通りに翻訳することのできない単語やフレーズが多数あり、抽象的な概念を訳すことは非常に困難(「おつかれさま」「よろしくお願いいたします」など)…

「翻訳」を構成する3つのT

ある言語を他の言語に置き換える際の手法は、一般的に「翻訳(Translation)」と言われますが、Tから始まる3つの英単語に分類できるとも言われます。トランスレーション(Translation)、トランスリタレーション(Transliteration)、トランスクリエーション(Transcreation)の3つです。それぞれの違いがわかると、文章を作成する際に注意することや、翻訳を依頼する際に知っておくべきことが見えてきます。 ■ トランスレーションとは トランスレーションとは、日常的に「翻訳」と訳され、元の言語の意味をくみ取って、異なる言語に置き換えていくことを指します。皆さんも、例えば英語の文章を翻訳したい時に、インターネットで翻訳ツールを使うことがあるかもしれません。 しかし、英語をカタカナで表記し直しただけのものや日本語に直訳しただけのものが翻訳の結果として表示されて、がっかりした経験はないでしょうか。これは実質的なトランスレーション(翻訳)ではなく、トランスリタレーション(文字転写)やトランスクリプション(音声転写)がなされているということです。表記文字や発音を他の言語に書き換えただけでは、翻訳とは言えません。「翻訳」と呼ぶには、文字の「意味」が他の言語の文字で置き換えられていなければならないからです。 トランスレーションでもう一つ重要なことは、文意に含まれる「程度」もくみ取らなければならないという点です。例えば、英語で「You’re dead meat」といった場合、「大変な目に遭う(場合によってはケガをする、もしくは命を落とす)から、十分に気をつけろ」というような意味合いになります。これを単語単位でトランスレーションをすると「あなたは死んだ肉です」と、意味をなさない日本語になってしまいます。元の言語が持つ意図とともに、程度あるいは度合いをも含めて異なる言語で置き換えることがトランスレーションであり、翻訳者には正確性に加え、慣用句や文脈、文章全体の意味をも踏まえて置き換えをすることが求められます。 ■ トランスリタレーションとは トランスリタレーションとは「文字転写」と訳すことができます。これは、翻字、字訳、音訳とも訳され、元の言語で表現した言葉の意味に手を加えられたくない場合、例えば、住所や名前などを別の言語で表現したい場合に用いられます。ある言語で書かれた表記を、発音と一致するように異なる言語で表記し直すことを指します。 難しいのは、元の言語を翻訳対象言語に置き換える際に、同じ文字がない場合です。漢字をアルファベットに置き換えることなどがこれに相当します。この場合は、極力齟齬がないよう置き換えをしていきますが、翻訳者によって表記が異なってしまうことがあります。 ■ トランスクリエーションとは トランスクリエーションとは、トランスレーション(翻訳)とクリエーション(創作)を掛け合わせた造語です。元の言語で作り出されたもの(クリエーション)を、他の言語や文化に適合させて再構成することを意味します。わかりやすい例は映画の字幕でしょう。セリフと字幕の言葉は一致していませんが、意味はわかります。メッセージの意味を的確に伝えるために直訳ではなく、意訳されているからです。映画のようなエンターテインメントの他にも、マーケティングのような、比喩的で文化に根付いた表現が用いられる分野で多用されています。 往々にして比喩や隠喩、直喩、口語などが含まれている文章は、元の言語やその文化を理解していない限り、意図をとらえるのは非常に難解です。トランスクリエーションを担当する人には、元の言語に含まれるこれらの意図を損なうことなく的確にとらえ、かつ、置き換え先の言語を使う人たちの文化になじむメッセージを構成することが求められます。 ■ あなたは何を重視する? いわゆる翻訳とひとくくりで言っても、言語を置き換えていくプロセスにはトランスレーション、トランスリタレーション、トランスクリエーションという要素が含まれています。意図したメッセージを他の言語に置き換えて伝えるには、正確さが何よりも重要です。その点で、トランスレーションは基本です。その上で、あえてトランスリタレーションによって、元の言語をそのまま表記し直したほうがよい場合もあるでしょう。…

その痛み、外国語で伝えられますか

海外に滞在中、急な体調不良で冷や汗を流した経験を持つ人は多いことと思います。病気や怪我はいつでも経験したくないものですが、それが見知らぬ土地で起こったとしたら……。「痛み」を母国語以外で説明するのは、まさに苦痛以外の何者でもありません。医師に的確に「痛み」を伝えるには、どうしたらよいのでしょう。 ■ 痛みを伝えるのって難しい 事故による怪我などで、開いた傷口や折れた骨など原因と痛みの状況が見えているような場合はわかりやすいですが、問題は、腹痛や頭痛など目に見えず、本人にしかわからない痛みの状況を説明する時です。痛みは、体温や血圧などのように測定することも、血液のように分析することもできない上、個人によって体感が異なるため、度合いを判断するのが困難です。医師は患者の痛みに関する正確な情報が必要なのに、患者は痛みを客観的に示すことができないのです。 どこが、どう痛いのか――。母語でもなかなか的確に伝えるのが難しい痛みを、他言語でと考えるだけで、痛みが増しそうです。伝える側が苦労する一方、情報の受け手である医師は、どのように患者の痛みを判断するのでしょうか。 ■ 医師の理解を阻む言葉の壁 言葉が通じない相手の痛みを理解するため、医師によっては、痛みの性質や程度を示した語のリストを使ってコミュニケーションを測ろうとします。「鋭い」(Sharp)、「鈍い」(dull)、「焼けつくような」(Burning)、「刺すような」(Stubbing)、「どきどきする」(Throbbing)などなど……。患者にとって最初の難関は、初診で痛みの性質や程度をうまく言葉で説明することです。このリストがあれば、患者は該当の痛みを指差すだけでよく、大いに役立つことでしょう。しかし、それでも書かれた言葉の意味がわからなければ、リストを使っても理解しきれない可能性があります。また、 痛みの頻度も重要です。ずっと続く痛みなのか、波のように時間をおいて強弱がある痛みなのか、あるいは特定の姿勢や動きに伴う痛みなのか。一つひとつを確認していく必要があります。 リハビリテーション医学を専門とする理学療法士のジェフリー・シェイムズ博士がこれに対して、一つの方法を示しています。イスラエルに4つある主要な健康維持機構の1つ、 Maccabi Health Servicesのリハビリテーション部門を統括する博士は、慢性症状の長期管理に携わっており、患者の痛みの診断と対応は欠かせません。シェイムズ博士は、身体を描いた図に痛みの個所を示してもらったり、痛みの程度を1から10までのゲージで示してもらったり、ストレスレベル、体の動きの不具合、QOL(生活の質)など、さまざまな視点から痛みに焦点を当てて答えてもらう質問表を準備するなどの工夫が、患者の痛みを把握するのに役に立つとしています。 ■ 痛みにもいろいろありまして―― 確かに痛みの表現のリストや程度のゲージは、言葉によるコミュニケーションの助けとなります。しかし、例えば日本語では「胃がシクシク痛む」「頭がズキズキする」など、痛みのニュアンスを伝えるためにさまざまな擬音語を駆使します。痛みにもいろいろあるのです。患者は的確な診断と治療を受けるため、できるだけ正確に痛みの種類や性質、度合い、範囲、頻度などを、痛みのニュアンスも含めて伝えることが大切です。 チャートやゲージだけでは伝えきれない「痛み」は、やはり言葉によって伝える必要があります。例をあげれば、英語で痛みを表す単語にはPainの他にAcheがあります。Painが治療の必要のない軽度の痛みから我慢できない重度の痛みまでをカバーする単語であるのに対して、Acheは頭痛(Headache)、腹痛(Stomachache)など、より主観的かつ慢性的で、緊急性の低い「痛み」を示しています。医療現場では、急性(鋭い)=Pain、慢性(鈍い)=Acheという区別で、患者に対応していると言えます。 ■ 医療通訳者・翻訳者が必要…

難民の命を救う言語のエキスパート

紛争や民族・宗教対立などから自分や家族の命を守るために母国を脱出、あるいは追われて国境を越える難民が、後を絶ちません。シリア国民やロヒンギャ族を筆頭に、その数はここ数年で急激に増加し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、2016年には過去最多の6560万人に上りました。 このようにたくさんの人が国境を越えると、移動先で、ある問題が起こります。受け入れ側との事務手続きはもちろん、医療処置や職業訓練を施す上で、言葉が障害となる可能性があるのです。難民のコミュニケーションをサポートする言語のエキスパートが、これまで以上に必要とされています。 ■ 難民の言語は多種多様 なぜ言語のエキスパートが必要か。それは、難民が多様な言語話者から構成されている集団だからです。UNHCRの統計によれば、全難民の55%がシリア、アフガニスタン、南スーダンの3カ国で占められていますが、サハラ以南のアフリカの国々からの難民も増加しています。言語は多種多様であり、中には母国語以外を理解できない人も多いのです。シリアからのアラビア語話者は教育水準が高く、ある程度は英語も理解できますが、ペルシア語やダリー語(アフガン・ペルシア語)の話者には、英語がわからない人が多数います。 人道支援を行う組織だけで多様な言語に対応することは難しく、そのため非営利団体「国境なき翻訳者団(Translators Without Borders: TWS)」が創設されました。国境なき医師団(MSF)の姉妹組織であるTWSは、世界各地の難民キャンプなどで援助組織や人道支援団体と難民との間をつなぐ多言語翻訳を無償で行い、ハイチやフィリピンでの自然災害時にも、英語から現地語への翻訳を行うなど、幅広い活動を展開しています。TWSが要請を受けている言語には、クルド語、ウルドゥー語(パキスタンの国語)、パシュトー語(アフガニスタンの公用語)、ティグリニア語(エチオピアの公用語の1つ)、フランス語などがあり、所属するボランティア翻訳者が、さまざまな言語を母国語とする難民のコミュニケーションを助けています。 ■ 人道支援における言語サポートの4つの特異性 TWSの広報マネージャーのラリ・フォスター氏によると、難民の言語サポートには4つの特異性があるとしています。 1) 難民が多様な言語集団からなること 2) 受け入れ側にも言語上のサポートが必要なこと 3)…

翻訳の質の数値化は可能か ?

グローバル化が進行し、世界中の情報の受発信が可能になった昨今、翻訳の必要性が増しています。大量の情報の翻訳を素早く、という需要に応えるため、機械翻訳やコンピューター支援翻訳も登場してきました。しかし、翻訳を行うのが人間でも機械でも、翻訳には「質」が求められます。誤訳がないことはもちろん、適切な用語が使われているか、依頼内容に合致しているかなど、多様な要望を満たした訳文が評価されて初めて、それはよい翻訳と言えるのです。 とはいえ、依頼者が訳文に期待する効果や読み手の受け取り方によって訳文の評価はさまざま。翻訳の質を判断するには、どうすればよいのでしょうか。評価の数値化は可能なのかを考えます。 ■ 誤訳を基準に数値化してみる 多くの翻訳会社やランゲージサービスプロバイダーは、少なくとも誤訳、つまり「エラー」を数えることで、翻訳の品質をある程度は測れると考えています。問題は「エラー」の重大度、つまり訳文において誤訳がもたらす影響力です。翻訳の質を計測するには、まずエラーの「格付け」が必然となってきます。仮に、エラーの重大度を3段階に分けてみます。 重大度 高: 意味が違っており、重大な影響をもたらす可能性があるエラー 重大度 中: 読者の理解度に影響する可能性のあるエラー 重大度 低: 上2つには該当しないものの、誤りが存在する(スペルミスなど) このように重大度を分類した上で、それぞれに点数を配して単純な数式を当てはめることで、エラースコアを算出することが可能になります。例えば、重大度高のエラーに10、中に5、低に1などとしてから、エラーの出現頻度を係数(重大なエラーの出現頻度が低ければ1、中程度に5、高ければ10)として重大度の数に掛ければ一定の数値が算出できます。ただ、このままだと長文ほど出現数が多くなってしまうので、異なる長さの文でも公正な数値となるよう加重平均処理を加えれば、より公平な数値化をすることができます。もっと単純な方法として、文字総数に対するエラーの数を直接的にパーセンテージで算出することも一案ですが、基準を明確にした上で数値化したほうが、より複合的な要素を考慮しつつエラーの状況をわかりやすく比較することが可能となります。 ただし判定には、これに加え、正確さ、的確さ(読み手にふさわしい訳文になっているか)、用語集やスタイルガイドの順守などが含まれてきます。おまけに、判定者の主観も加味されることになるので、かなり複雑になると言えるでしょう……。 ■ 数値比較だけでは済まない 前述のような方法を使えば数値化は可能ですが、単純にエラー数またはエラー率だけで翻訳の優劣を比較できるかというと、そうではありません。文中に何度も出てくる単語の軽微な誤訳によって高いスコアになる場合もあれば、数は少なくても原文の理解に致命的な影響をもたらすエラーを犯している場合もあるからです。また、業界用語・専門分野用語の翻訳を誤ってエラーと認識させてしまうことも十分に考えられます。翻訳会社(翻訳者)と顧客の間であらかじめ用語集を共有するなど、事前確認が必要です。一方で、文法間違いやスペルミスなど、文意に影響をおよぼすことはないものの頻度によって翻訳者の評価を致命的に落とす可能性のあるものについても、エラースコアに示されるべきでしょう。 しかしながら、これらを数値化したところで最後にもう一つ、大きな問題が残ります。それは、顧客の主観です。顧客がエラーとして認識する項目や、読む際に何を重視するかは、読み手によって異なることが多いのです。その一つに訳文の読みやすさ、あるいは流暢さが挙げられますが、これが実に厄介なことに、読み手の好みや趣向に影響を受ける傾向があります。翻訳会社(翻訳者)は顧客にとってのベストな訳文にするため、顧客が求める翻訳の品質とは何か、何を重視するかを明確に理解しておかなければならないのです。…